一三三年 三月七日~ ②
・アリオス歴一三三年 三月七日 アスタルト星系 第二番惑星
帰り道、警察塗装ではなく、ドアの内側に装甲板の仕込まれた地上車で護送されながら、リガルは後部座席から運転席でハンドルを握るスレイトンをバックミラー越しに睨むと、彼は度付きサングラスの奥で慎ましやかに彼を見つめ返しているようだった。
アスタルト星系では勢力が三分割されている。ひとつは言うまでもなく銀河帝国軍だが、第二番惑星上に支社を持つルガート造船財閥も強制的にこの勢力図へと組み込まれている。ルガート造船財閥アスタルト支社を束ねる支社長のアルダンテ、及びその主要幹部は銀河帝国軍による接収勧告を無視して、施設を使用させるまいと爆破処理する焦土作戦を企てたが、それを察知して保身のために情報を流した副社長により支社は現在運営されている。
帝国軍がダハク星系連邦へと侵攻したのには理由があった。明らかなものから言えば、航宙艦を運用する上で不可欠である拠点宙港設備を接収し、資源を奪取すること。最も効率の良い方法は、現地の造船業者と協力関係を築くことだ。銀河帝国軍は現地政府や企業からすれば武装勢力以外の何者でもないから、これは難しいと言える。しかし、武装勢力らしい手法で従わせる場合は話が違ってくる。また、帝国軍を崇拝するような既得権益に目がくらむ輩がいる場合には。
そうしてルガート造船財閥のアスタルト支社は帝国軍の勢力下におかれることとなったが、これについては副社長の凶行が尾を引いた。多くの造船所や資源衛星の労働者たちがこれに対して猛烈な反発を起こしたのである。帝国軍はむやみな粛清を避けて副社長に権限を一任し、直接手を下す事をしなかった。結果として、そうした権謀術数に不得手な副社長は独自の武装組織を獲得するに至り、既に半月以上はこの状態が続いていた。
アスタルト星系にワープアウトした後、キッド・ライク号などが使っていたあの航路の輸送船団は、その多くがルガート造船財閥アスタルト支社に関連する資源輸送に関わっている船で、意外にもこの星系における宙運業者から帝国軍への反発は少ないという。それが気に入らないのだと、スレイトンがぼやいた。
「良くも悪くも、銀河帝国軍はこの国を再び支配下に収めようと躍起になっている。アスタルト星系もその流れから逃れえない。こうした専制政治体制への移行には難色を示す者が大勢いるんだ」
「でも、元々はこの国も専制政治の旗の下、暮らしを営んでいたんだろう? 第一次オリオン腕大戦からこっち、旧銀河帝国領に属していた国々は政治体制の変更で大いに戸惑い、政策も行政も難航したと聞いているが」
「船長の仰ることはまったくもって事実だ。この国も、今の状態に慣れるまでかなりの時間を費やしたのでね」
「なら、なぜ反発を起こす必要が? 戸惑いの原因が絶たれて元の状態へ回帰できるいい機会じゃないか」
スレイトンはちらりと笑みを浮かべ、ハンドルを切って目の前の一班地上車を追い越した。危なげないそのハンドル捌きに目を瞬かせたリガルへ、彼は定期の無線連絡を入れてから答えた。
「逆なんだよ。私達は長い間、時代に適応しようと足掻いてきた。銀河帝国は悪い国じゃなかったと、老人は皆が口を揃えて言う。既に当時から生きている人々はとても少なくなってきているが、歴史の授業では、銀河帝国は皇帝が議会を否定できない自由君主制であったことと、優れた政策の数々が即断で施行されることのあった、珍しい『良い専制政治』の見本だと教わった。だが、これも純然たる事実として、私達は敗戦を受け入れるしかなかったのも確かだ」
当時、未だ大きな影響力を持つ貴族諸侯が、ダハク星系連邦やロリアを始めとする各地域に散らばっていた。それら貴族が臣民を束ねて政府を作り、バレンティアが政治介入する前に流通や統治のシステムを半ば組み上げた。そうすることで、バレンティアは今ある、銀河帝国とは別の政治統治の土台を見逃さずに独立できると考えたのだ。これは見事な成功を残し、今日の旧銀河帝国領各国まで続いている。
