一三二年 十一月二十七日~ ②
・アリオス歴一三二年 一一月二七日 シナノ演習宙域 レイズ星間連合第一艦隊
船と船、砲火と砲火がぶつかり合う。シナノ演習宙域は、それまでに人類が体験したことのない戦火に満たされていた。
絶えない弩級戦艦による主砲の応酬は宙域に漂うデブリを数十年ぶりに明るく照らし出し、隅から隅までを膨大なエネルギーの渦が満たすこの宙域の中で、第一艦隊は善戦していた。
相手は宇宙最強を謳うバレンティア機動艦隊のうちのひとつ。艦船の性能、数に置いて絶対的に劣るレイズ星間連合軍にとって、今回の戦闘は辛いものとなった。
カルーザ・メンフィスは舌打ちを懸命にこらえつつ、打ち崩されていく味方艦隊の姿を眺めていた。その間も、ほぼ反射で自らの戦隊に命令を飛ばし、失った軽巡洋艦一隻と駆逐艦二隻の死を悼みながらも、残りの部下を救うことに全力を傾けていた。
今の所、正面に展開している反逆部隊の隻数は七三。生き残っている第一艦隊は既に当初の二〇〇隻から一一二隻まで撃ち減らされており、その中には旗艦ムスタングも含まれていた。今、ここで前線指揮を執っているのは副司令官であるゲッタチオ准将で、陣形を再編しつつ後退して戦闘宙域からの離脱を図ってはいるものの、バレンティア機動部隊の戦闘艇にドッグファイトを挑まれ、動くに動けぬ状況だった。そういった意味では、さすがバレンティアと褒めたくもなるが、如何せんこちらが劣勢である以上はそんなことは口が裂けても言えない。他にも同宙域にはバレンティアの第二機動艦隊とシヴァの第一管区艦隊が劣勢のまま抵抗を続けており、特に第一管区艦隊の損耗は激しかった。彼らは既に五〇隻を切りつつも果敢に応戦し、周辺を彷徨っていた他国艦艇までをも合併して必死の抵抗を続けている。
彼らがここまで消耗したのも、あの白い船率いる二〇〇隻の敵増援がいたからだ。先ほどまで挟撃の最中にあったが、後衛に回っていた第五機動艦隊が救援に駆けつけたこともあり今では第六機動艦隊との正面戦闘となった。戦況で言えば第二機動艦隊がもっとも安定した戦闘を展開しているが、それでも三〇〇隻以上の第六機動艦隊の部隊が執拗な攻撃を続けており、奇襲から意表を突かれた第三艦隊はそのまま防戦を強いられている。既に五〇隻ほどの撃沈が確認されており、戦況は極めて厳しい。兵力の絶対数という有利を奇襲で打ち消された挙句に増援艦隊によって数的劣勢に落とし込まれつつある現状、起死回生の手段が欲しい所だ。今のままでは戦闘指揮に時間を取られつつカルーザ・メンフィスとしてもどうにもすることはできない。まず、その権限がない。彼はただの戦隊長であり、戦局を左右する戦術判断を行う立場にはないからだ。
しかし、状況は再び動こうとしていた。リズ・ブレストンが険しい顔で近付いてくるのを目の端で捉え、カルーザは不吉な予感を感じる。そして、間もなくそれは現実となって彼女の口から紡ぎだされた。
「戦艦エイゼ撃沈、艦隊副司令官であるゲッタチオ准将が殉職なされました。ゲッタチオ准将の遺言により指揮権は、カルーザ・メンフィス大佐へと委譲されます。ただいまから、レイズ星間連合宇宙軍第一艦隊の指揮官は貴方です、大佐」
押し殺した声でなされた報告に、カルーザはしばし瞳を閉じて自身の動揺を落ち着けた後で頷く。クルーたちはしんと静まり返り、ただ、自らが置かれた立場にのしかかる責任という名の重圧に耐えようとしている上官を気遣わしげに見やった。艦橋を見渡しながら、リズ・ブレストンだけは、この状況について楽観的な感情を抱いた。
通常、このような事態では将兵の指揮は下がり、余裕も無くなるものだ。いち戦隊長であるカルーザ・メンフィスまで指揮権が回ってくるということは、つまり艦隊首脳部の壊滅を意味する。今も戦線の各所で性能と数に勝る敵に対して反撃を試みている各艦の艦長を束ね、敵を撃退し、部下を生き延びさせなければならないというこの苦境に立たされた指揮官としてカルーザは必死にその膝が折れない様に歯を食いしばっている。
