一三三年 一月二日~ ②
・アリオス歴一三三年 一月二日 オオシマ星系 ジェイス
ジェイスは、これまでの生涯で、一度も人間という存在を無視したことがなかった。
通りすがる人々。旧銀河帝国に仕えていた軍人たち。今もこの銀河で、戦乱に慄きながら暮らしている市民。それらすべての人間が、ただ人であるという一事だけで愛するにたるものであると、誰よりも彼が信じ切っている。
だが、奇妙なことに、これに関して人類自身が、信憑性に疑念を抱く。
どんな理想も、信じることから始まる。理想が現実になり得ないとすれば、それは誰かが、理想を信じ切れなかったからである。理想から目を背けた先には、現実しかない。そして現実とは、常に大多数の人間が抱く幻想だ。
だからこそ、この戦いを仕掛けた。大多数の人間を現実から引き離し、理想へと近づける。そうすれば叶えられぬものなど、宇宙にはひとつとして無い、と。
この口上を宇宙に発信する前に、まだ満たすべき条件が残っている。それはバレンティア機動艦隊の戦力軽減だ。あの頭が”いかれてる”ほどの武力を誇るバレンティア航宙軍を弱らせるには、それが一番早いし、確実だ。現代において、陸軍も海軍も、それを搬入する航宙軍の支援を受けなければ活動はできない。惑星と惑星の間には、数百光年の真空が広がっているからだ。
青白い、光の柱が無数に咲き乱れる。PSA装甲を最適角度に調整し、自ら座上する旗艦を戦列のさらに奥へと進ませながら、ジェイスはその明晰な頭脳で、徐々に押し広がっていく第五機動艦隊の陣形を観察した。
(デュランダーナのみでは陣形の保持が辛いな。これが単艦隊で戦う孤独というやつか)
第五機動艦隊は、指揮系統をクライス・ハルト中将からシュトゥーマ・ライオット少将を経て、順次、下の方向へと下らせている。その過程には節目となる戦術指揮官が大勢いて、彼らへ命令を伝達することで、数万人の人員と数百隻の艦艇を有する大艦隊を統率している。たった一人、艦隊指揮官であるクライス・ハルトの命令に忠実に艦隊を動かすため、大勢の人間による複雑なシステムを構成しているのだ。
旧銀河帝国軍艦艇も同様の指揮系統を保持しているが、いささか、第五機動艦隊とは事情が異なる。
百年前のオリオン腕大戦から、連綿と受け継がれ、バレンティア情報軍でさえ存在を知らないであろう彼らの本拠地。そこで戦力を秘匿し続けた銀河帝国軍は、艦艇のほとんどを自動化し、最小限の人数で戦闘行為を続行している。六人の人間と一基の人工知能で、千二百メートルに迫る巨艦を操っているアクトウェイと同じ構成といえるだろう。人間の指示を忠実に実行し、船のメンテナンスや操作を行うのは、必ずしも人力で行う必要はない。むしろ効率的なくらいだ。
そうした自律システムの基礎は、ジェイスがもたらしたものである。リンドベルクを仲介して、停滞していた旧銀河帝国軍残党と接触し、息を吹き返させたのは、厳密に言えば彼の手腕ではない。何しろ、彼らはもとより準備をしていたのだから。
今、ジェイスの操る艦隊、旗艦デュランダーナの右舷側に浮いていた護衛艦の一隻が爆散した。巨大なパワーコアの断末魔めいた光が、青白い肌と白い髪を照らす。黄色がかったブラウンの瞳が歪み、その口元が笑みを形作った。
陣形を伸ばし、上下左右から砲撃を加えてくる第五機動艦隊の中心部に、否が応でも目に入る巨大な艦影。戦闘母艦アーレだ。葉巻型の、少し角ばった艦影は三千メートルを超える。無数の戦闘艇を収容し、たった一隻ですべての役割を担う事さえできる化け物。
だが、デュランダーナは、シナノ演習宙域でアクトウェイから機雷の直撃という大打撃を被りつつも、艦橋部は無傷。ジェイス自身は激震の中も、座席に身を固定していたために無事だった。
