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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
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一三二年 八月一一日~ ②

・アリオス暦一三二年 八月一一日 哨戒ステーションA三二


招かれた会議室へと、リガルがアキを伴って入室すると、既に揃っていた警備部隊の面々がこちらを見据えてきた。


いかにも「問題ばかり起こすノーマッド」といった風に見られていることに、リガルは気付かないでもなかったが、例えそうだとはっきりわかっても、彼にはとるべき行動は無視以外の何者でもなかったので、気にせずに勧められた座席へと歩み寄り、座った。


「ええ、それでは」


リガルの目の前に座っている、ちょうどコの字型をしている会議テーブルの上座に位置する男が、咳払いと共に仰々しい様子で告げた。


「聴取を始めたいと思う。そこにいらっしゃるのは、船体番号二○一一三四七、A級巡洋船のアクトウェイ船長、リガル氏で間違いないかね」


やや棘を含んだ口調に、リガルは顔を顰めないで居るのが精一杯だった。隣に立っているアキは、涼しい顔をして立っているが、彼女でも思うところはあるだろう。ここまでノーマッドに対して剣呑とした態度を取るとは、アルトロレス連邦の警備部隊はどうなっているのか。


いや、とリガルは思いなおす。救難信号を発した時に、既にアクトウェイがレイズ星間連合で”やらかした”ことは気付いているだろうから、以前のステーション管理人と同じで、アクトウェイを邪魔者のように扱っているのだろう。


「間違いありません」


どうして裁判のようになっているのだろう、とリガルは思った。


目の前に居る、頭の禿げ上がった男が咳払いをする。どう考えても、リガルより三十歳は年上だが、威厳というものがまるで感じられない。風情と言った点では、フィリップの方が数百倍マシだ、とリガルは心の中で毒づき、目の前の男を嫌いなものリストへと入れた。


「了解した。私はアルトロレス連邦軍第二三宙域警備部隊指揮官、モリス中佐だ。この度の貴船の不運、誠に痛み入る。引いては我が軍の不足がいたすところであり、今回の相手については総力を上げて、我が部隊が調査させていただく」


「わかりました」


「それとだね、船長」


ほらきた、と、今度は口の中で呟いた。


「今回の君達が被った損害は、我々が負担することは出来ない。これは連邦法で定められていることでね。知ってのとおり、わが国はその性質上、ノーマッドに対してはそれなりの措置を取らせてもらっている。特に、アクトウェイのような―――」


「厄介ごとに首を突っ込みたがる奴は、ですか?」


モリス中佐は顔を顰めたが、リガルは平然とした様子で、ただし冷ややかに目の前の男を見つめた。モリスは一旦目を逸らし、近くのフリゲート艦艦長と何事か話した後、頷いて、リガルを顧た。


「そうだ。言いにくいことではあるが、燃料と食料はこちらで用意するが、出来るだけ速やかにここを離れることをお勧めする」


他に何もいう事はない、とばかりに中佐は立ち上がり、他の座席に座っていた艦長たちも、後を追って会議室から出て行く。やがて二人きりになったところで、リガルはようやくアキを見た。その表情は不機嫌なことこの上ない。


「どう思う」


「どうもなにも、起訴できるくらい無愛想ですね。確かに私たちは厄介者ですが、ここまで嫌われているとは思いませんでした」


リガルは頷き、足を出口へと向けた。


「同感だ。どうも、ゴールデンブーケは政府とはあまり癒着していないようだな。ゴールデン・ブーケが政府と密接に関わっていたら、あの入港管理局員ほど愛想もよくないだろう」


「どうでしょうか。これも商売、と割り切れているのかもしれませんよ」


最後に議長席へと一瞥を投げて、二人は通路へと出た。あまり人数は多くないが、警備部隊の利用しているこの基地を管理するのに必要な人々が、軍服姿で歩いている。既にアクトウェイがここに入港していることは知れ渡っているらしく、通り過ぎる人々の反応は冷ややかだった。二人は無言のまま通路を通り過ぎ、そのままドックへと通じるリニア・モーターカーに乗り込んだが、それに乗り組んでいた数人の軍人に変な目で見られ、まったくの無表情で、ようやく誰も居ない通路へと出た。


