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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第四章「嵐を凌ぐには」
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一三三年 一月二十二日~

・アリオス歴一三三年 一月二十二日 ニスタビツ星系 第三機動艦隊


 最終的な戦闘状態に突入したのは、日付も変わるかと思われた、深夜一一三八時のことであった。

 周囲をゆっくりと、あるいは素早く回転しながら通り過ぎ、PSA装甲に衝突して衝撃を熱に転化させる小惑星アステロイドが、旗艦バーミリアを包む。

 ここに来て、アーグナーは心中で苦虫を噛み潰す。

 特務艦隊は、数が多い。第三機動艦隊は、分散配置されたであろう敵艦隊を各個撃破するべく、三〇〇隻の威容を以て小惑星帯アステロイドベルトへと突入した。しかし、現実としては、この密度の高い小惑星の渦に巻き込まれ、移動もままならず、停止しているだけでこの有り様である。商船用の耐宇宙塵ではなく、軍用艦艇の大口径エネルギー砲にも耐えうるものだ。損傷を受ける事は、無論、無いが、それでも耐久力は削られる。また、小惑星が衝突の度に膨大な運動エネルギーを発散する度に、艦艇のセンサー類は断続的な不通に悩まされる。

 後退すべきではあるが、ここで引いては士気に響く。大義があるとはいえ、裏切り者として戦場に立っている事は、将兵の一人一人が感じている背徳感を煽る。勝ち続けなければならないが、敵は劣勢。こちらに数的、性能的有利にかまけていたことは否めない。

 思えば、自分は反逆者なのだ。いつも通り、成敗の任を帯びて戦地に立っている訳ではない。

 アーグナーは艦隊の指揮系統分散を指示。平時においては考えられない命令である。上から下までの指揮系統を一貫し、確実に確保することが鉄則である。ある程度の自由度は各指揮官において保証されるべきであるが、基本的に、軍隊は命令が無ければ動けない。仮にも、宇宙最高の武力を保持する宇宙軍においては、分艦隊運用を行うとしても、上下の命令伝達、支援要請のパイプは細くなることはあっても、繋がらない事は無い。

 しかし今、第三機動艦隊は、レイズ軍と同様に三部隊に別れる。いずれも同数、少将が指揮する。これらは、センサー類の、小惑星帯における性能低下を極力回避すべく、ほとんど自艦隊のみでの指揮権を与えられるのは、ほとんど事例が無い。

 そうした事態でも、第三艦隊は小惑星帯へと浸透していく。少数の方が、この小惑星が猛烈な速度で向かってくる中、バレンティア航宙軍の巨艦の数々は泳ぐように進んでいく。センサー類は相変わらず、頼りになるということはない。しかしそれでも、強力な超高速通信設備を持つ戦艦が、戦隊ごとに指揮管理、それが大きく繋がっていき、艦隊としての作戦行動を可能としている。

 第三機動艦隊は、各分艦隊が独自に動きつつも、中央のアーグナーが直接指揮するものより、やや先行した両翼の部隊が索敵を行うという陣形は維持されている。練度の高いバレンティア航宙軍ならではだ。レイズやシヴァではこうもいくまい。


(見つければこちらの勝ちだ。近距離戦闘ともなれば、個艦の性能や空母の保有から、我が艦隊が優勢であるのは火を見るより明らかだ)


 巨大な空母や、戦闘母艦バーミリアの戦闘艇部隊は、いつでも発艦できるように極度の緊張状態を強いられている。あまり、この時間を長引かせたくはない。

 そうした、彼の指揮官としての思惑は外れ、二時間以上を小惑星帯の中で過ごすこととなった。大きな要因は、小惑星帯の中を浮遊しつつ、公転軌道に乗せられた機雷の存在も大きい。数は多くないが、警戒しなければならない行為力のこの敷設兵器によって、既に駆逐艦三隻と重巡洋艦一隻の損害が出ている。どれも、巧妙にデブリと変わらない岩石擬装の施されたものによる被害だった。

