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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月十日~ ②

・アリオス歴一三三年 三月十日 アスタルト星系 第二番惑星軌道上


 シャトルが加速し、加速度が座席に体を押し付ける。想定以上のぼろ船だ。手入れはよくされているようだが、カタログスペック上の劣化は如何ともし難い。飛翔している四八隻のシャトルが、衛星軌道上の宇宙港を中心として放射状に広がり、予定軌道を描く曲線が目まぐるしくホログラフの上を移ろっていく。

 全てを把握することは不可能だ。宙港から恒星側へ向けて三万七千キロの位置に静止している六隻の駆逐艦と三隻の軽巡洋艦そして指揮を執っているであろう戦隊旗艦の重巡洋艦が、艦首をこちらへ向けたまま対空レールガンを投射用意。アキはシャトルの軌道を常に変更し、それぞれの性能限界を引っ張り出して大加速、大減速させた。小型のシャトルはプラズマ反動エンジンの規模が小さいため、大型であればあるほど優秀な出力重量比を持つ特性に示し合わせれば必ずしも納得のいく性能を有している訳ではないが、無人であることが幸いして、老朽化した大型シャトルは対艦ミサイルにも似た威力と性能を有している。

 逆に言えば、アクトウェイで戦闘を行った時と違い、このシャトルを除いた四七発の対艦ミサイルと八八門の地上軍が展開している素粒子砲で、一個戦隊を確実に葬らねばならない。その混乱に乗じて自分達はアクトウェイらと合流を果たすべく、軌道上からさらに小惑星帯へ進まねばならないのだ。

 艇体が右にロール、ピッチをかける。息つく暇もない回避運動で、帝国軍の使用している旧型の対空兵装システムはこちらを捕捉しきれていない。対空レールガンの門数もバレンティアやレイズ星間連合の艦艇に比して少ないため、それほど対空防御能力が優秀でもないのが救いだ。さらには旧式艦艇故にPSA装甲の強度も一ランク落ちる。これをうまく利用すれば間違いなく撃沈できる。

 その前に、このGで自分がつぶれてしまわないかを心配するべきだろうか。気の遠くなるような暗いヴェールに視界が包まれる中、リガルは何とか口をこじ開ける。


「アキ。奴らを仕留めろ」


 この期に及んで彼女を頼るしか能の無い自分が恨めしい。シャトルでの急激な回避機動は予測していたはず。しかし現実として、唯物論的な肉体限界がこれを拒んだ。情けないことこの上ない。

 アキは口を動かすことなく、テキストメッセージのみで返答した。


「お任せあれ、リガル」


 四七隻のシャトルが一斉に弾ける。敵艦へと迫っていたそれぞれの軌道が花が咲くように、敵艦隊を中心としてさらに外側へ逸れていった。美しい。そう思った次の瞬間にはバレルロールを繰り返しつつ、各艇が均等に敵艦へ向かっていく。シャトルが狙っているのはどうやら駆逐艦のようだ。

 ここで敵戦隊は対空迎撃を強める。レールガンの弾丸がばら撒かれ、リガルはその予測射撃弾道が小さな宇宙港に重ならないよう、アキが細心の注意を払ってシャトルを操っているのに気が付いた。それを読まれたのか、敵艦のレールガン射撃パターンが変更される。敵の指揮官は良い読みをしている。

 しかしアキのほうが上手だった。シャトルが大加速すると同時に、指揮官であるリガルへと地上軍へ素粒子砲発射の指示を送る許可を求めてくる。リガルは即座に判断して肘掛のボタンを押し込んだ。これだけで指が折れるかというほどの加速度だ。

 第二番惑星の地表で展開を終えていた八八門の素粒子砲が、その歪な砲身を空へと向ける。

 地上設置式の対宙兵装に求められる性能はふたつ。艦艇のPSA装甲を貫くだけの大火力と、発射時まで敵に位置を悟られないための隠匿性だ。磁気、電波、熱を遮断するカモフラージュネットに巻かれた塔が惑星の森、あるいは砂漠、あるいはコンクリートの地面で持ち上がり、軽巡洋艦と重巡洋艦へ向け、六六門があらかじめ充填していたエネルギーを集約。素粒子を強力な電磁気で凝縮して圧縮し、それらを同じく磁気で誘導しながら放出した。

