表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
86/103

一三三年 二月二十二日~

・アリオス歴一三三年 二月二十二日 バルハザール首都星系


 無数の艦船が虚空に浮遊している。ここに存在しているのは、今しがた殲滅戦を終えてバルハザール国内を平定した銀河連合軍主力部隊だ。

 バレンティア航宙軍が主たる戦力となり、他、レイズ星間連合宇宙軍がこれに加わっている。

 第一機動艦隊、ダニエル・アーサー中将。

 第四機動艦隊、ヴィンセント・マッハドベリ中将。

 第五機動艦隊、クライス・ハルト中将。

 レイズ特務艦隊、アステナ・デュオ中将。

 総数、およそ一七〇〇にものぼる大規模艦隊が集結せしめ、星系には巨大な鋼鉄の軍艦が幾重にも陣を敷いていた。国内で謀反を起こした第三機動艦隊は壊滅、ならびに指揮官であったベルンスト・アーグナー中将は特務艦隊が保護、拘束している。

 ひどく憔悴した様子の彼を目前にした三人の機動艦隊司令官は、言葉を失った。彼らは互いに親交が厚い訳ではないが、それでも機動艦隊司令官の為人や人物像、私生活に至るまで、あらゆる情報を交換している。

 彼らの記憶にあった、隙の無い視線と揺るぎない信念を眼鏡の奥に宿した御仁の姿は、既に微塵も存在してなどいなかった。

 始めにアーサー中将が疑ったのは拷問であるが、アステナ・デュオ中将は即座に尋問記録や会話記録、営倉の状況を事細かに報告すると共に、レイズ星間連合宇宙軍司令部へと復旧したばかりの超高速通信回線を通じて報告、要請があれば公開記録ですらも一部割譲し、身の潔白を証明する姿勢を見せたが、対する彼らに、アステナに対してそこまでの要求をする心積もりなど微塵も無かった。

 尚、バルハザール国内における第三機動艦隊の残存兵力、及び四〇〇隻程度の銀河帝国軍残党は行方をくらましており、長い争いの日々に疲れ、酷使されていたバルハザール宇宙軍、並びに航宙管制局に問い合わせると、艦隊は旧銀河帝国領方面へと逃走したとのことだった。

 悲観的に事態を見れば、二〇〇〇隻に迫る大艦隊が旧銀河帝国領に存在していることになる。しかも、これらはただの烏合の衆ではない。戦術や兵站、軍事学的知識を多く携えたプロの戦闘集団が、銀河連合軍の攻撃を今か今かと手薬煉引いて待っているのだ。むしろ、そうした正面決戦の意気込みには、各指揮官は受けて立つまでと言い切ってはいたが、何分、未だ混乱の多い諸国の情勢、どこから敵の増援が飛び出すかもわからない現時点で、バレンティア国内の防備に当たっている第八機動艦隊、シヴァを拠点に活動を続けている傷付いた第二機動艦隊とシヴァ共和国宇宙軍は動かすことができない。さらにバルハザール方面の情勢が不安定な部分を鑑みると、レイズからアステナ中将の特務艦隊を動かすことは難しいと言えた。

 銀河連合軍は、三つの機動艦隊が反旗を翻した今でも三千隻をはるかに超える艦艇を動員する事も可能だが、そもそもそこまでの大規模作戦は考慮されていない。各艦隊にかなりの自由裁量を与え、各々の指揮官に任せた局地戦を主とした大戦略を立てる必要があるだろう。

 これについて、ジョン・テイラー機動艦隊司令長官はひとつの命令をアーサー中将に託した。

 彼は全軍を指揮統率する立場であり、今現在も紛糾している銀河連合評議会での戦況報告のためにアルトロレス連邦へと舞い戻っていたが、ここでかなりの距離の超高速通信がレイズ経由で可能となったこともあって、各司令官の立ち会った会議室でひとつの報告をした。


「まず、これは確定事項なんじゃが、遅かれ早かれロリアへと攻め込むこと。さらに、再び攫われたアスティミナ・フォン・バルンテージ嬢、並びにニコラス・フォン・バルンテージ氏の救出じゃ」


