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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
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一三二年 八月二〇日~

・アリオス暦一三二年 八月二〇日 未確認宙域


男は、目の前の傷付いた船の集団を眺めながら、人類の社会から忘れ去られたステーションの展望室で、自分の白い航宙服と黒く染まった宇宙空間を、交互に見やった。


船の多くは傷付いている。何があったのか報告は届いているが、自分がそれを目にしたときの実感と差異が生まれていることに気がつき、首を傾げる。腕を伸ばし、空中を何度か掴む仕草をすると、男は短く笑った。まだ、慣れていない。


「彼らがここまでしぶといとはね」


このステーションには多くの船がある。その多くが軍用艦で、普通の民間船程度ではまるで歯が立たないような代物なのだが、今回の襲撃した相手は、どうもそんな常識が通用しない相手であるらしい。まさか、送り出した五〇隻のうち、二〇隻近くが撃沈されるとは思わなかった。さらにそれと同等の数の船が、小破、ないし中破している。


いったい、彼らだけで、一隻の船だけでどれだけの戦闘力があるというのか。まるで数字では計り知れない潜在能力を目の当たりにして、男の胸は躍った。こういった計算だけでは上手くいかないことがあるからこそ、やっている”甲斐”があるというものだ。


「いかがいたしますか、閣下」


後ろから、小さな声で話しかけられる。この実務的な口調は、アイシャ・リンドベルグ中将。彼の率いる部隊の中でも屈指の精鋭部隊を率いる女性指揮官で、流れるような短い黒髪をそのまま流した、美人だ。少なくとも、彼の知識ではそう定義されている。


「どうしようもないだろう。我々の、現状で計画に使う船を動かすことも出来るが、これ以上の数の船を派遣したら、恐らくバレンティア航宙軍あたりが黙っていない。そうなれば、時期を早めた不本意な戦いを強いられることになる。幸い、準備はほとんど整っているが、部隊配置が完了していない。兵站状況も完全で無ければ、負ける」


やや古い、濃いグリーンの軍服に身を包んだリンドベルグは、身体を斜めに傾けて、男の耳元に後ろから口を寄せた。


「総司令官が簡単に負けると口にしてはいけません。人は、そういったものを気にするものです」


「そうか。不思議だね、人は」


小声で言い返すと、リンドベルグは無言のままうなずき、姿勢を元に戻した。


「アラルコン提督から連絡が入っています。バレンティア航宙軍の数隻の船、恐らく情報部の所属と思われるものが、なんらかの諜報活動を行っているとのことです。こちらの星域に近づいていることから、こちらを探しているものと思われます」


五隻の戦隊が、旗艦を中心として正方形の隊形を組み、展望室の前を横切っていく。整然とした隊列で、よく訓練されたベテランのものだ。男は満足そうにその様子を眺めつつ、手元に置いてある、転倒防止の蓋のついたカップを口元へと運んだ。合成のコーヒーだが、味はまずまずだ。


味覚。それが人間特有の感覚である時代は、既に終わった。そう胸中でひとりごちながら、リンドベルグの話に耳を傾ける。


「加えて、アルトロレス連邦内での、あの黒い船に乗ったアスティミナ・フォン・バルンテージの”救出”も完了していません。今の状況は、かなりといえなくとも、十分に注意すべきものです」


「なるほど。ちなみに、ニコラス氏はどうしている?」


リンドベルグは、手元にある小さな携帯端末の画面上に指を走らせると、首を振った。


「頑なに拒否しておられます。私としては、どうして拒否なさるのか、理解できません」


男はもっともだと言いたげに頷いた。


「私にもわからない。だが、問題というものはひとつずつ処理すべきだ。指し当たって、ニコラス氏にはこのまま我慢してもらうしかないからいいとして、バレンティアの諜報艦だ」


「攻撃しますか?」


「それはまずい。まだ、彼らには、こちらが亡霊のままだと思わせておく必要があるし、恐らくは正体の手がかりもつかめていないだろう。そこに隙が生まれる。まだ、泳がせておこう」


