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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
38/103

一三二年 八月一一日~ ①

久方ぶりの更新です。お待ちいただいた皆様には大変なご迷惑をお掛けし、申し訳ありませんでした。

・アリオス暦一三二年 八月一一日 大型巡洋船アクトウェイ


「目標接近。大型艦一、中型艦一、小型艦二。それぞれ目標〇一、二、三、四とします」


セシルがそれぞれを関連付けした、簡素なデータ形式でリガルの座席へと転送した。彼の目の前に浮かぶホログラフには、いまや射程圏内に入ろうとしている四隻の未確認船が接近しており、それらは血液を垂らしたような赤いアイコンで表示されていた。レーダー画像の中央には青いアイコンでアクトウェイが表示され、リガルは手を伸ばして、浮かんでいる立体的な位置情報をくるくると回し、ダイヤモンド型に広がっている敵船団の隊形を眺めた。


「敵は明らかに組織的な戦闘体勢を取っているな。イーライ、どう思う」


砲雷長は座席をそのままに、首だけをリガルに向けて答えた。彼は、元軍人なのである。


「手馴れていますね。あらゆる角度から考えても、彼らは海賊なんかじゃありませんよ」


「じゃあ、なんだ?」


「近頃、世間を騒がしているテロリストでしょう」


リガルは頷いた。彼もまったくの同意見だった。


不安そうに膝を丸めて座っているアスティミナを振り返ると、リガルは柔らかい笑みを浮かべた。


艦橋の緊張感を感じ取って萎縮していた少女は、船長である青年の笑顔に気づくと、無理に笑い返してみせる。そのまま、リガルはドゥエストスを見た。


大男は無言のまま見返してくる。その手はコンソールを叩き、リガルにインスタントメッセージが届いた。


「頼みましたよ、船長」


それだけの文面のメッセージを読み、リガルは歯を見せて親指を立ててみせる。ドゥエストスは微笑んだ。


「さて、諸君。戦闘態勢だ。セシル、予想交錯時間は?」


リガルは前を見て告げた。


「あと三分です」


「三分か。イーライ、砲撃準備。主砲は全てを戦艦へと向けろ。他の目標選別は任せる」


「イエス・サー」


「アキ、警備隊への通報は?」


「五分前に済ませました」


「フィリップ、PSA装甲は出力最大を維持。ジュリー、回避機動は頼む。あまり近すぎないように」


「了解」


「あいよ」


それぞれが指示を聞き分け、返事をする。


奇妙なことだが、リガルはこの時間が一番好きだった。


「全員が自分の使命を果たすべく尽力し、気遣い、信頼する。そんな空気は嫌いじゃない」


いつか、彼はアキにそう漏らしたことがあるが、それを知るのは彼女だけである。その彼女は今、リガルの真後ろにある座席にキャロッサと並んで座り、キャロッサは怪我人に対応するべく、アクトウェイに据え付けられた救急医療セットを握り締めて座っている。表情は険しいが、以前のような震えはない。


震えているといえば、今最も恐怖を感じているのは四人の衛兵だった。彼らは地面の上で戦ってきた猛者たちであり、それなりの実力を備えているが、宇宙戦闘にはからっきしなのである。しかし、リガルは「いずれ慣れるさ」と無視し、他の面々もそれに同意した。


いよいよ目の前に迫った戦闘の気配は、艦橋の空気を極限まで張り詰めさせた。息が詰まるほどの緊張感の中、リガルはアクトウェイの半球状全天ディスプレイを見つめた。


そうして星の瞬きを感じたとき、戦いが始まった。


最初に砲撃したのはアクトウェイだった。艦首に装備された十二門のエネルギービームが躊躇など微塵も感じさせぬ圧力で破壊の槍を吐き出すと、その一瞬後に敵船団も砲撃を開始した。これもかなり組織的な攻撃で、予想以上に太いエネルギービームが、アクトウェイのすぐ脇を通り抜けていく。


明らかに武装商船等ではない。列記とした兵器、軍用艦のものである。


だが、今はそれについて考えている時間は無い。どこの国軍であろうが、売られた喧嘩は買う性質だ。リガルはそう腹をくくり、戦闘の経過を眺めた。

イーライがミサイルを斉射する。三十ほどの垂直式ミサイル発射装置(VLS)から細い金属製のミサイルが発射され、アクトウェイを中心に放射状に広がっていき、一定の距離に達したところで敵艦へ向けて向きを変えていった。同時に、敵船団からはデコイがいくつも発射され、途端にレーダー上に凄まじい数の反応が現れた。


