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22.国家

「マリーもミカも、恥ずかしがってないで早く入ってきなさいよ」

浴槽の方からアイリーンのハスキーボイスが響いてくる。アイリーンはなかなか服を脱がない美香とマリーを置いて先に湯に浸かっていた。

「ううっ、アイリーンさん、ひどいですよ。タオルもないじゃないですか」

ようやく脱ぎ終わったマリーが更衣室から顔だけを覗かせる。全裸が恥ずかしいのかもじもじしながら、頬をぷくっと膨らませていた。

「あら、そう?まあいいじゃない。女三人なんだから、そんなもの」

「そんなものじゃないです!ほら、ミカさんも来てくださいよ。私一人じゃ恥ずかしいじゃないですか」


「も、もう僕はいいよ……」

一方、美香は端っこで丸くなって、アイリーンもマリーも視界に入らないように目を瞑っていた。

だっていきなり女の子二人と混浴することになるなんて、自慢じゃないがそんなことに耐えられるメンタリティーは持ち合わせちゃいないのだ。女の子の裸をモザイクか二次元でしか見たことがない童貞を舐めてもらっちゃ困る。

「もう!ミカさんも覚悟を決めてください!行きますよ!」

「えっ、ちょっと待っ……うわっ!」

マリーに強引に引っ張られる。予想以上に力が強い、というか僕がさらに非力になっているだけなのか。

アイリーンがわざとタオルを浴槽まで持ち入っているせいで、美香も一糸纏わぬ姿でお風呂場に突入することになる。咄嗟に胸と股間を隠してエッチぃポーズになってしまう。恥ずかしいのもあるが、それよりも無理矢理裸を見られているようで屈辱的だ。

アイリーンは全裸のマリーと美香を見て満足そうに頷いた。





「……タオル全部濡れちゃってるけど大丈夫なの」

「私がすぐに乾かしてあげるから、ほら、機嫌直してよミカ」

「アイリーンさんがやりすぎるからですよ。自業自得です」

「マリーまで」

二人を辱めて楽しんでいたアイリーンは、その後それ相当の報復を受けていた。身体を洗っている最中は話しかけても返事すらしてもらえず、さすがのアイリーンも少し反省していた。こういうときに助けてくれるマリーも珍しく怒っていて、今回は敵だ。

「そういえば、リリィは?」

「話逸らしましたね。……リリィなら部屋でお留守番してくれてます」

「一緒に入らないの?」

「後でいれてあげようかと思っていたのですが、いいんですか?抜け毛もわりと出ますし」

「むしろ見てみたいわ。お風呂好きな猫って珍しいし、私も見たことないのよ」

「じゃあ、呼びますね。リリィもみんなと一緒の方が楽しいでしょうし」

「……どうやって呼ぶの?」

美香はずっと拗ねていたが、リリィが来ると聞いてようやく口を開いた。わざわざ部屋まで戻るはさすがに手間だ。乾かすにはアイリーンに魔術を使ってもらわなきゃいけないわけだし、と考えていたのだが、その疑問にアイリーンは返って不思議そうな顔をした。


「あら、ミカ知らないの?」

「え、なにが?」

「マリーはテイマーなのよ」

「テイマー?って、あのテイマー?」

もしかして、動物を操って戦ったりする、ファンタジーでお馴染みのあの種族?と思うと同時に昨晩のエリックの授業を思い出す。歴史の話でも一度出てきていたはずだ。確か……。

