表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
45/103

一三二年 九月五日~

・アリオス歴一三二年 九月三日 ゴーストタウン宙域


「ちくしょう、どうなってやがる!」


フィリップが悪態をつくと、隣で懸命に敵船へ照準を合わせようとしているイーライが手を休めることなく言い返した。


「待ち伏せだよ。わからないのか?」


「そんなことはわかってるさ。俺が言いたいのはどうしてこんなにたくさんの船が撃ってきてるのかってこと!」


その時、セシルが叫んだ。


「イーライ!」


あるホログラフを手でつかんで、それを砲雷長席へと放る。データが丸まった球体がイーライの目の前で展開し、彼はそれを一目で判断すると、そのデータをもとに主砲の射角を調整する。それら一連の動作の数秒後には、艦橋を囲む半球形型の超高解像度ディスプレイの一角で爆発光が輝いた。


「一隻撃沈」


イーライとセシルが拳を振り上げる。リガルは座席の上で神業を目撃した自分の幸運に感謝しながら笑みを浮かべた。正に、宇宙は食うか食われるかだ。


「よくやった。そろそろ反転するころだ。油断するなよ」


その宣言から数分後、カルーザから戦隊の全船へ新たな行動計画が送信されてきて、リガルは大きくうなずいた。


やはり、カルーザは逆襲に転じるつもりだ。既に戦隊の船はPSA装甲が臨界に達しかけているが、その代価として敵の包囲陣から距離をとる事が出来た。同時に、目の前にデブリに紛れて浮かんでいる巨大なステーションが見える。暗く、人工の明りでところどころしか照らされていない巨大な建造物は、ファンタジーの世界によく出てくる魔王の城の様に聳えている。人類の英知が結集して建造されたものだが、数十年前に老朽化から廃棄され、いつからかテロリストの温床となった場所。


そこまで考えた時、リガルはカルーザのやろうとしていることを理解した。同時に、アキが作戦計画のゴーサインを出す。


「イーライ、ミサイル発射。所定の座標へ打ち込め」


データを呼び出したイーライは驚いた。全ての座標がステーションの基部に定められている。


「ステーションを崩壊させるんですか?」


艦橋に緊張が走った。ステーションを壊すということは、中の人間を殺すということだからだ。構造が頑丈でも、古びたステーションに攻撃を加えればどんな影響が内部に生じるかわからない。


だが、それはリガルの一言で払拭された。


「いや、周辺の非居住地区を吹き飛ばすだけだ。居住区はスペランツァのセンサーで判別できているだろうから、敵のバリケードを壊すだけ。あとはこちらの番さ」


「了解しました。合図を下さい」


リガルはしばらく画面を見つめ、スペランツァを中心とした全船の状態確認画面でアイコン表示がすべて緑色になると、射撃開始の表示が目の前に現れた。


「撃ち方始め」


「アイアイ」


アクトウェイの外壁がスライドし、中からミサイルの弾頭が頭を出した。アキがイーライの指示を受けて入力したデータを頼りに反動エンジンに火が入り、小さなそれらはアクトウェイを軸に放射状に射出されていく。一定の距離をとったところで一斉に向きを変えて、ステーションへと向かっていく。他の船からも同じようにミサイルが射出され、幾何学的な曲線を描きながら超高速でステーションへと向かった。敵船団はその接近を察知してデコイをばらまき、旧式のレールガンを撃ちまくったが、その多くがステーションに命中した。


連続的に繰り返される爆発の衝撃波で、着弾点付近の瓦礫が吹き飛んでいく。その中から、敵船団が姿を現した。


「今だ」


カルーザの声が通信回線を通して響き渡る。彼の合図で、今まで防戦一方だった救出部隊は猛反撃を開始した。ほとんどが旧式の船で構成されている敵船団は、新式のアルトロレス連邦軍艦とレイズ軍艦の攻撃に耐えられず、次々に爆発していく。


戦闘は一方的に収束した。当初、誰もが予想もしなかった結果となって。




リガルはスペランツァで開かれた臨時会議にホログラフで参加していた。戦隊の各船長や、上陸部隊の指揮官である各人を巨大な戦艦の分厚い外壁に囲まれた会議室に集めて、カルーザは声を張り上げる。


「今のところ、敵機動部隊は壊滅した。ところどころに防衛衛星が設置されており、こちら側へ攻撃を仕掛けてくることがあるが、どれも大きくて中規模のもので、今は大きな船を外側に配置した陣形を保っているから、目立った被害は無い。せいぜいPSA装甲が削られたくらいだが、そんなものは時間が経てば綺麗サッパリ無くなる。問題はここからだ」


