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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第四章「嵐を凌ぐには」
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一三二年 十二月三十日~

・アリオス歴一三二年 一二月三〇日 バレンティア第五機動艦隊


 第二次オリオン腕大戦は開戦当初から早期決着が望ましい。どの戦争にも言える事ではあるが、ゲリラ戦を展開する敵軍を相手にする場合、特に速攻が有効とされる。圧倒的な物量と攻撃力を以て、敵に待ち伏せなどの作戦を練らせる時間を与えない事が重要だ。

 第五機動艦隊は新進気鋭。シナノ宙域会戦の疲労を残さないよう、ハルトは徹底的に将兵たちを休ませた。戦闘後しばらくは敵の襲撃の可能性は無いと見たためだ。その間に補給も済ませ、第二機動艦隊とは対照的に完全な戦闘態勢を維持している。

「敵の位置は概ねつかめている」彼の言葉に、ライオットではなく参謀の一人がコンソールを叩いた。シヴァ領宙図の第三管区、レイズ星間連合との国境宙域からは離れた、アルトロレス連邦方面にある星系が明るく強調表示される。オオシマ星系、とタグがつけられているそれはさらに拡大され、恒星から九光分の位置を回る内惑星と、さらに五光分離れたガス惑星を表示した。その中間軌道、攻勢から十三光分の位置に停泊している第六機動艦隊が映し出される。

 彼らは星系内を占領するというより、半ば脅迫的に物資を徴発し、戦闘母艦の強力な電子妨害機能で通信を遮断しているらしい。偵察艦が連絡を寄越したのも、ひとつ前の星系へとジャンプをした後だった。

「既に惑星政府、及び周辺の航宙状況は掌握されているとみられる。戦闘母艦の大出力電子妨害装置への対抗手段は、バレンティア以外の装備では皆無だ。星系守備隊も何もできずにいるだろう。裏付けとして、各ワープポイントを守備する少数の部隊と、内惑星軌道上に集結したシヴァ共和国軍艦が確認されている」

 その時、戦隊長の一人が口を開いた。壮年の女性大佐だ。

「星系守備隊は、こちらの攻撃に呼応して戦闘に参加するでしょうか?」

 彼女の質問に、誰よりも早く、離れた位置にある別の男性戦隊長が答える。

「無理だろう。ガス惑星ではなく内惑星の軌道上にあるということは、兵員は全て惑星上に送り返されている可能性が高い。そうする事が、船を無力化するのに最適だからだ」

「でも、星系守備隊は彼らだけではないでしょう。惑星上の地上軍にも、対宙兵装はあるはず」

「裏切り者たちもそれは承知の上だろう」ライオットが口を挟み、一同の視線が彼へと集中した。「だからこそ、彼らは惑星から離れた公転軌道に停泊しているんだ。地上軍を相手にするには、第六機動艦隊にいた宙兵隊の数では足りないのだろう」

「そもそも、彼らは何故反乱を起こしたのでしょうか。我々と同じく、彼らはバレンティアと平和への忠誠を誓っているはずなのに」

 核心を突いたな、とハルトは思った。誰しもが抱えていた不安だ。それは言葉にすればこうなる。「彼らが裏切ったのなら、自分たちも裏切りに手を染めるのではないか?」。答えは誰の胸の中にもない。在る筈の無い可能性に頭を悩ませるなどあってはならないが、どうしても無視できない問題であるのも事実だ。

 ゆっくりと、一同の顔を見渡す。最後に、問いを投げかけた宙兵隊指揮官を勤める男性将官を、ハルトは重々しく見据えた。

「クラップス少将、その問いに答えられる人間はこの場にはいない。皆、祖国へと忠義を誓った忠実な兵士だ」

 現実として、この艦隊にも内通者がいるかどうかは把握しきれていない。ハルトは開戦直後に、ライオットと艦隊情報部へ、第五機動艦隊のあらゆる通信を密かに監視して内通者を洗い出すように指示していた。未だ報告は上がらないが、第六機動艦隊と雌雄を決するに当たり、もしいるとすれば内通者は行動を起こすだろう。その時が勝負だ。

「はい、申し訳ありません、閣下」

「気にすることはない、誰もが抱いている疑問だろうからな。差し当たって、我々はこの第六機動艦隊を叩き、シヴァ領宙に安寧を取りもどす。上手くいけばジェイスの艦隊の手掛かりもつかめるかもしれん」

 それから、様々な艦隊行動について打ち合わせを終え、戦隊長や参謀たちが退出した。急に広々と感じられるようになった会議室で、ハルトは一人残ったライオットの持ってきた微炭酸ドリンクに口をつけていた。