「かの旧帝国貴族が、再びかどわかされたと申されたか!?」


 小柄なマッハドベリ中将が叫び、アーサーは毅然とした様子で、ハルトはおこがましいほど不遜な表情で、ジョン・テイラーの録画されたホログラフを見やった。

 アステナ・デュオは、もはや事態の裁量が自分の力量を大きく超えたものになっていることに戦慄すら覚えていたが、自らの使命を受け止め、血気盛んに挑む姿勢を揺るがすことのない機動艦隊司令官たちを、畏怖の念と共に見やっていた。

 この男たちが、銀河最強なのだ。


「落ち着け、マッハドベリ提督。叫んだところで真空には響かん」


「しかし、そう平然ともしていられますまいに」


「続きがあるのだ。聞こうではありませんか」


 ハルトが促すと、アーサーは頷き、再びテイラーの映像を再生し始めた。


「――情報軍の報告は歯痒くてな、要領を得ん。確かなのは、ここ十五年あまりで旧帝国貴族、それも肯定に近い血筋にある彼らは血族統合を繰り返し、今やその栄冠を頭上に戴く事の出来るのは、宇宙でただ一人になってしまったということじゃ。即ち、アスティミナ嬢だ。ジェイスは彼女を秘密裏に誘拐した。どの様な手段を使ったのかは知れぬが、彼女の身柄は銀河帝国再興のために必須の要素を、かなり満たしてくれることじゃろう」


 そこで一呼吸を置き、テイラーは顎をさすった。その顔には疲労の色が濃い。

 五〇〇隻もの機動艦隊を、指揮統率する彼らには、その苦労が痛いほどわかった。


「簡潔に言えば、帝国軍残党は最早『残党』ではないということだ。ジェイスを中心に、アスティミナ嬢という強い求心力を得た彼らは、旧銀河帝国領内で大きな支持を獲得しつつある。これは国家間戦争である。よって、ジョン・テイラー機動艦隊司令長官の名において、諸君らに命ずる。アスティミナ・フォン・バルンテージ、並びにニコラス氏の救出、そしてこれ以上、奴らの好きにさせぬことだ。明確な方針としては、戦争終結のためのあらゆる戦闘行為を許可する。軍人たる誇りを胸に、奮戦を期待している。詳細は命令書に添付しておいた。それでは、武運を祈っておるぞ」


 テイラーの姿が消え、代わりに拡大表示された命令書が、適切なフォーマッドで表示される。

 命令書のタイトルである作戦名を、アーサーが読み上げた。


「評議会令〇九八六号、『テルミット作戦』?」


 命令書に目を走らせながら、マッハドベリが補足する。


「テルミットとは、アルミニウム粉末と他の金属粉を混ぜて酸化反応を起こすことにより、高い熱量を取り出す化学反応のことですね。テイラー大将が何の意図をもってこう名付けたのか……」


「ともかくも、これでようやく真の敵に立ち向かえる気がしますな」ハルトが腕を組みながら言った。「今まではジェイスの傀儡となった同胞を討つのが主だった。奴ら自身を相手取るとなれば、武人の本懐でありましょう」


「で、どうする。命令書にはあっても、指令書は添付されていない。これは自分達で考えろということだろうが、三個機動艦隊でどうにかなるものか?」


「アーサー中将、それについてですが、ひとつ提案があります」


 片眉を上げて、アーサーは続きを促した。ハルトは不本意極まりないと言いたげに顔を顰めたが、声色は平成のままで続ける。


「リガルという男と、彼の率いるアクトウェイという船を御存知でしょうか?」


「聞いた事がある。レイズの英雄だろう?」


「そうです、マッハドベリ中将。その点については、アステナ中将のほうがお詳しいかと思いますが」


 ハルトが、それまで沈黙を保っていたアステナ・デュオに水を向ける。その意図が、リガルという男の情報を、レイズ=バルハザール戦争の中であの男を間近に見ていた彼から引き出そうというのか。

 だが、答えない道理はない。彼らは敵ではなく味方なのだから。


「アクトウェイの活躍については、目を見張るものがありました。かの戦争において、私は艦隊を率いて戦いましたが、あの一隻の船に窮地を救われたことは一度や二度ではありません」