リンドベルグは頷き、携帯端末に今のメモを取りながら、視線を宇宙空間へと移した。透過壁の向こう側では、たくさんの空間戦闘機が編隊を組んで、空母の周りを飛行している。流星群のように見えるそれらは、壮観だった。


忘れ去られた軍隊。忘却することの出来ない敗北。それらを払拭するために、彼らはまた戦おうとしている。


男はコーヒーを飲んだ。


「では、黒い船についてはいかがいたしますか?」


初めて、男は即答せずに、じっと考え込んだ。が、やがて顔を上げると、答えた。


「さすがに、三個戦隊を投入して逃したとなると、生かしておくことは論外だ。だが、深追いすれば、いずれアルトロレス連邦の機動部隊と鉢合わせし、こちらの存在が公になってしまうだろう」


「ですね。しかし、放っておけば、それだけ噂が広まってしまうかもしれません」


リンドベルクの視線が厳しくなった。


「私たちの噂が」


「それは好ましくないな。となれば、方法は一つだ。確か、向こうの宙域には使っていないステーションが一つか二つばかりあったな。それらを海賊基地として改装しろ。部隊を編成し、ニコラス氏をそこに幽閉する」


リンドベルグは、何かに気がついたようにうなずいた。彼の意図を察したのである。


「誘い込むのですね。こちらの支配する宙域におびき出せば、向こうの軍との衝突は避けられますし、戦闘自体を秘匿できます」


満足げに、白い男は頷き返す。


「そういうことだ。部隊の編成は君に任せる。くれぐれも痕跡を残さないでおくように。隠蔽工作は万全にな」


「承知しました。計画立案に移ってもよろしいでしょうか?できましたら、一度お見せします」


「それでいい。頼んだよ」


「はっ。失礼します」


一礼して後に下がり、彼女の足音がハッチに遮断されるのを聞いてから、男は瞳を閉じた。




・アリオス暦一三二年 八月二六日 大型巡洋船アクトウェイ


ようやくアクトウェイが辿り着いたステーションは、アルトロレス連邦の銀河西方向、バレンティア国境宙域から二つか三つほどの星系を挟んだステーションで、これは交通星系の警備をするために設置された、政府お抱えの警備ステーションだった。アキの報告によれば、このステーションは、他の小型警備ステーションに駐留している部隊の真ん中に位置し、一際大きな部隊を駐留させる中央司令部のような役割を持つ、大きなものだということだった。当初、リガルは一番近い位置にあるA三〇ステーションへと向かうように指示したが、またやってくるであろう敵船団の襲撃に対して十分な防衛戦力があるステーションへと入港すべきだとイーライが主張したため、止まることなく、巡航速度を維持したまま、このステーションへとやって来たのだ。


アクトウェイの艦橋を包み込む超高解像度ディスプレイが、無限の星の海の中に浮かぶ巨大な人工建造物が惑星の衛星軌道上に浮かんでいるのを映し出している。その場にいるクルーの誰もが、ようやく解けた緊張を解きほぐすかのように、肩を回したり、一息ついたりした。


船長席に身を沈めるリガルの目の前には、船の状態を把握する為に十分な量のデータが、ホログラフにより表示されている。その中で、新たにひとつのウィンドウが浮かび上がると同時に、セシルが椅子を回転させてリガルを見た。


「船長、ステーションの警備部隊長から通信が入っています」


「わかった。つないでくれ」


数秒後、小さく現れたウィンドウが拡大され、軍服を着た、いかにも軍人らしい態度の男が現れた。プロらしい無表情で、リガルによどみない視線を向けている。彼は敬礼し、リガルは民間人らしく、一礼した。


「アルトロレス連邦空間警備部隊、第三象限部隊指揮官、ロウズ大佐だ。貴船の所属と、ここに来られた理由を明らかにされたい」


リガルは毅然とした態度で答えた。


「こちらは船籍番号二○一一三四七、巡洋船アクトウェイ船長、リガルです。大佐、我々がここにきた理由は、説明するよりも我々の航海日誌を見ていただいたほうが解りやすいかと存じます」


