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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第三章「それぞれの宇宙」
67/103

一三二年 十一月二十七日~ ③

長らく更新をお待たせしました。ハヤカワSFコンテスト投稿作品が無事投稿完了いたしましたので連載を再開いたします。

・アリオス歴一三二年 一一月二七日 レイズ星間連合第一艦隊


作戦は決まったものの、敵の攻撃を凌ぐだけでもハルトは尋常ではない体力を費やした。ライオットが指揮を執って電子対抗手段の準備を進めているが、戦闘母艦に搭載される巨大な演算装置を用いてもそれなりの時間がかかり、十分という貴重な時間を消費した。その間、ハルトは艦隊の外延部隊を戦艦と重巡洋艦で固め、アーレすらも前に出して総反撃を開始していた。敵味方のほうかが入り乱れる旗艦アーレの周囲は未だに光で満ち溢れている。白い艦隊は緻密に計算しつくされた艦隊機動と偏差砲撃により、連続的で無駄のない砲撃戦を展開しており、それに比べて第五機動艦隊の各艦はそれぞれにめったやたらと撃ちまくっているだけのように見える。もちろん、第五機動艦隊の砲撃もそれぞれの火器管制装置(FCU)とシステムが密接に関わった過剰攻撃オーバーキル防止や最適命中率の計算なども反映されていて、戦闘部隊としては一級以上の無駄のない戦いを見せているのだが、あまりにも機械的、有機的な動きに比べれば雑然とした部分が目立つ。

恐るべき相手だが、ここで怯むわけにはいかない。指令卓に両手をついて陣頭指揮を取るクライス・ハルトの目の前に、アーレが中継するシュトゥーマ・ライオットからの作戦準備完了がホップアップされる。時は満ちたが、まだ艦隊陣形の再編が済んでいない。敵艦隊の布陣を突破して、そのまま弧を描くように高速移動して戦場を迂回し、第六艦隊の側面を突く攻撃プランだ。これで味方艦隊は一息つく事が出来、この戦闘自体も小康状態になるかもしれない。賭けに出るに十分なメリットだ。

そうして敵艦隊が微かに前進してきた所で、艦隊の全艦から作戦指令書の受理を示す信号の受信信号が届き、それらが一覧表となって「完了」の二文字と共にホログラフに表示される。そろそろ動き出すべきだ。


「全艦、作戦計画書三〇七を実行せよ」


簡潔な命令が虚空を走る。艦隊の駆逐艦、巡洋艦、戦艦が、ダウンロードした緻密な作戦計画書を開いてそれぞれの艦長の下で実行に移される。密集陣形を組んでいた各艦がさらに陣形を狭め、戦艦隊を矛先に据えた矢尻型の陣形となって前進を開始する。同時に、アーレ率いるすべての船からそれぞれのパターンに合わせた電子対抗手段を展開。

途端に、敵艦隊は微かに陣形を崩した。やはり読み通り、敵艦隊はどれかの船から管制指揮を執っていたのだ。それらの緻密な管理が崩れた艦隊機動は今までとは比べ物にならない程の未熟な陣形と化し、その間隙を縫って敵艦隊左翼に砲撃を集中して突撃する。完璧なタイミングで第五艦隊は敵陣形を打ち崩し、撃沈されていく白い船の集団を尾に引きながら流星の如く戦場を横切っていく。

アーレの艦橋でも歓声が上がった。ハルトはそのまま時計回りに進路を変換して、レイズ星間連合第一艦隊が未だに抵抗を続けている部分の左翼位置に回り込み、第六艦隊の後背を突くために移動を開始した。



