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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三三年 五月十五日~

・アリオス暦一三二年 五月十五日 レイズ星間連合宇宙軍正規第三艦隊


 メキシコ星系に向かって、第二二機甲戦隊を主力とする正規艦隊が出立した頃、アステナ・デュオのもとに新たな情報が舞い込んで来た。カプライザ星系方面より、突如敵艦隊がワープアウトし、ジャンプ点出口付近でこれあると待機していた三個機甲戦隊と交戦、メキシコ星系はその半分が敵軍の手に落ちた、というものであった。

 星系を防衛せんと砲門を開いた機甲戦隊は、およそ一日に渡る激戦の末、敵艦隊の三割を削ることに成功したが、彼ら自身は六割の犠牲を出して後退し、ある程度の被害を被った敵は機甲戦隊にとどめをさすべく、部隊を再編成しているものと見られた。

 星間連合宇宙軍司令部はこれを受けて、アステナ准将にカプライザ星系の奪還ではなく、まずメキシコ星系、及びその周辺星系を防衛するよう、命令を打診してきた。アステナは勿論そうするつもりであったが、いつもながら司令部の連中の大きいばかりの頭には頭痛を憶えざるを得ない。奪還しなければならない星系の手前に敵がいるとなれば、こちらとしては防衛する以外の選択肢がないようなものなのだが。

 そもそも、この防衛戦争自体が鈍重なのだ。アステナは憤然と腕を組み、流れゆく星々に不満をぶつけた。

 以前より緊張関係にあったバルハザール国境宙域の防衛をおざなりにしていたつけが、今、レイズ星間連合への侵略という形で支払われているということだ。こんなことを続けていれば、いくら敵軍よりも豊富な戦力を有しているといっても、徐々に力は削られていき、目の前で引き裂かれるのが定めだ。彼としては、そのような状況になどならない自信があったが、戦いとは常に指揮官の思惑とは違う動きをするものであるということを、士官学校時代に学んでいた。

 まだ実践してはいなかったが。

 そこで、自分の考えた作戦を、まず艦隊首脳部に知らせるべく、レイズ星間連合宇宙軍の標準的な戦艦であるラビーニャ級戦艦ハレーの会議室に、幕僚を集合させた。数人の分艦隊司令官と、自分の傘下にいる参謀連中を見渡して、目の前の会議テーブルに置かれた書類を手にとり、何度目かの目通しをする。

 今回の作戦については、敵の通信妨害と、被占領地の情報を収集に向かった偵察艦についてが議題としてあげられていた。カプライザ星系方面に存在する船は全てが撃沈され、隣のメキシコ星系にまで来てしまったがために、カプライザ星系奪還作戦というよりもメキシコ星系防衛作戦になる。事実、彼の集めた参謀連中は全員がその作戦方針を支持しており、分艦隊司令官も、苦しい戦いと、敵陣に攻め込むのではなくひたすら耐える戦いを想像しているようで、集まった士官の面持ちは少しだけ暗かった。

 しかし、それでも彼らは軍人である。文句も言わずに、与えられた任務を全うしようとする姿勢だけは崩れることが無い。


「さて」


 粗方の面子が揃ったところで、アステナは告げた。士官はおしゃべりを中断してアステナに向き直る。全員の視線が充分集まったことを確認して、アステナは語を継いだ。


「これより会議を開始する。既に諸君の手元には、事前に配布しておいた艦隊首脳部からの作戦指令書のコピーと、今現在で判明している敵戦力の情報を載せてある。我々の目標は、最終的にはカプライザ星系の奪還。その為に、我が艦隊はこれよりメキシコ星系へと向かう」


 言葉を切る。沈黙が返ってくる。


「幸い、敵軍はカプライザ星系のみを侵攻ルートにしているようで、その他の星系から侵攻の予兆などは確認されていない。また、その兆候があったとしても、今編成されている正規第二艦隊が対応することになる。まあ、何が言いたいかというと、今回、我々は目の前の敵を蹴散らすだけでいい、ということだ。後顧の憂いなどは、無い。思う存分、祖国を守る為に戦って欲しい」


 冒頭をここで締めくくると、一度だけゆっくりと指揮官たちを見回して反応を見た。誰もが、その表情に僅かな闘志を見え隠れさせていた。先ほどまでの不安や焦燥などは、大体なくなったと見て良いだろう。これで、この会議の最初の目標は達成されたわけだ。

