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16.嘘つき王様

マリーは美香と別れるた後すぐにアルヴィンの部屋に向かった。

ミカさんがあんなに悲しそうにするのは見ていられません。悲しいというよりは、寂しいという感じでした。自分は悲しいんだ、寂しいんだ、と言うことさえできないようなーーひょっとしたら本人も自覚していないかもしれませんがーー沈んだ気持ち。

私はミカの教育係なのですから、アルヴィン様とミカさんの関係については触れてもいいはずです。


「アルヴィン様、失礼します」

「……マリーか。どうした」

アルヴィンは一瞬、またミカエルが来たのかと顔をしかめた。ミカエルの前では理不尽な王子として振舞わなければならない。しかしそれがマリーだと分かると、いつもの穏やかな表情に戻った。

その表情を見て、やっぱり無理をなさっているのだと、マリーは悟った。どうしてかは分かりませんが……。

「ミカさんのことです」

そう口にした途端、アルヴィンの表情は酷く強張った。そして何もなかったかのようにまた書類に目を通し始めた。

「……あいつがどうかしたのか」

「どうしたって……アルヴィン様に追い払われたと」

「ああ、そうだな」

低く、抑揚のない声が部屋に広がる。

「ど、どうしてですか?」

「仕事が出来ないからだ。まったく、父さんの意図も図りかねる。専属の使用人など要らないと言っているのに」

「まだ初日じゃないですか」

「だが昨日は至る所で使用人たちを困らせたそうじゃないか。一週間も必要ないと思うがな」

「そ、それは……」

確かに美香は仕事ができない。それはマリーも重々承知していた。それでも家事の出来不出来を問わずに王宮に招かれ、間も置かずに王子専属のメイドになった理由が、容姿の他にも他にも何かあるはずです、とマリーは心の中で言い返す。

そのことをアルヴィン様が気付いていらっしゃらないはずがありません。でもそのことを敢えて無視しているのだとしたら……。

「分かりました……失礼します」

その理由を知らなければなりません。

私はミカさんの教育係なのです。それに何より、新しく出来たお友達が悲しんでいるのに、何もしないわけにはいきません。

そうしてマリーは事の発端、ロナルド王の部屋へと足を向けた。





ここ白の王宮は主に三つの棟から成り立っている。王の部屋や会議室などがある本棟、王子の部屋と客室がある右棟、泊まり込みの使用人が住まう部屋がある左棟だ。地下は広大な物置場となっている。


マリーは右棟から本棟に向かい、さらにその中心あたりにある部屋に入った。

「ロナルド様、いらっしゃいますか」

「ああ、マリーか。ちょうど一息ついたところだよ。どうしたんだい?」

「あの、ミカさんのことなんですが」

「……ミカエルか。今日もまた何かやらかしたのか?」

「いえ……一つ、伺いたいことがあるんです」

「ほう、なんだ?」

ロナルドは愉快そうに口元を歪め、肩を揺らす。


「どうしてミカさんを選んだんですか?」

ロナルド様は一昨日、ミカさんのこの問いに容姿だと答えましたが、それはどう考えてもおかしいです。ロナルド様ほどの魔力をもってすれば、例えば私の見た目をリア様のようにすることだって容易かったはずなのです。それなのにわざわざミカさんを、しかも元々男性で異世界から来たとも、ロナルド様はおっしゃっていました。

そこまでして、何故?

