一三二年 五月二〇日~ ②
五月二〇日、カルーザ・メンフィス警備隊長の視点から始まります。
個人的に、カルーザみたいな友人はちょっと苦手なんですよね。まあ、実際に友達なの俺じゃねーし、いいかな。
・アリオス暦一三二年 五月二十日 ムーア・ステーション警備隊長オフィス
一日の雑務を済ませて、デスクの上に残った最後のコーヒーを飲み干してから、カルーザ中佐は立ち上がった。時刻は既に標準時の零時を回りそうだ。毎晩会議を開いては、部下たちとか遺族対策について話し合う日々が続き、彼のいらただしさは募る一方だった。警備隊の戦力では宙域をカバーできないし、今は本部に応援を要請しても認可されない。さらに言えば、海賊の仲間とも思える、重巡洋艦クラスの船のこともある。この船……大型巡洋船アクトウェイについては、先日何事も無くステーションを出港したが、それでも気は抜けなかった。怪しい船が増えたところで、ステーション側には何の徳も無い。あるのは増えすぎた仕事だけだ。
溜息をつきながらオフィスを出ようとすると、不意に中佐の軍服の胸ポケットに入っている携帯端末が振動し、メッセージの受信を知らせた。いつも通りの仕草で端末を取り出して、表示を確認すると、かなり強固に傍受対策が採られたメールであることがわかり、自然と顔を顰めた。
取り敢えず、画面をスクロールしてメッセージを開くと、単純な文字でこう書かれていた。
『M二二三宙域にて、海賊船団と遭遇、騙まし討ちにあった。今後、大規模な待ち伏せ攻撃があると思われる。救援を送られたし。リガル』
カルーザは迷った。自分が、今一番疑っている人物からこのようなメールが来るのは、怪しいこと極まる。
仮に、カルーザが警備部隊を率いて救援に向かったとして、アクトウェイが実は海賊船団の一味で、その場にいる海賊船団に囲まれて警備部隊は全滅、と言う結果にもなりかねない。万が一そうなれば、警備部隊は壊滅、しっかりとした防衛戦力も無いムーア・ステーションは……
考えただけで寒気がするが、それでもアクトウェイが実際に困っているという線もある。
とにかく、カルーザは副官の少佐を呼び出すと、今しがたかえる身支度を整えたばかりの疲れた士官の顔が、端末の画面に映った。
「こんばんわ、中佐」
「やあ、少佐。帰る所すまないが、今会議に出ることが出来る士官はどれくらいいる?」
証左はしょぼしょぼと瞬きしながら考え込むと、やがて顔を上げて答えた。
「大体は残っていると思います。実際、私と中佐は、これでも帰るのは早いほうです」
改めて、自分たち警備部隊に課せられた責任の重さを身にしみて感じつつ、カルーザは頷いた。
「よし。すぐに、全員を第一会議室に集めてくれ。私もすぐに行く」
「どうやら、今日は寝れないようだぞ、諸君」
疲れた顔が並ぶ、幅二十メートル、奥行き五十メートルの会議室の約半分を占領するように、警備部隊の各艦の艦長と副長、そのほかの幕僚たちが集合している。その士官たちが見つめる、長方形のテーブルの先端の座席に、カルーザが立っている。彼が言うと、誰もが溜息をついた。
「そう、落胆するな。この仕事が終われば、これからは今までより楽になる」
その言葉に、少なくとも何人かの目つきが変わった。カルーザの口ぶりに今までの会議とは違う何かを感じ取ったようだ。
「先日、このムーア・ステーションに入港したノーマッド船、船体番号二○一一三四七、大型巡洋船アクトウェイが、ここから約二十光分の位置にあるM233宙域で海賊船団と戦闘状態に入り、遂先程、私宛に救援要請が入った。これについて諸君らの意見を聞きたい。ずばり、救援に行くべきか、行かないべきか」
自体の緊急性に気づいた艦長たちは、途端に身を乗り出すように姿勢を正した。今までの実の無い会議ばかりの勤務から、突如として危険を伴う戦闘へと転がり落ちそうな事態を目の前にして、誰もが興奮しているようだ。