 それから、アステナは簡潔にアクトウェイの活躍を語った。まずはアルファ・ステーションでの海賊船団討伐から。次にメキシコ星系、カプライザ星系での戦い。

 アーサーとマッハドベリは、まさかといった表情で彼の話を聞いていた。報告書で読む機会があったとはいえ、細かな戦闘経過などの話を生き証人から聞くのは初めてだ。

 感嘆の吐息を漏らしながら、マッハドベリは首を振った。


「宇宙には、まだ英雄の原石が多くいるようですね」


「まったくだ」アーサーが同意の印に頷く。「して、そのリガルという男がどのように関係するのだ?」


「私はシナノ宙域会戦に参加しておりました。そこでも、リガルはジェイスという男を討つために、コンプレクターという旧銀河帝国貴族の男が操る船と共に白い船へと攻撃を仕掛けたのです。結果は失敗でしたが、なんと慣性の法則で機雷を高速で撃ちだし、敵船へと直撃させて大破させたのです」


 他の三人が気色ばむ。数百隻のバレンティア機動艦隊ですら、傷一つつけられなかった敵首魁の船を、あの男は二隻で大破まで追い込んだのだと言う。

 それほどまでに彼を駆り立てる何かがあったのか。アステナは、あの温厚そうな青年を思い出し、身震いを堪えた。

 自分は、とんでもない人物と知り合ってしまったのではないだろうか?

 だが、クライス・ハルトの彼に対する評価は正反対であるらしい。


「その後、リガルとも幾度か話をしました。結果、わかったのはジェイスとの間に、彼でも把握しきれていない複雑な因縁があるらしいということだけ。その後、彼はジェイスを追ってロリアへと赴きました」


「わからないな、ハルト中将。君の話す英雄の彼が、これから練り上げる作戦計画にどう関係してくるのだ?」


「テルミット、なるほど、よく言ったものだと私は思います。テイラー大将が言うのは、柔らかいアルミの成分……つまり、起爆剤の役割が必要ということでしょう」


「君は民間人を戦争に――と言いたいところだが、既にリガルは軍属とも呼べる活躍をしている放浪者だったな。で、君はどのように彼をこの作戦に絡ませるつもりだ」


「既に彼はロリア国内にて、ジェイスを討伐するための準備を進めているでしょう。ここで、レイズ本国に帰還している筈のレイズ第一艦隊を差し向けたい。アステナ中将、あなたはどう見る?」


「傷付いた第一艦隊を派遣することは少し気が引けますが、カルーザ・メンフィス准将はアルファ・ステーションからの友人と聞きます。彼に相談してみましょう。恐らくは快諾していただけるかと」


 アクトウェイ、及びコンプレクターに戦力を送り、ロリア領内におけるゲリラ活動を支援する方向で話は決まり、後々の大規模攻勢についての詳細はバレンティア航宙軍機動艦隊を中心に、改めて議論されることとなった。






 アステナは旗艦ハレーに戻るや否や、急造の超高速通信網を通して、レイズ本国へ帰還したばかりのカルーザ・メンフィス准将と連絡を取った。

 金髪の青年は、その目に濃い疲労の影をあつらえながら画面上に現れた。それでも、軍服はしっかりと整えられ、新しい勲章がいくつか、その胸に輝いている。


「准将、だいぶ疲れているようだな」


「式典を早々に終わらせ、今しがたまで執務の連続でありましたので」


 彼が言っているのは、シナノ宙域会戦から数多の戦闘を潜り抜けた第一艦隊の将兵、並びに死亡したモントゴメリー司令官の死を忍びながらも兵を率いたカルーザを讃えるものだった。

 その内容に、アステナは遠距離で一報を聞いただけで吐き気を催したのを覚えている。戦い疲れた兵士達を引きずりだして宇宙港に並べ、機甲艦隊司令官のマットスタッド大将からの有り難いご高説とお言葉を賜り、兵士一人一人に勲章が授与されるのだ。

 そして、傷付いた第一艦隊の暫定司令官に任命されたカルーザ・メンフィス准将は正式に艦隊指揮官としての一歩を踏み出し、今は船の補修や補給品の詰め込み、兵士への交代での休暇を計画しているところである。

