一三二年 十二月三十一日~ ②
リガルはアクトウェイの船尾側にある展望デッキにアキを招いた。食堂に詰めているキャロッサに頼むと、彼女は快く二人分の軽食とドリンクを用意して、ビニール袋に入れて渡してくれた。妙な推測をしたに違いなかったが、リガルにはもはやどうでもよかった。
全長で千二百メートルある巨大なアクトウェイの、中央やや前方に寄っている艦橋を中心として、食堂、船室がある。艦橋へと通じるエレベーターはひとつだけで、隣には非常階段もあるものの、エレベーターに異常が発生した場合しか開放されない。保安面から考えて最適の措置だ。そこから縦横無尽に伸びる通路の大半をつかわないまま、リガルをはじめとするクルーは生活している。たった七人で、千人規模の人員を収容できる重巡洋艦クラスの船を動かしているのだから、無理もない。これも本来は高度に独立した人格を持つAI、アキがいるからこそ可能な芸当で、彼女が操作する多数の無人ドロイドが、点検や補修などの日常業務を済ませているからこそ、アクトウェイは維持できているのだ。
船の維持については機関長であるフィリップ、運営については船長であるリガルが担当し、それらの指示を受けとって実行したり、ひとりの長から隅々まで命令を伝達するシステムは全てアキが司っている。実質的にフィリップやリガルの命令でドロイドや船の進路は行動を決定するが、それらを可能としているのはアキの膨大な処理能力を誇る中枢システムだ。
生体端末である彼女は、人間と同じ感覚を有している。元々はアクトウェイのシステム内から、彼女の人格部分がこれを操作している形であったが、より生活を身近に感じたいという彼女の欲求に従って、主体はこの小さな体の中へ移された。具体的な実行手段についてはリガルは知りようがないが、実は彼女の本体は、ずっとこの生体端末だったのではないかと考えている。
ネットワーク技術の進歩で、コンピュータ間の物理的な隔離がほぼ意味を為さないこの時代だ。主体がどちらに移っているのか、というのは本人の意識の問題でしかなく、有体にいえばこの船とその体、ふたつにまたがって彼女の意識が存在しているとしてもなんら不思議はない。むしろその方が自然に思える。自分の手足のように船を操る必要が、彼女にはあるのだ。戦闘や航行は精密な動作を求められるものだから、より直接的に操作する以上のことはない。
リガルは頭を振る。だとしても、何の関係もないではないか。自分の想っていたよりも彼女が機械に近しいと気付いただけだ。自分にとっての彼女がいささかも変わる訳ではない。
アキが、微かに戸惑った視線を自分に投げているのが、視界の端に見えていた。気付いてはいるが顔には出さない。決して出すものかと意固地になっているのかもしれない。
腹正しい。まったくもって腹正しい。
報せを持ってきたカルーザ・メンフィスにも腹が立つ。全ての元凶を生み出したジェイスにも。あのリンドベルクという女提督も。第一艦隊にアクトウェイを監視させているクライス・ハルト中将にも。
そして、こんなことで亀裂を入れてしまう自分の狭量さに、何よりも腹が立つ。
気付けば展望デッキから、流れる星の海を眺めていた。
走路を歩いたとはいえ、単純距離で八百メートルは歩いてきた。人間の機能を模しているとはいえ、それでも多分に機械の部分を多く残している生体端末は、あまり疲れない。リガルは考え事をしていたせいか、ここまでの道のりを五十メートルほどにも感じていた。
「なにか、話すべきことがあると思います」
十分ほどの沈黙の末に、意外にもアキが口火を切った。リガルは手に持っていたビニール袋を足下に置き、彼女の言葉を待つ。
沈黙が沈黙で埋まるかと思えた時、アキはもう一度口を開いた。
「リンドベルク少将の顔立ちが私に酷似しているのは、あの通信内容を確認した当初から気付いていました。メンフィス准将の懸念は当然です。私は生体端末。人間とは違って、量産されるものです」