「隊長、よろしいですか」
手を上げたのは、ベール級駆逐艦アケドニア艦長、オストレイ少佐が立ち上がった。カルーザは無言で頷く。
「この件について、隊長の意見をお聞きしたいのですが」
カルーザは、一度頭の中で整理してから答える。
「そうだな……私は……行くべきだと思う。つい先日まであの船を疑い、色々な情報で益々あの船が怪しいことは確かだが、私がリガル艦長と話した印象では、恐らくこれは本物の救援要請だ。彼が海賊だということはありえない」
珍しく感情的に喋る自分たちの指揮官を見て、警備部隊の若い艦長たちは目を丸くした。くさいことを言ったかな、とカルーザが頬を掻いていると、艦長たちが次々と起立し、敬礼した。
驚きで目を丸くしているカルーザに、艦長の一人がにやりと笑って言った。
「行きましょう、艦長。レイズ星間連合宇宙軍の仕事は、市民を守ることです」
「そして、その命を救うことである、か」
久しく忘れていた、士官学校の教科書の最初のページに載っている言葉を思い出し、カルーザは少しの間、感慨に浸った。
答礼し、命令を下す。
「本日、○二○○に出港する。フリゲートはここに残れ。何かあったら、すぐに通信を飛ばして知らせるんだ」
「了解!」
艦長たちが一斉に答えると、カルーザも、自分の乗艦へと足早に移動していった。
・アリオス暦一三二年 五月二一日 大型巡洋船アクトウェイ
ムーア・ステーションへと帰還する為の航路は、今までに通ってきたどんな航路よりも恐ろしく見えた。どこまでも黒く続いている宇宙空間は、まるで人類の作ったもの全てを飲み込まんとするかのように広がっている。事実、この宇宙空間に人類の遺産がいくつ飲み込まれてきたかもわからない。
そんな宇宙空間でも飛び切り危険な宙域を、アクトウェイは通過しようとしていた。
大きな船体が太陽の光を反射せずに、吸収する特殊なコーティングの施された船特有の陰を浮かび上がらせながら、デブリ滞の外、通常航路を進んでいた。
なるべく、通信障害やレーダー能力低下の大きな宙域を避けて通っているのは、勿論敵の裏をかくためだ。海賊船団が潜んでいる可能性が多いにあるこの状況で、あのようなデブリ宙域を通るのは自殺行為に近い。物陰が多くて、敵が何処から解らないよりも、例え数千隻の大艦隊でも、接近してくるのが見えたほうが対処の仕方もあるというものだ。
しかし、だからといって安心などできよう筈もない。クルー達は、リガルからこの推測の説明を受けて、ただ無言で頷くだけであった。敵の海賊船団は、アキの推測によれば一〇〇隻ないし一二〇隻で、これまでにアクトウェイが三六隻沈めたので、最低でも残っている船は六四隻ということになる。
ただ、そこには数のトリックがあるのを、全員が承知していた。このことを、航路局にアクセスして、ムーア・ステーション周辺の海賊被害情報から割り出したアキの説明によれば、まだ駆逐艦クラスの船が確認されていないとの事だった。
アキが言うには、ここ最近で目撃された駆逐艦クラスの船は、そのどれもがバルハザール宇宙軍のゲル級を改良したモデルで、全部で一〇隻は確認されているという。内紛以前のバルハザールの宇宙軍の標準駆逐艦でもあった船だ。元々はルガート造船財閥の提供した船の一つで、戦闘力は少し劣るが、その耐久性と信頼性で知られる船だ。多くがノーマッドにも流通しており、内戦で疲弊していたバルハザールはこれを多く売り払うことで経済を立て直そうとしたらしい。
話を戻すと、つまりアクトウェイは宇宙軍の半個戦隊に相当する戦力と、その他六〇隻を超える海賊船を、最悪の場合は一隻で相手にしなければならないということだ。
「状況は最悪だな」
小声で、誰にも聞こえないように呟く。出来るだけ早くこの事態を推測し、カルーザへとメールを送ったが、返事は来ない。それも当然だろう。このメールは余りにも疑わしいし、普通の神経を持つ指揮官ならば助けになど来ない。リガルならば、民間船の一隻くらいは平気で見捨てるだろう。
