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21.お泊まり会

「ミカさんミカさん」

「どうしたの?」

仕事を求めて洗濯場の辺りをうろついていると、ちょうどそこにいたマリーに声をかけられた。何だか妙に楽しそうだ。


「今晩、私の部屋に泊まりに来ませんか?」

「えっ……と、泊まりに?」

「はい!」

……なんとなく嫌な予感がする。

「そ、そういうのって大丈夫なの?怒られたり……」

「大丈夫ですよ、アイリーンさんは仕事以外に関しては優しいですから」

「た、確かに……」

その分仕事は厳しいけど。

「でもちょっと僕は……」

女の子とお泊まりなどということは僕にはまだ早い、というか喋るだけでも緊張するのに同じ部屋でとか絶対緊張しすぎて眠れないし、というか僕は一応男だし……。

「だ、ダメですか……?」

さっきまで上機嫌だったマリーが、急にしゅんとして泣きそうな顔をする。

「い、いや、そんなことないよ!大丈夫!」

言ってしまったがもう遅い。

僕は無意識的にオーケーを出していた。

自分の情けなさを呪う。


「ありがとうございます、ミカさん!準備が出来たら呼びにいきますね!」

「う、うん……よろしく」

ま、まあ可愛い女の子とお泊まり出来ると思えばいいさ。ポジティブシンキングだ、僕。マリーはいい子だし、特に何も問題はないはず……はずだ。

全身から音符マークを出しながら去っていくマリーを眺めながら、美香は何故か不安にならずにはいられなかった。





「し、失礼します」

「はい、くつろいでくださいね。今お茶出しますから」

「いやいいよ別に」

「ミカさんは謙虚ですね」

「マリーの方が謙虚だと思うよ?」

「そんなことないです!」

夕食を済ませ他の使用人たちが就寝するくらいの時間になって、マリーに連れられて美香はマリーの部屋を訪ねた。人生初の女の子の部屋である。……女友だちとしてだが。

マリーの部屋は当然といえば当然なのだが、美香の部屋と間取りは変わらなかった。だが所々に私物が見られる。例えば今マリーが手にしているティーセットであったり、リリィのご飯入れであったり。マリーらしいメルヘンチックな小物が揃えられている。


とりあえず美香は床に腰を下ろす。

「今日はなんで突然?」

「いえ、そのですね……」

マリーは言い淀んで視線を少し泳がせたあと、一点に向けた。

そこにはよく見れば備え付けのものよりもワンサイズ大きいクローゼットが置かれていた。

「以前、ズボンタイプのメイド服を着たがっていたじゃないですか」

「うん、それがどうかしたの?」

「ですから、作ってみたんです。もしよかったら着てみていただけませんか?」

「えっ!ほんとに?」

「お気に召すかは分かりませんが……」

「着る!着るよ!ありがとう、マリー!」

これでこんな防御力の低いスカートからもおさらばだ!というか下から覗けばパンツが見えるとか冷静に考えておかしいだろ!スースーするわ!


「ちょっと待ってくださいね……これなんですけど」

「……えっ?」

マリーがクローゼットから取り出したものは、美香の予想を大きく裏切った。マリーの取り出したそれは、ズボンというよりもレギンスに近いものだった。

マリーがミニスカートのメイド服を持っているのを見るに、上はミニスカで下にレギンスを穿くらしい。つまり日本のメイド喫茶とかでありそうな感じの服装になる。

確かにズボンっぽくはあるけどっ……!

「メイド服のズボンタイプといえばこれなのですが……もしかしてミカさんの思っていたものと違いましたか……?」

「で、でも着てみるよ!案外いいかもしれないし!」

どう考えても恥ずかしすぎるが、マリーがせっかく自分のために作ってくれたのに、その甲斐甲斐しい努力を無駄にするわけにもいかない。


「ま、マリー、ちょっと……」

「分かりました」

「ごめん……」

美香がマリーに目配せすると、マリーは前回の着替えを思い出して部屋から出て行った。美香はそれを確認してからミニスカメイド服を手に取った。

ええい、もうどうにでもなれ!

美香は勢いよくメイド服を脱ぎ捨て、足をレギンスに通す。肌にぴったりと張り付き、少し締め付けられるような感触にぞわっとしてしまう。腰までしっかり上げてメイド服に袖を通す。こちらはもう慣れたものだ。悲しいことに。


着終わってみると恥ずかしいことは恥ずかしいものの、股のスースー具合はましだし歩くのも楽だ。ズボンではないにしろ、ある程度要望は満たしていると言える……かもしれない。

