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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
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一三二年 九月二日~

・アリオス暦一三二年 九月二日 アルトロレス連邦警備部隊ステーションA一二


最初の一週間は徒労に終わった。ロウズ准将は情報提供の約束を守り、リガルとセシルはベガ少尉とともにモニタールームにこもりきり、アルトロレス連邦の情報担当士官の大尉も交えて情報収集に当たっていたが、何の成果も得られず、四人は疲れた身体を伸ばしたりしてほぐした。


「なんだ、これは」


苛々した様子でリガルが呟き、セシルはぼさぼさになった髪の毛を手で鋤きながら溜息をついた。


「情報量が多すぎます。確かにあらゆるデータが入手できますが、これほどの量だとは思いませんでした」


失望の念と疲労の色を色濃く醸し出しながらセシルが言うと、情報部の大尉が浅黒い肌を爪で掻きながら頷いた。ここにいる全員が、二日おきにしかシャワーを浴びていないのだ。


「申し訳ない。我が軍は、知ってのとおり他国軍隊との戦闘を想定した組織ではないんだ。主に宙域警備を主任務としている。だから、バレンティアやシヴァ、レイズ等と違って、各宙域との情報共有データベースが整理された状態ではないのだ」


申し訳なさそうに弁明する大尉に、セシルは鼻で笑って見せた。


「金のかけどころが違うということですね」


かなり皮肉のスパイスが聞いた言葉を、大尉は自嘲的な笑みで受け止める。


「そうだ。だから、入ってくる情報は無造作にそのまま放置されている。情報部はその件を打診し、中央にデータベースの刷新を提案しているのだが、予算の関係からいつも却下されているよ」


皺の多い顔で大尉が笑うと、リガルも自然と笑顔になった。しかし残念なことに、それで問題が解決するわけではない。


だが、情報としては何の実りも無かったものの、リガルにとってはっきりした事がひとつある。


それは、今回の相手についてだ。


普通、海賊や順当なならず者集団――この表現も少しおかしい――がこんな悪事を働いた場合、まず間違いなくその記録が詳細に残っているはずである。だが、アルトロレス連邦の情報管理システムがずさんなのも考慮に入れても、これだけ調べて何も見つからないところと、僅かな記録から読み取れるその時のテロリストの動きをあわせてみても、完全に訓練された、プロの軍人の動きだという結論しか導き出せなかった。


そして、リガルの記憶によれば、今回アクトウェイを付けねらっている敵の船の動きも軍のものに酷似していた。海賊のような”集団”単位ではなく、”戦隊”単位の行動をとっていたし、海賊やテロリストには無い緻密な襲撃計画が感じ取れた。


だからこそ、彼らはこの基地に逃げ込んでいるのである。


そう、逃げ込んでいるのだ。その事実が、リガルの胸の中で、熟れすぎた果実のような胸焼けを起こしていた。


「それにしても、これだけ探しても痕跡すら見つからないとは、どういうわけだろう。まさか情報規制されているわけでもあるまいし」


ちらりと大尉へ視線を投げると、彼は首を振った。


「その様な命令は受けてないよ。本部で何かあったかもしれないが、私は何も知らないし、知っていたとしてもお話しすることは出来ない」


「いや、そういうことではありません。軍部で捜査しているとはドゥエストスから聞いていましたが、肝心の軍のデータベースに何も情報が無いのはおかしい、という意味です」


大尉は頷き、しばらく考え込んだ後、思いついたように手を叩いた。


「参考になるかはわからないが、アルトロレス連邦では情報すら売買しているという噂があるのをご存知か?」


セシルは驚いて振り返った。


「まさか、機密情報を流しているんですか?お金を受け取って?」


「いや、一概にそういう訳ではない。あくまでアルトロレス連邦領宙を航行する民間船向けに、様々な軍部の集めた情報を売っている。その中には軍事機密は含まれないが、もしかしたら、相手方の工作でそのデータだけが消去されたのかもしれない」


