一三三年 一月二日~ ①
オオシマ星系会戦は、当初はじれったい接近からの始まりとなった。
両艦隊は順調に距離を詰めていく。加速し、減速する。これを繰り返し、暗黙の了解ともいうべきか、接敵する際には適性戦闘速度に落ち着き、戦隊ごとにあらかじめ定められた位置へと移動を完了している。
第五機動艦隊は五〇〇隻。翻って敵艦隊は七〇〇隻。単純に、第六機動艦隊には白い艦隊が増援として加わっており、兵力ではかなりの優位を誇っている。
しかし、怯む道理はない。ハルトは右手を振りかざし、下ろした。
嚆矢は戦闘母艦アーレから放たれる。戦艦のものよりも見るからに太いエネルギービームが虚空を貫き、敵艦隊の先頭に位置している一隻を貫いた。バレンティア規格の重巡洋艦は、それだけで他国の戦艦に匹敵する性能を誇るが、この正確無比な攻撃には抗しきれない。PSA装甲はあっというまに負荷限界を超え、船体のど真ん中に風穴があき、パワーコアのオーバーロードにより爆散する。
この数瞬後には、猛烈なエネルギーの奔流が両艦隊の間隙を満たした。距離はおよそ四五光秒。白い艦隊は第六機動艦隊の下方に控え、主戦場はバレンティア機動艦隊同士の砲撃戦となった。
だが、クライス・ハルトは数的有利を生かした正面戦闘を行う気はさらさらなかった。即座に艦隊に命令を出し、幕僚との会議で作成しておいた指示書の通りに、第五機動艦隊は陣形を変え始める。
円形陣ふたつが、その端を重なり合わせるように横に広がる。これが敵艦隊に肉薄しながら猛烈な砲撃を与え、単純な球形陣で重厚な布陣を敷いていた第六機動艦隊は窮地に陥った。前線で実際に砲火を交える部隊の数は第五機動艦隊のほうが多く、白い艦隊は慌てて、しかし整然と、第六機動艦隊を中心に時計回りに位置を変えながら、砲撃を続行しつつ紡錘陣形をとる。流れる様な艦隊機動は無人ゆえか。左翼方面を包囲、突貫する動きを見せた白い艦隊の行動は第五機動艦隊の反包囲殲滅の意図を挫き、戦線は間延びしていく。
しかしこれこそがクライス・ハルトの狙ったことだった。突如として艦隊右翼から、緻密に計算された、航空母艦とイージス艦、及び戦艦を中心とする臨時の重打撃部隊が前進を始める。
無数の戦闘艇が航空母艦から飛び立っていく。翼の無い空間戦闘機だ。数発の魚雷と荷電粒子砲を装備したこれらの部隊が敵艦隊へ向かって猛進し、やや遅れて迎撃のために進発してきた敵戦闘艇部隊と、熾烈なドッグファイトが展開される。
ここでイージス艦が威力を発揮した。同じ型式である戦闘艇部隊の、混沌とした戦場で敵味方識別装置(IFF)を駆使し、量子通信波を用いた大出力のレーダーで敵の電子妨害措置(ECM)を突破すると、味方艦の間に張り巡らされた戦術データリンクを通して対空兵装の指揮管制を半ば把握、各艦の中枢コンピュータに超光速で迎撃プログラムをダウンロードさせると、複雑に乱れ飛ぶ敵の戦闘艇のみを狙い澄ました猛烈な対空砲火が開始された。
この時、突出した第五機動艦隊の別動隊はカーライン・ビールド准将が指揮を執っている。いち准将の階級にある戦隊長は数少なく、武勲の多い第五機動艦隊の中で昇進を重ねた異例人事だった。
ビールドは指揮卓に両手を叩きつける。
「進め! 裏切り者に鉄槌を、我らには突貫の名誉を! 貴様らが為すべきはなんだ!」
鬨の声が轟く。五〇隻の艦隊が、十倍以上の敵をめがけて撃ちまくり、イージス艦と戦闘艇の援護を受けて、数分後には敵の巨大な陣形、その内部へ十万キロほども入り込んでいた。内側に入り込んだ弾丸めいたこの部隊は、内部から肉を切り裂き、陣形の反対側めがけて突撃を続ける。
この際、混乱の生じた第六艦隊正面を、ハルトは痛打していた。完全なタイミングで放たれたプラズマ弾頭ミサイルは多くが迎撃されたものの、第六艦隊が放ち得るミサイルほども数を減らされはしなかった。前線にある多くの船が傷付き、度重なる第五機動艦隊の波状攻撃に耐えかねたサラーフ中将は全軍後退を下命、自身は退きつつ、温存していた白い艦隊へと援護を要請する。