・アリオス歴一三二年 一一月二七日 レイズ星間連合第一艦隊


「味方だ! 助かったぞ!」


スペランツァの艦橋で乗組員たちが声を上げる。僅かに緩んだ緊張の糸を掴むようにして、カルーザ・メンフィスは指揮卓を叩いた。


「気を抜くんじゃない! まだ敵は目の前だ、少しでも数を減らすぞ!」


クルーたちは目の色を変えてコンソールに飛びつく。スペランツァの周囲に展開している第一艦隊の生き残りは既に九〇隻を割り込み、元々が二〇〇隻の部隊であっただけに隙間風の吹くような寂寥感は大きかった。損害報告は常時カルーザの手元に届いてはいるものの、驚異的な速度で更新されていくその情報を今はまるで見る気にはなれず、血が滲むほど唇をかみしめながら少しでもその速度を落とすために指揮卓に立ち続けた。

第五機動艦隊の救援により、程なくして戦況に劇的な変化が訪れる。第一艦隊はようやく最前線から解放され、後方に退いて部隊の再編を行う余裕が出来た。カリオス・エンテンベルク中将率いる第二機動艦隊とクライス・ハルト中将の指揮する第五機動艦隊の挟撃に、ムハンマド・アブ・サラーフ中将は現状不利と見たのか、白い艦隊が陣形を再編する宙域へ向けての一点突破を図る。これに同調し、ハルトとエンテンベルクは共同で三次元的な輪形陣を形成し、二個艦隊で突破を図る第六機動艦隊へと猛攻を仕掛けた。


「少しでも奴らの数を減らせ。深追いはするな。既に戦闘は終結へ向かっている」


途中で吸収したレイズ以外の銀河連合部隊を第一艦隊の現状指揮官であるカルーザ・メンフィス大佐へと預けると、身軽になったハルトは戦闘艇全機出撃を命じ、数多有人戦闘艇部隊が巨大な航空母艦や戦闘母艦アーレから出撃していく。対して、既に敵味方識別信号(IFF)で敵と認識される第六機動艦隊の戦闘艇部隊も格闘戦を挑み、千二百を超える史上最大規模の格闘戦が開始された。

レーダー画面をエネルギーの奔流が乱す。そうでなくとも表示する目標物が多すぎるこの状況下でまともな判断など下せるはずもない。しかしハルトは投影するホログラフをひとつ、またひとつと増やして、今では二十以上のアーレが統括する艦隊状況ホログラフを目前とし、戦闘指揮所たるアーレの艦橋も途切れる事の無い戦闘指揮と連絡、情報整理、管制に当たっていた。ベルファスト大佐は不眠不休で陣頭指揮に当たっており、ライオット少将をはじめとする参謀も各所で戦闘を展開する各部隊への戦術助言や陣形維持で手いっぱいだ。それらの最終的な判断をくだすのがハルトの役目ではあるものの、最高指揮官としてこのままで本当に良いのか、疑問に思わざるを得なかった。

何よりも気になるのはあの白い艦隊だ。巨大な旗艦はこの距離でもアーレの光学機器が捉えている。悔しいが、あれほどの船を建造する技術はバレンティアにはまだ無い。既に陣形再編を終えて第六機動艦隊の救援へと動き出しているその艦隊機動は見惚れる程だ。滑らかに加速して、十数分の内に交戦範囲内へ来る事をいち早くアーレが伝えてくる。この間にも、可憐な少女はその姿をベルファストの隣に投影し、指示を仰いでいる。恐ろしいまでの演算処理能力だ。この広々とした艦橋にいる全員が彼女の助けを借りて戦っている。

クルーたちの顔には疲労の色が濃い。既に開戦から十三時間を悠に超える。通常ならばありえない戦闘行動の長さだ。それもこれも、今まで相手にしてきたのが海賊や敗戦間近の国家軍隊程度でしかなかった事の代償なのかもしれない。

今まで、オリオン腕にしがみついている人類は安穏と暮らしてきた。あまりにも安定した百年間であったために、大戦終結から続いてきた平和の甘い汁を啜ってきたのだ。

何が宇宙最強だ。ハルトは自嘲的な笑みと共に、慢心と恭悦に浸っているバレンティア航宙軍の機動艦隊は、その伝説を今日限りで返上することになるだろう。大戦終結時には泥沼の銀河帝国との長い戦いで鍛え抜かれた精鋭であった艦隊は、一世紀を経れば全てが変わる。船も、人も、戦術も戦略も。それらを見越した上でのこの蜂起。