そして、その眼が開かれた。
「まだ、終わっていない」
それだけ言うと、カルーザ・メンフィスは手元に給仕兵が置いていったポットのコーヒーをむりやり飲み干すと、通信回線を開いていった。
「第一艦隊の全艦へ告ぐ。第三七七戦隊指揮官のカルーザ・メンフィス大佐だ。残念な報せをしなければならない。たった今、ゲッタチオ准将が戦死なされた。今から、私がこの艦隊の指揮権を把握、戦闘を行う」
驚愕の波が全艦に伝わるのを待つようにして少し間を置くと、力強く、しかし慎重に、カルーザは激励した。
「今もなお、強大な敵へ向けて反撃を試みるすべての将兵へ告げる。我々は劣勢だが、まだ負けたと決まったわけではない。多くの仲間が英雄の列へと加わったが、それでも我々は、まだ負けていない。まだ戦える。ここで死んでたまるか。いいか、生きて故郷に戻るぞ」
そこからカルーザは目の前に表示させたホログラフの艦隊編成表を開く。痛々しい「通信途絶」の色分けが為された艦がいくつもあるが、気丈にも彼はその中で中波以下の損害を被っている艦をリストアップし、それぞれの位置と戦隊指揮官の質とを自分の知識とスペランツァの中央コンピュータにすり合わせて、各部隊を解体、再編成しなおすと、各艦の艦長へ向けて送信した。
「今、送信したリストは新たな編成表だ。大破以上の損害を被っている船は後方に退け。中波以下の損害を被っている艦は前に出ろ。駆逐艦も軽巡洋艦もだ。戦艦は言わずもがな、その巨躯に相応しき武勇を見せろ。重巡洋艦は仲間の補助、縁の下で大家を支えよ。編成が完了した時点で別の指示を出す。それまでは各自の誇りに従い、仲間を守れ。以上だ」
通信を終えると、カルーザは数分前の疲労困憊した様子からは想像もつかない程はつらつとした顔で艦橋を見回すと、自らが艦長を務めるスペランツァの艦橋で声を張り上げた。
「この船の乗組員へ告げる。我らの船が意味するは光! いいか、この船が沈んだら負けると思え。しかしこの船が浮く限りは、勝つ」右手を振りかざし、前方へ振り下ろした。「前に出ろ! 友を守れ! この船とて戦艦、レイズで最高の戦艦だ。その意地を見せろ!」
鬨の声が上がる。航海長は思い切り舵を切り、それまで戦線の右翼中程に位置していたスペランツァは加速を始め、周辺で味方が目まぐるしく位置を変えて所定の場所へ就こうとする中を、中央正面に向けて突っ切っていく。
第一艦隊は息を吹き返したように見えた。カルーザの号令で一斉に残っているミサイルを射出すると、敵である第六機動艦隊はデコイ、対空レールガンを使い、さらにイージス艦の制御によって計算した巧妙な対空防衛網を形成し、信じられないほどの勢いで回避機動をとるミサイルが次々と撃墜されていく。この攻撃は無駄に終わったかに見えたが、これは砲戦を主体とするレイズ星間連合軍の伝統に倣い、「ミサイルは艦隊戦闘における決戦兵器たりえない」という事実を鑑みての時間稼ぎだった。両艦隊の間に広がるプラズマ弾頭のエネルギー放出により砲撃による命中精度は著しく低下したが、その間に第一艦隊は素早く艦隊陣形整え、なんとか再編した部隊を操れるような指揮体制を整える事が出来た。
カルーザは部隊を四つに分けた。正面を担当する第三七七戦隊を中心とする分艦隊、それぞれ右翼、左翼を担当する第二五六戦隊と第二五八戦隊、さらに後方へ退いた分艦隊。前者からアルファ、ベータ、ガンマ、デルタと呼称を定め、それぞれの指揮官を戦隊長に任せて自らアルファ分艦隊の指揮を執り、デルタ分艦隊を守るようにして艦隊陣形を再編した。その間にも多くの船が傷付いたが、なんとか戦線を再構築し、その間もスペランツァは先頭に立って第六機動艦隊の先鋒へ猛烈な反撃を咥えていた。
