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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
48/103

一三二年 九月六日~ 

・アリオス歴一三二年 九月六日 大型巡洋船アクトウェイ


「船長、助けていただいて本当に感謝しています」


ニコラス・フォン・バルンテージは平身低頭の体でそういった。やや小柄な肉体によく似合う上等なスーツに着かえて、リガルと負けず劣らず疲労困憊している筈の彼は、そんな色はおくびにも出さなかった。ドゥエストスと共にアクトウェイの食堂で、アスティミナを抱きしめながら頭を下げる彼に、リガルは頭をぼりぼりと掻きながら顔を上げる様に言う。


「今回の依頼はドゥエストスから承ったと聞いていますが、謝礼をお渡しするにしても一度黄金の花束ゴールデン・ブーケへお越しいただきたいと思うのですが、どうでしょうか?あそこなら、皆さんを歓迎するに相応しい持て成しができます」


リガルは、フィリップとジュリーが、この言葉から海の様に大量の酒を想像するだろうな、と思った。彼としても、この申し出を断る理由などある筈もないので、ただ頷いた。


「構いませんよ。彼女を、一刻も早く家へと帰してあげたいですし」


アスティミナは、眠たい目を擦りながら父親の腕の中で体の向きを変えると、黒い髪と瞳を持つ男へと向き直った。先日の戦闘で、彼女もまた疲れ切っていたが、今はそんな恐怖の余韻などを微塵も残さずに、自分の最愛の父親との再会を心から喜んでいた。一筋の嬉し涙が頬を伝って、少女は乱暴に袖で拭う。


「リガル、お別れになっちゃうの?」


彼は兄妹などいなかったから、この言葉が胸に深く突き刺さった。たった一か月にも満たない間だったが、彼女は間違いなくアクトウェイのクルーであり、彼の妹であった。同時に、クルーたちにとっても愛情の対象になっていた。彼女と別れるとなると、リガルは寂しさをひしひしと感じたが、宇宙は一期一会、出会いと別れの連続である。それを、悲しいとは思わなかった。

跪き、リガルは優しくアスティミナの頬に触れる。


「ああ、しばらくね。でも、すぐに会えるさ」


「どのくらい、会える?」


「そうだね。気が向いたら、君に会いに行くよ。放浪者ノーマッドってのは、そういうものだからさ。気が向いたら」


余談であるが、この後にアスティミナがニコラスに対して、「ノーマッドになる!」と駄々をこねて聞かなかったのは、また別の話である。それだけが、ニコラスがリガルに文句を言いたいひとつの出来事であったようで、ドゥエストスに何度も愚痴交じりに相談することになるのだが、優しい巨人はその度に、「お嬢様はリガル船長を志しておられます。なら、悪いものにはなりませぬよ」と言って聞かせ、ニコラスは本気で娘の将来を心配するあまり、口を閉ざしてしまうのだった。


ドゥエストスが、さっぱりとした衛兵服に着かえた左胸を叩くと、他の衛兵も並んで自らの左胸に右拳を叩きつけ、主君の帰還に最大の敬意をもって答える。今回も大活躍した衛兵長は、実は戦闘中に一発被弾していたが、すぐに回復して、いつの間にかリガルと共に歩けるようにまでなった。そもそも、負傷しているのかいないのか分からぬほどに頑丈な彼ではあったが。


「改めて。おかえりなさい、首領閣下」


ニコラスは立ち上がると、ドゥエストスの肩を叩いた。それが、信頼という絆で結ばれた主君と従者にとって最大の労いなのだとリガルは悟り、一歩下がって、その儀式を見つめた。


「迷惑をかけてすまなかった、ドゥエストス。お前たちにも。私が留守の間、大変だったろう」


まだ、脇腹にできた大きな痣の痛みを見せることなく、ドゥエストスは誇らしげに頷いた。戦闘のせいで掠れた声で答える。


「御心配には及びません。私は、あなたと、彼女に忠誠を誓った身です。我が主君とそのご息女、ひいては御居城までも守護し奉るは、臣下の務めでありますから」


ドゥエストスは言い、他の衛兵たちも頷く。アスティミナは父親の腕を振り切ってドゥエストスの丸太のような足にしがみつくと、彼は右手で彼女を抱きかかえ、自分の肩の上に乗せた。狭苦しいステーションで過ごす彼女にとって、この男の肩こそが最大の遊び場だったのだ。少女は、真上から大男の顔を覗き込んで、逆さまのまま満面の笑みを浮かべる。


