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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第三章「それぞれの宇宙」
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一三二年 十二月十二日~

・アリオス歴一三二年 一二月一二日 戦闘母艦アーレ


 焦燥感ばかりが彼の胸中に蟠る。

 落ち着かなげに、一人用の居室へと放り込まれたリガルは部屋の端から端までを何度も往復する。腕を組み、憮然とした表情で時折立ち止まっては、不機嫌そうに配線の束も見当たらないのっぺりとした天井を見上げ、力なく首を振ると再び歩き回る。

 シナノ演習宙域でのバレンティア航宙軍、ひいては銀河連合軍の銀河帝国軍残党テロリストに対する敗北は、直後にジェイスが発したメッセージと合わせて絶大な影響をオリオン椀にもたらした。同時刻に帝国軍残党がバレンティア、アルトロレス連邦国境宙域にて大規模な通商破壊を敢行し、ロリアでは同程度の戦力が首都星系を占拠、既に銀河帝国再建へ向けた武力による統制を試みているという。電子新聞を捲っていく限り、虐殺事件や国家軍隊の大規模な敗北は、局所的なものを除いて見られなかった。

 しかしそれでも、経済的、軍事的、あるいは民族的にジェイスが与えた影響は巨大で、オリオン腕大戦にも劣らぬ傷を人類社会へ残しつつある。銀河連合最高評議会カリンザ星系、惑星ラティアスでは今も緊急議会が催され、バレンティア航宙軍第四機動艦隊とアルトロレス連邦警備艦隊が防衛に当たっている。既に各国の首都近郊を含む重要宙域は戦争状態にあり、メディアは「百年前の亡霊」、「バレンティア失墜す」といった記事をこぞって起稿し、こうしてリガルの手元にも届いている。

 ジェイスが保有している戦力は今のところ不明。シナノ演習宙域に限った話で言えば、反旗を翻した第六機動艦隊とあの白い艦隊だけで六〇〇隻を悠に超える。他の戦闘地域での戦力を鑑みて、おおよその所で一五〇〇隻といったところか。それだけの大規模な部隊を今までどこに隠し、維持してきたのかはわからない。これから判明する事も多いが、現在、知っておかねばならない事の方が如何せん多い気がする。

 半分自棄になって、リガルは居室の固いベッドへと身を投げた。腕を組んで再び天井を見つめ、室内を漂白せんと燦々たる光を振りまいている照明を睨み付ける。

 彼がこうも軟禁状態に置かれているのは、シナノ宙域会戦――既に歴史家達はそう呼んでいる事だろう――において、戦闘へ乱入しつつ国家軍隊でも仕留め損ねたあの白い艦隊の旗艦を大破させた事に関して、バレンティア航宙軍より様々な尋問を受ける事になったからだ。友人であるカルーザ・メンフィス大佐は今回は当てにならない。殊、銀河連合軍内におけるバレンティア航宙軍の指揮権は並みよりも高い位置にある。レイズ星間連合宇宙軍の若いいち大佐が喚いた所で、機動艦隊司令官である将官の命令を覆すなど論外だ。たとえ、自国内から最大の百年続いた平和に対する敵対勢力を生んでしまった国の軍隊だとしても。

 武力とは一日にして成らず。兵士一人から訓練し、経験を重ね、最適な装備を与える事でようやく「戦士」が生まれる。彼らは戦い、そして死ぬ。終わりは一瞬だ。考える間もなく全てが暗闇に閉ざされる。十年かけて育てた軍隊は一日で消滅する。延命できるかどうかは指揮官の質と、各兵士の能力次第だ。

 黒い航宙服のポケットから端末を取り出す。アクトウェイとの通信状態を確認すると、表示は「途絶(NULL)」だ。一見、無防備なように見えてこの部屋はあらゆる電磁波を閉じ込める作りになっているらしい。防音性能も完璧だろう。殊更に喚いて見せるつもりも毛頭ない。

 今頃彼らはどうしているだろうか。黒い船と、艦橋で作業に深けるクルーの姿が目に浮かぶ。アクトウェイ内部へとバレンティア宙兵隊が乗り込んで来た時には副長を兼任しているイーライへ船の指揮を預けて来た。彼ならどんな状況でも万事抜かりなく動けるだろうと思っての事だ。生体端末であるアキには何があっても船から降りない様に言い渡し、目立たないようにしているよう伝えた。