「第二、第三砲塔、熱過負荷状態。強制冷却措置実行。偏差修正〇、〇二度」
「対空レールガン、第三から第四群の機能を全停止、電力を演算装置とPSA装甲へ回せ。艦の損害は?」
「未だ軽微。二発のプラズマ弾頭ミサイルが直撃しましたが該当部分のPSA装甲復旧率は五二パーセント。機関出力――」
「ガンマ分艦隊、アルバード大佐より入電、戦艦の絶対数不足す。迅速な増援の派兵を求む」
「――一〇四パーセント。緊急出力続行中」
「三分後に、機関出力をいったん戦闘出力へ戻せ。非戦闘区画への給電を遮断、いちワットでも多くPSA装甲へ回せ。デルタ分艦隊へ返信、我に余剰兵力あらず。三万キロメートルほど後退して第一分艦隊との交差射撃地点へ敵を誘い込め」
現時点で、正面に展開している第六機動艦隊は一〇〇隻を超えていた。第一艦隊が戦線を立て直すのと時を同じくして第六機動艦隊司令官のムハンマド・アブ・サラーフ中将がレイズ星間連合軍が駄目押しのために予備兵力を投入してきたのだ。かえって、第一艦隊はその数を大きく減らして九七隻と、もはや戦闘続行は不可能なレベルにまで隻数を減らしている。さらに数の上で劣っている以外にも、艦船の性能差、劣勢の中で蓄積された疲労、ほとんどの船が損傷を負っていることなど、ありとあらゆる要素がカルーザを苦しめていた。一度ならず二度もスペランツァをエネルギービームが襲い、PSA装甲が辛うじてその攻撃を跳ね返しながらも耐え難い激震が船を襲った。
リズ・ブレストンは座席からずり落ちて床に叩きつけられた。背中に熱を感じ、呼吸が出来なくなる。苦痛に顔を歪めながらも懸命にコンソールへと這っていこうとする彼女を、指揮卓に縋りついて難を逃れていたカルーザが助け起こし、大声で衛生兵を読んだ。艦橋のあちこちで同じように倒れ伏している人間がおり、船は無事なものの内部の揺れでクルーたちの中に少なからずの負傷者が出ているのは明白だった。
「衛生兵! 誰か、衛生兵を!」
「大丈夫です、このくらい――」唐突に口元から零れ落ちた鮮血を合図に、強烈な吐き気を催し、リズはその場で吐いた。吐瀉物は絵具で染めたように真っ赤で、内蔵のどこかが損傷しているかと思われた。カルーザはすぐに自分のポケットからハンカチーフを取り出すと彼女の口元を拭い。助け起こすよりもその場で座らせたほうが無難だと判断した。
「ここは俺に任せて医務室へ行け。いま衛生兵が来る。その様子だと死にはしないが重症だろう。女性なんだ、内臓は大事にしろ」
「こんな時にセクハラまがいのことを。私でなくて、誰があなたの隣に立つのですか」
思わず素のまま返してしまい、どきりとして彼の顔を見上げる。次いで叱責が飛ぶかと思い身構えた。この緊張状態でそんな軽口を上官へ叩くなど言語道断だ。自分の未熟さにリズ・ブレストンは赤面し、こみあげる吐き気を耐えながらカルーザの顔を見つめ続けた。
しかし、カルーザはやや困った笑みをつくった後、ハンカチで彼女の口元に残った血を拭ってやった。
「そうだな、君が来るまで空けておこう。すまないな、化粧が取れて」
「………構いません。元々、あまりしていませんでしたから」
艦橋の脇に設置してある応急救護所から走ってきた衛生兵が担架を転がしながら走ってきた。既に立つこともままならないリズ・ブレストンは大人しく彼らに運ばれ、医務室へと消えていく。カルーザはコンソールを操作して艦橋の清掃システムに床面の清掃を指示した。これでドロイドがリズ・ブレストンの吐瀉物を片付けるだろう。
「まったく、どういうことかね、これは」
今更ながらに激しい動揺を感じている自分に気が付き、カルーザは自嘲気味に笑う。まだ出会って数ヶ月も経っていないというのに、隣に彼女がいないことに不安を感じているのだ。
「もしかしたら、いいコンビってやつなのかもしれないな」
