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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第四章「嵐を凌ぐには」
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一三二年 十二月二十一日~ ③

・アリオス歴一三二年 一二月二一日 大型巡洋船アクトウェイ


 ハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンは長い金髪を持つ美形で、リガルの知る限りはそれもかなり高尚な部類に入るのだが、本人の顔にいつも張り付いている不敵な笑みと紫色をしたけばけばしい航宙服が、彼への印象を複雑なものとしているのは疑いようが無かった。

 大型巡洋船アクトウェイの航海長を務めているジュリー・バックは、その本名をジュリエット・フォン・シュトックハウゼンといい、苗字が示す通りハンスリッヒは彼女の実兄であると同時に、旧銀河帝国内務次官補、カエスト・フォン・シュレンツィア侯爵の姪でもある。れっきとした帝国貴族の血を受け継いでいるのだ。すべからく、そうした出自の人間は宮廷に匿われて囲われるかと思いきや、彼女らなりの複雑なめぐり合わせの下に、一度は別離しつつもこうして再会した。人々を愛し、優しく接しようとした妹は、海賊よろしく人の命を奪わないまでも悪事に手を染めた兄を見限り、無限の宇宙へと放浪の旅に出た。

 結果として、兄妹はこの船、アクトウェイで再会を果たすことになる。角質の無くなった二人は朗らかに談笑しており、その様子をコンプレクター保安員隊長のロドリゲスと、航海長のリディが見守っている。時折、広い食堂に響く笑い声が、兄妹の幸福な時間を象徴している様だ。

 衛生長であるキャロッサ・リーンが空いた食器を片付けにかかる。大きなカートを押してきた彼女をセシルが手伝い、今日のメニューを載せていた食器の数々が三段式のそれに収容された。入れ替わりにコーヒードリッパーを置いて厨房へ消えた。アキが率先して各人のカップを用意し、茶を淹れ始めると、リガルはようやく状況が整ったのを確認してから口を開く。


「ハンス、少し話したい。これからの事だ。君はどうするべきだと思う」


 ハンスリッヒが話を中断して首をこちらへ向けた。他のクルーたちは椅子を持ち上げて二人の船長を中心に円陣を作り、その中央にカップを並べたテーブルが置かれる。即席の会議室になった食堂の中をアキがドリッパーを以て歩き回ってから、リガルの隣の席に楚々と腰を下ろした。


「そりゃ、ジェームス・エッカートとリッキオ・ディプサドルを探すさ」いつも通りの不敵さで青年は言い放った。「リガル、君だってジェイスの船と矛を交えたのならわかるだろう。あいつは、戦闘力だけならオリオン腕トップクラスだ」


「わかってる。コンプレクターとアクトウェイでは太刀打ちできない事は、もう実証されたさ。俺が言いたいのは、このまま彼らがレイズから所在を移した先のロリアへ行って、本当に会えるのかという事だよ」


「行って探せない事はないだろう。だが、君はそういう話をしているのではあるまい? 君の懸念は、この短期間にレイズからロリアへと腰を移した彼らのフットワークだ。そうだろう? 何せ、レイズとロリアの間にはミルシィ公国とダハク星系連邦があるんだ。この距離を一ヶ月足らずで、この情勢下において移動する事は、たとえ二隻といえども用意ではない」


 そもそも、ロリアではジェイスの一派による独裁体制が築かれつつある。強大な武力を背景にした実効支配だ。宇宙空間で活動する戦闘艦は、たとえ駆逐艦一隻でも惑星上に住まう人々を大量虐殺する事が可能だし、旧銀河帝国領を埋める十三ヶ国の内、最も力を有しているロリアが陥落したとなれば、そこを基点に周辺国のグローティム、セビアなどの小国が蹂躙されるのは時間の問題だ。ひとたび侵略が始まれば、彼らはその版図を広げ、ジェイスには近づく事も用意ではなくなるだろう。

 その前に、何か手を打たねばならない。そのための、ノーマッドのトップランカーへ行う協力要請なのだが、ハンスリッヒが指摘する様に、説得する前に捕捉できなければ意味が無い。