 アキ。リガルは彼女の姿を瞼の裏に思い描き、物憂げな溜息をつく。彼女さえいてくれれば。バレンティア航宙軍が今時では珍しい、船と直接接続されている生体端末の彼女をどう扱うか、まったく予想できない。彼女は今まで見事に仕事をこなしてきた。それこそ、リガルや他のクルーよりも。アクトウェイが生き延びて来たのは間違いなく彼女の能力による所が大きい。いくら船の性能が良くても、それを引き出して使役する人間と機械の間に齟齬があっては沈むだけだ。彼女は中間に立ち、人間と機械、双方の連絡を滞りなく進めて来た。この能力にバレンティアが興味を持たなければ幸い、と考えるのは安直に過ぎるだろうが、もし手を出した場合は機動艦隊でさえも打倒してみせる、とリガルは密かに腹を括る。

 ふと思いついて、端末の中に保存しておいた先の戦闘データを見返す。小さな画面上で精一杯の表現力を駆使しているディスプレイへ敬礼したくなるのをなんとか堪えて、その情報の海の中に彼は埋没していく。

 戦闘開始から、第六機動艦隊は「大規模な兵力を用いて戦線各所に存在する小規模部隊を同時に掌握する」演習において中央に位置している地の利を逆手に取り、蜂起。第三機動艦隊とレイズ星間連合第一艦隊以外の戦闘部隊はほぼ消滅し、この二つの艦隊も甚大な被害を被る大損害を出して戦闘は推移していく。後方で補給路防衛のために待機していた第五機動艦隊が迅速に駆けつけたのは何かしらの情報に基づいて準備を進めていた結果だろうか。完全に不意を突かれたのならばもう少し反応が遅れる筈だが、真偽の程は定かではない。何にしても、第五機動艦隊の救援によって、友人であるカルーザ・メンフィスが生き残ったのは喜ばしい事だ。

 千隻を超える軍用艦艇により繰り広げられた大会戦も、第五機動艦隊が敵の白い艦隊を打ち破り、レイズ第一艦隊を解放した時点で趨勢が決まる。第六機動艦隊は劣勢と見るやすぐに後退、白い艦隊と共に姿を消した。最終局面ではコンプレクターとアクトウェイが共同でジェイスの乗っていたであろう巨船を大破せしめたが、戦闘の帰結にはほとんど関与しなかったと言っていい。リガルは彼の言葉を思い出す。「一隻で何が出来るのか」。少なくともお前を倒す事は出来る、と胸の内で答える。

 そうして携帯端末をスリープモードにした時、ドアの横にあるブザーが鳴った。ベッドの上から体を起こすと同時にハッチが開き、胸にタブレット端末を抱いた女士官が現れた。さっぱりと肩口で切り揃えられた黒髪の下に覗く眼が、鋭くリガルを射貫く。彼は平然と立ち上がると、廊下に立って彼を見下ろしている二人の完全武装した宙兵隊員に気が付く。中を見る事は出来ない彼らの顔が「妙な事をするな」と言っている気がした。


「船体番号二〇一一三四七、アクトウェイ船長のリガル氏ですね。私はこの船、アーレの艦長を務めているベルファストです」律儀に一礼し、「会議室へご案内いたします。こちらへどうぞ」


 特に抵抗する意味も感じなかったので、リガルは素直に廊下へ出た。宙兵の一人が先頭に立ち、ベルファストはリガルの隣に、もう一人が背後を固める。手錠もされていないリガルがぶらぶらと両手を垂らしながら歩いていると、ベルファストは少し眉を潜めた。印象に違わず、自分の船では一挙手一投足に規律を求める艦長であるらしい。だが人気は高い。船の雰囲気でもわかる。通りすがる兵士達一人一人が、律儀な敬礼を彼女に投げるのだ。連れられる彼には好奇の視線が注がれるが、彼女の前だからか妙な行動を起こす兵士はいない。


「良い船だ」


 思わず口の端から漏れ出た独り言を聞きつけ、ベルファストは微かな笑みを口の端にひらめかせ、無表情に戻った。


「第五機動艦隊の旗艦ですから。戦闘母艦は初めてですか?」


「初見ですが、戦闘母艦とはとても大きいのでしょう? 乗組員も大変な数にのぼると聞いていますが」


「はい。戦闘母艦は、最大に規模を誇る機動艦隊の要となる船ですから。大規模な量子通信波を利用したレーダー、超光速通信設備に加え、個艦防空用の対空レールガン、小型ミサイルを完備。大型パワーコアによりPSA装甲の強度は桁違いで、艦載機のパイロットも粒揃いです」