雷に打たれたように、リガルは彼女の顔を見た。その横顔は毅然としたものだったが、伸びた白髪に隠れた目元は、どこか暗い悲しみを背負っていた。
「機械が口にするのはおこがましいかもしれませんが、誓って、私はあの女性を知りません。銀河帝国軍とも関与はしていません」
「アキ。君は、ジェイスについて何かを知っているか?」
「いいえ、船長以上の事は、何も。ですが、これだけは言えます。ジェイスが誰かと関わりを持っているとしたら、それは私ではありません。あなたです、リガル」
「ちょっと待て。俺だって、彼について何も知らないに等しい」
「いいえ、知っている筈です」微かな熱を込めて、アキは辛抱強く繰り返した。「どういう訳か、私の記憶領域には、あなたとジェイスが旧知の仲であると示す情報があります。ただそれだけのものですが、間違いはありません」
「だが……くそ。ちくしょう、アキ。俺は奴を知らない。知らないんだ」
最後のほうは怒鳴り声に近かった。リガルの激情を冷静に受け止めたあと、その叫びの残響が彼の心を穿つ前に、アキはリガルの手を取った。
驚いて顔を上げると、彼女は今度は、両手でリガルの頬を挟む。少しだけ冷たい彼女の手は汗ひとつかいておらず、とても心地が良かった。
「これがどんな意味を為すのか、私にもわかりません。ですが、あなたはジェイスと、何らかの深い因縁を持っている」
「自分でも気づかない何かに付きまとわれるのか」
意外なことに、アキは微笑む。呆気にとられて何も言えないでいるリガルへ、彼女は尚もいう。
「その通りです。ですが、その因縁には私は関与していないでしょう。あなたがメンフィス准将に言った通り、私はただのAI。船です。そして、船は船長へと忠誠を誓い、その力になるべく全力を傾けます」
「船に見放される船長だっているさ」
「あなたは違う。私を愛してくれたではありませんか、リガル。私は、私なりのやり方であなたを愛します。人とはかけ離れた表現になるかもしれません」
「たとえば、エネルギービームをぶっ放したり?」
冗談めかして答えたが、彼女の笑みは揺るがない。
「有り得るかもしれませんね。ですが、この船はあなたのものです、リガル。悩む時間はたくさんあります」
「そうかもしれない。クルーにも聞いてみよう。ありがとう、アキ」
AIは微笑み、床からビニール袋を拾い上げた。
「大船に乗ったおつもりで、どうぞ。一先ず、これを平らげてしまいましょう。キャロッサに怒られてはかないませんから」
・アリオス歴一三二年 一二月三一日 大型巡洋船アクトウェイ スティレリ星系
重い沈黙が艦橋を満たしている。
それぞれの座席には、各セクションの担当クルーが神妙な面持ちで座り、残すところあと三時間となった今年、その最後の仕事を続けている。あと一時間すれば、キャロッサが用意している年越しパーティの会場である食堂へ移動して、クリスマスにも劣らぬどんちゃん騒ぎとしゃれ込む心積もりだったが、その直前に舞い込んだ驚きの報せに、誰もが喉の奥に魚の骨が刺さったような鬱屈さを感じていた。
リンドベルクと名乗った女将校の演説は、このアクトウェイにこそ効果覿面だった。そう推察しているのは船の全員であり、だからこそ、誰もそれを口にしなかった。言葉にしてしまえば、不信は広がる。正にそれこそが敵の狙いであり、これを乗り切るには今一度、彼らを指揮する船長とその人工知能を見定め、信頼するに足る人物かどうかを判定しなければならない。
それほど辛いものがあるだろうか。一度崩れかけた信頼は容易に成立しえない。それがわからぬクルーでも、リガルでも、アキでもなかった。
そうした中で、イーライ・ジョンソンは、ある可能性についてひとり思いを巡らせていた。
バレンティア航宙軍機動艦隊が、なぜ寝返ったのか。銀河の誰もが疑問に思うこの一事は、常識とは逆転した位置に真実を孕んでいる。その危険にいちはやく気付いた彼は、今日という今日まで漠然とした答えしか頭に浮かべずにいたが、図らずも敵からその手掛かりを与えられた格好となった。
