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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三三年 五月二十日~

・アリオス暦一三二年 五月二十日 メキシコ星系 レイズ第三艦隊


 メキシコ星系へとワセリー・ジャンプを行ってから四日。それなりに長い時間を経て、レイズ星間連合第三艦隊は目的地へとワープアウトした。

 数百隻の軍艦が、星系外延部へと光を放ちながら次々と躍り出る。超空間から飛び出した船の数々は相互にデータリンク、所定の位置へと軌道を微調整し、陣形を整えていく。やがて光点の数々は完全な球形陣へと形を変えた。その幻想的な風景は、それが人殺しの道具であることを知らない子供でしか、美しいとは思わないだろう。或いは、それを知っているどこか麻痺した大人か。いずれにしても、殺戮兵器らしからぬ荘厳な美しさを湛えている光だった。

 ワープアウトするなり、艦隊の駆逐艦が一斉に星系内を走査する。超光速の量子通信波を用いたレーダーで、星系内の敵の数までは、まだ遠くて判然としないものの、どのくらいの戦力がどこにいるのかまでは知ることが出来る。

 旗艦にある司令官席で、待ち伏せを警戒してずっと身を硬くしていたアステナは、ワープアウトが無事成功したことを確認して大きく息を吐いた。

 さしあたって、待ち伏せ攻撃は無いようだ。

 軍隊でこのジャンプを経験してもう十年になるが、未だにこの感覚は好きになれない。全身の身の毛が弥立つような感覚は、早ければ数秒でなくなるのだが、アステナはそれをどこまでも嫌っていた。軍隊が嫌いな原因は、これにもある。生理的嫌悪感は何物にも勝って耐え難い。


「司令官。星系内に敵艦隊の反応を感知しました」


 駆逐艦からの報告を受け取ったアステナは、コンソールを操作して、自分の目の前に総合結果として出された、星系内部の図面を呼び出した。ホログラフが三次元的な視覚情報として、アステナに危機を訴えかけてくる。

 まず、中央にはG五型の恒星が浮かんでいる。これを中心として八光分の位置に、大気がほとんどないやや小さな資源惑星があり、その外側、構成から十光分の位置に、このメキシコ星系の中央惑星である惑星メキシコがある。衛星ひとつを引きつれ、太陽系にある地球によく似た環境だ。だが、その直径は二割増しで、海と陸地の面積が半々くらいである。大陸は三つで、多くの砂漠や森林が広がっていた。

 敵艦隊は、その惑星メキシコ軌道上に集結していた。既に味方艦隊の姿は無く、あるのは傷付いた重巡洋艦三隻と、駆逐艦二隻が、このジャンプ点付近に留まっているだけである。


「准将、味方艦隊より通信です」


「開け」


 画面に現れたのは、右腕をギプスで固定した若い士官の姿だった。着ている灰色の軍服は所々が擦り切れ、後ろに映る艦橋も、なんだか薄汚れて見えた。


「アステナ提督、左手で失礼いたします」無事な腕を持ち上げ、彼は敬礼する。「こちらはレイズ星間連合宇宙軍第四機甲戦隊所属、重巡洋艦パステル艦長、マリード中佐であります」


 アステナはマリードに答礼した後、目の前に浮かぶホログラフの星系図をちらりと見た。


「マリード艦長、こちらは第三艦隊司令官、アステナ准将だ。早速だが、君の持っている限りの情報を我々に提供してもらいたい」


 艦長は少しだけ目をしばたたくと、しっかりと頷いた。その動作に、どこか危なっかしさがある。


「了解です、閣下。すぐに報告書ファイルを送信いたします。作成は、既に完了していますので」


「ありがとう、中佐。それと、できれば君個人の感想を聞きたい」


 マリードは困ったような顔をした。


「と、良いますと?」


 辛抱強く、アステナは続ける。


「バルハザール軍の、動きはどうだった? 戦術的だったか?」


 今度は、中佐は考え込んだ。やがて咳払いをすると、淡々と説明し始める。


「敵ながら、とても統率が取れていました。数が多いだけではありません。敵は、驚くほど上手く戦っています。私たちも敵にかなりの損害を与えましたが、敵はそれ以上の損害を我々に与えました。どこか……機械的な戦術です、提督。そうだ、シミュレーションAIを相手にしているようでした」