 彼に辛い提案をしなければならない自分の役回りを憎むことは簡単だが、殊、軍隊という組織において個の存在など重視されようはずもない。

 軍人は国家のために存在する。人民のために血を流し、経済のために宇宙の果てまでを網羅する。

 それが軍人だ。


「准将、率直に言おう。第一艦隊にはロリアへ行ってもらいたい」


「了解しました」


 あっけない了承の返事に、アステナは目を丸くした。率直に驚きを表したアステナに、カルーザ・メンフィスは力なく笑った。


「おや、的中していましたか?」


「ああ、驚いた。私がそれを話すと、どうしてわかった?」


「先ほど、マットスタッド大将に意見具申をしてまいりましたので。リガル、ハンスリッヒ、両名を救出し、ジェイスを討伐するためのロリア遠征任務を。そして恐らくは、ハルト中将がこの機を見逃す訳はない、と邪推したまでです」


「それは邪推ではなく、明察というものだよ、准将。君達のような若い英雄たちが活躍する時代なのかもしれんな」


 ジェイスの、君が悪いほどに若い風貌を思い出し、アステナは感慨深く漏らした。当のカルーザは、困った風にはにかんでいる。


「どちらにしても、そういうことだ。私から君への命令権はない。指揮系統が違うからな。だが、マットスタッド大将に意見具申と説得をしてみる。いくら司令長官とはいえ、中将二人と准将一人の言葉を無視はできんだろう」


 必要とあらば、連合評議会の名を出す事も出来る。

 マットスタッド大将は、今頃膨大な戦死者の軍葬準備に追われ、遺族年金の捻出に頭を悩ませているに違いない。そこまで行くと関係省庁に財源を仰ぐとしても、レイズ=バルハザール戦争の戦費からまた増える予算に対して、国民の不満は噴出するだろう。

 しかし、それでも勝たねばならない戦いがあるのだ。

 それは何故だろう?

 そう、少なくとも、ジェイスが成し遂げようとしていることは銀河の渦巻きを逆にする様なものだ。誰が得をする、という問題ではない。食い止めねば多くの人々が困り、死ぬ。どうせ死なねばならないのなら、その矢面に立つのは軍人であるべきだ。

 困窮や飢餓で人が死ぬのは悲劇にしかならない。しかし戦争で戦って死ぬのならば、悲劇から平和へと昇華される土壌が育まれるのだ。


「それで、どうする。具体的な指示はまだこれから作成するが、既にアクトウェイがロリアへと向かったのならば悠長に構えてもいられまい」


「計画なら既に。第一艦隊は損耗が激しく、将兵は戦闘に耐えうる状態ではありません。それに、ロリアの奥まで入り込むならば数が少ないほうが有利でしょう」


「まさか、貴官は単艦で赴くつもりか!?」


「閣下、私はこう見えても宇宙に挑む者なのです。不謹慎とは思いますが、私はあいつに――リガルに焦がれている部分もあります。友として、戦士として、放浪者ノーマッドとして、羨ましく感じているのです」


「自殺行為ではないか。貴官の部下はどうなる? 第一艦隊の指揮は君にしか執れんのだぞ。レイズには最早、我が特務艦隊と第一艦隊しか存在しないんだ」


「お言葉ではありますが、私は止まりませんよ、閣下」


 アステナは舌打ちと共に額を押さえ、画面の向こうの青年将官を睨み付けた。

 まったく、こいつらときたら――!


「くそったれ。メンフィス准将、私は君によく似た男を知っているぞ。今はロリアにいるあいつだ」


「光栄と思います、閣下」


「それは私もだよ、提督」


 彼は微かに驚き、微笑んだ。敬礼と共に消えた画面の名残を追いかけながら、アステナは自室のベッドに腰掛けたまま、薄暗い部屋の中を彷徨う。

 シャワーを浴びよう。そう思い立ったが、こらえきれずにスコッチの瓶を棚から取り出し、グラスにあけて一口飲んだ。

 焼ける様な琥珀色の液体が胃の中に落ち込み、そのままベッドの上に寝転ぶ。


(まあいい。メンフィス准将もリガルも、そして行動を共にしているらしい帝国貴族の男も、上手くやるだろう)