”なら、なぜ戦っているか。それは銀河の平穏のためです”
あのリンドベルクという女の言葉が、いつまでも頭に引っかかって離れない。
バレンティア機動艦隊は、言うまでもなく銀河いちの航宙戦力であり、その指揮官、ならびに将兵は常に民主主義国家たるバレンティアと、それに準ずる銀河連合の国々を守るために宣誓を行ったのではなかったか。自らの命を、市民の権利と平和を守るために投ずる。その意思は固く、だからこそ大兵力なれど統率される。指揮官の質ではなく兵士の質が高く、さらに兵器の性能差でも上回っているが故に、五百隻の艦隊で一国を相手取る事も可能なのだ。
その機動艦隊が寝返るのだから、自らのした宣誓以上の正当性が、銀河帝国軍残党にはある、ということになる。少なくとも眼前の利益のために信念を曲げる様な人間が、あのレベルの部隊を任される筈がない。機動艦隊司令官は精神的な質も重視されるし、その審査基準もあると聞く。
ならば、彼らはやはり名誉と誇りによって、百年前の仇敵に身を捧げたのだとしか考えられない。
そして、リンドベルクのあの言葉。これがもし真実だとしたら、大局的に見て、銀河連語は窮地に立たされる。何しろ平穏を乱しているのは、レイズやバレンティアという、正義を御旗に立てている陣営なのだから、その寄って立つ所が倒れれば自壊するしかない。
仮に、銀河連合が敗れたと仮定するだとしても、人類社会は平穏な時代へと立ち戻るまでに、長い時間を必要とするだろう。もしかしたら一世代、もう一世代。第一次オリオン腕大戦から百年、未だに各国の間で、経済、軍事格差が存在するのだ。海賊対策にも余念がないとは言い難い。
そこにきてこの大戦。
銀河帝国軍は戦乱を巻き起こし、オリオン椀をかき乱しただけだ。
だが現実として、バレンティア機動艦隊はその旗色を変えた。これこそが、何か自分達が見落としている大義が存在するという証拠ではないか。
ハッチが開く。クルーたちは揃って首を捻り、艦橋の扉を潜ってやってくるリガルを見た。彼は飄々としており、特に何を言うでもなく、彼らの会釈に軽く手を挙げて応える。静かな艦橋にブーツの音が響き、黒い青年の背後に付き従う彼女は、そのまま歩み進んでいつものオブザーバー席に腰を落ち着けた。
「キャロッサは?」
船長の問いに、セシルが答えた。ブロンドを頭の後ろで束ねてポニーテールにしている。気の強い瞳がリガルを見据えた。
「まだ食堂で準備中。そっちは何してたの?」
イーライは、素早くフィリップと視線を交わし合った。いつもならされない問いだ。悪戯っぽい笑いと共に流される冗談でもあるが、今は肌にひりつく緊張感がある。
船長は軽く頷き、溜まっていたタスクを処理すべくコンソールを操作した。瞬時に、いくつものホログラフが立体映像投影装置により浮かび上がる。
「ちょっと、デートしてた」
ジュリーが吹き出す。他の面々も呆気にとられていたが、次第にいつも通りの笑みを浮かべていった。一人を除いて。
「だったら、この後のパーティで続きさね」ジュリーがうきうきしながら言う。
「一年の最後にとっておいたボトルがあるんだ。フィリップ、今日は底なしバケツになろうじゃないか」
「いいね、付き合うぜ。セシル、イーライ、お前らはどうだ?」
「私は、キャロッサの手料理を楽しみたいから。その後ならいいわよ」
イーライは少し迷った後、これがアクトウェイなのだと思いだした。苦境を前にしても陽気に乗り越えていくその気骨。まだ疑念と不信は心に根付いているが、今は、いい。往々にして、疑心暗鬼を煽るのが敵の狙いなのだと言うではないか。ならば、その姦計にこちらからはまり込むことはない。
「俺もだ。船長、どうします。ジュリーやフィリップと一緒にバケツになりますか?」