「美味いな」

「シヴァ特製の栄養飲料だ。どこの軍でも評判はいいよ」

 黄色がかった泡の立つドリンクを一気に飲み干し、紙コップを握りつぶす。疲れた様子の彼を見つめながら、ライオットは自分の分をごく少量、飲み込んだ。

「ライオット。クラップスの言ったことだが――」

「わかっているさ。その懸念はもっともだ、ハルト。真偽は関係ない。そうであるかもしれない、その懸念が危険なんだ」

 重々しく、ハルトは頷き返し、乱れた金髪を片手で撫でつけた。

 バレンティア機動艦隊のいくつかが寝返った理由。二人は同一の答えに行きついていた。そして、その条件を目の前に提示された時、両名とも、バレンティアの軍人として、ムハンマド・アブ・サラーフという猛将に立ち向かえる自信を失っていた。

「バレンティア軍人は名誉を重んずる。彼らが寝返ったとあれば、それはバレンティアの誇りを順守するために他ないだろう」

 大義名分を敵に奪われている可能性。銀河帝国残党然り、ジェイス然り、反動勢力が国を守ること以外の大義名分の下に結集しているのならば、それはバレンティア機動艦隊をも味方につけるほど魅力的なものなのだろう。それが目の前に敵として現れた時、部下たちは今まで通り、彼らを駆逐するこの戦いで味方としてありつづけてくれるだろうか?

「具体的になんと吹き込まれたのか、それがわかれば対策の立てようもあるのだがな」

「これ以上、敵になる味方が増えるのは、望ましいことではないよ。今でさえ手一杯だ。奴らは本当に勝つつもりでいるらしい」

「そうでなきゃ戦えんさ」

 俺達はどうだろう。その問いは、慌てて飲み込んだ。こんなものを口にするべきではない。そうわかってはいるものの、思考を進める強迫観念めいた何かに抗しきれず、ハルトは自分が戦う意義を確認せずにはいられなかった。

「俺達が戦うのは、オリオンの安寧のためだ。そうだよな、ハルト」

 心なしか、頼りない声でライオットが言う。クライス・ハルトは、彼が助けを求めているのだと、そして、自分達が何のために戦うべきなのかを悟った。

「そうだ。そうする事が、祖国の繁栄につながる」

「敵に大義があるのなら、俺達は歴史の汚点を拡大させる手伝いをしているだけなのかもしれない。ハルト、俺は――」

「たとえバレンティアが最悪の国家に成り果てようとも、それは問題ではない」

 ぴしゃりと、ハルトは言った。戦友はびくりと肩を震わせる。

「問題は、俺たち自身が名誉を忘れないでいられるか、だ。これからバレンティアが何を為そうとも、今まではよき国家であろうと、国民も、指導者も努力してきた。その足跡を守るために、俺達は戦っているし、誓いも立てている。多くのバレンティア国民が血と汗を流して築き上げて来た何かを、外部の脅威から守ること。これがバレンティア機動艦隊の理念であり、存在理由だ。俺達の戦う意味は、何も失われてはいない」

「――驚いた。お前がそんな言葉を口にするなんて」

 確かに、ライオットの言う通り、クライス・ハルトは自分で思っている以上に独善的な考えで軍人を全うしている男ではなかった。しかし、だからこそ、個人の尊厳や行動の意味、人生の重みは尊重する。そうすることが、自らの名誉と尊厳を守ることにもつながると本気で信じている、子供らしい側面を持つ男でもあるのだ。

「別に、何も。そうさ、変わるものと変わらないものがある。そして、変わらないものを変え、変わるものをそのままに維持するには、戦いは、避けては通れないひとつの手段なんだ」

「なるほどな。先ほどまでの煩悶が嘘のようだ。ありがとう、ハルト」

「礼には及ばん」

 お互いに顔を見合わせた後で、ハルトは皮肉気に口元を歪め、ライオットは微笑み、敬礼を交わした。




・アリオス歴一三二年 一二月三一日 大型巡洋船アクトウェイ


 基準時間で大晦日であるこの日、特に真新しいイベントを催す事もなく、アクトウェイの艦橋は静かにコンソールを叩く音だけが響いていた。

 全天ディスプレイは星の海を映し、レイズ星間連合との国境宙域、そこに広がる虚空がクルーたちを見つめ返す。いつ、どこから、何が襲い掛かってくるのかわからない緊張感に駆られながら、誰もが即応態勢のまま席についている。キャロッサ・リーンが黒髪を揺らしながらその間を駆け回り、熱い飲み物と軽食を出すのに大忙しだ。

