序章
あらかじめ言っておくと、私はブスである。
あるいは、不細工と言っても構わない。どちらかと言うと、不細工の方がブスよりも心に与えるダメージは大きい気がする。「キモい」よりも「気持ち悪い」の方がより気持ち悪く感じられる、あれと同じだ。
しかし私も、ブスながら十六年生きている。外見に関しての誹謗中傷に晒され続け、もはやメンタル強度は鋼の域に達した。
そんな私も、今や高校生である。期待に胸を膨らませたり、といった輝かしい感情は既に過去に捨て去っているものの、独特の緊張感は感じている。
感じすぎて、トイレに行きたくなってきた。
入学式初日を終えた後の初めての学校。私は控えめな騒がしさの教室からそろりと抜けて、トイレを探すことにした。教室を出るときにすれ違った男子が、私の顔を見て低く呻いていたが、そんなことを気にしている場合ではない。私の膀胱は緊張感のせいで緊張感にあふれる感じになっていた。このまま行けば、数分後にはあふれるものが緊張感どころの騒ぎでなくなっているだろう。しかし数十メートル歩いた先のトイレは、既に行列を作っていた。
私の顔が、絶望感も加わってあまりにもアレになっていたのだろう。並んでいた小柄の女の子が「ひっ」と怯えた。私はその小動物のような可愛さに我を取り戻し、会釈して足早にその場を去った。
結局、私はホームルームに遅刻した。
「早乙女有寿です」と自己紹介すると、何人か吹き出した。それはそうだ。轢かれたウーパールーパーのような女が「乙女」とか「アリス」とか言い出せば、思わず失笑したくもなる。
教室をざっと見回し、私より高レベルなブスがいないことを確かめてから、不細工をネタにした秘技「不細工ギャグ」をかました。結構ウケた。
これで、真面目に外見の悪口を言ってくる輩が発生しなくなるだろう。私なりの自己防衛だ。いくら鋼でも、傷つくことはある。イジメ、カッコワルイ。
そんなこんなで自己紹介は無事に終わり、クラスの係を決めることになった。
しかし、案の定なかなか決まらない。当然というべきか、委員長が決まらない。
「……ちっ」
ざわつくだけで一向に決まらない雰囲気に、前の席の女の子がめちゃくちゃ苛ついていた。
学校側への挑発に見えるほどのド金髪。ショートカットからちらりと見える、ピアス空きまくりの耳。
どうみても、ヤンキーさんである。見かけで判断するのもあれだし、ヤンキーという古びた名称もあれだけど……。
だけど言いたい。ヤンキーさんである。
とたん、とたん、とたん、と長い指で机を叩くのを見てビクビクしていた私は、次の瞬間、ヤンキーさんが勢いよく手を上げたのにものすごくビビった。思わず「ひぃ」と言う声が出た。やけに可愛い声だった。不細工だけど。
「はい、ナカムラさん」
先生に指名されたヤンキーもとい、ナカムラさんは、凛とした声で言ったのだった。
「せんせー、あたし委員長やりまーす」
クラス全員の動きが止まった。お前が!?と思ったことだろう。私も思った。まばらな拍手が、一瞬遅れて起こる。
ナカムラさんが、私の方を振り返った。え?なに?こわい。なんか指さされてる。なに?「お前を殺す」的な?
呆然とする私に、ナカムラさんはニヤ、と唇を歪ませて、
「よろしく、副委員長」
と、言ったのだった。
決して不器量を貶めることを目的にした小説ではございません。ご理解よろしくおねがいします