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はじめて気づいたその想い

作者: 藤堂遥惟

 午前から午後に変わる時刻のある日、パソコンと睨めっこをしている少女がいた。彼女は学校の課題をどうしようかとずっと悩んでいた。思いついたが、また悩む繰り返し。突然、ベッドの上に置いてある携帯電話が鳴り、ディスプレイに表示された名前を見てため息をついた。

「もしもし、なに?」

『あー……柚希(ゆずき)、悪いんだけど、今すぐ学校に来てくれない? ちょっと困り事でさ』

「友達に聞いてよ。なんで毎回私なの?」

『柚希に聞いたほうがわかりやすいから……』

 柚希と呼ばれた彼女はまたため息をつき、諦めたように聞いた。

「学校のどこに行けばいいの?」

『三年の教室で待ってる』

「わかった。今から行く」

 電話をかけてきた相手の返事を聞かずに通話を終わらせ、柚希はパソコンの電源を切り、普段から使っているトートバックに携帯電話と財布を入れ、リビングに置いてある自転車の鍵を取りに行った。

「ん? どっか行くの?」

「高校に。さっき来てって電話あったから」

「あんたも大変ね。いってらっしゃーい」

「いってきまーす」

 リビングにいたのは柚希の姉。誰からの電話か言わなくても、彼女は気づいている。柚希は自転車を出し、電話相手が待っている高校へ向かった。

 三十分後、高校に着いた柚希は駐輪場へ自転車を止め、校内へ入った。柚希の卒業した高校は卒業生であれば、自由に出入りできるので、在校生に呼ばれたというときにありがたいと思っていた。二階の端にある三年の教室へ向かっていた。教室に入ると、教室内には一人の男子生徒が寝ている以外誰もいなかった。柚希は寝ている男子生徒を叩き起こした。

「来て早々、叩き起こすのは酷いな……もう少し優しく起してくれよ」

「人を呼んでおいてのんきに寝ているやつのほうがどうかしていると思うけどね」

「はいはい、悪かった」

「それで? わからないってのはどれ? 私がわかる範囲内だったらすぐに教えられるけど」

「あーこれこれ、この間のデザインの授業でやったやつなんだけど、あれからやろうと思ってもわからなくてずっと困ってたんだ」

「夕(ゆう)の友達に聞いたほうが早いんじゃないの?」

「さっき、電話で言ったとおり、柚希のほうがわかりやすいんだって」

 先ほど、柚希に電話をかけてきた相手・夕と呼ばれた男子生徒は困ったように柚希を見上げていた。柚希が家のパソコンでやっていたことは授業で使おうと思っていた事で、夕はそれを知っていて、柚希に頼んだ。柚希が好きなものをおごるからと頼み込んでいる。柚希は折れ、仕方がないなと承諾した。

「ホント、助かる。マジで助かる!」

「だったら早くパソコン室に行こうよ。私はデザインの授業の課題が残っているんだから」

 柚希は夕を急かして、パソコン室へ向かった。


「久しぶりだなー」

「と言っても卒業してまだ半年近くしか経ってないじゃん」

 夕の一言に柚希は睨んだ。

「余計なこと言っていると教えないよ」

「それは困る!」

「だったらいうことがあるでしょ?」

「ごめんなさい……」

 柚希は何も言わず、パソコンの電源をつけた。その間に夕は柚希にわからないところを教え、柚希によく見たら簡単と言われてしまい少し落ち込んでいた。

「俺はゲーム機以外の機械は苦手だから仕方がないだろ……」

「え? 触っていると結構面白いよ?」

「……んなこと言っても無理なもんは無理」

「はいはい。わかったから、教えてあげるからちゃんと覚えるんだよ」

 柚希は夕がやりかけで保存したものを続きからやり始め、一つ一つの手順を教えた。最初はしっかり聞いていた夕だったが、時間が経つにつれ、柚希の言っていることについていけなくなりわからなくなっていた。柚希に何度もちゃんと聞いてる? と聞かれてうんと答えても結局、聞いていない。わからない。夕の頭の中を二つの言葉が無限ループしている。柚希に任せて暇をどうやって持て余そうかと考えていた。

「なぁ、柚希」

「なに? ちゃんと見てる?」

「見てる。柚希って見た目以上に細く見えるな」

「は? いきなりなに? 頭、大丈夫?」

「頭は一応大丈夫。それより俺の質問に答えてよ」

「確かに友達には初対面のときに、何回も細くて羨ましいって言われたことがあるけど、いきなりどうしたの?」

 柚希は作業する手を止めて、夕のほうを向いた。

「いや、クラスの女子が『柚希先輩ってスタイルいいから羨ましい』って話してた」

「情報科は女子の人数少ないから、なんとなく誰が言ったか予想はつく」

 この高校の情報科は各学年二クラスで、女子生徒は二クラス合わせて三十人もいない。学科別で行う授業、行事が多かったので、自然と学年関係なく、仲良くなることが多い。柚希もその一人だった。