 ジェームス・エッカートとリッキオ・ディプサドルはどうやら共に行動している様だが、二人の移動速度は尋常ではない。アクトウェイとコンプレクターはレイズ星間連合第一艦隊と共にレイズへ向かわなければならないし、そもそもロリアへ殴り込みをかけるのなら戦力が必要だ。そのために第一艦隊へ同行を要請しても認可はされない。キャロッサの言葉を借りれば、カルーザ・メンフィスは友人である前に軍人だし、その為人はまず信用できるが、それ故に義務と責任からかけ離れた行動を彼が行うとは、リガルには思えなかった。

 しかし、どんな状況でも解決策はある。ただ見つけにくくなるだけだ。そのためには仲間との話し合いと、真摯に答えを追い求める哲学者の忍耐が必要になってくる。


「確認するが、俺達の目的はジェイスを止める事だ」


 彼の言葉に、ハンスリッヒはこくりと頷いた。その瞳に、シナノ演習宙域での雪辱を晴らす意気込みがありありと見て取れる。


「思うに、ランカーの二人は同じ目的で行動しているんじゃないか?」


 イーライ・ジョンソンが口を挟んだ。


「それは無いと思います。ただでさえ独立不羈の精神が強いノーマッドが、テロリストに立ち向かうなんて、映画みたいな話はありませんよ」


「俺達は、正にそうしようとしてるぜ、イーライ」


「アキの事があるからだよ、フィリップ。ジェイスはこのまま俺達を放っておいてはくれないだろう。仮に俺達が何もしなくてもだ。ジェイスは常に俺達を意識していると思う。パールバティーに姿を現したのが何よりの証拠だ。逆に言えば、この戦争に勝ちたければジェイスは俺達に関わらなければよかったんだ」


 話を聞いていたロドリゲスが低く唸る。不満げに厳つい顎をさすりながら視線を下に向けた。今の心境では、誰を見つめても睨み付ける事にしかならない。


「自分から重荷を背負ったって事か。アクトウェイとコンプレクター、二隻を相手に出来るという自信があるんだ」


「だが、その自信には根拠がある」とフィリップ。「あの白い戦艦が、奴の自信の源なのは一目瞭然だと、俺は思う。あんな頑丈な船は見たことがない。少なくとも、この二隻の攻撃を凌ぎ切ったのは事実だ」


「侮るべきではない。機雷の直撃を耐える船など、想像だにしない悪夢だ。コンプレクターを直す時、ジュリエットとそんな船があるのだろうかと語り合ったものだ」


「悪夢が現実になったということね。でも、兄さんとリガルがいるなら、私は大丈夫だと思うけれど」


 ジュリー・バックは、兄であるハンスリッヒが同席する時、必ず元の淑女然とした口調に戻る。クルーたちは、ハンスリッヒとの一件からしばしの間、横柄さとたおやかさがないまぜになった彼女の姿に戸惑うかと思われた。当然である、ジュリー・バックが椅子の上に膝をたたんで腰掛けるなど、彼女にあるまじき行為だ。だが、誰もそれについて言及する事はなく、その過去が明らかになった今となっては、どちらの彼女も彼女であるという、当たり前だが受け入れる事の困難な見解を共有するに至っている。


「ジュリエット、どういう意味だい?」


「あの男は確かに、強大な武力を持っていて、現にバレンティアでさえ手玉に取っているけれど、それも長くは続かないと思うわ。彼は自分の軍隊を気にしなければならないけれど、こちらは彼一人を狙うだけでいい。それで戦力差がなくなるほどの有利が、こちらにはあるわ」


「だけどジュリー、奴はそれを見越して行動を起こすに違いない。アクトウェイとコンプレクターが攻撃を仕掛けるにも、奴は護衛を放さないだろう。隙を突けるのはシナノ宙域会戦の様な会戦時だけだ」


「それでも上手くいったわ。あの時、ダメ押しで機雷を二つ流したのならば確実に撃破出来ていた。既にお互いの手の内は見せあった状態、つまり、イーブンになったってことよ」


