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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月六日~ ①

・アリオス歴一三三年 三月六日 アスタルト星系 第二番惑星


 情報と言えば酒場であり、酒場と言えば酒であることを失念したことを、リガルは哀惜と共に自覚せざるを得なかった。

 アキは丸一日をかけて夜にホテルで集合した時、リガルは既に酩酊状態であった。時刻は惑星標準時で午後九時を回ったばかりであったものの、それまでに朝からビールとワイン、ウィスキーをしこたま胃の中に送り込み続けたことは、素直に賞賛されるべきであろう。フィリップやジュリーのように鉄の胃袋を持っているわけではないため、ホテルのベッドへ転がり込んだ後には当然の様に意識が霧散していた。

 翌日、どうにかベッドの中から這い出してきた彼を迎えたのはディルだけであり、彼がブラスターを分解清掃しているのを目の当たりにしながら、酷い頭痛に目を細めて彼は脇にグラスと共に置いてあった歯ブラシを咥えていた。


「ようやくお目覚めですかい?」


 嫌味など微塵も思わせないおどけた口調で彼が言う。ぼさぼさに散らかった髪の毛をがしがしとかきむしりながらホログラフの時刻表示を見やれば、時刻は午前九時五十二分。

 部屋の窓から差し込む太陽光が瞼を焦がす。全身の感覚が鋭敏になりすぎているようだ。試しに右手で左手首をひっかいてみると、白い爪が食い込んだだけで鈍痛が脳に走った。後で、それは身を動かしたための頭痛だと気が付いた。


「すまない。昨日の回顧はどうなって……?」


 ディルは、手元にあったミネラルウォーターと数錠の錠剤を手渡してきた。油で汚れた手であったのがひっかかったが、とにもかくにも、リガルはおずおずと手を伸ばしてそれらを受け取り、麻薬中毒者が如く飲み下した。良く冷えた水が心地いい。。


「俺達だけで聞いてきた情報をまとめておきました。あのアキって娘がみんなの話を聞きながら、指を一本も使わずに議事録を作成していたのには驚きましたね。生体端末ってのは、人格を持っちまえばなんでもアリだ」


 なるほど、アキが。そういえば、酔っ払いばかりでどうやって回顧をするのかを考えあぐねていたな、と思いながら、私服のポケットの中に入れたまま温まっている携帯端末を取り出した。

 画面のロックを解除したところで、呻きながらベッドの上に端末を放り投げる。細かい文字を見つめているだけで発狂しそうだ。

 ベッドからカーペットに足を下ろして、そのまま洗面台へ向かう。冷水を顔にぶつけてタオルで拭きとると、それほど濃くもない髭が口の周りに帯を作り、目元に大きな隈ができた自分の顔が鏡の向こうから見つめ返してきた。歯ブラシの先に歯磨き粉を付けてしゃこしゃこと磨き始める。

 アキが議事録を作成していたということは、誰もかれもが酔っぱらっていたということだろうか。自分は特にひどい状態だったから覚えてはいない。後でアキに聞いてみるとしても、いちばん遅く起き出してきたらしい自分の醜態を見るにそれほどでもなかったのだろう。酒場で酒を飲むフリをしているだけというのは、やけに難しいものなのだ。


「ディル、ロドリゲスは?」


 部屋の中から、ブラスターを組み立てる金属音が響いた。後で自分のものも手入れをしなければ。


「なんでも、ホテル朝食を食べた後は腹が減ったら戦はできぬとかで、リガル船長のぶんの食事を買いに行きましたよ。ホテルの前にいいパン屋があるって、昨日、聞いてきたそうで」