「断言できますか?」


「したくはないが、少し調べれば判ると思う。ここはそうでもないが、私が前にいたステーションでは、何人かが機密情報漏洩で軍法会議にかけられているのは見たことがある。その時も取引相手の正体は判らなかったが、もしかしたら、以前から活動している輩なのかもしれん」


「調査をお願いできますか?」


リガルが頼んでから数時間後、大尉は先程の倍も疲れた顔をして休憩中のクルー達の前に姿を現した。


その時、兵装やレーダーの整備をアキと行っていたイーライとフィリップが、眠そうな目をしてキャロッサの調整した栄養ドリンクを胃に流し込んでいた。セシルとジュリーはコーヒーを片手にソファでチェスにいそしみ、リガルはコンソールを使って船の状態を示すデータの羅列に目を通していた。ドゥエストスを筆頭にする衛兵五人は、それぞれの武器である装甲服とブラスターの手入れをしているところだった。アスティミナはそれを、ドゥエストスの膝の上で目を輝かせて見ている。


「ビンゴだ、船長」


大尉は、情報部仕様の防諜装置が装着された携帯端末をテーブルの上へ置き、ホログラフでデータを全員に見えるように表示した。


宙に浮いたデータを見つめるクルー達に、大尉は説明し始めた。咳払いが部屋に響き渡る。


「ここ二十年に絞って、機密漏洩で相手になっていたとされる組織を調べ上げてみた。結果は船長の予想通りだったよ。半数は他の軍組織のものを匂わせる中間業者で、もう半分は、今回と同じように何の痕跡も残していなかった。私が見る限り、この痕跡を残していないグループは、明らかに海賊やテロリストと呼ぶには収まりきらない、高い技量を持っているのは間違いない」


大尉の言葉に、リガルは寒気を覚えた。この情報から読み取れることは、リガルたちが相手にしているのは、並みの国家軍隊以上の腕前を持った連中ということになるからだ。


「確かですか?」


思わず問い返すと、大尉は真面目くさった表情で頷いた。


「卵を焼けば目玉焼きになるくらいに確実だ。私は焼けないがね。ともかく、これは異常事態だ。何か、もっと大きな企みが裏で糸を―――」


大尉が言い終えようとしたとき、ハッチが開いてベガ少尉が駆け込んできた。酷く焦った様子の彼は大尉の元へと歩み寄り、何か耳打ちしたかと思うと、大尉は弾け飛んだように部屋を出て行った。


リガルは、一瞬敵の追っ手が襲撃してきたのかと思ったが、ステーション内に警報は鳴り響いていないので、そうではないと思いなおし、浮かし掛けた腰を上げて少尉へと近づいた。


「少尉、いったい何が―――」


「船長、朗報です。凶報でもありますが。バルンテージ氏の居所が解りました」


ドゥエストスがついに立ち上がった。大股で数歩の距離を埋めると、彼は壁のようにベガ少尉の前に立ちはだかった。


「どこです?」


ベガはドゥエストスを見上げ、首を振った。立派なことに、この巨人に対して少しも臆するところを見せなかった。


「廃棄されたステーション、通称ゴーストタウンです。大きさはこのステーションと同じくらいで、すぐ傍の宙域にあります」


なるほど、大尉がすっ飛んでいったのはそういうことか。リガルは一人頷いた。


しかし、もう少しその名前はどうにかならなかったのかと思うと、自然に口の端がつりあがってしまう。それはイーライも同じようだったが、今はそれどころではない。このステーションに近しい宙域にある場所に軍の捜索対象の人物がいるというのだから、何かしらの作戦行動に出るつもりなのだろう。