 アステナは本題に入ることにした。


「では、まず最初の作戦目標を、私から諸君に伝達する。始めは、勿論メキシコ星系で窮地に陥っている味方の救援へと向かう。ラディス少佐」


「はっ」


 まだ若い金髪の青年が、水色の瞳を瞬く。参謀の中では、最も若い。士官学校ではそこそこの成績だったようだが、さて。


「敵の戦力は?」


「はい。ええと、およそ二〇〇隻です、閣下」


 人事部からの評価ファイルによると、ラディスは少し抜けているところがある。言い換えれば、この中で一番若く、一番間抜けだ。その彼が把握しているのだから、ここは全員が確認できているのだろう。目の前にいる指揮官は誰もが視線を逸らさなかったし、見受けられた反応は、珍しくへまを犯さなかった、新任参謀のラディス少佐への驚きだけだ。

 思わず笑みを浮かべそうになるが、噛み殺しつつ口を開く。


「よろしい。いいか、二〇〇隻だ。わかっているとは思うが、これは我が第三艦隊一七〇隻よりも多い。味方艦隊が苛烈な戦闘の末にここまで数を減らしてくれた」


 言葉を切る。居並ぶ面々が瞳を閉じ、虚空へと散った仲間たちへ祈りを捧げた。星々よ、どうか温かく、彼らをその懐へ迎え入れください。


「向こうに到着し、実際に観測するまで正確な数はわからないが、彼ら自身も大きな損害を被り、立派に務めを果たした」


 そして、机に拳を軽く叩きつけて、アステナは宣言した。


「今度は我々の番だ。敵は、突如として我が国内に侵入して、瞬く間に味方を蹴散らした。だが、情報部の推測に依れば、敵は早急に事を運びすぎているように思える。新たに派遣された艦隊だろうが、こちらには準備がある。作戦も、戦術も、戦力も。これ以上に望む物はあるか?」


「ありません!」


 幕僚が全員、口を揃えて言うと、彼は満足そうに頷いて見せた。奇妙なものだ。ここまで軍隊嫌いな自分が、毎回こういう場面では奇妙な高揚感を覚える。尤も、それも自分にとっては蚊帳の外のことなのだが。


「細かな戦術については、現地でより詳細な情報が手に入ってから通達することになる。それまで、我が艦隊は全速でメキシコ星系へと向かう。なにか航行中に問題が生じたり、通信したい事があれば、何時でも私を呼び出してくれ。他に何か質問が無ければ、これで会議は終わりだ。次は、十七日の一八〇〇に会議を行う」


 誰も残ることなく、それぞれが一斉に立ち上がり、アステナに敬礼した。彼自身も立ち上がり、答礼した後、分艦隊司令官や参謀たちはぞろぞろと会議室から出て行く。

 だが、ひとりの幕僚が残った。最後に部屋を出ていくつもりだったアステナは足を止め、灰色の航宙軍の軍服を着た男に話しかける。


「バデッサ大佐?」


 バデッサと呼ばれた男は、黒い髪の毛と黒い瞳を持つ男だった。大佐にしては若く、二十代後半である彼は、珍しくアステナ自身が採用したがった佐官だ。

 彼は数年前のバルハザール国内の紛争平定で送り出された、銀河連合軍の遠征作戦に参加した佐官の一人で、主に軍事的な実践教育の意が強かった本作戦において多大な戦果を上げた一人だ。以来、宇宙軍の上層部に一目置かれている。その彼が、顎に手を当てたまま、ありのままの疑問を口にした。


「閣下。今回、何故バルハザールは我がレイズに戦端を開いたのでしょうか」


 素朴な疑問に、アステナは即答した。


「その必要があったからだろう。君もよく知っているとおり、数年前まで彼らは紛争状態にあった。国内を纏め、国民の意識を外に向けさせる為に、戦争を起こしたんだと思う。そうすることで、政治家連中は国内を結束させることができるからな」


「ええ、そこは考えました。ですが、それならここまで大規模な軍事行動を起こす予算はどこから出てきたんです? 軍艦は? 兵士は? 数年前まで紛争の最中だった国が、いきなり統率された軍隊を侵攻させるなんて、私ならやらないことですし、できないと思います」