「この百年間は、我々が自らの意志で生きて来た証だ」
壮年のやり手刑事は、人通りの疎らな一般道の中を突っ切りながら呟いた。
「バレンティアによる統治は受け付けず、独立を果たした。その後、皇帝陛下が亡くなられて君主制を頭上に抱くことは不可能になった。貴族をふり仰いでも良かったのだが、この国ではそうしたことはなかった。時代は変わったのだと、当事者たちは気付いていたのだろう」
「これまでこの国を民主主義国家として築き上げたのだから、居心地のいい昔の専制君主制に戻ることには抵抗がある、と。根なし草の放浪者には理解できない愛国心だなぁ」
「いいや、あなたにも理解できる筈だ、リガル船長。あなたにとって、アクトウェイは、故郷だ。中古の船に、以前の船長が我が物顔で乗り込んでくるようなものだよ。気に入らないだろう?」
「あなたは的確な比喩をするな。確かに、それはとても……非常識なことだと思うよ」
お互いに笑みを交わし、交差点を左折する。ディル、ロドリゲス、アキ、メイスは、それぞれ別の地上車でホテルへと向かっている。こうして遠回りしているのは、この間に警察関係者がホテルの真下のフロアを貸し切って、完璧な敬語体制を敷くためなのだそうだ。
第二番惑星で情報収集を行おうと思っていたら、予想外の協力者を得た訳だ。彼ら地元警察は水を得た魚であり、水とはリガルのことに他ならない。今後の活動方針を大幅に変更する必要が生じたために、警察署内ではなく、一度ホテルへと戻ることになった。既に私服警官が、リガルらの部屋の安全を確保している。
リガルは、民家の軒先から覗くホテルを防弾窓ガラス越しに見上げながら問うた。
「それで、どうして商人たちはあまり反発を起こさないんだ。独立不羈が脅かされているんじゃないのか」
「現状、商人たちの態度はふたつ。ひとつは、船長の仰る通り、独立不羈の精神を汚されて反発する者。もうひとつは、ルガート造船財閥アスタルト支社に抱き込まれ、今まで以上に金を貰って仕事に就いている者だ」スレイトンは反吐を吐くように、静かだが鋭い語勢で言った。「あなたがこの星系に来たときに見たであろう輸送船団は、ほとんどが後者だ。他の商船は航宙すら禁じられている」
「なるほど。それで、スレイトン。最終的に、君達は俺にどうしてほしいんだ? この星系から帝国軍を追い返すことができたとしても、ルガート造船財閥とのいざこざを収める間、他星系の帝国軍が黙っていると思うか?」
「問題はそこだ。我々が機動隊や特殊部隊を動員して、よしんばこの惑星上から帝国軍を排除し、アスタルト支社を取り戻したところで、帝国軍の報復は免れない。この星系からあの艦隊を撃滅し、平定したところで、他星系にはまだ帝国軍がウヨウヨしている。奴らの基本戦法は、地上兵力ではなく、航宙艦による示威行為による恐喝統治だ。旧地球の冷戦時代、核戦争の脅威をちらつかせた外交政治に似ているな。圧倒的な武力を背景に有利な条件で政を進めるんだ」
「フム。早い話がお手上げってことじゃないのか、それは」
「ご明察。さすが英雄と呼ばれるだけはあるな」
リガルは露骨に不快感をあらわにした。スレイトンはバックミラー越しにその様子を見たが、サングラスを心持かけなおすに留めた。下手な謝罪をするより、ありのままの事実を突きつけたほうがいいと思っているのだろう。
「気に入らないという顔だな」
「わかってるなら言わないでほしいね」
スレイトンは笑った。棘の含まれたその笑い声が神経を逆なでし、リガルは憤った。
「なんだ」
「いや。船長、君は若くしていろいろな修羅場を潜って来たのだろうが、まだ甘いな」
「未熟だと言いたいのか。俺にだって自信や自尊心はある。あんたに何がわかるんだ」
「わかるさ。いいかね、船長。英雄になるには二種類いるんだ。望んで英雄になった者と、望まずして英雄になった者だ。君は前者だろう」
「その通りだ。俺は歴史の中に自分を刻み込もうとは思っているが、それは放浪者としてだ。戦争の立役者としてじゃない」