「あなたもご苦労様、ドゥエストス!お父様を助けてくれてありがとう!」

ドゥエストスは、とても優しい顔になると、微笑みながら頷いた。


「御礼など、身に余る光栄です、アスティミナ。あなたのお父上とあなたが御無事なら、我々はそれで良いのですから」


ドゥエストスはロデオの様に肩を揺らし、少女は楽しそうに声を上げた。その様子を微笑みながら眺めていたリガルは、ふと、自分に向けられている殺気に気が付く。首筋がピリピリと痺れるような気配は強まり、腰の辺りのブラスターをまさぐりながら振り返る。


「あ―――」


思わず漏れた声は、これ以上ないというくらい間抜けなものだった。


食堂の入り口には、既に仕事を終えてやってきていたクルーたちの姿があった。フィリップとジュリーは、一見真面目そうな顔をしているが、その頬はぴくぴくと動いており、笑いをこらえているのは明らかだ。こんな状況でも、彼らは面白がることを辞められないらしい。キャロッサは相変わらずおどおどと、後ろからその場にいる人間の表情を伺い、そのやや前で、イーライとセシルが足を踏み鳴らし、腰に手を当てながら、細い目でリガルを見ている。勿論、リガルと同じ位置にブラスターを装着しているのだから、その動作は改めて説明するまでもない意味を持っている。


これ以上引き延ばすのはマズイ、とリガルの脳に最大限の警報が鳴り響き、恐る恐る衛兵たちの輪から外れて、彼らへと近づいた。それはまるで猫に恐れをなしたネズミが様子を見るが如く縮こまったものだった。状況としては、どちらも大差ないだろう。


「やあ、みんな」


そう声をかけてみるものの、彼らの反応は素っ気ない。特に、セシルは髪の毛を逆立て、ブロンド色の髪の毛を持つ端正な顔立ちは怒りで鬼のような形相になっている。イーライはさりげなく腰に差してあるブラスターに右手をひっかけており、さながら犯人逮捕にやってきた武装警察のようだ。


「あ、あの、ええっと、御無事で何よりです、船長―――」


「何が何よりなもんですか」


キャロッサが場を和ませようと声を出したものの、それはセシルの怒鳴り声でかき消された。びくりと体を震わせる彼女を無視して、つかつかとリガルに歩み寄ると、そのまま彼の襟首を捕まえて押し倒し、馬乗りになった状態で怒鳴り続ける。突然の声に衛兵やニコラス、アスティミナの視線が注がれる中、リガルはシャトルの中で感じたように、自らの死を覚悟した。


「まったく、貴方って人は!前々から無茶で頑固で馬鹿なクソ野郎だと思ってたけど、まさかここまでだなんで思いもよらなかったわ!その頭の中には何が入ってるのか、言ってみなさいよ!」


「まったくだ。実際に開けて見てみようか、セシル」


ずい、と歩み出るイーライの申し出を、セシルは獰猛な笑みを浮かべたまま頷いて承諾した。キャロッサは既に震え始め、ジュリーとフィリップは爆笑しながら、どこからか取り出したポケットウィスキーを酌み交わしている。気付けばアキが彼らの後ろまでやってきていて、リガルは思わず叫んだ。


「おい、嘘だろ。いや、俺がすまなかった。許してくれ。助けてくれ、アキ!」


リガルは少し離れたところに立っているアキに助けを求めるが、それは彼女の冷酷な眼差しによって拒否された。


「船長、貴方がシャトルで飛び出した時、俺達がどんな気持ちだったから解りますか?」


イーライの糾問は、ブラスターの装填音と共にリガルをひやりとさせた。なんとかこの事態を収拾するために、彼はありったけの弁明を試みる。


「仕方が無かったんだよ。どうしても君達を死なせる訳にはいかなかったし、それを防ぐためにはあの作戦しかなかった。そりゃ、俺だって死にたくない、死にたくないが、仲間を殺されたくもない。正に板ばさみだ。両方を天秤にかけたらどうなるか、解るだろ。な?」


「解ります。けど、許しません。金輪際、自分自身を棚に上げてあんなことをするようなら、その脳味噌を取り出した上で改修し、再び頭蓋骨の中へ戻して差し上げます。そうしたら、きっと良い船長になれますよ。理解できましたか?」