そうでも思わないと着るメリットがなかった。


「マリー、終わったよ」

「はーい……わあっ!ミカさん、可愛いです!すごく!」

「ありがと……」

女の子に褒められてこんなに悲しいことはない。

マリーは満面の笑みで僕の服装を頭から足までじっくり眺めている。そんなに見られると……何だかゾクゾクする。じわじわと電流が流れているような快感が走る。

もっと、もっと見て欲しいーー

「ミカさん?どうかしましたか?」

「えっ!あっ、いや、別に」

美香はマリーに話しかけられてハッとなる。

まずいまずい、完全に危ない方面の扉を開きかけるところだった……。気を確かに持たないと……。

「どうでしょうか?」

「う、うーん……。いいけど、普段着にはちょっと恥ずかしいかな……」

「そうですか……仕方ありませんね」

「ごめん、ごめんね」

「いえいえ、ミカさんのイメージと違ったのですから」

寂しそうな、それでも笑顔を崩さないマリーを見て美香は後悔するが、今更やっぱり着るなどと言っても気を遣われたと思うだけだろう。

心の中で謝り続けるしかなかった。





美香がいつものメイド服に戻り、湿っぽい空気が居づらくて、部屋にいたリリィと戯れようと必死になっていた。追い詰めてもするすると逃げられて思うようにいかないので、餌で釣る作戦に移行していた。リリィは葛藤しているのか髭をピクピクと動かしていて、マリーはそんな様子をニコニコと眺めていた。マリーにはリリィが今の美香のゲームを楽しんでいるのが分かっていたからだ。


そんな時、部屋にノックの音が響いた。

「マリー、私よ」

「こんばんは、待ってたんですよ」

マリーは意気揚々とドアを開け、美香もそちらに目を向けると、そこにはアイリーンが立っていた。すぐにリリィは美香の横をすり抜け、アイリーンの足元にじゃれついた。

「あら、リリィも久しぶりね。賢くしてた?」

アイリーンはリリィを抱き上げて頭を撫でると、リリィも気持ちよさそうににゃあと鳴いた。

「アイリーン、どしたの?」

美香がちょっと泣きそうになりながら尋ねる。

「マリーに聞いてない?今日は三人でお泊まり会しようって話でしょ?」

「ちょっとしたサプライズですよ」

「嫌だったかしら?」

「いや、そんな滅相もない!僕はただちょっと、女の子二人に僕が混じっていいのかなぁと……」

マリーとアイリーンが直接喋っているのを見たことがなかったが、今の様子を見るに二人は仲が良いらしい。そんな中に僕が入っていっていいのか、という不安が渦巻いていた。


「元々男だったのに、ってこと?」

「う、うん」

「それなら心配いらないわ!私もマリーも、誰もミカのこと元男だなんて意識してから」

「そ、そうですよ!そんな嘘付かなくても」

「それはそれでちょっと傷つく……」

それは男としてどうなの……?でもおかげでこうして幸せな目に遭えてるわけで、微妙な心境だ。


「ね、二人とも」

「なんですか?」

アイリーンはリリィを撫でるのもそこそこにして、持ってきた寝間着を取り出した。

「お風呂、いかない?まだよね?」

本来ならば使用人は日が暮れるまでにお風呂に入ることができるのだが、美香は故あっていつも日が暮れてから入ることにしていた。理由は当然、後ろめたさである。色んなメイドの子たちとお風呂に入るなんてとてもじゃないができない、でもやっぱり身体がベタついたままなのは嫌だ。となると必然、誰もいなくなってから行かざるを得ないのだ。

アイリーンは立場上夜遅くまで仕事をしていることが多く、マリーもリリィをお風呂に連れて行くため時間をずらしていた。

すなわち三人とも入浴はまだなのだった。

「わっ、私は部屋で待ってますから、お二人でどうぞ!」

「え、え、なんでマリー?」

また僕だけアイリーンに連れ去られるのかと美香は心配したが、マリーが風呂を拒むのもそれ相応の理由があった。

「そ、それは……」

マリーは伏見がちになってちらちらと二人を覗き見る。アイリーンは敏感にその視線を察知し、溜め息を吐いた。

「はあ、マリー。別に気にしなくてもいいじゃないの」

「アイリーンさんはそう言いますけど」

「それに他の誰かに見られるわけじゃないでしょ?ミカだって気にしないって」

「むー……」

マリーが珍しく頑なに嫌がっているのは分かるのだが……。

「ねえ、二人とも何の話してるの?」

美香が能天気に尋ねると、すぐアイリーンは美香にこそっと耳打ちをした。

「胸のことよ」

そう言われて美香はようやく気付いた。

アイリーンの爆乳は言うに及ばず、自分のおっぱいもなかなかの大きさを誇る。所謂美乳と称されるくらいのサイズだ。それに比べてマリーは貧乳なのだ。もちろん控えめでマリーの身長や雰囲気とピッタリ合致していて可愛らしくて素晴らしいのだが、女の子的には恥ずかしいのかもしれない。

……コンプレックスを気にするマリーは凄まじく萌える。

ってそんなこと考えている場合じゃない。このままマリーが意気地になって一緒に入らないのなら、またアイリーンと二人きりでお風呂に入ることになってしまう。レガスピで温泉の中での背中責めを思い出し、一人で赤面する。またあの仕打ちは勘弁してほしい。


なんとしてもマリーを引きずり出さなければ。

なんとか、なんとかして……。

「マリー、一緒にお風呂に行こう」

「で、でも……」

「あのメイド服着るから!」

咄嗟に出たその発言で、マリーの目の奥が大きく揺れた。そしてマリーは次の瞬間には美香の手を取って微笑んでいた。


「そこまで言うのでしたら」

しまったと思ってももう遅い。

美香はこれからミニスカメイド服を着ることを条件に、二人きりのお風呂を回避できたのだった。

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