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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第二章 黄金の花束
37/103

一三二年 八月六日~ ③

他の作品書きまくってて更新が遅れたなど………

・アリオス暦一三二年 八月六日


アスティミナの性急なお願い(別名、おねだり)により、五時間後には再び宇宙港へと辿り着いていた。クルー達は疲れていたが、ドゥエストスとアスティミナ、ほか四名のドゥエストスが指名した衛兵達の部屋も用意しなければならず、補給品の増達を収容した時点で出港することにしたのだ。


最初、リガルはアスティミナに船の後部甲板ブロックに設置されている展望室にいることを勧めたが、彼女きっての希望によって、ドゥエストスをはじめとするメンバー達はアクトウェイの艦橋に設けられた、新しいテーブル座席に腰を落ち着けることになった。


テーブルの設置自体は、元々少ない人数で船を動かしていたので余っていたリガルの後ろのスペースに、アキとキャロッサが座っていたオブザーバー席と同列に、ユーザー制限が課せられたコンソールテーブルを二つ据付け、そこに固定式の回転座席を取り付けたのである。そのテーブルに付けられたコンソールはアキの中央コンピュータへと限定敵ながらアクセス権を持ち、暇つぶし程度になら様々なことができるようになっていた。


「へえ、ここで船を操るの?」


艦橋に一歩踏み込んだアスティミナは、目を輝かせて周りを見回した。彼女の目の前には、宇宙港の中の映像が超高解像度ディスプレイに表示されて、圧倒的な量感と迫力を伴って、艦橋にいる人間をほぼ全天から包み込んでいた。


リガルはスキップでもし始めてしまいそうなアスティミナの肩を掴むと、しっかりと両手で彼女の身体を固定し、しゃがみこんで瞳を覗き込んだ。


「アスティミナ、ここに居る時は、いくつか約束をしてもらうよ」


「約束?」


「そう、約束だ」リガルは頷き、彼女の座る座席を指差した。「まず、ここに居る時はあの座席に座っていてくれ。あそこなら揺れても安心だ」


少女は小首を傾げて、黒い青年を見つめ返した。


「揺れる?どうして揺れるの?こーんなに大きい船なのに!」


両手で大きな丸を描く彼女だが、ドゥエストスは抜け目ない視線でリガルを見つめている。その視線を感じながら、リガルは少女に語りかけた。


「だからといって、百パーセント安全じゃないんだ。宇宙は危ないから、いつ、何が起こるかわからない。君をお父さんに会わせる前に怪我をさせる訳にはいかないからね。それと、ここではあのテーブルのコンソール以外弄らないこと。いいかい?」


アスティミナは行儀よく頷き、リガルが手を離すと、とことこと自分に宛がわれた席に着いて、周りを見回し始める。


その少女の姿を尻目に、リガルは立ち上がって、後ろに控えていたドゥエストス率いる四人の衛兵へと向き直った。やはり、ドゥエストスがずば抜けて背が高い。


「貴方がたには、残りの座席に座っていつでも彼女の下へ駆けつけられるようにする。部屋の配置も彼女を中心にして、その周囲一帯の警備状態に何か変更したい点があれば、私かアキに言ってもらうことになるが、何か質問は?」


予想通り、ドゥエストスが手を上げた。


「黄金の花束ゴールデン・ブーケとの連絡はどうなりますか?」


「アクトウェイには超光速通信システムがある。これを使えばかなりの長距離を通信できるが、タイミングはこちらに任せてもらいたい。出来る限り定期的な交信が行えるようにするが、バルンテージ氏のご息女がこの船に乗っていると知れたら、海賊の格好の餌食になってしまうだろう。よって、秘匿通信が確実に保たれる状況でなければ許可できない」


「食事は?」


「補給品は増強してあるから、航海する分にはまったく問題はない。非常用のものも揃っていて、スペースだけは余っているから、全員が一年は生活できる量は揃っている」


大男は、恐らく意図的であろうが、大きく頷いて見せた。


「解りました。では船長、最後によろしいですか?」


「なんなりと」


居住まいを正すリガル。ドゥエストスは、ケーキに入刀するナイフのような鋭さと共に、彼自身最大の懸念を目の前の青年船長へとたたきつけた。


「率直に伺います。この船が戦闘状況に入った場合、海賊を相手にして勝てますか?」


リガルは黙って自分の座席、船長席の背もたれに寄りかかって顎を押さえた。ドゥエストスの後ろに控える生え抜きの衛兵達は、それぞれが当惑したように顔を見合わせている。自分達のボスの意図していることがわからないのだろう。


