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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月十日~ ③

・アリオス歴一三三年 三月十日 大型巡洋船アクトウェイ


 敵艦隊の後方に紫色の船が突如として出現する。彼ら得意の短距離跳躍。艦首をこちらへ向けたコンプレクターは、敵陣形の背後から中央部の指揮中枢艦隊を攻撃し始める。

 ここで敵が総崩れになれば楽な話だったが、そうはならなかった。さすが、百年を銀河の片隅で過ごした連中なだけはある。指揮官が優秀なのか、それとも部下がよく訓練されているのか。まったく乱れることなく、敵部隊は果敢に正面に位置しているアクトウェイとグローツラングを目指して突進していく。

 しかしここで手を緩めるイーライではなかった。コンプレクターが敵陣形の最も脆弱な最後部へ攻撃を行えるといっても、再跳躍のためにパワーコアからのエネルギーのほとんどを跳躍システムに回している筈である。そもそもの火力性能がアクトウェイと比べて一段劣るうえに、それほど多い門数を搭載している訳ではないから、どうしても決定打に欠けるのだ。

 グローツラングが操作するピックが宇宙空間を駆ける。遠隔操作式にしては精密な動作で飛翔体が動き、角度を変えた。

 アクトウェイの前方にピックが集まり始める。コンプレクターが後方から追い打ちをかけているために敵艦隊はこれらを撃墜する余裕がない。その隙をついて、イーライは肘掛を叩いた。


「主砲斉射!」


 彼の声紋を認識したアクトウェイの艦橋システムが発射トリガーを引く。

 A級重巡洋艦クラスであるアクトウェイの主砲は、適切に命中させればバレンティア航宙軍の採用している戦艦級の船にもじゅうぶんに通ずる威力を誇る。さらにはイーライとセシル、そしてアキが小改良を繰り返したFCSとの兼ね合いと、グローツラング、そしてコンプレクターからの敵位置情報の提供。これらを統合処理して計算された座標へ撃ち込まれたエネルギービームの束を、グローツラングの展開したピックが敵艦隊の中央部で反射させる。

 まるでプリズムに入り込んだ光のように、光の槍が四方八方へと拡散した。

 青白い光条が敵艦の、砲撃戦で薄くなった側面のPSA装甲を貫徹する。古い型の帝国軍艦艇は爆発し、小惑星帯の各所で火焔が花開いた。

 主な標的とされたのは指揮中枢艦隊だ。古めかしい戦艦の何隻かが陣形中央部で爆散すると、目に見えて帝国軍艦隊の動きに動揺が見られる。まずは戦隊ごとに、そして次に個艦単位でふらふらと陣形を逸脱し、慌てて二次推進装置を吹かしている船もいる。必然的に艦隊の前進速度は停滞し、足並みを揃えようと各艦が速度を低下させたところで第二撃を加えた。

 グローツラングが前に出る。イーライの前にホログラフが浮かび上がり、ジェームス・エッカートが勝ち誇った笑みを浮かべた。


「ジョンソン、あとは好きにやらせてもらうぞ」


「どうぞ。あとは各個撃破の時間です。ですが、先に降伏勧告を流します」


「好きにしろ。早くせねば、全ての敵がこの星系から消え失せようぞ」


 高笑いと共に彼の映像が消えると、イーライは誰にともなく肩を竦めながら通信ボタンを叩いた。全ての周波数帯で呼びかける。既にリガルが第二番惑星にいることは敵にもわかっているだろうが、わざわざこちらで明言してやる必要もないので音声のみの公開通信だ。


「こちらアクトウェイ。この星系に存在する帝国軍へ告げる。既に諸君らは敗北した。この上、さらなる戦闘を行うのは無駄だ。投降されよ。機関を停止し、その場で――」


 その時、艦橋が明るく照らし出された。砲撃かと思い身を強張らせるも、それが敵の砲撃ではなく、別の種類の光であることを知る。


「敵が自爆し始めました」


 セシルの言葉に、イーライは何とも言い切れないうしろめたさを覚えた。自分が降伏を促したから死を決意したのだろうか。今となっては知る術もないが、一度の戦いで敗北したからといって命を投げ出すとは。