 将兵の疲労は激しい。序列三番目の機動艦隊として、その名を馳せた彼らも、どこから襲い掛かるかもわからない敵に備えるのは、苦痛以外の何物でもない。

 アーグナーは焦っていた。

 抑え込まれた、制御された己の感情ではない。今や、その眼の色が変わるほどの極度の緊張感を、彼は強いられていたのだ。

 そして、彼は決断する。


「小惑星帯より離脱する。伝令を送れ。一刻も早く、この忌々しい地形から離れよう」


 艦橋にいても、部下たちの緊張がほぐれるのを感じたアーグナーは、自分の判断の正しさを疑うことはなかった。艦隊は待ってましたと言わんばかりに艦首を恒星とは反対方向へ向ける。プラズマ反動エンジンが吠え、青白い筋が虚空へと伸びる。

 やがて、艦隊は無事に小惑星帯から離脱する。三〇〇を数える第三機動艦隊が、元のひとつの箱型陣形へと戻ろうと、三つの分艦隊が崩れる。

 その時だった。


「敵襲!」


 オペレーターの声と被さって、艦橋を覆う巨大なディスプレイが光条に染まる。激震がバーミリアを揺さぶり、慣性補正装置が唸りをあげた。アーグナーの長い軍務の中で、戦闘母艦の慣性補正装置を攻撃のみでここまで追い詰めたのは、後にも先にも――

 そんな、麻痺した自我の中でも、眼球だけは目の前に浮かぶ戦術図を凝視している。意味を理解するまでに、いや、現実を飲み込むまでに、幾秒かかかった。




・アリオス歴一三三年 一月二十三日 ニスタビツ星系 レイズ星間連合特務艦隊


 バレンティア航宙軍が降伏してから、既に一日が経過していた。

 アステナ・デュオ中将は、旗艦ハレーの営倉へと向かう。

 ニスタビツ星系会戦は、お互いを視認してから一日と経たずして終結した。結果はバレンティア航宙軍第三機動艦隊の敗北。

 既に、三〇〇隻しかレイズ攻略へと注ぐことができなかった、ベルンスト・アーグナー中将の戦略的敗北という見方が、アステナ自身の見解だ。数にして勝るとはいっても、装備の質、練度と共に、アーグナーには敵わなかった筈である。しかし、その稼働率が低かったことが致命的だった。

 まず、特務艦隊は小惑星帯へと飛び込み、慣性航行に移る。あらゆる兆候を遮断するために、各艦の外壁に岩石を擦りつけたりもした。密度の高い宇宙塵と岩石の数々を巧妙に用い、小惑星帯の公転する方向へと、まるで潮の流れに乗る様に流される特務艦隊を捕捉できず、第三機動艦隊は通り過ぎて行った。正確に言えば、かなりきわどいすれ違いが幾度もあり、アステナは気が気でなかったのだが、ともかくも敷設した機雷や長時間の緊張に耐え切れない敵艦隊が、小惑星帯から出るのを待つだけである。そうして、陣形を再編しようと、あらゆる艦が一斉に動きだし、小惑星帯から後退し、ようやく緊張の糸が解れた第三機動艦隊へ向け、アステナは小惑星帯の中から攻撃を敢行したのだった。

 凄まじい光景を目にしたもので、未だに瞼の裏に焼き付いて離れない凄惨な殺戮の場面を、彼は頭を振って追い払おうとする。無駄な抵抗とわかってはいるのだが。

 機関停止、武装解除した敵艦艇の数は、およそ五〇隻。中には戦闘母艦バーミリアも含まれる。彼らのほとんどが、反乱に加担しつつも心底では否定的であった将兵たちにより、艦長が殺害、もしくは監禁状態にあった。戦闘母艦バーミリアにおいても状況は同じようで、元々、ベルンスト・アーグナーという男を信奉する兵士が少なかったことも、この結果に起因している。

 此度の戦いにおける敵艦艇撃沈数、数えて二五三。多くの艦艇で、徹底抗戦が行われた。初撃で五〇隻を失いつつも勇猛に反撃したバレンティア航宙軍は、流石としか言いようがない。特務艦隊の方では、撃沈された船はなくとも中破した艦艇が何隻かおり、死傷者は一〇〇名ほど。


