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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
断章
34/103

一三二年 八月二日~

これから、物語の進行速度も考えて10000字くらいでアップしていこうかと思います。まあ、段落の関係でそのプラスマイナス2000字くらいに収まればいいなぁ、と。

というわけで、今回喪お楽しみください。

・アリオス暦一三二年 八月二日 アルトロレス連邦


「まあ、予想できたことですね」


金髪の、他のメンバーと比べれば若い男性が腕を組みながらそう感想を漏らすと、他の面々も等しく頷いた。それぞれが手ぶらで、さしたる荷物を持っていないのが異常といえば異常であったが、彼らとしては丁度いい買い物の機会とでも思っているのだろう。何しろ数週間ぶりの地上なのだ。少ない時間とはいえ、楽しむに越したことはない。


だが、こうも走り出しから出鼻をくじかれては、溜息の一つも出て来るのだった。


「でも、レイズからもらったお金はまだ余裕はあるんでしょう、船長?」


金髪の男性の隣に立っている、ブロンド色の美しい顔立ちの女性が言うと、不機嫌なことこの上ないといった顔をしている男性船長は、娘の結婚を認める頑固な父親よろしく、重々しく頷いた。


「正直なところ、賄えることは確実だ。だが、これは気に入らない。気に入らないぞ」


罪のないレシートを粉々に引きちぎる船長を見て、隅っこに立っていた航宙服を着崩している女性と、豪胆な雰囲気を持つ男性は、互いに囁きあった。


「どうしたって、船長はこんなに不機嫌なんだ?賄えるならいいじゃないか」


「馬鹿だね。そんなこと私に聞くもんじゃないよ。あの船長とは、付き合ってまだ半年も経っちゃいないんだからさ」


聞くもの全てが意外と思うであろう事実を難なく口にすると、はだけた女性は船長の隣に黙ったまま佇む白髪の美女を手招きし、秘密の会話の一員に加えた。


「なんでしょうか、航海長」


「アキ、船長はどうしてあんなに不機嫌なんだい?二割り増しでも賄えるなら、大したことないじゃないか」


そういって、航宙服のポケットに両手を突っ込み、不良少年めいた仕草でぶつぶつと文句を言い続けている男を示す。と、白髪の美女―――アキは、やや微笑み混じりに答えた。


「ああ、それですか。それは、船長がノーマッドの船長として、無駄な出費と言うものを嫌悪しているからですよ。特に、こういった理不尽な要求に対しては、著しく不機嫌になります」


黒い船長の父親の代から、商船アクトウェイのAIとして活動を続けている彼女は、名前をアキという。船長―――リガルの父は平凡ないちノーマッドで、幼くして父の後ろ姿を追いかけていた少年の姿を思い出すたびに、生体端末として感情を表現できるようになった彼女は、自分のコア・プログラムの中でささやかな波紋のように広がる、未知の反応を感じるのだった。それは、長い間人間と接してきたアキが会得した半独立人格の結果とも言えるもので、人間はこれを感情と呼ぶのだということを彼女はまだ知らないし、それを自覚しつつも本人が理解できるほど大きなものとはなっていないのだった。


「つまり、商売人根性?」


愚直すぎる表現を、、割り込んできたセシルが使うと、アキは無言で頷いた。


彼らの船長であるリガルは、一ヶ月前に集結したレイズ=バルハザール戦争において、バルハザールの電撃的侵攻を受けたレイズ星間連合宇宙軍の勝利に多大な貢献を為した、若き敏腕船長として名を馳せていたのである。先程のオフィサーとのひと悶着は、一重にバルハザールより来訪する彼を憎む人間が、アルトロレス連邦に何かしらの危害を加えるという可能性を考慮してのものだったのだ。


だが、彼らとしては、ひとつの国家軍隊を相手取った意味を正確に理解しており、このような境遇も予想はしていたのだが、所詮それは予想でしかなかったということなのだろう。まあ、リガルに言わせれば「こんなにふんだくることもないじゃないか」と言う話になるのであろうが。


「あのう、船長」


不機嫌な青年に向かって、大型巡洋船アクトウェイの衛生長である少女、キャロッサが話しかける。リガルは彼女の言葉に視線を向けることも無く答えただけであった。


「なんだ」


「えっと、食材を選びに街に行きたいんですが、いいですか?」


おずおずと申し出た彼女の言葉を、リガルはただ頷いて認めただけだった。彼女の料理は絶品であり、彼女がその味を維持するために必要な措置は、惜しむことがない彼なのであった。