 その言葉に、アステナは大きく関心を引かれた。

 バデッサの言うことは尤もだ。バルハザールのやっていた紛争は、決して短期間のものではない。十年は続いた紛争に終止符を打つべく、銀河連合が動き出した背景を考えると、国内のインフラや経済へのダメージは相当な物だっただろう。国内事情がどうかは知らないが、疲弊しているはずの軍隊を大量に、しかも断続的に送り出すなど、正気の沙汰とは思えない。ましてや、彼はその目で、彼の国の惨状を見て来たのだ。

 たとえ、この考察が彼の衝動的なものだったとしても、その経験から導き出されたものであることは間違いない。


「君の言うとおりだ、大佐」


 アステナは頷きながらいった。


「この件については、私から上層部に報告しておく。上の連中なら、何かしら調べられるはずだ。期待は出来ないが、奴らの戦争を起こした理由さえわかれば、この戦いを終わらせる方法が思いつくかもしれない」


 君達がレーザーの矢面に立たされる以外の、戦争終結の方法を。


「はい。申し訳ありません、閣下。お引止めしてしまったようで」


「気にすることは無い、大佐。艦に戻って、ゆっくり休め。これから寝る間も無いほど忙しくなる」


 アステナが言うと、バデッサは敬礼してから会議室を後にした。その数分後に会議室を出ると、そのまま艦橋に赴いて艦長の報告を聞いてから、自室に戻った。

 ハッチが閉じると、そのまま壁に内蔵されている冷蔵庫まで歩いていって、中に入っている大きなワインのボトルを取り出す。真紅の液体をグラスに少しだけ注ぐと、煽るように飲み干した。彼は別段裂けに強いわけではない為、程よい加減の酔いがすぐに回ってきた。

 コンソールを叩いて、さしあたっての自分の仕事が一段楽していることを確認すると、軍服の上着を脱いで放り投げ、ベッドに倒れこむ。灰色一色の航宙艦内の彼の部屋は、まるで檻のような圧迫感を伴っていた。




・アリオス暦一三二年 五月十八日 ムーア・ステーション オフィス


 この宇宙には、漆黒の海を渡る三つの人種が存在する。

 ひとつは宇宙軍。各国の技術の粋を集めて建造された航宙軍艦は、たった一隻で惑星に甚大な被害を与えるほどの威力を持ち、その巨大な船体は見る者を圧倒する、正に戦争の主役であり、国家ではなく、人類の全てを集めたといっても良い「兵器」だ。

 ふたつ目は、民間輸送船。エネルギー効率と安全性を最優先とし、各造船企業は我先にと、次世代の輸送船を建造すべく競い合う。結果、数え切れないほどの輸送船が建造され、宇宙で尤も多く見られる船はこれである。また、この中には貨客船も含まれる。

 最後に、軍からも民間からも独立した、いわゆる賞金稼ぎなどが中心となる、武装民間船集団だ。ここには海賊も含まれるが、多くは運送や手配中の海賊を討伐するものたちが中心だ。軍隊の次に大きな武装勢力でもあり、その総数は無視できない物となるが、宇宙船の船長たちは群れることが少ない。信じているのは船と、家族のようなクルーだけだ。

 そんな宇宙のならず者たちは、総称として「放浪者ノーマッド」と呼ばれる。人類史上最大規模の人数を誇る家出息子たちだが、民間よりも安く仕事を請け負ったり、軍も動けない状態で海賊討伐を行ったりと、それなりに良識を備えた連中が多い為、市民の多くに受け入れられている人種である。一方で、海賊などの無法者が含まれているのも事実であるが。

 リガルたちアクトウェイはここに属する形となるが、本人たちはそんな事を気にしてはいない。なんといっても、彼らにとっては自分の船とクルーが全てだ。善行をすることはあっても、集団に属さないことが、一種の誇りでもある。そして、悪行とは、自らの誇りを地に貶めることであると理解している。名誉とはそういうものだ。得るものではなく、守るものだ。


(それでも仕事は探さなきゃならんのだが)


 心の中で呟いて、リガルはあるオフィスに入った。ノーマッドを相手に、国ごとに置かれている管理事務所があり、多くのノーマッドはこの事務所の仲介で仕事を受注するのだ。その多くは運送系、海賊討伐など、小さな依頼から大きな仕事まで諸々である。その宙域ごとに特色はあるが、大抵生活するに困らないくらいの給料は支給される。何しろ宇宙に進出した人間の数は膨大なものになり、個々人によって依頼があるものだから、食うに困る事はない。