シナノ演習宙域での帝国軍残党および寝返ったバレンティア航宙軍による武装蜂起は、今後の歴史において血の文字で綴られた最悪の出来事として語られる事になるだろう。その中で自分はどんな人間として語られるのか。そんな興味も、目の前に迫った第六艦隊の激烈な砲火の前には何の意味も持たない。

輪形陣の中を第六機動艦隊が突き進んでいく。その両側から第五・第二機動艦隊が砲火を加え、一気に数を削っていくが、サラーフ中将は戦艦隊と重巡洋艦、さらには格闘戦によって生じる味方機への誤射を恐れた砲撃の緩和により、目立った損害も出ないままに砲撃の回廊を通過、そのまま白い艦隊との合流軌道に乗る。

大部分の当事者たちにとって唐突に始まったシナノ宙域会戦は収束に向かっていった。しかし、後に彼らが語るのは、この後に起きるひとつの戦闘であると、誰もが口を揃えて言うのも事実である。




「なんだあれは?」


最初に気付いたのは、後方に退いて各国の部隊を再編していたカルーザ・メンフィスだった。既に最前線の戦闘をふたつの機動艦隊に委ね、自らは艦橋でゼリー状の携帯食を口にしていた所だった。

指揮所を包む全天ディスプレイの星空を、何気なく見つめていた時だ。

一筋の流星が漆黒の虚空を駆ける。遊弋している味方艦が密集しすぎて、レーダー画面では捉える事が出来ない。調べればスペランツァのレーダーユニットは気づかぬ間に損傷してもいた。データリンクを通じて陣形外延部にいる駆逐艦から情報を取り寄せると、その光学機器が捉えた映像に愕然とする。


「馬鹿な。何をやっているんだ、あいつは」


宇宙に溶け込むほどに黒い塗装の施された船は、一直線に白い艦隊へと突っ込んでいった。



・アリオス歴一三二年 一一月二七日 シナノ演習宙域 大型巡洋船アクトウェイ


「機会は一度だ。決めるぞ」


リガルが言う。クルーたちは各々の座席で頷き返し、アクトウェイの艦橋は五月蝿いほどの静寂に包まれた。

慣性航行のために甲高いエンジン音もしない。黒い船体はシナノ演習宙域で戦闘を行っている戦闘艦の二倍の速度で航行している。巨大な質量を持つこの船が駆逐艦や軽巡洋艦よりも速く移動するために、アキとジュリーは緻密な計算の上に大きく迂回路を取って、最適なタイミングで戦闘宙域へ突入する機を伺っていた。戦闘の推移はリガルとイーライが意見をぶつけ合いながら行い、今、この会戦が終結しようとしている絶好の機会。このタイミングでの放浪者ノーマッドによる戦闘介入はジェイスも予想してはいないだろう。

アクトウェイが猛進する。こちらに艦首を向けている船は一隻もいない。移動を開始している白い艦隊の側面を突くまでに三分。これだけの時間ならば方向転換して迎撃態勢を整えるのは不可能だろう。そして、こうした場合に考えられる迎撃手段としては――


「白い艦隊、ミサイルを斉射。数、四百以上」


セシルが緊張を感じさせぬ声で告げる。やはりミサイルだ。全方位に対する即応性の高い迎撃手段としてはそれしかないだろう。そして、こちらとしてもミサイルを相手にした方が安心できる。エネルギービームは止められないが、ミサイルならば着弾までいくらでも時間を稼ぐ事が出来るからだ。