「なら、俺も街に出ます。ちょっと外の空気も吸いたいですし、キャロッサと見て回りますよ」


イーライが名乗りを上げると、リガルはそれも認めて、時間ももったいないからと二人を送り出した。フィリップとジュリーは夕方ということもあって、二人仲良く酒を飲みに出かけた。残ったのはセシルとリガル、アキの三人で、若く美しい女性管制長は、問いかける目で自分の船長を見つめた。


「船長はどうするんです?」


「部屋に戻って寝る」


ぶっきらぼうにリガルは言い放った。セシルが呆れて声も出せないうちに、彼は港に乗り入れたばかりの船へと戻るべく走路へと歩いていった。その足取りは控えめに見ても激怒していて、彼の良くわからない心境が読み取れた。セシルが肩をすくめていると、珍しくリガルにはついていかなかったアキが話しかけた。


「セシル、貴女はどうするのですか?」


「私?なんの予定もないわ。そっちは?」


「貴女と同じです。あの様子だと、船長についていってもすることはありませんし、艦の状態は離れていても把握できるので、いささかこの身体を持て余してます」


セシルは機械であるアキの身体に思いを馳せてみたが、口に出しては「ふうん」と言っただけだった。アキの肢体は人間の水準から見ても極めて美しいラインを形成しており、日々、密かにアクトウェイの艦内施設でトレーニングにいそしむセシルの目から見ても、非の打ち所がなかった。無論、セシルも人混みの中ですぐに見分けがつくくらいの美貌の持ち主であるのだが、アキの美しさは機械的な無機質さと人間の”ほんのりとした”温かみの融合ともいうべき、冷たい美しさをしている。華で彩られたセシルと対照的に、彼女は儚い雪のような印象を与える風貌をしているのだった。


「ま、いっか。アキ、暇ならご飯でも付き合わない?暇な女同士、慰めあいましょ」


「異論はありません。ですが、強いて言うなら美味しい店に案内していただけると嬉しいです」


アキの奇妙な言い回しにようやく慣れ始めたセシルは、この稀有な生体端末に乗っかっているAIに親しみを覚えるようになっていた。いくら半独立人格を形成しているとは言っても、元々が機械である以上、完全な人間として活動することは叶わない。それ故に、セシルは彼女に対して多少の苦手意識を持っていたのだが、憎めない性格で、自分を操るクルーに対して賞賛を惜しまないこのAIに、彼女は長年の友人のような親近感を抱くに至ったのだった。


「オーケー。それじゃ、一先ずこの宇宙港から出ましょう。息苦しいったらありゃしないわ」


そういい残すと、セシルはブロンド色のセミロングの髪の毛を靡かせて、颯爽と歩き出した。


クルー達が思い思いの時間を楽しんでいる頃、場所は船の中へと巻き戻る。

アクトウェイの船長室――といっても、他のクルー達の部屋と大差はない――に一人戻ってきたリガルは、予備動力で供給されている電気に照らされた室内のベッドの上に見を投げ出していた。灰色のシャツと黒いズボンと言う出で立ちで、半ば不貞寝の如くベッドの中に潜り込んだ彼は、自分の欲求の赴くままに眠りに入ろうとした。


が、ベッドの隣に設置されているホログラフ搭載型の通信端末が鳴り響き、彼どころか入国したばかりのアクトウェイの運命を動かす出来事が舞い込んできた。




・アリオス暦一三二年 八月三日 大型巡洋船アクトウェイ


翌日、クルー達は自分の携帯端末に一斉送信されているメールを確認し、惑星標準時の午前十時には、彼らの船の食堂に一堂に会していた。ある者は二日酔いで険しい顔つきをし、ある者は体力を回復した元気な姿で笑顔を振りまいているが、そのどちらともいえない複雑な表情で船長が食堂に入ってくると、彼らは自分達の心を朝の露が濡らすような不安を感知し、少なくとも表面上は無関心を装ってリガルを迎え入れた。


