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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第四章「嵐を凌ぐには」
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一三二年 十二月三十一日~ ①

・アリオス歴一三二年 一二月三一日 第二管区艦隊 スティレリ星系


 アリオス歴一三二年一二月三一日、一三〇四時。レイズ星間連合第一艦隊、移動開始。その動きに同調して第二管区艦隊が援護射撃、さらに陣形を紡錘陣形へと組み替えていく。この陣形の変化に敵艦隊は敏感に反応するかと思われたが、何も動きを見せなかった。動き出してからが勝負なのだ。攻撃を加える意図は汲み取れても、四つある隊形のどれに砲火を集中させるかは、まだわかっていなかった。

 ケイロとカルーザは、やや後退して距離を取る。突撃の助走距離を稼ぐためだ。そうはさせまいと敵艦隊が距離を詰めた時、ケイロはボタンを叩く。命令は短かった。


「突貫」


 全艦のプラズマ反動エンジンが吠える。じゅうぶんな速度へと船が到達する前に、主砲を三連射。敵が陣形の再編を狙う間、相対速度の利を生かして果敢に突撃する。

 船の一隻一隻が、鬨の声を上げていた。

 身軽な第一艦隊が先頭に躍り出る。カルーザ・メンフィスは一直線に、正面左下方の敵集団へと直進していく。敵艦隊は突出したこの数に劣る部隊を集中砲火。その瞬間に、第一艦隊は身を翻して正面右下方の小隊形に食らいつく。無理な艦隊機動で慣性補正装置の唸りが上がる艦内が想像できた。敵艦隊は反撃しつつ回避しようとするが、前進するのでもない限り、限られた姿勢制御装置で三次元的に素早く機動する事は不可能だ。

 それ故に、数え切れないほどのミサイルが第一艦隊へ向けて放たれるのを、ケイロは肝を冷やしながら見つめていた。彼自身も第二管区艦隊へ円錐陣形を取る様に指示しており、予定されていた作戦計画書に従って全艦が位置に着いたところだった。すぐさま前進の指示を出し、第二管区艦隊は素早く機動を始める。

 戦闘開始からしばらくして、第二管区艦隊は慣れ始めていた。元々、訓練でこういった戦闘は経験してきた。確かに仲間は死ぬが、やる事は演習と変わりない。とにかく臨機応変に、即断即決で、僅かでも正解と思われる選択肢を選び続ける。容易なことではないが、出来なければ誰かが死ぬ。味方の、とても他人とは言えない誰かが。

 猛然と突進を始めた二〇〇隻の第二管区艦隊を前にして、敵艦隊は明らかに動揺した。少なくとも、一瞬、艦隊陣形が乱れたように思えた。第一艦隊は迫りくるミサイル群へ狂ったように対空レールガンを放って弾幕を張ると、無数のデコイを射出した。おおよそのミサイルが撃墜され、防空網にプラズマの花が咲く。エネルギーの奔流を尚も掻い潜ってきたミサイルを、陣形の後方にいる部隊が迎撃のプラズマ弾頭ミサイルを放って撃ち落す。対艦用の兵器を迎撃に用いるのは、斬新であるが追いつめられた現状を示しているとも言えた。

 第一艦隊が敵の小隊形五〇隻の外縁部を通り、離脱していく。数は同等だが、第二管区艦隊にも気を取られ、敵艦隊は効率的な反撃を行えないまま第一艦隊を見送った。貴重な一瞬の時間を割いてケイロが確認すると、センサーで確認された第一艦隊で撃沈された船は軽巡洋艦一隻のみだった。胸を撫で下ろしかけるが、多くの船が傷付いた事は否めない。

 ここで勝負を決めるしかない。

 小隊形のひとつが三〇隻以上を失う大損害を被りながらも、白い艦隊は動きを乱すことなく、整然と艦首を第二管区艦隊へ向ける。回避機動を取り始めるが、それも血を流しつつ踊る何かにしか見えなかった。大きく開いた陣形の穴が痛々しい。