「他に、何か目立ったことはなかったか?」


「特には、ありません。とにかく、戦うので精一杯でした。次々と味方が……」


 目を瞬き、マリードはどこか遠くを見つめた。視線はアステナを見つめているように見えるが、彼の心は、アステナを見てはいない。その視線は、破壊された味方艦船の残骸を思っているのだろう。


「そうか、ありがとう。ご苦労だった、中佐。君たちは、立派に戦った。あとは我々に任せてほしい」


「ありがとうございます、提督。最後に、ひとつだけよろしいでしょうか?」


 中佐はちらりと横を見ると、声を低くして話し始める。まるで、怪談話で相手を脅かそうとしているようだ。


「正直に言えば……化け物です。数年前まで紛争をしていた軍隊とは、とても思えませんでした。練度も高く、各艦の連携が尋常ではありません。まるで、一つの生き物です」


 中佐は一息に言い終わると、視線を僅かに下に逸らした。戦闘の時の記憶を思い出してしまったのだろう。僅かに申し訳なく思いながら、アステナはいたわるような視線で中佐を見た。


「ありがとう、中佐。君たちはもう休んでいい」


「はい。御武運を、提督」


 通信画面から、若い中佐の顔が消えると、アステナは少しのあいだ考えて、思考を整理した。

 まず、敵軍は予想以上にやるらしい。ありきたりな表現だが、我々の予想している、紛争でくたびれた艦隊などとは似ても似つかないような戦術をやってのけるという。さらに、これはアステナのひらめきによるものだが、恐らく艦船の性能も、レイズ星間連合軍が入手している物よりも高いのではないだろうか。

 中佐の話から想像すると、仮にそうだとしても外見上の差異は無いと思われる。真新しい改造を施した船なら、すぐに見分けがつくはずだ。現状、ぼんやりと表示されている敵艦船のデータはこちらのデータベースにあるものとそう大差はない。

 それと、気になる点がもう一つ。『機械的な戦術』とは、どういう意味だろうか? 一瞬、アステナは大型のAIが、全ての船を統率して戦う様を思い描いたが、どうも考え辛かった。そもそも、人間的な発想が必要な戦闘において、AIを用いるのは自殺行為とも思える。教科書どおりの戦術しか行えないであろうAIを戦場に出したら、普通の指揮官は気づくはずだし、そこには多大なリスクしか存在しない。メリットといえば、船を動かすクルーが少ないことくらいか。作戦を立てる際の細かい位置割り振りでは重宝するが。

 そこで、アステナはある仮説を思いついた。一瞬、『まさか』という思いで身を硬くしたが、すぐに我に返ると、手元のコンソールを操作して、艦隊への通信を開いた。


「第三艦隊の、各指揮官と艦長に告ぐ。こちら、司令官のアステナ准将だ。今から三十分後に、旗艦ハレーにて行う。各上級士官は、予定の時刻にホログラフで出席せよ。以上」


 通信を終えると、アステナは立ち上がる。その、彼のいきなりの行動に、艦橋のクルーが反応を示す中、参謀長のバルトロメオ大佐が歩み寄る。彼も、アステナの尋常ではない雰囲気を悟っていた。


「いかがいたしました、閣下」


 アステナは勢いよく振り返ると、時間が無いとばかりに、早口で喋り始めた。


「大佐、敵の思惑が解ったような気がする。聞いたとおり、三十分後に会議だ。今いる連中だけでいいから、参謀連中をすぐに会議室に集めてくれ。私もすぐ向かう」


「了解しました」


 参謀長が走り去ると、アステナは、今度は艦長席に座るブルックリン大佐へと歩み寄ると、その座席の背もたれに手をかけた。大佐は驚いた表情で、アステナを振り返る。


「艦長」


「はい、閣下」


「これから、幕僚連中を集めて会議を行う。君も知らせを受けたと思うが、すぐに会議室に来てくれ。話したいことがある」


「了解です、閣下」


 七分後、巨大な船体の中の一室、大きな会議室に、数人の幕僚が集まっていた。まず、司令官であるアステナ。参謀長のバルトロメオ大佐。参謀のラディス少佐と他数人。最後に、旗艦ハレー艦長のブルックリン大佐が、階級順に座席についている。

