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伏石

作者: めじろ

旅先で出会った言い伝えや石碑、発掘や研究により明らかになった歴史をごっちゃにして書きました。時代とか地域とか全部ごちゃまぜです。時代考証とかまじめにしないでください。モチーフはわかるひとだけわかればいいです。

 今日は雨降りで、じいさまと子どもたちは囲炉裏を囲んでのんびりと筵を編んでいた。手は動かしつつ、他愛のない話が弾んだ。



(語り)

 伏石(ふせいし)か。あれは、このじいさまが生まれる前からずっと伏石でな。じいさまのじいさまがまだ若衆のとき、あそこに置いたんだと。偉い人が建てた石碑なんだそうな。

 難しかったかの。石碑というのは、石に何かを彫ったもののことだよ。

 何が彫ってあるのか、誰も知らん。

 なぜ立てずに伏せてあるのかも、誰も知らん。

 もちろん。じいさまに聞いたがね、じいさまは教えてくれなんだ。いつも冗談ばっかり言って騒がしい人なのに、そのときだけ、なんにも言わなんだ。あのときのじいさまは、怖かった。いやいや、怒られたんじゃなくて、そうさなあ、悲しそうだったな。



 子どもたちは、現代で言えば、いっぱしの探偵気取りで、伏石のなぞ解きを始めた。伏石は、起こすと祟りがあるから倒してある、あんまり重いんで倒したままにしてある、とにかくいろいろ言う者があって、本当のことがわからない。ただ、伏石が置かれた時期の少し前に大きな戦があった。その死者を弔ったものだという説が村の中では有力だ。



(語り)

 じいさまも、じいさまに同じことを聞いた。じいさまは、おらはただ手伝っただけと言っとった。隣のじいさまも、その隣のばあさまも同じだった。みんな知らんの一点張り。だから、よくわからない。

 みんなして、隠したがっとったのはわかった。けどな、聞けなんだ。


 ほらほら、手が止まっとるぞ。編み目は揃えんかい。


 あの伏石は、霧ヶ沢の戦の亡者を弔うためだと言う。じいさまも、そうだと思う。

 あの戦はなあ、霧ヶ沢の村々とヒムカの戦だった。ヒムカは数で攻めた。次々に流民を連れてきては、土地を耕させた。戦になれば、鉄を纏った兵士が地を埋め尽くしたそうな。村長は村を守るためにヒムカに下った。

 反対に、霧ヶ沢の村々は最後まで抗ったよ。ヒムカに追われた人々は霧ヶ沢に逃げていたからでな。もうどこにも行き場がなかった。追われ逃げた人々はもちろん、霧ヶ沢もな。ヒムカの脅威は隅々まで広まっておった。どこにも余所者を養う余裕はないし、ヒムカに逆らえばどんな仕打ちを受けるか。

 だから、霧ヶ沢は戦うしかなかった。そして、滅びた。

 じいさまのじいさまに聞いたのはここまでだ。


   *


 子どもたちはとっくに手を止めて固唾を飲んで耳を傾けた。

 薪が爆ぜる音がいやに大きかった。



(語り)

 昔、じいさまが若いころ、塩桶の浜に出稼ぎに行ったとき、あの戦のことを聞いたよ。

 霧ヶ沢の長で、アゴウという強者がおったそうな。両の腕は熊より強く、両の足で大地を駆ければ鹿より速く、一人でヒムカの兵を千も倒したんだと。両の目は太陽のごとき光を宿し、両の耳は先人の言と弱き者のすすり泣きをよく聞き、その知恵はコウノ淵より深かった。


 アゴウの縁者がヒムカに追われて霧ヶ沢に逃げてきた。ヒムカのやりかたに怒る者は多かった。アゴウもそうでな、霧ヶ沢のすべての村を率いてヒムカと戦った。この村もはじめは霧ヶ沢とともに戦った、と塩桶の漁夫は言ったよ。

 最初は霧ヶ沢が優勢だった。ヒムカの大軍を何度も破った。しかし、ヒムカは戦を止めなかった。そのときの村長は何度目かの戦で考え直した。ヒムカ兵は弱い。けれど尽きることがない。こっちは村人の数がじりじり減っていく。潮時だ。ヒムカに下らねばいつか皆殺しだ。

 村長はヒムカに下った。

 ヒムカの将は下った村に制裁をくわえず、暮らしをそのまま続けることができた。


 村長がヒムカに下ってからは、霧ヶ沢は負け戦だ。この村は霧ヶ沢の戦力の内、三分の一だったそうだ。

 霧ヶ沢は負けた。アゴウは降参したが、霧ヶ沢はすでに人がだいぶ減っていた。ヒムカの将はアゴウを捕らえ、遠く遠く、ヒムカの長のもとへ連れて行った。ヒムカの将はアゴウに霧ヶ沢の長をそのまま続けさせるつもりだった。そのほうがよく治まると考えた。将はヒムカの長に許しを得るために連れて行ったのだが、それが間違いだった。ヒムカの長はアゴウの首をはねた。

 アゴウは霧ヶ沢の村々に、決してヒムカに逆らうなと言い置いていったから、争いはもう起こらなかった。霧ヶ沢はアゴウの次の長をすでに決めていた。霧ヶ沢は粛々とヒムカの配下になった。

 村長はヒムカの将、霧ヶ沢の長とともに、豊かな国を造った。


   *


 子どもたちは誰も身じろぎひとつしない。

 じいさまは薪を一本足した。やがて火が移って勢いよく燃えだした。



(語り)

 漁夫はな、アゴウが早く下っていれば、おれのじいさまは長生きしたんだ、と言っていた。どの漁夫もアゴウは愚か者だったと言った。塩桶は戦火に晒されてないから言えたのだろうな。

 アゴウを慕う者はいなかった。




 じいさまは悲しそうに空を見つめた。

 皺の奥に隠した寂寞がじいさまと子どもたちを包み込んだ。

 子どもたちは空を見つめるかわりに絵額を眺めた。故人の死後の幸せを祈って、故人の幸せな姿を描いて飾るのだ。一昨年亡くなったばあさまが子どもたち、孫たちに囲まれてご馳走を食べている絵。ずらりと並んだ一番端は若い女。じいさまのばあさま。絵額の中の彼女は、子どもを抱いて夫に寄り添って幸福に満ちた笑顔。



(語り)

 アゴウはな、あの世で幸せになれなかった。誰も幸せな絵額を描かなかった。じいさまのじいさまも、じいさまのばあさまの父と(とうと)…村長も、幸せにならなかった。霧ヶ沢の長も、ヒムカの将も、おそらくは。


 じいさまはそれきり黙ってしまった。

 子どもたちも黙った。




   *


 世間から悪しき神の使いと呼ばれるアゴウ。霧ヶ沢出身の、じいさまのじいさま。アゴウを裏切った村長。アゴウを継いだ霧ヶ沢の長。アゴウの助命を求めたヒムカの将。若くして亡くなったじいさまのばあさま。

 伏石は、彼らの悲痛をただひたすらに守り抱え続けている。


昔話や語り部が大好きです。

「雉も鳴かずば」のような、切ない・やりきれない系を目指しました。

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