「デコイ射出。イーライ、対空レールガン展開。デコイ展開後に全砲門を用いてミサイルの迎撃を行え」


「アイアイ」


「ジュリー、コースそのまま。白い艦隊の中央部へ向けて突き進め。速度は緩めるな」


「了解さね、船長」


アキがデコイを射出する。アクトウェイの艦尾付近から放射状に広がっていくそれらは船と同じ熱放射、電波特性を併せ持つ。敵の火器管制システムはよほど高度なものでない限り欺瞞効果を排除することは難しいだろう。広い宇宙空間において、ミサイルの中間誘導は特定の周波数で返ってくる量子通信波をミサイル自身が感知するセミアクティブ・レーダー方式を採用している。これを逸らすには同じ波長の電波を弾頭のレーダーにぶつけてやればいい。そうすれば、ミサイルはデコイへ向かって飛んでいく。

だが、予想に反して敵のミサイルは半数以上がそのままアクトウェイに向かってくる。驚きと共にやはりという思いがリガルの胸の内に広がるが、途端に発砲を開始した対空レールガンの雨が虚空を薙いだ。セシルの管制情報とイーライの火器管制システムをアキがオーバーライドして中継し、砲雷長席で移動の間に彼が作り上げた迎撃パターンが発動。濃密な牽制弾幕から本命の迎撃弾を撃ちだし、真空の宇宙空間にプラズマの花が咲く。

それでも十二発が防空網を潜り抜けてきた。最終的にアキがシステムを掌握し、人間の速度では判断しきれない数銭分の一秒単位で目標を追跡、対空レールガンを発砲して全弾を撃ち落す。進路上で爆発した対艦ミサイルの作りだす、プラズマの雲を突っ切りながらアクトウェイは白い艦隊の中枢部へ向けて突進し続ける。

敵の数は一八二。対するこちらはただ一隻。その戦力差に怖気づくどころか、リガルは湧き上がる闘争心を抑えて敵の旗艦を捕捉したというセシルの報告を聞いていた。


「あの船です。全長二八一〇メートル、艦形よりジェイスの乗る船と判明。以降、目標をトラックナンバー=八七と呼称」


「火器管制装置(FCU)の能動照準をトラックナンバー=八七へ固定。イーライ、砲撃準備。対艦ミサイル装填、VLS開放」と、そこで予てより考えていた計画を実行に移す時だと気が付き、「機雷装填。艦尾三から十二までの投射口」


「機雷ですか!?」


驚きの声で尋ねるイーライに、リガルは頷き返した。振り向いていた彼はそれですべての意図を理解し、コンソールへ向かって指を走らせる。

既に目前まで艦隊は迫っている。こちらへと回頭しながら迎撃の対空レールガンを放ってくるが、ジュリーの巧みな舵とフィリップが最大強度を保っているPSA装甲が弾丸を弾き返す。目まぐるしくその位置を変える星々から目を背けて、リガルはホログラフに投影された巨船とアクトウェイの位置を相対的に示した立体映像を注視する。

チャンスは一度きりだ。この速度で敵艦隊の陣形の真ん中を突き抜ければ、もう一度転回して攻撃を加える時間も余裕も無い。敵は態勢を整える。ここで決めなければ後が無い。命中すればあの船は確実に沈むが、それまでにこちらが沈まない事が前提となる。やり遂げられるだろうか。少なからずの不安が、斜め後ろの席に座っている彼女が伸ばした細い腕で払拭される。アキは肩を掴んで一度だけ力を籠めて握りしめると、そのまま手を離した。本当に、本当にそれだけで腹を括る事が出来る自分は安い男なのだろうかと、リガルは苦笑しながら考えさせられた。


「機雷投射準備。主砲、斉射開始。ミサイルは周囲の護衛艦を狙え。ジュリー、そのまま前進。真っ直ぐあの船に突っ込め」


「あいよ、船長!」


目前に船が迫る。アクトウェイの舳が陣形の外輪に触れた時、リガルは叫んだ。


「機雷投射! ジュリー、進路転進上方一度!」


宇宙空間を移動するには、惑星上では考えられない速度が必要になる。時速数万キロレベルでないと、宇宙空間で繰り広げられる戦闘では効果が無い。距離が大きくなれば移動する方法も進歩し、火器管制も高度な性能が要求される。数万キロ先をのろのろと進んでいては少し艦首を傾けるだけで射程範囲内に捉えられてしまう。量子通信波は超光速で物体を捉えるが、時間差が無いわけではない。その絶妙なタイムラグを利用して、戦闘システムは最適な回避方法を選択し、攻撃を躱す。全ては高度な演算処理に裏打ちされている。アキのような人工知能(AI)が船で活躍するのはそういった所以だ。