 輝く光の柱が直立する。惑星や恒星から放たれる電磁波や磁気スペクトルまでをも考慮した素粒子の圧縮光線が地上へと腹を見せる帝国軍の軽巡洋艦二隻を貫通。パワーコアのオーバーロードで衛星軌道上に花が咲く。虹色の爆炎に紛れるようにして、さらに一隻の軽巡洋艦に砲火が集中、敵艦は大破。戦闘能力は失われた。他に発射した素粒子が重巡洋艦を貫き、中破せしめる。

 これで対空迎撃を行っていた駆逐艦たちの判断が鈍った。各艦は艦長の指揮に従って迎撃せざるを得なくなったが、最上位の誰かがその指揮権を掌握するまでの時間は、人間としては短かったであろうが、アキにはじゅうぶんだった。

 艇内のあらゆる設置器具が破損するほどの勢いで、シャトルが向きを変える。敵の駆逐艦が放つ対空レールガンは、より上位の艦を経由したネットワーク防御システムからあぶれた雨でしかない。機械ほどの精度と高速演算をもってすれば雨を避けることなど造作もないこと。

 シャトルが加速を極める。極め付けはダメ押しの素粒子砲斉射だ。駆逐艦の数隻がシャトルと素粒子砲の同時攻撃を受け、爆沈。残った二隻が撤退を開始するが、即座に衝突してきたシャトルのパワーコアのオーバーロードに巻き込まれて大破した。

 唐突に楽になった呼吸を再開する。肺が爆発しそうなほどに空気を求める。リガルは真空作業服の外部が正常な空気と気圧であるのを確認してからヘルメットを脱ぎ捨て、振り返るアキを見やった。彼女も既に、ヘルメットを脱いでいる。

 その顔が微笑んだ。


「任務完了」




・アリオス歴一三三年 三月九日 アスタルト星系 小惑星帯


「PSA装甲最大。周囲の中型小惑星以上の物体のみを回避だ」


「了解だ」


「あいよ、船長代理」


「セシル、センサー感度は低下してるよな? 索敵はアクトウェイを中心にして〇、一光分以内に限定。コンプレクターとグローツラングの累積データとも示し合わせてクロス捜索を行ってくれ。三次元なら精度はかなり上がるはずだ」


「やっているわ。敵座標、ホログラフで出します」


 各クルーの目の前に、小惑星帯の中に布陣する敵艦隊が映し出された。五〇隻の小艦隊がひとつ、まとまって正面に展開している他、七〇前後の捜索艦隊と思しき分散した敵部隊が確認できる。小惑星帯をしらみつぶしに探して回るローラー作戦の最中だったようだ。

 こちらはいうまでもなく、アクトウェイ、コンプレクター、グローツラングの三隻。既に全艦が戦闘態勢にあり、ステーションから離脱した際に捕捉されたため、急速に敵艦隊との距離が縮まりつつあった。蝶のように広がった隊形が、恒星を中心に円形を描いている小惑星帯の中をこちらへと間隔を狭めながら肉薄してくる光景は恐ろしい。小惑星の密度が高いため、このままエンジンを吹かして両翼に回り込むといういつもの戦法は通用しない。こちらがぐずぐずしている間に敵は包囲を完成させるだろう。

 そうこうしているうちに、グローツラングから通信が入った。ワイプで表示される貴公子が言う。


「グローツラングが先鋒を務めよう。ジョンソン、アクトウェイとコンプレクターで陣形のどこかを圧迫してくれ」


「なんだと? あなたは一隻でどれほどを相手にするつもりですか?」


 エッカートは不敵な笑みを浮かべた。宇宙の不条理を自力で押しのけてここまでやってきた、強者の目だ。


「他愛もない。バレンティアを相手にしたこともある」


 黙り込んだイーライへ、今度はコンプレクターからの通信が入る。ハンスリッヒが無表情で言った。


「イーライ、私は君に従おう。だがあえて進言させてもらうと、小惑星帯の中ではグローツラングに並ぶ戦闘力を持つ船は無い。我々でさえ手を焼いたのだ」


「わかっています」


 数瞬の間に考え、結論を弾き出す。いつもリガルが得意としていることだ。あの青年は自分より年下でありながら、経験則や既存の価値観にとらわれない部分で思考し、即断即決の質が深慮遠謀と勝るとも劣らない。稀有な才能だ。正に天賦の才。