 いつの間にか戻ってきていたキャロッサが、イーライの隣へ腰を下ろしながらおずおずと手を挙げた。全員の視線が彼女に集中し、黒髪の淑女は恥ずかしそうにはにかんだ。リガルがさりげなく隣にいるイーライを見やると、彼はそれにはまるで気づかず、彼女の笑みをじっと見つめていた。

 存外に脈ありじゃないか。リガルは心の中でほくそ笑みながら、口を開いた。


「どうした、キャロッサ?」


「あの、私が思ったのはですね。銀河帝国残党がこれだけ大規模に武装蜂起をしている、その地盤がどこにあるのかな、と」


「つまり」誰かが口をはさむ前に、イーライが助け舟を出した。「兵站の事か。確かに、広範囲で蜂起を起こしているというのに、その補給をどうしているのかまるで想像がつかない。どこかに拠点があるのかも」


「そう、その通り。私が学校で言われていたのは、船は燃料で動くが、人は食べ、呼吸をし、そして寝なければならないというものです。生活の三原則とも言われています。宇宙船の設備は、それらを重視して設計されているんです」


「なるほどな。確かに撃ち合うだけが能じゃない。アキ、君はどうだ。何か意見は」


「船からの立場で言いますと、キャロッサの意見には同感です」奇妙な言い回しで、人工知能は言った。「私が思うに、ジェイスの強さはその船と、護衛艦隊にあると思われます。仮に、帝国軍残党を排除する事が出来れば、我々はジェイスに対してかなり有利になるでしょうし、そのためには兵站関係を攻めるしかありません」


 二隻で出来る戦闘行動などたかが知れている。数十隻の艦艇を正面から相手取る事すら不可能だ。今まで、リガルはレイズ=バルハザール戦争から黄金の花束、そしてシナノ演習宙域での戦いでかなりの戦果を挙げ、アクトウェイを無事生き延びさせてきたが、その多くは敵の不意を突く行動を取り、一隻のみだからこそ活用できる機動力を最大限に発揮したから可能だった。

 アキの提案は、ハンスリッヒとリガルを含むこの場にいる全ての人間にとって有益なものだった。ジェイスの一党を相手取るのではなく、極限まで彼に的を絞った行動を取る事。そのためにはまず、周囲の取り巻きを何とかしなければならない。そして願わくば、銀河連合軍の砲火にジェイスが倒れる前に彼と接触したいと、二人の船長は密かに考えていた。

 議論は最終的に、一先ずレイズ星間連合宙域へと第一艦隊と同行し、その後で、カルーザをロリアへ連れていく方向で話がついた。どうやって彼を説得するのかはリガルに一任された。

 カルーザ・メンフィスは良き友人だ。ハンスリッヒを格納庫から出るシャトルまで見送りに出ながら、リガルは思った。自分の無茶に付き合ってくれるだろうという希望的観測は、強ち間違いとは言い切れない。彼は情に脆い男だ。軍人という立場の中で、悩み、こちらとの妥協点を探してくれるだろう。

 だが、同時にそうした彼の美点を利用しようと寡作している自分に嫌気がさしてきもするのだった。




・アリオス歴一三二年 一二月二三日 クリシザル バレンティア第一機動艦隊


 半球形をした巨大な艦橋に警報音が木霊する。全艦が第一級戦闘配置についているため、第一機動艦隊の各艦はものの数秒で完全な戦闘態勢へと移行した。背の高く、濃い肌色のダニエル・アーサー中将が命令を飛ばすと、目前に迫りつつある旧銀河帝国軍残党部隊へ向けて、五〇〇を数える巨大な戦艦の群れが整然と並んだ隊列を誇示しつつ加速を始めた。

 アルトロレス連邦とバレンティアの昼間にまたがる細長い領宙を持つクリシザルにて、シナノ演習宙域での大規模武装蜂起から続くジェイスと名乗る男による戦争行為は、オリオン椀で最も顕著な活動がみとめられていた。シヴァ、バルハザール、ロリア、そしてクリシザル。オリオン腕の東西南北に分布した国家規模の反銀河連合活動は衰えを見せず、しっかりとした軍事的ノウハウを基礎とする橋頭保の確保、現地住民の懐柔、物資の調達をこなし、既にならず者による武装集団ではなく、粒ぞろいの軍隊として機能していた。

