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14.王子の葛藤

「……母さん…………?」

そう呟いた青年の声はまるで信じられないものを見たかのように、驚きのあまり震えていた。

「ミカエル様、お座りください」

「う、うん」

マリーはすぐに二人の間に入り、話を進めた。

アルヴィン様が驚かれるのも当然のことです。私も最初ミカエル様を見たときはリア様が生き返りなさったのかと、混乱してしまったくらいですから。それくらい、ミカエル様はリア王妃に似ていらっしゃるのです。奇妙なほどに。


「こちらが、アルヴィン様の新しい専属使用人になります、ミカエルです。ご挨拶に参りました」

「ああ、ありがとう……」

アルヴィンは未だに衝撃から立ち直れず、どこか上の空で応えた。

「ミカエル様。こちらがアルヴィン様です。ご挨拶を」

「え?」

いきなり挨拶をしろと振られた美香は戸惑った。

聞いてないよ!マリー!王子は王子でなんかぼーっとしてるし……。

内心文句を垂れるが、もちろんそんなことは口には出せない。

「み、ミカエルです。よろしくお願いします」

「ああ……よろしく頼む」

自己紹介だけを無難に済ませると、気まずい沈黙が流れる。王子は何も言わないのに、こちらが見られていると自覚するほどガン見してくる。

初対面でそれはちょっと不躾じゃないか、とも思うが、そんなことよりもじっくりと見られることへの恥ずかしさが堪らない。むずむずする。恥ずかしいけどヘンな気分になってくる。ゾクゾクっとして、なんだかちょっと気持ち良ーー。


美香が危ない扉を開きかけたとき、見兼ねたマリーが声を上げた。

「で、ではこれで私たちは失礼致します」

「そうだな。わざわざありがとう」

礼を述べながらアルヴィンは立ち上がった。客人が退出するときには扉を開けるというのが彼なりの誠意の表し方なのだ。

アルヴィンはいつも通り扉の方向に向かったのだが、未だに夢気分が拭えず、注意散漫になってしまっていた。また気まずい空気から逃れたかったため少し急いていた。

それらの理由もあったのか、アルヴィンはいつもは躓かない机の脚に足が引っかかってしまったのだ。

「あーー」

体勢を崩したアルヴィンの先にいたのは、同じく席を立った美香だった。美香は突然倒れてきた王子にびっくりし、まともに身動きがとれない。

そのままアルヴィンは美香を巻き込んで倒れ込んだ。


「うわ…………えっ!?」

美香が目を開けると、眼前にアルヴィンの顔があった。

二人はちょうどアルヴィンが美香を押し倒したような体勢になってしまっていたのだ。

「あっ!す、すまない!」

アルヴィンの事態に気づき急いで飛び起きた。

美香も立ち上がるが、アルヴィンの顔は既に真っ赤だ。

「しっ!失礼しますっ!」

美香はぽかーんと傍観していたマリーも置いて、部屋から飛び出て、壁にもたれかかってズルズルとしゃがみ込んだ。その頬は赤く染まっていた。


お、男に押し倒される日がくるなんて……!ああいうのってアニメとかじゃよくあるラッキースケベだけど!まさか本当に起こるとは……しかも僕が女の子側で!王子も顔赤かったし!

心臓のバクバクが止まらない。

怒りよりも驚きの方が大きい。

これからあの王子とどうやって顔合わせたらいいんだろ……。

美香は初日から、アルヴィンとの関係に思い悩むことになってしまったのだった。





「し、失礼致します」

マリーが出て行き、扉がパタンと閉まる。そしてアルヴィンは部屋に一人残される。

「はぁ……」

アルヴィンは先ほどの来客と事件を思い出し、また顔を赤くする。学術、魔術、武術全てにおいて超優秀なアルヴィンだったが、今までそれらのことしかやってこなかったため、女の子の扱いについてはこと初心なのであった。

あのミカエルという少女……。

何よりも驚いたのはその容姿、そして声だ。

きっと母さんの若い頃はまさにこのようだったのだろうと思わせる容姿をしていた。顔から髪からスタイルまで。果てには声まで、母さんそっくりだった。

父さんが無理に連れてきたのも、おそらくそういうことなのだろう。全く、よく見つけてきたものだ。


しかしそれでもーー。

それでも断らなければならない。

アルヴィンは理性ではそう思いながらも、どうしてもミカエルのことが気になってしまう。

もう完全に情が移ってしまっていた。

亡き母親に似た彼女に。

どこで生まれ、どのような暮らしをしてきたのか。何が好きか、何が嫌いか。どんな風に笑い、どんな風に泣くのか。

見たい、聞きたい、知りたい。

彼女と話がしたいーー。

「いや……だめだ」

理性では分かっている。彼女を受け入れるわけにはいかない。

それに、受け入れてしまっては父さんの思う壺だ。


やはり彼女には悪いがーーすぐに帰ってもらうしかない。そう、帰ってもらうしかないのだ。

アルヴィンは自分の気持ちに強引にそう結論付け、仕事を再開した。その手がいつも以上に鈍かったのは、言うまでもない。





「王、ただいま参りました」

「ああ、エリックか。よく来たな。まあ座れ座れ」

「では、お言葉に甘えて」

ランタンがないと顔も見えないほど夜が更けたころ、エリックはロナルドの元を訪ねた。約束通り、日本での様子を報告するためだ。

「楽しかったか?」

「ええ、こちらの世界にはないものも沢山あって、勉強になりました」

「そりゃあよかった。それでこそお前を選んだ甲斐がある。そのへんの研究は任せるが、変なことがあったら言ってくれ」

「分かりました」

ロナルドはわざとらしく、変なこと、と強調しエリックの様子を伺った。エリックも動じることはない。

「それより」

「佐藤美香のこと、ですよね?」

「ああ、もちろん。語り明かそうじゃないか」


「そのつもりです。あなたも王子に似て大概ですからね」

「……そんなことないさ」

「またまた」

二人は文字通り語り明かし、一睡もせぬまま朝を迎えた。

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