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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月九日~

・アリオス歴一三三年 三月九日 アスタルト星系廃棄ステーション


「パワーコアはどうだった?」


 埃だらけのステーション通路で、フィリップ・カロンゾが戻って来たコンプレクターのクルーへ声をかけた。首から下はアクトウェイの黒い真空作業服で、ヘルメットは腰のホルダーにかかっている。若いクルーが首を振り、簡易エアロックの奥を親指で示す。


「とんだ遺跡ですよ。百年は前の技術ですね。恐らく、ダハク星系連邦独立時の経済不振で廃棄されたのでしょう、ここは」


「時代系列でいえば、お前さんたちの船とどっこいどっこいじゃねぇのか? 第一次大戦の遺産だろ、こいつも」


「無茶を言わんでください。同じ帝国製でも、ステーションと艦艇では天と地ほども開きがありますから」


「確かにな。無理を言ったな、忘れてくれ」


 見た所、この廃棄ステーションは軍の巡視艇補給基地として機能していたようだ。その証拠に、耐爆性を付与された弾薬庫や、艦船用パワーコアの予備燃料備蓄庫、さらにはほぼ完ぺきな状態で残されていた固定荷電粒子砲なども発見されたが、そもそもの動力源であるステーション用パワーコアの有無が確認できていなかった。

 ジェームス・エッカートとハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンの提案で為された今回の廃棄ステーション利用であるが、この”遺跡”を再稼働させられたところで、リガルら一行と連絡が取れるようになる保証はどこにもない。フィリップが見た所、この小惑星帯の密度はそれなりに高いレベルだ。その恩恵として、今も銀河帝国軍の捜索を躱しているのだが、もってあと二日か三日といったところだろう。

 彼はヘルメットを外し、宇宙服の籠手で薄らと浮かんだ額の汗を拭った。無重力空間のため、髪の毛が乱れないように絶縁ワックスをつけている。フィリップは髪の毛が短いのでそのままだったが、爆発に巻き込まれたアニメホログラフのキャラクターのように、四方八方へと毛先が伸びていた。


「構いやしませんよ。でも、こいつを動かせなかったら、ロドリゲスやリガル船長とも連絡が取れません。というより、本当にとる必要があるんですか?」


 フィリップは軽量強化プラスチック製の保冷箱の中からビニル包装されたドリンクを取り出して、彼へと投げた。キャロッサ特性の微炭酸ドリンクの炭酸抜きだ。これはこれで美味い。ここで働くコンプレクターやグローツラングのクルーにも大人気だ。


「そういう手筈になってる。アキはその気になれば民間船のハッキングくらいはお手の物だ。衛星軌道上の警備隊基地にあるカッターでもいい。俺達は彼らを拾っていかなければならない。その合図を得るためにもここでアンテナを伸ばさなきゃいかんのさ」


「この計画を立てた時に、こうなるとは思っていなかったんでしょうか?」


「帝国軍が捜索してくるとは思わなかったんだろう。俺たち三隻は帝国軍にも知れ渡ってる。いくら三隻とはいえ、二〇〇隻で、小惑星帯の中までやってくることはないと踏んだのさ。ゲリラ戦の厄介さをいちばん知っているのは、奴ら自身だからな」


「それって、帝国軍のほうがゲリラ戦だと一枚上手だってことになりませんか?」


「……携帯食料でも食うか」


「いただきましょう」


 しかし、現実問題として帝国軍がここへ捜索に来るのは、あと三日は後だと見積もられていたのだ。周辺星系にいる帝国軍艦隊が、連絡を受けてアスタルト星系へとワープアウトしてくるまで、この星系の帝国軍は実効支配を継続するためにも第二番惑星軌道上に留まっていなければならない。この星系内にいる商船のどの程度までが武装しているのかはわからないが、たった十隻で第二番惑星全域を支配するのには無理がある。


(何にしても、俺達の役割は敵の目をこちらへ引き付ける陽動だ。そいつは変わらねぇ。せいぜい派手にやってやるとするか)