 今回、ムーア・ステーションで仕事を探すにあたり、彼としてはなるべく危険な依頼は避けたかった。新しいクルーと馴染み始めたとはいえ、まだ呼吸の合わない場面は多々ある。ずらりと並んだ依頼検索コンソールに座って最新の依頼を見たところ、呻き声しか出てこなかった。

 ベルルーサ宙域は、海賊被害の増加で壊滅的なまでに暴力的な依頼しか揃っていなかった。もちろんその多くは、頻発する海賊船の討伐依頼である。それも一つや二つではない。同じような依頼が、何十人もの依頼主から出されており、そのどれもが、平均して中の上ほどの難易度を持っている。


「酷いですね」


 付き添いでやって来たアキが、隣からコンソールを覗き見ながら感想を漏らす。自分の腕に触れている彼女のうなじからさりげなく距離を置いて、リガルは頷いた。


「ああ。被害が大きいことは聞いていたが、まさかここまでとはな。見てみろ、余りにも危険度の高い依頼が多いせいで、通常の依頼もまったくといっていい程無い。海賊行為の横行で宙運業者が悲鳴を上げているんだ。軍は何をしているんだろう?」


 アキは小首を傾げるばかりだ。


「さあ。ただ、ここに駐留している船だけでは、到底このステーションを守りきることは出来ないでしょう。とりわけ、周囲の航路を含めると」


「何か根本的な原因があるんだろうか?」


「この依頼を見る限り、ベルルーサ宙域の海賊組織は肥大化しています。それに、統率的な行動劣っているようですし、背景要素はいくらでも考えられますね」


 リガルは、数日前に撃沈した船を思い出した。確かに巡洋艦クラスのアクトウェイに、彼らは怯むことなく陣形を整えていた。その光景は、とても海賊とは思えなかった。それに、リガルは昔からの鋭い直感が、「嫌な予感がする」と全力で叫ぶのを聞いていた。


「俺が見るに」依頼一覧を示すホログラフを指さして、「ベルルーサ宙域の海賊問題は極めて深刻だ。それ故に、一度海賊を討伐すれば、重複した依頼などを含めれば、相当な額の報酬が手に入るだろう」


「ですが、これは危険が大きすぎます。私が推測するに、これほどの海賊行為を行うには、最低一〇〇隻ほどの船が必要です。それも武装したものが」


 彼女が言うのならば、間違いないだろう。今の一瞬の間に、量子コンピューターが猛烈な計算をして、結果をはじき出したに違いない。リガルは、彼女の言うことは昔から信用することにしていた。自分よりも余程信頼できるのが、彼女だ。


「わかっている。だが、アキ。君ならばわかるだろう?」


 すると、AIはしばらくリガルを冷ややかな眼差しで見つめた後、溜息をついて渋々頷いた。機械とは思えない行動に、一瞬、リガルは驚愕した。

 彼女の冷静で、無表情な視線を見つめて、何とか気を取り直す。


「船長がそういう時は、何かしらのアイデアを思いついて『しまった』時ですよね」


「ああ」


「そして、何を言っても撤回しない」


「おいおい、よしてくれ。俺はそんな、おっかない宙兵隊員じゃないぞ」


 両手を挙げて見せるが、アキは無表情のままリガルを見つめる。


「まあ、確かにここで何か依頼を受けないと、次回の入港の際に多額の借金をすることになりますしね」


 リガルは頷いた。たまに、この人工知能のことを「ママ」と呼びたくなる。


「そういうことだ。クルーを雇って早々、こんな苦労をすることになるとは思わなかったが。解雇するよりはマシだろう」


「ええ。それで、海賊討伐に関しては承知しましたが、どの依頼を受けるつもりなんですか?」


 その言葉に、リガルはにやりと笑って親指を立てた。アキは眉を挙げ、船長の右手にいつの間にか収まっているデータチップを見つめる。


「成る程、それを持って帰り、クルーの判断を仰ぐのですね」


「そういうことだ。これからきつい仕事をしてもらうことになるからな。皆には話しておきたい。アクトウェイに戻ろう、アキ」



「俺は賛成ですね」


 イーライが言った。アクトウェイの艦橋で出港準備を進めていたクルーは、自分たちの船長が持ってきた依頼の話を聞いて、各々の作業を中断したところだった。円形の半球状ドームのディスプレイが、先日とは違って、作業ボットや整備員のいなくなった無人のドッグを映し出している。船のメンテナンスや補給品の積み込みを終え、あとは出発するばかりだった。