彼が頷きかけると、隣に座っている小柄なクルス大佐が立ち上がり、会議室に居並ぶ面々をぐるりと見合した後、自分の携帯端末を見つめながら説明し始めた。


「諸君、まずは情報を二つに分けて説明したい。主に、ゴーストタウンステーションの内と外についてだ。まず、外からだが、メンフィス大佐の説明に付け加えることは特にない。各々の手元に情報があるだろうからな。


だが、言ったように問題がここからだ。既にステーションに最も近い位置にいる駆逐艦リューの量子レーダーと画像分析、その他諸々の電磁波測定……一言でいえばありとあらゆるエネルギー分析によって、ニコラス氏が幽閉されているであろう場所は絞り込めた」


大会議室の大きなホログラフ投影装置が動き出して甲高い音を立て始めた。面々の目前に廃棄ステーションの全容が細かく映し出されて、ある特定の部分が青色に輝いた。そこが、ニコラス・フォン・バルンテージ氏、つまりアスティミナの父親がいると思われる場所だ。


リガルが会議室の隅に座っている、ステルス装甲服を着用したドゥエストスをさりげなく見やると、彼が真っ直ぐに自分を見つめているのに気が付いた。彼の瞳が語っている。”船長、貴方のお蔭でここまで来る事が出来ました。後は任せてください”。


そこで不意に彼は、その救出作戦に同行したい自分自身を発見する。そして、それに困惑した。自分は、誰も見たことが無い宇宙へと船を駆るのに、自分の存在意義を見出していたはずではなかったか?


隣では、リガルに同伴しているアキの姿がある。彼女はこの会議内容を記録し、必要ならアクトウェイで待機しているクルーへと通信することも可能だが、この会議室は群の設備らしく盗聴防止工事がされていて、送れるメッセージが限られてしまう。そうする意味は今のところないし、それよりも彼女自身が目の前で起きていることに関心を注いでいたから、本来、隣で黙りこくっている男の考えていることなど、解りうる筈が無かった。


クルス大佐はそのまま続けた。


「随伴している強襲揚陸艦タイフーンは、今からおよそ二十分後に、護衛艦をつけてステーションへと向かわせる。準備ができ次第、部隊をシャトルでそれぞれの生存可能区域へと出発させる。が、今から十分後、つまり本隊の突入の十分前に、そこにいるドゥエストス衛兵長をはじめとする衛兵五人を、完全隠密装備のステルスシャトルで送り出す」


クルスが名前を呼ぶと、全員の目がドゥエストスへと向けられた。鋼鉄の巨人は、重々しく頷き、好奇の視線を弾き返す。


「彼らは本隊とは別行動をとる。主に、待ち構えているであろう敵部隊の裏をかいて、それぞれの生存可能区域内を捜索することが目的だ。その間、機動部隊はステーション表面から敵の脅威を排除し続ける。増援が来ることも十分に考えられるから、決して気を抜かないようにしてくれ」


艦長たちが頷き、行動に移るようにカルーザが号令をかけようとしたとき、リガルは手を挙げた。


他の艦長たちはいざ知らず、カルーザはこの時のリガルに、一株の不安を覚えた。彼の表情が、今までに見たことが無いくらい険しいものになっていたからである。今の説明にリガルが何か尋ねる余地があるとも思えなかったし、これから彼の言うことが予想できず、ただ机に両手をついて、次の言葉を待つしかなかった。


「どうした、リガル船長?」


彼の懸念が音波となって会議室に響き渡る。リガルは好奇の目を注がれることも厭わずに立ち上がった。


「メンフィス大佐に申し上げる。今回の戦闘で、衛兵を送りこむと仰りましたね?」


完全に他人行儀な彼の口調に、さらに不安を募らせながら、カルーザは頷いた。


「そうだ。ドゥエストス衛兵長を指揮官として、彼ら五人を別働隊として投入する。バルンテージ氏の捜索効率を上げるためだ」


リガルは吟味するような仕草でドゥエストスを眺めると、真っ直ぐにカルーザを見た。


「その作戦、私も同行させていただきます」


会議室がどよめいた。クルス大佐は予期しなかった言葉に心底動転しているようで、腰を少し浮かせたまま動かない。ドゥエストスは冷静な表情でリガルを見つめ、他の艦長たちは互いに早口で言葉を交わしたり、身振りを交えて論議している。カルーザは驚きを通り越して呆れてアキを見たが、彼女は目を閉じて、小さく首を振った。つまり、”やれやれ”ということだ。