ほとんど反射神経で、PSA装甲を三重に張り巡らせたのが功を奏した。機雷の直撃点から船体を保護するに十分な面積を確保すれば、全体を覆う必要は無い。あの状況でなら、その瞬間にだけ膨大なエネルギーの壁を局所的に集中すれば、それでよかったのだ。
それでも重大な損傷を負ったが、他の艦船の無人ドロイドまでを用いた大規模修復で、何とか外殻は元通り。あとは内装を、この戦闘中にまでも修復しているところである。
(ハルト提督、君を見くびるのは間違いだ。それは先ほどに痛いほどわかっている)
白い艦隊が、徐々に円錐形となっていく。先端部付近の特に重装備の部隊、その中心部にデュランダーナを据える。一分の乱れも無い、巨大な弾丸。これが動きだし、徐々に前進し始めるにつれて、第五機動艦隊はより薄く、広くなっていく。攻撃は多角化し、百分の一秒単位で判断を変える中枢システムが最適なPSA装甲の角度と出力を算出、敵艦隊の砲撃を防ぐ。
この円錐陣形は巨大な槌。勢いに乗れば、何物にも止められない。強固な船と陣形が、第五機動艦隊の薄くなった中央、戦闘母艦アーレへと迫る。
ほとんど、敵艦隊が目と鼻の先に近づいた時点で、ジェイスはプラズマ弾頭ミサイルを斉射した。垂直発射方式(VLS)のミサイルは母艦から一定の距離を置いて向きを変え、ロケットブースターの尾を引きながら大加速。凄まじい速度で第五機動艦隊の各艦へと向かう。
だが、彼らも迎撃のミサイルを放ち、さらには猛烈な対空レールガンによる対空砲火が放たれる。流れ弾を防ぐために、ジェイスは余計なPSA装甲を各艦に展開させねばならなかった。小型の対空砲弾とはいえ、地上とは比べ物にならない運動エネルギーを保持したまま衝突する。無傷では済まない。
虚空にプラズマの花が咲き乱れる。七色に彩られた宇宙空間に見とれつつも、頭脳は確実に敵艦隊の次の行動を予測し続ける。
白い艦隊がさらに加速をする。同時に、第五機動艦隊は飛びのくように後退した。最大負荷を微かに超える程の加速度をその身に受けながら、クライス・ハルトは叫ぶ。
「なぜ、我が艦隊の後退がわかったんだ!?」
参謀が居並ぶ中から、彼にほど近い席に座るライオットが舌打ちを漏らした。
「わかりません。とにかく、尋常ならざる速度だ」
「見え透いた罠は、仕掛けた側を飲み込むものだ」
白い男は、せせら笑いながら、両手を閉じる様に狭まってきた第五機動艦隊両翼部の射線上からすり抜けていく。挟撃を受ける筈だった白い艦隊は、少数となった両翼をつなぐ中心部の第五機動艦隊、戦闘母艦アーレとその護衛部隊を目指して進む。
裏の裏をかかれたと気付いた両翼部隊は、恐ろしい速度で加速を開始、白い艦隊の後背を攻撃する。
ジェイスは構わずにアーレの追撃を続ける。所詮、無人艦である。人命に比べればいささかも切り捨てることに抵抗は覚えない。
ところが、彼の目の端に気になる情報が流れた。視界の端に見えていたホログラフを手で掴み、その動作を感じ取った艦橋情報統合システムが、表示を彼の目の前まで持ってくる。
第六機動艦隊が劣勢だ。クライス・ハルトの差し向けた二つの小艦隊は、完璧な挟み撃ちを成功させていた。数で二倍と、兵力に勝る敵を相手にありったけの弾薬を撃ち込んでの攻撃戦法。少しでも早く敵を減らし、これを撃滅するしか手は無い。戦術的には正しい判断だが、恐らくはあの分艦隊の指揮官たち、彼らは艦隊司令官の支援に駆けつけることで頭が一杯なのだろう。幸いにも、目の前しか見えない猪突猛進的な意識の先走りは有効に働き、既に第六機動艦隊には、オオシマ星系会戦の勃発から百隻以上の損失を出している。
既に撤退の時だ。だが、第六機動艦隊を犠牲に第五機動艦隊、最も厄介であろうクライス・ハルトという男を始末できるのなら、これは釣りがくる計算なのではないか。
