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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
46/103

一三二年 九月五日~ ②

・アリオス歴一三二年 九月五日 ゴーストタウン・ステーション


もう何度目かの角を曲がった時、先頭を進むドゥエストスの輪郭が、右腕を曲げて上に突き出した。止まれという合図だ。他四人の衛兵と共に、リガルは壁へと自分の体を押し付ける。


彼らは透明だった。あらゆる電磁波を吸収し、視覚的にも、電気的にも探知されない特殊装甲服は、その気密性故に、仲間の姿もわからなくなってしまうが、リガルの知識では理解できない技術でお互いの状態をモニターするシステムにより、透明でも姿形だけは分かるようになっている。これが、黄金の花束で最初に見せた、衛兵たちの誇る歪曲装置搭載のステルス・スーツだ。その技術力たるや、バレンティアの情報部でも重宝する程の代物だ。


そこまで性能の高い装甲服でも、人間の五感を完全に誤魔化すことはできない。ちょっとした空気の動き、抑えきれない微かな音など、人間はあらゆる感覚を用いて違和感を感知する。どれほど高度な技術をもってしても、人間を完全に誤魔化すことは不可能だ。


通路の影から、加圧戦闘服を着用したテロリストが二人現れる。完全な気密性を維持するものではなく、この生存可能区域内でしか活動できないものだ。黒ずんだフルフェイスのヘルメットから表情などは分からないが、二人は会話をすることもなく、通路の真ん中を並んで歩いていく。


呼吸すらも止めて、リガルはさらに体を壁へ押し付けた。こちらに気が付かないまま、二人の敵兵はライフルを揺らしながら通り過ぎ、そのまま反対側の通路へと消えていく。


ドゥエストスの腕が下りて、掌を開いた。それを合図に、六人はそろそろと奥へ進んでいく。できる限り早く、静かに、ニコラス・フォン・バルンテージが幽閉されているであろう活動が活発な区域を目指した。


かなりの大きさの振動がステーションを震わせる。救出部隊の砲撃だ、とリガルは心の中で呟いた。老朽化の進んだこのステーションの各地に、テロリストの設置したエネルギービーム砲塔やミサイルランチャーが点在しており、それらを救出部隊が生存可能区域に被害の及ばない範囲で破壊しているのだ。主にミサイルでの破壊になっているので、エネルギービームの直撃と同時にステーションが木端微塵に砕け散る心配はない。少なくとも、六人はそう願っていた。


通路の先、二度、敵兵を同じようにやり過ごした時、リガルの装甲服がヘッドアップディスプレイに「目標アルファ到着」という表示を明るく点滅させた。


最初の一つだ。ここに対象がいる場合もある。時計を見ると、予定通りなら、既に宙兵隊がこのステーションに突入してから三分が経過していた。ステルス性を最大限確保するため、スーツのセンサーを稼働させることができない。この状況では外部の反応が何もわからないが、おそらくシステムを作動した途端に、大規模な戦闘を示す電磁波などが大量にスーツへと流れ込んでくるはずだった。電子機器の動作は、受信側だからといって安心はできない。


ドゥエストスを先頭に、目的地である部屋のドア、その両脇にピッタリと張り付いている見張りの兵士へと近づいていく。先ほどまでの歩哨のような軽装甲兵とは違い、重装甲の完全密封装甲服に身を包んだ敵兵は、旧式のエネルギーライフルを揺らしながら立っている。二人いる見張りを排除しなければ、中へ突入することはできない。赤ん坊でもわかることだが、これが厄介なことこの上ない。


慎重に、一歩、また一歩と進んでいくドゥエストスのシルエットが、腰のあたりをまさぐる様な動作をする。それで、リガルは彼が大型の戦闘用ナイフで敵を仕留めようとしているのに気が付いた。前から二番目の衛兵、ダニエルが同じような仕草をし、後ろで控える残り四人は、そっとライフルの安全装置を外した。


それは一瞬の出来事で、完全なステルス状態のままドゥエストスとダニエルが、息を合わせたようにそれぞれの狙った見張りへと襲い掛かる。首と体、ヘルメットと装甲服の継ぎ目にナイフが差し込まれ、重力のあるためか、見覚えのある惨劇が目の前に繰り広げられた。頸動脈を掻き切られた見張りは膝をがっくりと折って倒れ込みそうになるが、ダニエルとドゥエストスは彼らの体を支え、静かに赤い液体が広がる床へと下ろす。