「リガル船長、その提案は―――」


「ノーマッドは」


指揮官たるカルーザの言葉を遮るようにリガルは声を張り上げた。それを合図に、会議室は静まり返る。


彼は繰り返した。


「ノーマッドは、受けた依頼は完遂します。私はドゥエストス衛兵長に、ニコラス・フォン・バルンテージ氏を救出するよう依頼されました。それを遂行するだけです」


「しかし、君は民間人だ」


後者の言葉を強調して艦長の一人が反論するが、リガルは澄ました顔で彼を見た。


「ええ。ですがノーマッドです。戦える民間人ですよ」


「それは宇宙船の船長としてだろう。何の訓練も受けていない素人が、この重要な作戦に参加するなど、正気の沙汰ではない」


クルス大佐が反論するが、リガルは主張を曲げることなく、さらに何か言おうとしたが、意外な人物の一声で覆されることとなった。


「いや、それ以上の議論は不要です」


全員が顔を向けると、今度は一心に注目を集めたドゥエストスが、立ち上がってよく通る声で言った。この状況でかの巨人が立ち上がると、今から最後の戦いに挑もうとしている古代の英雄に見紛うほどの威圧感があり、居並ぶ艦長たちは口を閉じた。


「私と他四人の衛兵は、ご存じのとおり、船長に依頼をしてから今までアクトウェイに乗船していました。その間、我々はリガル船長に白兵戦の手ほどきを御教授させていただきましたので、戦闘能力という一点に関しては問題ありません。また、作戦行動に不可欠な精神力も、私見ですが船長は十分に持ち合わせており、それは今までの船長の実績を見れば疑いようもありません」


しんと静まり返った会議室の中で、カルーザはやれやれと首を振り、クルスは不愛想に瞳を閉じて、他の艦長たちは呆気にとられて、黒い船長と巨人を交互に見つめた。アキだけは、澄ました顔で座っている。


「メンフィス大佐、如何に?」


クルスが重い口を開くと、カルーザは頭が痛いとばかりに額を抑えた。


「時間が無い。議論している暇もないんだ。それに、ドゥエストス衛兵長の言葉には裏付けもある。ここはリガル船長の意思を尊重しよう」


カルーザは立ち上がった。それが合図となり、会議は終了して、リガルはアクトウェイへと戻ってクルーに決定事項を伝えると、クルーたちはドゥエストスの持ち込んだ予備のステルス戦闘服を着用しているリガルに詰め寄った。


「あんた、自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」


最初に声を荒げたのはイーライだ。艦橋の中央に、アキを除いた全員に囲まれながらも、能天気な船長は粛々と準備を進めている。

キャロッサだけは、心底心配した顔でリガルを見つめているが、残りの女性人二人はそんな温厚にもいかないようで、ジュリーにいたっては珍しく真面目に怒っている。


「船長、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ。ノーマッドの矜持だって?そんなの犬に食わせちまいな」


「そういうなよ。これは依頼の内だ。それに、どうしても行かなきゃならないんだよ」


「どうして?」


問うたのはセシルだ。リガルは最後の装甲服の籠手を装着すると、ビームライフルの点検を始めた。意外に手馴れている。


「そんな気がする。少なくとも、このまま彼らを進ませてはダメな気がするんだ。衛兵たちの実力は関係ない」


「その実力の話をしているんですが、まあ、こうなった船長は聞き入れてなんてくれませんよね」


「解ってるじゃないか」


「開き直らないでください!でも、本当に理由はそれだけなんですか?依頼だから?」


リガルはふと手を止めて、遠い目で艦橋のディスプレイが映す、巨大な廃棄ステーションを眺めた。数十年前に見捨てられたステーションは、どんな思いで、目の前に再び戻ってきた人間たちを眺めているのだろう。また、無駄な争いを始めたと呆れているだろうか。それとも、どんな理由であれ、ここに人がやってきたことを喜んでいるのだろうか。


少なくとも、リガルには自分が上陸の先陣を切るのは妥当な事のように思えた。彼は生まれついてのノーマッドだし、こうなることを心のどこかで望んですらいたが、やはり目の前でそんな展開になると、居ても立っても居られなくなるのである。