 自分には荷が重い。イーライ・ジョンソンは、またしても胸中に染み出してくる奇妙な感情に戸惑いながら、ともかくも自分の出した判断の正しさを証明するために口を開いた。


「アクトウェイとコンプレクターで敵の中央に位置している、小規模な敵艦隊を叩きます。恐らくはここが指揮中枢部隊でしょう。ここに圧力をかければ、敵の陣形は大いに乱れるはず。その間に、グローツラングが敵の左翼部隊を叩く」


「構わんが、我々が攻撃をそこへ仕掛ける理由を教えてもらえないか?」


 イーライはホログラフの戦術図を拡大して、第二番惑星との位置関係を示した。


「こちらの敵を叩けば、少なくとも混乱した部隊が邪魔になって、第二番惑星と敵の無傷な右翼艦隊が妨害できます。敵が第二番惑星へ戻ろうとするのを阻止できる」


 エッカートは鼻で笑って見せた。「敵が戻るのにも時間がかかるのに、気にすることがあるのか?」


 図星だった。自分は心の中でリガルという青年を頼っている。

 いつものように、砲雷長席で命令を待つだけの立場がどれだけ楽観的なものだったのかが思い起こされた。今すぐそこへ収まりたいという欲求が渦を巻く。

 しかしここで踏ん張らなければならない。遠く数光分離れた青年ひとりを頼んでいては勝てる勝負も勝てなくなる。


「万が一にも、リガル船長たちの元へ敵をやるわけにはいきません」


 ハンスリッヒが声を上げた。


「友のためならば、な。エッカート、いいじゃないか。ここは乗ろう。よもや負けなど考えてはいまい?」


「当然だ。よかろう、グローツラングの力を篤と見よ」


 エッカートの顔が消えると、イーライは溜息交じりにハンスリッヒに向き直った。


「申し訳ない。力及ばないみたいだ」


 彼はウィンクしてみせた。リガルの不在により、輪が乱れるのを極力防ぐために、ハンスリッヒはイーライ・ジョンソンの提案を全て首肯しているのだ。それに気付かないほど自分が鈍感ではないのだと知り、イーライは彼の存在とその両方に安堵を覚えた。


「そんなことはない。君は君の基準でやればいいんだ、イーライ。リガルの真似事をするなよ」


「味があるとは思いませんがね」


「違いない。あの男に比べれば、皆、無味無臭だ。とにかくこの判断は正しいと私も思う。あとはやりきるだけさ」


 彼の顔も消えた時、セシルが言った。


「船長代理」この言葉を強く強調して、「第二番惑星の軌道上ではケリが着いたみたい。詳細な戦闘ログはわからないけれど、敵戦隊が木端微塵になったわ」


 誰かの息を吐く音が聞こえた。それが自分のものだと気付くことなく、イーライは気を引き締める意味合いを込めて自分の頬を叩く。

 この船には最高のクルーがいる。ならばやってやれないことはない。船長を務めているのはリガルではなく、自分自身。それ以上でも以下でもないこの事実を受け入れよう。その上で何ができるかを考え、足りない部分があれば助けを求めればいい。

 状況を整理するために、イーライは再び戦術図を呼び出し、小惑星帯での戦術を練った。


「我が船とコンプレクターはこれより、敵の指揮中枢艦隊と思しき分艦隊へ攻撃を仕掛ける。正面からの撃ち合いになるだろう。セシル、小惑星を盾にしながら敵を観測することは可能か?」