「計画を立てるのですか?アルトロレス連邦軍が協力を?」


リガルは問うたが、意外にもベガは否定した。


「厳密に言えば、違います。このステーションはそれなりの危険宙域にあるので、戦力を二分すれば手薄になったほうが襲撃される恐れがあります」


「では、ここから動かないのですか?」


「そうではありません。実は、他国の部隊が近々此処で演習を行うことになっておりまして、先程、その部隊がそろそろ到着すると通信が入ったのです」


ドゥエストスは我慢できずに口を挟んだ。


「では、その部隊がこの基地に来てから行動をおこすおつもりなんですね?」


「はい。ロウズ准将はそう決断なされました。言っておきますと、数人の参謀が外の部署に任せるべきだと口を挟みましたが、”民間人を救出するのにしり込みする軍人がいてはならない”と一蹴していましたよ」


ベガが苦笑いを漏らすと、リガルも笑った。この基地の司令官は、思っていた以上に誠実で、勇敢な人物らしいとわかると、敵に対する不安を味方への信頼感が打ち消した。


それから二日後に、リガルは意外な相手と再会することになる。



九月四日、午前八時に噂の増援部隊が到着したことを知らされると、リガルは格納庫へと出向いて、ステーションのドッグへと入ってきた見覚えのある戦艦に目を留めた。船首には見慣れたカラーリングの上に塗装された船の名前が読み取れる。


「スペランツァ……?」


「古い言語で、光という意味さ」


振り返ると、そこには戦いを共に潜り抜けた友人の姿があった。


「カルーザか!?」


驚きの余り声を上げ、歩み寄るリガル。カルーザはレイズ星間連合宇宙軍の軍服に大佐の階級をつけた、カルーザ・メンフィスは、リガルに向かって親しげな笑みを浮かべつつ右手を指し伸ばしてきた。


「久しぶりだな、リガル。噂に寄れば、まだ色々とやらかしてるらしいな」


「こっちの台詞だよ、カルーザ。演習に来る部隊とは、君の部隊だったのか」


「まあな。新しく司令長官に就任した、もと第一艦隊司令官のモントゴメリー中将が、先の戦争で武勲を得た左官の昇進を決定したんだ。人事部は意外なほどすんなりと受け入れてくれたよ」


硬く手を握り合った二人は、その手を離してラフな姿勢になった。


カルーザ・メンフィス大佐(もと中佐)は、レイズ=バルハザール戦争において、リガル率いるアクトウェイと共に海賊を相手に大立ち回りを演じた若手士官だ。


一〇〇隻以上の敵海賊船団をリガルの機転と彼の部隊で撃滅し、戦争中は以前残っていると思われた海賊の脅威に対して警備の任務を行い、その武勲と実績を評価されて、戦争後に昇進したのだった。戦争の矢面に立っていたわけではないが、その能力は高い。


「そうだ、リガル。あの後、情報部が躍起になって調べたらしいんだが、あの時の海賊船団はバルハザール側が武力支援を行った連中らしいぞ」


「なるほどな。道理で、海賊とは思えない駆逐艦を所有していたわけだ」


測らず戦場で互いの背中を預けることになった両者は、戦争が終わった今でも連絡を取り合う仲である。といっても、カルーザは軍人である為、リガルはそう頻繁にメールを送ったりしないようにしていた。


カルーザもそれを承知していて、二人はお互いの状況がかろうじて解るくらいのやりとりをしていたのである。


二人はお互いの近況報告を聞いて、顎を押さえ込んで考え込んだ。


「なるほど。レイズは戦争から立ち直りつつあるか」


リガルが感心したようにいう。


確かに、今回の戦争では両国とも目立った被害は出していない。両軍の損失は無視できないが、あれほど大規模な艦隊戦を何度も行った割には、惑星などの通信・インフラなどが多少破壊され、航宙上、あまり無視できない問題が発生しただけである。