「それにしても、なんなんだここは。速やかに出ることをお勧めする?言われなくても出て行くさ」


憤然とした様子でリガルが言った時、アクトウェイの収容されているドックへの、最後のエアロックが開いた。ドックは加圧されていて、通常宇宙港のようにドッキングアームが設置できるようになっているが、何故か、今回はそれが接続されていなかった。ドックの加圧壁は頑丈とはいえ、何か事故があったら、リガルやアキは宇宙空間へと吸い出されてしまう。通常、このような危険な措置はめったに取らない。これも嫌がらせかと、リガルは怒ったが、ドックに据え付けられている巨大なドッキングアームは、重巡洋艦クラスの船が来ることを想定していないようで、アクトウェイに接続するには長すぎたり、短すぎるものしかなかった。


「ここは哨戒中継基地なので、パトロールに出る小規模部隊しか、利用する船がありません。一応、戦艦クラスまではドックには入れるようですが、アームコネクタはそれに対応しておらず、対応しているドックは、既に使用中だということで、ここに案内されました」


リガルの心中を察して、アキが説明した。なるほど、とリガルは思ったが、だからといって今の気分が収まるかといわれれば、当然、そうではない。

仕方なく、二人は無重力状態のドックの中を、床を蹴って漂い始めた。


「アキ、今重力がかかったら、俺達は死ぬぞ。今、地面との距離は八十メートルはある」


「ええ。記録はとってあるので、後でそれを軍本部に提出しましょう。苦情を申し立てます」


リガルは驚き、ついで笑顔になった。アキでも、今回のこれはやりすぎだと思っているらしい。


「お前が味方だと、とても心強いよ」


本心からの言葉を送ると、リガルは丁度目の前に迫った、終わりの無い崖のように聳えるアクトウェイの外壁へと”着地”した。そこで、彼はあることを思い出し、動きを止める。気付いたアキも、リガルのすぐ隣で着地し、止まった。


「どうしたのですか?」


「ちょっと、な。最初にこの船に乗ったときのことを、思い出してた」


リガルはそういうと、アキに合図する。アキは、自分の脳の中に埋め込まれた量子通信装置から信号を発して、中央コンピューターへとアクセスし、セキュリティを解除して、足元にあるエアロックの扉を開いた。リガルが先に滑り込み、アキがそれに続く。二人は、大きく「下」とペイントされた床に足を着けると、アキが少しずつ重力調整機能を発動し、やがて二人の身体に、アクトウェイの人工重力がかかり始める。十五秒ほどかけて、壁に埋め込まれているディスプレイが「一G」と表示すると、エアロックの船内側の扉が開き、ようやく船内へと入った。


「それしても、だ。俺達はバルハザールに恨まれてる。それは解るが、まさかアルトロレス連邦まで来てあんな襲撃を受けるとは思わなかったな。これも、バルンテージ氏をさらった一味の仕業か」


「それ以外にありえないと思います。バルハザール軍は解体寸前ですから」


「うん。そういえば、アキ。相手の船について、解析は進んだか?」


「それほど進捗はありません。敵の船は、明らかに軍事用艦艇でしたが、どの軍にもデータは載っておらず、ひとつだけ解ったことは、この宇宙にある全ての国家軍隊とは違う軍事用艦艇だということです」


驚いて、リガルは白髪の女性の、やや黄色がかったブラウンの瞳を見据えた。


「本当か?」


「ええ。船長は、何か心当たりでも?」


「ああ。まあ、その話は後にしよう。そうなると、少し厄介かもしれないぞ。皆のところへ急ごう」


それから、リガルとアキは走路とエレベーターを乗り継いで、ようやく全員が集まっている食堂へと到着した。既に始まっている夕食の席に二人がやってくると、ドゥエストスを含む四人の衛兵、アスティミナ、そしてクルーらが迎え、キャロッサ特性のシチューを頬張っているところで、リガルは切り出した。