 二人で個包装された食料をかじる。フィリップが口にしているのはタンドリーチキン味で、そこそこの味わいだ。栄養最優先の軍用品ではないために美味い。だが毎日キャロッサお手製の料理の数々を口にしている身としては味気なく感じる。

 コンプレクターの彼は口を動かしながら言った。


「アスティミナ嬢の居場所がわかれば、速攻でこの小惑星帯を離脱して保安隊を送り込むんですけどね」


「そういや、お前さんらは腕っぷしには自信があったっけな」


「海賊時代に、ね。でも、誰も命は奪わなかった。必要な金や物資を奪って、それだけです」


「まさかとは思うが、それで罪が無いだなんて思ってないよな」


「当然です」彼は顔を顰める事もせず、毅然と答えた。「確かに、命は奪わなかった。いちばん重いものはね。でも、じゅうぶんに彼らを傷つけた。涙を流させた。宇宙では何物も消滅することはありません」


「そうか」


 淡泊な返答。しかし、それ以上の言葉の必要をフィリップは感じなかった。コンプレクターに乗り組んでいるクルーたちの全員が彼と同じ考えなら、普通の人間として生涯を閉じることは考えてなどいないだろう。放浪者の覚悟する死とはまた違う。自由の果てにある自滅ではなく、罪を背負ったままの不本意な死を受け入れるのだ。

 若いのにご苦労なことだ。同じ様な感想を抱いた人物は、今は第二番惑星にいる。まずはこのステーションを駆動させて、連絡を取れるようにすること。それが急務だ。

 と、簡易エアロックが開いた。ふたつの真空作業服が入ってくる。ひとつはアクトウェイの黒色、もうひとつはコンプレクターのやや古めかしい黄ばんだ色だ。ヘルメットを外した後から、金髪の美男子と黒髪の女性が現れる。


「ハンスにキャロッサか。どうしたんだ、いったい」


「なに、陣頭指揮というやつさ。進捗を目で確認したくてね」


 ハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンは作業服の籠手で長い金髪を流し、一息ついた。横から出て来たキャロッサが抱えているボックスをフィリップの前に置く。


「これ、中にバーガーが入ってます。みなさんで分けてください」


「お、ありがとよ。それにしても、よくこんなオンボロステーションに入る気になったな、キャロッサ」


「ちょっと怖かったんですけど、ハンスさんが優しくしてくれたので」


 視線を投げると、彼は肩目を閉じて見せた。色男という人種はこれだから困る。キャロッサとイーライの仲を知らないのかどうか――恐らく知っているだろうが――船の中で不協和音を生み出すのはやめてほしい。

 バーガーを取り出しながら、フィリップはため息とと共に大きく肩を竦めた。


「現状はどうなっているんだ、フィリップ?」


「たった今、このステーションのパワーコアが俺のばあさんより歳を食ってるってことがわかったばかりだ。こうなるとパワーコアの修復よりも、アクトウェイかコンプレクター、グローツラングのパワーコアから予備電力を供給するしか道は無さそうだ」


「その工事にはどれくらいかかりそうだ? 幸い、人手はある」


「どうだろうな。ケーブル自体は中性子ビーム砲塔の基部から引っ張ればいいが、恐らく三隻に積んである予備部品を総動員することになるだろうから……丸一日はかかりそうだ」


 ハンスリッヒは腕を組み、しばらくうつむき加減で思案した後に顔を上げた。


「では、コンプレクターのものを使ってくれ。ステーションの古いドックの中でも最もここに近い位置にあるし、パワーコアの出力なら跳躍のために強化してある」


「いいのか?」


「構わんさ。盟友を救うためだ。その代りに指揮は君が執れフィリップ。私も信用できる相手以外にこの仕事をしてほしくない」


 こうして、見事貧乏くじを引き当てた彼は溜息とともにヘルメットをかぶった。




・アリオス歴一三三年 三月十日 アスタルト星系 第二番惑星 軌道エレベーター


 軌道エレベーターの補修点検用機材に乗り込んで、そろそろと上がっていく。既に高度四万メートルを超えて久しい。始めは劣悪な環境で真空作業服を身に纏っての加速状態に四苦八苦していたが、一定の速度に達してからは眼下に広がる惑星の自然を見物しながらの探検といって差し支えないものだった。