流星のような速度を発揮して、ミサイルは敵船団が発射したデコイと対空レールガンの雨を掻い潜って接近していく。しかし、一発、また一発と撃墜、或いはデコイへと誘導され、最終的に対空防衛網を抜けたのは、僅か二発だった。


敵の隊形の一隅、駆逐艦の二隻にそれぞれ命中し、船は光に包まれた。数瞬の後、ディスプレイには損傷した駆逐艦の姿が現れる。中破したそれは所々から、気圧の変化で抜けていく空気や、それに伴う残骸を血液のように後ろに引いていたが、やがて失ったバランスを取り戻すと、落ち着いた様子で攻撃を再開した。


「イーライ、目標〇一と〇四を狙え。〇一には動きを取らせるなよ」


「了解です、船長」


イーライは主砲の射撃割合を、目標〇一と〇四で七対三の割合に変更し、間もなくしてエネルギービームが駆逐艦を貫通、隊形の一角は閃光に包まれた。


「一隻撃沈」


セシルが冷淡に報告した。


「目標〇一、前進してきます。どうやら盾になる模様」


「砲撃を集中しろ。ミサイルで他の船を牽制しつつ、主砲斉射」


再び、アクトウェイの主砲が火を噴く。純粋なエネルギーをそのまま槍として突き出したアクトウェイは、イーライの巧みな砲術操作によって、目標〇一以外の敵には薄く、けれど目標〇一には濃く、砲撃を集中している。その密度変化は既に芸術ともいえる計算から成り立っており、回避機動の隙を突いて、停止した瞬間にいくつかの砲撃を掠らせることにより、相手側に精密な砲撃を行う余裕をなくさせている。


が、向こうもそれなりの練度を持っていた。不規則な雨のように襲い掛かるエネルギービームの豪雨の中を、様々な回避機動でかく乱した上、隙を見つけては至近弾を撃ってくる。アクトウェイが目標〇一、つまり戦艦を撃沈した時には、既に三発の敵艦の主砲がアクトウェイへと命中し、その全てが弾き返されたが、敵の攻撃は間違いなくアクトウェイへとダメージを残しており、PSA装甲への不可の為、パワーコアは危険な域にまで酷使されていた。リガルはそれをいち早く察知し、フィリップへと動力関係の数値を確認するように伝達し、フィリップは指示通りにパワーコアの出力を臨界にしてPSA装甲を復活させるのではなく、他の部分のエネルギー供給をカットし、その分でPSA装甲を補強する手段に出た。


が、それが仇となる。最初に気付いたのはセシルだった。


「船長、六時方向に新たな敵!数は九!」


「くそったれ、奴らは囮か!」


既にアクトウェイの攻撃で押されていた目の前の二隻は、この新たな敵の出現と同時に、ミサイルを斉射してきた。アクトウェイはデコイを撒き散らしこれを回避する。後方から出現した新たな敵船団には、アキがほぼ自動的に目標〇五から一三とアイコン表示し、協調表示して、ホログラフを見つめるリガルに注意を促した。


「これは、してやられたな。イーライ、ミサイルを装填されているものだけ全弾射出。後方の敵船団を牽制しろ。同時に、主砲を目の前の目標二つに向けて三連斉射、後に前進だ」


リガルは、生唾を飲み下した。


「この宙域を離脱する。ジュリー、主砲斉射の後に前進」


「あいよ!」


アクトウェイが吠える。大出力のプラズマエンジンが、真空中で凄まじい存在感を放つ。同時に、イーライ容赦なく主砲を連射し、黒い船は逃走に移った。船首に向かうにつれスリムになっていく洗練された船体が滑らかに加速していき、様々な合金で形作られた外郭が軋む。


アクトウェイ、もう少しの辛抱だ。持ちこたえてくれ。リガルは心の中でそう呼びかける。


その時、ふと、自分がアキとアクトウェイを別のものと見ていることに気がついた。


アクトウェイには、船を統括する人工知能としてアキが存在している。常識敵には、AIには船と同じ名前をつけるのが慣習だが、思い返せばアキは違う。アクトウェイはアクトウェイだし、アキはアキだ。アキ自身も、どことなく自分をアクトウェイだと思っている節があるが、どうなのだろう。


そこまで思考を進めた頃には、気が付けば敵の生き残った駆逐艦クラスの船二隻の傍を通過するところだった。メインディスプレイに見えるほど至近に迫った二隻に、イーライはレールガンと主砲の雨を降らせる。一隻が爆発、もう一隻が中破した。コントロールを失い、ふらふらと軌道を外れていく一隻を尻目に、黒い船は悠然と飛び去っていく。