「全員、聞いてくれ。警備隊長と話してきたが、結論として、追い出されることになった。補給品の積み込みは?」


「完了してます、船長」


イーライが代弁して答えると、リガルは頷く。


「よし。それと、重要なことがわかった。今回襲撃してきた船についてだが、アキ」


合図すると、アキが説明を始めた。先程リガルにしたものと同じ説明だが、その反応は微妙に異なった。リガルがこの説明を意図的にさせたことが、よくない事態の前兆だと思っているのだ。事実として、リガルにはここを早く離れたくなるだけの理由を挙げること等用意だったし、事実、それは実現されつつあるといえた。


「つまり、何が言いたいんだい?」


ジュリーが、一気に核心を突く質問をすると、リガルは溜息をついた。


「では質問だ。今、この宇宙になくて、昔はあった国家といえば?」


フィリップが上の空で答える。


「そりゃあ、銀河帝国くらいしか―――」


その言葉に、一同は一瞬、愕然とし、次いで目の前の黒い男が、何を言おうとしているかを即座に理解した。それと同時に、等しい驚愕の漣が食堂の一角を支配し、ようやくセシルが声を絞り出したのは、たっぷり三十秒は経ってからだった。


「確証はあるんですか、船長」


「無い。が、他に推測の立てようがないだろう。フィリップの言ったとおり、今の国家軍隊のものではない船だという事は、以前の国家軍隊が使っていた船でも不思議じゃない。そうすると、百年前に滅亡した、銀河帝国以外の解答はありえないだろう。勿論、我々の知らないところで、知らない国家が潰えた事実があるとすれば話が違ってくるが、少なくとも、今のところは現実味が無い。今の時代の国家軍隊については膨大なデータがあるから、それを照会すれば特定は可能だろう。だが、そうなると……」


「どこか軍隊組織にある、銀河帝国のデータベースにアクセスするしかないですね。そうなると、完璧なデータを保管しているのは、バレンティアくらいでしょうか?」


イーライが口を挟むと、リガルは肯定のしるしに、黙って頷いた。


「そういうことだ。どうも、今回は色々な出来事が絡んでるらしい」


「話は解りました。が、どうして早く出る必要があるんです?」


ドゥエストスが問いただすと、リガルは口を開きかけた。


その瞬間、アキが鋭い声を発する。


「船長、警備部隊が緊急警報を発令しました!第一級戦闘配置の声が通信回線に響き渡っています!」


「やはりな」


苦々しい表情で、リガルは踵を返して、艦橋へと向かい始めた。他の面々が、船長の後を追って艦橋へと向かい始める中、ドゥエストスが混乱した頭のまま、リガルへと追いすがった。


「どういうことなんですか、船長。いったい何が―――」


「襲撃だよ、ドゥエストス。奴らはテロリストじゃない。哨戒基地に立てこもろうが、そこら辺の海賊達とはワケが違うんだ。規模や武装も、彼らは一世紀前の銀河帝国と、同一のものだとすると、このステーションを襲撃する可能性が極めて高い。それだけの兵力は持っているだろうし、能力もある」


「彼らの狙いは、我々ですか」


アスティミナが怯えきった表情で、ドゥエストスに抱かれている。リガルは、震える瞳で自分を見つめる少女に、安心させるように笑みを返すと、ドゥエストスに頷いて見せた。


最後の大きなハッチが開いて、一行は艦橋へとなだれ込み、それぞれの所定の位置につく。途端に、アクトウェイを振動が襲った。それほど大きなものではないが、全員が冷や汗をかくには十分な規模だ。