(これだけ万全の備えを打ち、戦っても、仲間は死んでいく。人間が散っていく。まるで、そこらへんにあるゴミを掃く様に。こんな事は、一刻も終わらせなければならない)


 険しい眼光のまま、アステナは営倉の前に立つ。居並ぶ重装備の宙兵隊員が、手に持っているビームライフルを捧げ筒。軽く頷き返しながらアステナがハッチを開くように指示すると、フルフェイスの装甲服に覆われた屈強な隊員二名が、アステナの背中に付き従いながら入室した。

 営倉は、それなりに広い。といっても、二〇〇平米があるかどうかだ。牢は個人用のものと集団用のものが入り乱れ、一見、無秩序に見える。これは、囚人や捕虜に精神的苦痛を与えるためだ。整然と整った何かは、それだけで安心させてしまうものである。人間の気配を感じるとでも言おうか。

 その中で、一際大きな独房の中に座り込んでいた男が立ち上がった。灰色の軍服には、銀色の星がふたつ。中将ヴィス・アドミラル。これだけで誰だかわかるものだが、アステナは牢の前にまで近づき、その男を見た。

 ベルンスト・アーグナーは、実年齢よりも老けて見えた。五十歳にしては白髪が多いように見える。かけた眼鏡は、理知的というよちも狡猾な印象を、アステナに与えた。口元は敗戦の将らしく真一文字に引き結ばれ、目には激しい怒りの炎が揺らめいていた。


「営倉から出せ」


 威圧的な声に、アステナは心から落胆の意思を示した。


「それが第一声とは、残念ですね、閣下。あなたほどの人が、まさか帝国軍残党などと手を組むとは」


「私は、バレンティア航宙軍第三機動艦隊司令官、ベルンスト・アーグナー中将だぞ。いくら……武装蜂起に手を貸したとはいえ、このような待遇を受けていいはずがない」


「馬鹿なことを仰らないでいただけますか。あなたが謀反を起こさなければ、数百万将兵は、今日、ここで死なずに済んだんだ。死んだ部下を思う心は持っていないのですか」


「あれは謀反などではない! これは史上稀に見る大義に則った、戦いなのだ! 貴様らは敵だ! お前たちこそが、謀反人だ!」


 アステナは、縋りつく様に格子を握りしめている男を射殺したい衝動を、どうにかこらえる事ができた。


「どんな大義かお聞かせ願いましょうか」冷徹な声色で彼が言うと、背後に控える宙兵隊員が微かに身じろぎするのがわかった。「罪の無い兵士達を大勢殺し、あなたが仰る敵に囚われつつも、それでも正当性を主張できる理由を」


 アーグナーは気圧された様にたじろいだが、すぐに元のように、アステナへ縋りつくように話し始めた。


「全ては人類のためだ、アステナ准将」


「今は中将ですよ、アーグナー中将」


「どっちでもいい。私が、誇りと名誉をかなぐり捨ててこんなことをしでかしたのだと、本当に思うか?」


 奇妙な質問に、アステナは戸惑った。この会見の様子は全て録画されているが、悠長に構えている余裕も無い。まだここは敵地なのだから。


「理由なんて関係ありません。あなたはこの、銀河全てをひっくるめた大戦の火種になったこと。仲間を裏切り、かつての同胞を撃ったこと。これが罪でなくて、何になると言うのです」


「必要な犠牲とは、いつでも存在するものだ。我々人間は、より崇高な大義を持つことで自らを飛躍させることができる」


 アステナは一歩歩み出て、格子を殴りつけた。アーグナーはびくりと体を震わせ、自分が身を持たせていた格子から離れる。

「貴様は――!」


 激昂する指揮官を、宙兵隊員が必死になって引きはがす。尚も抵抗しながら、アステナは怒鳴る。


「この馬鹿者が! 大義がなんだ! 大義を背負った人間が偉くなるとでも? どんな犠牲を払うことの免罪符になるとでも? 断じてそのようなことはない。仮に崇高な大義があったとしても、それは大義が美しいのであって、貴様が優れた存在なのではない!」