が、後方からの敵は今までにないほどの機動力を持っている様だ。見れば、それらの船は見たことのない形で、形状や塗装から、先程まで相手にしていた船とはまた別のものだと判断できる。


奴らの仲間であることは間違いない。ここはさっさと逃げるべきだ。


セシルが僅かに鋭い声を上げる。


「目標〇五から一三、さらに加速。追いつかれます」


「なるほど。俺達が逃げ出す前から加速していたのか。それなら、最高速では負けても、こちらに追いつくことは可能だな。単純な計算だ」


そこで、ドゥエストスが始めて声を上げた。


「船長、一体どうなってるんですか。何故追いつかれるのです?機動力ではこちらが上なのでしょう?」


リガルは首をディスプレイから動かさずに答えた。


「それは時間の問題だ。確かにこちらの方が機動力は上だが、相手はこちらが加速する以前から、追撃行動を開始している。となると、こちらの機動力が上でも、時間的に見ればあちらのほうが速度が早い時間が生じるわけだ。最高速では確かに勝つだろうが、それは状況に合わせたデータじゃない。カタログスペックだけでは測れないこともあるんだ。これは、その典型的な例だよ」


その点では、敵の指揮官は実に上手く立ち回っている。そうリガルは思った。この戦術は、テロリストなどが考え付くものではないし、加速のタイミングや統率の取れた動きから察して、訓練された軍人のものだ。目の前に立ちふさがっていた、あの四隻の船からしても、軍艦特有の粘り強さと連携が感じられたし、そもそも二手に分かれて敵を挟撃するという戦術自体が、海賊やテロリストでは成り立たない行為なのだ。指揮官という司令塔が居て初めて、この連携は意味を成す。


だが、とリガルは思う。今戦っているのはアルトロレス連邦のものではないし、アキが未確認船と言うからには、軍艦ではないのだろう。


となると、何処かの国の軍人が乗り込んでいるテロリストの船か、見知らぬ国の軍艦か。前者は在り得ない。となると、後者だろうか。


そこで、リガルは首を振って考えを振り払い、指示を下す。


「管制長。敵の射程圏内に入るまで、時間は?」


「五四秒です」セシルは即座に答えた。「どうするおつもりですか?」


「反撃する。航海長、俺の合図と共に百八十度回頭、慣性航行に。できるか?」


「はっ、まるで曲芸だねぇ、船長」


「自信は?」


「あるよ。大有りさ。任せときな」


リガルは微笑み、すぐに表情を引き締めてイーライを見た。


「砲雷長、回頭と同時に攻撃開始。主砲とミサイル斉射の後、デコイをばら撒け」


「わかりました」


「航海長、その後に即座にまた回頭し、全速加速、宙域を離脱する」


「文句なし」


アクトウェイはそのまま加速を続ける。その間に、フィリップがパワーコアの出力を上げて戦闘用のエネルギーを充填し、イーライはそれを元に、どの目標に、何発の法花kを加えるかをシミュレートする。セシルはそのために必要な情報をイーライへと逐一送信し続け、ジュリーは最高のタイミングで回頭するために息を殺して舵を握っている。


リガルは待つのみだ。攻撃でも、防御でもなく、待つという行為。それは戦闘と言う極限の緊張状態の中で行えば、何よりも強い忍耐を求められる重要な仕事となる。リガルは、残りの数十秒を、眉ひとつ動かさずに耐え忍んで見せた。が、内心では大きな努力が必要だったことは言うまでもない。


そして、その時はきた。リガルは手で空を切り、鋭く叫んだ。


「今だ!」


その声を合図に、アクトウェイはエンジンを切った。プラズマ反動エンジンを、フィリップが緊急シャットアウトしたのだ。同時に、高まった熱を外部に放出する為に、エンジン部分に緊急冷却液が吹き付けられ、白い蒸気が、雲のようにアクトウェイの船尾から頭までを包み、尾を引いて輝いた。同時に、ジュリーは船の姿勢制御スラスターを吹かして、巨大な船体を半回転させる。強烈なGがかかり、船は軋み、リガルらも座席に押さえつけられたが、全員が固定されていたので何事も無かった。フィリップがエンジン冷却のスイッチを切ると同時に、白く細長い雲の中から、黒い船体が姿を表す。