戦争終結から数ヶ月を経た今、応急的な処置ではあるものの、レイズは新たな衛星などを次々と配備し、それなりの軍備を整えつつあるという。


「ああ。艦隊も、第一、第二、第三と、それぞれが役割を持つことになった。まあ、バレンティアの真似事だけどな」


カルーザの話によると、レイズ星間連合宇宙軍は大幅に再編されるらしい。新しい司令長官が今の軍の状況を糾弾し、星間連合評議会もそれを承認したのだそうだ。


「第一が戦闘、第二が国防、第三が整備と訓練を担当することになる。これとはまた別に各星系防衛軍が置かれることになるが、少なくとも一年はかかるだろうな」


「へえ。そうなると、造船業も忙しくなるんじゃないのか?」


「まあな。今は新しい大型建造ドックをいくつか備えた施設を、三つくらい建造中だ」


「大胆だな。目が覚めたって感じか?」


カルーザは苦笑した。


「そんなところだ。それで、君のほうも大変そうじゃないか」


そこで、いつの間にか間に立っていたベガ少尉が割って入った。


「その件についてお話があります、メンフィス大佐。ロウズ准将もお待ちしております」


すっかり軍人らしく居住まいを正して、金髪の青年佐官は頷いた。ちらりと控えている戦隊の艦長たちに視線を送って、顎をしゃくって移動を促した。


「わかった。待たせてすまなかったな、少尉。案内してくれ」


ベガは敬礼した。


「はっ。こちらです」


彼の先導で通路を歩き始める。ついてくるのはカルーザ、艦長たち、そして護衛兼儀仗兵のアルトロレス連邦軍兵士数名だ。装甲服を着た彼らは、まだ民間組織の端くれである黄金の花束の衛兵達に比べて、より重武装が施されている。彼らが重たいアサルトライフルを構えながら両脇を挟んでいると、リガルには連行されているのか護衛されているのか、わからなくなってきた。


食堂の前を通ると、給仕兵の作るパスタやハンバーガーのいい匂いが漂ってきた。鼻をくすぐる芳香に、カルーザは思わず呻いた。


「ちくしょう、いい匂いだ。リガル、君のところのキャロッサを思い出したよ。彼女の料理は美味いよなぁ」


カルーザは、アルファ・ステーションでリガルたちと会った時に、一度だけキャロッサの料理を口にしているのだった。短いメールのやり取りでも、彼は彼女の料理がとても口惜しいようだった。


「時間があれば、アクトウェイに来てもいいぞ、カルーザ。君ならいつでも大歓迎だ」


冗談半分、半ば本気でリガルは微笑みながら言った。ベガはちらりとリガルを見て、やれやれと首を振る。カルーザは彼の申し出を、顎を抑えて真剣に考え込んでから、とても残念そうに首を振った。


「お言葉に甘えたいが、今はそんな時でもなさそうだ。そうだろう、少尉?」


「ええ、まあ。私の口からは説明致しかねますので、准将から直接お聞きになってください」


「その用件なんだが、少尉。概要だけでも教えてくれないか」


頼み込むカルーザに、ベガは溜息をついて告げた。


「少なくとも、ゆっくりディナーをいただくことにはなりそうにありませんよ、大佐」


これは失敬、と、カルーザは含み笑いを漏らしながら言った。




「唐突に言えば、メンフィス大佐。君の戦隊の力を是非ともお借りしたいのだ」


お互いの挨拶を歓迎の言葉を述べると、ロウズ准将は即座に本題に入った。余ほど急いでいるのだろうか、その纏う雰囲気にはいつも以上にピリピリとした緊張感があって、ベガも必然的に表情を引きつらせている。その間に立ちながら、リガルは不安な面持ちでいつの間にか会議室に来ていたアキへと耳打ちした。


「いくらなんでも早すぎやしないか、アキ」


例え目の前で核爆発が起こっても微動だにしないであろう、氷のような美しさを湛えている女性AIは、目だけを自らの船長へと向けて、同じように小声で返した。


「そんなこともないでしょう。依頼の人物は、仮にも誘拐されている身です。しかも、その肩にはアルトロレス連邦の生命線ともいえる物流が架かっています。准将は今まで焦燥など微塵も見せませんでしたが、ここに来て焦りを感じているのでしょう」