「時代とは巨大な潮流だ。船頭であるはずの君が波の流れに逆らおうとは、愚かな選択だとは思わないのか?」
的確な指摘に何も言い返せないでいるリガルを見やり、スレイトンは唇をゆがめた。
「私からすれば、英雄なんて人間は誰も変わらん。大勢を殺している点では誰も彼もが殺人者だ。この宇宙では理不尽が常識で通用しているし、ノーマッドである君達からすれば当然の論理なのだろうな」
「当然だ。俺達は宇宙を渡る時点で、命を投げ出しているのさ。絶対零度の暗闇の中へ乗り出していくんだから」
「では問うが、そうした自分本位で宇宙を駆ける君でさえ、こうして人類史上空前の規模で行われる星間大戦に身を投じているのは、何故だ?」
改めて問われれば、リガルはその言葉の裏に隠されたスレイトンの皮肉に気付かざるを得なかった。
放浪者だのなんだのと自分で謳いはするし、今もそうであることを信じているリガルにとって、確かに、何のしがらみも持たない筈の自分がなぜこうして戦いに身を投じているのか。それはアキのためであって、今はアスティミナ・フォン・バルンテージのためでもある。自らが関係を持ち、その心に記憶を留めておきたいと願う人々のため。
その時、リガルはスレイトンの言わんとしていることが理解できた気がした。
「リガル船長、君は英雄だ。改めて私は言うよ。英雄とは即ち、大義であれ、個人的思想であれ……自分以外のために、自分を投げ出すことのできる人間のことだ。その点、わかりやすいよ、君は。アクトウェイのため、あの白髪の女のためだろう?」
「――――」
「悪いことは言わん。英雄という自分の立場を利用しろ。君が守りたいものはなんだ? それはどうやったら守れる? 君一人じゃ無理だろう。帝国軍は銀河連合でさえ手を焼く相手だ。一隻の船でどうにかなる相手ではない」
ジェームス・エッカートもハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンも、この自分を見てついてきてくれた。利害が一致した部分もあったが、それ以上の絆を感じる。少なくとも、約束だからといって命を投げ出すような軽率なことはしない彼らが、なぜこうも協力し、今でさえも苦境に立ち向かっているのか。それはリガル自身が英雄としての名声を持っているからであり、言うなればカリスマだ。「この男になら」と、肌で感じ、直感で信じてくれたからに他ならない。
ならば、自分が英雄という世間からの評価を捨てることを、彼らはどう思うだろうか。そう、英雄とは一人で成しえる業績ではない。アクトウェイのクルーはもちろん、これから先も、誰かの、何かの協力が不可欠だ。
「あなたは独特な人生観をお持ちのようだ、スレイトン警部」
彼はにやりと笑い、顎をしゃくって目前まで迫ったホテルを示した。
「さあ、仕事だよ、船長」
・アリオス歴一三三年 三月七日 アスタルト星系 第二番惑星 ホテル・ニューテリア
私服警官とスレイトン警部に護送されて部屋と辿り着いたリガルを出迎えたのは、アキを始めとする今回のメンバーと、スレイトンの部下と名乗るアオリオ警部補だった。他にも、幾人かのスーツ姿をした男たちが詰めており、彼らの口からスレイトン、スレイトンからメンバーへと報告が為される。
アスタルト支社への潜入は察知されていた。メイスとロドリゲス、ディルが支社に潜入するところまでは敵側も織り込み済みであり、その後の電波送信先を複数の受信設備から三角測量、あのカフェを武装した兵員で襲撃。彼らにとって最も大きな敵であるといえるリガル、アキを抹殺しにかかった。
アオリオ警部補によると、アスタルト支社は既に警察当局の動きを半ば察知しているらしく、様々な探りが入れられているらしいが当局はこれをなんとか退けている。曖昧な返答で時間を伸ばしているのだという。現段階では、リガルら一行を敵は何らかの方法で察知しているらしいが、あまり足取りも追えず、警察組織が彼らをかくまっているという確たる証拠もないために強硬手段に打って出ることはできないだろう。