 その上座で、アステナは指でテーブルをリズムよく叩きながら、珈琲カップを握ったり離したりしている。その様子を、幕僚たちは何分か見守っている。各員が視線を交わし、所在なさげにそわそわし始めたところで、アステナのテーブルを叩く指が止まった。

 幕僚の視線が集まる。アステナはカップの中の珈琲を一口飲むと、全員を見回した。


「諸君、ああ、待たせてすまない。少し整理していた」


「構いません、閣下。それで、ご用件があったのでは?」


 遠まわしに、バルトロメオが催促する。ここにいる幕僚たちは、全員がアステナの意見を待っていた。

 数対の好奇の視線を浴びながら、アステナは説明を始めた。


「うん。早速だが、まず、先ほどの重巡洋艦艦長のマリード中佐の話から推測するに、考えられることは三つ。一つ、敵は、どうやら想像以上に練度が高く、戦術的にも統率が取れており、予想以上の強敵となることだろう。まだ推測の域を出ないが、これはほぼ確定事項として、作戦の前提に組み込んでもいいと思う。二つ目に、敵の艦船についてだ。我がレイズ星間連合の艦船と、紛争以前、または最中の艦船を比較すると、バルハザール側の船は実に性能が悪い。だが、先の戦闘で、我が部隊は数的に圧倒的に不利であったとはいえ、個々の船の高い戦闘能力を記録している。これは俺の勘だが、どう考えても敵の艦船の性能はアップしている。三つ目。強いて言えば、諸君らにはこれのために集まってもらった」


 僅かに、メンバーの姿勢が伸びる。同じように緊張の色を帯びた空気を感じ取り、アステナは柄にも無く不安な気分になる。この司令官という役職については、それなりに勉強してきたつもりだが、実際に指揮を執るとなると、様々な弊害が存在するようだ。心理的負担も、その一つである。

 一つ息を吐いて、アステナは続けた。


「生き残り部隊の暫定指揮官である、マリード中佐からの報告についてだ。彼は、敵の戦術について、『機械的な動きだった』、『まるでAIを相手にしているようだった』、と話している。私は、これが言葉通りの意味であると思うのだが、どうだろう?」


 人数が少ないはずなのに、会議室がざわついた。突如として投げかけられた言葉に、彼らは困惑を隠しきれない。

 それも当然だろう。通常、AIに指揮を任せるということは、金も掛かればリスクもかかり、お世辞にも安心できるとはいえない。ましてや、時刻の防衛線ならばまだしも、敵国の侵略作戦でそのようなことを行うとは、早急に言えば『艦隊をどぶに捨てる』ようなものである。


「閣下、よろしいですか」


 意外にも、ラディス少佐が手を上げる。アステナは快諾した。


「よろしい。発言を許可する、中佐」


「はい。先ほどの閣下のお言葉から察するに、敵は指揮権をAIに委譲し、AIの管制下で陣形を組み、戦っているということでしょうか?」


 アステナは首を振った。


「解らない、というのが、今のところの現状だ。これはあくまで可能性の話に過ぎないし、実際に戦闘データを健闘しなければ始まらないのだが、私は宇宙船乗りの感覚には、常人とは違う物があると信じている。彼ら、まあ我々もだが、宇宙に住むものが感覚的なことを言うのは極稀だと、諸君らも知っているだろう。どこかの論文では、人類が次のステップに進みつつあるという話もあるようだが、とにかく私は、このマリード中佐の言うことを考慮に入れた上で、作戦計画を立案したいと思っているのだ」


