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17.メイド指導

美香はワゴンを調理室に返し、手持ち無沙汰で王宮内をふらふらしていた。

一応勤務時間だから何かしなければならない気はしているのだが、することもできることもない。なんとも落ち着かない状況だった。

「ミカさん」

「あ、マリー。いいところに」

ロナルドの部屋から帰ってきて美香を探していたマリーは、暇している美香を見つけるとすすっと寄ってきた。

「いいところ、ですか?」

「うん、何すればいいのか分からなくて。ちょうどマリーに聞こうと思ってたところなんだ」

「ええっと……ではまだ挨拶回りに行けてないところに行くのはどうでしょう?マスタールームとか、研究室とかはまだですよね」

「ん……よく分からないけどそこに行けばいいんだね、ありがとう!」


「私もミカさんに言いたいことがあったんです」

「なに?」

「アルヴィン様がなんとおっしゃろうと、昼食と夕食の給仕には必ず行ってください!」

「ええっ!」

せっかく仕事も減って、あのクソ王子にも会わなくて済むと思ったのに!

「言いたいことはそれだけです、お願いしますね」

「な、なんで……?」

「そ、その方がお二人のためになると思うからです!」

マリーはそう言うとくるりと踵を返してどこかに行ってしまった。残された美香はぽかんと立ち呆ける。

マリーは王子のところに話を聞きに行ってたんだよな……?それで何がどうしてそんな結論に?王子だってあんなに露骨に嫌がってたじゃないか!

美香は文句を垂れながら、近くにいたメイドにマスタールームの場所を尋ね、とりあえずそこに行くことにした。





マスタールーム。なんとも凄そうな部屋である。

しかしその見た目は当然の如く他の部屋と変わらなかった。この王宮ではどの部屋もあまり変わらないのかもしれない。大学の寮とかもこんな感じだと思う。行ったことないから知らんけど。

とにかく怖気付いていても仕方ないので、トントン、と扉をノックする。すぐに「はい、どうぞ」と返事が聞こえるが、その声は既に聞き覚えのある声だった。

「失礼します」

「あら、ミカじゃない。どうしたの?」

濃いめの褐色肌に真紅の長髪。そこにいたのは、美香を王宮まで連れてきてくれたアイリーンだった。そのさらに奥にはケビンの姿も見える。

ああ、なるほど、と美香は一人納得する。何のマスターなのかと思っていたが、使用人のマスター、つまりメイド長と執事長のことだったのだ。

「あ、挨拶に来ました」

「ちょうどよかったわ、仕事が一段落したところなの。ケビン、これやっといて」

「ええっ!なんで俺が!お前の仕事だろ!?」

「誰が盗賊名簿作ってやってると思ってるの?使用人リスト作ったのは誰だったっけ?あなたが武術の特訓したり街でナンパしたりしてる時にいつも誰が繕ってあげてると思ってるの?」

「うっ……」

立ち上がって怒りを露わにしていたケビンは青ざめて椅子に戻った。アイリーンと目を合わせないように俯いている。


「じゃあ、よろしくね。これはアルヴィン様に持っていっとくから」

「ああ……」

ケビンは目の前の仕事の量に憂鬱になりながら、額に手を当てて、もう片方の手を嫌々動かし出した。執事長だからってこんなことをしているが、本当はずっと女の尻追っかけて酒飲んでたまーに剣振って気ままに過ごしていたいんだ。何が悲しくてこんな机に齧り付かなきゃならんのだ。