最初に沈黙を破ったのはイーライである。


「おはようございます、船長」


「おはよう、イーライ、みんな。朝早くからすまないが、話がある」


二日酔いの頭を抑えながら、ジュリーが低く呻き声を漏らした。


「ったく、本当だよ。それなりに重要な話なんだろうね?」


リガルは苦笑しながら、不機嫌な航海長を見やり、ついで中央に設置されているテーブルの表面へと視線を落とした。


「勿論だ。なんせ、今度の依頼の話だからな」


全員が背筋を伸ばしたのを見て取って、リガルは椅子の背もたれにふんぞり返るように座りなおしたが、これはただ単に楽な姿勢をとっただけで、彼自身がクルーに対して優越感を持っているわけではない。むしろその逆であることが、この男の弱点でもあり美点でもある、と友人のカルーザ・メンフィスは言っているのだが。


「昨日、連絡があった。依頼主はとある大富豪で、ここアルトロレス連邦でも一、二を争う有力な男だ」


リガルは携帯端末を操作し、ホログラフ機能を用いてある男性の立体映像を出現させた。


それは中肉中背の、ぱっとしない男だった。着ているスーツは別段、高級嗜好のものではなく、多少の値が張る程度のものだろう。艶のかけたスーツを纏う身体の上に、茶髪の短い癖毛で彩られた毛髪が乗っており、温和そうな表情とは裏腹に、その眼光は鋭い。全体として、際立つほどでもないが無視することのできない存在感は、足首まで押し寄せてくる、やや早い渓流を思わせた。


その男の映像を見たフィリップが短く口笛を吹く。


「おいおい、こいつはニコラス・フォン・バルンテージじゃねえか」


フィリップが口にした名前は、この人類社会において少なからぬ知名度がある。


ニコラス・フォン・バルンテージ。かつて、銀河最大の国家であるバレンティアとオリオン腕大戦を繰り広げた大国、銀河帝国の元貴族を先祖に持つこの男は、自分の駆る一隻の惑星間交易船から商売をスタートさせ、実力だけで現在の地位を獲得したといわれる男である。その商才はかなりのもので、彼についての資料を読んだリガルは、思わず感心せずに入られなかった。ほとんど独学でその世界に入った彼は、正に自分自身の頭脳と体のみで今の地位を築き上げたのである。リガルが参照した彼の資料は極僅かなものだったが、それでもこの男がなみなみならぬ野心と才能の持ち主であることは容易に認識できた。


「そう。まあ、ここまで話せば解ると思うが、先日依頼をしてきてのはこのミスターバルンテージだ」


驚きの色を浮かべて沈黙してしまったクルーの中で、最も早く理性を取り戻したのはセシルだった。彼女は開きっぱなしだった口を閉じて首を振った。


「依頼内容を教えていただけますか?」


モノマネをするように、リガルも首を振った。


「それはできない。何故なら、依頼内容はそれを受諾した後に教えてもらえることになっているからだ」


その言葉で、呆けていたほかの面々も自我を取り戻した。新たな衝撃は彼らを自意識の中心へと引きずり戻す効果があったのだろう。今度は俯いて状況を吟味し始めた。


彼らは依頼の前払い金や報酬、さらには一体どんな依頼であるかを推測や想像で話し合っていたが、やがて埒も明かないことだけが判明すると、再び沈黙が食堂を支配した。


別段、彼らが今回の依頼についてめぐらした想像に恐れ入ったわけではなく、ただ単に、


「また面倒なことになった」


と思っただけのことなのであるが、それは船長であるリガルにとっても同じことだった。


だが、そう思っているのとは裏腹に、まだ見ぬ宇宙へと思いを馳せている時点で、ここに存在する人間は救いがたいといわざるを得ないだろう。或いは、ノーマッドという人種自体が。