 朗らかに答える彼女へ向けて、リガルは同感だと頷き返す。ベルファストはちらりとリガルを見やると、エレベーターに乗り込みながら彼へ問うた。


「レイズでのご活躍、お聞きしました」


「大した事ではありませんよ」


 ぶっきらぼうに返すリガルの言外を察し、彼女は一度頷くと再び話題を転じた。


「アクトウェイ」


「え?」


「あなたの駆る、あの黒い船です」ベルファストはエレベーターの遠いモーター音と奇妙に共鳴する声で、「あれほどの船は見た事がありません。どこで建造を?」


「拾ったんです」とリガル。


「なるほど」とベルファスト。やけに納得した様だ。


「あなたが建造したものではない、という事ですね」


「アクトウェイを建造できる造船所は、放浪者ノーマッドの間ではありません。言っておきますが、正式な手続きは踏んでいますよ」


「詮索するつもりはありません。気に障ったのならば謝罪します」


 エレベーターが止まる。巨大な建造物以上の高さを誇る戦闘母艦では、艦内の移動が一苦労だ。一生かけて歩いたって、一度も目にする事の無い区画がいくつあるか知れない。膨大な艦内容積はその過半が物資の貯蔵や兵器の格納、大型設備の固定に埋められていて、人間が活動できる範囲は、実は船全体の三割にも満たない。乗員区画は緻密な計算に基づいて設計されており、航行中のクルーたちのストレスを和らげるための談話室、映画室、図書室、食堂など、リラクゼーションサロンまでもが揃えられており、街ひとつ、いや街三つほどが宇宙に浮かんでいる様なものだ。

 それからは無言のまま歩き、いくつ通路を曲がったのか数える事をやめたあたりでベルファストが立ち止まった。目の前の会議室と思しきハッチを警備する、当直のラフな制服を着た宙兵がビームライフルを両手で持って最敬礼。ベルファストは立ち止まってから敬礼し、通過儀礼を終えたそのまま振り返った。


「ここが会議室です。あなたはここで聴取されます。準備はよろしいですか」


「もちろん」


 彼女は頷き、手早くIDカードを壁に埋め込まれたパネルへと翳すと、開いた薄暗い部屋へと足早に踏み込んでいった。





「君はひどく微妙な立場なのだ、リガル船長」


 目前で腕を組み、親指の上へ乗せた顎を上下させながらクライス・ハルト中将は告げた。リガルは顔の筋肉をいささかも変調させる事無く彼の宣告を受け止めた。以前から重々承知していた事を生真面目に伝えられると可笑しくなってくる。

 会議室へ入ると錚々たる面々が顔を並べていた。第五機動艦隊司令官であるクライス・ハルト中将を皮切りに、参謀長であるシュトゥーマ・ライオット少将、旗艦アーレ艦長のベルファスト大佐。クライス・ハルトは背の高い金髪、シュトゥーマ・ライオットは中肉中背の好青年といった風体だ。年齢としてはお互いにそう変わるものではないだろう。ベルファストが落ち着いた様子で座卓を見回し、隅で記録を取っている第五機動艦隊情報部担当責任者、ペンスティア中佐と頷きあう。

 これからの自分の返答が公式に軍の記録に残るものだと、嫌というほど強調してくる面々に臆する事無く、リガルはさして緊張していない様子で言った。


「法的には問題ない筈ですが」


「確かにな」ハルトは首肯する。「しかし今は戦時下だ。単刀直入に言うが、なぜ君はあの戦闘に介入したんだ? いち放浪者ノーマッドが、前例の無い大規模なものとなったあの戦いにおいて、君は私の納得がいく関連性を持っていたのだろうか」


 鋭い目がリガルを射貫く。流石バレンティア、泣く子も黙る機動艦隊司令官だ。生半可な人間ではないと見える。

 軽い欺瞞工作は看破されるだろう。リガルは最低限の言葉で、素直に返答する事にした。


「強いて言うのならば、私怨です。私はあの白い艦隊、その旗艦を駆る男と角質があるのです」


 クライス・ハルトは素早く、ベルファストとライオットへと目配せした。リガルとしては、自分で墓穴を掘った気がしないでもない。


「私怨とな。君があれほど大規模な武装勢力と顔見知りだったのは知らなかった」


「そうでしょう。公式記録には載っていないでしょうから。パールバティー軌道上での戦闘を調べていただければ、あの船とのひと悶着をご覧いただけるかと思いますが」


「あの船と一戦交えたのか。指揮官の顔も見ているのだろうな?」


 武装勢力テロリストと呼んだ割には、相手の首領を指揮官コマンダーとして見る彼の言葉の乱れに、いささかの違和感も感じなかったといえば嘘になる。恐らくは、この男もあの白い船の存在、もしかしたら今回の武装蜂起に関して、あらかじめ知っていたのではないかと感じる。根拠のない推測に内心で呆れ、リガルはため息交じりに言った。