 リガルは船長席の背もたれの部分に左手を置き、体の体重をかける形の姿勢をやめ、真っ直ぐにイーライを見つめた。彼はそれに臆するような様子も無く、砲雷長の席からリガルを見やる。


「どっちみち、ここで依頼を受けないと次の港で補給を受けられない。主に金銭的な理由で。ここに留まって、危険を冒して金を稼いでからいくか、それとも次の港で身動きも取れずに立ち往生するかのどっちかなんだろ? なら、俺も依頼を受けたほうが良いと思う」


「私はどっちでもいいよ。仕事には変わらないし、なんとかやっていけそうな気がするしね」


 ジュリーとフィリップが言うと、セシルとキャロッサはお互いの顔を見合った後、黙って頷く。それを見たリガルは、二人を交互に見ながら言った。


「すまないが、全員の意見をはっきりと聞いておきたいんだ」


 それに、セシルは少し考えてから頷いた。今回の、新生アクトウェイとして初めて受ける依頼は、初っ端から大変な苦労をさせられる羽目になった。もし、それに関して僅かでも不満があるのなら、ここでしっかりといってもらいたいのである。後で後悔することの無いように。


「特に不満はありません、船長。私は戦闘を行うことにも特に反対はしませんし、むしろこれは、私たちの力を計る良い機会だと思います」


「私も、そう思います」


 いつもより一層、弱弱しくも儚くも思える口調で言うと、ちらちらとセシルを見やる。艦橋にいるときのキャロッサは、いつも以上に怯えて見えた。奥手な彼女だが、その黒髪と同じ色の瞳に灯る輝きは、いつも真っ直ぐだ。


「ここら辺で、なにか大きなことをしておきたい気もしますし、成功すればがっぽりなんですよね?」


 前言撤回。この女性は言うことが大胆だ。


「わかった。依頼は受けるということで反対も無いようだから、話を進める。ここに表示した依頼の中で、どれが良いと思う?」


 今度は、リガルは中央にアキが艦橋に設置されている立体映像投影器を使って投影させた、スクロールされていく依頼の蘭を指差した。それを、クルー達は忙しい視線で見る。見かねたアキが気を利かせた。空中に浮かぶディスプレイの数は、ひとつ、またひとつと増えていき、やがて、全員の目の前に詳細な一覧が表示されるまでに至った。


「必要なら、手元のコンソールでも検索が可能だ」


 全員が目の前に設置されているコンソールに向き直り、キーボードを叩き始めた。最初に声をあげたのはジュリーである。


「この、『アルトラ宙運護衛』の依頼はどう? パルチア星系への民間輸送船護衛任務」


 イーライが反応する。


「俺も、これが気になってた」


「へえ? イーライ、アンタも捨てたもんじゃないねぇ」


 ジュリーのからかいに、イーライは少しだけ眉を顰めたが、それをいさめるようにセシルが声を上げた。


「私も、この依頼が気になってるのよね。キャロッサは?」


「わ、私は……皆さんにお任せします。料理は、何処でもできますから」


「俺も、なんでもいいな。機関の調子を見てれば、それで済むし」


 その後も何度か議論が交わされ、受ける依頼は「アルトラ宙運護衛」に落ち着いた。依頼内容は、丁度この数時間後に出港する輸送船一隻を、アクトウェイが隣の星系まで護衛することだ。近々、この宙域ではさらに多くの海賊船が目撃され、被害も増えている。それだけでも、十分危険といえた。他に、ステーションの警備部隊から出されている重複依頼をチェックし、受諾する。出没する海賊討伐の依頼も受けて、各員は持ち場に戻った。