だが、相手の指揮官は信頼できる。リガルは、何の根拠も無くそう確信していた。あの金髪の若手士官は、歳が近いというだけではない。なんというか、昔からずっと一緒の船に乗って戦っているような、そんな感覚が少なからずあった。とにかく、今できることは全てやったし、何よりもリガルはこの船のクルーと、アキを信頼しているそれ以外に武器は無いし、それ以上の武器も無かった。
それに、敵が組織を挙げてアクトウェイを消しに来る根拠も無い。なんだか、事態は思ったより良いのではないか、とさえ思えてくる。
改めて、コンソールから目を離して艦橋の半球形ディスプレイに投影されている宇宙空間を見つめる。正面を見て、そのまま視線を左に流していくと、右側よりも星が多いことに気が付く。まるで壁のように広がる星の集団は、リガルが前回の海賊船団の襲撃の際に逃げ込んだデブリ滞だ。あそこから抜け出してから、クルーの笑顔は消えている。
「どうしたもんかねぇ……」
背もたれに体を預けて、天井に映る星に目をやる。様々な、胸中に渦を巻く不安を、心の中で星たちにぶつけてみるが、勿論誰からも返事は来ない。無機質な光の群れは、ただ静かに見つめ返すだけだ。
だが、その中で一つ、奇妙な動きをする星があった。目を細めて、それをよく見つめる。やがて、ゆらゆらと奇妙な動きをする星は、ひとつ、またひとつと増えていく。
その時、リガルは反射的の声を上げていた。
「セシル、天頂方向をスペクトル分析!」
反射的に、セシルは指をせわしなく動かせた。素晴らしいキーボードタッチの後、セシルは大声で知らせる。
「船長、天頂方向に海賊船団!数、およそ三〇!」
「ジュリー、第一戦闘速度へ加速!」
してやられた。アクトウェイは人工物の発する量子反応レーダーで索敵していたが、海賊船団はその一枚上手をいっていた。高速状態で慣性航行に入り、極力プラズマ反動エンジンの反応を出さずに移動していたのだ。
「イーライ、天頂方向へ発射できる武装は?」
イーライが鋭い視線を、目の前に浮かぶ三つの三次元ディスプレイに走らせる。
「ミサイルのみ!対空レールガンも駄目です!」
「よし、三分に二発の割合で船団へ向けて発射!プログラミングは任せる。フィリップ、機関は?」
「万事順調!」
「よし、進路そのまま。このままムーア・ステーションまでいくぞ」
アクトウェイの横にあるハッチが開く。二発のミサイルが、左右から一発ずつ発射されると、直後に向きを変えながら凄まじい速度で海賊船団へと突進していく。
イーライのミサイルに組み込んだプログラムは複雑だった。彼がこの航海中に暇つぶしに組んでいたプログラムは、即座に作成されたはずのプログラムを遥かに上回っている。ミサイルは直進し、アクトウェイから超光速で放たれる量子レーダーのデータを元に、敵からの迎撃弾を見つけて、それを避けるように動きを変える。一件単純なことだが、これは発射した船とミサイルの中に搭載されているコンピューターの相性も関わってくる、極めて困難なプログラミングである。
それは見事に目論見を達成し、ミサイルは複数の迎撃のために発射されたレールガンの雨を避け始める。だが、それでも事態は思う通りにはいかない。一発は撃ち落されると、イーライは舌打ちした。だが、残りの一発は見事に命中して大きな爆発が起こると、彼は一瞬だけ、会心の笑みを浮かべた。
「敵船団、発砲!」
「PSA装甲は全面に展開しておけ!」
海賊船の粗末な荷電粒子ビームの雨が降り注ぐ中を、アクトウェイは進んでいく。加速し始めたばかりなので、最初から高速状態だった海賊船団からは余り距離を離せていない。後素フンも擦れば、速度が上がって距離を離し始めるだろうが、それを考慮しても、後十分は戦闘を行わなければならないだろう。