「ジェイス、と名乗っていました。お望みならば、当時の記録を提出いたしますが」


「後で頼む。それで、実際の所はどうなのだ、リガル船長。君は私怨と言うが、どんなものかね? 女がらみか?」


 ベルファストとライオットが彼を睨む。どうやらどこも似たようなものらしいな、とリガルは思った。


「まあ、そんなものです」


 クライス・ハルトは大笑した。垢ぬけた笑いだった。


「女のためか、成程。女一人のために二〇〇隻の船の中へ突っ込んでいく放浪者がいるとはな」


 心底感心したのか、それとも呆れたのか。どっちつかずの顔で彼はリガルを見つめる。


「リガル船長。君はジェイスという男と自身が協力関係に無いと断言できるかね?」


「勿論です」怒気を隠さずにリガルは答えた。「あんな男と手を結ぶなど」


「よろしい。今の所はそれを信じる事としよう。それと、レイズ星間連合第一艦隊の指揮を執っているカルーザ・メンフィス大佐についてだがな。レイズ星間連合より、先日の会戦における大佐の有能ぶりを評価して准将へ階級を押し上げると共に、正式に第一艦隊司令官へと就任させる様だ」


「本当ですか?」


「ああ。そこで君に要請する。これより貴船、アクトウェイは第一艦隊と行動を共にしてもらいたい。どうだ?」


「監視という事ですか。まだ『私』に対する不信がぬぐえないのはわかりますが、放浪者ノーマッドを軍艦の列に並べるなど」


「『君ら』を、だ。それに、私は君を評価している。レイズの英雄はアルトロレス連邦といい、ここシヴァ共和国といい、騒動の渦中にある。それは認めるだろう」


 語尾を上げるクライス・ハルトに、リガルは黙って頷く。顔は顰めたままだ。ハルトは多少なりともこのリガルという男を好ましく思うようになっていた。自分の持論や感情を抜きにして事実を見る事の出来る稀有な人材だ。シナノ演習宙域で、あのタイミングでの奇襲攻撃は余程の戦術眼が無ければ不可能だ。二〇〇隻の敵船団へ突っ込んで無傷で返ってくる船など相手にしたくはない。まだ処理しなければならない問題へと意識を向けながら、ハルトは懐から取り出した携帯端末へファイル格納しておいたコンプレクターのデータを表示し、会議室のホログラフに接続してテーブルの上に表示して見せた。。


「この船、コンプレクターは君の僚艦か? 調べた所、海賊行為について前科があるようだが」


「閣下、宇宙では星の数ほどの主義主張があります。過去の行いだけで人を見定めるべきではないかと」


「君も?」


「私は、無論。少なくともコンプレクターが海賊行為をしていたから親しくしているのではありません」


「よろしい。じゅうぶんだ、船長」


 彼は立ち上がると、手を振って解散の意志を示した。暗かった照明が明るく輝きだし、白い光がリガルの網膜を焼く。微かに目を細めている彼へ向かって、ハルトは気さくな笑みを浮かべた。


「では、また後ほど会おう。君は船に帰っていいぞ」


 言われずとも。そんな減らず口は口には出さないでおいた。






「首尾はどうだい?」


 アクトウェイに戻ると、元銀河帝国内務次官補、カエスト・フォン・シュレンツィア侯爵の甥にあたるハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンが、奇抜な衣装を身にまとったまま声をかけて来た。長い金髪は妹であるジュリー・バックと同じ色と長さで、よく見れば顔立ちも似ているだろうか。クルーたちと共にアーレから差し向けられた男女のパイロットコンビが操縦するシャトルでアクトウェイまで送り届けられたリガルと格納庫で握手を交わす。


「随分、絞られたみたいだな。テロリストとの関与を疑われたか?」


「そんなところさ。それで、君はここで何をしているんだ」


「なに、今後について少し話したい事があってね。みんなとも一緒に離すべきだ」ハンスリッヒは大仰な仕草で、セシル・アカーディア、イーライ・ジョンソン、フィリップ・カロンゾ、キャロッサ・リーン、そして実の妹であるジュリー・バックを示す。さらに脇にはリディのそばかす顔と大柄なロドリゲスが控えていて、リガルと目を合わせると律儀に会釈した。残りの一人が見当たらず、思わず周囲を見回すリガルへ向け、ハンスリッヒはリガルの肩を叩いた。