御冗談を、とリガルはヒステリックな笑いと共に口を滑らせそうになったが、イーライの人を百人は刺し殺しそうな鋭い瞳に対して冗談を言えるはずもなく、ただ無言で頷いた。理性万歳、と言うべきだ。セシルはようやく襟をつかんでいた手の力を緩め、その様子を見ていたニコラスは、眉を吊り上げてドゥエストスを振り返る。


「彼は何者だね?」


巨人は少女を肩に乗せたまま、首を傾げた。アスティミナは面白がって、彼らの喧騒を眺める。すっかり、彼女もアクトウェイ色に染まったとみるべきだろう。悲しいことに。


「どういう意味でしょう、首領閣下」


ニコラスは自分の耳を疑った。


「それは本気か、ドゥエストス。見てみろ、彼は彼のクルーを助けるために命を投げ出したというのに、それに怒る仲間がいるだろう。私には君たち衛兵がいるが、他の社会ではどうだ。自分を助けようとした人間に対して怒りを覚える者が、彼らの様に、我々の様に、真の絆で結びついた人間の集団が、この宇宙にどれくらい存在すると思う?その意味で、彼は何者だ、と問うたんだ」


ドゥエストスは考え、そして納得した。


「閣下、それは英雄というやつでしょうか」


「英雄?」ニコラスは聞きなれない言葉に、眉を潜めた。「それはなんだね、ドゥエストス」


「はい、閣下。リガル船長は英雄です。実力や才能は本物ですが、それ以上に、彼は人を惹きつけます。そう、自分の夢さえも託してしまいたくなるような、何事も成し遂げてしまう様な、そんな人間を英雄と呼ぶのです。百年前の、ジェームス・ストラコビッチがそうだったように」


そんな二人の会話を聞いていたアスティミナは、今度は自分の父親の肩を叩いた。彼女の見つめていたリガルを巡る騒ぎは、何とか収束へと向かいつつあり、彼はクルーたちにとっかえひっかえに小突き回されていた。


「お父様、リガルは私の、宇宙一のヒーローよ!」


無邪気な娘の言葉に、父は微笑んだ。


「そうだね。ああ、確かにリガル船長はヒーローだ。それを、すっかり忘れていたよ」


その時、騒々しい場の空気の中にカルーザ・メンフィスとクルスがやってきて、肩をすくめて、今にも殺されそうになっているアクトウェイの船長を眺めた。クルスはそれを唖然となって見守り、リガルを救出するべきかどうかを本気で検討したが、カルーザに至っては、すぐに壁に寄りかかって笑いをかみ殺している。


「よう、リガル。早速、お灸をすえられているのか」


再会した親友の最初にかけられた言葉にショックを覚えたが、リガルはクルーたちに囲まれながら救援要請を送る。


「笑い事じゃない、カルーザ。止めてくれ」


「ああ、止めてやるとも。リガル、一緒に来い。それから」カルーザは首を傾けて、奥の大富豪を見た。「バルンテージ氏、あなたにもご同行願います」


それはカルーザにも心苦しいと思われるくらい、重い要請だった。




・アリオス歴一三二年 九月六日 戦艦スペランツァ


そもそも今回の事件は、テロリストによるニコラス・フォン・バルンテージ氏の誘拐と、その奪還のために、黄金の花束ゴールデン・ブーケを守護する衛兵の長、ドゥエストス衛兵長が、腕利きノーマッドとして知られ始めているリガルに救出を依頼したことがきっかけである。その背景には、銀河随一の大富豪を拉致監禁したことから、ニコラス自身に関係する事柄が目的であったと考えるのが妥当だろう。テロリストにしては、常套手段というか、平常運転と言える。が、その行動自体には、甚だ矛盾と以下思えないと思われるのが真実である。


こう考えられる理由はふたつある。


ひとつは、テロリストたちが彼を誘拐しつつも、身代金などを求める声明を一切発表しなかったこと。実際、彼が誘拐された事実はアルトロレス連邦軍も認識していたが、現実問題として宙域警備を主たる任務とする彼らは、こういった事態に対する情報処理能力や対処能力に欠落している部分が少なからずあり、捜索は思わしく進んでいなかった程である。


