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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月七日~ ①

・一三三年 三月七日 アスタルト星系第二番惑星


 災難も災難であり、目が覚めた病室の中で天井を見上げながら、リガルは自分の腕の所々に貼られた絆創膏をぼんやりと見つめていた。点滴用と思われるナノチューブが左腕に突き刺さっており、傍にはコンパクトにまとめられた医療器具が牽引式の軽量金属パイプに吊るされ、リガルの心拍、血圧、さらなる細かい情報までをも、ホログラフではなく二次元のディスプレイに表示していた。

 一目見る限りは異常はない。心電図は安定した脈拍を電子音のリズムで伝えている。ほっと胸を撫で下ろしてベッドから身を起こすと、意外や意外、体はすんなりと起き上がった。すこぶる調子が良い。手狭な病室の窓から外を見ると、この部屋がある建物の目の前にあるカフェが見えた。記憶ははっきりしており、どれだけ自分が眠っていたかは知らないが、どうやら事なきを得たようだとひとりで頷く。燦々と光を投げかけてくる太陽はアスファルトを焦がし、暖房の乾いた風が少し伸びた黒髪を揺らす。腹の空き具合からすると昼過ぎといったところだろうか。

 現状をどうにか説明してくれるものは無いものかと胸ポケットを探る。そこで顔を顰めた。私服ではなく、入院用の病人チュニックへと着換えさせられている。携帯端末は何処へ行ったのかと目を回せば、傍のサイドボードの上にそれはあった。手に取って画面のロックを解除すると、メッセージが何件か入っている。

 どれもアキからのものだった。内容としては、目が覚めたらすぐにナースコールをするように、というのと、私達は全員無事ですという現状報告だった。彼女が言うなら安心だと、リガルはベッドの脇に垂れているボタンを押し込んで、マイクとスピーカーを通じて看護師らしい女性とやり取りをした。

 数分後に医者がやって来た。医療ドロイドを一体、引き連れており、ぼってりとしたそのロボットと共に大雑把な診察で彼に異常がない事を確認すると、携帯端末を取り出してどこかへ連絡をしていた。どうやら警察署へと通話しているらしい。カーテンの隙間から漏れる言葉の端々に言い知れぬ不安を覚えながら、しかしあの後にこのような状況になっているのならば何も心配はいらない筈だと自分に言い聞かせる。


「あなたをお送りします。立って歩けますか?」


「無茶を言うなぁ」


 言いながら、リガルは難なく立ち上がって床を踏みしめ、ひどく急かされながら、アキが用意したと思われる新しい服に袖を通していた。デニムと赤いシャツ、そして焦げ茶色のジャケットに袖を通し、なんと最後にはブラスターまで手渡された。医師は不満げに人を殺した銃を眺めてから、それをリガルの手に押し付ける。


「まったく、こんな無骨なもので人を殺すのだから」


「言っておくけど、好き好んでやっているわけじゃないよ。放浪者にもなると自衛の手段が必要なんだ」


「わかってはいますがね。私はあまり、この人はいい人、この人は悪い人って選別して助けるのは趣味じゃないんです。命はみんな平等だ」


「あんた、いい医者だよ」


 心ばかりの謝辞を述べて、リガルはぶらりと建物のロビーへ向かった。ここは第二番惑星でも特に大きな複合施設だったようで、中には病院から服飾店、銃器販売までをも手掛けている多種多様な店が軒を並べている。通りがけに良い匂いを広々とした吹き抜けの通路へ漂わせていたファストフード店でチーズバーガーを注文し、それを紙袋ごと抱えながら頬張る。なかなかの味だ。先ほどまで銃撃戦をしていたのだから、これくらいの役得がなくては。

 人々が行き交う。通路を見る限りは健全な社会の運営がなされているようだが、アルトロレス連邦やレイズ星間連合に比べれば、庶民の生活は質素なものだった。着ている服は、記憶にあるどんなものよりもシンプルで、それでいて着こまれている。それが十年前まで、平穏なレイズで流行していたファッションなのだと気が付くまでに、それなりの時間がかかった。