 至れり尽くせりというべきか、厚顔無恥というべきか。口の中の清涼剤の混じった泡を水で濯ぎながら答える。


「ありがたい。それで、今日はどうするかは君達で話し合ったのかな。情けない質問ですまないが」


「気にせんでください。それよりも、アキには礼を言っておいたほうがいいですよ」


「どうして?」


「ここで俺とロドリゲスがいびきかいている間に何度か、合いかぎを使ってこの部屋にやって来てはうなされる船長を看てたみたいでしたから」


「……礼を言うくらいじゃ足りなさそうだ」


「ハハハ、違いない。お、そろそろロドリゲスが戻るそうです。端末に連絡が来てるや」


 タオルで顔を拭いながらベッドルームへと戻る。寝乱れたシーツやタオルケットを畳んで脇に押しやるのは、船内生活が長い証左だ。地上でもこうしなければ落ち着かないものだから、困ったものである。他に、固定されていない家具や調度品も目について仕方がない。アクトウェイでは多く戦闘を行うために、そうした室内調度品の固定はリガルが告知せずとも、皆が行っているようだった。

 ベッドの端に腰掛けると、先ほどよりもいささか具合がよくなったように思える。薬が早くも効いてきたのか、それとも目が覚めただけなのか。

 携帯端末を再び手に取って開いた時、部屋のドアが開いてロドリゲスが帰って来た。大柄な彼の両腕一杯にバケットやトーストが詰め込まれた紙袋が目に入る。精悍なその顔がリガルを見るや、意地の悪い笑みに染まるのがパンの隙間から見えた。


「おや。お目覚めですか、船長」


「面目ない……というか、君、それぜんぶ食べ切れないだろう。俺一人分くらいはあるぞ」


 リガルは、コンクリートの床にパンが置かれて地響きが起こるのを初めて目の当たりにした。ロドリゲスはその中から細身のバケットを一本取り出し、リガルへと決闘を申し込む騎士が如く突きつけた。

「まあいいから、とにかく何か胃に入れてください。ホラホラ」

 バケットを受け取ってもごもごと口を動かす彼を見て、ディルとロドリゲスは笑い転げる。いいように玩具にされている自覚はあるものの、これはこれで悪い気はしないのだからお人好しというものだろう。

 いや。最早、怒る気力さえ削がれているように思われるのだが。


「で。今日はどうするんだよ」


「そう不貞腐れないでください」ロドリゲスが目尻の涙を拭った。「今日は、あなたに判断して頂こうかと。今はあなたが、俺達の船長ですから」


「この資料を見て、か?」


 それなりの量となっている文字列を指さし、リガルは首を傾げる。ディルと揃って頷くロドリゲスの顔の向こう側に、ドアを開けて入ってくる女性二人が目に入った。


「おはよ。あら、リガル。お目覚めになったの?」


「おはようございます、リガル」


「二人とも、おはよう。すまないな、昨日は不甲斐ないことになって」


「いいのよ。酒に弱い男ってのが、愛嬌があっていいじゃない」


 正面の彼らが顔を見合わせ、今どはリガルが笑った。声を上げるたびに、頭の中でハンマー投げをされているような気分だったが。


「それはそうと、アキ、昨晩はありがとう。話しによると、俺の看病をしてくれていたんだろう?」


 アキは昨日とは違い、白いゆったりとしたワンピースを身に纏っていた。特に飾り気のない服装ではあるものの、やはり華というものが溢れている。それは自分の偏見であるのだろうか、と、リガルはバケットの続きを口の中に押し込みながら思った。


「礼には及びません。フィリップとジュリーに潰されたあなたを思い出したものですから、心配になってこちらへ顔を見に」


「酷い有り様だっただろ?」


「リガル、あなたは自分を過小評価しています『かなり』酷い有り様でした」


「むぅ……」


 手を叩き、メイスが割って入った。


「はいはい、惚気はその辺で。で、リガル。今日の予定はあなたの判断にかかっているわ。私達はどうしたらいい?」


 リガルは、居並ぶ彼らの表情をひとつひとつ、見定めた。ディル、ロドリゲス、アキ、メイス……そして自分。自分はとても地味な風体だと、昨日までは気に病んでいた筈だが、今は不思議とそうは感じない。