ふたつ目は、彼の出生に由来すること。百年前のオリオン腕大戦におけるバレンティアの敵国、旧銀河帝国の上流貴族を父に持つ彼は、その大きな火種としての役割を担っているといえた。つまり、民族的にも、そういったイデオロギーを主張するある種の武装集団にとって、懐柔すれば、絶大な求心力を発揮する核となり得るからである。


つまりは、ニコラス氏の持つ銀河有数の資金力とその血統を、テロリスト達は欲していて、その正体は帝国復活を狙う旧帝国軍人たちの集まりではないか、ということだ。そうなれば、あの古びた軍艦が旧帝国軍艦に酷似していることにも納得できるし、妙に戦闘慣れしている点にも、元帝国軍人が多く参画している筈だから説明がつく。尤も、百年が経過している現在、その子孫と言った方が正しいかもしれないが。


そしてけったいなことに、その疑惑は大きく、根が深かった。何故なら、幽閉されていたにも関わらず、彼の健康状態はいたって良好で、強いてあげるなら極度の疲労と睡眠不足に陥っていることくらいだったからだ。彼の資金力だけが問題なら、こんな手段は問わず、痛めつけるのが普通である。


「ご説明、願えますか」


カルーザがそういった。スペランツァのこの小部屋は、盗聴防止処理が施された最新の会議室で、その規模は小さいものの、当事者たるリガル、ニコラス、カルーザ、クルス、ドゥエストスが話すには十分すぎる広さがある。彼らの手元には紙コップのコーヒーが湯気を立ち昇らせており、軍隊製の不味い一品だが、喉を湿らせられるのなら何でもいい、とリガルが提案したのである。彼は、先ほどの騒動で喉がからからだった。


巨人は、いきりたって立ち上がる。主君への侮辱は死刑宣告にも等しい。両眼が爆発する程の光を放って、震えた声が会議室に響いた。


「メンフィス大佐、口が過ぎます。首領閣下はつい先日まで幽閉されていた身であるにも関わらず、そのような暴言をなさるとは何事か!」


「落ち着け、ドゥエストス」


ニコラスが諌めた。ドゥエストスは勢いよくニコラスを振り返る。


「しかし、閣下。これは―――」


「これ以上の議論は不要だ」ニコラスはぴしゃりと言った。「メンフィス大佐の御懸念はもっともだ。彼は、目の前の正確な情報から状況を読み取っただけだよ。彼としても、こんな質問をするのは心苦しい筈だ。そうでしょう、大佐?」


カルーザは、ドゥエストスのエネルギービームよろしく鋭い視線を真正面から受け止めながら頷いた。


「その通りです、バルンテージ氏。先ほどの私の物言いは、相当な誤解を招くものであったと謝罪いたします」


カルーザが頭を下げると、衛兵長の眼光は見るからに和らいだが、それに止めを指したのはニコラスの次の一言だった。


「受け入れましょう。だから座れ、ドゥエストス。彼は恩人なのだ。これ以上煩わせないでほしい」


ドゥエストスは、一瞬だけリガルを見やると、解りましたと呟いて座った。その際、礼儀正しくカルーザに頭を下げたのは、彼自身も思うところがあったからだろう。リガルはそんな彼の真摯な態度を尊敬した。

ニコラスは身を乗り出す。


「メンフィス大佐、私がテロリストに加担しているという件ですが。本当にそう疑っておられるのですね?」


「ええ。どういうことか、説明させていただけますか」


「勿論です。かいつまんでですが、私が置かれた状況を一通りお話ししましょう」


彼が話すには、交易船キッド・ライク号に乗船して黄金の花束へと帰還する途中、テロリストの船団に襲われ、拉致された。この時、彼だけが誘拐されたのは、彼自身も気付かなかったという。薬品か何かをかがされていつの間にか気絶し、暗い部屋へと押し込まれており、そこでやってきたある男と話していたのだそうだ。


カルーザは自分で手書きのメモを取り、同時に録音装置で自分の携帯端末に記録を入れながら頷いていたいたが、そのある男というキーワードで顔を上げた。


「どんな男です?」


ニコラスは顔を顰めると、大きく息を吐いた。


「旧帝国軍の、濃いグリーンをした制服を着ていました。身長は一八〇センチくらいで、髪は金色でした」


「階級などは、何か名乗っていましたか?」


「部下から呼ばれていたところによると、アラルコン提督と呼ばれていました。他にも部下が大勢いて、私が見た限り、とても統率がとれており、テロリストとは思えないくらいです」