そう。機動艦隊は、何も敵だけではない。味方にもいる。これらすべてを撃滅することが、理想的といえば理想的だ。
彼は決断する。より大きく加速しつつ、さらなる砲撃をアーレへ向けて放つ。
互いに三千メートルを超える巨艦。兵力の劣勢こそあれど、白い艦隊は後方から指揮官を守らんと奮闘する敵艦から、猛烈な砲火を浴びている。それに、クライス・ハルトは部下にも恵まれているようだ。アーレは巧みに味方の射線を避けつつ、ジェイスを挟んで自分達めがけて砲撃する味方へと精度向上のための偏差情報までをも送信しているらしい。後方から伸びる火線が、遂にジェイスのデュランダーナをも捉えかけた。
「こいつはたまらん。うむ、まだ死んでは惜しいのでな」
ジェイスは艦隊を散開させる。この時点で残っている船は一八〇隻ほど。身動きの取れない船はそのままの軌道を進ませ、パワーコアをオフラインに。砲撃も停止して、完全に沈黙したと見せかける。さらに離脱する船から機雷を射出、散り散りになりつつも最後にプラズマ弾頭ミサイルの一斉射を置き土産に。
五〇隻足らずの、アーレとその護衛部隊には、二〇〇隻弱の艦艇から放たれるプラズマ弾頭ミサイルを迎撃する、この一事だけで相当な負荷となったようだ。イージス艦は一隻同行していたが、アーレが直接的に防空システムを操作、五重に対空レールガンの弾幕を張る。どうやらイージス艦は通信設備の損傷のようだ。彼らがミサイルに気を取られて迎撃に手間を取られている内に白い艦隊は全方位から離脱。宙域近郊にてランデブーをする軌道をとると、後方から猛追してきた二百隻弱の第五機動艦隊本隊がアーレとの合流を果たそうとするが、つい先ほどまで間にいたジェイスの置き土産、機雷の存在を察知して陣形を大きく乱す。
そうした混乱に乗じて、ジェイスが戦力をようやく再結集させた時、デュランダーナの超光速レーダーが、オオシマ星系にワープアウトしてきた艦隊を捉える。
白い艦隊。彼が指揮する船と同じものだ。それを確認するや否や、通信が飛び込んで来た。
「ジェイス、無事ですか」
リンドベルクだった。彼女は短いブロンドを片手で撫でつけ、ホログラフの四角いワイプの中から彼を見つめる。
ジェイスは大笑いしながら答えた。
「何も問題は無いさ! しかし、そうだな。強いて言えば、サラーフ提督が窮地だ。見ての通り、見事な挟撃に晒されている。間に合いそうもない」
「私の位置からは、貴艦隊と合流するのに二時間、第六機動艦隊とも、最速で同じほどはかかります。いかがいたしますか」
「ともかく、こちらへ向かってくれ。さしあたって私の艦隊との合流を優先だ。こちらはこちらでなんとかする」
「了解いたしました」リンドベルクは頷き、「幸運を、ジェイス」
男は小首を傾げると、不思議そうに言った。
「こういう時は、『君も』とかなんとか、言った方がいいのか?」
リンドベルクは微笑んだ。その鉄面皮には相応しくないほど、暖かな温度を伴って。
「あなたは、もう少し人間社会について学ぶべきですね。この戦いが終わったら、お話しして差し上げましょうか?」
「頼むよ。無知な司令官の教育は部下の務めだ」
通信を切り、ジェイスは即座に第六機動艦隊への救援に向かったが、遅かった。
ムハンマド・アブ・サラーフの元へ到着したのは、第五機動艦隊の本隊。クライス・ハルトのほうが素早かった。彼は先行して第六機動艦隊を包囲していた二艦隊と合流せず、新たな方向から激烈な砲火を叩き込む。
その勢いは、仲間の裏切りという汚名を、せめて自らの砲火で払拭せんとの意気込みだっただろうか。ジェイスが見ているその光景は、中心の光の群れへ向け、純粋なエネルギーの塊が三方から突き刺さる、凄惨なものだ。美しいが、その内部では想像を絶する速度で人命が失われ、第六機動艦隊は既に息も絶え絶えだ。