 頭を振って気を取り直す。とにかく、これでアスタルト星系内の帝国軍は駆逐されたのだ。悪くない結果というべきだろう。




・アリオス歴一三三年 三月十一日 アスタルト星系 第二番惑星軌道上


 格納庫にシャトルがドッキングする。エアロックを介してアームで運ばれてくるその艇体の前に、クルーたちが並んで立っていた。

 フィリップ・カロンゾが、隣に立つジュリー・バックへと耳打ちする。


「おい、あんなオンボロシャトルで敵艦の前に出たんだよな」


「そうさね。ゴースト・タウン宙域でのことがよっぽど効いていないように見える」


「どうする。今度からシャトル禁止令でも出すか?」


「そいつは名案だ。あの船長が聞くとも思えないけどね」


 セシルが咳払いすると、二人は何事も無かったようにゆっくりと背筋を伸ばした。

 やや黄ばんだ外装のシャトルが、遂に固定される。脇にある昇降用エアロックが開き、男女が現れた。

 真空作業服に身を包んだ黒い髪の青年。さらに、白髪を携えた女。この二人がいなくともこの船はやっていけるだろうか、と、その光景を見つめるイーライ・ジョンソンは複雑な心境で思った。自分がいなくともアクトウェイは回っていくのは確かだ。それが少しだけもどかしい。

 タラップを伝って二人は歩いてきた。遅くも無ければ早くもない。お互いに歩幅が微妙に違うはずなのに、ぴったりと同じ距離を保ってやってくる。


「みんな」リガルが片手を上げた。ちょっとコーヒーを飲んで来たといった感じだ。「ご苦労だった。随分とそつなくこなしたみたいだな」


「船長がいた時ほどではありませんよ」


 少し棘を含んだ物言いになっただろうか。しかし青年は朗らかに笑って見せる。そんなことよりも、この船に帰って来れたことが嬉しくてたまらないようだ。


「世辞はいいさ。それで、まずはシャワーを浴びたい。後で食堂に集合ということでどうかな」


「わかりました」


 それから一時間後、きっちりと身だしなみを整えた二人を交え、アクトウェイの食堂にはお馴染みの顔触れが揃っていた。

 リガルはキャロッサから微炭酸ドリンクを受け取り、アキにもそれを手渡しながら椅子に腰を下ろし、足を組んだ。周囲にはイーライたちが座り、片隅にプリンストンが灰色の胸像のように佇んでいる。

 戦闘中、この男がどこで何をしていたのか、イーライは把握していなかった。廃棄ステーションでレーザー通信装置を設置するときにも技術的な助言をしてきたはいいものの、その他の時間は自室にこもり、何か作業をしていたようである。今のところ、アクトウェイには異常が出ていないが、厄介なソフトウェアを船内の中枢コンピュータにインストールされていれば、今後の活動に多大な支障が出る事は間違いない。

 単純に自分達を困らせるのが目的ならば、あの戦闘中に何がしかの不具合を起こす――たとえば、通信設備の故障とか――ことがあっても不思議ではなかったのだ。

 イーライは自分の携帯端末を取り出す。簡易なテキストメールを作成してアキへ送信した。彼女はすぐにこちらを見やり、微かに頷いて見せる。受け取ったという合図だ。その数千分の一秒後には、中枢コンピュータから火器管制装置まで、ありとあらゆるシステムがメンテナンスされていく筈だ。