 通路の飲食店や居酒屋でたむろしている労働者らしい服装の男女は、恐らく独立商人だろう。ベレー帽やハンチング帽をかぶっている。船乗りには惑星の陽射しは強すぎることが多いのだ。アクトウェイや軍艦は有り余る主機出力で電力に不足はないが、商船ともなると不要区画の照明を落としたり、居住区画でさえ明度が落とされたりしているものだ。薄暗い空間に慣れた船乗りが息抜きのために地上に降りると、まず感じるのが眩しさであったものだ。以前のアクトウェイがそうだった。そしてリガルも。片方を失い、片方はまだ生きている。いや、アキもいるのだから、アクトウェイも生き残ったことになるのだろうか。その名前は新しい船にも引き継がれている。

 ようやくモールの入り口まで辿り着くと、白と黒の塗装が施された警察の地上車、そのボンネットにコーヒーを載せて談笑している警官が目に入った。彼らは気を抜いていたようだが、目敏く視界の端に入ったリガルを見つけると、コーヒーをそのままに歩み寄ってくる。


「警察です」わかりきった事を、小太りのほうが言った。「リガル氏でいらっしゃいますね?」


「そうだ。何の用?」


「あるお方がお待ちです。どうかご同行願います」


「その前にひとつ聞きたい。仲間はどこにいる?」


「既にこちら側に。ご安心ください、危害など加えておりませんし、そのつもりもありません。むしろ、我々はあなた方の仲間に頼まれてここまでお迎えに上がったのです」


「わかった。じゃあ行こう」


 パトカーの後部座席を占領して、リガルはなるようになるだろうと、チーズバーガーの包装紙を丸めた。フライドポテトに手を伸ばしてぱくつき始めると、助手席に座っている一人が後ろを向いてせがんできたので、二人の間に身を乗り出してポテトを山分けにしてやった。空いた手でコーラをストローで吸い上げる。


「味方だと思っていいのかな? ほら、俺は銃撃されたクチだし。まさか警察まで敵に回ったりはしないよな」


「私達は、リガル氏に対するあらゆる情報を開示する権限を持っていませんので」


「ふうん。それにしても、警察ってもっと仰々しいものじゃないのか、放浪者に対して。どうして敬語なんか?」


「レイズの英雄にそんな不遜な態度はとれませんよ」


 これではっきりした。惑星の警察組織がこちらに接触を図って来たのだ。そうともなれば、平和裏にアキたちが連行され、犯罪者名義で保護を受けているに違いない。地上軍が動けない今、帝国軍に対して実質的に対抗し得る勢力といえば警察くらいだ。当然の帰結と言えるかもしれないが、これでリガルらと手を組むことができれば、事態はよりスムーズな展開を見せる事だろう。

 両肩にかかっていた重圧から解放された感覚にしばし酔いしれた後、思い出した様にリガルは後部座席に戻り、ポテトの最後のひとつを口に放り込んだ。




 バレリーズ警察署は、第二番惑星の中で特に大きなこのバレリーズの街の治安維持を一手に担う巨大な建築物だった。といっても、警察署の南に聳える軌道エレベーターに比べれば道端の小石程度にしか見えず、内部に集約された各種通信設備や無線設備、惑星間の超高速通信設備などを抱えながらもコンパクトに収まっている。惑星首相が局所的に警察組織をまとめることを嫌い、本部機能があるとはいえ普段は分屯された各所轄をまとめ、周囲五百メートル四方の治安を守る以外には特に目立った装備などはされていなかった。

 大きな駐車場とロビー前の入り口を繋ぐロータリーを回り込んで、パトカーは停まる。助手席に座る彼が開いた窓から立ち番の兵士に目配せをして、無線連絡が飛ぶ。直後、スーツ姿の男が三人、ビームライフルを携えた機動隊員が六人、ロビーの中から防弾ガラスの入り口を潜って出てくる。

 リガルはコーラの紙コップの中にあった氷を噛み砕きながら、自分の手でドアを開いて外に出た。先頭に立っている、黒い髪をオールバックにまとめた眼鏡の男が歩み出てくる。血のように赤いネクタイが印象的だった。