そのことをマリーは敢えて口には出さなかったが、もちろんマリーの考えくらい分からないロナルドではなかった。ロナルドは少しだけ考えて、口を開いた。

極上のフィクションを紡ぐために。


「……内密にしてもらえるかな」

ロナルドは出来る限り重苦しい雰囲気を演出する。ハッタリは得意なのだ。

「は、はい、もちろんです」

「彼女は元々、青の国のサンフェルナンドの村娘なんだ。二ヶ月ほど前、青の国に訪問しに行ったときがあっただろう。アルヴィンも連れてね。彼女はそのとき乗せてもらった船乗りの一人娘でね。彼女はまだ魔術は上手く扱えなかったんだが、練習として船に同行していたんだ。そこで私たちは驚いたわけだ。あの容姿に、あの声だろう?」

マリーは美香の声を思い出す。そう、声までもリア王妃に似ているのです。声ばかりはさすがに魔力でもどうにもならなりません、生来のものです。

「特にアルヴィンが気に入ってね、寝る間も惜しんで楽しそうに喋っていたよ。アルヴィンは彼女を専属メイドにしたいと言ったんだが、さすがに他国の住民を気に入ったからというだけでは引き抜けない。だからそのときは当然却下したよ。そんな振る舞いは王たる者らしくない、とね。だがーー」

そこでロナルドは憂い顔になって言葉を切った。マリーにも次の言葉は想像に難くなかった。

「リアが、いなくなってしまっただろう。それでつい先日、彼女ーーミカエルのことを思い出してね。彼女ならアルヴィンを元気付けてやれるんじゃないか、と思ったわけさ」

「も、元男性だと言うのは?」

「そりゃあもちろん嘘だよ。今の話を聞いて貰えばわかるだろう。彼女の身元がバレるわけにはいかないんだ。そして彼女の容姿は当然、青の国内でも有名な話だった。異世界から来たっていうのも、カモフラージュの一環だ。だがそれも彼女が望んでそうしていることだ。アルヴィンと一緒にいたい、とね」

「な、ならどうしてアルヴィン様は……?」

「……アルヴィンも彼女のことが好きなんだろうな。そしてアルヴィンは彼女に幸せになってほしいと願っているんだ。身元を詐称して、親元からも母国からも離れて、しがらみの多い自分と一緒になるのが、果たして彼女にとって幸せ足り得るのか?アルヴィンなら……どうすると思う?」


「それは……」

お優しいアルヴィン様ならーー。

その答えが今日のアルヴィン様の行動だったんですね、とマリーは一人納得する。

船乗りの一人娘というのなら、家事が出来ないのも無理はありません。世間知らずなのも、もしかしたら青の魔術練習ばかりしていたからなのかも。先ほどの悲しそうな顔は、愛するアルヴィン様に拒絶されたから……?

そう考えると全て辻褄が合います。

「分かりました、わざわざ教えてくださってありがとうございます」

「マリーはミカエルの教育係だからね。事情を知っていた方が何かと良いだろう。ただし、彼女には伏せておいてもらえるかな。自分の秘密を知っている者と知らない者がいるという状況は、返ってややこしくなるだろうから」

「もちろんです」

「マリー、二人のこと、よろしく頼んだぞ」

「はい!」

失礼します、と言ってマリーは部屋を出た。


ミカさんも、アルヴィン様も本当は一緒にいたいんです。そしてロナルド様もそれを許し、望んでいらっしゃる。

それなら、私が為すべきことは一つです。

アルヴィン様を素直にして……二人をくっつけてあげます!ミカさんのため、それに何より、アルヴィン様のためです。アルヴィン様の幸せのためなら……私は踏み台にだって、なんだってなります。

こうしてマリーの暗躍が始まった。





マリーが出て行くのを見送って、ロナルドは大きく息を吐いた。即興で嘘話を作るのも疲れる。楽しくもあったが。

「また大層な話をお造りになられたものですな」

背後にいた白兎の被り物をした男が声をかける。

「マリーは素直に信じてくれるから、ついやりすぎちゃうんだよ」

「マリー嬢も信じきっておられましたな」

「ああ。マリーには申し訳ないが、あの二人を仲良くさせるには、誰かが焚き付けてやらなきゃならんだろうからな」

「そうですな」

「世話のかかる子どもたちだ」

「父親も大変ですな」


「本当、全くだ」

ロナルドはまた、肩を揺らして笑った。

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