 つまり、だ。自分は自分を飾る必要があるとは感じてなどいない。なぜか。それは、自分の周囲が既に彩られているからなのだろう。

 仲間がいれば、宇宙の虚空に浮かんでいても耐えられる気がする。たとえ声が聞こえずとも、その顔が見れなくとも、自分達の魂はアクトウェイと共にある。

 最後に、リガルは手に収まっている、小さな携帯端末を見下ろした。


「さて、そいつはこの羅針盤に聞いてみるとしようか」




・アリオス歴一三三年 三月六日 アスタルト星系 コンプレクター


「順風満帆、とは、風を受ける帆を見ればこそですね」


「彼らが心配か、リディ?」


「もちろん。心配ですとも、ハンス船長」


 航海長席の上に立つリディが、癖の強い髪の毛を手でいじりながら答える。これは野暮な質問であったか、と、ハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンは戦災の自分の髪を手で梳いた。

 体と心が別れれば様々な不具合が生じるように、こうして誰かと切り離されて過ごすということは、ハンスリッヒの生涯では実妹であるジュリエット・フォン・シュトックハウゼンと、両親、そして故郷の友人たちとの間でしか成立しえないことであった。それが今や、宇宙を股にかけて活躍する英雄の一角、リガルという青年と、そのクルーたちにまで枠が広がろうとしている。当然の事ながら、彼らは別の船に住まう放浪者ノーマッドであるから、当然ながら事が終わればまた別の航海に出ることになる。

 その時、自分はどうするのだろうか。今までクルーたちと妹ばかりを気にかけて来た人生を振り返り、その中にひとつの染みを見つける。奇抜な服装はその染みを隠そうと上塗りした色彩が故か。両親の死からやや荒れた自分の海。ジュリエットには悪い事をした、と、和解した今でも気に病むことが少なからず、ある。

 この船にはいない人間。それが、ハンスリッヒの、言うなれば足枷だった。コンプレクターにいるのならば、どのような手段を用いても友人や大切な人を守る自負はある。

 だが、この手で届かない場所にあるとなってはそれも適うまい。


「だから嫌なんだ、宇宙って奴は」


「何か仰いましたか?」


「いや、なんでもない。なんでもないさ」


 たまたま傍らを通りかかったクルーへと造作もない返事を返しながら、ハンスリッヒは小惑星帯の中に浮かぶコンプレクターとアクトウェイ、そしてグローツラングを見やる。

 リガル達がここからキッド・ライク号に乗り込んで第二番惑星へと向かってから数日後、帝国軍は姿を消した三隻の放浪者の船を探しに捜索隊を出した。小惑星帯の中には至る所に破棄された衛星や軍事基地があり、これらは百年以上前の第一次オリオン腕大戦の時に旧銀河帝国軍が放棄した施設であろうと結論付けられた。

 中でもひときわ大きな残骸が、重巡洋艦クラスの三隻をすっぽりと格納できてしまうほど巨大な岩石ステーションで、帝国軍残党がこの施設の存在を知っている可能性はあるものの、隠れ場所としてはうってつけなここで息を潜めている訳だった。

 「リガル達が戻るまでは戦闘を起こすわけにはいかない」。それが、コンプレクターのハンスリッヒ、グローツラングのジェームス・エッカート、そしてアクトウェイの船長代理であるイーライ・ジョンソンの下した結論だ。

 ここで銀河帝国軍と戦闘を行えば、多勢に無勢とはいえ勝利する見込みはいくらかあるだろう。完全な負け戦ではないし、元帝国貴族とはいえいち少女を拉致する人間の風上にもおけぬ輩を成敗することは本意であっても不本意ではない。だが、ここで彼らに戦を挑めば、間違いなくその後のリガルらの回収は絶望的なものになるだろう。帝国軍は警戒を強め、砲火を交えた後に身を隠すことはほぼ不可能と見ていいからだ。