既に敗北は確定した。第六機動艦隊の残存兵力は二〇〇隻強。第五機動艦隊は全艦が揃っている。これを覆すには、自分の白い艦隊を投入するしかないであろうが、クライス・ハルトは周到な男だ。彼の指揮する主力部隊の位置は、見事にジェイスの白い艦隊を迎撃するのに最適な位置。少しでも救援に向かる動きを見せれば、再び行動を起こし、進路上へと立ちはだかるだろう。
考えている時間すらも惜しい。こうしている間にも、第六機動艦隊はその数を減らしている。あの光点のひとつひとつが命の灯火だ。
と、通信が入る。鬼気迫る表情のムハンマド・アブ・サラーフがホログラフ上に現れた。必死に身を座席に固定しているところから見ると、彼の座乗艦ですら猛烈な砲火の中に晒されているらしい。
「ジェイス、救援を頼む。我が艦隊だけでこの包囲網を突破するのは無理だ」
ジェイスは、わざとらしく大げさな素振りで肩を竦めて見せた。途端に、サラーフの浅黒い肌が、ほとんど花崗岩の様にどす黒くなる。
「サラーフ提督、残念だが、クライス・ハルトが罠を張っている。我が艦隊も万全ではないし、リンドベルク少将の艦隊がこちらへ向かっている。合流し次第、そちらへ向かう。持ちこたえてくれ」
「無理だ!」悲痛な叫びがジェイスの鼓膜を打った。「既に、我が艦隊は二〇〇隻を切った。残りの船も、どこかしらを損傷している。本艦ですら危ない。このままでは三十分ともたん!」
リンドベルクが合流するまでに、あと二時間弱はかかる。
ジェイスは、サラーフを見切った。
「貴艦隊を救うことに異存はない。だが、このままでは私ですらも返り討ちにされる恐れがある。今すぐに駆けつけることはできないし、貴艦隊は時間までに守り切れないという。ならば死ね。最期に誇りくらいは見せて見せろ。宇宙最強の名が聞いて呆れる」
ホログラフの向こう側で、サラーフが吠える。全身を獣のように前傾させ、誇り高い猛将の面影は微塵も消え失せた。
「この恩知らずが! 我が艦隊が無ければ、そもそもシナノの勝利も無く、この戦争でさえも上々な運びとはならなかったであろうに、冷血漢め!」
「君はひとつ、見当違いをしているよ、サラーフ提督」
白髪の男は、絶対零度の声色で告げた。その瞳の前に、サラーフの口が霧隠のままぱくぱくと動く。
「私は人間ではないから、まあ、冷血という点では性格を表すからいいとしても、漢じゃないのさ。さらばだ、ムハンマド・アブ・サラーフ。勇猛な貴君の雄姿だけ、覚えておこう」
「待て、ジェイス――」
通信を切る。次の瞬間には肘掛についているボタンを叩き、リンドベルクを呼び出す。
「リンドベルク、オオシマ星系での戦いは終わりだ。機動艦隊をひとつ壊滅させ、もうひとつにも痛手を与えた」
「お疲れ様です。この後はいかがいたしますか」
「予定はそのまま、我々はロリアを目指す。囮が機能しているのなら、ランカーの二人もあちらにいる筈だ」
放浪者は大きな障害となる。リッキオ・ディプサドルとジェームズ・エッカート。この二人を排除すれば、この先の道行はかなり明るくなる。計画にも実現の兆しが見えてくる。
リンドベルクは敬礼をすると、そのまま通信を切った。
静寂が彼を包む。白く染め抜かれた艦橋で、散らばる星々の海を眺めながら、彼は独り言ちた。
「小さな星が一つ減り、宇宙に暗闇が差した。リガル、お前が演じるのは何色の星だ?」
彼は瞳を閉じた。もうひとつの宇宙が、彼の前に広がる。
・アリオス歴一三三年 一月四日 大型巡洋船アクトウェイ オオシマ星系
ワセリー・ジャンプを終えて、第一艦隊と第二管区艦隊、そしてアクトウェイとコンプレクターが再び宇宙空間へと姿を現すと、オオシマ星系内を即座にスキャンした艦が軒並み警報を鳴らす。
「白い艦隊を、右舷側、十二光分先に確認。その数、三二〇。第五機動艦隊は、こちらより左舷側三光分先にて停泊」