 こんなにも張りつめた空気に環境が満たされるのは久方ぶりの事だと、彼女は記憶している。レイズ=バルハザール戦争、ゴースト・タウン宙域の戦い、パールバティー近郊のジェイスとの戦闘……そのどれもが肌にひりつく緊張感に支配されていた。今もそうだ。各人に飲み物を運びながら、彼女の喉もからからに乾いていく。

 万が一、戦闘によって船が損傷し、艦橋にまで被害が及んだ場合は彼女が全員の救護に当たらなければならない。事前に製作したマニュアルを元にアキと打ち合わせをした限りでは、彼女の操作するロボットも加わってくれるはずだが、戦闘中に彼女に余計な負荷をかけるつもりは毛頭ないので、自分一人でもなんとかやっていけるように予断計画を立てていた。

(ドリンクの補充をしておかなきゃ)

 艦橋の片隅に設置されているハッチから給仕室へと入る。そこで黄色い微炭酸ドリンクの補充を始めた時、警報が鳴り響いた。

 転がり出る様にして艦橋に戻り、船長であるリガルの座る席、その右斜め後方にあるオブザーバー席へと着席し、体を固定する。その間に、ジュリーが荒々しく進路を変更して第一艦隊の動きに追従し、リガルが指示を飛ばしていた。出端をくじかれつつも、自分のコンソールを操作して、いつも通り王今日がどうなっているのかを把握するように努める。いつ攻撃が来るか分かっているだけでも、クルーたちの負傷に備える心構えができるのだ。

 この宙域をまっすぐに突っ切ってレイズ星間連合へと戻る予定だった。第二管区艦隊もこれに同行し、領宙内は第五、第二機動艦隊に任せる――シヴァ首都星系には中央即応艦隊という別動隊があるらしい――形となった。負担はかなり軽減されたが、このタイミングでの敵艦隊との遭遇はかなり厳しい状況になるかもしれない。

 セシル・アカーディアが捕捉、それを中枢AIであるアキが各人のコンソールへと投影したホログラフを、キャロッサは食い入るように見つめる。

 国境宙域は、大型の赤色巨星がひとつあるだけの殺風景な宙域だ。ここにシヴァ共和国軍の観測衛星と緊急補給基地が配備されており、ただの交通路以外に使い道はない。小惑星帯はあるものの資源に乏しく、常駐する警備艇もいなかった。名をスティレリというこの星系は、シヴァ首都星系方面へ向かうものと、アルトロレス連邦よりのオオシマ星系へ向かうもの、旧銀河帝国領の各国方面、そしてレイズ星間連合へと至る四つのワープポイントがある。重力場の大きな赤色巨星ならでは、交通の要衝だ。

 敵艦隊、恐らくジェイスの指揮する白い艦隊は、二〇〇隻の威容を誇りながら旧銀河帝国領方面から出現し、そのままオオシマ星系へと大きく宙域を横切っていく軌道を描きつつ、加速していた。第一艦隊と第二管区艦隊の連合艦隊から見て、およそ三時方向、下方十二度ほどの位置だ。距離は直線で二十七光分。標準的な球形陣のまま虚空を邁進している。第二管区艦隊のケイロ中将が規則通りに指揮を執り、カルーザ・メンフィス准将の了承を得た上で進路を二時方向へ修正、軌道を敵艦隊の下方を通過するように調整した。

 白い艦隊は宇宙空間を、まるで第五機動艦隊が存在していないかのように無視したまま進み続けている。五分、十分、三十分が経過しても、巡航速度のまま接敵するコースを進んでいる。

「どこかおかしいな」

 長い沈黙を切り裂いて、イーライ・ジョンソンが言った。最初に彼に同意を示したのは、船長であるリガルだった。

「何を考えているのかがわからない。戦闘する気があるのかどうかも、不明だ」

「真っ直ぐに向かってきてるんだから、一戦交えるつもりなんじゃないのか?」フィリップがしゃがれ声で言い、長く話さなかったからか、むせながらコンソールを叩いた。

「そもそも人が乗っているのかどうかも不明だ。無人艦隊かもしれないし、旧帝国軍人が乗り組んでいるかもしれない」

「何か違いがあるんですか?」

「あるともさ。頭と頭がぶつかる前に、避けてくれるかどうかさね」

 ジュリーがいい、歯をむき出して笑った。相変わらず酒臭い。体に余計な負担をかけるから控える様にと、衛生長であるキャロッサの口から何度も釘を刺しているのだが、本人は真面目腐った顔で頷いた十秒後には手に酒瓶を持っているものだから処置なしだ。