荷電粒子ビームの一発が、アクトウェイの左舷側シールドに当たり、進行方向を逸らされる形で通過していった。軍用艦船に使用される艦砲の中でも、最底辺の威力しか持たない荷電粒子ビーム砲は、至近距離で無い限りアクトウェイには有効打を与えられない。たかが数千度のプラズマの塊でしかないビームは、大型軍用艦の純粋な破壊のエネルギーの塊であるエネルギービーム砲には足元にも及ばない。
だが、それでも一歩間違えば大きな傷を負わせられるくらいの威力がある。数発の直撃を受けたアクトウェイは、大きな慣性補正装置の唸りと共に衝撃を吸収した。吸収しきれなかった分の衝撃が艦を揺さぶるが、それも僅かである。
逃げ切れるか―――。誰もが思ったときである。
「十一時方向、新たに敵船団出現!数、四〇!うち一〇隻は駆逐艦クラスです!」
「来たか」
人知れず、リガルは深呼吸する。駆逐艦クラスの船は、やはり今までの海賊のように統率の取れた陣形だった。円形のコイン状に広がった駆逐艦を護衛するように、数隻の海賊船が展開している。それらのベクトルがリガルのコンソールに表示されると、それはもう悪夢としか思えなかった。
「奴らの軌道ベクトルが見事にこの船の針路と一致しているな」
セシルが頷く。
「はい。このままだと三分後に接敵します」
「悪い冗談だ。イーライ、デコイ準備。十一時方向の敵船団が射程範囲内に入ったら、使用できる全ての武装を持って迎撃しろ。出し惜しみはするなよ」
「了解です、船長。ジュリー、手伝ってくれ」
「あいよ」
イーライが待ってましたといわんばかりに、手塩にかけて作ったプログラムをFCSに準備させ始めると、新たな敵の出現で一瞬動揺したクルー達は、なんとか気を落ち着けて目の前の仕事に集中し始めた。目の前に迫りつつある海賊船団は今までに見たことが無いほど組織的で、とてもじゃないがならず者の集団には見えない。まるでどこかの軍隊のように高度な陣形を組んでいる敵を見て、リガルは気分が悪くなった。アキの推測はほぼ的中し、すさまじい数の海賊船がアクトウェイ一隻を追いかけている。この急加速状態で急激に進路を変更したとしても、すぐに修正して追いかけてくるだろう。
ここは火力を最大限つぎ込んで突破するしかない。幸い、後方からの砲撃は緩んでいる。恐らくは目の前に大きな見方が出現したのを見て、少し気を緩めているのかもしれない。
「接敵まで三十秒」
セシルが言うと、にわかに緊張感がみなぎる。リガルはつまらない希望にすがっていた自分を叱咤し、目の前の表示を見つめる。膨大な情報が三つのホログラフに分けられて、止まることなくスクロールされていく文字の羅列に目を通す。何一つ見落とすことなく、リガルの脳内に情報がそのまま流れ込んでくる。
「敵船団、射程内!砲撃開始!」
イーライが叫ぶと、アクトウェイの船体が傾いた。ジュリーがプラズマ反動エンジンの出力を切り、慣性航行状態に入ったアクトウェイを巧みな軌道修正で向きだけを傾けたのだ。そして、絶妙なタイミングでイーライがエネルギービームを発射する。
十二本の、先ほどの海賊船団の荷電粒子ビームとは比べ物にならないくらい強烈な破壊の槍が吐き出されると、その半数が海賊船に命中した。同時に、敵船団からも猛烈な攻撃が加えられる。アクトウェイの船体各所に搭載されている対空レールガンが全力で攻撃を開始し、ミサイルポッドがひっきりなしにミサイルを吐き出した。敵船団は合計七〇隻ほどの兵装をフル稼働しているが、アクトウェイはたった一隻で、互角かそれ以上の火力を発揮していた。見ている間にも次々と火球が炸裂し、アキが続々と中央コンピューターから報告を続けている。
イーライの砲撃は正確で、それでいて容赦が無かった。一二門の砲塔を、四門ずつ順番に発射し、その度に数隻を撃沈していく。ミサイルは、果敢に敵の迎撃対空レールガンを掻い潜りながら、エネルギービームの軌道から外れた敵海賊船を逃すことなく撃沈していく。