「全艦、ミサイル発射」


 ケイロの命令一過、第二管区艦隊が相互協調しつつ、オーバーキルを防ぐために個々の別目標へ向けてプラズマ弾頭ミサイルを放つ。固体ロケットブースターに点火して凄まじい速度を伴った破壊の天使だ。白い艦隊は、やはり機械的な迎撃を開始する。だが、数の多い第二管区艦隊のミサイルを全て撃ち落す事は叶わず、プラズマが放つ光のヴェールが艦隊を舐めた。

 直後、第二管区艦隊が砲撃を開始する。エネルギービームの槍がダメ押しの一撃、二撃、三撃を叩き込み、白い船の数々は爆発四散していく。あの巨大な白い船でさえも、耐え切れずにPSA装甲を一部崩壊させ、痛烈な一撃を受けた。

 艦橋に歓声が上がる。敵陣形内部を突き抜けた第二管区艦隊は、減速しつつある第一艦隊と合流すべく、軌道を調整した。


「敵艦隊損耗率、四二パーセント」


「艦隊、陣形を再編しつつ第一艦隊と合流せよ。隊形は元の箱型隊形に」


 喜びに湧く艦橋をしり目に、ケイロはそっとコンソールを操作して、第二管区艦隊の被った被害を確認した。

 敵艦隊を正面に据えての突撃によって、駆逐艦十一隻、軽巡洋艦五隻、重巡洋艦一隻、戦艦一隻が失われていた。それだけを確認すると、彼は静かにホログラフを消す。自分の出した命令で何人が死んだかを、今は数えたくなかった。

 それに、戦いはまだ終わっていない。

 彼が気を引き締めるのと同時に、オペレーターがカルーザ・メンフィスからの通信が届いている事を告げた。頷くだけに済ませ、ケイロは自分の目の前に金髪の青年准将の顔を見とめる。その表情は、今しがた勝利をおさめた指揮官とも思えぬ、真剣な表情だった。


「提督、敵艦隊がオオシマ星系へと向かいます」


 ケイロはちらりと、その様子を映し出しているレーダーを見つめたホログラフの三次元アイコンは、白い艦隊が素早く陣形を整えてオオシマ星系へのワープポイントへ向けて軌道を固定し終えた様子を表していた。今から回頭して追いかけても、間に合わないだろう。それに、自分達の任務はあの艦隊を撃破する事ではない。

 とにかく時間が必要だ。ひどく虚脱感を感じる身体を何とか直立させながら、ケイロは頷いた。


「追撃はしない。このまま公転軌道に乗り、部隊を再編した後、予定通りレイズ星間連合へ向かう。その前に会議を開こう。よろしいか、メンフィス准将?」


 カルーザ・メンフィスは僅かな間を挟んだ後、口角を上げ、自嘲気味な笑みを形作った。


「了解いたしました、中将。準備ができ次第、そちらの船に向かいます」


「そうしてくれ。ご苦労だった、准将」


「閣下も」


 若者の姿が消えた。ケイロは仕事をする前に、自室に戻って眠る事にした。






・アリオス歴一三二年 一二月三一日 レイズ星間連合第一艦隊


 再びまとまった両艦隊は、陣形を密着させながら旗艦同士を接舷させ、第二管区艦隊の旗艦で首脳部による会議を開くことになった。

 カルーザ・メンフィスは移動のために乗り込んだシャトルの中で、外部カメラを通した映像を弄繰り回していた。とにかく暇で、手を動かしていたかったのだ。

 前の座席、その背もたれに据え付けられた立体映像投影装置からホログラフが投影され、四角いワイプの中に表示される宇宙空間の映像を操作していると、黒い影が目に入る。拡大すると、それは陣形の奥深くに陣取っているアクトウェイであることに気付いた。少し情報にスクロールすると、今度はコンプレクターのけばけばしい紫色が目に入る。二隻を目視で確認すると、特に目立った損害は無い様だった。