アクトウェイの艦尾から、機雷が十二個射出される。それらは空気圧で純粋に押し出され、慣性の法則にしたがいながらほとんどアクトウェイの取っていた軌道と同じルートを同じ速度で進んでいく。射出と同時に船は艦首を引き上げ、巨船の情報を掠める様に飛びすさっていくと、何千分の一秒か遅れて機雷が巨船へと直撃した。巨大な爆発が後に続き、そのエネルギー放出でセシルが監視するレーダーもノイズのために鮮明なデータが得られなくなる。

一瞬の交錯。その間に、アクトウェイは三千メートルに迫る巨船を撃破し、そのまま離脱していく。二〇〇隻弱の艦隊は機敏に動くこともできるが、それはあくまで艦隊戦での話だ。レイズ=バルハザール戦争の無人艦隊と同じように、ジェイスはこの艦隊を全て管制制御しているだろう。つまり、各艦の判断に任せて各個に対応する事が出来ない。必ず艦隊として迎撃してくる筈だ。それでも何隻かに管制を集中してアクトウェイへぶつけたり、砲撃してくる可能性もあったが、極限まで反撃という可能性を失くすための奇襲だ。速度があれば素早く攻撃できるし、そのまま戦場を後に出来る。速く動けばそれだけ砲撃の精度は下がるが、機雷なら慣性の法則でそのまま進み続けるので命中させる事も用意だ。この状況で攻撃を避けるには、コンプレクターのように短距離跳躍をするしかない。

機雷の膨大なエネルギーが薄れた所に、セシルはアクトウェイのレーダーを集中投射して目標の状態を走査する。イーライとフィリップは既に手応えを感じて互いに拳をぶつけ合っているが、リガルにはこうもあっさりとやられる様な相手ではない事を肌で感じ取っていた。アクトウェイの上で、あの男の不敵な笑みを見た時から、一筋縄ではいかないことはじゅうぶんにわかっている。嫌な予感は脳裏にこびりついて離れない。

そしてそれを裏付ける様に、セシルの声が響いた。


「トラックナンバー=八七、健在。中波ないし大破しつつも自力航行中」


「馬鹿な! 戦艦でさえ沈む機雷をまともに食らったんだぞ!」


フィリップの驚きの声に、リガルは手を翻して怒鳴った。


「落ち着け! アキ、コンプレクターに連絡しろ。第二弾だ」


「了解しました、リガル」


量子通信波が虚空を渡る。小惑星に擬態して慣性航行していたコンプレクター船長、ハンスリッヒ・フォン・シュトックハウゼンの下にメッセージが届く。それは簡素ながら作戦が第二段階へ移行した事を伝えるものだった。目の前にホップアップ表示されたリガルからのメッセージを見たハンスリッヒは、両手を打ち鳴らして息巻く。


「さあ、盟友のためにいこう! パワーコア始動、砲門開け。短距離跳躍準備」


「了解」


リディが既定の作戦内容に従って、始動したエンジンを軽く吹かす。歪とも言える形状をしたコンプレクターがそろりと動き出し、巨大な跳躍エンジンにエネルギーが注ぎ込まれていく。事前の打ち合わせで、コンプレクターは既に一回半分のエネルギーを充填している。大型のコンプレッサーを備えているのだ。元は亡国の実験艦として建造されたこの船には戦闘以外の面で奇抜な装備が施されている。それは船を染める紫色のカラーリングからも想像に難くない。

普通、星間跳躍では重力の歪みに船のエネルギーを押し込んで、超空間への通路を開く。だがコンプレクターは蓄えた膨大なエネルギーを時空の一点に集中投入する事で、燃費も悪く距離も短いが自力での超空間航行を可能としている。光の速度を超える異空間への移動通路をこじ開けながら、紫色をした船体があっという間に消失し、次の瞬間には白い巨船から数百キロしか離れていない位置へと現れる。


