20.狩人の仕事
「はあ……」
美香は今日もワゴンを押しながら、溜息ばかり吐いていた。
マリーから最低食事毎にアルヴィンの部屋を訪ねるように言われその通りにしているのだが、アルヴィンの対応はまったく変わらない。それどころか悪化しているようにも思う。
今日は朝食を出して外で待機していたら、鈴を鳴らされてないのにさっさと皿を片付けないかと怒られた。もう理不尽とかそういうレベルじゃない。言葉も出ない。
このワゴンを返す先の厨房にもヤングが待ち構えていて、毎回地味~な嫌がらせに会うのだ。姑にいびられる嫁か僕は。
そしてこれを返せばもう今日の仕事はほとんど終わったようなものなのだ。
「はぁぁぁぁ……」
つい溜息を吐いてしまう。
「おいおい、そんな辛気臭い面してたら可愛いのが台無しだぜ?」
「わっ……ってなんだ、ケビンか。って何してるんですか!」
「なんだってなんだ、なんだって。尻撫でてるだけだけど?」
「不思議そうな顔すんな!手つきがやらしいんだよ!」
今日も真っ白な戦闘服に身を包んだケビンが、覗きこむようにして進行妨害してくる。ついでにお尻も触ってきたので、ぺっぺと払いつつジトッと睨みつける。
「……邪魔なんですけど」
「俺の扱い酷くねぇ?これでも執事長だよ?」
「毎日アイリーンから散々愚痴られてますから」
愚痴といえば愚痴なのだが、アイリーンの場合は途中からやっぱり私がついてなきゃだめなのよとかでも良いところも沢山あるのよとか、結局惚気になるパターンが多いから何とも言えない。
でも話を聞く限りではただのダメ人間にしか聞こえないのだ。恋する乙女フィルターにかかれば全て魅力に変換されるのだろうが、あいにく僕は恋してもなければ乙女でもない。
対応も雑くなって然るべきだ。
「あいつ……まあいいや。ところでさ」
「なに?」
「ちょっと俺と話しない?俺もミカエルと仲良くなりたい」
「……仕事は?」
「今からサボってナンパいくとこだったから大丈夫」
なにが大丈夫なんだ……アイリーンが可哀想だろ、とは思わないでもなかったが、これを断ってもどうせ暇なだけだ。
「別にいいですけど」
「よっしゃ!ミカエル即系じゃん」
「……即系?」
「すぐヤレる子のこと」
ケビンが最低な発言をするので美香はスタスタとその場を去る。ワゴンでケビンをガリガリ攻撃しながらだ。
「痛い痛い痛い痛い!ごごごめんって!冗談だって!ミカエルだって男なら分かるだろ!?」
「僕はケビンみたいなチャラくないよ!」
「男なら誰だって考えてることは同じだろ!?」
「死ねっ!アイリーンに燃やされて死ねっ!」
*
使用人同士で話すとなれば中庭は定番のスポットらしい。
中庭に着くとケビンは上着を脱ぎ、地面に広げた。真っ白なそれが土で汚れる。
「……座んないの?」
広げた隣にどさっと腰を下ろしたケビンは不思議そうな顔で立ち尽くす美香を仰ぎ見る。
「いや、あんまり女扱いしないでほしいなーと思って」
「そうは言っても今は女の子じゃん?」
「まあそうだけど、なんか、気持ち悪い」
「酷くない?ま、無理強いはしないけどさ」
ケビンは不服そうに上着を片して、美香も地べたに座った。
「アルヴィンとはどう?上手くやれてる?」
「上手くやるって?順調に仕事はなくなっていってるけど」
「やるじゃん」
ケビンは心の底から尊敬したような眼差しを美香に向ける。冗談のつもりで言ったのだが、どうやら本当に上手くやれてると思ったらしい。
「……嫌われてるってことだよ?」
「アルヴィンなりに気い使ってるだけだろ」
「でも普通に理不尽に怒鳴られるんだよ?」
「何か考えがあるんだよ、たぶん。知らんけど」
ケビンは本当に何も知らなさそうな感じで投げやりに言い放ってごろっと寝転んだ。堂々たるサボりっぷりである。
「ケビンこそアイリーンと上手くやれてるの?」
「ま、ぼちぼち」
ケビンほどの色男なら、同室に自分に好意を向けている女の子がいればすぐに気付きそうなものだが、実際のところどうなのだろうか。でももし気付いてなかったら、僕が勘付かせちゃったらアイリーンに申し訳ないしなぁ……。
「二人の時のアイリーンって、どんな感じなの?」
「んー……普段とあんま変わんないと思うぜ。俺に対してはやけに厳しいけどな。よくキレるし」
「それだけのことやってるだけじゃない?」
「百里ある」
「……直そうとは思わないの?」
さすがに毎日毎日同じようなことで怒られてたら更正しようとか思わないのか、普通。アイリーンもよく愛想尽かさないな。
「好きでやってることだからな」
「えっ?」
ケビンはボソッと呟くと、大袈裟にばさっと立ち上がって伸びをした。まるでこの話はこれで終わりだとでも言うように、大声を張り上げる。
「さあさあさあさあ!俺は真面目だから仕事でもすっかな~!ずっとサボってるミカとは違ってな!」
「なっ……僕はサボってるわけじゃないし!」
「どうだかなあ?」
ケビンはそう言い残して颯爽とその場を去った。六臣下の名にふさわしい見事な走りだった。
「……仕事しよ」
残された美香は仕事を求めて洗濯場へと向かうことにしたのだった。
*
ケビンはミカと別れた後、もちろんマスタールームには帰らずに右棟へと足を運んだ。
「おいアルヴィン」
「なんだ、ケビンか。どうした」
「や、暇だったからさ」
「嘘つけ。どうせまたサボってるだけだろ?」
「それを世間じゃ暇って言うんだよ」
ケビンは無断でアルヴィンの向かいに置いてある椅子にどっかりと座り込んだ。アルヴィンも仕事の手を休め、旧友との会話に意識を向ける。
「なんでミカと仲良くしてやらねぇの?あんな可愛いのに」
「メイドとして役に立たないからだ」
「なるほど。で、ほんとのところは?」
「……なんで嘘だと思うんだ?」
「その発言が既に嘘って認めてるようなもんだけどな。そりゃあ、お前はそんなことで嫌う奴じゃないと思ったからだよ。あと勘」
あっけらかんと言ってみせるケビンに、アルヴィンは呆れた風にため息を吐いた。やっぱりケビンに隠し事は出来ないな、と腹をくくる。
「……あいつが母さんの代わりみたいで嫌なんだ」
「ミカが嫌なのか?」
「あいつを認めてしまったら、母さんがいなかったみたいで嫌なんだ。別にミカエルは何も悪くない。俺の……俺の我儘だ」
「それが分かってるならいいや。ほんじゃな」
「えっ、おい!」
ケビンは満足そうに頷いて、アルヴィンの制止の声も無視してさっさと部屋から出て行ってしまった。
中途半端な空気で残されたアルヴィンはなんとも言えない表情になる。ケビンが何をしたかったのかは明白だ。
「俺の……我儘なんだよな」
アルヴィンは自分に確認するように呟いた。