 傍にいるのはアキ、ロドリゲス、ディル、メイスと、今回の第二番惑星潜入のメンバー。他には現地警察のスレイトン警部とアオリオ警部補が同じ作業服に身を包んでいた。


「もう一度、手順を確認しよう」


 一時間置きに繰り返している台詞を若手警部が言い、メンバーは真剣な顔で頷き返すが、大きな不透明のヘルメットの中で頷くために微かに肩を竦めているようにしか見えない。短距離無線を使うと傍受される恐れがあるので、近距離会話用の有線ケーブルをハブにつなぎ、会話する。


「まず、整備用の点検補助エレベーターから軌道エレベーターに乗り込む。そのまま衛星軌道上に上がる。ここまでは既にクリアだ。軌道エレベーターには保守点検用に裏口がいくつもエアロックと共に用意されており、これを用いて宇宙港の中に一度、侵入する。既に先日の爆弾騒ぎで敵の装甲兵が現場にいることが確認されている。リガル船長、君達はここからアクトウェイに戻ろうとしていると敵は思うだろう。その隙にアキがメンテナンス用ドロイドの格納庫へ行き、それらを起動。君達は連絡用シャトルに乗ってこの場を離れ、複数のシャトルをアキが統括操縦、拘束で敵艦へと突入させる。この間にアクトウェイとグローツラング、コンプレクターにあらゆる手段で通信を送り、小惑星帯にいる敵艦隊を撃破してもらう」


「何回聞いても無茶な計画だ」


 ディルがぼやいた。既に一時間はこうしているものだから、誰しもが宇宙服の中で苛々と身を揺すっている。景色は荘厳で美しいのだが、これから命がけのミッションに挑む前としてはあまりにも手持無沙汰な時間が過ぎていた。

 リガルの発案に各々の意見を加えて成立させたこの計画について、責任は平等に分担されている。元々はこのステーションのシャトルを敵艦にぶつけてはどうか、というリガルの言葉が発端だったが、意外にもこれに賛同の意を示したアキの説得と技術的要件の説明で、ゴーサインが出た。

 第二番惑星軌道上に展開する十隻の帝国軍艦の内、六隻が駆逐艦、三隻が軽巡洋艦、一隻が重巡洋艦で構成されている。この軌道エレベーター上にあるメンテナンス用のシャトルは旧式で、それ故に大型だ。数は四十八隻。じゅうぶんな質量と小型のパワーコアの臨界出力を計算に入れれば、六隻の駆逐艦は確実に仕留められるという。

 他、第二番惑星の地上軍とも交渉し、素粒子砲の発射許可を取り付けた。これはスレイトンの発案だった。シャトルが向かってくる最中に、惑星地表の各所でカモフラージュされた素粒子砲を敵艦のセンサーが確認できるとは思えず、シャトルだけでは火力に不備が出る、とのことだった。そもそもこの計画を実行するとして、第二番惑星への大規模報復の可能性を問うた時、スレイトンは頑として首を横には振らず、「やるならば徹底的に」と言い返した。

 そうして、一日をかけて軌道エレベーター上に不審者侵入と爆弾騒ぎの報せを流し、これが第二番惑星上のルガート造船財閥アスタルト支社にも波及する。彼らの所有する粛清用の装甲兵部隊はさほど数が多くないため、リガルらを捉えるために唯一の脱出路であるこの軌道エレベーターに張り込むだろう。彼らが既に警備の名目で姿を現していることを、スレイトンは監視カメラを通じて確認していた。

 つまり、後はお祭り騒ぎをすればいいわけである。


「地上軍は現在、残存している八八門の素粒子砲を全て展開している。あと三十分もすれば準備が整う手筈だ。そのうちの三〇門ほどが間に合わないとしても六〇門弱の巨大な対宙兵装が火を噴くことになる。これだけでも一〇隻の戦隊を葬るにはじゅうぶんな火力だ」