 リガルとハンスリッヒは、第一艦隊として攻撃部隊に加わっていた。先の戦闘では、カルーザが陣形のどこに彼らが位置するかを指示する暇も無かったのだが、リガルとハンスリッヒは事もなげに戦闘の矢面に立って白い艦隊と矛を交えていたのである。これについて、先ほど通信で灸をすえたのだが、二人の船長は生返事ばかりを繰り返し、彼の話を鵜呑みにはしなかった。

 まったく、これだからノーマッドは。だから無法者と呼ばれるのだ。

 今、第一艦隊内ではあの二人の船長から、よからぬ影響が及ぼされている。レイズ=バルハザール戦争で一躍名を馳せ、さらにアルトロレス連邦の一件でその名声をさらに高めた――本人はこうは思っていないに違いない。断言できる――リガルは、スペランツァ内部でも、女性将兵からの人気が著しく高い。男性将兵でさえも「大したものだ」と一目を置いている。艦長であるペイル中佐でさえ、カルーザに彼を「放浪者の鏡」と評したことがある。

 かえって、ハンスリッヒは高潔な海賊、という身分だ。軍隊からしてみれば、海賊とはいつの時代になっても疎んじられて然るべきものだが、筋の通った輩を嫌う事はないのが軍人でもある。それにあの容姿。趣味は悪いが洗練されている事は認める。

 だが、彼が問題だと感じている点は、もっとほかにあった。


「閣下」


 小声で呼ばれ、カルーザは顔を上げる。会議室には既に面子が揃い、そろそろ始めようとケイロが立ち上がった所だった。ぼんやりとした頭で、気付いたらこんな状態になっていたらしい。軽く頭を振って、意識をはっきりさせる。


「申し訳ない」


「いや、構わん。ちょうど始めるところだ」


 そうケイロはいい、参謀に会釈した。彼はコンソールを操作して周辺の注意傷を表示し、それと同時にケイロが説明し始める。


「今から二時間後、敵艦隊はオオシマ星系へとジャンプする。それと同時に、我々はどうするべきだろうか」


「任務を継続するのならば、レイズ星間連合へとワセリー・ジャンプを行うのでは?」


「選択肢のひとつ、というのが、今の所の私が抱いている見解だ。レイズ星間連合方面のタクティオ星系は、シヴァ側から三つのワープポイントが集中する重要宙域で、ここを守ればレイズ側への敵部隊侵入を防ぐことが出来るが、あの部隊を追っていけば、第六機動艦隊の位置がつかめるかもしれん」


「その根拠は……どういったものか、お聞かせ願いますか?」


「もちろんだ」


 ケイロは説明した。敵艦隊がこの宙域に現れた当初、こちらの部隊を無視するように動いていたこと。戦闘開始しても尚、積極的な攻撃姿勢を見せず、現状維持を目的とした戦術を取っていたこと。そして、戦闘が終わるや否や、そのまままっすぐにオオシマ星系へと続くワープポイントへ向かっていたこと。


「これは我が艦隊が掴んだ情報だが」ケイロは厳かに言った。「ここいらの宙域は、電子妨害を受けている。量子通信波が届きにくくなっているのだ。事実として、ここスティレリ星系にある通信衛星から超光速通信をオオシマ星系へ送信してみたが、応答は無かった」


 そうなると、電子妨害を受けているか、オオシマ星系が跡形もなく消し飛んだか、のどちらかだ。無論、より現実的な推測がどちらであるのかは、火を見るよりも明らかであるが。

 そこで、カルーザはようやくケイロの言わんとしていることを理解した。


「第六機動艦隊がオオシマ星系にいると睨んでいるのですね」


「そういうことだ」


「なるほど、そういうことですか。ここで我々がレイズ星間連合にジャンプするよりも、オオシマ星系へ行き、事の次第を確認するほうが効率的だと、提督は考えておいでなのですね」


