命とお金どっちが大事
「やばい! サブリナ逃げるよ!」
ファラが大声を上げたその時、すでにネイトは踵を返して悲鳴をあげながらファラたちを追い抜いた冒険者たちと共に迷宮の上の階層に向け走り出していた。
「いやよ! 私はまだゴールデンスライムを捕まえて儲けるのよ!」
目がすでに¥マークに変わっている守銭奴には全く伝わっていなかった。夢中になって虫取り網を振るうサブリナの近くの通路から軽快な歌声が響いてきた。
その声が聞こえたファラの顔色が瞬きする間に青く染まる。
「いいから!」
イラついたように怒りながらファラが声を荒げる。その様子にさすがにサブリナも異変に気づいた。
「トレインさんがくるよ!」
迷宮とは危険がいっぱいである。それは階層ごとに危険度は違うが一歩間違えれば死ぬような危険も普通に存在する。罠しかりモンスターしかりである。
しかし、そんな迷宮の中でベテランの冒険者ですら怯えるような危険が存在する。
それこそが迷宮のどこに現れるか全くわからない危険『トレインさん』である。
普段は静かな迷宮にモンスターの声や冒険者以外の声で軽快な鼻歌が聞こえたら危険信号と呼ばれるほどにやばいのだ。
「とれーいん、とれーいん、はしっていくよー♩」
ついに声まで聞こえる距離になり、ようやくサブリナが悲鳴を上げ、虫取り網を放り投げながらファラのほうへと逃げてきた。そしてファラを盾にするかのように後ろに隠れた。
「なんでもっと早く言ってくれないの⁉︎」
「言ったよ⁉︎ サブリナが僕の声無視してただけだろ!」
サブリナがファラの肩を掴みゆさぶるようにしている中、再度陽気な声と足音が響き、二人は争うのをやめ、錆びた扉が開くような音を響かせながら振り返った。
「とれーいん、とれーいん、ん?」
暗い通路から現れた者と言い争う者の目が合い、互いがしばらく硬直する。
「あ……」
「サブリナのせいで!」
間抜けな声がサブリナから溢れ、ファラはというと頭を抱え呻いていた。
「あ、にんげんだ。にんげんさんだ。でもさっきの人たちとは違うね?」
通路から姿を見せたのはぬいぐるみだった。厳密に言うと者ではなく物というのが正しいだろう。ファラとサブリナの前にいるのは継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみだ。ただし、愛らしさなど微塵も感じさせるような風貌をしていない。茶色の毛皮は所々色が違うし縫い跡がやたらと目立つ、片目は取れているし残った目も見る人が見れば明らかに人形に取り付けているような物ではないとわかるほどに嫌な色をしている宝石だ。右手は人形の手とは思えない武器、刃が高速で回転し火花を撒き散らす回転駆動刃を備え付けていた。
「やばぁ、トレインさんきちゃったよ」
呻き汗を流しながらジリジリと後ろに下がるファラ。サブリナもそれに従うようにしてトレインさんから眼を離さないようにして下がる。その背後にも。
「じゃ、にんげんさん見つけたからにはゲームをはじめないとね」
愛らしい仕草を見せてはいるが凶々しさは変わらない。頭を掻くような仕草を見せると薄暗闇の中に腕に備え付けられた回転駆動刃が火花を散らす。
「じゃ、恒例の鬼ごっこがいいよね!」
愉快なことを決めました! と言わんばかりの明るい声が迷宮内に響いた瞬間、残像が残るような速度でファラとサブリナは踵を返し我先にと駆け出した。
「逃げるよ! サブリナ!」
「あ、当たり前じゃん!」
トレインさんがトレインさんと呼ばれるその由来。 それは……
「じゃ、わたしたちみんなで追いかけるからね!」
その軽快な歌声で迷宮内にいるモンスター達を集め引き連れる。そしてそのまま迷宮内を徘徊し、冒険者に遭遇するとそれをゲームと称してけしかけてくるのだ。トレインさんの背後には迷宮内から引っ張ってきた幾つものヤバイモンスター達が瞳を爛々と輝かせながら狩りが始まるのを待っているのだ。
「じゃ、一秒数えたら開始ね」
「ちょ⁉︎ 早すぎじゃ!」
「い〜ち。はい終了〜 追いかけるよ」
無慈悲にもとてつもなく短いカウントが終了し、文句をいうサブリナなどを無視し迷宮内の、トレインさんの背後から幾つもの歓声があがる。
「じゃ、鬼ごっこ始めるよ〜」
回転駆動刃を指揮棒のようにトレインさんが振るった瞬間、火花と同時に背後に潜んでいたモンスター達が我先にと飛び出していく。
「サブリナ! 魔法!」
「断る!」
切羽詰まったようなファラにサブリナが否定の言葉で噛み付く。
「なんで⁉︎ サブリナの魔法範囲狩りできるでしょう⁉︎ 新しくなった指輪の力を試すいい機会じゃん!」
サブリナが背負った杖を指差しながらファラが叫ぶ。
「だって魔法使ったら倒れるのよ⁉︎ 倒しきれなかったら私死んじゃうじゃない!」
「ダイジョウブダイジョウブ。サブリナナライケルイケル」
「あなたねぇ! 嘘でもいいから私のやる気を引き出すようにもうちょっと心を込めて言えないの⁉︎」
「倒れたらしい担いで逃げてあげますよ!」
「あんたそう言って一回置き去りにしたでしょう! 覚えてるんだから!」
「ちっ」
『GYAAACAAA!』
舌打ちをしたファラであったが背後から響くモンスターの声にびくりと体を震わせる。そして横を走るサブリナの方を見ると彼女も同様であり無言のアイコンタクトを送ってきた。
とりあえず逃げよう
オーケー
確認を取り合った二人は一時休戦とばかりに軽く拳をぶつけ合うと地上へ向けての逃走を再開するのであった。