「では、事の真偽は、これから確かめる、と?」


「そういうことになる。無論、考慮に入れるといっても、最初から確信して作戦を立案するわけではない。各指揮官に、このことを頭に入れてもらって、いざという時には対処する、というだけの話だ。作戦会議では普通に作戦を立てるし、このことを最初に話せば、彼らも頭の中に置いておいてくれる筈だ」


 ラディスは、なおも質問を続ける。


「対処するとは、何に対処するのですか、閣下」


「良い質問だ、中佐。だが、それは私ではなく神に聞いてくれ」


 顔を赤らめてラディスが着席すると、今度は参謀長であるバルトロメオ大佐が立ち上がり、質問する前にちらりとラディスを見た。


「閣下、つまり、今話したことは他の指揮官にも話すが、気をつける程度の配慮で良い、ということですか?」


「その通りだ、参謀長。この件について、具体的な対策を立てるつもりはない。ただ、皆が知っておけば、それだけ楽になるかもしれない、というだけの話なんだ」


「了解しました、閣下」


 大佐が座ると、神妙な面持ちのブルックリン大佐が、静かにアステナを見つめているのに気が付いた。他に質問者がいないか会議室のテーブルを見やって、コンソールを見る。他の指揮官は、もうすぐにでも懐疑を始められるよう準備が整っていた。

 艦長の話は、また後で聞くことにしよう。


「よし。では、会議を始めよう」


 言うと、会議室の開いている座席に大勢の指揮官が姿を現した。駆逐艦の艦長から、旗艦の艦長まで、ほとんどの佐官が顔を出すと、会議室は急に狭くなったように感じられた。

 その誰もが、この星系での戦闘で散っていった仲間の大きさを認識し、険しい表情をうかがわせている。これはいい復讐戦になるだろうな、とアステナは思った。彼自身、敵のやりかたには頭に来ている節もあるのだ。やりたくない仕事とはいえ、殺されたのは自分の仲間。これに黙っていられるわけが無い。


「まず、状況を説明しようと思う。今のところ、ここメキシコ星系の中で、戦闘は発生していない。第二番惑星軌道上に、部隊の再編成を進めていると思われる敵主力部隊が見受けられ、我が第三艦隊に程近い位置にいる味方残存部隊は先頭に耐えうる状態ではない為、ここは我々だけで戦うことになる。ちなみに言うと、敵の数は予想と同じくらい、およそ二一〇隻ほどであることが解った。味方艦隊が、ここまで減らしてくれた。全てがバルハザール宇宙軍特有の砂色の塗装を施されており、間違いなく敵である」


 敵と聞いて、全員が視線を鋭くする。それに気づかないふりをして、アステナは続けた。ここで自分も勢いに任せたら、ここにいる士官を全員死なせる羽目になる。それだけは、絶対に許されない。


「我々は数に劣っている。それは動かない事実だし、どこぞの軍隊のように、『精神力で何とかなる』なんて思ってはいない。我々はクールに行こう」


 ホログラフを起動させる。個々に移動してくる間に練っていた作戦計画のひとつが、役に立ちそうだったので、あらかじめ用意しておいた。こういうことだけには、本当に無駄な才能を発揮するな、とアステナは思う。


「これを見てくれ」


 星系図が表示された。中央には大きな恒星が浮かんでおり、そこから少しはなれたところに第一番惑星が浮かんでいる。そして、そこから恒星をはさんで反対側に、第二番惑星が浮かんでいた。第三艦隊は、丁度第一番惑星が右に、中央に恒星、そして左に第二番惑星が見えるような位置にいた。第二番惑星の軌道上には、赤く拡大表示された『バルハザール艦隊』の文字が浮かび、第三艦隊の位置に蒼い好転が浮かんでいる。さらに、そのすぐ腋には灰色の文字で「味方艦隊」と表示されていた。