 この廃棄基地から動くことはできない。遅かれ早かれ、数で勝る帝国軍がこちらを見つけるだろう。その間に、彼らにできることはほとんどといっていいほど無い。


「じれったいものだな。彼らは何か情報を掴んだだろうか? このまま惑星の軌道上まで短距離跳躍すれば、回収も容易だろうに」


 リディが苦々しい口調で彼を諭した。


「それは話しましたでしょう。惑星近くに跳躍すれば、時空震が惑星上に多大な影響を及ぼすから、不可能だと」


「わかっている。だが、なんともじれったいじゃないか、ええ? リガルもリガルらしくない。あいつはそんなに生身の情報収集が好きな危険極まりない男だったか?」


「聞くところによると、ゴースト・タウン宙域の廃棄ステーションに乗り込んで、ニコラス氏を救出した時も自ら乗り込んだようですね。私としては俄には信じがたいですが、それだけ度胸のある男ということでしょう。ハンス船長だって、何度も陣頭指揮を執っていらっしゃるじゃありませんか」


「リディ、君は世辞が上手いな。リガルが度胸のある男で、尊敬に値するという点では同意見だが、私はそこまでできた男ではない」


「あら。今日はいつになくしおらしくなってらっしゃるのですね?」


「女は愛嬌、男も愛嬌だからな。偶には頼りになる美男子から、薄幸の王子を気取るのも悪くは無いだろう?」


 彼らの会話に、席に座って船を操るクルーたちが朗らかに笑う。こうして乗員の不安を取り除いてやるのも船長の仕事だ。リディも、航海長と副船長としてよく働いてくれているが、最近はまた違った気遣いや配慮をするようになった。彼らの成長は、ハンスリッヒにとっては素直に嬉しいし、今後の展望を明るくさせる大きな要素であることは疑いようもない。船は機械が動かすものではなく、人が乗り組んで操るものだ。クルーと船とは一心同体であり、運命共同体。船長である自分も、万が一、戦闘でコンプレクターが沈む様な事態にでも陥れば、この身を船と命運を共にする覚悟はとうにできている。

 たとえ、それが復讐の途上であったとしても。

 ジェイスに殺されたクルーの顔を思い浮かべ、ハンスリッヒは涼しげな表情の下で拳を握りしめた。

 彼らが冷蔵機能のついた死体袋の中に入れられ、仲間内で宇宙葬をするその光景を、一秒たりとも忘れたことはない。ジェイスという、あの化け物じみた白い船の男。

 やはり気になるのは、あのリンドベルクという女とアキが似ていることだ。カルーザ・メンフィスが言っていたように、遺伝子の偶然では済まされない。なぜなら、アキは生体端末であり、他人の空似という言葉では拭いきれない疑念を残すからだ。片や遺伝子の偶然、片や人の手による必然となれば、後者に陰謀的な裏の意図を感ぜずにはおられないのが人情というものであろうし、ハンスリッヒ自身にしても、それは単なる偶然という言葉で済ませてよいものだろうか、と思わずにはいられなかった。

 黄色がかったブラウンの瞳が、白髪の隙間から挑戦的な笑みに歪んだ唇と共に想起される。その風貌は、アキに似ていた。

 そう、ジェイスはアキに似ているのだ。そこをまず指摘すべきではなかったのか。なぜ誰もが、リンドベルクという女にばかり気を取られるのか。


(ああ、くそ。ハルト中将はそれに気付いていたのか。だからこそリガルを疑ったんだ。リンドベルクとアキ、そしてジェイスが似ていることが、彼の疑念の火種だったのだ)


 いずれにしても、アキがどこぞで製造されたかもわからぬ黒い船の中で発見された生体端末であり、彼女がオリオン腕の転覆と百年前に衰退した巨大帝国の再興を目指す武装集団の首魁と、その副官に酷似しているとしても、だ。彼女は彼女自身であるし、今までにアクトウェイを害そうとすればいくらでも機会があった筈である。ジェイスはアキを知っている、計り知れない関係であると示唆する思わせぶりな態度を取っていたから、無関係であると断言することはもうできないにしても、彼女をこの戦争を解き明かすひとつの重要なピースとして考えることは至極当然だと考えられる。