「撃ち方始め!」


イーライが叫び、指を走らせる。予め定めていた照準が、アクトウェイの埋め込み型になっている主砲、一二門を稼動させ、フィリップがありったけのエネルギーを供給すると同時に、光の槍が虚空を切り裂いた。


敵船団の中ほどに位置する駆逐艦が、一撃で爆発する。それと同時に、敵船団は加速状態から慣性航行に移行し、陣形中央で起こったその爆発の衝撃波を受けて崩れた陣形を立て直しつつ、ミサイルを放った。ほぼ等速で位置しているアクトウェイは、彼らから見れば停止した標的も同じことだったが、絶妙なタイミングで、イーライがデコイを射出し、ミサイルの大半がロックオンを外して、あらぬ方向へと飛んでいく。


それを、ドゥエストスは放心状態で見ていた。アクトウェイの超高解像度ディスプレイは、その入光量を適度に調節して、アクトウェイを取り巻く死のエネルギーを鮮明に映し出している。その只中にある自分を認識し、その同様が必死に顔に出ないようにするだけで手一杯だった。


だというのに、と彼は思う。自分はここまで動揺しているのに、あの船長は眉ひとつ動かしていない。自分のように、表情を制御する為の努力をしている形跡が無い。仮に、無表情に務めようとしていようが、何も感じないでいようが、ごちらにしても自分には真似できないことだ。自分は、この男を見くびっていたかもしれない。リガルという男を―――。


ドゥエストスがそんな事を考えているうちに、アクトウェイの対空レールガンが総力射で、生き残ったミサイル群を撃墜していく。目まぐるしい爆発の中、アクトウェイはさらに二隻の駆逐艦を撃破し、敵船団が追跡を断念して減速を始めたところで、自身も回頭し、加速を始めた。まだ敵は砲撃を続けているが、どこも見当違いなところへと向かっていき、アクトウェイは無傷で宙域を離脱していく。


「船長、警備部隊がやってきました」


セシルが言うと、リガルは頷く。


「了解した。ジュリー、第二巡航速度へ。そのまま警備部隊とのランデブーポイントに向かう。第一級戦闘配置は解除。みんな、ご苦労だった」


艦橋の全員が安堵の溜息をつくと、リガルは席を立ち、後ろに居たアキに警備部隊向けの報告書を作成しておくように命じると、自身はハッチを潜って、自室へと引っ込んでいった。




眠り始めてから丁度一時間後、リガルの自室に来訪者を継げるチャイムが鳴り響いた。完全に熟睡する前に起こされたリガルは、頭をぼりぼりと片手で掻きながらベッドの上に身を起こし、それほど広くはない室内に設置されているコンソールのボタンを押した。


「誰かな」


「船長、おやすみのところすみません。ドゥエストスです。よろしいですか?」


「構わないよ。どうぞ」


ドゥエストスは一人で来ていた。先程の戦闘の名残なのか、彼の着ている衛兵のスタイリッシュな制服には、僅かながら汗の染みがついている。いつも地上勤務をこなしている彼には無理も無いことだろう。


当たり前だが、宇宙空間での戦闘に身を置くことと、地に足を着けて戦うのとでは大きく異なる。それは戦術とか、戦略のレベルの話ではなく、装備の話でもない。それは死ぬ場所の違いでしかないのだが、それこそが決定的であり、彼ら戦う戦士にとっては、それが何よりも重要であったりするのだ。だから、ドゥエストスは本能的にそれを悟り、宇宙空間での戦闘に大きな不安を感じたのだろう。しかし、彼はそんな事をおくびにも出さずに、先程指摘した服装の乱れ以外は、特に普段と異なることが無かった。それは賞賛に値することだと、リガルは思った。


「いつか来るとは思ってたよ」


大男が頭を傾けて室内に入ってくるのを身ながらリガルが言うと、ドゥエストスは僅かに微笑んだ。


「そうですね。私も、船長には全てお見通しだと思っていました」


「どうだろうな。君がここに来ることと、その理由とでは、かなりの開きがある。絶対的なね。まあ、とにかく座ることだ。俺の部屋の天井が壊れないうちに」


ドゥエストスに手近な椅子をすすめると、彼は会釈して、そのまま座った。かなり椅子が小さそうだが、我慢してもらうほか無い。


「船長、いいですか?」


「ああ。なんだい」


「先日、私は船長に問いましたね。お嬢様を守れるのか、と」


「うん。それが?」


ドゥエストスは、一瞬だけ視線を逸らしたが、また真っ直ぐにリガルを見つめて頭を下げた。


「あれは撤回いたします。失礼なことを申し上げたと、今では後悔しております。申し訳ありませんでした」


リガルは、相変わらずベッドの上に胡坐をかいたまま、自分の伸び始めた髭をさすって黙り込んだ。が、沈黙は長く続かず、彼は部屋の灰色の壁を見つめながら、夢見がちな口調で呟くように言った。