「今の状況を見る限り、敵はまだ、我々に対して動きを示してはいない。レーダーでは確認できているはずだが、まだ動くべきではないと踏んだのだろう。もしかしたら、第二番惑星の対宙兵器を使って防衛線を仕掛けてくるかもしれない。地表の味方部隊がどの程度踏みとどまっているかにもよるが、恐らく、敵からの攻撃は避けられないだろう。それを留意しつつ、我々は、まず正面から当たる」


 会議室がざわめいた。アステナの言葉に、一人の幕僚が手を上げる。中肉中背の女性士官は、第二分艦隊司令官のリオ大佐だ。彼女は、冷静で堅実な戦略眼と、臨機応変な対応力を持つことで知られている。


「司令官、よろしいですか?」


 アステナが頷くと、リオはきびきびとした口調で話し始めた。


「閣下、私が聞いていた限り、敵は恐らく堅牢な防御体勢をと整えていると思われるが、それに対し我が軍は攻撃を仕掛ける、と?」


「そうだ、大佐。いや、別に策が無いわけじゃない。一度、敵にぶつかって、確かめなければならないことがあるのだ」


 その言葉に、再び会議室がどよめいたが、バルトロメオ大佐が咳払いをすると、士官たちは静かになる。その中で、リオは質問を続けた。


「確かめたいこととは?」


「うん。まあ、大半の目的は敵を動揺させることだ。リオ大佐、君が言いたいのは、ここは敵の補給線を封鎖して、敵を缶詰にすることだろう?」


 その言葉に、リオは巧妙に驚きを隠していた。どうも、アステナは部下からは『給料泥棒』と思われているらしい。他に才能が無いだけなのだが、別段下手というわけでもないアステナの力量を、彼らは半ば信じきれないようだ。


「そうです、閣下」


「それならば却下だ。そんな事をしている間に敵が増援を送り込んできたら、我々は挟み撃ちでやられる。ここは、封鎖よりも包囲殲滅が得策だ。ああ、話は逸れたが、私が確かめたい事は、まあ敵の対応方法と、どの程度の連携なのかを知りたい。味方残存部隊からの先頭データも総合すれば、より確実なデータが得られるだろう。そうして、我々は一度後退する」


「つまり、より確実な情報を得た上で戦うべきだと?」


 リオの言葉に、アステナは頷く。心なしか、リオの顔が笑って見えたのは、気のせいだろうか? 


「勿論だ。マリード中佐によれば、敵の船は我々のデータよりも、確実に性能が上がっている。よって、今までのデータで戦うのは危険だ。より新しく、より確実な情報の下で戦いたいと思っている」


 彼女の質問が粗方終わり、会議室でまた新たな士官が手を上げた。第三分艦隊司令官の、バデッサだ。彼の優秀さを嫌というほど知っているアステナは、ただ頷いて、発言を許可した。


「閣下、つまり初戦は威力偵察で終わるということですよね?」


「そうだ」


「ならば、その任務、我が第三分艦隊に頂戴したい。艦隊全体で当たっては、危険が大きすぎます。しかし、我々だけならば、機動力でどうにでもできます」


 士官が顔を見合わせた。今のリオの質問で、大勢の士官たちはこの艦隊全てで威力偵察に当たる物と思っていたのだが、彼の一言で波乱の一石が投じられたようだ。バルトロメオが二度目の咳払いをすると、ようやく士官たちは静かになったが、その視線は動揺している。


「大佐、この任務は、数的にも全艦で当たるべきだと、私は考えている。貴官の艦隊だけでは荷が重い」


 完全なプロの表情で、バデッサは答えた。


「承知しております。ですが、戦術的に数が少なければ、それだけ機動力も増します。機動力が増せば、それだけ後退は容易になります。この艦隊全体で当たっては、後退する為の機動力が不足してしまい、結果、最初の威力偵察が決戦になりかねません」