この時、白い艦隊の指揮を執っていたジェイスが、不敵な笑みと共にその通信画面で彼を嘲った。
「武人の血はいずこへかな、サラーフ提督。これでわかっただろう。天賦の才は、血の濃さだけでは引き寄せられぬと」
「確かに、言うは易しだったな」苦虫をかみつぶした顔で、彼は言葉を返した。「そして行うは難しだ。ジェイス、支援を頼む。目が覚めた気分だ、まさかここまでできる男だったとはな」
「クライス・ハルト中将は見くびるべきではないな。援護に入る。しばし待たれよ」
そして一分も経たぬ内に、白い艦隊は滑らかな加速状態に入っていた。この動きを察知した第五機動艦隊は即座に、左翼方面のコイン型隊形をした部隊の向きを白い艦隊へと修正する。
千門を超えるエネルギービーム砲塔がジェイスの操る白い艦隊へと砲火を放つ。
ここで、第五機動艦隊は思わぬ驚愕の波に晒された。
ジェイスが率いる白い船団は、百年の時をかけて建造した無人船団。有人船と違い、内部スペースの多くをパワーコアや武装の配置場所にあてがうことができる。
つまり、人類宇宙に存在するあらゆる同級艦に比べ、相対的に戦闘能力が極めて高いレベルにまとめられている。さらには、慣性補正装置の適用限界がかなり広い。何しろ、人間は搭乗していないのだから慣性による肉体への悪影響は考慮する必要がないのだ。走攻守の全ての要素がハイレベルでまとまったこれらの白い、流線型をした美しい船の群れがその威力を容赦なく発揮する。
二〇〇隻の巨大な艦隊が第五機動艦隊に襲い掛かった。応戦するバレンティア艦船からの反撃は、ことごとくが有効打とならずに掻き消され、意に介す様子もなく、白い船から青白いエネルギーの槍が伸びていく。
オオシマ星系が破壊の色で染め上げられた。
ハルトは第一撃を目にするまでもなく、その脅威を感じ取っていた。長年の軍務からくる勘を頼りに、敵の火線が最も集中する、コインの中央からやや内側にそれた部分の部隊に退避を指示し、同時に円形を縁取る外縁の部隊へ発破をかける。ハルトの部下を激励する通信が虚空を飛んだ。
「弾薬を気にする必要はない。諸君らが一発のエネルギービームを撃ちだす度、味方を一人、いや、一隻救えるのだ」
ジェイスの白い艦隊は意外な猛反撃に遭い、その進撃速度は大幅に鈍った。彼は目を丸くして、無人艦隊を統括する中枢コンピュータへと後退の指示を出す羽目になった。
「なんと、舐めていたのはこちらのほうだったか。侮りがたいな、彼は」
こうした左翼方面の攻防とは別に、ビールドの別働部隊は陣形の突破に成功しかけていた。あと十数隻の防衛ラインを突破すれば、敵の乱れ始めた球形陣の反対側へと飛び出る公算であり、このオオシマ星系における最大の戦術的優位を獲得する。そうすれば第六機動艦隊と白い艦隊、これらの帝国残党軍艦隊の数的優位を覆すことにもなる。
既に一割弱の損害を出しているムハンマド・アブ・サラーフは、焦りの色を隠せないでいた。
第五機動艦隊は、強い。それもこれも、全てはあの演説だろう。こちらが相手を揺さぶり、あわよくば籠絡しようという、シナノの勝利に驕った自分の不徳。それが部下を戦死せしめている要因とすれば、この際、なりふり構ってはいられまい。勢いづいたクライス・ハルトを止めるには、相応の犠牲が必要だ。
サラーフは後退を命じる。開戦から一時間の後であった。既に陣形を食い破って後方へと飛び出した、ビールド准将の率いる部隊は大きく弧を描いて敵艦隊の直上へ回り込み、陣形外延部に張り付いて再攻撃の構えをとった。たかが五〇隻とはいえ、重装備の戦艦、重巡洋艦を中心とする集団である。第六艦隊は、上を向いてこれを迎撃しようとすれば正面から敵本体の砲火に腹を晒す形となり、そのまま無視し続ければ、たっぷりとある時間を有効に使った正確無比な砲撃が頭上から降り注ぐ地獄に鉢合わせした。