リガルを含む残りの四人は即座に部屋へと突入を開始した。敵の装甲服には生命維持反応をモニターする機能がある筈であり、彼らが殺されたことは既に中の見張りも気が付いていること間違いないからだ。リガルの目の前にいたモルドが、ドゥエストスほどではないが大柄な装甲服のポーチより四角い粘土状のものを取り出し、ドアへと貼り付け、起爆する。高性能爆薬の威力は十分で、スライド式のドアは悲鳴を上げながら向こう側へと倒れ込んだ。この間、一秒もかかっていない。


ドアが倒れると、今度は、銃撃戦が始まった。小柄なクリストが部屋の中へと文字通り転がり込み、同時にライフルを発砲していく。リガルは彼の次に部屋へと入り、自分に出来得る最速の動作で、目の前に立っていた見張りを撃ち殺した。


「クリア」


ドゥエストスが秘匿回線を解放して言った。彼がしゃべったのは、既にこちらが侵入したことを敵に悟られ、ステルス装備を身にまとったままだとこちらを血眼になって探し回っている敵兵に出くわした時にスムーズに対処するためだ。


つまり、この先スーツの特性を生かしたステルス戦闘は行えない。純粋な近接戦闘が展開されることを悟り、リガルは僅かに身震いした。彼は、地に足を付けて戦うことには慣れていない。


「目標は?」


ドゥエストスの声に、モルドがライフルをチェックしながら答えた。


「いません、衛兵長」


「なら次に行こう」


彼の指示は素早かった。即座にライフルを構え直し、六人は一丸となって通路へと進む。


ハッチを潜ったところで、増援の敵部隊と激突した。狭い通路の中に複数の銃弾が飛び交い、幸いにもリガルたちに死傷者を出さないまま、敵兵は速やかに排除された。血で赤く塗装された通路を、彼らは一列になって駆け抜けていく。


それからは、そういった作業の繰り返しだった。予め渡されたデータの通りに、ニコラス氏が幽閉されていそうな場所に見当をつけると、手当たり次第に突入していく。そこで彼の不在を確かめると、目の前にいる敵兵を殺しながら、再び通路へと躍り出て敵兵と矛を交える。


そう、作業だったのだ。リガルは銃を握りしめながら、そう考える。人の命を奪っているというのに、これはルーチンワークでしかない。一見、単純化された工程や機械は、一種の美しさを持つが、リガルは目の前に繰り広げられる殺し合いを美しいと思うことはできなかった。それは、彼の行いが極限まで洗練されていたとしても変わらなかっただろう。早い話が、彼は同族である人間を初めて面と向かって殺しているのであり、それについて、僅かながらの罪悪感を感じてもいるのだろう。


だが、リガルは戦いを否定するつもりはなかった。詰る所、宇宙とは弱肉強食の世界だ。彼らがこういった生き方で目の前に立ちはだかるのなら、それを排除するまで。力を借りられるなら借りる。結局、最後に生きていた人間が勝者なのだ。彼はそんな強硬論者ではなかったが、それだけは宇宙における絶対の真理のような気がしていた。


そして、リガルは、彼らについていくのが精一杯だった。素早すぎる彼らの狙いを付けてから引き金を引く動作は、彼の人生では培われなかったものだ。敵兵からの反撃も熾烈を極め、一度、リガルのヘルメットから一センチ離れた所をビームが掠り、彼はひやりとしたが、スーツは何とか持ちこたえた。


しかし、そんな状況の中でも、リガルは責任感にも似た充実感を感じていた。今、宇宙の隅に捨て置かれたステーションで、自分たちの命を狙っていたテロリスト相手に、勇ましく戦っている。その事実が、彼の精神を高揚させた。その意味では、彼もまた救い難い人物なのかもしれない。


想定されていた三つの生存可能区域のうち二つを調べつくし、ドゥエストスは足を残りの一つへと向けた。救出部隊は未だに敵の伏兵と放火を交えているらしく、振動は尚も続いていた。惑星上でいう地震のような揺れではなく、いきなり突き飛ばされたように、ステーションがあらゆる方向へと動くのだ。対応するのは困難を極めたが、まだ生きているステーションの人口重力が功を奏し、彼らは何とか進み続ける。