「ところで、バルンテージ氏が私達に依頼をしてきた理由とは、なんでしょうか?」


キャロッサがいうと、今度こそクルー達ははたと考えざるを得なかったが、リガルは明瞭な答えを見つけていた。


「きっと、レイズ=バルハザール戦争のことを聞いたんだろう。経済国家の支柱ともいえる大富豪だ。各国の軍部に情報網を広げていても、そう驚くことではないと思う」


「なるほど。つまりは、喧嘩を売った相手に間違いはなかったということか」


フィリップが言うと、全員は顔を見合わせて、アキ以外が苦笑した。そしてささやかな協議の結果、彼らはこの依頼を受諾することにしたのである。

それがどんな波乱をもたらすかなど、彼らには知りようもない事柄だった。





・アリオス暦一三二年 八月四日 銀河連合評議会


リガルたちが依頼主の元へと舳先を向けている頃、アルトロレス連邦のカリンザ星系、惑星ラティアスの地上に建設されている銀河連合評議会ビルは、総敷地面積三二キロ平方メートル、全高五二一メートルを誇る一大建造物で、銀河に点在する二五ヶ国の大小さまざまな国家の代表者を集め、最高の力を発揮する政治権力の中枢である。


そもそも、銀河連合という機構自体は、形式としてはいち組織でしかないものの、その規模と動かしうる軍事力から、ほぼ政治的最高機関として見られることが多い。人類が最後に建国した専制主義国家である銀河帝国は、先のオリオン腕大戦において敗滅しており、その影響もあって、今は全ての国が程度の差こそあれど、民主共和制を謳っている。銀河に広がる人民の意志が国家に集束され、それをさらに纏めたのが銀河連合であるのだ。


しかし、昨今では圧倒的な経済力・軍事力を要するバレンティアが発言権を強める一方であり、実際問題として、彼らが頭二つ分ほどぬきんでて、他の国々がそれにしたがっているのが現状である。見ようによってはバレンティアの一国独裁にも思える。しかし、バレンティアとそれ以外の国々の勢力比は、数字にして一〇対八というもので、二十カ国以上の国々(バルハザールが敗戦のため、今回は欠席している)が一つの国に対して、同等かそれ以下の力しか持たないという事実とは裏腹に、彼らの力を以ってすればバレンティアを引き摺り下ろすことも可能であることも示唆している。


今回の連合評議会の招集された名目は、「近年増大しつつある、海賊とテロ行為に対する国際的な対処法の模索」で、前年に比して四割ほども増加しているこれらの違法行為を取り締まることを協議するものだった。


「海賊のような武力行為を働くならず者に対しては、警備部隊の増強とパトロール頻度の上昇を持ってすれば良い。問題はテロ行為だ」


この議論の急先鋒を司ったのは、レイズ星間連合評議員のクルーウェル議員だ。三八歳という、政治家にしてはかなりの若さを持つ新進気鋭の男で、身体は小さく、引き締まった肉体からは溢れ出る活力と行動力が見て取れる。くすんだ金髪はやや短めに切っており、公明正大で市民の人気を集めている男だ。


「数ヶ月前、とあるノーマッドの協力により、我がレイズ星間連合では近年類を見ないほどの大きな海賊組織を壊滅させることに成功したが、多くの国々では、尚も誘拐、強奪、殺戮の被害が出ている。さらに拍車をかけるのは、目的を発表しないテロ組織のステーション爆破事件だ。これはまだ数件しか起きていないが、彼らを統率するリーダーらしき人物も把握できていないことから、悪化はしても好転はしないものと思われる。これに対して、私は強く、一刻も早い対策の協議をお願いしたい」


彼が自分の座席に座ると、シヴァ共和国評議員、ラバウル議員が意見を求めて立ち上がった。彼はクルーウェルとは対照的に、長身で浅黒い肌をした男であり、短い髪の毛の下に二つある鋭い目から、各国の評議員達に熱弁をふるった。


「レイズ星間連合のクルーウェル議員の仰ることはもっともだと、私は思う。百年前のオリオン腕大戦以降、銀河は戦乱ではなく、安定の時代を迎えたはずなのだ。それが法を犯し、市民を虐殺し、あまつさえ自己の欲求を満たすことを生きがいとしかしない海賊やテロリストの専横を許すことは、銀河連合の存在理念にも関わってくる。ここは各国の対処に任せるのではなく、加盟国が共同して、連携しつつ対処に当たるべきだと、強く主張させてもらう」


その主張の後、一堂に会した各国の評議員達は顔を見合わせつつ、隣に座っている者と囁きあったりしている。その聞こえてくる会話の断片的な情報から判断するに、今回の彼らの主張に、少なくとも反対する国はなさそうだった。