数的劣勢を跳ね返した第五機動艦隊の止まらない攻勢に、歯止めをかけたがっているのは、ジェイスでもサラーフでもなく、指揮官たるハルト自身だった。
「深追いするな。敵の戦力はじゅうぶんに削った。各艦は所定の座標を離れずに砲撃を続行せよ。敵には遊撃兵力があることを忘れるな」
彼らは自制した。このまま突出していけば、陣形は間延びしていく。隙だらけになった側面を突くために、ジェイスは虎視眈々とその機会を狙っていた。これほどしたたかな戦術眼を持つ男が敵として立ちはだかっていることに、ハルトは今更ながらに戦慄を覚えた。
(今の所、勝っているのは我が艦隊だ。だが、”勝たされている”可能性はいつ、何時でも存在する)
この思考はサラーフにもありありと感じ取ることができた。彼ほど才能豊かな戦術家は他にいない。勝利を捨てて敗北を避ける、その戦い方には心からの敬意を抱くと同時に、そう思考するであろう彼の慎重さを逆手に取ったのだった。
こうして、第六機動艦隊は速やかに後退した。
極めて流動的な戦闘の推移。その空隙に到来した空白の時間に入るや否や、ハルトは第五機動艦隊の全将兵に、交代での休息を命じる。その間、ライオットをはじめとする幕僚を会議室に集め、報告と作戦立案を行うこととなった。
会議室にいつもの顔触れが集まっている。
どれほど人工知能技術が進歩しようと、軍事における人間の割合を劇的に減らすことは終ぞできなかった。無人艦など、自律した兵器を運用するには、あの白い艦隊のように戦闘力において大きなアドバンテージを持つものの、一方で、先のシナノ宙域会戦でハルトが行った電子妨害手段(ECM)による撹乱や、最悪の場合、制御系を敵に奪われることもありうる。ほんの数秒を支配しただけで、船を自爆させるにはじゅうぶんだ。
「これまでのところ、我々の電子妨害手段が功を奏しているとは言えません、閣下。敵艦隊は依然として健在。戦力の一割ほどを削ったと言えども、数的有利は動かしがたく、再び正面戦闘となればより多くの損害が出る事は必至です」
予想されていた報告ではあるが、ライオットの口から直々に知らされ、居並ぶ面々は落胆の色を隠しきれなかった。
既に二度、ハルトの命令により電子妨害手段を発動しているが、アーレの基幹設備を以てしても敵の対電子妨害手段(ECCM)を突破することはできなかった。シナノでの教訓を、敵軍は既に反映させてきたことになる。白い無人艦隊の動きを止められぬとあれば、あの大艦隊と再び正面から激突しなければならない。
今回の交戦で、第五機動艦隊の損害は軽微なものに収まっていた。数にして十一隻であるが、それでも千人以上が戦死したことになる。
戦死者を自覚した途端、途方もない虚無感がハルトを襲った。
これが単なる武装勢力や国家軍隊を相手にした犠牲ならば、まだ名誉は守られる。だが、敵は裏切り者であり、バレンティア機動艦隊だ。ハルトはは、名誉や義務は捨てられるが、その肩書は容易に捨てられるものではないことを知っていた。彼らはどこまでいっても、バレンティア航宙軍第六機動艦隊であり、その汚名は消えることはないだろう。
つまり、これはどこまでいっても同士討ちにしかならない。部下は仲間を撃ち、そして仲間に殺される。
何としても、この戦いを終わらせなければならない。
その間に、部下たちの議論は熱を帯びていく。
「敵艦隊は六〇〇隻強。これを撃ち破るには、防御すべきか、攻撃すべきか」
「攻撃すべきだ。今、戦いの主導権はこちらにある。たかが一〇〇隻強の戦力的劣勢など、問題とならん」
「数字としてみればそうでしょうが、敵にはあの白い艦隊があります。先の戦闘を顧みれば、あれの指揮官は卓越した技量を持っているのでしょう。単純に数字で判断するのはご法度だ」