一瞬だけ、ロウズ大佐は不信そうに顔を顰めたが、すぐに元の無表情に戻ると、ちらりと画面の脇を見やった。リガルがコンソールを操作し、航海日誌を送信したのである。


航海日誌は、軍用船、民間船を問わず、全ての船に設置が義務付けられているブラックボックスだ。パワーコアがオーバーロードしない限り、この装置は船の状態と行った活動の全てを記録する。主に、難破した船や戦闘で破壊された船の記録を引き出す為のものだが、特に民間船のものに限り、特別な事情がない限り、他の船または組織に属する人間は、意図してみてはいけないことになっている。アルトロレス警備部隊の規則がどうなっているかは知らないが、特別な場合を除いてそのようなことをしてはならないと言明されているはずであるが、リガルの場合はその特別な場合に属する、と大佐は判断したのだろう。小さく頷き、リガルの次の言葉を待った。


「大佐、貴方方が状況を理解してくださる為には、こちらは努力を惜しみません。そちらに赴いて説明してもよろしいのですが」


ロウズは一瞬、どこか遠くを見る顔になった後、焦点をリガルに戻した。


「リガル船長、貴船の航海日誌を受け取った。申し訳ないが、我々が状況を理解するまで、アクトウェイはステーションを中心とする、半径二光分以内に近づいてはならない。君達の置かれている状況が把握でき次第、連絡をする。それまでは待機していて欲しい」


「わかりました。できるだけ早い解答をお願いいたします、大佐。こちらは急を要するので」


黙ったまま頷くと、大佐は敬礼を残してだ面から消えた。灰色になったウィンドウを閉じると、リガルは強張った方を揉み解しながらドゥエストスを振り返った。


「ドゥエストス、船を下りる準備だ。衛兵とアスティミナに、いつでも下船できるように準備をさせてくれ。ステーションに入ったら、君達にも証言をしてもらわなければならない」


ドゥエストスは無言のままうなずくと、座席に座っている自分の仲間とアスティミナに事情を説明し、部屋へと向かって、艦橋を出て行った。

イーライがそれを見届けてから言う。


「船長、どうですか?」


「恐らく、我々を受け入れてくれるだろう。今頃は、こっちの送った航海日誌の中に有害なワームがあるかどうかを検査しているんじゃないかな?それが終わって中身を見れば、すぐに連絡が来るだろう」


「それにしても、中に入れたくれないのは驚きました。レイズとは違いますね」


「仕方の無いことだ。アルトロレス連邦は、その立場上、厄介ごとを嫌う。テロリズムや海賊なんかはその際たるものだ。いつ、どういった形で交通が制限されるかもわからない状況の中、警備部隊はピリピリしてる。レイズでは、そういった存在は海賊だけだった。テロリストのように、騙そうとする連中ではなかったんだ」


「しかし、アルトロレス連邦はテロリズムに敏感になっている。だから、民間船と証明できても、それを全面的には信用できない、ということですね」

「そういうことだろう。つまり、向こうの指揮官のやっていることは、正当なことだということだ。セシル、観測範囲を最大にして敵を警戒しろ。イーライとフィリップは、いつでも最大出力で戦闘できるように待機。ジュリー、君は舵から手を離すなよ」


ジュリーは黙って頷いた。いつものように元気な返事ではなかったので、イーライがちらりとコンソールから目を離して彼女を見やると、ジュリーの使うコンソールの上に、小さな酒瓶が三つ、林立しているのが見えた。溜息をつき、イーライは自分の仕事に戻る。


それからの五分間は、とても長く感じられた。いつ敵が現れるかもわからない状態で、アクトウェイはステーションを中心とする弧を描きながら遊弋している。垂直ミサイル発射装置や対空レールガン、一二門のエネルギービーム砲の砲門も開いている。完全な戦闘体勢で、ステーション側も、巨大な建造物のシンプルな外見の下に隠された武装をオンラインにして、密かにミサイルの装填が始まっていることを、アクトウェイのセンサーは捉えていた。つまり、アクトウェイはまだ警備部隊に信用されていないということになる。テロリストの可能性もある船がすぐ傍にいるのだ、無理も無いことであるが、乗っているクルーにとっては落ち着かないことだった。