 数分後、全ての準備が整い、クルーはそれぞれの担当の座席に座る。アキが艦橋を一周してから船長席の右側を通過したとき、リガルが声を掛けた。


「アキ、お前はこれで良いのか?」


 白髪の生体端末は、その質問が意味することを理解できずに小首を傾げた。僅かに黄色を帯びたブラウンの瞳が動いて、静かに黒い髪の男を見据える。


「と、申しますと?」


 リガルはキャロッサが運んできてくれた、香り高いコーヒーの注がれた保温ポットを手に取る。それを一口啜ってから、AIを見つめた。


「お前自身の意見だ。さっきは納得したようだが、それは俺の性格などを考慮して、お前の回路が弾き出した答えだ」


「私が、どうしたと?」


「遠慮してた、ということだよ。お前は俺に対して遠慮していた。俺は、率直なお前の気持ちが聞きたいんだ」


 その言葉を聞いて、アキは本当に困ったようだ。普段は何の表情も示さない彼女だが、今は眉根に皺を寄せ、人差し指を顎の上に乗せている。その仕草だけでもじゅうぶんに人間的で、リガルはしばしの間、彼女が機械である事を忘れた。

 しばらく考えた後、アキはとうとう溜息をついて言った。


「わかりません。私はAIですし、人格という物は設定されていないので……」


「いや、これだけ長く人と付き合っていれば、そういうのも芽生えたりするものだろう?」


 またしばらく、彼女は考え込んだが、それでも答えは得られなかった。


「申し訳ありません。私の中には、その様な――」


 リガルは、慌てて手でその先を制した。


「いや、別に謝ることじゃない。気にしなくていいんだぞ」


「了解しました。他に御用が無ければ、これで」


「ああ」


 アキはそのまま、右斜め後ろのオブザーバー席に移動して腰掛けると、背もたれに体を預け、瞳を閉じた。出港の為の、精密な機動を行う為の配慮であると思われるが、リガルにはこれはこれで問題があった。

 後ろに仰け反る姿勢では、女性相手では、目のやり場に困る。くっきりと浮かんだ胸のラインとか。視界に入っているだけでくらくらしてくる。生体端末って言うのは、皆、あんな美人なのだろうか? 彼女は、まだホログラフでしかない時から美人なのだが。肩より少し上に切り揃えられた白髪はとても繊細で、彼女が身動きする度、まるで百合の花弁のように揺れた。

 頭を振って、熱いコーヒーを再び喉に流し込むと、目の前のコンソールに目を走らせる。

 流れてくる情報をつぶさに流し読みしていると、だんだん乱れた心が落ち着いてきた。機関出力をはじめ、これから予定されている航路、先ほど請け負った依頼主の待っている宙域へと向かう航路の確認、出さなければならない指令を承認して出すなど、当たり前の事務手続きを終えると、リガルはムーア・ステーションの管制AIへと通信を繋いだ。待つほども無く、AIがホログラフで姿を現す。数日前に入港した時と変わらない姿が、コンソールの上で小さくお辞儀した。


「リガル船長、この度はムーア・ステーションをご利用頂き、誠にありがとうございました。引いては、貴船の航海に幸多からんことを」


「ありがとう。これより出港する」


 AIは最後に満面の笑みを浮かべたが、リガルは無視した。そのままクルーに向き直り、指示を下す。


「各部門、最終チェック」


 艦橋に、緊張が走る。しばしの間、各部門からの報告が届くのに時間が掛かったが、数十秒で全ての報告がコンソールの表示されると、リガルはその全てが完了グリーンであることを確認してから、息を大きく吸った。


「機関、発進出力へ。航海長、事前の航路に沿って軌道修正、両舷前進最微速」


「了解」


 フィリップとジュリーの声が重なる。イーライは、自分の座席でゆったりとくつろいでいるようだ。セシルは、コンソールを叩いて管制塔との最後の通信を終えると、よく通る声でいった。


「出港許可が出ました。ドッグハッチ、開きます」


 既に減圧されていたドッグのハッチが開く。数日間滞在したステーションとも、いよいよお別れの時が近付いてきたようである。まあ、特に感慨も感じないが。


「出港」


 アクトウェイの船体が震える。巨大なプラズマ反動エンジンから、青白い光が放たれる。艦はゆっくりと動き出し、ドッグから巨大な塔がせり出してくるかのような光景が、管制塔の外部カメラから確認できた。

 ドッグから完全に船体が出た状態で、エンジンはより一層凄まじい噴射を行い、アクトウェイは見る見るうちに加速していく。一二〇〇メートル級の黒い船は、ものの数分で、宇宙の漆黒と見分けがつかなくなった。

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