リガルは笑った。どこか垢ぬけた笑い声は、クルーたちの間に漂っていた暗い空気を一掃する。アキでさえ、片頬に柔らかな笑みを浮かべて見せた。
「飯を味わうのが先だろう。底の抜けたバケツになるのも勘弁願いたい」
「何故です?」セシルが問うた。
「役立たずの代名詞じゃないか」リガルは肩を竦めた。まったくだと、全員が頷いた。
・アリオス歴一三三年 一月二日 第五機動艦隊 オオシマ星系
第五機動艦隊は緊張の只中で年を越した。
オオシマ星系へとジャンプし、総力を以て第六機動艦隊を撃滅せんとしていた彼らだが、ワセリー・ジャンプから船のセンサーが回復して映し出したものは、星系の中心部に固まっている第六機動艦隊と白い艦隊の、およそ七〇〇隻に及ぶ連合部隊が、ガス惑星の軌道上で完全な戦闘態勢を整えて待機していたのだった。
これに驚愕しつつも、特に待ち伏せの危険もなかったことを把握し、敵艦隊はオオシマ星系での第五機動艦隊撃滅を企図しているのだと結論付けた。第二艦隊と別行動を取り、第五機動艦隊が単身で、第六機動艦隊へと艦隊決戦を挑み、シヴァ共和国における早期情勢鎮静化を図ることは、ジェイス、またはムハンマド・アブ・サラーフ中将の想定の中にあったということだ。
両艦隊はゆっくりと動き、丸一日をかけて、星系外縁部、恒星より十三光分の位置で激突する軌道をとった。着々と進んでいく開戦への秒読みを過ごす第五機動艦隊の元に、ある通信が届く。
それは、第六機動艦隊司令官である、ムハンマド・アブ・サラーフ中将本人によるものだった。
クライス・ハルト中将は、公開通信であるこれに即答し、回線を繋げる。
「裏切り者に通ずる直通回線はバレンティアには無いが、今回は特例になるだろうな」
のっけからハルトの辛辣な皮肉に始まった会話に、サラーフ中将は色の濃い肌の中に浮かぶ、白い雲のような目を不快気に歪めたが、すぐに無表情に戻った。
「クライス・ハルト提督、我が第六機動艦隊、ならびにその将兵は名誉と義務のために戦っている。諸君らが今、信ずるものとしている虚偽の信念は、我々にとっては蒙昧示寂の極みとしかいえない」
「仲間を裏切ることが大義か、面白い時代になったものだ。サラーフ提督、もう間に合わない。だがせめて、その汚名を濯ぐ姿勢は示されるべきではないか。今すぐに武装解除することが、最も賢明な選択だと、わかっているだろう」
「提督、”時代は何も変わってなどいない”。オリオン腕大戦は不当な幕切れだった。我がバレンティアは、あの戦争に勝つべきではなかった」
思い切ったことを言うものだ。ハルトはあくまで冷静に考えを巡らせながら、ホログラフの四角いワイプの中に浮かぶサラーフを見つめる。特に敵意のある表情にならないよう気を付けながら、切り替えしの言葉を口から放った。
「なるほどな。だがサラーフ中将、時代とは関係なく、人は信ずるもののために戦うものだ。第五機動艦隊はバレンティア市民と権利のために戦っている。これを虚偽というのなら、第六機動艦隊がいかなる正義の元に、これほどまでにオリオン腕を混乱におとしめているのか、あなたには説明する必要がおありだと考える」
「正義とは惑う彗星の様なものだ。個々人の数だけ存在する。だが、我々は結局は、祖国の市民のために戦っているのだ。それが正義だと、バレンティア軍人は叩き込まれる。私自身もそう思う。君もそう思うだろう?」
「確かにな。だからこそ信じられないんだ。第六機動艦隊は謀反を起こしたという事実が。諸君らはバレンティアの軍旗を、国旗を、市民の平穏を、権利を、財産を! 全て踏みにじった!」
サラーフ提督は鉄のような無表情で、鉛の様に重い沈黙を耐えた。恐らくはその表情の中に、少しでも苦痛の色が見えないかとハルトは茶色の瞳を覗き込んだが、彼の内面では嵐も、雨でさえも降ってはいないようだった。
「我々は」やがて、断固とした口調で、サラーフは口を開く。「バレンティアに利害を与えうる、そうした目的で戦っているのではない。これは悲劇だ、ハルト中将。この戦いは長く、厳しいものになるだろう」