それもそうだろう、とクルーウェルは思う。今回の議題は、彼らが企業から受け取っているリベートにも関係してくる話だからだ。情けない限りだが、この中の少なくとも半数は汚職に手を染めている。民主国家のいち政治家としては、甚だ残念な状況が続いている昨今なのだ。


「今は、まだ仕事をしているからいい。だが、今後、彼らと同じことをする人間が増える懸念がある。それは政治の腐敗である前に、この銀河に存在する全ての国が、何か暗い方向へと向かい始めている兆しではないのか………」


生涯、一度もそういった権謀術数に関わることなく今の地位に辿り着いたクルーウェルは、ちらりと、シヴァ共和国の背の高い評議員、ラバウルの浅黒い肌を見やった。彼も同じようにクルーウェルを見返しており、数年の付き合いになる友人として、彼らは会釈を交し合った。恐らく、ラバウルも同じことを考えていたのだろう。彼もクルーウェルと同じ、今では少数派とされる議員の中の一人だった。


「よいかね、諸君」


大きくはないが、深いバリトンの音程の声に、評議員達は議論を中断して、半円形の二段に連なった評議員席の中央前方に設置されている、銀河連合最高評議会議長席を見た。


最高評議会議長は、齢六五の元バレンティア首相、ラッセル・アイセナードだ。元バレンティア航宙軍、第一機動艦隊司令官という地位から退き、四十歳で政界へと進出した背の高い男で、引き締まった肉体と鋭い眼光で相対したものを威圧する。その政治的手腕は首相時代から高く評価されており、元軍人と言うこともあって、「民衆に納得しうる軍隊」と言うものをテーマに改革を進めていた。最高評議会議長となってからは、連合加盟国の安全保障に奔走し、バレンティア航宙軍を主に動かして、小国の経済的負担を減らしつつ可能な限りの治安維持に当たっている。


彼は一頻り議員達と見回すと、ひとつ、大きな咳払いをしてから話し始めた。


「クルーウェル議員とラバウル議員の主張には、私は反論の余地は一マイクロ立方メートルも無いと思っている。銀河連合の発足理念は、確かに銀河の市民の安全を保障することであり、それが責務だからだ。事は銀河の安寧に関わる。諸君、指しあたっては警備部隊の強化、パトロール頻度の増加を頼む。細かい検討事項は各国の軍部との相談もあるだろうから、次回までにそれぞれが纏まった提案書を持ってきてほしい。総遠くなることも無いだろうが、次回の会議ではそれについて検討しようではないか」


満場一致で、全ての評議員が頷くと、アイセナード議長は身を乗り出した。


「さて、指し当たっての議論は済んだことだし、今からあることをお知らせしたいと思う。もっとも、これはもっと早く教えるべきだったかもしれないのだが………」


いつになく歯切れの悪い議長に、評議員達は不審さと興味と、そして危惧とを混在させた表情を浮かべた。議長は、このことについて色々と悩みぬいたのだろうか、苦悩の色のみを浮かべて溜息をついた。


クルーウェルはうんざりする気持ちで居住まいを正す。


「先程の話でもでた、テロリズムについてだ。つい先日、バレンティアのアーネスト・リンブルドン首相から連絡があってね。どうも、彼らの行動が組織立って行われるようになったらしい」


「お言葉ですが、議長」


声を上げたのは、ダハク星系連邦のミルン評議員だ。この中では少ない女性評議員の一人で、やや官僚的な嗜好に陥りがちな壮年の女性だが、その誇り高さと富んだ識見は、政府内外から高い評価を受けている。


彼女は厳かに立ち上がると、一同に聞こえるように、少し声を大きくして言った。


「テロリストは、少なくとも誰かしらの頭目の下に、組織化された武装集団です。今更ながら組織的な行動が見られたからと言って、なんら驚くべきことではないと思うのですが」


彼女の正論に、何人かは頷いたが、何人か――クルーウェルとラバウル、ほか数名――は、申し合わせたように顔を顰めた。その中で、クルーウェルが意見を代表して述べた。


「つまり、その範疇を超える行動だった、ということだろう」


「その通り」


ミルン評議員が顔を赤らめて席に座るのを無視して、アイセナード議長は、ひとつのデータチップを取り出した。それは世界最高峰の暗号技術を持つアルトロレス連邦が、政府高官向けに少数製造しているタイプで、その用途はチップに描かれているとおり「最重要機密事項」のみを扱うようになっているから、会議に参加している人物は全員が息を呑んで、アイセナード議長がホログラフ投影機にそれを差し込むのを無言で見ていた。