「三つとなりのドッグに、ミサイルが着弾しました」


セシルが、予めアキが起動しておいたセンサーを見つめながら報告する。リガルはフィリップに命じた。


「フィリップ、機関急速始動。ジュリー、すぐに出港するぞ」


「了解」


「あいよ」


二人が返事をし、それぞれの仕事に取り掛かると、程無くしてパワーコアの低い唸りが聞こえてきた。その間に、リガルはステーションの管制AIに緊急出港する旨を伝え、目の前のハッチを開こうと試みるが、アクセスを拒否された。怒りの余り爆発しそうになったが、思いとどまり、もう一度ハッチをアンロックする要請を出すが、これも拒否されると、リガルは周囲の作業員が既に全員退避したことを確認して、強硬手段に出た。


「イーライ、主砲発射用意。目の前のドアを蹴破るんだ」


それを聞いた彼は、一瞬と惑ったが、短く返事をすると、言われた通りに、アクトウェイの一二門の主砲へと、惜しみなくエネルギーを注ぎ込む。


「発射用意完了」


「撃て」


短い号令の後、アクトウェイは発砲した。先程と同じような揺れが船体を襲い、同時に、分厚いハッチが、エネルギービームの直撃を受けて爆発した。解放されたエネルギーがドックの内部で荒れ狂い、その勢いで、ハッチが宇宙空間へと吹き飛ばされる。その後、中にあった空気や出しっぱなしの機材が吸い出され、数秒後には、艦橋の高解像度ディスプレイには無限の星空が広がっていた。


「出港」


ジュリーが、面白くてたまらないといった顔でエンジンを吹かすと、アクトウェイは固定用ドッキングアームを引きちぎり、宇宙空間へと出た。


戦闘は始まっていた。つい十数時間前に遭遇した船と同じ形をした船団が、ステーションの、アクトウェイから見て右方向の部分を攻撃している。遊弋している船の数を、セシルが即座に報告した。


「敵船、数二二!戦艦四、重巡洋艦四、軽巡洋艦四、駆逐艦一〇!」


瞬間、リガルの目の前に戦闘用のホログラフが浮かび上がり、アクトウェイと、巨大なステーションと、アクトウェイから見て賛辞方向に位置している敵船団のアイコンが表意された。その敵船団とステーションの間、ややステーションよりの位置で、警備部隊の数隻の船が応戦している。明らかに劣勢だが、彼らは不器用に連携しつつ、ミサイルと主砲を間断なく発射し続けている。リガルが今後の行動を考え出した時、アキが最寄の別ステーションへと続く航路と、敵船団へと向かう航路の二つを曲線で表示した。


様々な情報が更新されてゆく中で、リガルは敵船団の行動リズムを見つめた。今のところ、警備部隊からは何の通信も入っていない。いや、厳密に言えば緊急退避警報がけたたましく鳴り響いているが、それ以外は軍の暗号通信の為、解読できない。つまり、今のアクトウェイの動き方次第で状況が変わるのだが、リガルはここから一刻も早く離脱することに決めた。理由は、生活用品や燃料は補給されているが、兵装の補充は為されていない。つまり、アクトウェイは戦闘に参加しても、主砲を撃つことしかできないのだ。それは明らかに大きなハンディキャップであり、さらに理由を付け加えるとすれば、今のリガルはアスティミナを守らねばならない。民間船の船長である限り、軍の行う戦闘に介入する義務は無いのだ。


「ジュリー、他のステーションへと行く航路へ船を向けろ。この宙域を離脱する」


リガルの一言に、ジュリーは頷いた。アクトウェイが姿勢制御の推進装置を吹かし始める。


宙域離脱を命じたリガルだが、それでも懸念は残る。敵の別働隊の存在と、もし、アルトロレス警備部隊から支援要請が入った場合、戦わねばならないのだ。それはかなりの危険で、依頼に関して、彼は大きなリスクを背負うことになるのだが、とにかく、今は少しでも安全だと思われる方向へ逃げるしかない。


と、その時、警備部隊のフリゲートが一隻爆沈し、敵の船の中から、駆逐艦三隻と軽巡洋艦が一隻、アクトウェイへ向けて船首を傾け始めた。その様子を眺めていたイーライが舌打ちする。