「さて、人心地ついたところで始めよう。まず、ご苦労だった。特にイーライ、よくやり遂げてくれた。二百隻の敵艦隊を殲滅など、そうそうできることじゃない」


 黙ってうなずいただけの彼へ微笑むと、リガルは首を巡らせた。


「他のみんなもだ。船長として、船を空けたことはすまないと思っている。そしてありがとう」


「どういたしまして。それで、リガル。向こうでは何があったの?」


 セシルの問いかけ、にアキが答えた。


「潜入して間もなく、私達はルガート造船財閥アスタルト支社へ潜入を試みました。実際に支社へ入り込んだのはロドリゲスとメイスで、私達はカフェでそれをモニターしていました」


「そこで敵の装甲兵部隊に襲われ、何とか撃退した。現地警察が急行し、そこで連れていかれた警察署の署長から、惑星を何とかしてほしいと協力を持ちかけられたんだ。アスタルト支社は支社長のアルダンテが、帝国軍勢力へ寝返った副支社長に殺害され、独立商人らも航宙規制を受けている状態だったからだ」


 フィリップが白い歯を見せて笑った。


「そんで、またシャトルで無茶をやらかしたってわけかい」


「結果オーライというわけにはいかないか? こうしてアスタルト星系には平穏な時の流れが戻って来たのだし」


「私は肝が冷えましたが」


 全員の目が白髪の女へと向けられる。

 AIは肩を竦めて見せた。「冗談です。最近、ジョークがどういったものかわかりかけていたと思ったのですが、まだまだ甘いようですね」


「冗談ってのは、鍛えるもんじゃないぜ」


 フィリップが冗談めかして言い、クルーたちは笑った。アキだけがなるほどとうなずいている。

 おずおずと申し出たのはキャロッサだった。彼女は食堂からサンドイッチの入ったプラスティックの簡素な箱を、船に帰還した二人へと振る舞うと、イーライの隣に腰を下ろした。


「これから、私達はどうするんですか。星系外には、まだ帝国軍がいますし、油断はできませんよね」


「一先ずは、第二番惑星の警察組織から、アスティミナの居所を知るためにネットワークを通じて捜査するという通達が来ている。その結果が出るまでは留まろうと思う」


「果たして、相手の位置は判明しますでしょうか」


 聞き慣れない声に、最も早く反応したのは、意外にもアキだった。微かに顔を顰めて嫌悪感を露わにし、ふん、と花で笑って見せる。


「いかようにしてそうお考えですか、大尉?」


 灰色の男はバレンティア航宙軍の制服を正すと、さもありなんとばかりに説明し始めた。


「アスティミナ・フォン・バルンテージの拉致は、恐らく彼ら旧帝国軍勢力にとって大きな求心力とするためでしょう。古来より、少女の女帝とは貴族のロマンチシズムを刺激し、忠誠を誓わせるのにうってつけの人形ですから」


「その点は論ずるに値しないとしても、なぜ見つからないという結論になるのですか」


「砲雷長、政治とはその行動を直前までいかに秘匿し続けるかが、時に重大な結果を招くものです。この時点でアスティミナ嬢の事がリガル船長にも知られていなかったことを考えると、監禁場所も徹底した情報隠蔽工作の元にあると考えるのが自然でしょう。おおよそ、いち惑星警察のネットワークで捕まるものではないと思われます」


 昨今の治安維持情勢は、他星系との密接な連携が欠かせない。犯罪者がどこかの惑星で法を犯した時、そのまま惑星上に留まるメリットは少ないからだ。おおよそ人が潜みうる地域は特定されているし、旧地球のように人口増加でところかしこに大都市があるわけでもないのだから、特定の居住地の出入人口を把握してさえおけば必ず捕えることができる。

 犯罪者が逃げのびるには星を出なければならない。大抵の人間は、犯行を犯したらすぐに出港しようと宇宙港へ向かう。だからこそ、細かい身分認証や警察官、警備員の駐在により、各惑星の警戒の比重はこうした宙港設備に偏っている。他に、離脱屋と呼ばれる惑星から非合法の方法で人間を脱出させる密輸業者の一種も利用されるが、イレギュラーな地点からの大気圏離脱はどうしようもなく目立つために成功の可能性は低い。