 彼女としては、白い塗装を施された敵艦が無人である事を望んでいる。甘いのかもしれないが、人が死なない結末というのは、この理不尽な宇宙でも、それだけで大きな価値があるように思えるのだ。

 敵の意図を探る議論を掻い潜って、セシルがレーダーから目を離さずに大きく伸びをする。長く見事なブロンドが空調の風に微かになびき、思わず、キャロッサはその美しさに見とれた。

「どうかした、キャロッサ?」ちらりとセシルがこちらを見やり、またすぐにレーダー画面へと目を戻した。

「いえ、別に。セシルさん、画面ばかり見つめていて目が疲れはしませんか?」

「もうかっぴかぴよ。そうだキャロッサ、目薬あるかしら」

「持ってきます」

「ありがと」

 床面パネルを開き、いつでも取れるように収納してある衛生キットから目薬を取り出す。これあると予期し、かなり前から備蓄していたものだ。食品ではなく衛生品だから、経年老化を気にする必要はあまりない。技術の進歩で、長期間を宇宙空間で過ごすことになる、放浪者ノーマッドや商船のクルー用に用いられる備品は全てが長寿命だ。食料でも、適切な加工を施せば十年は備蓄していられるようなものもある。

 キットの中から目薬を取り出し、プラスティックのそれをセシルへと渡す。彼女が両眼に薬を垂らして、キャロッサの掌に目薬を押し付けた時、新たに注意を促す、控えめな警報が鳴った。アキが、セシルの注意を喚起しているのだ。彼女はすぐにホログラフへと目を移し、状況の変化を口頭で伝える。

「敵艦隊、進路変更。減速しています。これを受けてケイロ中将も進路変更を指示し、両艦隊は正面に展開しつつあります」

 状況は目まぐるしく展開していく。キャロッサの目には、避け得ない衝突を前にして、イーライ・ジョンソンの肩が震えているのが写っていた。




・アリオス歴一三二年 一二月三一日 シヴァ共和国第二管区艦隊


 連合艦隊が二隊に別れる。一隊はシヴァ共和国第二管区艦隊、もう一隊はレイズ星間連合第一艦隊。大きい長方形の真下に小さな長方形が納まっている形で、整然と並んだ隊列が勇ましい。

 ケイロ・シュンスケ中将が見つめる四角く切り取られた宇宙空間の正面中心、徐々に拡大されていくような光の群れを見据えた。掌にじっとりとかいた汗を隠す様に握りしめ、部下たちが硬い表情で彼を見守る中、努めて冷静な表情を崩さない。

 恥ずかしい話、彼はこれまで、艦隊同士の会戦などは経験してこなかった。もちろん、銀河連合内部で催される大規模演習で、他の部隊と合同で演習を行ったことはある。艦橋のディスプレイでは、音の伝わらない凄惨な戦闘場面を再現していたものの、心のどこかでは「自分は死ぬことはない」という余裕と、驕りがあった。どんな演習でも人は死ぬが、敵の手によってではない、事故によってだ。自分の部下が敵意のある何者かに殺害される。その恐怖を、彼は今、身を以て知った。

 尋常ならざる負荷が、心に、体にかかる。集中していなければ、今すぐにでも眩暈を起こしてしまいそうだ。心臓の鼓動は狂ったようで、先ほどから収まらない。

 あの若い准将、カルーザ・メンフィスという男。彼に比べて、自分はまだ指揮官として未熟だ。こちらは、せいぜい五十隻の海賊船を相手取ったことがあるだけだ。しかし、あの男は自分より一回りも年下でありながら、シナノという地獄を経験している。その前はレイズ星間連合で、海賊相手に大立ち回り、アルトロレス連邦でもテロリスト相手に矛を交えたと聞く。恐らくは、階級以外のあらゆる点において、自分は彼に一歩先んじられているのだ。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。ケイロは自分の頬を叩き、気合を注入する。現段階で識見を有しているのは自分だ。なら最善を尽くすまで。幸いにも、目的の敵艦隊とはこうして遭遇できた。あとは出来る限りのダメージを与え、打ち倒す。

 連合艦隊の総数は二六〇隻。対する白い艦隊は二〇〇隻だ。数的優位はこちらにある。正面戦闘においてはまず負けることはないだろう。戦術は学んできた。あとは実践し、勝つのみ。