「なるほど、君らしい謝罪だ。だけど、俺がそんなに気にしてなかったことは解っただろう?なんで謝る気になったのか、聞かせてもらいたい」


「はい。率直に申し上げれば、船長を誤解していました。私はノーマッドと話すのは初めてではありませんでしたが、一緒に仕事をするのはこれが初めてです。失礼ながら、貴方方のお仲間には、素行の悪い粗野な人物もいらっしゃいます」


「つまり、さっきの奴らみたいな?」


まさしく、とドゥエストスは頷いた。リガルは部屋の照明を明るくして、裸足のまま近くのコーヒーメイカーへと足を運び、コーヒーを淹れ始める。

ドゥエストスは続けた。


「私は、既にバルンテージ氏を拉致されました。この上、どんな不測の事態にも耐えられるようにして、アスティミナお嬢様をお守りしなければならない、と思ったのです」


リガルは半分くらいまで黒い液体を注いだカップを、それぞれ自分とドゥエストスの分作り、腰掛ける巨人へと手渡した。


「それは理解しているよ。君はとても誠実な男だし、アスティミナもそれをよく解っている」


「ええ。ですが、それも度がすぎました。本来はこちらから依頼をする立場でありましたが、船長に”本当に守れるのか”などと、よくも言ってしまったものです。大まかに見れば、私の言動は船長やその他のクルーの皆さんの名誉を傷つけるものでした。謝罪いたします」


深々と一礼するドゥエストスを、リガルはしばらく眺めた。足を組んでふんぞり返った様子だが、これは単に起きぬけで頭がぼうっとしているからに過ぎない。彼は優越感などまったく感じずに、誠実に物事へ向かおうとする彼の態度を賞賛の念と共に見つめていた。


「ドゥエストス」


リガルが声をかけると、彼はようやく頭を上げた。リガルは多少困った顔をする。


「正直に言えば、君の態度はまったく気になってなどいなかったよ。君の今の状況もよく解っていたつもりだったしそれ故に慎重になりすぎているところもね。だから、君がそんなことを言ったからって、そんなに謝ることでもないよ。それより、俺としてはこの船を君に認めてもらえたのが、嬉しい」


ドゥエストスは、完全に同感だと、大きく頷いて示した。


「まったくです、船長。ですが……」


ぱたりと口を閉じて言いよどむドゥエストス。何か言いかけていたが、それがアクトウェイに由来するものなだけに、リガルは大いに興味をそそられてしまった。


「言ってくれよ、ドゥエストス。ぼろ糞に非難してくれたっていいんだぜ」


茶化し気味で言ったリガルだが、ドゥエストスの真面目な顔に、表情を改めた。


「では、言わせていただきますと」


ようやく、巨人はコーヒーへと口をつけて、僅かに眉を上げた後、続けた。


「不気味なんです、この船は。艦橋や部屋などはとても過ごしやすいですし、リラックスできますが、船内は広すぎます。まだ船長達が、足を踏み入れていない領域もあるのではないですか?」


リガルは動きを止めて、目の前の巨人へと視線を移した。


確かに、アクトウェイには、リガルでも立ち入ったことの無い区画がいくつもある。全長千メートルを超える船体の各所には、きっとリガルが一生かかっても見つけ出せないような細かい通路があったりするだろう。しかし、それはどんな商船でも同じことだし、人間が立ち入らなくても、船のAIならいつ、どこの場所でも、区画の映像をカメラ越しに投影することが可能だ。それはなんら不思議なことでもないし、ドゥエストスだってそれを承知しているだろう。


なら、彼は何故こんなことを言ったのか。彼自身が、宇宙における迷信………船の中をさ迷う宇宙で死んだ亡霊の話とか、どこからとも無く無人の船がワープしてきて、それが実は一隻も前の船だったとか、そういった話だ。ほとんどが一笑に付されてしまうような話ではあるが、決して可能性の無い話とはいえない点が、ドゥエストスのような人々を悩ませ続けている。