「他には?」


ニコラスは腕を組んだ。


「そうですね。もう一人いました」


「どんな?」


「白い男です。背が高く、ちょうどリガル船長と同じような顔立ちでしたが、髪の毛は真っ白で、肌もやや白い。目はコバルトブルーでしたが、若く、ただならぬ雰囲気を身に纏っていました。アラルコンも彼には恐縮していたようですから、間違いなく、彼が主犯でしょう。テロリストのリーダーと思われます」


「名前は?」


「そこまでは解りません」当時の緊張がよみがえり、ニコラスはコーヒーで喉を湿らせた。「ただ、周囲の人間からは閣下と呼ばれていましたから、少なくとも大将か中将か……だと思います。そんな年齢には見えませんでしたが。いいところ、少尉辺りが妥当です」


カルーザは頭痛が始まるのを感じ、とにかく情報を収集することに専念した。


「どんな話をしたのですか」


「一緒に来ないか、と言われました。つまり、彼らの……集団に帰属しないか、と勧誘されました。黄金の花束の資金力が彼らに結び付けば、向かうと

ころ敵はいなくなるから、とも豪語していました」


「拒否しましたか。申し出を、ということですが」


「言うまでもないでしょう。私は確かに帝国貴族の血が流れていますが、今更、祖国を復活させようなどとは思いもよらないことです。それに、私には娘がいます。十歳になる娘が。今の私にとっては、彼女こそが財産で、宝で、愛する家族です。彼らに参画するということは、娘への裏切りにも等しい。例え身が裂けても、そんなことはできません。出来る筈が無い」


ドゥエストスが、気遣わしげにニコラスを見た。彼はドゥエストスに頷き返し、転じてリガルに微笑みかけた。


「私はしばらく、その説得を受けていました。娘を連れてくるから待っていろ、とも言われました。娘を守ることに関してはドゥエストスが上手くやってくれるだろうと思っていましたが……期待は良い方向に裏切られたようです」


リガルは首を振った。


「私は、大したことなどしていません。この宙域に立ち寄ったのも偶然です。非難こそされど、褒められるようなことはしていませんよ」


「いいや、船長。貴方は娘の命の恩人だ。いくら感謝してもしきれません。メンフィス大佐、クルス大佐。貴方がたも同様です。本当にありがとうございました」


深々と頭を下げるニコラスに、当事者である三人は恐縮した。


「するべきことをしたまでです。それが責任ですから」


口下手なクルスがそういい、カルーザも頷いた。彼は咳払いを一つすると、自分の取っているメモをわざとらしく眺めまわす。


「バルンテージ氏。重ねて、このような質問をすることをお詫びいたしますが、ひとつだけ確認させていただきたい。後日、また彼らに参画するよう迫られたら、その時は拒絶しますか?それとも、承諾しますか?」


「拒絶します」


力強い返答だった。カルーザは笑みを浮かべて、しっかりと頷き返した。


「ならば安心です。この報告書は、たった今から戦隊指揮官の権限として、最高レベルの軍事機密として設定します」


彼はそこで録音機のスイッチを切ると、さらに最大レベルの保安機構を作動させて、神妙な顔で身を乗り出した。


「これを銀河連合評議会がどう捉えるかは知りませんが、ただ事では済まないでしょう。先に申し上げておきますが、私は軍人です。クルス大佐以外の貴方がたは民間人だ。少なくとも、国際法規上はね。そうなると、これからの動向で被害を受ける立場にある。言いたいことが解るか、リガル」


彼はリガルに顔を向ける。彼は、顎を手で抑え込みながらテーブルの一点を見つめていた。


「理解している。何せ、巷を騒がせているテロ事件の大半が、旧銀河帝国の勢力であるとの疑いがあるんだからな。今の人類社会は、彼らにそれなりの痛手を払わされている。これに対して銀河連合がどう動くかは、容易に想像できるだろう。結果次第では、オリオン椀全体で武力闘争が勃発する可能性すらある」


カルーザは頷く。ドゥエストスが驚いたように声を上げた。


「大規模な戦争が起きるというのですか?」


これにはクルスが答えた。


「可能性は、かなり高い。最早、敵はテロリスト集団ではなく、ひとつの国家軍隊だ。それは、今までの戦闘から証明されている。銀河連合は百年にわたって彼らを捕捉できなかったことを挽回するために、事の早急な解決に乗り出すだろう。問題を解決するのは、早ければ早いほど良いが、そうは問屋が卸さないだろうな」