「船長、奴ら、追ってくるつもりです」


「見れば解る。が、この追いかけっこは我々の方が有利だ」


アクトウェイは、既に加速状態にあった。ジュリーが迅速に左舷回頭を終えたため、メインエンジンが目一杯の出力で速度を稼ぎ始めたのである。かえって、敵の追跡隊と思われる四隻は、今しがた加速し始めたばかりだ。エンジン出力も時間も、アクトウェイが勝っている。

だというのに、四隻は追撃をやめない。リガルは、その理由を直感的に悟った。


「セシル、敵の増援が真正面に居るはずだ!」


「なんですって?船長―――」


「いいから、スキャンだ!最大出力で索敵しろ!」


セシルは反論を飲み込み、コンソールを手早く操作して、前方宙域に絞って索敵を開始する。程無くして、彼女の顔色が変わった。


「船長!八隻の敵船団が、一二時方向で展開中!半包囲体勢を取っています!」


「やはりな。ジュリー、下方三〇度に進路転進。敵の包囲網を掻い潜れ」


「あいよ、船長!」


ジュリーは即座に命令を実行し、急な角度で加速状態のまま旋回を始めたアクトウェイの艦橋にいる面々は、慣性補正装置が相殺し切れなかった力を受けて、座席に押し付けられた。かろうじて動く口を動かし、リガルはイーライに指示する。


「イーライ、デコイを!」


砲雷長はそれだけで命令の意味を理解し、コンソールと叩いてデコイを射出した。瞬間、目の前に展開していた敵船団からミサイルが放たれるが、結果的に最高のタイミングでデコイが射出され、それらがアクトウェイの元々進んでいた進路を歩んだ為に、ほぼ全てのミサイルが誤誘導され、追いすがってきた数発も、対空レールガンが火を噴き、全て撃ち落した。イーライやセシル、ジュリーとフィリップが行うアクトウェイの操作を、アキは中央コンピューターの巨大なメモリを用いて最適な状態で作動するように管理し、慣性補正装置がかかっている中でも、各人のコンソール、ホログラフの表示位置を微調整して、常に最高の状態で彼らが戦闘できるようにしていた。

リガルの目の前のホログラフもそうである。セシルが蒐集し、整理した敵の位置情報を、出来るだけ解りやすい明確な図として表示している。三次元の立体映像で作られたそれは、ステーションを中心に、アクトウェイと敵船団のアイコンで状況を示しており、リガルはそれを使って、敵の包囲網を突破したことを確認した。


敵船団は旋回して、アクトウェイの後を追うようにしているが、速度を出しているのは、先程の四隻の艦だけで、他の船は緩慢な動作で回り続けている。その四隻の追跡隊も、加速をやめて、緩やかな軌道でステーションへと引き返すコースを取った。


アクトウェイは逃げ延びた。アルトロレスの警備部隊を見殺しにして。


「総員、第二戦闘配置。このままの速度で、出来る限り早くステーションへと向かうんだ」


リガルはそれだけ指示を下すと、ぐったりと座席に体重を預けた。全身の力を抜いて、天井まで表示されている星の海へと視線を向ける。短い時間だったが、即断即決を求められる状況だっただけに、疲れは今になってどっと押し寄せてきた。手には妙な汗がへばりつき、一息ついた頃、気付かない間にキャロッサがドリンクを持ってきてくれた。それと、全員へ温かい蒸しタオルを配布し、艦橋はつかの間の休息を得る。


しばらくして、キャロッサの配った炭酸栄養ドリンクをリガルが飲み始めたとき、セシルが言った。


「船長。敵は追撃してくるでしょうか?」


リガルは眉間に指を当てて頭痛を抑えようとしながら、首を振った。


「それは無いだろう。警備部隊の基地は、それだけで脅威となるはずだし、奪取するのか破壊するのかはわからないが、とにかく、あのまま放置できるものではない。だから、追っては来ないだろう。気がかりなのは、また待ち伏せしている敵がいるかどうかということだ。さっきも話したとおり、敵の規模は未知数であり、訓練された集団であることが伺える。まだ未熟みたいだったがな。この先どうなるかは、わからない」