「そういえば、ミカさんにはまだ言ってませんでしたね」

「えっ、じゃあマリーってエルフ?」

「よく知ってるわね、エリックに聞いたの?」

「うん、昨日ちょっとだけ」

「エルフといってもハーフエルフですけどね。あっ、リリィ、おいで」

「わ、ほんとに来た」

リリィを呼べたのもテイマーの能力の一種なのだろう。


「リリィと会話できたりするの?」

「ええ、出来ますよ」

マリーはリリィを可愛がりながら答える。リリィも気持ちよさそうに撫でられている。

「へぇ。今何考えてるの?」

「気持ちいいって言ってます。あ、耳の裏が痒い、ですって。ふふっ」

美香も浴槽を出て、じっくりとリリィを観察してやろうと接近するが、ある一定の距離を越えるとじぃっと睨みつけられてしまう。

「僕ってやっぱり嫌われ……いややっぱいい!」

「大丈夫ですよ、ミカさん。リリィもミカさんのことを本気で嫌がってるわけじゃないですから」

「え、ほんと?」

「にゃっ!」

美香が少し顔を綻ばせると、リリィはすかさず睨みつけて牽制した。美香はビクッとして再び険しい顔つきになる。

「もう、リリィったら。恥ずかしがり屋さんね」

「……本当?」

リリィのことがさらに分からなくなった美香だった。





無事にお風呂を終え、三人と一匹でマリーの部屋に戻る。行き同様アイリーンにランタンを照らしてもらう。そのアイリーンは三人でお風呂という念願が叶ったからなのか、機嫌よく鼻歌を歌っていた。

「ね、アイリーン」

「なにかしら?」

「今の鼻歌、もう一回歌ってくれない?」

「いいけど……なんで?」

「いや、なんとなく」

美香はその鼻歌に聞き覚えがあった。いつどこで聞いたのかはさっぱり検討がつかないのだが、微かに心に引っかかり、どこか懐かしい気さえするのだ。


じゃあ、いくわよ……。



選ばれし国 勇者達の眠る地

いかなる征服者にも屈せず


海 山 蒼天

詩の如き壮麗さを放ち

愛しき自由への歌を奏でん


汝の御旗は勝利への輝き

決して曇ることなき白き太陽


栄光と愛情の地

汝の腕の中に天国はあり

汝を脅かす者あらば

この命 喜んで汝に捧げよう



アイリーンが控えめな声量で、それでいてしっかりと歌ったその歌は、やはりどこかで聞いた覚えのあるメロディだった。しかし全く思い出せない。

「これ、なんて歌?」

「さあ……国歌みたいなものだけど、名前は知らないわね」

「むかしからあるみたいですけど」

「ふーん……ありがと」

パンゲアに昔からある歌なら僕が知っているわけがない。はずなのだが……。

美香はもやもやとしたまま部屋に戻った。





眠れない……。

お風呂から上がってから、三人でお喋りしたりリリィと戯れたりしているうちに夜は更け、もうそろそろ寝ようとなった。誰がベッドを使うかで一悶着あり、結局三人で一つのベッドに潜り込むという無茶をすることになってしまったのだ。

そんなの眠れるわけがない。


というわけで、美香はこっそり部屋から抜け出した。二人には申し訳ないが、自室で寝させてもらおう。

月明かりを頼りに右棟から左棟まで移動する。

ここに来た初日もこんなんだったな……。

あのときはまだ全く構造が分かってなくて、マッピングしていくような感じだった。それで……。

美香は足をぴたりと止める。

そこは中庭へと続く通路だった。


美香は気まぐれで中庭に足を踏み入れる。またアルヴィンがいたらどうしようかと思ったが、幸い誰もいなかった。

手頃な木を背もたれに腰を下ろす。

空には半分の月が浮かんでおり、湖がその影を映し落としていた。

ぼんやりと月を眺めていると、ふと先ほどのアイリーンの歌が蘇ってきた。

「汝を脅かす者あらば、この命喜んで汝に捧げよう……」





アルヴィンは美香が来てから物思いがちになり、眠れぬ夜を過ごすことが多くなった。

今日もいつものように中庭へ向かっていた。

通路を半分ほど行ったところで、はたと足を止めた。

中庭の方からリア王妃の歌声が聞こえてきたからだ。

アルヴィンは一瞬平静を失いそうになったが、すぐに一つの可能性に気づいた。美香だ。美香が歌っているに違いない。

中庭を除くと、そこには案の定美香が座り込んでいた。

宙を見上げて、歌を歌っている。


その歌声にドキリとする。

声質はもちろんのこと、音程も歌い回しまでもリア王妃にそっくりだった。歌自体も白の国でよく知られている歌であり、リア王妃が最も愛した、故郷セブの歌だった。

それはアルヴィンを感傷的に誘うには十分だった。


母さんがもういないことも、その母さんとミカエルを無意識のうちに重ねてしまっていることも、そのミカエルが自分の振る舞いのせいで辛い思いをしていることも、はっきりと意識させられる。


結局アルヴィンは、美香が部屋に帰ろうとしてその場を去るまでリア王妃と美香に思いを馳せ、通路で立ち尽くしていた。

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