第二話 スパルトイ、無残!!!!!(前編)
スパルトイ村は、アルヴ大陸の北方部、シュタイル山の中腹にある小さな村だ。
村民は百人も満たず、そこに住む者は全て、褐色の肌をしたエルフ族、いわゆるダークエルフだった。
事情を知らない多くの者が誤解しがちではあるが、ダークエルフとは別に邪悪な存在では無い。
ダークエルフの由来とは、通常のエルフ族ではありえない褐色の肌をしている事と、もう一つ、悪魔召喚に長けた魔法技術を身に着けた種族だからである。
悪魔召喚、と聞くと、不吉な響きがあるが、それもさらに誤解である。
ミッドガルドにおける悪魔とは、精霊の一種でしかなく、その精霊の内で、嵐や雷などの破壊的な自然現象を操る精霊を差して、悪魔。と称されているのだ。
その為、ダークエルフだけでなく、一部のエルフや人間達の中にも、この悪魔召喚を身に着けた存在は数多い。
けれども、世に深く根差したイメージは、そう簡単な事で覆るわけも無く、また、ダークエルフの持つ力が大きかったことも加わり、ダークエルフの多くは、他種族、特に人間からの迫害と差別を受けて、住む場所を追いやられた。
その為、ダークエルフの多くの者が、夏でも溶けない雪を頂く険しい山や、雨の知らない荒野、絶壁の断崖に囲まれた海など、自然環境の険しく、辺鄙な場所に移っては、小さな共同体を築いて暮らさざるを得なかった。
スパルトイ村も、そんなごく一般的なダークエルフの種族が率いる小さな村の一つに過ぎなかった。
主な産業は牧畜。主食は、ウバドロスの実。この、夏でも溶けない雪と荒々しく削られた岩肌に覆われたシュタイル山でも育つことのできる数少ない穀物となる植物。
無論、村の柱となる産業がこの程度では、豊かな生活を送れるわけはない。
時には羊を追い、時には作物を収穫を行い、偶に麓にある町に買い物に行く。
その日一日を送ることがとても難しく、精一杯であったが、そこには間違いなく、穏やかさと安らぎ、そして何にも代えがたい、平和があった。
さて、そんな辺境に在る小さな村が、その襲撃を受けたのは、もう五十年も前の事になる。
「聞けい!今よりこの村と山は、ボードワン伯爵家の所領の一部となる!よって、不法に占拠する不埒な者どもを今この時より、駆逐する!これに従わざる者、逆らう者は、我が前に出でて、我が正義の剣にて裁きを受けるが良い!」
突如として数百人ほどの手勢を引き連れて、村へと現れた人間の騎士は声高にそう告げるやいなや、手にした剣を振りかざし、いきなり兵士たちに掠奪と破壊を命じたのだった。
「ここは、邪悪なるダークエルフたちの巣窟なれば、邪教の祭儀、不浄なるダークエルフたちを討ち果たし、その骸を我らが神に忠誠の証として捧げよ!彼奴等に財産は残す必要は無い!全て奪いつくし、神の物とせよ!神はそれをお望みである!進め!勇猛なる戦士たちよ!邪教と邪神を、そしてそれを信仰する悪しき者どもを成敗するのだ!」
余りにも突然で、余りにも身勝手なことを言うその騎士は、その宣言のままにスパルトイ村を襲撃すると、村人たちの家から始まり、集会場も、学び舎も、神聖な祭壇も、、何もかもを破壊して回り、襲撃からわずか数時間で、石造りの家が建ち並ぶ伝統ある街並みは全て破壊された。
街の中に蓄えられた財産は、金や銀、ダイヤモンドと言った宝石や貴金属は言うに及ばず、非常の際にと蓄えられていた食糧はおろか、家の床に落ちていた小麦一粒に至るまでもが奪われた。
だが、それはまだ良かった。目を瞑ることができた。物が奪われただけならば、許すことができた。建物が破壊されただけならば、耐えることができた。
彼ら最も無慈悲だったのは、襲撃を終えた時である。
男達は、改宗という名の処刑にかけられ、生きながらに内蔵を抉り出された。
女達は、浄化という名の凌辱を受け、兵士に犯されながら絶命した。
そして子供達には、邪教からの救済という名の、虐待が待っていた。
どれ一つとっても、思い出すだけで鳥肌が立ち、吐き気を催す彼らの行いは、かつての村の広場の残骸の中で、村人達を前にして行われた。
夫や恋人の前で女は兵士たちに汚され、子供の前で親が殺され、親の前で子供が死ぬほどの虐待を受けている。
煤と変色した血で黒く汚れた村の中から、その日一日中悲鳴と絶叫が止むことは無かった。
そうして一日が終り、怒りと絶望に村人が膝を屈し、平和な村の面影を無くした集落に夕闇が覆い始める頃、兵士達を率いてた騎士は立ち上がると、兵士達の横暴を片手を上げて止めると、広場に並ばされた村人tの前に立ち、再び一つの宣言を行った。
「もうよい!邪教へと下される誅戮はこれくらいよかろう!これ以上に神罰を重ねたところで、我らが聖なる神の兵たちが疲れるだけだ!それよりも、邪教徒ども!お前等に、寛大にして慈悲深き神の導きによって、一つの選択肢をくれてやろう!」
そう言うと、その騎士は手にした剣の切先を村人達に差し向けて、居丈高に、その選択肢とやらを口にした。
「ここは、今この時より、レクス教会聖皇領所属、ボードワン伯爵の山となった。伯爵は、この山を鉱山として開き、神からの恵みを授かるおつもりである!そこでお前等、下等なる邪教徒にはこの山での労働をする権利をやろう!邪教によって穢れたその心身を浄化するべく、一生を伯爵の元での労働で終えるのだ!もしもそれが嫌だというのなら、今此処でお前等を殲滅するのみだ!」
滅茶苦茶な言い分であった。
勿体ぶった大仰な言い方をして、奴隷として一生を終えるか、此処で殺されるかを選べ。等と言っているのだ。
今まで平和に暮らしていただけなのに、降って湧いた言いがかりをつけて来ては、いきなり殺戮と掠奪を行い、その挙句に奴隷にならなければ殺すぞ。等と脅しつけてくるのだ。
まともな神経の通った言動では無い。
けれども、武器も無く、戦い方も知らないこの村の住人に、他に選ぶ道も無い。
「……………………わかりました。貴方様の、……おっしゃる通りにします。だから、だからどうか、これ以上の乱暴はもうおやめ下さい。お願いします……。お願いします……」
屈辱と怒りに震えながらも、途切れ途切れに吐き出された村長の言葉に、村人全員の感情が籠っている様であった。
けれども、他に道など無かった。
殺されるよりは、マシ。全員、無理矢理自分の心を押さえつけて、そう思った。思うしかなかった。
そしてこの日から、スパルトイ村の地獄は始まったのだ。