「防御するにしても、地形が問題だ。この星系で目立つものといえばガス惑星しかない。これだけを用いて防衛線を構築することは困難だろう」
結局のところ、正面決戦に持ち込まねばならない。だがこれは、願っても無い好機といえた。上手くいけば、今日中にシヴァ領宙における戦乱に区切りがつく。ここで短期決着の機会を逃せば、シヴァ方面における帝国軍との戦闘は泥沼と化しても不思議はない。ともなれば、休息を終え次第攻撃を仕掛けなければならない。
腕の見せ所だ。
ハルトは卓のコンソールを操作し、アーレの中枢AIを呼び出した。可憐な少女がホログラフとなって、彼の隣に舞い降りる。今、まさに目の前に立っているかのような存在感だ。綺麗に巻かれたブロンドが揺れ、あどけなさを完全に消失した無感動な瞳が彼を見据える。
「お呼びでしょうか、閣下」
「アーレ、作戦立案の補助を頼みたい。主に艦隊陣形における各艦艇の配置についてだ」
「どのような作戦でしょうか」
五時間後、じゅうぶんに休息をとった第五機動艦隊が移動を始める。十光分離れた位置に移動、停泊していた敵艦隊を中心として、隊形を二つに分けた。
ひとつは、ハルト率いるアーレを中心とした三五〇隻の打撃艦隊。残りの一五〇隻を、機動力に勝る機動部隊として、ビールドに指揮を預けた。
第五機動艦隊が俊敏な機動を開始すると同時に、第六機動艦隊は接近を開始した。だが、動きが遅い。大破までしていないとはいえ、少なからずの損傷を被った船が多いことを、アーレの精密な光学センサーは捉えていた。攻勢に出られれば守勢に回らざるを得ない、第六機動艦隊の実情が垣間見えたのだ。
そこで、ハルトは二正面作戦を展開することにした。艦隊を二つに分け、片方を強力にする。この場合はハルトの指揮する主力部隊だ。サラーフから見れば、ハルトが戦力分割の愚を犯したと狂喜するだろう。間違いなく、迎撃の矛先はビールドの機動艦隊へ向けられる筈だ。そして、あの白い艦隊を側面防御のためにこちらへ差し向けるに違いない。
半ば願望となっていた予想は的中した。第六機動艦隊は舳をビールド艦隊へ向け、白い艦隊が進路を変更する。これで遊兵が減ったと、サラーフは思っているだろう。数的有利を最大限に生かす場面が到来したと。
(さて、上手くいけばいいが)
ハルトは命令を下した。
彼の指揮する打撃部隊は、白い艦隊と第六機動艦隊が戦闘状態に入る前、最大限に距離を取りつつこちらにも近づいている距離に敵が至った瞬間、予てより計算されていた進路へと修正した。瞬間的に、第五機動艦隊は三つの小隊形へと別れる。
ハルトは二五〇隻の艦隊を率いて、白い艦隊と相対した。一〇〇隻の、一気に加速を続けている新たな機動部隊はバスティーユ准将が率いている。
この複雑な、局所的陽動作戦の立案に当たり、ライオットを始めとする将官は猛反発した。何せ、艦隊司令官であるクライス・ハルト自らが囮となり、最終的に白い艦隊と正面から対峙するのだ。その危険を慮り、会議の終盤は彼を説得することに終始したが、結局、その意思を曲げることはできなかった。
バスティーユは豊かなブロンドを持つ壮年の女で、焦げ茶色の瞳に悔いを残しつつも、ハルトをその場に残して宇宙区間を流星のように駆け、第六機動艦隊の背面を突くべくさらに加速を命じた。
「この時を待ってたぜ」
クライス・ハルトは獰猛な笑みを浮かべ、やれやれと目玉を回すライオットが、目前に迫りつつある光点の群れが見えていないのではないかと、周囲の部下たちが訝しむほど緊張感の無い声色で言った。
「士官学校からこっち、その癖は変わりませんな。主席にすぐ勝負を仕掛ける。実戦に成績を付ける五月蝿い教官はいないと申しますに」
「それが順位を上げる、手っ取り早い方法だったからな。ベルファスト艦長、君はどうだった?」
ベルファストはコンソールを叩く手を休めずに小首を傾げた。ハルトとライオットは、常に士官学校の首席か次席あたりをうろついていた口であるが、彼女自身は常に主席を保ち、こうしてバレンティア機動艦隊旗艦、戦闘母艦の艦長という、最も名誉あると言われる任務に就いている。