 ジェイスは何を企むのか。恐らくは、今回の一件でリガルが手掛かりを掴んでくるであろうことを、ハンスリッヒは疑う気にはなれなかった。ここで何かしらの進展が無ければ、アスティミナを助け出すことなど、雲を掴むような話である。



 およそ数時間後、グローツラングから通信が入る。

 船長であるジェームス・エッカートの高貴な佇まいが立体映像投影装置からホログラフとして空中投影される。四角いワイプとして目前に浮かぶ彼に向け、ハンスリッヒは保温ポットの液漏れ防止弁を押し開けながら、香り高い紅茶の芳香を胸いっぱいに吸い込んだ。


「ハンスリッヒ、少し、私の提案を聞いてはくれないか?」


「いやに殊勝だな、エッカート。私は特に君の提案や会話を拒んだ覚えはないが、どうした風の吹きまわしだ?」


 短い金髪を撫でつけながら、エッカートは薄い笑みを浮かべた。


「なに、貴族様にはそう頼むのが筋だと思ってな。いや、他意はない。ただの冗談だよ」


「わかってるよ。君がそんなに卑小な男ではないことは確認済みだ。それで、本当にどうしたんだ。何かいいアイデアでも思いついたか?」


「その通りだ」


 エッカートは、自分の提案をハンスリッヒに話し始めた。

 グローツラングには、先の戦闘でアクトウェイとコンプレクターを相手取った遠隔操作式の砲撃反射無人機が搭載されている。これをピックと呼ぶ。ピックには、自己座標観測用の簡易なセンサー類が搭載されているらしい。その他、超高速通信用の設備などを同伴したこれをグローツラングが廃棄ステーション内から遠隔操作、小惑星帯内の捜索を続けている帝国軍の現状を探ると共に、いざというときの攻撃手段としても用いる、というのが、エッカートの提案するその内容であった。

 悪いものではないように思える。ハンスリッヒは念のために、グローツラングで廃棄ステーションの中からそうした子機を操作することが本当に可能なのか、と問い返した。すると、エッカートは、まさにそこが問題なのだと顔を顰めた。


「つまり、だ。このステーションの中にいる限りはその方法は使えない、と」


「そういうことだ。だが、あながち的外れな思い付きという訳でもない。何とか実現したいんだが、この古びた宇宙港の中にいてはそれも叶わん」


「もったいぶるなよ、エッカート。言ってみろ。私に頼みたいこととやらを」


「うむぅ……では言おう。このステーションの通信設備を起動させて、そこからレーザー通信でピックに操作指示を送るのだ。そうすればこのステーションが逆探知される恐れはないし、ピックを操作して外部の情報を得ることができる」


 成程。ハンスリッヒは納得すると同時に、彼がそこまでこの提案を出し渋っていた理由を察した。


「つまり、君はこの危険極まりない廃棄ステーションの中に人を送り込んで、そんな馬鹿なことをしでかそうという訳だな」


「そうだ」エッカートは潔く認めた。「このステーションは老朽化が激しい。PSA装甲の剥げた状態で長らく放置されていたから、小惑星の衝突でぼろぼろだ」


 そんな痛みの激しい施設の中に人を送り込ませて作業をさせるなど、危険極まりない。エッカートが躊躇していた最大の理由はそれだ。


「言いたいことはわかった。だが、この小惑星帯の中でレーザー通信などできるのか?」


「それは問題ない。ピック本体の反射部とレーダー受信部は同一面上にある。レーザー通信光線を反射させれば、直線状にピックがいなくとも通信が可能だ」


「なるほど。それでは、この幽霊屋敷に踏み込む阿呆を募らなければならないな」


「そういうことだ」


 二人は、別々の船の中で、また馬鹿な事態になったものだと溜息をついた。

 リガルの帰還が待ち遠しかった。

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