会議室の中央部に浮かび上がったのは、ひとつの戦闘の映像だった。バレンティア警備部隊の紋章を付けたフリゲート艦数席と、それを指揮統率する駆逐艦が、なにやら白い船と放火を交えている。画面の隅に表示された文字の羅列を見るに、それはバレンティア警備部隊の駆逐艦、M九六六号が撮影したものだった。M九六六号は、二十万キロ前方に浮かんでいる白い船へとエネルギービームとミサイルを斉射している。議員達は顔を顰めた。彼ら軍事の素人から見ても、それはいちテロリストに対する攻撃にしては、あまりにも度がすぎていたからである。


が、戦っている白い船にしてみれば、それは蚊ほども効果のないもののようだった。その船の周辺には何隻かの小型の船が浮かび、こちらも白く塗装されており、テロリストとは思えない連携を取りながら、警備部隊のフリゲート艦を撃沈していく。中央に浮かぶ白い船の、船首は細くなり、艦尾に行くにつれて緩やかに太くなっている流線型の船体は、その姿の通り優美なPSA装甲を煌かせてエネルギービームを全て弾き返すと、飛来してきたミサイルを迎撃すべく、船体各所に設置された何かを発射していた。それは各国で採用されている対空レールガンではなく、どうやら小型の荷電粒子砲のようだった。それらは光の柱をミサイルの群れに叩き付けると、即座に全てを撃破した。同時に、艦首に複数の穴が開き、それが主砲だと認識できると同時に斉射され、次の瞬間、映像は途切れた。


放心状態のまま絶句している議員達の目の前で、アイセナード議長は愉快さの欠片もない動作でチップを取り出すと、それを懐に仕舞いこんだ。


「話すまでも無いと思うが、一応言っておくと、これは先日バレンティア警備部隊が交戦した戦闘記録だ。私が理解しうる限りの問題は、この船の戦闘力は無視しえぬものであり、データの数値全てが、人類の船全てより高いということだ。さらには、この船型が量産型であるかどうかも定かではない」


「この船が、大挙して襲い掛かってくるということもありえるということですか?」


ミルンが言うと、議長は頷いた。


「そのとおりだ。この映像はまだ、バレンティア航宙軍の統合機動艦隊司令長官と、リンブルドン首相と、我々しか知らない。言うまでもないが、内密に頼む。これが流出した時の市民の動揺は相当なものだろうからな」


アイセナードが言うのは、世界最高水準の軍事力を誇るバレンティアの警備部隊が手も足も出ずに、たった数隻のテロリストの船に撃破されたという事実を指している。それは、他の国々の軍隊でも太刀打ちできない可能性を指し示してもいるのだ。


沈黙し、あまりにも長い間黙り込んだために、遂には沈殿すらし始めたかと思われた空気を破ったのは、ラバウルの図々しいまでに不敵な声だった。


「とにかく、これに関してはどうしようもあるまい。各国の宇宙軍司令長官へと通達を出し、注意するように言うしかないだろう。それ以上の情報の提供は、この際逆効果だ。何かしら有効な対策を我々が考え付かない限りは、これで様子見といくしかないだろう」


彼の意見で議論はまとまり、各国の司令官へと通達を出し、注意喚起すること、他に口外しないことなどの、ほとんどラバウルの発言そのままの対策が伝えられ、その日の議会は解散となった。


ひとり、着ているスーツのポケットの両手を突っ込んで歩きながら、クルーウェルは溜息をついた。


「今回の事件は、何かまずい気がする。私の全身の細胞がそう訴えているのだ。我々が見ているのは小さな火種だけで、もしかしたら、その傍に広がっているガソリンの水溜りを見落としているかもしれないのだ」


彼はその日、自分の日記にそう綴ったが、それが正しいかどうかを判断するには、まだ時期尚早がすぎるのだった。



長いですねー。

この物語自体も相当な長編になるので、一巻とか二巻にシリーズで分けてやることも、今考えています。

でもそうなると、ちょっと面倒になるんですよね。少し思案中です。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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