誠に救いがたい自分たちの船長を見つめているクルーたちの顔に視線を移すと、全員が、胸やけを起こすほどの心配と不安に身を焦がれているのが、リガルには手に取るようにわかった。それは直感でしかなかったが、短く、彼はこの恵まれた船の船長になれたことに感謝の祈りを捧げた。


「俺はな、イーライ」リガルはヘルメットを脇に抱えて、点検を終えたライフルを肩から下げた。


「このために生まれてきた。こういう生き方しかできない。確かに危険だが、それ以上に、俺はそこへ行かねばならないんだ。この宇宙で捨てられたものに対する哀悼と、これから宇宙を旅するために、俺は、正に今ここで、俺の船を傷つけた奴らに痛い目を見せなければならない。他でもない、俺の手で」


そう。彼は怒っている。仮にも自分たちに殺意を向けた人間たちだ。彼らがニコラス氏を幽閉しているのなら、彼は自らの手で障害を排除しなければならない。それが、リガルという男の救い難く、愚かで、しかし胸を張って叫ぶことのできる、ただひとつの矜持だった。


彼の、頑なとまでいえる頑固さに折れて、クルーたちは順々にため息をついた。


「仕方がねぇや。船長、あんたが行くのはよしとしよう。だが、もし万が一命が危ぶまれたとき、この船を指揮する人間が必要だ」


フィリップが言う。それは尤もなことだ。


「そうだな、考えてある。安心してくれ、俺の知る限り、この船のクルーは全員が器用で、誰がやっても任に耐えられるだろうが、一人、任せてみたい人物がいる」


悪戯をする子供のような笑みを浮かべて、リガルはある人物の肩を叩いた。




「それにしても、船長があそこまで頑固になるとは」


船長席に座るイーライがぼやくと、艦橋のあちこちで賛成の声が上がった。一時的とはいえ、指揮を任されたのが何故イーライなのかというと、彼の前職が砲雷長であったことに由来する。曲がりなりにも指揮官を務めたクルーは、この船では彼くらいのものなのだ。


「そうね。アキ、リガルは頑固だけど、ここまでになった理由はわかる?」

セシルが、再び動き出した敵の残党部隊をモニターしながら言うと、イーライの後ろに設置されているオブザーバー席にいる白髪の美女は、優雅な仕草で小首を傾げた。


「よくわかりません。頑固は頑固では?」


「それが悪化したって言っているの。あなたも感じたでしょう?」


「どうでしょうか。確かに、今回の船長の行動は頑固以外の表現はできないと思いますが、それは以前からのことです。簡単に予想できていましたし、意見を曲げないだろうとも思いました」


「ふうん。船長のことを一番理解してるあなたには負けるわね」


セシルは、強襲揚陸艦から射出されたステルスシャトルを示すアイコンを見つめた。今、それにはリガルが乗っている。完全なステルス状態のシャトルのアイコンは予測の位置でしかない。彼女は数秒間、特別な感情をこめて、この銀河のどこかにいるであろう神に彼の安全を願ったあと、くるりと船長席に目を向けた。


「それにしても、イーライ。あなたがそんなに船長が似合う人だとは思わなかった」


不貞腐れた顔でコンソールを指で叩いているイーライが、横目でセシルを見つめた。反対側でフィリップが笑い声をあげる。


「だな。お金持ちの坊ちゃんが船をあてがわれたみたいだが、まずまずだ」


「黙れよ、フィリップ。俺だって、本当はこんなことしたかないさ」


彼が不機嫌なのは、その地位が一時的なものだからというわけではなかった。ただ、そこに彼が座ることが、ひどく場違いに思えているのだ。それほどまでに彼はリガルに敬意を払っていたし、頼りになる船長に対して畏怖の念すら抱いている。彼に取って代わってここに座っても、彼以上のことはできないと弁えているのだ。


だが、他のクルーたちにとって、イーライも負けず劣らずの能力を持っていると見えた。ただ、士官として砲術を指揮していた経験からくるものではない。彼もまた、船を動かすことに天武の才を持っていたからに他ならない。