 バレンティアの誇る戦闘母艦の一隻、第一機動艦隊旗艦のバラスタスの艦橋で、機動艦隊司令長官であるジョン・テイラー大将は、どっしりと腰を落ち着けてアーサー中将の指揮を見守っていた。いつにもまして疲労の色が濃い彼は、ジェイスの破壊活動をこれあると予期していた最も重要な人物の一人だったが、後手に回った事に苦い感想を抱いていた。無論、機動艦隊司令官でもあった彼はそんな情操はおくびにも出さず、従卒の青年少尉にコーヒーを持って来させ、それに口を付ける事無く戦況を見守っている。

 シナノ演習宙域で第六機動艦隊、バルハザールで第三機動艦隊、そしてグローティムで第七機動艦隊が反逆の旗をはためかせている今、バレンティアに残されている機動艦隊は第一機動艦隊、第二機動艦隊、そして第五機動艦隊のみである。第八機動艦隊は定期メンテナンスのために全船がバレンティア本国にてドック入りをしており、戦線に参加させるにはあと一ヶ月かかる。第二機動艦隊はシナノ演習宙域でかなりの被害を被っており、バレンティアの鎮圧作戦へ導入できる部隊の総数は、総じて敵よりも少ない。銀河連合軍として活動するために多くの国から援軍が送られるものの、テイラーは自身が育て上げた機動艦隊は機動艦隊でしか相手取る事が出来ないと感じていた。何しろ、五〇〇隻の大艦隊である。その気になれば旧銀河帝国領の各国を蹂躙するにじゅうぶんな戦力だ。それが三つも敵に寝返ってしまった。

 現状を整理すると、シヴァ共和国にて活動していると思われるジェイスの指揮する艦隊と第六機動艦隊は、クライス・ハルト中将率いる第五機動艦隊とカリオス・エンテンベルク中将指揮する第二機動艦隊が担当する事になり、クリシザルでの敵対活動は本国にある、ダニエル・アーサー中将のこの第一機動艦隊と、ヴィンセント・マッハドベリ中将の第四機動艦隊が担うことになる。今、第四機動艦隊はクリシザル全域でゲリラ的活動をする帝国軍残党を追っており、第一機動艦隊は主力と思われる部隊の追跡に従事していた。目の前に現れた二〇〇隻もの古い帝国艦艇によって構成された部隊は、一週間の追跡調査でようやく捕捉した部隊だった。


「インターセプト、六二三秒後」


 オペレーターが叫ぶ。アーサー中将の座る司令官席とは違うオブザーバー席に、あらゆる情報をホログラフで表示させていたテイラーは、敵陣形をじっくりと吟味する事にした。

 敵は三隊に別れている。中央の一〇〇隻、両翼の五〇隻。どれもが標準的な箱型隊形で、性能と戦力で遥かに上回っている第一機動艦隊から遠ざかる方向へと移動している。この宙域はデブリも何も無く、二十光分先のアルトロレス連邦領宙へ向かうワープポイントを目指している様だ。撤退するつもりなのか、それとも罠であるのか。どちらにしても五〇〇隻の部隊ならば負ける事はないと踏んだアーサー中将は、敵を猛追している。テイラーはそれを黙って見ていた。彼自身も、第一機動艦隊が破れるとは考えていなかった。

 だが、状況は一変する。いよいよ射程範囲内に帝国艦隊が入ろうかとしていた正にその時、新たな警報が響き渡り、ホログラフの戦術図に新たなアイコンが大量に現れた。


「敵増援出現」再びの報告に、将兵たちの神経が引き締まる。「数、二〇〇。同時に目標アルファ、上方へ旋回」


 敵は上方と正面からの二正面作戦を展開するつもりの様だ。何かをテイラーが考える前に、アーサーは反射的に前進を再指示、艦隊の船へ向けて、状況が変化しても作戦に変化が無い事を報せる。恐らくは正しい判断だろう。敵の思惑が何であれ、今更進路を変更しても仕方ない。下方に逃げても左右に逃げても、敵が広報から追撃してくる。正面へ進んで、二〇〇隻の増援部隊を叩く。これしかない。そうする事で増援の有利を奪うと共に、自艦隊の安全を確保する。