「彼女は今、食堂にいるよ。私達の話し合いのセッティングをしてもらっている所さ」


「そうなのか。まあいい、とにかく移動しよう。格納庫は寒い」


 それから十分後には、暖かいコーヒーの揺蕩う紙コップを片手に、全員がアクトウェイのがらんとした食堂で席についていた。


「それじゃあ、メンフィス大佐、じゃない、准将と一緒に行動する事になるのか」


 リガルが一通り経緯を話し終えた所でイーライが言う。リガルは頷き、もう空になった紙コップを右手で握り潰した。


「そういう事だ。気になるのは、俺とカルーザが親しい間柄だと知っている筈のハルト中将が、どうして彼に俺の監視役をさせる事にしたのか、だ」


「メンフィス准将の軍人として誠実な面を買っていたのでは?」とリディ。「お話を聞く限り、リガル船長が白か黒かはまだ相手としてははっきりしていないでしょうし、保険程度に考え付いたという事ではないでしょうか」


「そうは言うがな、メンフィス准将とも面識は無かった筈だぜ、ハルト中将は」とフィリップ。


「俺もそう思う。会議室で話した実感でしかないが、ハルト中将はカルーザへそれほど親しみをもっているとは考えにくかった」


「となると、中将は既に君の船長を信用しているのかもしれませんね」


「キャロッサの言う通りだ」ハンスリッヒがウィンクと共に頷きかけると、隣に座るジュリーが思い切り彼の尻をつねる。「痛いな、少しは加減してくれ」


「無理さね。馬鹿兄を持った妹の気持ちもわかないんじゃあ」


「とにもかくにも、だ」


 リガルはコーヒーのお替りを自分でポットから新しい紙コップへ注ぎ淹れながら言った。


「アクトウェイは第一艦隊と行動を共にせざるを得ない。コンプレクターはどうする?」


「もちろん、同行する。我々二隻ではジェイスを仕留められない。悔しいが、それは見とめざるを得ない事実だ」


 涼しい顔をしているが、ハンスリッヒの両眼に激しい怒りの炎が吹き上がるのをリガルは見逃さなかった。しかし気付いたそぶりは微塵も見せず、淡々と頷くにとどめる。他人の怒りに干渉するのはよろしくない。


「コンプレクターの機動性とアクトウェイの火力をもってしても撃沈せしめないのならば、国家軍隊に頼るしかないだろう」


「そこなんだがな、リガル。少し考えていた事がある」


 それきりハンスリッヒは迷う様に視線を左右に彷徨わせた。黙り込み、自信無さげな彼へ向けて、リガルは軽い溜息をついた。


「もったいぶるなよ、ハンス。どんなことか聞かせてくれないか」


「……そうだな。だが、間違っても私を非難しないでほしい」


「誓約書でも書くか?」


「わかった、言うさ。私達は放浪者ノーマッドだ。国家軍隊の尻に敷かれるのはいたたまれない。だから、同じ放浪者に助けを求めるってのはどうだ?」


 セシルがはっと息をのんだ。


「ランカーに助けを求めるの? 冗談じゃないわ、あんな野蛮人共に」


 予想通りの非難に、ハンスリッヒは涼しい顔でコーヒーで喉を湿らせながら首を振った。


「そうではない。リッキオ・ディプサドルもジェームス・エッカートも、高潔で誇り高い人物だと聞く。彼らに助力を求めれば百人力だ」


 放浪者ノーマッドの間では、毎年更新されるランキングがある。上位十名しか選ばれないランキングの中、常に一位と二位に君臨しているのがリッキオ・ディプサドルという女海賊と、ジェームス・エッカートと名乗る放浪者だ。前者はたとえ放浪者同士であっても馴れ合いはしない孤立主義の持ち主だが、ジェームス・エッカートは人柄に厚く、形は違えど両者とも仁義を通す性格から多くの放浪者の畏怖を集めている。

 リガルはといえば、実は放浪者のランキングを策定する巨大データベースの中で、レイズ=バルハザール戦争における活躍から既に十三位まで躍り出ているのだが、彼自身はまだ発表が無いために知らない。クルーたちも同様だ。唯一、アキが暇つぶしに集めた情報の中に存在するのみであったが。


「一考の価値はあるな。ジェイスの軍勢は強大だ。こちらも心強い味方が必要となるだろう」


「よし、そうと決まれば善は急げだ。とにかく第一艦隊に合流しよう。メンフィス准将も君を待っている筈さ」


 明るいハンスリッヒの声とは裏腹に、どこか暗い予感を拭いきれずに、リガルは曖昧な頷きを返すしかなかった。

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