セシルからの報告を受け、リガルはホログラフにて表示される、宙域の三次元図を睨み付ける。
第六機動艦隊の姿はない。オオシマ星系に第六機動艦隊と並ぶ、帝国軍残党の主力部隊が集結しているとみての強行偵察だったが、見誤ったか。ここに彼らがいないとなれば、他の星系にいるということになる。レイズ星間連合へと続く国境宙域を突破されれば、バルハザールに駐留する第三機動艦隊を迎え撃つ、レイズ本国の特務艦隊が後顧の憂いを背負ったまま、強大な機動艦隊へ立ち向かわなければならない。
だが、その後十分間で、カルーザ・メンフィスからの通信で全てが明らかとなった。
第五機動艦隊は総力を以て、オオシマ星系に停泊していた第六機動艦隊と白い艦隊を相手取り、見事勝利した。精密スキャンの結果、雲のように広がるデブリは第六機動艦隊のものであり、白い艦隊も三〇〇隻強の数を保っている。スティレリ星系からやってきたリンドベルクの艦隊も合流しているらしい。
と、その時。アクトウェイの艦橋でアキが告げた。
「船長。先方より通信です」
「誰だ? リンドベルク?」
「いえ、ジェイスです」
リガルは即座に通信ボタンを叩いた。
船長席の前に一際大きなホログラフが投影された。他にも、各クルーの座席にも同じ画面が浮かび、タイムラグ無しで、ジェイスの青白い顔が映る。
「やあ、リガル。意外に早かったな」
彼の、血の気の引いた笑みの隣に、ひとつのコメントがホップアップされる。
アキからだ。リガルはジェイスから視線を離さずに見やる。
”公開通信です”
「まあ、因縁というやつだろう。今回は負けて残念だったな」
「構わないさ。宇宙をひっくり返して、また整頓しようというんだ。これくらいの犠牲はなくてはな」
「仲間だったのに? そこまでして、宇宙をどうにかしようというのはお節介にも程があるだろう」
「君ほどじゃない。他人のために命まで投げ出す、そのお人好しさ。本当に変わらないな」
「お前など知らないと言っているだろう」
「いい加減に認めろよ、リガル。記憶がないだけだ。知っていることは知っている。だが、まあ、フム。この話は前にもしたな。過去ではなく、未来の話をしよう」
ジェイスは身振り手振りを交えて話し始めた。これを公開通信するということは、リガルの信用を失墜させようという狙いがあるのだろう。
浅はかな狙い。王道ともいえる手法。だが、王道は有効であるからこそ、王道たらしめられている。
多くの人間に、自分へ向けた些細な疑問の種が生まれるであろうことを、リガルは疑わなかった。さながら白と黒。対極に位置する二人の性格は、ここにきて決定的に正反対なものであると同時に、どこか似通ったものであると、誰かに気付かれれば、彼にとっては僥倖であろう。
「これから、私はロリアへ向かう。君達はどうする?」
「どうだろうな。お前の首を切りにいくかもしれん」
「ハハハ。リガル、もう認めてるようなものだ。私にそこまで執着を抱くことがこれの論拠だ。端緒は以前に持っている」
「訂正だ、必ずお前を追いかけるよ。宇宙の果てまで行っても、必ず息の根を止めてやる」
「よせよ、放浪者に憎悪は似合わない」
「ロリアで何をするつもりだ」
「ちょっと、古い帝国を蘇らせようと思ってね」
リガルは、露骨に顔を顰めた。彼は敵ではあっても、阿呆ではない。理路整然とした狂気、それこそが白い彼の本質である筈なのだが、旧銀河帝国を再興させるなど、以ての外だ。その宙域に住まう人々が望んだのならばまだしも、彼らは航宙軍しか保有しない残党部隊でしかないというのに。
「愚考の先には愚行しかないぞ」
「百も承知だ。じゃあな、リガル。君ならロリアまで飛んでくるだろう。先に行って待っている」
何かを言い返そうと口を開いた時、通信が途切れた。