そんな感想を頭の片隅に追いやりながら、カルーザ・メンフィスは叫んだ。
「全艦、被害状況を報告しろ!」
・アリオス歴一三二年 一一月二七日 シナノ演習宙域 第五機動艦隊
「損害軽微だ? ふざけた真似を」
隣りでシュトゥーマ・ライオットが呟く。まったく同感だと頷いて答えながら、クライス・ハルトは目の前で推移する大会戦の状況を見守っていた。包帯で巻かれて吊られた左腕が痛々しいが、その瞳はしかと戦況を見つめ続けている。
艦橋の正面にある大型ディスプレイには目の前で展開されている戦闘の趨勢を見つめる。今、あの白い船が指揮を執っている二〇〇隻の艦隊を相手に攻撃を開始したところだ。一時は驚異的な機動力で戦場を離脱しかけた敵艦隊だが、今は足を止めての撃ち合いに徹している。ただ目の前で砲撃を加えるのみならず、時折モーションをかけてくることがあり、その時々の対応を考えるだけでも相応の時間がとられた。そのパターンは様々で、各方面で第六艦隊と矛を交えている友軍の後背を突こうとしたり、はたまた突如進出して突貫を図ろうとしたり。先ほどの素早い動きを見せられた後ではどんな事になっても追いつける手段はないであろうということを思い知らされているため、こちらの艦隊陣形は著しく乱され、不本意ながら半分以下の兵力しか持っていない相手に対して劣勢に立っていた。
一刻も早く味方の救援に向かわねばならない。目の前のコンソール上に浮かぶホログラフは、シナノ演習宙域内で戦闘を行っている各部隊の位置と概況を示している。青い第五機動艦隊と緑色で表示される第二機動艦隊、第一管区艦隊、第一艦隊が第六艦隊の周囲に展開している。包囲されている第六艦隊は戦線を拡張しすぎているが、奇襲から保っている優勢をそのままに戦力の逐次投入によって、遊兵もなく、かえって予備兵力も少ないが、相当数の味方艦艇を沈めている。サラーフ中将は旧地球の武術を極めた民族の末裔と言われるが、その実力は確かなようだ。
「とにかく、一刻も早く、レイズ星間連合第一艦隊かシヴァ共和国第一管区艦隊を解放せねばならない。しかし、こちらには兵力の余分も主導権もないに等しい」
募る焦燥感を何とかこらえる。既にレイズ星間連合軍は司令官と副司令官を失い、今やどこぞの戦隊長が指揮を執っているらしい。その割には動きが良く、少ない数で性能と勢いに勝る敵を相手に善戦しているが、それも対症療法に過ぎないだろう。順序としては、レイズ、シヴァ、バレンティアの順序で救助すべきで、そのためにどこを攻撃すればいいのかもわかっているのだが、如何せん身動きが取れない。
とんだ切れ者だ。クライス・ハルトは白い艦隊の中心にある巨艦を睨み付けた。この二〇〇隻で五〇〇隻を足止めし、この宙域での戦闘力をゼロとしている。まだ第五機動艦隊は余力を残しているが、このまま余力を残させた状態で戦闘を終結に導くことが敵の狙いだろう。そのための二〇〇隻とあらば、戦果はなくとも倍以上の数の敵を相手に勝利するに等しい。
これほどまでの知略と戦術的才能を持つ人間が宇宙にいるのだろうか。末恐ろしい気分で、ハルトは生唾を飲み下す。宇宙で最も優れた戦術家が、味方ではなく、敵の側にいるということに戦慄せざるを得ない。
ここは強硬策を取るべきか。思い立ったが吉日と、ハルトはコンソールを叩いてアーレの中央コンピュータに戦術立案の指示を出そうとあるキーコードを入力し、中央AIへ直接接続した。右腕しか使えないために、やや時間がかかる。
コードを入力し終わった瞬間、目の前に女性の姿をしたホログラフが投影される。幼い少女の姿をした彼女は、この戦闘母艦アーレの中枢知能、膨大なメモリと高速演算装置を用いて実現した疑似人格だ。ベルファストは旗艦指揮で忙しく、参謀のライオットなどとも会議を開いて相談している時間はない。話し合いながら平行して作戦ファイルを構築することのできる機能が必要だった。