「私は正攻法しか知らない女です、提督。勉学と実践、それだけを邁進すれば、望みうる結果は手に入れられます」
「君にとって、士官学校の首席はそれほど重要なのか、艦長」
意外そうなシュトゥーマ・ライオットの言葉に、彼女は頷いた。
「軍人ですので。参謀長は?」
「私は、ここにおられる御仁と順位を競ってばかりいたからな」
「気になりますね。どちらが勝ったのです?」
ハルトは鼻で笑った。
「見てわからないか。艦隊司令官の私だろう」
「何を仰るんですか、私ですよ。最後の指揮演習では私が勝ちました」
「参謀長、階級をみたまえ。君は少将、私は中将だ」
「ええ、ええ、見えておりますが」
じゃれ合う二人を見て、艦橋の空気が和む。そうして弛緩した空気が再び張りつめた。オペレーターが敵接近の報を報せたからである。
ハルトは隣に立つライオットにだけ聞こえるよう、小さく囁いた。
「いくら部下を安心させるためとはいえ、勝ったのは俺だぞ」
「何を言う。何なら、この戦いが終わったらケリをつけよう」
「生き残れたら、だがな」
ハルトは片手を挙げる。部下たちが身構える。彼の指揮を円滑に伝え、さらに彼の元へ情報を集約する機能を司る艦橋には、通常の艦船に比べて数倍の士官が詰めていた。彼ら全員の中で、一握りの砲術士官が、砲雷長の指示を待ち、コンソールの数センチ上に制止させた利き腕が痺れるのに堪えていた。
敵の数は二〇〇。ハルトの指揮する本隊は二五〇隻。数的有利はこちらにあるが、敵艦艇の性能を鑑みれば、これは安心できる戦力差ではない。ほぼ互角かそれ以下。厳しい状況であり、さらに交戦前に満たすべき戦略条件の設定は既に終了している段階だ。
クライス・ハルトは、ミズガルズ星系にあるバレンティア士官学校へ入学してからというもの、盟友であるシュトゥーマ・ライオットと凌ぎを削り合った。彼は戦略面でハルトを追い詰め、ハルトは戦術面でこれを覆した。どちらに優劣があるかは問題ではなく、ただ、各々の手腕を認め合い、手を携えた時、何ができるかを想起するかで、互いの信頼は揺るぎないものとなったのだ。
シュトゥーマ・ライオットの役目は終わった。それは彼が一番よくわかっているだろう。会議室でこの戦略を立てた時点で、彼は役目を終えていたのだ。ハルトに、こうして敵の裏をかく才能は無い。正面切っての戦闘状況において的確な、あるいは奇抜な判断を下すのが彼の仕事であるが故に。
彼らは自覚している。第五機動艦隊が、戦略、戦術の両面において比類ない能力を発揮する艦隊であることを。他のバレンティア航宙軍機動艦隊と決定的に違う点は、そこだ。ジョン・テイラーでさえ、彼らの戦略機動性や、その知名度を考慮して、第一艦隊へと昇格させることを避けた。ただでさえ政治的思惑の絡む機動艦隊の出動において、司令官解任という、前代未聞の騒動の後に司令官へと就任し、瞬く間に艦隊内部を改革した男とあっては、余計な事態を彼らに背負わせることにもなりかねない。
そうした中で、クライス・ハルトは燻っていた。
暇つぶしにライオットとシミュレーターを挟んで対峙しても、満たされることはない彼の闘争心。自分でも自覚していない、好敵手を求めるその勇猛さ。仲間を思いつつ、その危険に魅力を感じる矛盾した彼の本質に気が付く人間がいるとすれば、それは一人。金髪の参謀長しかいなかっただろう。
白い艦隊が、恐ろしいほどゆったりと接近してくる。既に敵の司令官――恐らくはジェイス――も腹を括っている様だ。
ホログラフが、静かに敵艦隊との相対距離、陣形などを示している。しかし、ハルトは艦橋を覆う全天ディスプレイから目を離さない。
そして、その手が振り下ろされ、彼は叫んだ。
「撃て――!」
再び、オオシマ星系の虚空を青白い光が照らした。