同時に、駆逐艦クラスの船が多数の低出力エネルギービームを発砲してきた。複数の青白い槍がアクトウェイに突き刺さるが、フィリップはプラズマ反動エンジンに回っていた分のエネルギーを全てPSA装甲に回し、一〇隻の駆逐艦クラスの艦砲を何とか防いだ。同時に、装甲の形状を薄く広げ、ビームの入射角が鋭角になるように調整し、なるべく持ちこたえるようにしている。
「敵船団、ミサイル発射!」
「デコイ射出!イーライ、レールガンを全てミサイル迎撃に回せ!」
アクトウェイを中心に、放射状に複数のデコイが射出される。必要以上に自分の存在を誇示するそれらに、数十隻ぶんのミサイルの大半がそらされ、アクトウェイの周囲をプラズマ爆発が彩った。だが、それでもアクトウェイを狙うミサイルがいくつか向かってくる。
こおで、アキの本領が発揮された。生態モデルとして、艦橋の状況を常に把握できていた彼女は、数十箇所に散らばる対空レールガンの全てを操作してミサイルに狙いを点けると、様々なミサイルの回避パターンをコンマ数秒も掛からずに計算し、それに合わせて発射する。
秒速数十キロで発射された実弾は、かなり広い範囲にばら撒かれると、それぞれが計算された防衛網を作り出し、ミサイルは次々と撃墜されていった。
数分間、アクトウェイは海賊船団と撃ちあう。やがて、十一時方向から接近してきていた敵船団が減速し、通過射撃の体制を整えると同時に後方の海賊船団が加速した。明らかにタイミングのずれた加速を、リガルは見逃さなかった。
敵の挟撃がタイミングをずらした二連撃となったお陰で、アクトウェイは生き残ることが出来るだろう。
「ジュリー、進路修正。敵の陣形の、向かって右側に向かって突進だ。イーライ、主砲発射用意。進路修正と同時に、行き先を阻む全ての障害を排除しろ」
アクトウェイが重々しく進路を変え始める。船体各所のスラスターが尾を引き、迫ってくる敵コイン型陣形の、正対して右側にいる駆逐艦目掛けて突っ込み始める。その際に、一二門の砲塔が全て発砲し、駆逐艦のPSA装甲を突き破った。
白い閃光が走り、巨大な火球が発生する。膨大な原子と船の残骸で出来た小さなデブリ滞の中央を、アクトウェイは秒速数万キロで突っ切った。
「敵、突破!」
セシルが言う。アクトウェイは、斜め方向から接近してきた敵の海賊船団と砲火を交えつつ突撃し、その一角を突き抜けることで、減速せずにムーア・ステーションへと向かう最短経路を選択することが出来たのである。
といっても、ここからステーションまではまだしばらく掛かる。その間に、この海賊船団を始末できるかどうかはわからないが、陣形を組んでいるほうの船団の数は大きく減っていた。アクトウェイのPSA装甲も四〇パーセント近く削られたが、四〇隻確認できていた船は、最早一二隻しか残っていない。後方から追いかけてくる海賊船も、始めの三〇隻から大きく減り、十八隻を残すのみである。
だが、問題の駆逐艦クラスの船は、一〇隻のうち三隻までは撃沈したものの、未だに生き残っている。
さらに問題がある。後方船団への牽制と、大型船団への連続攻撃で、アクトウェイのミサイルは底を尽きかけている。残弾数は三〇パーセント程度で、一斉射撃をしようものなら、瞬く間に打ちつくしてしまうだろう。
だが、いける。この具合ならば、カルーザの援軍を待たなくとも―――
「船長!二時方向より敵船団出現、数三〇!」
セシルの声が、リガルの淡い希望を打ち砕いた。視線をコンソールに戻すと、アキが船外カメラで捕らえた敵船団の映像が拡大投影される。
短い舌打ち。
「畜生、まだくるのか!」
フィリップが愚痴る。
「だが、これ以上は無いだろう。全速で駆け抜けろ!」
その時、新たな警報が鳴り響く。リガルは鋭い視線をセシルに投げた。