その揺れる通路を、リガルは夢中で走り、やがて、衛兵たちと共にひとつの部屋へ辿り着いた。


見張りは十人。今まで突入してきたどの部屋よりも警備が多く、足音から中にもそれなりの人数がいると思われた。


間違いない、とリガルは確信する。


「ドゥエストス」


声をかけると、彼はヘルメット越しに頷いた。黒い装甲が施されたステルス装甲服は、見る者を震え上がらせる。


「ええ、船長。ここで間違いないようですね」


「どうする。この人数じゃ少しきついぞ。回り込むか?」


「いえ、それだと人数が分散します。フラッシュバンを使いましょう」


「わかった。君についていくよ」


「心強い限りです」


ドゥエストスは本心からそういうと、近くにいる衛兵から小さなガスボンベらしき形の閃光手榴弾を二つもぎ取り、ピンを外して通路へと投げた。

爆発。微かに敵兵の叫び声が聞こえる中、衛兵たちは通路に雪崩れ込んだ。瞬間的に複数の銃声が響き渡り、リガルは最後尾から通路へと入った。


勝負はついていた。敵兵の最後の一人に、衛兵のバレンティンがライフルを発砲し、赤い液体に支配された空間に彩を添える。衛兵たちはそのまま部屋へと続くドアへ殺到し、ドゥエストスが装甲服のパワーを全開にして蹴破ると、脇で待機していた衛兵が手榴弾を再び投げ込み、通路でドゥエストスとリガルが会話をしてから二十秒後には、彼らは部屋へと突入していた。


密度の濃い銃声が複数響き渡る。リガルは思い切って部屋の中へと前転して転がり込み、目の前で銃を向けてきた敵兵のライフルを蹴り飛ばした。軽装甲服に身を包んでいる敵兵のパワーは、重装甲なステルス・スーツに身を包むリガルの渾身の一撃を抑え込むには到底足りず、ライフルは軽く拉げて天井へと激突し、床へと落ちた。即座にリガルはライフルの銃床で敵兵の顔を殴りつけ、気絶させる。


次の相手を探して振り返ると、既に部屋を制圧した衛兵たちが、再びやってくるであろう敵増援を食い止めるべくバリケードを築き始め、一番巨大な装甲服を着た衛兵がこちらに手招きしているのが見えた。傍には、薄汚れたスーツを身にまとった男性が、目を押さえてふらついている。


「船長、こちらへ」


彼はライフルを肩に担ぐと、意識を失った敵兵から離れて二人に近づいた。その途中で、閃光手榴弾の効果で眩暈を起こしている男性がう呻き声をあげる。彼には既に誰だか解っていたが、やや小柄な男性の前に立つと、ヘルメットを脱いだ。男はそのシュッという空気を吸い込む音にびくりと体を震わせ、霞む瞳でリガルを見た。


「お初にお目にかかります。ドゥエストス衛兵長に救出の依頼をされました、アクトウェイのリガルです。ニコラス・フォン・バルンテージ氏で間違いありませんね?」


男は名前を呼ばれて顔を上げた。濃い疲労の色で憔悴しきった顔は何が起こったか理解できていなかったが、ドゥエストスもヘルメットを脱いで顔を見せると、即座に状況を飲み込んだようだ。額を押さえながら、どうにか背筋を伸ばすと、毅然とした態度でリガルに相対する。


「いかにも。ゴールデン・ブーケ首領、ニコラス・フォン・バルンテージとは、私のことです」


威厳のある声だった。


「よかった。貴方を助けると誓いを立てたもので。お元気で何よりです」


ニコラスは頷いたものの、釈然としない顔でドゥエストスを見た。大男も、自分の主が無事であったことに笑みを浮かべてさえいるが、今のアイコンタクトで彼の意思をくみ取ったようだ。リガルへと首を向ける。ニコラスも彼を見て、首を傾げた。


「救出に来ていただき、誠に感謝いたします、リガル船長。一つお尋ねしますが、誰に誓いをたてられたのですか?」


リガルは笑みを浮かべると、ヘルメットを被った。ライフルを手に取り、黒い背を向ける。


「貴方のご息女にです。アスティミナのところへ帰りましょう、バルンテージ氏」


漆黒の戦闘服が、戦い足りないと叫ぶ様に煌めいた。




・アリオス歴一三二年 九月五日 戦艦スペランツァ


「ステーション内部から通信。ニコラス氏を救出しました」


スペランツァの艦橋でオペレーターが報告すると、カルーザはそうか、とだけ言い残し、人知れず笑った。


既にステーション内部へと、宙兵隊が突入した後のことだった。後は手筈通りに、彼らが最短ルートで脱出するのを援護するだけでいい。任務達成は目の前だ。


そう確信した直後に、再びオペレーターが叫ぶ。今度は、緊張と危機感を孕んだ声。それは艦橋で戦闘に専念する全員の神経を逆撫でした。


「アクトウェイが戦線を離脱!ステーションに対して、右舷方向三二度、下側二度方向に向けて加速しています」


突然の出来事に、カルーザは驚いて立ち上がる。


リガルが船長ではなく、確か砲雷長を務めていたイーライ・ジョンソンという元軍人が船長代理を務めている筈だ。だとしたら、リガルが取る行動とはまた違ったものとなるものを、俺はしっかり予測しておくべきだった。そう考え、人知れず唇を噛み締めた時、新たな警報が鳴った。


「大佐、アクトウェイの進行ルート上に敵の増援部隊を探知。隻数は九隻!」


カルーザは音高く舌打ちした。まったく、アクトウェイの連中はどうしてこう、一隻で格好をつけたがるのか!