キャロッサが、後ろからイーライの肩に手を置いた。


「でも、緊張もせずにここに座っているなんて、凄いですよ。私なんか、後ろで座っているのに精いっぱいですから。はい、炭酸ジュース。体力が回復しますよ」


「ありがとう、キャロッサ。君も、もう座っていていいよ。そろそろ動き始めるだろうから」


彼の一言と同時に、ひとつの命令がアクトウェイに届いた。それはカルーザからのもので、攻撃開始の合図以外に他ならない文面が添えてある。

イーライは手を叩いた。


「さあ、あの頑固者の船長に怒られないように、仕事をするとしようか」


了解、と答えて、クルーたちは作業に没頭する。しかし、彼だけは目の前のステルスシャトルのアイコンを見つめていた。


”生きて帰ってくださいよ、船長。こんな所で死ぬ器ではない筈だ”


それだけ心の中で呟くと、目の前のホログラフを展開し、膨大な情報を処理し始める。


「撃ち方始め!」


彼が命令し、アクトウェイが敵船団へ向けて主砲を斉射した。





リガルはステルスシャトルの中で、大柄な衛兵たちに挟まれながらライフルを握りしめていた。ここにいることは彼の本意であるものの、船の上ではなくステーションに足をつけての白兵戦は、いつか、昔のアクトウェイに海賊が数人乗り込んできて以来だった。


と、緊張で身を固くしているリガルの視界の隅に何かが移る。そちらへヘルメットのバイザーごと顔を向けると、ドゥエストスが左隣の座席で手を振っていた。何やら、ヘルメットを指さして首を傾けてくる。それがヘルメットとヘルメットをくっつけろ、の意味だとすぐに解り、リガルはドゥエストスのヘルメットの額に、自分の額を押し付けた。


「なんだ?」


今は、シャトルがステルス状態のため、無線は使えない。無重力で加圧されていない状態だと、こうした状況では装甲服同士を接触させ、直接、音声の振動を相手に伝えるしか、会話の方法が無いのだ。


ドゥエストスが、真っ黒に塗りつぶされたバイザーの向こう側で喋る。


「船長、どうして参加してくださる気に?」


「まだ気にしてたのか。俺は義理堅いんだよ。それに、依頼には何も違反してないだろ?」


「そうですが、本当にそれだけですか」


「そうだよ。何か言いたそうだな?」


巨人は、小さな笑みを漏らした。


「いえ、変わった方だと思いまして。こんな所に来たがる人はそうそういませんよ」


「だろうな。俺も変だと思ってる。ところでドゥエストス、いつ俺に訓練をしたんだ?」


先ほどの会議室でのドゥエストスが言った言葉を思い出し、リガルは問うた。衛兵長は、ああ、と納得したような声を漏らして、とぼけた口調で答える。


「気付いてなかったんですか?船長、フォークとナイフを使って、キャロッサの見事なハンバーグを食べていたでしょう?あれがナイフを使った白兵戦の訓練です。ハンバーガーが徒手空拳、フライドポテトにかけるケチャップが射撃訓練です」


リガルは、頭を話して大笑いした。落ち着いて、再びドゥエストスのヘルメットにくっつける。


「君は最高の教官だったよ、衛兵長」


声を出さずとも、ドゥエストスがにやりと笑ったのがリガルにはわかった。


「そう自負しています。おっと、そろそろ到着です。準備はいいですか?」


「いつでも」


リガルはドゥエストスの肩を、親しみを込めて叩いた。同時に、シャトルを操縦しているスペランツァの操縦士が、格納区画にいるリガルたちに解るように赤いランプを点灯させて、到着三〇秒前だと報せた。


リサイクルされた空気を深く吸い込んで、リガルは瞳を閉じる。


”さあ、いくぞ。アキ、見ていてくれ”


瞼の裏に浮かぶ白髪の女性に訴えて、リガルはライフルを握りしめる。


がくりとシャトルが揺れて、真後ろにある昇降ハッチが、音もなく開き始めた。





「リガル船長がゴーストタウンに潜入しました」


至近距離で敵ミサイルが爆発すると同時に、アキがそう告げる。


セシルは髪を振り乱して、彼女を見た。


「なんですって?こっちでは何も捉えてないわ」


「ええ、私のセンサーも捉えていません」


困惑した様子で、クルーは顔を見合わせる。戦闘は激化しており、敵の最後の抵抗は容赦なく救出部隊を焼き尽くそうとしていた。その陣形の中央で、スペランツァ、クーニツァバートと船首を並べて戦うアクトウェイの量子センサーは、高度なステルス技術を駆使したシャトルの影を映してはいない。


「大丈夫ですよ、船長。私は、貴方を見ています」


アキは、誰にも気づかれないようにつぶやいた。彼女にも自覚できない何かが、そうさせたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