ドゥエストスは興味津々に、キャロッサの運んできたジュースに口をつけているアスティミナを見た。


その瞳には、衛兵として彼女に仕える以上の愛情が込められているのが見て取れた。


「お嬢様はまだ子どもです。今は気分が紛れているようですが、お父上が行方不明になってから、彼女が元気でいたためしがありません。こんなに輝いた目をしているお嬢様は久しぶりです。その点は、船長に感謝を述べさせてもらいます。

ですが、だからこそ、お嬢様に害を及ぼす可能性のあることは見逃せません。船長、今一度聞きます。もし戦闘になった場合、彼女の身の安全を保障できますか?」


そこで、「私達」といわなかったことは、尊敬に値することだ。リガルはそう思った。少女は良き娘であり、子どもであり、そして彼女に仕える男達は、全員が誠実な大人だった。


その事実はリガルを「その気」にさせた。そういった空気や勢いが、彼は嫌いではなかった。むしろ、その正反対のものであるといえた。


「衛兵長、その質問にお答えする。正直なところ、海賊との戦闘になった場合は勝つことは保障できない。だが、アスティミナを含めた貴方達の身の安全は、私の誇りに賭けて保障することとする」


巨大な男は、真面目くさった態度で一礼した。


「ありがとうございます。依頼主である私が差し出がましいことを申し上げ、申し訳ありません」


リガルは自分の座席に腰を下ろして、椅子を百八十度回転させると、温かい笑みを大男と、彼の守る少女へと投げかけた。


「気にすることは無いよ。ああそうだ、俺から言ってしまうとね、今日の夜はパーティーを開く予定なんだ。食堂でやるんだが、君達も参加してくれるかな?」


「喜んで」


二人は固い握手を交わすと、ジュリーやフィリップが出港準備を終えたこともあって、全員が席に着いた。


「両舷微速。アクトウェイ、出港」


リガルは椅子を元に戻して固定すると、さほど大きくない声で告げた。




・アリオス暦一三二年 八月五日 未確認宙域


一隻の純白の船が、作りかけのステーションへとその巨体を滑らせていく。周囲に見える星の位置は、既知のどの航路から見えるものとは違い、その事実をあざ笑うかのように変わることの無い瞬きを放っている。


白い船は先端から八割ほどが美しい流線型で、後部機関部分は少し角ばった構造となっている。その後部エンジン部分と前部装甲の結合部分、船体直下には少しだけ張り出しがあり、外側からは純白の外壁の為に見えないが、内部には超光速漁師センサーが内蔵されており、それにより広大な宇宙空間をくまなく走査する事が可能になっているのだった。


その船の艦橋、半径七メートルほどの完全な球形型の部屋の中央に、細いアームで支えられた椅子が据え付けられていた。その周りにはホログラフによる船の情報がいくつも重なり合って浮かび、球形の外壁全面に表示されている高画質の宇宙空間が、瞬く星の光で白い男を浮かび上がらせた。


椅子の上に座っている男は、優雅なその肢体をなんの違和感もなく背もたれに預け、純白の航宙服に身を包んだ身体の上には、やや長めの髪の毛を垂らした頭がある。尖り気味だが、まず美男子といえる顔つきで、薄く開いた瞳は黄金ではなく、純粋な黄色だった。


「まずまず、と言うべきだろうね」


一人ごちる男の視線は、しかしホログラフを見てはいなかった。


それもそのはず、彼は人間ではないのである。


細くしなやかな腕を虚空へと伸ばし、青年は手を握ったり、開いたりした。


まだ、反応が鈍い。


「それもそのはず、まだ一ヶ月だ。それほど急ぐ必要もないのだが、なるべく慣れておきたいものだね」


ふむ、と男は一人で頷いて、自分の意識を船の中央コンピューターへと繋いだ。


「生体端末とは、考えたものだよ。人のやることにしては上出来だ」


自分の意識を、生体端末の身体からコンピューターの内部へと接続し、視覚情報をコンピューターから出力されてくるデータへと入れ替える。データ検索をし、近頃の彼らの活動状況をチェックした。


最近の活動は、この船がバレンティア航宙軍の警備部隊である、フリゲートと駆逐艦数隻に対して行った戦闘と、日ごろの手広く行っている資金調達活動、そして銀河有数の大富豪である、ニコラス・フォン・バルンテージの拉致だ。