「クルス大佐に連絡だ。アルトロレス連邦警備部隊の船はステーションより帰還する宙兵隊に向かえ。我々レイズ星間連合宇宙軍は、アクトウェイの援護に向かう。戦隊、進路転身!彼らを孤立させるな!」


スペランツァの巨体が翻る。命令を受け取ったクーニツァバートは前に進み出て、救出部隊の船の進路が、彼の目の前に浮かぶホログラフ上でいくつも入り乱れた。相互に意思疎通を図っている自立航路設定AIが間隔を空けながら命令を雪的に実行する様に動きを指示し、各艦が有機的な軌道で大きく船首をアクトウェイへと向けた。



・アリオス歴一三二年 九月五日 大型巡洋船アクトウェイ


「船長を守れ!」


それがイーライの下した命令だった。アクトウェイの超光速広域レーダーが捉えた敵の影は大きく、救出部隊に要らない混乱を招く恐れがある。その前に、カルーザ・メンフィスが即座にアクトウェイを守るという方針で意思決定ができる様、イーライは連絡を入れないまま、戦線からアクトウェイを離脱させたのだった。尋常ではない判断力に、クルーたちは内心で舌を巻く。

加速の最中、セシルがセンサーで得た情報をまとめて、全員の目の前に表示させる。九隻の増援部隊は、二〇隻を超える救出部隊へ向かって、恐れることなく接近し続けている。その理由は、即座に明らかになった。


「新型か」


イーライはつぶやく。彼の知る限り、どの軍隊にも属さない形の船で増援部隊は構成されていた。が、今までのテロリストの老朽艦を思わせる古びたデザインではなく、もっと先鋭化されたフォルムを持つ最新鋭艦だった。純白のボディに滑らかな外殻が走り、その所々に隠されている兵器の数々を、アキが無感動に読み上げていく。


「中央の旗艦と思われる船は、重武装です。主砲は一六門のエネルギー砲、VLSは推定で三〇から六五までを同時発射可能。PSA装甲に関しては、スペランツァの二割増しです。姿勢制御スラスターの数も比較になりません。総合的に見て、バレンティア航宙軍の戦闘母艦と戦艦の中間と言った性能でしょうか」


「勘弁してくれよ。痛くて固くて速いのか」


フィリップが唸る。アキは冷静に頷いた。


「的確な表現です、機関長。他の船もそれなりの性能があります。今のデータは推測でしかありませんが、どれもバレンティアクラスの性能です。一筋縄ではいかないでしょう。船長代理、いかがいたしますか?」


俺に聞かないでくれ、とイーライは叫びたかったが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。とにかく、打開策を考えなければ、後ろの味方も危ないのだ。


そこで、ふと思う。彼女は、この危機に瀕して硬直しがちな彼の思考を、どうやって切り抜けるかに集中させようとしているのだろうか?一種の誘導尋問の様だが、確かに、イーライは落胆している場合ではないことに気が付く。リガルがいる時と違い、彼は砲手として、FCSの管理に専念しているだけでは駄目なのだ。今は、彼が責任を負う立場なのだから。


それを自覚した途端に、イーライの双肩に比較できないほどの重圧が伸し掛かってきた。彼はそれを感じ、参ったな、と思うと同時に、腹を括っていた。一度だけ、イーライは大きく息を吐きだし、頬を叩いた。


「超過勤務にも程がある。ジュリー、敵との予定接触時間三十秒前になったら、螺旋状に軌道を変えてうまく避けてくれ。アキ、その間にミサイルを斉射だ。目標は敵の護衛船。装甲の薄い奴を狙え。照準プログラムは、俺が前に用意したものがある筈だ。セシル、軌道変更と同時にデコイもばら撒いてくれ。敵の攻撃を躱す。ぶちまけるものは何でもぶちまけるんだ。フィリップ、最後部以外のPSA装甲を出力最大に。尻は重視しないでいいが、丸裸にはするな。敵に付け入られる」