「今度は何だ?」
「はい。未確認船団です。あ、いや……これは―――」
言葉に詰まるセシルを見て、艦橋が沈黙する。セシルは飛び切りの笑顔で、リガルを振り返った。
「警備部隊です、船長!ステーションの警備部隊が―――」
その時、宇宙空間を閃光が切り裂いた。丁度、アクトウェイの正面から現れた重巡洋艦一隻と、駆逐艦五隻からなる警備部隊は、新たに出現した敵船団の右舷側から猛烈な砲火を浴びせた。レイズ星間連合宇宙軍の誇る高精度FCSが、正確無比な射撃で敵を瞬く間に一掃していく。
海賊船団が慣性航行に移り、アクトウェイの方向に流れながら方向転換して艦首を警備部隊に向けて応戦し始める。だが、軍用船は海賊船にやられるほど柔ではない。複数のミサイルが次から次へと海賊船を撃沈すると、警備部隊は二手に分かれた。駆逐艦二隻が、既に満身創痍となっている、アクトウェイから見て二時方向の船団を攻撃し続け、残りの四隻は真っ直ぐにアクトウェイにランデブーする航路を取った。
「来てくれたか」
「船長、警備部隊より通信です」
セシルの言葉に頷き、コンソールのボタンをたたく。即座に、カルーザの疲れた顔が卓上ホログラフに投影された。
「リガル船長、無事か?遅れてすまない」
その言葉を聴いて、思わずリガルは満面の笑みを浮かべた。
「我々は大丈夫です、中佐。ただ、ミサイルの残弾が少ない。先ほど接敵した敵船団も戻ってくるようですし、ここは―――」
「ああ、我々に任せてくれ。大丈夫、奴らを倒すだけの武器はあるさ」
そういい残して通信を切ると、カルーザはアクトウェイにとって欲しい進路を転送してか。それをジュリーの左右に浮かぶホログラフの指示列に加えると、リガルはそのまま、アクトウェイの隣の警備部隊が猛スピードで反対側へ通過していくのを見守った。
アクトウェイと入れ替わりに海賊船団に相対すると、カルーザは重巡洋艦に搭載された管制AIに作戦立案を打診した。彼が所定の条件を打ち込んで少し待つと、AIが立案した作戦が送られてくる。それを参考にして指示文を作ると、それを三隻の駆逐艦に送信した。同時に、カルーザは各艦長との通信回線を開く。
会議室で見たとおりの顔がホログラフで五つ表示され、カルーザは揃うと同時に始めた。
「指示を伝える。ベルム少佐とカイン少佐は、その場に残って海賊船団を撃滅しろ。くれぐれもアクトウェイを攻撃されることのないようにな。他の艦は、私の船の攻撃にあわせろ。確実に、全て葬ってやる。何か質問は?」
「ありません、中佐」
声をそろえて各艦長が言うと、カルーザは一度だけ愛想を崩して笑いかけた。
「皆、ここでケリをつけよう。残業は俺の趣味に合わん」
笑みを残して消えた艦長たちの映像を脳裏に刻みながら、カルーザはクルーに命令した。
「各艦の砲雷長と連携を取れ!それぞれの船の目標が被らないように、通過する全ての海賊船を撃沈しろ!砲撃開始!」
再び宇宙空間を光の槍が切り裂く。同時に、それぞれが同じ目標を攻撃することの内容に慎重に狙いを付けられたミサイルが続々と発射された。雨のように降り注いだ破壊のエネルギーは、まるで箒で払うかのように海賊船を蹴散らしていく。アクトウェイを追撃していた海賊船団はあっという間に壊滅し、警備部隊とすれ違った時には残骸のみとなっていた。そのまま、警備部隊はアクトウェイを攻撃しようと反転する海賊船団に狙いを定める。
これには、まだ駆逐艦クラスの船が何隻か残っている。今度は、通信でそれを重点的に叩く様に命令を伝達する。
反転しようとしている海賊船団は、減速しながら弧を描いて、アクトウェイの五時方向から食らいつくように移動している。その反転も半ば終わりかけており、その進路に覆いかぶさるように警備部隊は加速していた。恐らく、時間的に一度しか通過射撃は出来ないだろう。それで駆逐艦クラスの船を撃沈できるのかどうかわからなかったが、とにかくやれるだけのことはやらなければならなかった。ここにきて、アクトウェイは確実に白だ。彼らを一度でも疑った自分を恥じて、彼らを助けたい。