正直にリガルが言うと、怯えたように震えた声が、艦橋の中空気に小さく響いた。


「リガル、終わったの?」


そこで、リガルは自分の犯した致命的な過ちに気がついた。ゆっくりと立ち上がり、彼らしくも無い、「しまった」といった表情で歩き出す。その表情は一瞬だったので、気付いたのはアキだけかも知れない。


リガルは少し歩いて、新しく設置されていた座席に座っている、アスティミナの前に跪いた。視線を彼女と同じ高さにして、優しい声で話す。


「大丈夫だよ、アスティミナ。もう大丈夫だ」


彼の犯した間違いとは、あれほど肌身に殺意が感じられる戦闘を行ってしまったことにある。船には、まだ年端もいかない少女が乗り込んでいるというのに、リガルは安全性を優先しすぎて、かえって彼女を傷つけてしまった。

アスティミナは、僅かに震える手を、リガルへと伸ばす。リガルはそれを、出来る限り柔らかく握った。


「大丈夫、もう大丈夫だ。安心していい。もう悪い奴らはいないよ」


その言葉で、今まで辛うじて安定を保っていた彼女の感情は、大きく揺さぶられたのだろう。緊張の糸が切れ、少女は泣き始めた。リガルは彼女の座席の固定具を操作して自由にしてやり、少女は青年へと勢いよく抱きついた。

青年は、少女の手入れの行き届いた髪の毛を撫でる。


「解るよ。怖かったもんな。君は、よく頑張った」


リガルは、自分の航宙服が涙で濡れるのも構わず、服の袖で少女の涙を拭ってやる。その様子を、ドゥエストスがなんともいえない表情で眺めているのに、リガルは気がついた。今だけは、二人は同じ感情を共有している。彼らの両眼には、決意と怒りの炎が煌いていた。


理由は知らない。どんな利益が彼らにもたらされるのかもわからないし、どんな信念があるかもわからない。だが、こんな少女が泣くようなことが、宇宙で正しいものだとは到底思えない。


アスティミナのすすり泣く声が響いている間に、座席に座っていた衛兵達が立ち上がり、リガルとアスティミナの周りに集まり始めた。いつの間にか、キャロッサがその輪の中に入り、優しく、リガルとアスティミナを引き剥がした。リガルはキャロッサに頷き、彼女もリガルに頷き返す。艦橋の隅に設置されている部屋へと、キャロッサはアスティミナを抱いて、ゆっくりと消えていった。その姿を、目に焼き付ける様に見送った後、リガルは静かに立ち上がる。


その時、様子を見ていたイーライは、自分の背筋に悪寒が走るのを感じた。


「ドゥエストス。それから、君達衛兵に、確認したいことがある」


巨大な衛兵長の、いつも石のように冷静を保っている表情が、一瞬だけ戦慄の色を見せたのに、この場の何人が気がついただろうか?


「なんでしょうか、リガル船長」


「ニコラス・フォン・バルンテージ氏の救出に関する依頼だが、その過程で、敵対する勢力と対立した場合、彼らを排除してもいいか?」


それは、酷く危ないことだ。敵対勢力がどんな規模の武力を持っているかは、この際置いておいても、ゴールデン・ブーケの傘下の者が何処かの勢力と敵対するとなっては、完全な中立体制に傷がつく。体制自体が大きく揺るがされることになるだろう。


だが、ドゥエストスは決然とした様子で答えた。


「勿論です、船長」


「わかった。ありがとう、ドゥエストス。それと、今後、どんなことになるかはわからない。各員、十分に休憩を取ってくれ」


低い声で告げると、リガルはぐるりと艦橋を見回した。


「以上だ」



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