やがて、小さな電子音が鳴り、セシルが言った。


「ロウズ大佐から通信が入っています」


「繋いでくれ」


瞬間、リガルの目の前に先程と同じと思えるほどの、相変わらず無表情なロウズ大差の映像が現れた。


「船長、待たせてしまい申し訳ない。今しがた確認が取れたところだ。アクトウェイはこちらの誘導にしたがってドック入港されたい」


そこで、リガルの目の前にあった表示が変わり、アクトウェイの目の前にあった予定航路線が、滑らかな楕円を描きつつステーションへと向かって表示しなおされた。


「位置は管制AIが指示する。入港の後、クルーを連れて第四会議室へ来てもらいたい。迎えを寄越すから、彼の指示に従うように」


「わかりました。通信終了」


それから、リガルはジュリーに入港するよう指示して、管制AIに指示を仰ぐと、すぐに返事が返ってきた。重巡洋艦用の大型ドッグへと案内されたアクトウェイは、ジュリーの酔っ払いつつもしっかりした舵操作で、その船体を速やかにドック内へ納めた。ドッキングアームが船を固定し、ドックの分厚い扉が閉まって加圧されると、ステーションの作業員達が日課とばかりの表情で出てきて、ロボットとならんで整備作業を始める。程無くして、彼らはドッグ内部へと続く連絡通路へと足を向けた。


ハッチが開くと、目の前にはアルトロレス連邦軍の制服を着用した、やや若い男が立っており、両脇を二人の軽武装警備隊員が固めている。彼らの手にはエネルギーライフルが握られており、その表情は強張って、緊張した様子だ。彼はリガルを見たとたんに敬礼した。


「ようこそ、A一二ステーションへ。案内を任されました、ベガ中尉であります」


リガルは一礼した。


「アクトウェイ船長、リガルです。早速案内していただいてよろしいでしょうか、中尉?」


「勿論です。どうぞ、船長」


中尉はきびきびとした様子で踵を返すと、先頭に立って歩き出した。二人の警備隊員のうち一人は中尉の隣を歩き、一人は最後尾に立って歩き出す。ドッグ脇にあるリニア・モーターカーの停車駅に来ると、一行はそれに乗り込み、ひとつ隣の駅に来たところで、中尉は電車を降りてさらに奥へとリガルたちを案内していく。


しばらく歩いていると、通路の白い空間にちらほらと軍人の姿が見えるようになり、時折、中尉は上官に敬礼したりして、ようやく会議室に辿り着いた時には、クルーはくたくたになっていた。なにせ、A三二ステーションでの襲撃からずっと逃げてきたのである。精神的にも肉体的にも、休憩中でさえ空気が張り詰めた状態では、安心して熟睡することもままならなかった。それぞれが目の下に隈をつくり、ドゥエストスのシャトル発着場かと思われるほど巨大な肩の上では、アスティミナが眠りこけている。アキだけは疲労の色を見せていなかったが、リガルも負けじと、全身全霊で眠気を振り払っていた。


第四会議室と表札の張られた部屋の扉の前には、二人の儀仗兵が退屈そうに立っていた。ベガ中尉が近づいていくのに気がつくと、慌てて姿勢をただし、ほぼ同時に敬礼する。無言で答礼した中尉は、リガルに頷いてから、目の前のハッチを開いて部屋の中へ入った。


会議室は簡素なつくりだった。が、アルトロレス連邦らしく、民間企業の良質な製品を用いていることがわかる。椅子もレイズのものとは比べ物にならないくらい座りやすそうだ。楕円形にかたちどられた会議テーブルには、四十人ほどが座ることが出来そうだ。テーブルの中央には同じ楕円形に抜き取られた空白部分があり、その真ん中にはホログラフ投影装置が陣取っている。テーブルの上座にはロウズ大佐が座っており、彼の周囲には緊張した面持ちの壮年と思われる男女が、ベガ注意と同じ軍服姿で並んでいた。