「リガル船長」男は右手を差し出してきた。「お初にお目にかかる。バレリーズ署警部、スレイトンだ。ぜひご協力をお願いしたい案件がある」


 リガルはポテトの油を紙ナプキンで拭ってから握り返した。洗ってもいない手を、スレイトンは力強く握り返してくる。それだけで好印象だった。人情に厚いのかもしれない。


「よろしく、警部。てんでなんだかわからないけど、とにかく仲間に会わせてくれないか」


「もちろん。さあ、早く中へ。外にいるだけ危険が大きい」


 促されるまま、機動隊員たちが周囲にライフルを向ける中を足早に歩いて警察署の入り口を潜る。

 多くの警察職員が右往左往していた。まるで水族館だ。集団、あるいは単体で、多くの人間が入り乱れている。その営みの熱っぽさに、リガルはしばし圧倒された。リガルらの入署に気付いて視線を送る者もいるが、大半は自分の仕事に集中していてまるで気づかない。気付いた者ですら、一瞬後には自分の作業に戻っていく。情報の奔流をプリントアウトして手渡す女性職員や、それらをガラス張りになったオフィスや会議室の中で角を突き合わせて走査している男たち。はたまた武装した隊員達が周囲に目を配りながら巡回していたりと、張りつめた緊張感と熱気が温風となってリガルの頬に吹き付ける。

 スレイトンが先を促し、リガルは入ってすぐ前の受付を無視して右に折れ、エレベーターに乗り込んだ。並ぶボタンを見れば地上十階建て、地下五階建てのようだ。向かうのは地上十階の最上階。そこにアキやメイスたちはいるのだろう。小さな箱の中に武装した二人とスーツ姿の三人、そしてリガルが乗り込んでワイヤーを巻き上げるモーター音が響く。

 彼は何も話さなかった。話す必要がないと思っているのだろう。それもそのはず、エレベーターから降りれば、すぐにアキが目に入った。扉の前でずっと待っていたらしい。カフェにいた時とはまた違った服装だ。黒いパーカーにボーダーのシャツ、そしてカーキ色のパンツがよく映える。

 一階とは打って変わって人影もまばらになった廊下を背景に、アキは微笑んだ。


「こんにちわ、リガル」


「アキ、無事だったか。よかった。他のみんなは?」


 その問いにはスレイトンが答えた。


「奥にいる。案内しよう。こっちだ」


 一行は廊下の中程にある「署長室」と表札の貼られた部屋の前に立つ。驚くべきことに警察組織の長と面会せねばならないらしい。スレイトンの顔を見ると、彼は「これくらいなんでもないだろう」という風に扉をノックする。確かに、今もオリオン腕を混乱の渦に陥れているあの怪物と相対したのだし、銀河一の富豪とも対等に話をしたのだから、今更怖気づくこともない。


「入れ」


 中から声がする。一呼吸おいてからノブを握って押し開けた。

 署長室は、全面が茶色い木板で囲まれた落ち着いた空気が漂っていた。コーヒーの香り高い芳香が鼻腔をくすぐり、応接用のソファに並んで座っていた仲間達が腰を上げる。


「リガル船長」


 ロドリゲスが立ち上がり、隣にディルが立った。メイスがにこやかに微笑みながら、右手を差し出してくる。


「よく無事で」


「君らもな。大事なかったか?」


「ええ。あの襲撃からはずっと保護されていて――」


「リガル船長」


 奥から声がする。デスクの前に座り、腕を組んでその上に顎を乗せている、スキンヘッドの白人が、鷹のように鋭い目をこちらへ射込んでいた。彼が署長らしいが、名前を聞いておらず、リガルは困惑した。そこへスレイトンが歩み出て助け舟を出す。


「リガル船長。こちら、バレリーズ署のリンブルドン署長だ」


 紹介された男は、いかめしい面構えで頷いて見せた。リガルは改めて頭を下げ、一礼してから言う。


「巡洋船アクトウェイ船長、リガルです。此度は私の仲間を保護してくださり、感謝いたします」


「善良な市民を保護し、悪を挫くのは警察組織の使命だ。気にすることはない」


 リンブルドンの不愛想な返答に、リガルは思わずスレイトンを見やる。彼は真っ直ぐに上司を見つめたまま動かない。自分の出る幕ではないと思っているようだ。今しがた自己紹介された自分よりは見知っているであろうロドリゲスへと視線を向けると、彼は肩を竦めるでもなく、ただリガルを見つめ返した。