 ほう、やるじゃないか。アステナは心の中で感嘆した。まるで、出来の悪い教え子たちの中に、唯一の天才を見出したかのような感情だ。


「確かに、君の言うことも尤もだ」


 司令官が素直に認めると、バデッサの眉が少し上がったが、アステナは気づかないふりをして続ける。


「よし。誰か、バデッサ大佐の意見に反対の者はいるか? いるのなら、手を上げてくれ」


 誰も動かないので、アステナが次の議題に移ろうとした時、一人の士官が手を上げた。その顔を見て、アステナは嫌悪感を抱いたが、司令官という立場上、何事も無かったかのように対応しなければならない。


「ダグラス大佐、何か意見が?」


 ダグラスと呼ばれた男は、でっぷりと太った金髪の士官だ。戦艦の艦長で、どう考えても官僚主義の産み落とした悪しき怪物としか思えないのは、アステナだけでなくこの場にいる誰もが思うことだろう。そのダグラスが顎についた肉を揺らしながら喋りだすと、アステナは全力で視線を背けたくなった。また、付け加えるなら、コイツは上官のコネだけで出世してきた、という噂がある。恐らく、事実だろう。


「閣下、やはり、ここは全艦隊で事に当たるべきです。バデッサ大佐の言うことも理解できるが、機動力よりも必要なものが、時としてはあります」


「ほう。言ってみたまえ」


 ダグラスは座席から立ち上がると、脂ぎった瞳で士官たちを見回した。彼らが視線を合わせないのを、単に自分を恐れているからだと解釈すると、自信満々な笑みを浮かべて話し始めた。ちなみに言えば、アステナはコイツに恥をかかせる気満々だ。


「バデッサ大佐が言うには、機動力が主砲・PSA装甲にも勝る効果を発揮するとか。しかし、私が思うには違うと、断言せざるを得ません」


 それはお前がそう思っているだけだ、という言葉をかろうじて飲み込むと、温かみの無い視線でダグラスを見つめる。このピエロがどこまで威勢を保っていられるか、見ものだ。


「まず、敵の攻撃を避けるということ事態が間違いです。バルハザールの艦は、我々の艦に比べて性能も低く、それ故に数的に不利があっても、なんとか互角に戦えると、私は確信しております」


 その話が終わると、士官はみな、唖然とするか、笑いを堪えるか、ただ天井を見上げるかのどれかの反応を取った。バデッサに至っては、アステナと視線を合わせると、ぐるりと目玉を回して見せた。


「成る程。ダグラス大佐、君の意見は非常に貴重だが……それにはいくつか矛盾がある。ひとつ、バデッサ大佐は言った機動力とは、兵装とは無縁の戦術的なものであり、そもそも比較するような意見を出していない。ふたつ、敵の艦船の性能が明確でないから、我々は威力偵察を行おうとしているのだ。座っていいぞ、大佐」


 最後の一言は余分だったかもしれないが、確実にダグラスを怒らせたのは確かだ。自尊心ばかりが大きい男は、椅子に顔を真っ赤にして座り込むと、厳しい視線で辺りの士官たちを見回して味方を探したが、誰も目をあわせようとはしなかった。

 その後、特に意見が出ないようなので、アステナは先ほど、バルトロメオたちに話したことを伝えることにした。唐突に座席を立ち上がり、彼らの視線を集める。


「さて、諸君。これで、今後の方針は粗方決まったと思うが、もうひとつだけ、君たちに知っておいて貰いたい情報がある。つい先ほど、私は味方残存部隊の指揮官のマリード中佐に、戦闘時の感触を確かめてみた。今後我々が多々か宇部k的がどの程度の実力を持つのか、実戦経験者に聞いておきたかったからだ。すると、彼は非常に興味深い意見を言ってくれた。彼は、私にこういった。『まるで機械的な動きだった』、『AIのような動きだった』、と話しているんだ」


 先ほど話したことと、同じことを言ったな、なんてことを思う間に、予想通り会議室は沸騰した。それを、今度はバルトロメオの怒声が収める。後で、参謀長には喉を潤す酒を奢った方が良さそうだ。