警備部隊の二隻の駆逐艦は、既に敵海賊船団を撃滅し、アクトウェイに追随して護衛する動きを見せていた。カルーザたちが海賊を仕留めそこない、それがアクトウェイへ迫った時の為の護衛だ。
だが、とカルーザは思う。
奴らをアクトウェイに一隻でも向かわせる気は、まったく無い。
「接敵まで三〇秒」
管制官が告げる。カルーザは拳を握り締めて、ホログラフに投影されているか海賊船団を凝視した。
敵を示す赤いアイコンから伸びるラインが、警備部隊を示す青いアイコンから伸びるラインと交錯している。その隣に、カウントダウンが表示されていた。刻一刻と表示を減らしていくそれを見つめながら、カルーザは待った。
やがて、点と点が交錯する。瞬間、世界が爆発した。
まず、警備部隊の船がミサイルと主砲を発射した。多数のミサイルとその間を貫くように伸びたビームが駆逐艦に直撃する。PSA装甲が光を散らし、膨大なエネルギーを吸収する。が、重巡洋艦の主砲が命中すると、難なくシールドは飽和し、ビームが船体を貫通した。空気と残骸を噴出しながら、駆逐艦クラスの船はしばらく宇宙空間を漂い、爆発する。他の海賊船はほとんどが対空レールガンとミサイルの猛攻を受けて撃沈された。この通貨射撃で生き残った敵の船は、海賊船二隻と、大破した駆逐艦一隻のみである。
だが、警備部隊も少なからず攻撃を受けていた。中でも、重巡洋艦の隣にいた駆逐艦の一隻が、複数の海賊船と駆逐艦から猛攻撃を受けて、船体の右舷側にシールドを突破したビームを掠らせた。激震が艦を襲うが、船自体は何とも無さそうだ。
他には、駆逐艦がそれぞれ小破し、重巡洋艦はシールドに何発か直撃を受けたものの、全て耐え忍んでいた。生き残った海賊船二隻は進路を変更し、どこか別の宙域を目指して飛び去っていく。大破した駆逐艦は、しばらく慣性のみで動いていたものの、やがてパワーコアがオーバーロードして爆発した。
「見事だ、諸君。賞賛に値する」
結果を見たカルーザが通信でそう告げると、艦橋は歓声に包まれた。これで何隻の船を撃沈したかはわからないが、この宙域の海賊を一掃したのは事実だ。みな、これまでの長かった海賊行為に対する不安を爆発させ、勇敢に戦った。
そして、あの黒い船も。
「通信をせねばなるまい」
にやりと笑って、カルーザはボタンを叩く。程無くして、大型巡洋船アクトウェイ艦長、リガルが顔を出した。ひどく疲れた顔をしているが、幸いアクトウェイは何とも無いようだ。
リガルは一礼する。
「有難う、カルーザ。正直、来てくれるとは思わなかった」
もう一度、カルーザはにやりと笑った。リガルは、軍人に対してのこの言葉遣いにまだ慣れていないらしいが、今回ばかりはこれが癒しだ。
「何、これが宇宙軍の仕事だ、艦長。それと、礼を言うのはこちらのほうだ。君たちのお陰で海賊たちを討伐することが出来た。ああ、それと、色々話しもあるし君たちも休みたいだろうから、明日の昼に私のオフィスに来てくれ」
「了解。ああ、カルーザ」
通信を切ろうとした手を止めてリガルが言うと、カルーザも動きを止めて彼を見つめた。
「なんだ?」
リガルは居住まいを正す。真剣な表情で、カルーザを見つめた。
「一つだけ。今回はアクトウェイと、私のクルーを守ってくださり、感謝しております。貴方方の部隊は実に勇敢に戦われました」
少し驚いて、カルーザは眼を丸くしていたが、すぐに背筋を伸ばし、画面に向かって敬礼した。
「こちらこそ。リガル船長、貴方たちは非常に優秀だ。今回、貴方たちと共に戦えてよかった」
「恐縮です、中佐。アクトウェイより、以上」
最後に一言を残して、黒い航宙服を着た船長は映像から消え去った。