なるほど、とリガルは頷いたが、ここに来て自分がどんな勘違いを犯してい

るかに気付いた。


そもそも、テロリストは何故ニコラス氏を拉致したのだろうか?その疑問を突き詰めていくと、まず、ひとつの奇妙な点が頭に浮かぶ。


ニコラス・フォン・バルンテージは、言うまでもなくこの銀河でも五本の指に入る大富豪だ。その資金力や運営している事業、それらを合計した点では、彼の右に出る商売人など宇宙には存在しないだろう。そんな彼を拉致したのだから、その目的は当然身代金のはずだ。彼を取り戻す為なら、ドゥエストスやアスティミナは必要以上の金を出すに違いないからだ。もし仮に軍が介入して救出しようとしても、アルトロレス連邦軍には宙域警備を行う以上の軍部隊がいない。政治的な理由がそうしているのだ。また、同じ理由で他国の軍隊が介入することも考えられない。今は、偶然演習を行うためにカルーザの戦隊が来たから、こうして民間人であるリガルの依頼を橋渡しとして協力関係が築けているが、リガルがいなかった場合は語るまでも無いだろう。


だが、テロリストは身代金の要求をしてきていない。それはつまり、彼らにとってニコラス氏を拉致した目的が金ではない、つまりは彼の所有している事業にあるということだろう。


「なんとまあ」


リガルは気分が重くなるのを感じた。間違いなく、彼の請け負った依頼は銀河規模で人類に影響を与えかねない一大事であると、今更ながらに認識したのだ。


彼の見解をアキに話すと、彼女は一瞬の後に、同意したように頷いて見せた。


「そうですね。どちらにしろ、あれほど組織だったテロリストグループは、彼らを纏めるだけの大儀があるに違いありません。その大儀と、バルンテージ氏の持っている権利が密接に関係していると考えるのが当然でしょう」


「ああ。アキ、とにかく彼を救出するのは急いだほうがよさそうだ。この調子だと殺される心配は無いだろうが、彼はなにか、とんでもないものの金棒を担がされることになるかもしれない」


その時、リガルは会議室が静まり返っているのに気がついた。ロウズとカルーザが敬礼を交わしているところから察するに、話し合いは既に終わったらしい。二人は手を下ろすと、テーブルの左右両側からリガルへと近づいてきた。


「船長、こちらにいらっしゃるカルーザ・メンフィス大佐が、今回のニコラス・フォン・バルンテージ氏の救出作戦に加わってもらうことになった」


形式ばった堅苦しさで、カルーザは頷いて見せた。が、その右頬がぴくりと動いて笑みを形作ったのに気付いたのは、アキとリガルだけだっただろう。


「リガル船長、私の指揮下にある一隻の軽巡洋艦と三隻の駆逐艦、そして私の旗艦である戦艦スペランツァ。この五隻が同行する。他の船はこのステーションに残る」


「心強いよ」


二人は固い握手を交わす。


ロウズが補足した。


「船長。いいかな?」


「なんでしょう、准将」


「今後のことだ。明日の〇一〇〇時に、このA一二ステーションの右舷側一万五千キロの位置から出発する。それまでにアクトウェイを発進させておいてくれ」


その言葉に、リガルはなんともいえない驚きの表情でロウズを見た。ロウズは片眉を上げてカルーザを見た。カルーザは、ロウズに向かって頷いてから説明した。


「リガル、今回の件は粗方聞いた。救出する為には、我々レイズ星間連合宇宙軍を始め、この宇宙では鉄の原則がある」


カルーザは咳払いをした。


「ひとつ、救助と戦闘の部隊に分けること。ふたつ、救助された人物を保護する拠点にも部隊を置くこと。救助者の、作戦後の保護は戦闘よりも重要だ。だが、君にも分かるとおり、救出作戦というのは戦力が多ければ多いほど良い。それだけ選択肢が増えるからだ。それに――」


ちらりと、ウィンクのようなものをリガルへ寄越すカルーザ。


「君も、このままでは引き下がれないだろう?」


リガルにとって、カルーザは得がたい友人であるのは今更言うまでもないが、彼をリガルの友人たらしめているのは、人柄もさることながら、その相手に対する理解力故なのだった。