「発射を気取られて反撃を受ける、なんてことは本当にないだろうな?」


「心配性だな、リガル船長。大丈夫だ。地上軍からも確約をもらっている」


 メイスがヘルメットバイザーをひっかきながら言った。大気を通ることの無い直射日光を遮るように加工されたバイザーの下で顔を顰めているのが容易に想像できる。


「そもそも、よく地上軍が協力してくれる気になったものね。頭の上から爆弾落とされるかもしれないっていうのに。事実、やられたんでしょ?」


「彼らは仲間の仇を討ちたがっています」アオリオが腕を組んで答えた。「元々、この星系の防衛軍も銀河帝国軍にルーツを持ちます。言うなれば末裔同士。だというのに、古い帝国に固執する反体制勢力と現在を生きて未来に向かう我々ダハク星系連邦の国民。違うのは見ている視点だけです。だというのに、大勢の人々がこの星で殺され、惑星環境にも多大な悪影響が及ぼされました」


「あんたも気に食わない様子だな、アオリオ」


「ミスター・ロドリゲス、これが気に障らないのなら何に対して憤ればいいのです? 情勢不安は古くからありましたが、この国は正しい方向へ進んでいました。辺境の一国なれど、この国を愛し、発展させていくことに意義を感じていた。それらの流れを停滞させた罪は重いと、私は信じています」


「だが、仮に罰が降るとしても、降らせるのは俺達じゃなくてあいつらだぜ。あんたらがやっているのは、強大な武力への抵抗でしかないんだ。構図としてはな。そもそも、主義主張で戦争をする国なんて無い。いつだって実利的な思惑が絡み、国民や国際社会への体面を保つために主義主張が引っ張り出される」


「たとえそれで滅亡の途を辿ろうとも、本望だ」


 スレイトンが言い、肩を竦めたロドリゲスの代わりにディルが言った。


「他の国民がそうだと言い切れるのか、警部。俺だったら、生き残るほうに賭ける気がするが」


「もちろん、そうしたい国民もいるだろう。しかし間違いなく、半数以上は私と同じ見解の筈だ。現にそういう統計結果が出ているんだ。これは国民性と割り切ってもらうしかないな」


 議論が進んでいく。口を開く誰もが、今回の作戦について不安を感じているのは明らかだ。何しろ、かかっているのは自分達の命運だけでなく、この星に住まう二百万の人々の命でもあるのだから。

 リガル自身は特に気負った様子を見せていないものの、アキが分厚いグローブ越しに手を触れてくるあたり、見抜かれているのだろう。彼女には人ではわからない、感情の機微が読み取れる。それは機械らしい精密さともいえるが、それをこうした人間的な気遣いに変換できることこそ、彼女の素晴らしい点のひとつだとリガルは思った。

 しかし、思えば機械であるアキが宇宙服を身に纏っているのはおかしな話だ。生体端末は加圧空間での稼働を想定しているのだから当然だろうが。

 やがて、保守点検用のエレベーターが、シャトル一隻分はある太いカーボン織り込みワイヤーの上で減速し始める。この時になれば、第二番惑星からの重力はかなり弱まっており、急激に減速に転じる加速度のほうが重力を上回るため、全員が逆さまに、頭を地表方向へ向けて体をゴンドラの中で固定した。頭上に青い輝きを放つ惑星が聳え、下方には漆黒の宇宙空間が広がっている。荘厳な景色の向こう側で瞬く十個の光点が煌めいた。

 足下に宙港が迫ってくる。上昇しているのに下降していると錯覚した。軌道エレベーターの天頂に位置するこの宙港は、さながら、虚空に浮かぶ楽園。この戦いを制さなければ、アスティミナの所在を知ることはできず、助けを求めているであろう彼女を救出することもできない。

 早く船に帰りたい。強く願うほどに、虚空の闇は増していくように思えた。

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