「おお、こいつは酷い。おいたわしい限りだ」


既にリガルからデータを受け取っていたハンスリッヒは、見るも無残に引き裂かれた船体を眺めた。

三千メートルに迫る巨躯、その右舷艦腹からは空気と残骸が血液めいた生々しさで噴出している。真空中のため熱を放射できない被弾個所は赤く光を放ち、消火剤と冷却剤が絶え間なく吹き付けられている。その損傷個所周辺には、もちろん副砲や対空レールガンは無い。完全な死角だ。その位置に陣取っているコンプレクターは、とどめを刺すべく艦首に据え付けられた主砲砲門を向ける。


「いつかの雪辱を晴らすぞ。砲撃開始」


コンプレクターが発砲する。至近距離と言っていいこの近距離において、敵船は尚もPSA装甲でビームを弾き返した。絶妙な角度で跳弾していくエネルギーの槍に、ハンスリッヒは驚愕する。船殻へのダメージは計り知れない。だというのに、あろうことか回頭してこちらに艦首を向け始めている敵船へ、彼は放浪者ノーマッドとしての畏怖と悔しさを感じながら叫んだ。


「化け物が! 対艦ミサイル斉射、後に短距離跳躍、急げ!」


再びの主砲斉射と共に対艦ミサイルが連続発射される。アクトウェイに比べれば火力に劣る点が口惜しかった。発射されたミサイルは全て近い場所にいる敵艦によって撃ち落され、コンプレクターのPSA装甲がぶつかった無数の対空レールガンの弾頭が発する衝撃で白い光で染められる。目を焼く閃光に右手を翳したその時、目前にしていた巨船と白い艦隊の姿は消え、代わりに減速しつつあるアクトウェイの右翼前方十万キロメートルの位置にコンプレクターは出現する。


「被害を報告せよ」


「ハンス船長、右舷後方艦腹に一発の主砲弾命中。損害軽微。それ以外は被害なしです」


「死傷者は?」


オペレーターは少し戸惑った後、唇を噛み締めた。


「三名負傷、うち一名は死亡しました。ダリィです」


ハンスは目を閉じた。ダリィ。コンプレクターが宇宙に上がった時からの仲だ。気さくな老骨として彼に尽くしてくれた――


「そうか。彼の葬儀は後で執り行う。そして必ず仇は討つぞ」


艦橋にいる全員が頷く。アクトウェイではジュリーにコンプレクターへ合流する進路を指示しながら、リガルが戦況図を見つめたまま動かない。戦闘は収束しつつあるが、ジェイスが第六機動艦隊と共に宙域を離れるかどうかの見極めが難しい。第二機動艦隊と第五機動艦隊の形成した撤退ルート上の輪形陣は解かれ、傷付いた第六艦隊は戦闘速度を維持したままシナノ演習宙域から真っ直ぐに離れて行く。

戦いは終わった。少なくとも大局としては終わっている。だというのに、いつまでもぐずぐずしている白い艦隊から目を離す事が出来ない。コンプレクターと合流してもなお、その場に留まり続けている白い艦隊のアイコンを見つめる。キャロッサが栄養ドリンクとホットドックを軽食として配給して回っており、声をかけても反応が無いリガルに少しむっとした顔で肩を叩いた。


「船長、どうかしましたか?」


「え? ああ、キャロッサか。すまない、少し考え事をしていた」


「あの白い船ですね。まだ動かないようですが」


「うん。恐らく、あの巨船もダメージが酷くて無人艦の管制が出来ないんだと思う。あれほどの規模の艦隊を一隻で操るには相当な通信設備と管理AIが必要だから」


言いつつも、少しも納得していない自分に困惑しながら、船長席のホルダーに納められたポットに口をつける。微炭酸のエナジードリンクが胃の中に収まった所で自分が極度な空腹状態である事に気が付き、ホットドッグにかじりつく。