「敵の位置がわかれば、シヴァ領宙に敵艦隊を留めておく任務は完遂されたと言っていいだろう。そうなれば、我々は他の敵へ向かう事が出来る」


 現状、各地で発生している武装蜂起のために、銀河連合軍は戦力を分散して対処している。ここで第二管区艦隊と第一艦隊が遊兵として機動力を得るだけでも、大きな意味を持つ。

 シヴァ領宙での武装蜂起が鎮圧されれば、バレンティア率いる銀河連合軍は旧銀河帝国領、及びクリシザルの敵軍に集中する事が出来る。

 ここに来て重要な役回りが回って来たとも言える。頭痛の気配は睡魔で掻き消され、手元に置かれた紙コップの中身をろくに見もせずに飲み込む。

 熱湯に近い温度の液体が口の中に入って来て、盛大にむせ返った。


「閣下」


 たしなめるように、隣に座るリズ・ブレストンが言う。ケイロは大笑いし、自分の分の茶を手に取った。


「これは?」


緑茶グリーンティーだ。やはり疲れている時は、舌が痺れるほど熱い茶に限る」


「ああ、シヴァ特産の」


「旧地球、日本列島の静岡から仕入れたものだ」


「地球、ですか」


 カルーザは独り言ちる。コップの中の緑の液体は香ばしい香りを揺蕩わせ、心が落ち着いていくのを感じた。弛緩するのではなく、あるべき状態に収束していく心持だ。


「やはり、シヴァは食べ物も飲み物も一級品だ」


「ありがとう。これこそが我が国の誇りだ。先祖より受け継いだきめ細やかな料理と食材。自然との共存とな」


「貴国は技術にも秀でておられる。特に対空防衛に関しては、バレンティアのイージスシステムにも匹敵し得ます」


「我が国の防衛システムは」と、ケイロの隣に座る副司令官のゴン少将が口を挟んだ。「レイズ星間連合のものと、実は遜色がないのです。我々が開発したのは、それらを統合して処理する中枢システム。どれだけ大口径のエネルギービームや、多数のプラズマ弾頭ミサイルを搭載していても、それらを生かし切るセンサー類との連携が不可欠です」


 どれだけデカい銃を持っていても、目がよく、銃口を敵へ指向する技術が無ければ意味が無い。命中しなければ武器は、ただの鉄塊だ。

 その点、敵の白い艦隊は極めて正確な砲撃を行っていた。この場にいる誰もが、先の戦闘ファイルを閲覧している。被害を受けた船のどれもが、六以上のエネルギービームの直撃を受けて破壊されていたのだ。

 恐ろしいまでの連携と、砲撃精度。それらを見せつけられ、また、脳裏に浮かんだその記憶が、会議室に沈黙のヴェールをかけた。


「とにかく、あの艦隊がいなくなるまで、艦隊は――」


 ケイロが場を締めくくろうとした正にその時、会議室のハッチが開く。現れた青年士官へ全員が視線を向けるが、彼はいささかも萎縮する様子を見せず、そのままケイロの傍らへと歩み寄り、耳打ちした。

 東洋人の顔がみるみる内に険しい物と変わっていく。彼は士官を下がらせると、手ずからにコンソールを操作し始めた。


「これを見てくれ」


 会議室の大テーブル、その直上に設置されている立体映像投影装置が巨大な四面ホログラフディスプレイを映し出す。

 そこには短い金髪を携えた、氷の様な女が映っていた。


「私は銀河帝国宇宙軍少将、リンドベルクです。スティレリ星系にいる銀河連合艦隊に告げます」


 女提督の声は透き通るようで、これを聞く全ての人間の心へと染み入った。美しい容貌はしかし、鋭すぎる氷色の両眼が女性らしい印象を完全に打ち消してしまっている。彼女は機械めいた無表情を装っていた。