「私は良かれと思って――」


「黙れ! 良かれと思って、だ? これを見ろ!」


 アステナは懐から宙兵の手を振り払う。携帯端末を取り出し、ひとつの映像ファイルを呼び出した。

 それは、シナノ宙域会戦の映像だ。多くのメディアを伝って送られてきたこの映像だけで、壮絶な戦闘風景が展開されている。

 四角いディスプレイを満たすその光は、命の燃ゆる炎だ。ひとつひとつに、何百という人間の魂、命、感情が弾け、この宇宙を照らしていた。確かに、そこには命があり、人の息吹を感じるも、どうしようもない寂寥感が滲み出ている。

 アーグナーは恐る恐る近寄り、格子越しにその画面を見つめた。目を大きく見開き、完全にアステナの裂帛に気圧されている。


「この戦いで、数百万人が死んだ」アーグナーの息が止まるのがわかった。「今日は何人死んだ? その内、何人に家族がいた? 恋人が、妻がいたんだ?」


「――――」


「答えろ、ベルンスト・アーグナー。なぜあんたは、銀河連合に反旗を翻した? 貴様が名誉と引き換えに、為そうとしたことはなんだ!」


 未だに明らかにされていない、バレンティア機動艦隊が寝返った理由。それを、アステナはここで明らかにしようとしている。

 囚われの将は、しどろもどろに何事かを呟いた後で、打ちひしがれた顔でアステナを凝視する。先ほどとは打って変わり、その顔には絶望とも屈辱ともつかぬ、ただ罪の暗澹とした妄想がへばりついていた。


「レポート用紙をくれ」


 やがて、彼は声を絞りだす。


「そこに全てを記そう。何もかも」




 三十分後、旗艦ハレーの会議室である。

 顔触れは五人。アステナ、バルトロメオ、ラディス、バデッサ、そしてリオ。特務艦隊の上層部が全て顔を揃え、最高レベルの防諜システムが稼働しているこの会議室で、今までになく険しい面持ちの司令官をふり仰いでいる。

 この時までに、艦隊の表、裏を問わず、あらゆる回線を通じて、アステナ・デュオの営倉での一件が噂として広まっていた。その言葉も。彼自身が知らぬ所で、将兵たちは自らの指揮官を顧み、改めて強い誇りと名誉、畏怖の念を抱くのだった。


「まずはみんな、これを読んでくれ」


 アステナは、粗末なレポート用紙を円形の卓上に滑らせる。既に内容を知っているバルトロメオとラディスは確認のために流し読む程度、バデッサとリオは初見となる。

 それは、第三機動艦隊が寝返る、決定的な理由となった、敵の目的が記されていた。それを読み、この会議の設定を提案したのはバルトロメオ参謀長。ラディスもこの案を指示した。まずは上層部で判断、これを他の部門へ報告することは確定としても、この結果如何では、それも踏みとどまるべきである、というのだ。

 最初に読み終えたバデッサが、何も言わずにリオへとレポート用紙を渡す。怪訝な顔つきでリオは上から順に読み始めた。読み進めるにしたがって、彼女の顔付は疑念から恐怖に変わっていく。