ロウズ大佐が立ち上がり、仏頂面のまま敬礼した。


「ようこそ、リガル船長。改めて、私がここの警備部隊を取りまとめている、ロウズ大佐だ」


「リガルです。大佐、早急にお話したいことが―――」


リガルの言葉をさえぎるように、ロウズは手を突き出した。


「解っている。とにかく座ってもらいたい。話はそれからだ」


落ち着いた態度のロウズに、リガルは頷き返し、クルーにロウズとは反対側に座るように促した。ぞろぞろと入ってきたクルー達は、警備部隊の艦長たちの視線を浴びながら、やや乾燥した空気の中、座席に着いた。


ロウズは自分の座席に戻ると、たったまま話を切り出した。


「さて、アクトウェイの皆さん。我々は先程の貴方方の航海日誌を見させてもらった。僭越ながら、貴方達がテロリストではないという確たる証拠が無かったので、何かしらのワームが入っているかどうかを調べている間、時間を取ってしまったが、これは必要な措置であったことをご理解いただきたい。だが、その末に、我々はアクトウェイの置かれている状況を把握することができた」


ロウズはそこで言葉を切り、一同を眺め回すと、再び口を開いた。


「言ってしまうが、アルトロレス連邦航宙軍の戦艦三隻、重巡洋艦七隻、軽巡洋艦八隻、駆逐艦十九隻、フリゲート艦二〇隻が、このステーションを中心に警備活動を行っており、私はそれの部隊長を務めさせて貰っている。思うに、貴方達が潜り抜けてきた敵の襲撃………ここではテロリストと呼ぼう。彼らの戦力と比較すれば、拮抗するのがやっとのものだと思われる。そも、一個戦隊でどうにかなるものではない。例え、レイズ星間連合で武勲を立てた、一隻の重巡洋艦クラスの船が味方になろうとも、だ」


リガルは黙ったまま、ロウズの真意が読めずに彼を見つめた。ロウズも彼を見つめ返し、やがてそのまま口を開く。


「当てこすりと思わないで欲しい、船長。我々軍人は政府の財産、つまり民間人を守る為に戦う。そうなると、レイズ星間連合のように、あなたのような民間人を戦場に引き出すやり方には、賛同しかねるものでね」


リガルは、レイズ=バルハザール戦争で世話になり、今でも連絡を取り合う友人のカルーザ・メンフィス大佐を思い出した。戦争当時、彼はとある警備部隊の体調を勤める中佐だったが、戦後、リガルとともに海賊の大船団を壊滅させたことを武勲として認められ、リガルは表彰、カルーザは昇進したのだった。今では、確か艦隊の一個船体を任せられるほどに出世したと彼が話していたことがある。勿論、通信でだが。


そして、ロウズ大佐の露骨な物言いは、リガルの癇に障った。


「それはつまり、レイズ星間連合宇宙軍が堕落していると言いたいのですか」


驚いて、セシルとイーライがリガルを見た。ジュリーは目を丸くしてフィリップと顔を見合わせ、衛兵たちは戸惑った様子で落ち着かないようだ。会議室に居並ぶ警備部隊の艦長たちも、程度の差こそあれど表情を曇らせる中、ロウズだけが無表情のまま首を振った。


「そうではない、船長。例えレイズ星間連合宇宙軍が戦争法を犯そうとも、我々には彼らの名誉を虐げる権利は無い。彼らの名誉を虐げるのは、彼ら自身だ。名誉とはそういうものだろう、船長?ちなみに言えば、私は君が名誉を知る人間だと思っているし、私も、名誉の意味を理解しているつもりだ。君の気を悪くさせたのは悪かったが、私の言いたいことはそうではないのだ」