「最大の懸念は宇宙空間に存在している帝国軍艦と、他星系に存在する敵軍の侵入をいかにして阻むかだ」
「なぜ航宙軍の排除に拘るんですか、船長?」
ディルが言った。どこからか買い込んで来たフィッシュアンドチップスを美味そうに頬張っている。ロドリゲスが顔を顰め、メイスが隣からポテトをひとつ口に放り込んだ。
「制宙権を握れば、第二番惑星上の地上軍が息を吹き返す。そうなれば、地表における戦いで相手にしなければならないのはアスタルト支社が擁する装甲兵部隊だけだ。そうだろう、スレイトン警部?」
スレイトンは自分の携帯端末を取り出して画面を操作し、テーブルの上を滑らせてリガルに示した。
「こちらの情報によると、帝国軍艦隊はアクトウェイ、コンプレクター、グローツラングの捜索のために一〇隻を軌道上に残して、他一九〇隻を小惑星帯への捜索に駆り出したようだ。ランカーノーマッドが二人いる――と彼らは思いこんでいる――のだから、当然の措置といえるだろう」
「ちなみに、その一〇隻でこの惑星を灰にできそうか?」
「じゅうぶんだな。居住範囲は広くないし、軌道爆撃の威力は絶大だ」
「フム。どちらにしても、ここから出るためには軌道上、並びに地表のアスタルト支社をどうにかしない限りはジェイスを追い、アスティミナを救出することもできない。俺達の最終目的はそこだ」
「我々警察組織ならば、他星系との連絡ですぐにダハク星系連邦内の情報にアクセスすることができる。だが、今の所は他星系への超高速通信は帝国軍が牛耳っている状態だ」
「どちらにしても、まずは帝国軍を相手にするしかない、か。装甲兵部隊は?」
スレイトンが顎をしゃくり、アオリオが語を継いだ。小柄だが精悍な顔つきをした青年で、てきぱきと説明する。
「今の所は何の動きも認められていませんが、アスタルト支社があなた方を捜索していることは疑いようがありません。現に、こちらの捜査官もそれらしき動きと無線を察知しています」
椅子から立ち上がったロドリゲスが、腕を組んで部屋の中をうろつきながら声を荒げた。
「居場所がわかって装備さえあれば、あんな素人集団は一蹴できます、船長」
「ああ。だが、軌道上に帝国軍がいる間は無理だ」
アクトウェイに連絡を取ろうにも、密度の高い小惑星帯の中に隠れているために通信は行えない。アキが不通であることを確認した。ひとたびこの星系で戦闘が始まれば、帝国軍が第二番惑星に対して何をしでかすか知れたものではない。確実に、迅速に、敵艦隊に痛烈な打撃を与え、撃滅する必要がある。
しかし見方を変えれば、軌道上にいる一〇隻の敵艦をなんとか排除できれば、その間に地上軍が息を吹き返し、遠距離からの運動エネルギー弾による軌道爆撃にも対処できるだろう。一九〇隻は小惑星帯にいるのだから、三隻の放浪者の船がいたずらに戦端を開かない限り勝機はある。
限られた装備で一〇隻の航宙艦を破壊しなければならない。議論はその後、帝国軍艦を排除する方向で進んだが、目ぼしい進展はなかった。
メイスが欠伸混じりに言う。
「兵站を攻めるのはどうでしょうか。奴らへの食糧供給もこの惑星で行っているんでしょう?」
これにはアオリオが答えた。
「奴らがこの星系にやってきたのは一ヶ月以上前ですが、その時点で三か月分の食糧を接収されています。奴らが毎日パーティでも開いていない限り、兵糧攻めはできないでしょう」
ディルが食べ終わったフィッシュアンドチップスの空箱をゴミ箱に放り込みながらぼやいた。
「だが、こっちには航宙艦を破壊できるだけの地対宙兵装がないんだぜ。それこそ、乗り込んで白兵戦を仕掛けるしかないが、気付かれないように近づけるのか?」
リガルとアキは顔を見合わせた。そしてお互いに笑い合う。どうやら考えたことは一致しているらしい。
アキが言った。
「船長、みんなにお話ししてあげてください。これからどんな無茶なことをするのかを」