「それは後にして、続き、ちゃんと見てないと困るのは夕なんだからね?」

 と何事もなかったかのように続きを始めた。夕はつまらなさそうに見ていた。耐えられなくなり、夕は柚希にちょっかいを出し始めた。

「ちょっと、夕! やめて」

「わかんないし暇」

「暇じゃなくて教えてるの私なんだから、ちゃんとやって」

「ホントに俺、わかんないから……」

「いきなりなにそれ! 私は夕がわからないって言うから、ここまで来て教えてるんだよ? そんなのだったら、私もう帰る。課題終わってないから」

 柚希は夕がちゃんとやらないのに呆れ、帰宅の準備をし始めた。流石に悪いと思ったのか、夕は必死に柚希に説得をし始めた。

「ごめん! 柚希。俺が来てって頼んだのにちゃんと聞かないで……あ、でも柚希の教えほうがわかりやすいってのはホントだから」

 それでも、柚希は帰宅の準備をやめないでいる。

「実はさ……俺、ずっと柚希に伝えたかったことあるんだ……学校で言うのはどうかと思われるけど、大事な話しだから言えるうちにちゃんと言いたい」

 やっと片づける手を止めて、話しを聞いてくれる柚希に安心し、夕は続きを話しはじめた。


「実は俺……ずっとガキの頃から柚希のことが好きだった……。幼なじみとしてではなく、一人の女として……」

「そ……そんなこと言われても……」

 柚希はいきなりの告白に驚いてしまい、どうしていいかわからず、オロオロしていた。

「でも、私は小柄で、夕より年上だよ? それに私より夕にお似合いの子いるじゃん。だめだよ、私は……」

 柚希は夕の方を見れず、言った。

「俺はそれでも柚希が好きなんだ。柚希と一緒にいるときが一番落ち着く。だから俺と付き合ってほしい……」

「……いきなりそんなこと言われても……ごめん夕。私もう、帰る」

 柚希は夕の制止を聞かず、荷物を持って帰った。


 それから数日、二人は顔を合わせることなく、過ごしていた。特に柚希は夕に告白された後、誰が見てもわかるくらい上の空、状態だった。授業も全く聞いていないようで、柚希の友人は心配していた。

 そんな柚希を見ていた姉は流石に心配になり、ある晩、柚希の部屋へ向かっていた。

「柚希、入るよ?」

「んーなに?」

「あんた、最近、上の空でしょ。夕と何かあったの?」

「うん……。この間、夕にいきなり告白された」

「そういうことか。いきなり告白されても答えでないからね。私は邪魔にならないうちに退散としますか。課題も頑張れ」

「ありがとう」

 姉は部屋を出ていき、柚希は課題の続きに取りかかろうとしたが、思ったようにはかどらず、その日はそうそうに寝ることにした。

 翌日、柚希はいつもの時間に起き、いつもと同じ時間の電車に乗り、学校へ向かった。学校にいるときは課題のことだけに集中し、それ以外でも課題をやるときは夕のことを考えないようにしていた。が、夕のことを考えてしまう。あまり課題は進まなかった。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、柚希は携帯電話を見た。不在着信が一件。誰からだろうと見たら、姉からだった。なんだろうと思い、姉の携帯電話に電話をかけた。

『あ、柚希? ごめんね。さっき授業中に電話かけちゃって』

「それよりどうしたの?」

『さっき、おばさんから電話あったんだけど、夕が入院したんだって。階段から落ちたらしくって、検査中って……。柚希、聞いてる?』

「うん……。今から帰る……」

『病院の入り口で待ってるから気をつけて帰ってきなよ』

「うん」

 柚希は急いで荷物を片づけ、友人には事情は落ち着いたら話すから、先生には姉が病院に入院したって言っておいてと頼み、学校を出た。

「なんでこんな日に限ってヒールのあるブーツ履くんだろ……」

 