これは思っていたよりもずっと上手くことを運ぶことが出来た。そう、まるでマジシャンのように、彼らはこのところの最重要作戦を成功させたことになる。


組織としては、古くから成立しているものも近年成立したものも含めて、何かしらの功績を必要とするのが常である。集団を統率するには、下のものに何か利益を与えるのが最も効率の良い統率方法で、古代より指揮官や将軍なども、カリスマこそが重要だと思い込まれている節があるが、一番重要なのはお互いの立場をハッキリさせ、相手に自分が組織の歯車に過ぎないと思わせることである。それと同時に、こちらが十分信頼に足り、約束を破らない人物だと思わせれば成功だ。


その時、船のデータベースに新たな情報が入り込んできた。それはある宇宙港から、一隻の船が出港したというもので、予定航路などの様々な添え付けデータと共に、見やすい状態で送られてきていた。彼にとっては、そんなことは数秒のうちに脳のメモリで処理することが出来るのだが、人間という生き物は意味のない配慮を行うものらしい。


しばらく、脳に似せられた人工器官の光速回路に思考を走らせ、あるアイディアを、男は実行に移すべく、目の前にわざわざ通信画面を呼び出した。


ホログラフにあらわれたのは、一人の女性だ。古めかしい軍服姿の女性は、肩にかかるかかからないか位の漆黒の髪の毛と、ブラウンの瞳を持つ美人で、きゅっと引き結んだ唇は薄く、強い意思の籠もった視線で、同じく画面の中に映っているであろう青年を見、敬礼した。


「なんでしょうか、閣下」


閣下。それは人間の称号のひとつらしいな、とは言わずに、青年は軽く敬礼を返しながら、喉の発声器官にスイッチを入れた。


「少将、少し頼みたいことがある。君の部隊で、今稼動できるのは?」


「お待ちください」


女性はしばらく、画面から見えないところで手を動かしていたが、やがて顔を上げて答えた。


「ハルベルト大佐の第四四五戦隊、ティン大佐の第二二二戦隊が出動できます」


「編成は、二つとも普通戦闘編成か?」


「そうです。戦艦一隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦三隻、駆逐艦八隻です。それが二つ」


「ふむ。一応聞いておこう、再編成の状況は?」


今度は、彼女は即答した。


「順調です。編成する予定の各艦隊八つのうち、五つまでは既に編成が完了しており、各艦隊司令官の指揮の下に行動をおこせる状況にあります。また、各方面からの情報提供も今のところ順調で、この調子だと来年までには準備を完了できる見込みです」


「解った。後でそれらの詳細なデータを頼む。それと、ハルベルト大佐に大型巡洋船アクトウェイを襲撃、バルンテージ氏のご息女を持て成すように伝えろ」


「了解しました」


美しい女性提督は、恭しい敬礼と共に映像ごと消え去った。




・アリオス暦一三二年 八月一一日 大型巡洋船アクトウェイ


「やった!」


アクトウェイの食堂付近に設置されている、元軍の戦闘艇操縦訓練用に作られたゲーム機の座席から飛び上がって、隣に座っているセシルが苦笑いした。


「ドゥエストス、見た?セシルを倒したわ!」


「ええ、見ましたとも。お上手になられましたね」


衛兵達が軽い歓声を上げると、セシルは操縦桿をぐりぐり回しながら、誰にも気づかれないように小さく毒づいた。が、フィリップはそれに気づいたようで、既に彼女に三連敗しているアクトウェイチームの現状を打開しにかかった。


「船長、頼むぜ。あんたが勝てなきゃ、俺達の艦内通貨がなくなっちまう」


一時期、大変酷かった船内での違法賭博ポーカーによるモラルの低下に何とか歯止めをかけられないかと、リガルが考案したのが、この艦内通貨制度だ。その分の預金プールがあり、船内での食事で艦内通貨を使って少し豪華に出来たり、酒を買えたり、船外で特定の商品と取り替えることが出来たりするのだ。


既に、アスティミナの傍らには山のような艦内通貨が積まれている。それをちらりと見ると、リガルは少女が金銭欲に溺れて、人格に悪影響を及ぼす可能性があるとし、その改善の為に実力行使に出た。