リガルは自分の感情を押し止め、同時に赤面する思いだった。


「申し訳ありません」


「構わん。それが人間と言うものだ。ところで」


ロウズは姿勢を正して、ちらりと、ドゥエストスの肩で眠るアスティミナを顎で示した。


「バルンテージ家の跡取り娘がご一緒なのは、どういうことなのかな?」


リガルはドゥエストスを振り返って、彼と共に小声で相談した。


「どうする。話してもいいのか?」


ドゥエストスはしばらく考え込んでから、頷いた。背が高いので、まるでリガルに会釈したようになる。


「その方が良いかと思います。少なくとも、軍から何らかの情報公開があるでしょうし、我々は助けを求める民間人の立場です。軍としては動かざるを得ません」


「損はしない、と?」


「そういうことです」


リガルは頷き、ロウズへと向き直った。


「お話します、ロウズ大佐。少し長くなりますが―――」


それから、リガルは今までの自分達の調査と、この宙域までやって来た経緯を説明した。ところどころでドゥエストスが補足説明を入れ、話が終わると、ロウズ大佐は重い溜息をつき、再び首を振った。


「なるほどな。ニコラス・フォン・バルンテージ氏が誘拐され、その奪還の為に動いているとは」


ロウズは、目の前にリガルがアキに表示させた敵船団のホログラフへと移した。数十隻の艦隊は、理路整然とした動きで整列し、アクトウェイに攻撃を加えているところだった。今見ても、惚れ惚れするくらいの統率された動きで、よく訓練されたクルーが乗り込んでいるのが一目で解る。仮に、このステーションの警備部隊が総動員されても、この戦隊を打ち破ることは難しいだろう。戦力的な意味だけでなく、敵艦隊はこれほどの錬度をもっている場合、集団戦闘から各艦単位によるゲリラ戦も行うことが出来るからだ。そうなった場合、こちらには警備部隊を合わせても同程度の規模の船しかない。ゲリラ戦をする場合、交戦するには敵の三倍以上の兵力を投入することが望ましいのだが、今回はそれも望めない上に、先程のロウズ大佐の言い方からして、軍は民間での出来事に首を突っ込む気は無さそうだった。


「船長。率直に申し上げると、我々は表立ってこの件に介入することは出来ない。情報は出来る限り提供させていただくが、既に軍のほうでも調査部隊が編成されているだろう。違うかね、ドゥエストス君?」


巨人は頷いて説明し始めた。


「はい、大佐。我々がリガル船長に依頼したのは、失礼ながら、アルトロレス連邦軍よりも船長の方が依頼を遂行してくださる可能性が高いと思ったからです。一重に言えば、腕前、という表現になりましょうか。軍の調査となると、どうしても動きが鈍くなりますし、その方が効率的だと判断したのです」


「そうだな。その推測は恐らく、正しい。だが、既に軍が動き始めている以上、いち警備部隊である我々がこれについて行動をおこすわけにはいかん。原則として、命令が無ければ動けないのだ。艦隊規則でもそう定まっている。だから、とりあえず今用意できるだけの資料は君達に渡しておく。詳しくはベガ中尉に一任するので、彼に聞いてもらいたい」


リガルたちと、ロウズたちの間に立っていたベガ中尉が頷いた。任せろ、と、リガルに目で訴えてくる。


「事情はわかりました。では、ベガ中尉に情報を提供していただく間、補給品の積み込みをお願いしてもよろしいでしょうか?武器弾薬、食料品に日用雑貨をお願いします。然るべき代金はお支払いいたしますので」


ロウズは頷いたが、リガルが彼にあってから初めて、顔に笑みを浮かべた。


「問題はないよ。まあ、軍の食事が、君達の口に合えばの話だがね」


居並ぶ艦長たちの大半が、軍人特有のロウズのジョークににやりと笑った。残りは微笑んでいる。フィリップを始めとするアクトウェイのクルー達は、想像できない軍の食料の味に寒気を覚えたのか、顔を見合わせている。キャロッサに至っては、最近の食糧不足がようやく落ち着いたかと思い、ほっとした笑みを浮かべていたものの、ロウズの一言で見たこともない無表情に戻ってしまった。


リガルは笑みを隠すために咳払いし、礼儀正しく謝意を表した。


「ありがとうございます」


「問題ない。それでは中尉、引き続き彼らの案内を頼めるかね?」

ベガは敬礼した。


「はい、大佐」


「よろしい。なら、後のことは頼む。それでは、解散」


重々しい一言と共に、艦長たちは座席から立ち上がり、敬礼した。



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