「主に、敵へ寝返った元バレンティア機動艦隊による戦力増強によって」
ハルトの揚げ足取りをまったく意に介せず、サラーフは哲学者の忍耐をもって続けた。
「大義は、この宇宙に星の数ほど存在する。ひとつひとつの大義がもつ重さは等しいと言っても差支えない、この宇宙の広さから比べたら。だが、それでも、遂行されなければならないひとつがある。それらを成し遂げていけば、いつか、より良い世界を築く事が出来るだろう。この戦いはその一歩だ。不退転の決意をもって、第六、第三、第七機動艦隊は、この大戦を勝利で終結させる。他でもない、バレンティアのために、我々は身命を賭す。誓いは破ってはいない。むしろ、我々は宣誓にしたがって、彼らと手を組んでいる」
厄介なことになった。ハルトは実感せずにはいられない。ライオットと交わした危惧が現実のものとなりつつある。
サラーフは、このまま第五機動艦隊を揺さぶり続けるつもりだ。これだけ説得しつつも、恐らくは本気で仲間に引き入れるつもりなどないだろう。ハルトが狼狽すれば、第五機動艦隊の士気は大きく下がる。敵に説き伏せられてしまうのは最悪だ。その状況を回避するためには、ここで何か、大きな一撃を舌戦で与えることが先決となる。
「その大層な大義というものを、ぜひ、お聞かせ願おうじゃないか」
答えられぬ問い。そう思ったが、サラーフは意外にも口を開いた。
「ハルト中将。君は人類社会の平穏と、バレンティアの平穏。この二つをどう考える?」
まったく想定できなかった問いではない。
「バレンティアの平穏だ。私はバレンティア市民を守る。人類社会の他の惑星が息絶えようとも、バレンティアを優先しなければならない義務と、責任がある。それが誓いだ」
戦闘母艦アーレの巨大な艦橋に居並ぶ将兵たちが頷く。その瞳には、決然たる光がある。幸いというべきか、部下たちの戦意はまだ衰えていない。
サラーフは不気味な笑みを口の端に浮かべた。
「確かにな。では質問を変えよう、ハルト中将。バレンティアと人類社会、どちらかを救えるとしたら、君はどちらを取るかね?」
ハルトは返答に窮しかけた。机上の空論だ、と叫んで、この会話自体を終わらせたい衝動に駆られるが、心の端で何とか踏みこたえ、毅然とした態度で答える。
「バレンティアだ」
心なしか、視界の端に写る部下たちの背筋が伸びた。ムハンマド・アブ・サラーフはハルトの返答が不思議であったのか、それとも予想外のきっぱりとした対応に驚いたのか、僅かにしてやられたといった表情を浮かべる。
「残念だ、ハルト中将。君とはうまくやっていけそうな気がした。どうか、この戦いに悔いが残らぬように」
ハルトの返答を待たず、サラーフは通信を切った。一瞬遅れて、オペレーターが叫ぶ。
「敵艦隊、増速。直前で適性速度への原則を行うと予測して、およそ十五分後に射程圏内に入ります」
「なかなかの名演説でした」
シュトゥーマ・ライオットが隣で茶化す様に言い、白い歯を見せた。ハルトは艦橋のいちばん高い位置にある指揮卓から、他の兵士たちも同じように笑みを浮かべているのを確認する。
どうやら自分は間違っていなかったようだ。今は正しい選択をした、それでいい。自分を落ち着け、まだ心の中に反響している動揺の声をかき消すべく、大きく息を吸い込んで、吐く。頭を切り替え、これから数的劣勢を跳ね返すだけの戦術指揮を行わなければならない。
(これから味方を討つことになる。心苦しいが、やらねばこちらが死ぬ。少なくとも、俺には彼らを家に帰す義務と、責任がある)
ハルトはスイッチを押し込んだ。
「こちらクライス・ハルトだ。聞いての通り、敵は手袋を投げた。祖国のため、仲間のために、彼らを討つ。全艦、砲撃戦用意。イージスシステム、及び射撃統制システムを起動。第六機動艦隊はもはや味方ではない。だが、敵であることは確かだ」
そうして、長い十五分が始まった。