「お疲れ様です、クライス・ハルト中将。ご機嫌麗しゅう」
ハルトは何ともなしに目の前の少女を見つめた。スカートの裾をつまんで持ち上げて見せるこのホログラフは真に迫っている。音響システムの恩恵かまるで目の前に彼女が本当に存在しているかのような錯覚さえ抱く。そもそもこんなデザインを旗艦のAIに設定するなど、開発者連中はどうかしている。こちらがこの機能を使うということはそれ即ち戦闘の真っ只中であるということだというのに。
「アーレ、作戦計画を練りたい。君との会話と平行してファイルを作成し、各艦へ具体的な行動案を指示してくれ」
「かしこまりました、閣下。いかがいたしましょう?」
「そうだな、いや待ってくれ。ライオット、こっちへこい」
手招きに引き寄せられるようにシュトゥーマ・ライオットがやってくる。彼はハルトの脇に立つ少女をしげしげと眺めると、呆れたように戦友を見て目玉を回した。
「この機能を使うとは、よほど追いつめられているようですね」
艦隊指揮官たちには、この機能は不評である。見た目からして場違いな感が否めないのだ。戦闘中に集中力が切れる事も有り得る。
「仕方ないさ。ライオット、目の前の敵艦隊の動きを封じる手立てはあるか?」
「どうでしょう。アーレ、敵艦隊、識別呼称第二目標群の敵艦隊は、艦船の性能からして我が艦隊を凌駕しているか? 君の推測でいい」
「はい、ライオット参謀長。敵艦船は主にバレンティア航宙軍におけるアレイシア級軽巡洋艦、スパエリア級戦艦に相当する規模の二系統の艦船を確認。これまでの戦闘情報から推測するに各型において推力重量比において十パーセント、機関出力において十八パーセント分の優越を確認しております。砲火力においては蓄積された現状のデータからですとPSA装甲いち平方メートルあたりの換算で反射エネルギー最大値は二十三パーセントの優越。これらは理論上の最高確率値を参考に数値を提示させていただきました」
「総評として、我が群の艦艇よりも優れていることは確実か。しかもあの動きだ、何かしらの戦術ネットワークの存在が前提条件とならなければ説明できない円滑さで陣形変更を巧みに行っている。部隊配置も絶妙ですね」
ライオットの言葉に、ハルトは一筋の光明を見出した。爆発光で照らし出される横顔は不敵な笑みを作り、一転してホログラフのため影のない姿形を保っているAIへと語り掛ける。
「アーレ、敵艦隊が高度なネットワークを用いて艦隊全体の動きを制御していると仮定した場合、それを妨害する事は可能か?」
少女はほんの少し、意識するには短すぎる程の間を置いてから答えた。
「可能です。ですが長くはもちません。電子対抗手段(ECM)に対する対電子対抗手段(ECCM)の連鎖は無限につながります」
「具体的にはどれくらいの時間を確保できる? 敵の電子戦装備をバレンティア航宙軍における最高レベルのものだと仮定した場合だ」
「計算によりますと、三十七秒です。ですが、これは推定理論値であり、百パーセントの保証はありません。信頼係数五十二パーセント、限界値はプラスマイナス二十五秒です」
つまり、運が悪ければ十二秒、運が良ければ一分以上も敵の艦隊統制は見出す事が出来ると言う事だ。それだけの時間に、こちらが取れる戦術的選択肢はそう多くはないが、とにかくやってみないことには始まらないだろう。
それに、認めがたいことではあるが、このままでは彼らの敗北は必至だ。何としてもそれだけは阻止しなければならない。
「よし。やってみようじゃないか」
「しかし閣下、そううまくいくでしょうか」
ライオットの不安な言葉に、ハルトは空いた右手で襟を正しながら返した。
「なに、始めからうまくいきそうな計画ではどうしようもないさ。リスクは背負うべき時にこそ背負う」