 その時、アステナは思った。自分達は主役である鉄粉なのか、それとも引き立て役のアルミニウム粉末であるのか。

 程なくして、酔いと疲労が彼を暗い闇底へと誘った。




・アリオス歴一三三年 二月二十四日 戦艦スペランツァ レイズ星間連合本拠星系


 一隻の軍用艦艇が、首都惑星の軌道上から静かに進発する。

 二千メートルを超える戦艦。艦首にはレイズ星間連合宇宙軍を示す、青い星を巡る環をあしらった紋様と、光輝く杯を模したマーク。船の名をスペランツァといい、先日まで帝国軍残党と激しい攻防を繰り返していた歴戦の軍艦でもある。

 指揮を執るのはカルーザ・メンフィス准将。数多く戦死した高級将官を埋め合わせるべく、艦長を務めていたペイル中佐は大佐へと昇進し、カルーザと同じくいち戦隊長として任命されることとなった。

 ようやく古巣に帰ってきた気がする。彼がそう口走る中、副長として任命されたリズ・ブレストン少佐が悩ましげに黒い髪を揺らした。


「そう不抜けたことを言っていては、部下に示しがつきませんよ、艦長」


「副長、そういう君は不満そうだな。艦隊司令官補佐から副長へと格下げに遭って災難か?」


「いいえ。私はどこにいっても、あなたを補佐することが役目ですから。不満も何もありません」


「含みがあるように聞こえるぞ」


「含ませてますから」


 つっけんどんな受け答えである。周囲の部下は、二人の関係を見てまだかまだかと時を待っているのだが、これ以上に発展しそうにないと見せつけられる度に仲間内で囁くのである。


「なあ、メンフィス准将はいつ少佐とくっつくんだ?」


「馬鹿だな。そんな問いに答えられるのは宇宙物理学者くらいのものだぜ。それもとびっきりのな。なんで人間は存在するのか、ってのと同じさ」


「つまり、誰にもわからない、と。それにしても、もう少し何かあってもいい気がする。どう見ても両想いだろ、あれ」


「オンナの意見が聞きたいかしら? あなた達、そんなことしてないで仕事をしなさい、仕事を」


「アイアイサー、管制長――と、閣下! マットスタッド大将から通信です」


「繋いでくれ」


 即座に、きらびやかな軍服に身を包んだマットスタッドのしかめっ面が映った。

 彼は、今回の一件での多くの事務処理を一手に引き受けさせられており、それが司令官としての職務であり責務なのだと理解しているものの、華々しい勲章の数々がカルーザなどの比較的若い軍人に与えられることを、あまり快く思っていないのだ。

 それでも、彼が部下たちを信頼し、思っていることは真実であるし、誰にでも野心や嫉妬心はある。カルーザにしても、これしきのことで上司に反駁をしていては身が持たない。


「メンフィス准将、もはや止めはせん。しかし、護衛の船を増やすことくらいはしておきたまえ。君を失いたくはないのだ」


「閣下、有り難いお言葉ですが、これが最善策なのです。向こうではいつ補給を受けられるかもわかりません」


「うぬ……ともかく、武運を祈る。必ず生きて帰れ」


「努力いたします」


 敬礼を終えてマットスタッドとの通信を切ろうとした時、彼が言った。


「それと、左舷側ポート・ボードを見ることだ。好き勝手に船を動かすことはご法度だが、私は今日、何も見ていないし、知らん。だから、どこかの馬鹿どもが貴官を送ろうとしたところで軍規には何も違反などしないことを明言しておく」


 カルーザが左を向くと、首都惑星の影から現れた、百隻にも満たない艦隊が現れる。

 第一艦隊だ。目視できない光点でしかないにも関わらず、カルーザにはわかった。彼らが見事な隊形を維持しながら、式典用に用いられる隊形――旗艦を中心に円陣を二重に交差させる機動で、武運長久を伝えている。

 思わず、喉に何かが詰まる。彼のその様子を横で見ていた副長が、何も言わずに炭酸飲料のポットを彼に差し出した。


「いかがしましたか、艦長?」


「なんでも無い。少し、携帯食料が喉に詰まっただけだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