しかしアイリーンの監視がある以上サボるにサボれない……。

「はぁ……」

「ちゃんとサボらないでやるのよ、いいわね」

「へいへい、分かってるって」

「いきましょ、ミカ」

「あ、はい」

ケビンはアイリーンを見送ると、すぐに筆を転がし大きな欠伸をした。そして徐に机の下から酒瓶を取り出した。

「言い訳どうしよっかなー……」





「どこ行く?って言っても街に出るほど時間はないんだけどね」

アイリーンはケビンに向けていた厳しい表情を一変させて、にこやかな笑顔で美香に問いかけた。その切り替えの早さには逆に恐怖を覚えてしまう。

「お、落ち着ける場所……とか?」

「なら中庭にしましょ。きっとこの時間なら人もいないわ」

中庭、と言うとあの王子のいたところ?それだとマスタールームからはだいぶ離れている。マスタールームは左棟であの中庭は右棟だ。

アイリーンは美香の不思議そうな顔を見て、

「中庭って左棟の方のね。客室に近いのは右棟の方よ」

「二つあるんですか?」

「ええ、右棟と左棟はほぼ対称に作られてるの。客室の反対はマスタールームだし、研究室の反対は料理室になってるでしょ?」

「あ……言われてみると」

「それと仕事中でも私に対しては敬語じゃなくていいから。立場的にもそれほど変わらないし」

「え、そうなんですか?」

かたや王宮内のメイドを統率するメイド長かつ六臣下の一人で、かたやどこの馬の骨かも分からない専属メイドだぞ?しかも早速仕事がない。

「王子の専属メイドなんて特別ポスト、別格だからね。メイドの子たちの中だったらメイド長よりなりたいって子多いんじゃない?」

「ええっ!わざわざあんなやつの?」

美香が大きな声でアルヴィンを非難すると、廊下にいた数人のメイドにジロッと睨みつけられ、萎縮してしまう。

「……何があったのか知らないけど、主人なんだからそんな言い方したらだめよ?アルヴィン様はメイドの間だとかなり人気あるしね」

「……」

どこがいいんだあんなやつ。まあそりゃイケメンではあるけど、初対面で押し倒すし、理不尽に怒るし。

本当、勘弁してくれ。


「ここよ」

アイリーンが立ち止まり目を向けた先には、途中から床が土に変わっている、既視感のある廊下が伸びていた。一昨日右棟で見たものを鏡に当ててそのまま持ってきたみたいだ。

「ほんとに一緒なんだ」

「ああ。といってもこっちの中庭は誰も立ち寄らないけどね。そんな暇ないから」

「確かに。でもあっちの中庭は誰かよくいるの?」

「あら、知らない?あそこは王子と王妃様がよくいらっしゃってたのよ。あの辺りを通ると王妃様の歌声が聞こえたものよ」

王妃様というと王子のお母さんか。僕が似てると噂の。

そこまで考えて美香は少し納得する。一昨日の夜、王子が僕をお母さんだと勘違いしたのも、そんなところに理由があったのかもしれない。


アイリーンは適当なところに腰を下ろし、美香もそれに従った。

「仕事はどう?上手くやれてる?」

「いえ、まったく……」

家事も一切出来なければ、主人にももう来るなと言われ、なぜ自分がこんなことをしているのか不思議になるくらいだ。もっとも、どうしてここに転移させられたのかも謎だが。

「マリーに迷惑かけてばっかり」

「あはは、でもマリーなら許してくれるでしょ。まあ最初はそんなもんよ」

「王子にも嫌われてるみたいだし」

「嫌われてるって、なんで?まだ会って二日目でしょ?」

「僕にも分からないよ……たぶんこの見た目なんだろうけど」

「あー……まあ確かにね」

アイリーンは改めて三角座りする美香の容姿をまじまじと見た。黙っていればリア様が帰ってきたのかと錯覚してしまうほどだ。しかし言動は微塵も似ていない。今もスカートがめくれ上がってパンツが見えているし……気品の欠片も感じられない。それがむしろあどけなくて可愛い面でもあるのだがーー。

とそこまで考えてアイリーンはロナルド王の言葉を思い出した。そうだ、ミカは元々男だったのだ。風呂場で言われた時は冗談だと思っていたがーーそう考えればこの無防備さも納得がいく。

「どうしたの、アイリーン?」

「パンツ見えてるわよ」

「え、あっ!」

「……ミカって元々男なのよね?」

「う、うん」

改まって聞かれるとなんだか不思議な感じだけど。元々と言われると、今はそうじゃないみたいで、いや実際そうなんだけど、メンタル的にはまだ男というか、断じて女ではないというか、男でありたいというか。


アイリーンは美香を頭から足まで全身を、まさに品定めするようにチェックした。嫌な予感がする。

「いい機会だから、女の立ち振る舞いっていうのを教えてあげるわ。もしかしたらそのせいでアルヴィン様に嫌われてるのかもしれないし」

「えっ、いや、いいよ別に……」

「いいえ!メイド長としても、メイドの正しい行儀作法を教える義務があるわ!もう女の子なんだから、しっかりしなさい!」

「はっ、はい……」

美香はアイリーンの気迫に押され、また断れるような雰囲気でもなかったため嫌々頷いた。

女の立ち振る舞いと言われても具体的には何かは分からないが、少なくとも進んで受けたいものでは決してないことは察せられた。

「よし!そうと決まれば、早速今日から叩き込んであげるわ!昼食が終わったらここに来ること!いいわね?」

「はい……」

なんで男の僕が……と思わずにはいられない美香だった。

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