「どちらかと言われれば可能です。コンプレクターと超光速通信回線で接続すれば、互いに砲撃の間隙にオンラインでデータの共有化ができます」


「そうしてくれ。ジュリー、微速前進。フィリップ、機関エネルギーを二次推進装置へ。三次元的な立ち回りが要求される。各員、持ち場の情報によく目を通せ」


「了解」


「アイアイ」


 アクトウェイとコンプレクターが前にでる。やや後方にグローツラングがいつでも飛び出せる状態で待機。敵艦隊は蝶型の陣形、その羽に当たる部分を前に出して半包囲する形となった。そこでイーライは戦術プランの変更を打診。僚船はこれを承諾した。

 三隻が揃って戦端を開く。前衛がアクトウェイとグローツラングとなり、コンプレクターがやや後方に下がっての、三角形の底辺を敵へ向けた陣形で砲撃を開始。小惑星を盾にしながら、セシルが確保したコンプレクターのみならずグローツラングとの間にも繋がれた情報共有網を通じて、大小様々な小惑星の位置を三次元的に把握したアクトウェイが、敵艦隊へ向けて必殺の一撃を叩き込み、即座にジュリーが手近な小惑星の陰へと船体を隠れ込ませる。敵のエネルギービームは、戦艦や重巡洋艦クラスの物が岩石を貫通してくるものの、アクトウェイの前面に集中させたPSA装甲がそれを弾く。

 この瞬間で最も気を使っているのはフィリップだった。機関長である彼はほとんど手動でPSA装甲の強弱を、アクトウェイ全体に貼られた二五六カ所のPSA装甲発信機と共に操作している。常に必要最低限の強度調整で余剰エネルギーを生み出し、それらを敵に暴露している前面へと回す。そうすることで、アクトウェイはカタログスペック以上のPSA装甲強度を敵艦隊へ向け続けることができる。現代艦艇では自動で行われているこの操作を手動でやることへの意義は、経験則だ。人間でしか感じ取れない感覚――第六感を駆使して、フィリップは絶妙なタイミングで前面装甲を強化していく。同時にパワーコアの調整まで行っているのだから大したものだ。

 船長代理としてこの席に着くまでの間、様々な雑務をこなしつつ、イーライは砲撃管制プログラムの改良に勤しんでいた。アキがここにいてリアルタイムの操作ができないからでもあるが、船長として専念できるようにあらゆる手間を省いておくのはとても有意義に思えた。

 今、それが威力を発揮しつつある。

 作成した砲撃プログラムの最大の改善点は、アクトウェイ単艦ではなく、複数の味方艦艇から三次元的な環境データを取り込み、それらを並列処理することで精度を高めるように工夫をした点だ。より短い演算時間で最適な砲撃が行えるようにしてある。本来、こうしたネットワーク頼みの攻撃方法は推奨されない。回線が切断されれば戦闘力が劇的に落ち込んでしまうからだ。そうしたリスクを一カ所に分散させることは好ましくないが、今回は毛色が異なる。

 相手にしているのは、言うまでもなく百年前に基礎設計がなされた帝国軍艦艇だ。ソフトウェアをアップデートしつつも、装備としては強力なECMを搭載しているとは考えづらい。バレンティア機動艦隊のいくつかが敵に寝返っていることを加味すれば装備も横流しされていたと考えるのが妥当であろうが、コンポーネントを設けたり中枢システムや管理AIの性能が如何ともし難い部分を考えると杞憂といって差し支えない。

 グローツラングがピックの展開を終え、彼の船から全方向へと荷電粒子の槍が伸びる。通常の艦艇よりも出力の強化されたそれらは緻密な計算の元に角度の調整を行っている無人反射機によって向きを変え、遠方に展開する敵艦隊の陣形内部で爆発が起こった。エッカートは一隻ずつを集中して叩いている。正面だけでなく全方向への防御手段を構築せざるを得なくなった敵艦隊は分が悪い。

 敵指揮官は増大する被害には目もくれず、包囲を狭める速度をさらに早めた。厄介な事態だ。数で押されればこちらが不利。懐に入り込まれれば、こちらには巡洋艦三隻ほどの戦力でしかないのだ。

 だが、この一手で状況が変わる。短いシグナルサインをコンプレクターとグローツラングへ送信。

 パーティの始まりだ。

 一瞬後、時空震の揺らめきを残し、コンプレクターがこの宇宙空間から消滅した。

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