ちょうどその時、白い艦隊が動き出した。即座にセシルが算出した予想進路は第六機動艦隊との合流を目指している。既に戦闘の意志は無いと判断していいだろう。ようやく座席に体を沈み込ませ、大きく息を吐くリガルの肩をキャロッサが立つ反対側から叩く手があった。


「お疲れ様です、リガル」


振り返るとアキが立っている。キャロッサはセシルに半ば強引に手を引いて連れていかれ、イーライとフィリップは顔を見合わせてから様子を覗っている。それらに気が付きつつも、リガルは努めて平静を装った。


「ありがとう、アキ。君から労いに来てくれるなんて珍しいな」


「否定はしません。ジェイスの白い船は去りました。今となってはもう手が出せないでしょう。これからどうなさるおつもりですか?」


「さあな。これだけでかい事をしでかした奴の事だ、これからまた一手を打ってくるだろう。だが俺達にはどうにも出来ない。少し様子を見るつもりさ」


「そうですか。また、みんなで海にでも行きたいものですね」


リガルは、今度は怪訝な顔つきでアキの綺麗な顔を見上げた。彼女の黄色みがかったブラウンの瞳が無表情に彼を見つめ返す。違和感を感じているのはおそらく彼一人。

彼女はこんなことを言う性格ではなかった。彼の無茶に付き合う時も、打ちひしがれた彼を励ます時も、変わらず淡々と接していた彼女が、こうも人間味を前に出すなど、彼の知る限りでは、無い。

いったい彼女はどうしたのか。無言のまま互いに見つめ合う二人を置いて、アクトウェイの艦橋にひとつの巨大なホログラフが投影された。反応を示すよりも早くアキが表示させたものらしい。遅ればせながら彼女は首を傾け、その映像を示す。


「全宇宙へ向けて送信されています。どんなバックドアを潜ったのかわかりませんが、メッセージを受信しました」

クルーたちが四角く表示された空中投影の映像へと目を移す。

そこには、あの白い髪の毛と肌を持った男が、彼女と同じ瞳で人類へ向けて語り掛ける。




「私は銀河帝国軍残党を率いるジェイスという者だ。このメッセージは言うまでもなく、天の川銀河オリオン腕にあまねく版図を広げている人類へ向けてものである。オリオン腕大戦から百年、私はこの時を待っていた。こちらには相当数の戦力がある。後々になって知る事とは思うが、既にシナノ演習宙域で開催された銀河連合軍による大規模軍事演習は、我々の攻撃で各国の艦隊が甚大な被害を受けて幕を閉じた」


この映像は戦いの前に撮影されたものらしい。というのも、彼のいる艦橋と思われる場所には、目立った被害や散らかった物資がひとつも映っていない。あれほどの被害を受けて艦橋が無傷とは到底ありえない。


「既に三つのバレンティア機動艦隊と、他多数の部隊が我々と共に戦う意思を表明した。断言しよう、オリオン腕での平穏な日々は終わる。銀河連合軍は各地で寸断し、これから新たな戦いを起こす。しかし平和を取り戻す方法はある。旧銀河帝国領全土を我々の手に戻せ。これは命令である。拒否する場合は、力尽くで押し通す。ただで済むと思うべからず、我ら百年の灰より生まれたまえかし。ジェイスより、以上」


衝撃のメッセージは、そのまま虚空を走ってオリオン腕全土へと激震を起こした。各国は唐突な宣言に非常事態宣言を発令、バレンティアへ帝国軍残党討伐を要請するものの、彼らが把握している限りで既に三千隻に迫る大艦隊が敵の手に在り、生半可な準備では返り討ちにされる恐れが多分にあった。

時代は変わった。しかし、彼女が変わった事がなによりも気にかかる。リガルは彼への挑戦状とも取れるジェイスが引き起こす戦乱と、アキに対する不安とで板挟みになりながら、無言のままディスプレイに広がる暗い星の海を見つめていた。


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