 この顔は見たことがある、とカルーザは、喉に魚の骨が刺さったようなもどかしさを感じた。

 女は話し続ける。


「あなた方は、銀河連合というオリオン腕にあまねく人々の、権利、尊厳、財産を守護する組織でありながら、その理念に反する戦いに身を投じています。我々、銀河帝国軍は、百年前の第一次オリオン腕大戦の雪辱を、忘却の向こうへ投げることは出来ないでいます。ですが、それをこの戦いで命を賭す理由とはしていないのも、また事実です」


 カルーザは戦慄した。彼女が誰に似ているのか。その面影は、何を示し、何を模しているのか。


「少佐、これをリガルは見ているのか」


「は? ええ、見ているかと。これは公開通信で、全ての船が受信している筈ですから」


 リズ・ブレストンは訝しげに答え、ホログラフに投影されている女指揮官に目を移す。彼は募る焦燥と、今すぐにリガルへと通信をつなげたい衝動を歯を食いしばって堪えた。ここは会議室、防諜のために外部との通信には制限がかかっている。いち民間船との通話など許されない。


「なら、なぜ我々は戦っているのか。それは銀河の平穏のためです」


「いけしゃあしゃあと抜かすか、賊め」


 ケイロ・シュンスケの侮蔑が入り混じった言葉に、険しい顔をした面々が頷く。引く唸り声さえ聞こえるこの会議室の中で、表情を微動だにせず話し続けるこの女はとても異質なものに思えた。


「多くの方は納得がいかないでしょう。現実として、オリオン腕を混乱に貶めているのは銀河帝国軍ですから。しかし、考えても見て御覧なさい。バレンティアが主導して銀河連合をまとめ上げて来たこの百年、人類はより大いなる発展を成し遂げたと、確かな自信と誇りを胸に口にする事が出来ますか?」


 銀河連合憲章の一文を引用したリンドベルクの言葉に、不意を突かれた各員は何も言えず、ただ目の前の金髪を携えた女を見据える事しか出来なかった。そして、その視線は彼女の下まで届きはしない。


「技術の発展は、確かにあったでしょう。しかし、それが人類の益となるかは、完全な相関関係を求める事はあまりにも難しいことなのだと、第一次オリオン腕大戦であなた方は学んだはずです。そして、今もその教訓を生かせずにいる。愚かと言わざるを得ません。紛争、難民、海賊、テロ、貧困……あらゆる問題を、バレンティアは放置してきました。主権侵害になると。しかし、国家の主権を守りその礎たる市民の主権を蔑ろにしているのです。我々の意思に賛同する人々は、あなた方も良くご存知でしょう」


 その先を言わせてはならない。本能でカルーザは悟り、いきり立って立ち上がるも、一瞬早く彼女の口が動いていた。


「志を同じくする同志は、歓迎します。何かあれば連絡を、いえ、行動で示していただいても構いません。銀河が止まるまで、いつでもお待ちしております」

 女は微笑み、あとに暗闇だけが残った。






・アリオス歴一三二年 一二月三一日 大型巡洋船アクトウェイ スティレリ星系


「どういうことだ、リガル」


「俺に聞かれても困る。こっちだって……戸惑ってるところだ」


「彼女の顔、見ただろう」


「もちろん。だが俺が訝しんでいるのはアキじゃない。あの女、リンドベルクとかいう女将校だ」


 アクトウェイの食堂で、急遽乗艦したカルーザ・メンフィスとリズ・ブレストンが、リガルを糾問する。リンドベルクの顔立ちは、控えめに言ってもアキと瓜二つだった。これについて、何かしらの関連性を疑わない人間がいるのだとしたら、それは目の前で超新星爆発が起こっても食事に集中していられる愚か者だけだろう。

 ここにいる誰しもが、その基準から見れば賢人ともいえる素質を備えている。食堂にはアクトウェイのクルー、カルーザ、リズ、そしてアキが顔を突き合わせている。急造のテーブルを寄せ集めた会議室だ。