 静かになった会議室で、アステナは一人で喋っているような錯覚を覚えながら、口を開いた。


「諸君、これは確定事項ではない。AIに指揮権を委譲するなんて正気の沙汰とは思えないし、それがAIに実行できると思えない。それに、私は信憑性の無い情報を下に作戦を立てたくは無い。だが、万が一のこともある。このことは、頭の隅に置いてくれるだけで良い。以上だ」


 困惑する士官たちに、参謀長が起立、敬礼の号令を掛けると、全員が立ち上がって敬礼した。

 アステナが、次々と消えていくホログラフの士官たちを見送ると、今度はハレーの会議室に実際にいる参謀連中が、仕事の為に慌しく部屋から出て行った。

 部屋に残ったのは、アステナと、ホログラフのバデッサだ。彼は、歩いて大きな会議テーブルを回り込んでくると、やれやれといった風に両手を挙げた。


「まったく、ダグラスのような馬鹿者には、早く艦隊を出て行ってもらいたいですな。あんな奴が戦艦の艦長だなんて、信じられません」


「そうだな。だが、何で俺にそれを言うんだ?」


 突然、ラフな形で話しかけてきたバデッサに、アステナも思わず姿勢を緩める。椅子に体を預けて、まぶたの上から目をマッサージすると、バデッサは薄らとした笑みを浮かべた。


「さあ、どうしてでしょう。私は、ダグラスのようにコネを使ったりはしません」


「なら、ありがたいがな。バデッサ大佐、君は敵についてどう思う?」


 少なくとも、ダグラスよりかは信頼の置けるバデッサに、アステナは疑問をぶつけてみた。大佐は、少し考えた後に、首を振る。


「私にも、皆目見当がつきません。マリード中佐の感触は、恐らく確かでしょう。ただ、それが本当にAIが指揮を執っているのか、それとも機械的とも思えるほどに、凄まじい訓練を受けてきた部隊なのか……どちらも考えうる話です」


「理論上はな。だが、現実的とは思えない。もしAIの半独立人格が暴走したら、どうするつもりだ?」


 バデッサは、またしてもお手上げの姿勢をとると、困ったような溜息を漏らした。きっと、彼も同じ疑問に突き当たったに違いない。


「バルハザールの船を破壊して調べれば解ることですが……少なくとも、今回の戦いに勝つまでは、答えは得られませんね」


「ああ。それが歯がゆいんだ。君は、私の取った戦術をどう思う?」


「極めて妥当です。それも、敵についてこんなあやふやな時は。閣下の選択は、間違っていないと思います」


「そうか、よかった。ここだけの話、私はこの作戦が終わったら、退役しようと思っている」


 ついうっかり、というには大きすぎる間違いを犯したことにアステナが気づいたのは、バデッサの豆鉄砲を食らったような顔を直視した時だ。心の中にしまっておいたこの決意を、まさか人に喋ってしまうとは。


「何故です?」


「何故って……私は、元々軍隊に入ろうとして入ったわけじゃないんだ。他に能が無かっただけで……まあ、今なら喫茶店でも何でも始めれば、生活には困らないだろうと思ってな」


 その言葉を聴くと、バデッサは、アステナが驚くくらい大笑いした。腹を抱えて笑い声を上げるバデッサを、唖然とした表情で見つめるアステナ。その意味が解らず、ますます司令官は困惑する。


「いや、これは失礼いたしました」


 ようやく笑いが収まると、バデッサは言う。アステナはすねたような顔をした。


「そう怒らないでください。閣下ほど、この仕事が好きな人はいませんよ」


 アステナの反論を制するように、バデッサは見事な敬礼を残し、消えた。苦笑交じりに、アステナは無人の会議室を後にする。そのまま、通路へと入った。整備やら何やらで忙しく行きかうクルー達の視線を浴びながら、アステナは展望デッキへと辿り着いた。見渡す限りの宇宙空間が、透過壁の向こう側に広がっている。


「俺がこの仕事を、好きだって?」


 吐き捨てるように呟く。

 大勢の命を預かって、より大勢を殺す為のこの仕事の、何処が良いんだ。

 その疑問は、宇宙の闇に飲まれて、消えていった。

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