 遂に読み終え、レポート用紙が一周して、アステナの手に戻って来た。彼はをそれを閉じ、腕を組んで頭を抱え込む。


「バデッサ准将、リオ准将。君達の意見が聞きたい。率直に、どう感じた?」


「その前に、閣下」リオが厳かに挙手。「これは、アーグナーの直筆ですか?」


「ああ。希望とあらば、営倉での一件の映像も見せるが、あの状況で、彼が嘘偽りを述べるとは思えない。あくまで、個人的感想の範囲を出ないが」


 バデッサは深い溜息をついた。この中ではラディスに次いで若いが、その顔には、大きな疲労が皺を作っている。アステナが知る彼の相貌より、五歳は老けて見えた。


「信じられない。『人類社会における戦争の根絶』を目的として、旧銀河帝国軍やバレンティア機動艦隊が、オリオン椀で戦争を起こしていると?」


「アーグナーは、それが実現可能だと考えているようだ」バルトロメオ少将が補足する。


 厄介なことになってしまった。何故なら、これでは戦う意義が同じなのである。

 銀河連合軍は、この争いを停め、戦争を終わらせるために戦っている。

 ジェイスを始めとする敵軍は、人類社会から戦争という概念を消そうとしている。

 そのどちらが大きな大義で、実現されるのなら美しいものかと問われれば、それは、後者だ。どのような手段を以てこれを実現しようとしているのかはわからないが、ジェイスはその旨を確約したという。帝国軍残党も、このために戦っているのだ。アーグナーでさえ、知り得ているのは、ジェイスが膨大な量の無人艦隊を用いて、オリオン腕全域に人類の監視部隊を作り、これを用いてあらゆる武力を駆逐するということ。実際に、レイズ=バルハザール戦争で無人艦の脅威を実体験しているアステナ・デュオは、これが夢物語とは思えなかった。無人ならば永久に稼働し続けるし、支配するでもなく、占領するでもなく、ただ、あらゆる戦争行為を廃絶し、人類が真なる平和を手に入れるための、あまりにも短絡的な解決方法。

 だが、下手に策を弄するよりもいいのかもしれない。武力による平和維持は、もちろん、多くの反発を生むだろうが、その反面、海賊などの違法行為は激減するだろう。もしかしたら根絶されるかもしれない。各国の武力がゼロとなるために、戦争状態に陥ることは、まず、無い。殺人や暴行の類は消えることはないであろうが、それだけでも、人類の歴史上、初めてともいえる平穏がこの宇宙に訪れる。

 だが、果たしてそれでいいのだろうか。アステナは奇妙な矛盾を感じていた。

 人とは、戦い続けるものだ。どれだけ長い年月を経ようとも、それは変わらない。そして、戦いが起これば勝者と敗者が生まれる。両者に共通するものはひとつ、大勢の人々が犠牲になるということ。だからこそ、アステナは戦いを忌避する。人間の命の上に成り立つ何物も、その価値を著しく損なう。命とは取り返しのつかないものであり、だからこそ、万物との価値の共有化を図るべきではないのだ。

 だというのに、この困惑は何か。自分が戦いを好んでいるとでも? いや、それはない。彼は軍人でありながら、生粋の平和主義者だ。

 そう。平和を実現するのなら、それは人間の意志によるものでなければならない。武力による強制的な平和など、生きているといえるのだろうか。しかし、戦争が起こるよりはいいのかもしれない。こうして、多くの人間が命を落とすよりは、よほど恵まれた結果だろう。


「いや、そんなものは平和ではない」


 アステナは、自分の口から零れ出た言葉の先を追った。部下たちが、彼をしかと見つめる。


「平和などとはいえない」強く、彼は言いなおした。「確かに、戦争がなくなることで、命は保証されるだろう。だが、身体が生きていても、魂は死んでしまうと思う。戦争という選択肢を無くすのではなく、そうした、より酷い選択肢がある中で平和を選択する強さがあってこそ、真の価値を発揮するんじゃないか?」


「閣下と同じことを考えていました」


 バデッサが口を開く。その眼には、誇りとも畏怖ともつかぬ光が揺蕩っていた。


「我々は選ぶべきだ。平和か、戦乱か。あくまで平和以外の選択肢を選ぶ様な人間に、抵抗しなければならない。たとえ叶うはずのない夢物語だとしても」


「バデッサ、あなたは時に的を得たことを言います。そこが美点だとは思いますが、私の意見を根こそぎ奪わないでくれますか」


 並み居る面子が破顔する。リオの言葉で、アステナは腹を括った。


「これを、艦隊に、銀河連合へ報告しよう。目を背けてはならない。秘匿すれば、我々自身の名誉に関わるだけでなく、奴らの暴論を助長させるやもしれん。その時、私のこの見解を伝える。それでいいな?」


 何も言わず、彼らは起立、敬礼。

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