 恐ろしい相手だ、とテイラーは背筋に冷たい汗が滴るのを感じた。船の性能でも数でもない。ただ戦術的な判断でこちらを打ち負かそうとしている相手の罠へ、我々は飛び込まざるを得ない。その状況へと誘い込まれた。何の疑問も抱くことなく。

 負けるかもしれない。彼の直観がそう叫んだ時、前進してきた二〇〇隻の敵増援艦隊――目標ベータ――の半球形にくぼんだ陣形の中心へ向けて、第一機動艦隊は砲撃を開始した。

 バレンティア航宙軍機動艦隊の持つドクトリンは、戦闘艇による格闘戦と強固な装甲を持つ戦艦による砲撃戦、敵のミサイルを無効化するイージス艦による防空戦を想定している。アーサー中将は砲撃の開始と共に戦闘艇部隊へと発進準備を指示し、敵陣形の中央突破に際する格闘戦をするつもりだ。既に戦艦と重巡洋艦を中心に構成された先頭部隊は敵艦隊の前衛と激烈な砲火を交えている。

 整然とした砲撃。間断なく攻撃を浴びせかけながら、敵艦隊へと紡錘陣形をとった第一機動艦隊が突進する。陣形の中央部は必然的に薄くなるすり鉢状の陣形、ほぼ全方位から砲撃を加えられるが、銀河連合で最高の性能を誇る船にとっては、百年前の船をベースにしている旧銀河帝国軍艦艇の砲火は効果が薄い。各艦がある一点のみに砲撃を受けるように調整された陣形は、緻密に計算された堅牢さを誇る。全体にPSA装甲を張る必要が無いため、ただでさえ強固な装甲がより一層の防御力を発揮しているのだ。

 戦艦と重巡洋艦が荷電粒子ビームを弾き返す。お返しとばかりに戦隊単位で正面の敵部隊へ向けてエネルギービームを送り出し、爆発光が宇宙空間を照らす。第一機動艦隊の突撃は大きな衝撃力を持っており、敵艦隊はその威力に押されて散開、やや前進しながら、戦闘艇を繰りだすほどの至近距離になると格闘戦へ移行した。

 戦闘母艦である旗艦バラスタスからも、百機以上の戦闘艇が発進していく。陣形中央部から外側へ向け、敵味方の砲火を潜り抜けて死の天使たちが細長い箱型の機体を鈍く輝かせながら敵の対空防衛網を突き破り、攻撃を加えはじめる。さらに密度を薄めた敵陣形の中央部へ向けてさらに勢いを増した第一機動艦隊の攻撃に、遂にすり鉢の底が破れ、兵士たちが歓声を上げた。


「敵の中央を突破しました!」


「まだだ。気を引き締めろ」


 アーサー中将が怒鳴る。艦隊へ向けての公開通信だ。各艦の将兵たちは一瞬で黙り込み、険しい顔で、何が指揮官を不安がらせているのかを必死に探した。

 ダニエル・アーサーは、有能な指揮官である。ジョン・テイラーの懸念は、当然、彼にも共通の認識だ。敵の陣形の先に敵の真意がある。

 こちらを撃滅しようとする真意が。


「謎の物体を確認」


 オペレーターの報告が全員の心に突き刺さる。メインディスプレイの一角にワイプされたそれは、完全な球形をした金属体だった。センサーによれば直径百メートルほど。巨大なものだが、用途がわからずにクルーたちは顔を顰める。


「あれは兵器か?」


「わかりません。詳細不明」


 このまま進めば、あの物体は進み続ける第一機動艦隊の中心部を通過することになる。


「艦隊停止!」


 しかし、間に合わない。巨大な艦隊はそれだけに動きが鈍重だ。速度は出ても小回りが利かない。敵はその弱点を突いてきた。目前に出現した金属球体はそのまま第一機動艦隊の流星の様に流れていく艦隊の中へ飲み込まれていき――

 瞬間、宇宙が震えた。

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