 つまり、これが平常運転ということだろう。会話も続かないこの男と何を話せばいいのかがわからないが。

 彼はまた口を開いた。


「船長、この星系を取り巻く状況をどう思う」


「と、言いますと?」


「帝国軍残党のことだ。我々も可能な限りの情報を収集している。諸君らはルガート造船財閥、アスタルト支社へ不法侵入をしたな?」


「だとしたら、どうなりますか?」


「どうもしない。検察にも報せない。代わりに協力を頼む。この星系から帝国軍の脅威を排除したいのだ」


「警察が放浪者の力を借りる、と。あなたの部下はそれを了承しているのですか?」


 言うまでもなく、放浪者ノーマッドは根なし草として宇宙中を駆け巡る万事屋だ。要人警護とまで行かずとも、独立不羈を謳う独立商人や輸送貨客船を海賊の脅威から守る護衛、商船に準ずる機動性を持つ業者としての宙運業務、さらには集団での傭兵的な依頼を請け負うこともままある。だが、宇宙での放浪者の評価は総じて芳しいものではない。社会を構成する労働者階級でも下位に位置する。それでも、多くの人間が放浪者として名を馳せ、ランカーに憧れているのは、一重に宇宙を自由に航行できる権利を行使するためだ。

 この果てなき暗黒の虚空を、その気になればどこまでも飛んで行ける。その可能性を求めて、誰もが放浪者となる。生活苦に苦しみながらも、路頭の片隅で生涯を終えようとも、人々は夢を見る。リガルは父のそんな姿を見て育った。少なくともそう記憶している。どこまでも自由、それ故に苦行。

 だからこそ、自由をかなぐり捨てて社会的な地位を持ち、市民の安全や治安の維持に務める軍人や警察官の中には、放浪者を毛嫌いする人間が必ずいる。クライス・ハルト中将などはまだリガルの素性を信じ切ってはいないだろう。警官ともなれば尚更か。

 だが、リンブルドンは軽く首を振ってそれを否定した。


「電子新聞くらいは、誰でも読む」彼は卓上の、リガルからは見えない位置にあるコンソールを操作してあるデータをホログラフで示した。「現状、二〇〇隻の帝国艦隊が小惑星帯へと、星系内に侵入した三隻の放浪者を捕縛すべく捜索隊を派遣している。ほとんど全勢力だ。我々はこれを好機と捉えている。そのうちの一隻はアクトウェイであり、レイズの英雄に支援を求めない手はないと我々は考えた」


「署長。英雄としてもてはやされるのは、僭越ながら快いものではないのです。むしろ不快だ。俺は英雄などではありません。ただ運が良かっただけです」


「その運の良さにでもあやかりたい、逼迫した状況なのだ、リガル船長。アスタルト支社は、帝国軍に加担している。支社長のアルダンテ、及びその腹心の部下たちは全員が殺害された。これは内部犯によるものと見ている。帝国軍に糾合せんとする人員が少なからずいたようだ。知っての通り、我がダハク星系連邦は旧銀河帝国領ということもあり、旧宗主国に対する忠誠心というものを燻らせている輩は大勢いる」


「それは……後で裏付け行わなければ何とも言えませんが」


 最悪の形で、この星系の帝国軍による実効支配は進んでしまっているようだ。より少ない人員で何かを支配するためには、賛同者を募ることが最も早い。帝国軍は定石としてその戦術を行使したのだろう。


「問題はここからだ。彼らに対抗することは多くの機関で一致している点ではあるのだが、そのための戦力がない。君達を襲撃したあの装甲服の集団は、アスタルト支社に警備として派遣されていた帝国軍の部隊だ。人数としてはそれほど多くはないものの、地上軍が軌道上からの爆撃に怯えて動けない今、あの程度の装備でもこちらとしては対抗できないのだ」


「率直に言ってください。俺達に何をしてもらいたいんですか、あなたは」


 リンブルドンはスレイトンを見やった。リガルの隣に立つ、眼鏡をかけた男が彼に答える。


「レイズの奇跡をもう一度起こしてもらいたいのだ、リガル船長」

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