 それでも、多くの犯罪者が一般人に紛れて身分を偽装し、惑星外へと逃れる。あとは広大な宇宙空間が広がるのみだが、身分を偽装して船に乗り込むということは、そう遠い惑星や小惑星帯の廃棄ステーションなどに向かうことはないことの裏返しでもある。実際に宇宙へ逃れる犯罪者は割合として半分ほどだ。

 そうなってしまうと、検挙率を上げるには星系警備隊や他星系の自治警察との連携が欠かせなくなってくる。必然的に、惑星間の警察組織同士の連携が重要になるのだ。そのためには星系を超えた超光速通信網の整備や部署の設立など、諸国における密接な連携が日常となっている。

 巨大な犯罪者を捉える情報の網。これでも引っかかることはないだろうと、プリンストンは言う。


「警察組織の弱点は、収集している情報が彼らにとって重要なものだと認知しているものに限られることにあります」彼は情報部員らしい淡々とした口調で、「たとえば、どこかで殺人事件が起きる。これはすぐに警察の耳に入る。しかし明日起こる盗難事件はどうしたって知りようがない。なぜなら、そのための情報収集すらしていないからです」


 リガルは腕を組んだ。彼の言うことにも一理ある。それどころか、まともな情報が得られないのではないかという気さえしてきた。


「となると、この星系を救ったことは完全な無駄足だったのかな」


「それはあなたが決めることです、リガル船長。アスティミナ嬢を救出するという目的ではありましたが、この星系の人々は帝国軍の圧政から解放されました。元通りにとはいかないでしょうが、より良い方向へと動き出したのは事実です」


「それは褒めてるのかな、大尉」


「ご想像にお任せします」


 澄ました様子で言い返すこの軍人へ、クルーたちは露骨に嫌悪感を露わにしていた。完全な異物だ。

 歓迎するに値しない誰か。クライス・ハルトが遣わせたアクトウェイ、ひいてはリガルという「英雄」の首輪。


「となれば、ダハク宇宙軍や情報軍への援助要請が先だろうか。情報部としてどうだ、大尉」


「悪くありません。が、敢えて言わせていただくのなら、情報軍はそう簡単に首肯しないでしょう。私の上司と同じく、あなたを着検分子として見るに違いありません」


「そのうえで情報を提供させるメリットをいかに用意するかが重要になってくるのか」


「本当に交渉されるおつもりですか?」


「いいや。とにかく、スレイトン警部からの連絡を待つさ。話はそれからだ」


「議題はもうひとつありますよ」イーライがプリンストンに注いでいた視線をやわらげ、リガルを見た。「この星系外の帝国軍からどうやってアスタルト星系を守るかです。ダハク星系連邦宇宙軍は初戦で痛手を被った筈ですから、正規軍に期待することはできません」


「その必要はなさそうです」


 アキが割って入った。どういうことか言いかけたリガルの機先を制して携帯端末を取り出し、立体映像投影装置をオンへ。小さな端末は、彼女がこうして何かを表示したいときのために使用するものだ。

 表示されたホログラフは、ダハク星系連邦のほぼ正方形に近い星系図だった。元々は帝国領内で力を持っていた三十二の貴族が支配していた、四十の星系が、第一次オリオン腕大戦後に連邦国家として成立する道を選んだ。ダハクとは、その当時に最も有力な貴族の名字を取って名付けられたものだ。

 その星系図の中程に寄った部分が強調表示されている。アスタルト星系だ。その周囲を取り巻いている星系の各所が、青く光ったり赤く光ったりしている。大半が赤い所から察するに、帝国軍に制圧されている領宙だろう。

 一目瞭然なその図を前に、アキが告げた。


「ダハクは燃え上がっています」

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