「あいよ。イーライ、板についてきたね」


ジュリーがおだてると、イーライは鼻で笑った。


「やかましい。とにかく、これに失敗したらお陀仏だ。頑張ろう」


それから、会敵するまでの三分間はあっという間に過ぎた。ジュリーは射程に入るきっかり十秒前に進路を変更し、艦橋の大型ディスプレイが表示する星々が目まぐるしく回転する。まるで万華鏡の中に、生身のまま放り込まれたみたいだ。イーライは今にも戻しそうになったが、歯を食いしばって、デコイがまき散らされ、ミサイルが発射される表示を見つめる。PSA装甲も一瞬で出力が変化し、アクトウェイは万全の態勢で敵艦体とすれ違った。

船体を激震が走った。


「二発命中!ダメコン開始、セクター一二、三、九を閉鎖。オートボットによる修復を開始」


フィリップが報告する。一瞬のすれ違いで、エネルギービーム一発とミサイル一発がアクトウェイに命中していたが、損害は軽微だった。PSA装甲は命中部分が臨界点を超え、蒸発した。もう一度接近戦を行ったら、そこを集中放火されるだろう。フィリップは機関出力を最大まで振り絞って対応しているが、壮行が元通りになるためには、かなりの時間が必要になりそうだった。


かえって、アクトウェイは一隻の敵船を撃沈した。ミサイルはほとんど使ったはずだが、与えられた被害はそれしかない。イーライは舌打ちを我慢して、反転を命じた。とにかく、船が無事であっただけ良しとしなければならない。何故なら、相当な戦闘力を持つ敵部隊と一隻で渡り合ったのだから。

その時、アキが告げる。同時に、各員のコンソール上にホログラフが飛び出した。


「リガル船長がバルンテージ氏を保護しました。今、アルトロレス連邦警備部隊が回収に向かっています」


「船長は?」


「無事です。ドゥエストス衛兵長をはじめ、彼らには損害は無いようです。宙兵隊は十数名の死傷者を出しましたが、比較的損害は軽微だといえるでしょう」


「船長が無事なだけ、よしとしよう」イーライは頷いた。「他には?」


「メンフィス大佐の戦隊がこちらへ向かっています。敵部隊は陣形を狭め、戦隊は広がっています。交差包囲戦闘を展開するようですね」


「さすがメンフィス大佐だ。俺達はこのまま反転して、アルトロレス連邦警備部隊に合流しよう。船長に一刻も早く―――」


その時、セシルが叫んだ。


「イーライ、敵増援が反転。こちらを追ってくるわ」


驚きの報せに、イーライは眉を上げた。テロリストが奪還されたバルンテージ氏を再び取り返そうというのなら話は分かるが、実際の救助活動から離れているアクトウェイを追いかけるとは、どういうことなのか。あの撃沈した一隻が余程大事な船だったのか、それとも重要な事物が乗っていたのか。いや、その可能性は低いだろう。それなら陣形の中央にあの船を移動させていたはずだし、大切だと思わせないために陣形の外に船を置いたのなら本末転倒だ。あの動きを見る限り、それの分からない指揮官ではないらしい。


となると、敵の意図はなんなのか。


決まっている。この黒い船を追いかけて、あの白い船団はやってきたのだ。

そう考えると、イーライは胸が悪くなるのを感じた。これほどまでに大きく、連弩の高い組織が、集団でアクトウェイを追いかけている。どんな理由があるにせよ、バルンテージ氏誘拐自体がアクトウェイをおびき寄せる餌だったと考えるのが妥当だろう。


しかし、それは最も実現してほしくない可能性だった。


「とにかく、そういうことなら船長は安全だ。あとは俺がこの船を生き残らせればいい」


そうは言うものの、敵の動きは気味が悪いほど滑らかで、一糸乱れずに旋回を続けている。


既に戦場はステーションから離れつつあった。アクトウェイ、増援部隊、レイズ星間連合宇宙軍、アルトロレス連邦警部部隊と、それぞれの部隊が、最も効率の良い手段として分裂行動を始めていた。また、既にリガルたちは回収用のシャトルへと乗り込んでおり、そのまま強襲揚陸艦タイフーンへと収容されようとしていた。


が、ここで彼がしくじれば、彼の船長は帰る場所と、仲間を失くしてしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。


イーライは、険しい顔つきで、アクトウェイが矢のような船体を、管制補正装置が矯正するぎりぎりの範囲の負荷を船体にかけて、大きな弧を描きながらステーションの上方へと逸れ、その進路にステーションの斜め上で接敵する予測表示を見つめる。その前に、一度だけレイズ星間連合中郡と衝突する機会があるが、それでも何隻かは生き残るだろう。そうなれば、PSA装甲の弱っているアクトウェイが集中砲火を受けるのは必然だ。


イーライは固唾をのんで、目の前のホログラフを見つめるしかなかった。

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