まだ数ヶ月、それもメッセージのやり取りだけであるのに、親友のように自らを信じ、理解しているカルーザに対し、リガルは尊敬の念を抱かずにはいかなかった。


「分かった。では、そろそろ出港準備を整えておいたほうがいいかな?」


ようやくそれだけ返すと、ロウズは好奇心を湛えた目で両者を等しく眺めやった。目の前の若者二人が、自分とは別の次元に立っているのではないか、と思い、それに興味が湧いたのだ。自分は辺境宙域で、テロリストや海賊を相手に戦ってきたが、この二人はその戦闘が遊びに思えるような「戦争」を経験してきたのだという事実が脳裏をよぎり、もしかしたら、この場に立っているのは歴史の観点から見て、ひどく幸運なことなのかもしれない、とさえ思ったのだった。


会議が終わると、リガルはアクトウェイの艦橋にドゥエストスやアスティミナを集め、四人の衛兵にも事の次第を伝えた。すると、彼らはリガルの見ている前で装甲服を点検し始めたので、リガルが問いかける目でドゥエストスを見ると、彼は毅然とした態度で答えた。


「船長、それは無理な話です。我々は衛兵なのです。それも黄金の花束の。あそこにニコラス氏がいるのなら、そこに行かないわけにはいきません」


周囲では、イーライやジュリーが忙しく動き回っている。少しでもアクトウェイを最善の状態へと持っていこうとしているのだ。それがクルーとしての彼らの務めであり、誇りだと思っている。


「だろうな。うん、分かってはいたよ。アスティミナはどうする?」


衛兵長は、一瞬、宇宙の深遠より深い愛情の眼差しをアスティミナへと向けたが、そのすぐ後にはリガルへと真っ直ぐな視線を投げた。


「アクトウェイで、面倒を見てやってはくれませんか。ニコラス氏が救出された時、できるだけ早く会えますし、私が思うに、ステーションよりもアクトウェイのほうが安全です」


思わず、リガルは両手を挙げた。


「おいおい、ここは仮にも国家軍隊の駐留基地だぞ?ドゥエストス、そこよりもアクトウェイのほうが安全だと思うのか?」


これはまったく、意地の悪い抵抗でもなんでもないおどけたジョークだったが、リガルは言わずにはいられなかった。その彼の言葉をドゥエストスは生真面目に受け止めた。


「思います。船長、貴方は英雄です。その素質があります」


あまりにも突拍子の無い言葉。リガルは口を開けるでもなく、驚くでもなく、その言葉を自分でも信じられないほどスムーズに受け入れ、そして、否定した。


「随分と仰々しい言葉を使うんだな、ドゥエストス」


軽い嫌悪すら混じった返事を返すと、目の前の巨人はまったく動じずに首を振った。


「そうですね、自分でもどうかしていると思います。ですが、私はあのステーション……黄金の花束で、色々な人間を見てきました。それこそ、全ての国の、あらゆる世代の、あらゆる階級の人々です。その中に、貴方のように誰とでも理解し合おうと、この宇宙で自分を曲げずに貫こうと、仲間の命を義務や責任ではなく、誇りで守り抜いてきた人間はいなかった。貴方は英雄に必要なものを全て持っています。もし、歴史がこれから転落していくのなら、貴方はきっと、誰もが必要とする人間となるでしょう」


ドゥエストスの言葉に、四人の衛兵も頷いた。周りでは、アキやセシル、フィリップが、お互いに顔を見合わせている。


だが、リガルは気付いた。誰もが、納得した目で自分を見つめているのを。

リガルはドゥエストスの広い肩を叩いた。


「いいや、そうはならないよ。バレンティア軍もいるし、カルーザやロウズ准将のように有能な人物はいくらでもいる。それに、俺はひとりのノーマッドだ。どう考えたってそんなことにはならない」


背中を向けて、リガルは視線に耐え切れず艦橋を出た。


そして胸中で呟いた。そんなものは絶対に御免だ、と。


彼は逃げ出したのだった。

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