正に泥沼だ、とカルーザが付け加えた。


「相手は、ゴースト・タウンのような廃棄ステーションから、途方もない労力で作り上げた別の拠点などを多数保持しているに違いない。部隊の出どころがどうかわからないが、これは人類社会に痛烈な一撃を与えるだろう。それこそ、オリオン腕大戦以来の戦いが始まるかもしれない。今回は、かのジェームス・ストラコビッチのような英雄はいないんだ」


しん、と会議室が静まり返る。リガルは、全くその通りだ、と頷いていたが、唐突に全員が笑い出したので驚き、その視線が自分に注がれていることに気が付いた。


「なんだ?どうして笑っている?」


「いや、リガル。君ってやつは、鈍いときは鈍いものだな。気づかないのか?」


ひとしきり笑った後でカルーザがそう言い、ニコラスをはじめクルスまでもが、リガルのことを見つめている。


それで、ようやく思い当った。同時に、とても不快な気分が苦みとなって口の中に広がるのを、リガルは感じた。


「馬鹿言うなよ。俺は伝説の放浪者なんかになるつもりはない。なれるわけがないだろ」


それを否定したのはドゥエストスだった。


「いいえ、船長。今代の英雄は、間違いなく貴方ですよ。それ以外には考えられない」


「いい加減にしてくれ、ドゥエストス。俺はノーマッドのランキングでも下の方なんだ。まあ、最近は上がってるけど。上には上がいるんだし、第一、彼らを差し置いて俺が一番だなんて言われたくもない」


「往生際が悪いですね。では聞きます。確かに、有名どころではジェームス・エッカートやリッキオ・ディプサドルのような、一人で国を相手にできるようなノーマッドもいる。彼らは強大ですが、それだけでは英雄足り得ないのです」


鋭い視線と共に、リガルは「何故?」と問い返した。ドゥエストスは当然のように答える。


「それは、自覚するべきことだと思いますよ」


彼のその一言で、会議は終わりを告げた。クルスは報告書作成のためにそそくさと部屋を後にし、カルーザは後でリガルと酒を酌み交わすことを固く約束してから出ていった。ドゥエストスとリガル、ニコラスだけが残され、そろそろ自分も出ようかとリガルが席を立った時、ニコラスが彼を引き留めた。


「船長、少しよろしいですか」


リガルは浮かしかけた腰を下ろし、疲れた息を吐いた。一刻も早くアクトウェイに戻りたいのは、いつも隣にいる彼女がいないからだろう。そう自覚できるほどの落胆が押し寄せてくるのを感じながら、リガルは緩慢に大富豪へと向き直る。


だが、ニコラスの声にはそれを正させるほどの緊張感があった。


「船長、先ほど私がお話しした白い男のことを覚えていますか」


「ええ。確か、私と同じような感じだったとか。よくわかりませんけど」


「その通りです。彼が言ったことについては質問が無かったので、話しませんでしたが、貴方にはお伝えしておきます」


怪訝な顔つきで、リガルはニコラスを見た。彼はひとつ間を置くと、しっかりとした口調で話し始めた。


「貴方に伝言がある、と彼は言うと、ゆっくりと近づいてきて、笑いました。楽しくて仕方がない、という風に。彼は私に近づくと、こういったのです。”久しぶりだな、リガル。また一緒に遊ばないか”、と」


リガルは、その言葉が自分の中でどういった意味合いを持つのか考えてみたが、特に引っかかる点もないことに確信を持つと、首を振った。そんな人物とは話したことが無いし、そんなことを言われた覚えもない。


「解りません。その男は、私を知っているのでしょうか?」


「間違いなく。男は伝言を残すと、アラルコンと共に部屋を出ていきました。私がお伝えするのはそれだけです」


「わかりました。ありがとうございます、バルンテージ氏。すみませんが、考えることが多いので、今日はこれまでにしていただきたい」


ニコラスは頷いた。


「その方がよろしいでしょう。これから、何が起こるかわからない。宇宙の雲行きが怪しくなってきました。ああ、それと、アクトウェイにはまたお世話になります。黄金の花束までは、ご一緒いたしますので」


「分かりました。彼らにはそう伝えておきます。それでは」


リガルはそれだけ言い残し、後ろ髪を引かれるような疑念を抱きながら、その場を後にした。

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