「関係ないでは済ましきれんぞ」カルーザ・メンフィスは声色に苦々しさを交えて、「ケイロ中将は、まだアキを知らない。だがクライス・ハルト中将は知っている。さきほどブレストン少佐に確認させたが、メッセージは銀河全土へ向けた公開通信だ。一ヶ月でバレンティアの辺境まで轟く」


「君の言いたいことはわかるが、アキは元々、アクトウェイのAIだ。親父の代から引き継いでるんだから、帝国軍との関与なんてある筈がないだろう」


 両手を上げて諌めるように言うリガルの隣で、アキは静かに佇み、関係のない大人の話を聞いている子供より飄々として、ただテーブルの表面にある一点を見つめていた。

 緊迫した空気が流れる。剣呑として視線で、クルーたちはカルーザとリズを見やっているが、軍人である二人はリガルとアキしか眼中に収めていない。追及するべき事由はそこにしかないとわかっているのだ。


「アキ、どうなんだ。君は銀河帝国とつながりを持っている?」


 リガルが問うと、彼女は顔を上げ、伸びた白髪が目にかかるのを跳ね上げた。


「断言しますが、私自身はリガルの言う通り、銀河帝国とは何の関わりもありません」


「だがな、アキ。アクトウェイと君自身の潔白が証明されたとしてもだ。現実問題として――俺自身は君達を信頼しているが――バレンティアに目を付けられる事は確実だぞ。特に、第五機動艦隊からは」


「だが、彼女はいち民間船のAIに過ぎないだろう」


「そうともいえないのです」と、リズ。彼女は顎をしゃくって、リガルを示した。「リガル船長。あなたは恐らく、この銀河で最も古くからジェイスの一党と接してきた人物です。その船のAIが帝国軍と通じていた、という疑念は、真偽に関わらず火種としてはじゅうぶんでしょう」


「ちょっと待ってくれ。そうした場合、銀河連合軍は俺達をどうするつもりなんです?」


 イーライの質問に、カルーザはアキから視線を外さずに答えた。


「恐らくは、俺の下に君達の拘束命令が届くだろう。機動艦隊司令本部への連絡を経るだろうから、少なくとも二週間は安全だ。だが用心しろ、リガル。宇宙が理不尽で構成されているのは、君も知っているだろう」


「待てよ、カルーザ。俺達が拘束された後にどうなるか、聞いてない」


 カルーザ・メンフィスは、恐らくリガルが今まで接してきた中で初めて、明らかな戸惑いを見せた。隣に座るリズ・ブレストンを見やるが、彼女は微かに首を振り、彼自身の口で伝えるべきだと目で訴える。

 しばしの逡巡の後、彼は席を立ちながら言った。


「戦時下における、銀河連合の定めた公選規程に従うのならば、敵性戦闘員の扱いについては意見が分かれる。バレンティア航宙軍の規則に従うのならば、臨時の裁判の後に銃殺されるか、情報収集のために拘束されたまま、営倉に監禁するか、どちらかだ」


 セシル・アカーディアが立ち上がった。その両眼には明らかな怒りの炎が揺蕩っている。イーライ・ジョンソンも腕を組んでテーブルの上に足を載せ、フィリップ・カロンゾは顎をさすりながら口をへの字に曲げていた。ジュリー・バックについては、ただ堪える様にポケットウィスキーを握りしめている。指の先が白い。キャロッサ・リーンは、気遣わしげに一同を眺めるだけだ。


「メンフィス准将、待って。この船にはあんな非道な連中に肩入れする奴なんか――」


「座れ、セシル」


 リガルが言い、彼女は唇をかみしめて椅子に座った。軍人二名はそのまま食堂入口のハッチまで歩き、最後にカルーザだけが振り返る。


「リガル、悪く思うな。俺は命令とあれば、お前でも捕える」


「わかっている。恨みはしないよ、カルーザ。誓いに従え」


 彼らはしばらく見つめ合ったが、黒い瞳と青い瞳、そのうち青い方が視線を逸らし、彼らは足早にアクトウェイを後にした。


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