「インターセプトは?」

「およそ五分で射程内に入ります」

「よし、砲門開け。合図と共に砲撃開始だ」

 だが、そこからが長かった。

 時間に誰かが鎖を巻いて、その場に留めようとしているかのように、じれったい時間が過ぎていく。あまり気を急いて時計ばかりを見るべきではないと、ケイロは自制しながら時刻を確認していたが、五分というカウントダウンはいつもの十倍以上に引き伸ばされているように感じた。喉がからからに乾き、呼吸が荒くなる。

 通信ボタンには既に指をかけたままだ。あと少し。三分、二分、一分、三十秒、十五秒……

 今。

「艦隊、砲撃開始」

 待ってましたと言わんばかりに、ディスプレイに光が走る。明度調整を行っていなかったために、艦橋要員の網膜を眩いエネルギーが焼いた。次の瞬間にはなんとか目に出来る程度の明るさとなり、大規模な戦闘に慣れない弱所を露呈させてしまった後味の悪さから、ケイロは微かに顔を顰めた。

 正面から向かい合った敵軍は、球形陣を早くも崩しつつあった。平たいフライパン状になった敵陣形は、四つのパーツに別れて広がっていく。美しい艦隊機動だった。四方向から効果的に砲撃を加えてくる敵に対して、ケイロの指揮する連合艦隊は不器用な球形二段陣を取っており、収束する砲撃密度は高いものの分散した敵に対して大きな戦果を挙げられないでいる。

「軽巡洋艦ヤマビコ、大破。第四戦隊より後退の具申があります」

「予備兵力から駆逐艦二隻を割いて回せ。第四戦隊にはその場に踏みとどまって応戦するように伝えろ」

「空母ハルサメより通達、護衛戦隊が前に出過ぎており、孤立しているとのことです」

「護衛戦隊を……いや、第十一戦隊が近くにいるな。彼らにハルサメの護衛をさせろ。前に出た護衛戦隊には突出しすぎないように言え」

「敵ミサイル群、接近! デコイ展開します!」

「許可する。全艦、デコイ射出、デコイ射出。十秒後に対空迎撃行動開始」

 とめどない報告と指示を求める声に対処する間にも、エネルギービームが船を、命を消化していく。戦隊ごとに、戦艦と重巡洋艦が正面を固め、そのやや後方にいる駆逐艦と軽巡洋艦が砲撃を行う。レイズ第一艦隊は、これに加えて戦隊ごとの位置取りを絶えず変化させ、敵の砲撃を巧みに回避していた。

 場数が違う、とケイロは額に浮かんだ汗を乱暴に軍服の袖で拭いながら思う。メンフィス准将は、今も何食わぬ顔で指揮をしているに違いない。翻って自分はどうか。ここまで必死に指揮を執りつつも、部下たちが湯水の如く死んでいく。これほど虚しい事は無い。まるで自分の心が、性質の悪い虫に食われていくようだ……

(それでも、指揮官は私だ。弱気になっているいとまなど無い)

 両手を強く握りしめ、そして開く。ひとつ深呼吸をすると、あらゆる意味で腹が決まった。通信ボタンを叩き、再度、艦隊に呼びかける。

「ケイロよりメンフィス准将。現時刻をもって、貴艦隊は敵右翼下方の部隊を攻撃せよ。続いて第二管区艦隊の全艦、これより敵右翼上面の敵へ突貫。ただちに紡錘陣形をとれ」

 現状、最も戦力を有効活用出来ているのはカルーザ・メンフィスだ。彼の指揮する第一艦隊には出来る限り独自に行動させたほうがいい。無理に指揮下に組み込むことは、彼の戦術的選択肢を狭めてしまう。遊撃隊として、彼には完全に独立した動きをしてもらい、その隙を突いて物量に勝るこの艦隊で敵本命を叩く。

 敵の旗艦は既に特定されている。巨大な白い船だ。カルーザ・メンフィスから供与された航海日誌によれば、アクトウェイとコンプレクターの二隻によって大破させられた――あの機雷攻撃によって大破で済んだだけで、頭が痛くなる――船だ。これを崩せば、戦術的優位はこちらに傾くだろう。

 その時、コンソールディスプレイが電子音を奏でた。オペレーターが回した通信回線を開くと、目の前に金髪の青年准将の顔が写る。彼の敬礼に少し遅れて、ケイロは答礼した。

「ケイロ中将、第一艦隊は攪乱ということでよろしいですか」

「そういうことだ。できるか、准将?」

 彼は凄味のある笑みを浮かべて答えた。

「名誉にかけて」

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