黒い青年が隣の座席に、セシルの代わりに座ると、アスティミナは生意気にも余裕の笑顔で挑戦者を迎え入れた。


「あら、今度はリガル?あなた、船しか動かせないんじゃなくて?」


その時、フィリップは不思議そうな顔でジュリーを振り返って言った。


「なあ、船長が他に動かせるものってなんだ?」


ジュリーは大笑いしながら答えた。


「そうさね、女心くらいのものじゃないかい?」


「二人とも、うるさい!」


セシルの一喝で、困った二人組みは肩をすくめて見せた。その隣で、キャロッサとイーライが敗残者の列を作っている。この船の戦闘艇操縦においては、ナンバーツーの実力を持つイーライだが、大人らしく手加減をして見せたのである。それは誰の目にも明らかであり、それこそが大人の対応というものだったが、全員が、リガルが手を抜かないことを知っていた。


耐Gのベルトを身体に装着しながら、リガルは無感動に確認した。


「アスティミナ、今回の勝負、君はいくら賭ける?俺は全て賭けるぞ」


「ぜんぶ!?」


目を丸くする彼女の前で、リガルは自分の持っている艦内通貨の紙幣の分厚い束を取り出して、審判として間に立っているアキへと手渡した。


「どうだ、バルンテージ氏のご息女ともあろうお方が、まさか出し惜しみなんてしないよな?」


「さすが船長、喧嘩売るのも上手だぜ」


「ああ、ありゃステーションのごろつきにも引けを取らないね」


「黙ってったら!」


苛々しているセシルの声で、またしても問題児の二人組みが黙ると、アスティミナは言った。


「解ったわ。このアスティミナ・フォン・バルンテージ、出し惜しみはしません。それでいいでしょう?」


「船長、大人らしくやってくださいよ」


「わかった」


アスティミナとイーライのどちらに返事をしたのかはわからなかったが、リガルは誰にもわからないように笑みを浮かべると、機体を操って、手順どおりに宇宙空間へと飛び出した。


相変わらずこのシミュレーターはリアルだったが、リガルは映像からくる平衡感覚の失調を、ものの数秒で取り戻すと、機体の体勢を立て直してレーダーを見た。今回は一対一の勝負なので、敵味方の僚機はいない。つまり、このレーダーに映っている赤いひとつの点が、アスティミナの操る戦闘艇だ。

場面は臨場感を出す為に、艦隊戦の真っ只中になっている。アキが気を利かせてくれたのだ。


リガルがまたしてもほくそ笑んだ時、唐突に緊急警報が鳴り響き、反射的に戦闘艇を回避機動に移らせた。すぐ隣を遠距離ミサイルが通り過ぎていき、ものの数秒のうちに、双方はすれ違った。リガルは即座に機体を回転させてレーザーの発射スイッチを押したが、アスティミナは寸での所で機体を急上昇し、回避した。


だが、リガルは驚きつつも機体を反転させて旋回すると、改めて向かってくる彼女の機体へと狙いを定め、レーザーを発射した。青白く、細いそれが彼女の機体を貫いたところで、ジャッジであるアキが審判を下した。


「リガル船長の勝ちです。掛け金は全て船長のものになります」


会心の笑みを浮かべるでもなく、いやみったらしく見下ろすでもなく、ただ平然とした様子で立ち上がって見せる。


そして、アスティミナが苦虫を噛み潰したような顔になった、そのときだった。


「船長!」


鋭い声を発したのはアキだった。


「未確認船団が接近してきます。数は四。一時方向、およそ一光分の位置です」


リガルは即座に反応した。


「総員、第一級戦闘態勢。ドゥエストス、アスティミナ達を艦橋のあの座席へ。各自でベルト等を締め、安全確認を行うように」


「わかりました」


大柄な男は少女を軽々と抱え上げた。クルー達は既に腰を浮かせており、艦橋への移動を始めている。


その中で、最後に部屋を出て行こうとするリガルに、アスティミナは叫んだ。


「リガル!」


「なんだい?アスティミナ」


少女は、ドゥエストスの巨大な肩の上で、やはり大きな衛兵長の頭にしがみつき、眼下の青年へと恐怖の視線を投げかけた。


それを受け止めたリガルは、先程までとは打って変わった優しい瞳で少女を見返す。


「大丈夫だよ、アスティミナ。この船はちょっとやそっとじゃ沈みはしない」


「本当に?」


「本当だよ。だけどアスティミナ、君には祈ってもらいたい」


リガルは踵を返して通路へと歩き出した。その気楽さは、戦場に赴く者の背中とは思えないほどに、緊張感と言うものがなかった。


「また明日、あの星達を見ることが出来ますように、とね」



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