 それから約一時間後、柚希は病院の前にいた。柚希に気づいた姉は柚希を迎えに行った。

「柚希、大丈夫?」

「急いで来たから……それより、夕は?」

「今は大丈夫。寝てる」

「それなら良かった」

柚希は姉の案内で、夕のいる病室へ向かった。病室に入ると夕はベッドに寝ていて、ちょうど、検診に来ていた看護師がいた。

「看護師さん、夕は……夕は大丈夫なんですよね……」

「大丈夫ですよ。そんなに酷い怪我をしていないので、早くて数日で退院できると先生は言っていましたよ」

「そうですか……。ありがとうございます」

 看護師は立ち去り、柚希はベッド横の椅子に座って夕を見ていた。突然、扉を叩く音が聞こえ、姉が返事をした。入ってきたのは夕の友人三人。当然、柚希は三人を知っている。

「柚希先輩、こんにちは……」

「夕の友達?」

「うん。夕が一年の頃から。この人、私の姉」

「三人共、何か知ってるの?」

 三人はいきなり二人の前で土下座をした。

「なに!? なにがあったの」

「実は俺達、由井埜(ゆいの)とふざけて遊んでいたんです」

 由井埜とは夕の苗字。

「階段から転げ落ちそうになった俺を由井埜が助けてくれて……」

「そしたら由井埜、壁にぶつかって止まったと思ったら、動かなくなって……」

「それで夕は入院することになってわけね。だけど、ふざけて遊ぶのは構わないけど、周囲が安全かぐらい確認しなさいよ。夕のとこのおばさんには私から話しておくから」

「でも、夕らしい。夕は困った人を放っておけない優しい奴だから。三人はもう帰りなよ。私達はもうしばらく、ここにいるから」

 三人は口々に謝罪をして、病室を後にした。

「お姉ちゃん……」

「どうした?」

「あれからずっと考えていたんだけどね……。私、夕のこと好きなんだって思った……。だから、夕が退院する頃にちゃんと自分の思い、伝えるよ。この間は悪いことしちゃったみたいだから」

「それが柚希の気持ちならしっかり伝えなよ」

「うん」

 二人がそんな会話をしていると今まで眠っていた夕が起きた。

「ん……」

「夕?」

「柚希?」

「よかった……」

「ごめん。柚希……心配かけて」

「いいよ。たいしたことじゃなかったみたいだから安心したから」

「私の大事な妹に心配させた罰として、今度、何かおごってよ」

「えーしょうがないな」

「よし、決まり。あ、柚希、どうする?」

「課題あるし、友達に今日の授業のことで聞きたいことあるから、今日はもう帰る。明日、また来てあげるから寂しがらなくていいよー」

「寂しがってねぇよ。帰るならとっとと帰れよ」

 二人は夕に言われ、帰宅した。

 それから毎日、柚希は学校帰りに病院へ通って、夕と話しをしていた。時々病室からにぎやかな声が聞こえてくると夕の友人三人が来ていると柚希も嬉しくなり、病室へ入っていくことが多かった。

「夕! 元気そうだね」

「おー柚希。今日、話しがあったんだけど、来週、退院できるってー」

「それはよかったじゃん。お姉ちゃんに迎え頼んで、ついでになにか奢ってあげたら?」

「あの人が来るっていうならそうする予定。それに柚希にもいろいろ迷惑かけたから」

 二人の話を聞いていた、夕の友人の一人が、茶々入れをした。

「由井埜、やっさしー」

「お前が落ちるから俺がこうなってんだろ……むしろ、お前ら三人が柚希たちに奢れよ」

「確かにそうだよな……じゃ、柚希先輩、俺達これから用事あるんで、それじゃまた」

「おーじゃあねー」

 三人が去ってから病室は一気に静かになった。

「なぁ……柚希。この間の話しなんだけどさ……」

「その返事は夕が退院する日に言う。答えは決まったから」

「わかった」

「それじゃ、私ももう帰るね。課題の続き、残ってるから」

「わざわざ、ありがとう」

 柚希はいつも通り、落ち着いて、病室を後にした。


 それから翌週、夕が退院する日。柚希は姉が運転する車に乗って、夕を迎えに来た。

「私、夕の病室に行ってるね」

「はいよー」

 柚希は軽やかな足取りで、夕の病室へ向かった。

「夕ーそろそろ準備できた?」

「いつでも帰れるように待ってた」

「外でお姉ちゃんが待ってるから行こうか」

「柚希、行く前にこの前の返事が聞きたい」

「返事、遅くなってごめんね。あのときはなんて答えたらいいかわからなかった。だけど、夕が入院したって聞いてから、いろいろと考えた。自分でも気づかないうちに夕のことが好きって気づいた。だから、私でよければこれからもよろしくお願いします」

 夕は柚希の返事が聞けて、よかったと安心した様に柚希を抱き寄せた。一瞬、驚いた柚希だったけど、自分からも抱きしめ返した。

「お姉ちゃんにも言わないと」

「あー知ってる。前に俺が何度か相談したし」

「余計なことは聞いてないよね」

「聞かない様にしていた。それより、そろそろ行こうか。あの人、うるさいし」

「そうだね」

 二人は病院を出て、姉が待つ車へ向かった。車で待っていた姉は二人が仲良く手を繋いで帰ってくるのを見て、自分のことの様に喜んでいた。


 しかしそれから一ヶ月後、夕はまた病院にいた。柚希は午前授業だったため急いで病院へ向い、夕から事情を聞いた。

「今度はなに!」

「俺の不注意……」

「心配して損した」

「ごめん……次の土日にどっかでかけよ。柚希が欲しいもの買うから」

「もので釣られる私じゃない……」

 柚希はしばらく不機嫌だったが、帰りに寄ったクレープ屋で買ったクレープを食べて、一気にご機嫌になったとか。


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