「君がそんなにナイーブだとは、知らなかったな」


リガルは両手を広げておどけて見せたが、予想に反してドゥエストスは笑わず、より深刻な顔をして首を振った。


「そうじゃありません」彼は言う。「私が言いたいのは、そういった次元では無くて……確かに、宇宙船にはそういった話がつき物ですが、それとはまた異質の………」


言いよどむと、彼は怒ったように息を吐く。考えが纏まらないのだろう、しばらく黙り込んでから、一言一句を搾り出すように、ドゥエストスは言った。


「上手くいう事はできませんが、この船からは意思を感じます。とても生々しいものです。確かに材料は他の船と大差ない無機質と有機質で、通路なんかも、触ればすべすべしていますが、雰囲気が今までに乗った船とは、何かが違うのです」


「つまり、居心地が悪いということか?」


リガルが傷付いた顔をしてドゥエストスを見つめると、彼は被りを振った。


「違います。先程も申し上げたとおり、アクトウェイは素晴らしい船です。これ異常ないくらい。ですが、私の記憶にあるどの船とも、その中に流れている空気が違っているのです。まるで、空気のきれいな山里から、突然高速道路のど真ん中に放り込まれたような」


「その例えはよくわからないが、心地が良いとかそういった次元の話ではないということかな?もっと、根本的な部分にある、雰囲気としての問題、と?」


ドゥエストスは頷く。鸚鵡返しに、リガルも黒髪を揺らして頷いた。


「なるほどな。で、それについて君はどう思っているんだ?」


「どうということはありません。ありませんが、どこか気になってしまうのです。解るでしょう?船長も、道端の小石に目を留めてしまうことがあるはずです。それと同じで、理由は解りませんが、私の神経がそう告げているのです」


ふうん、としか、リガルには言いようが無い。彼にわかるのは、ドゥエストスが、自分でも理解できないことを、何とか言葉にし、それをリガルに悪く伝わらないように必死になっていることだけだ。


やがて、殻になったコーヒーカップ二つを手にとって洗面台へと放り込むと、リガルは再びベッドに腰掛けた。


「解ったよ。まあ、何をどうすれば良いのかわからないが、考えてみる」


「お願いします」


ドゥエストスは立ち上がると、最期にもう一度、一礼してから、リガルの部屋を出て行った。それと同時に、リガルは完全に眠気から醒めてしまった頭を揺らしながら近くのコンソールの隣に置いてある携帯端末を取り出すと、タッチパネル式のそれを操作して、アキを呼び出した。


即座に、携帯端末がホログラフで鉛筆くらいの身長を持つ、アキの全身を投影した。小さくなった彼女は、小首を傾げてリガルを見上げる。


「なんでしょうか、船長」


「アキ、頼みがある。俺の部屋のコンソールから、この船の全区画………いや、ここ一ヶ月間使用されていない区画の映像を自由に見れるようにして欲しいんだが」


突然の要求に、アキは目だけで、何故?と訴えてきた。


「先程、ドゥエストスがこっちに来てな。この船でも使っていない区画がどうのこうの、と漏らしていったんだ。少し気になってね」


「了解しました。少々お待ちください………ご要望どおり、船長の自室から映像を見れるようにしておきました」


「ありがとう」


「お気になさらずに。それと、今のところは敵の追撃の兆候は無く、警備部隊の船とランデブーしました。相手方から通信もきませんでしたので、報告書を送信し、そのまま近くのステーションへと護衛してもらう形になりました」


リガルは眉を上げた。もっとぞんざいな扱いをされると思っていたのだ。


「そうか。ちなみに、警備部隊の規模は?」


「アルトロレス連邦軍の、標準的な駆逐艦と、ほか三隻のフリゲートです。正直に申し上げれば、向こうが本気になればこちらはやられてしまいます」


俺もそう思う、とは口に出さなかった。警備当局は、これをどう受け止めているのだろう?ノーマッドとはいえ、民間船が一個戦隊以上の戦力で襲われたというのに、たったこれだけの船しか寄越さないとは。


小さく溜息をついてから、リガルは首を振った。


「苦情を申し立てても良いが、何か裏がありそうだ。とにかく、このまま最寄のステーションへと向かう。一番近いのは?」


「A三二ステーションです。警備部隊の哨戒中継基地だそうで、詳しい話はそこで聴取されるそうです」


「了解した。ご苦労様」


「こちらこそ、船長。失礼します」


アキの映像が消えると、リガルはコンソールを起動し、船内の使われていない区画の映像を見ていたが、次第に眠気が強くなり、やがて諦めてベッドの中にもぐりこんだ。疲れは、溜まる一方だった。


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