一三二年 八月一日~
ここから第二章です。
がらりと作品の雰囲気が変わったように思われるでしょうが、ちゃんと続いているのでご安心を。
どうぞお楽しみください。
・アリオス暦一三二年 八月一日 交易商船キッド・ライク号
八月に入って間もないある日、いつも通りのお客や物資を満載した大型交易船、キッド・ライク号は、シヴァ共和国からアルトロレス連邦へと向かっている最中だった。
流線型を為す巨大な船体が、鈍重だが安定した軌道で、燃料の消費を最低限に抑えた航海をしている。交易船の一隻であるこの船は、たった一隻で宇宙を股にかけて活動する商人達の運営する船のひとつである。ノーマッドと呼ばれる放浪者と、この個人経営ともいえる商人の活動によって、他星系にまたがる人類社会は活発な経済運動、物資輸送を可能としているのだった。
繁栄した星系に多く見られる、この種の大型輸送船と小型の星系内運搬船が、最も効率の良い航路をひしめき合って航行している景観は、宇宙に人類が進出してから見られる幻想的な風景の一つだろう。列を成した環状のものが宇宙港へと入港する為に列を成し、時には軌道上のステーション等に積荷を降ろし、他の小惑星等に行って物資を受け取っては惑星へと運んでいく。古来より、物資輸送は経済上の重要な行為の一つで、これをなくしただけで人類社会は崩壊するといって良いだろう。
そして、それを狙うのがいつの時代でも存在する、海賊であり盗賊たちであった。
こういった無防備な民間船を襲い、自分の私腹を肥やす輩は今も大量に出回っており、時代が進んで小さな船の性能が上がると共に、小型の荷電粒子レーザー砲塔や簡単な魚雷、ミサイル等の搭載も行えるようになり、つい二ヶ月前に大規模な活動を行っていたレイズ星間連合領宙のM二二三宙域の海賊達に至っては、一〇〇隻以上の大所帯であるのに加えて、駆逐艦クラスの大型艦船まで所有し、フリゲートや駆逐艦主体の警備部隊相手に様々な騙しあいや小競り合いを演じていた。その後、海賊船団はある民間船の活躍で壊滅されたが、この国の住民まではその話は伝わってきていない。彼らが知っているのは、ニュースで流れてきた黒い船と、やはり黒い髪の毛を持つ若いやり手船長だけだった。彼らはノーマッドでありながら戦争に参加し、その被害の拡大を阻止するのに多大な貢献を為したのである。
銀河連合はバルハザールへと正式に内政干渉を行うことを公表し、バレンティア航宙軍第五機動艦隊を半年間駐留させて治安の維持に努め、さらに政治・経済・行政部門での顧問団の派遣と、独立ではなく銀河連合評議会の保護下にて、バレンティアを主導とした国家として再出発することになった。それに対し、レイズ星間連合は今回の戦争で周辺諸国との情勢変化を懸念し、軍備の収縮を一時中断、どんな事態に陥っても今回のように先手を取られることのないよう、外交政策の大幅な見直し、軍部組織の再編、領宙の各星系における警備部隊の強化などの対策を行い、その際に必要となる人的資源を公共から供給することで、戦争で傾いていた経済を復旧させる方法を取り、今のところ進行中である。
今の銀河を見ると、人類の支配している宙域では海賊行為が多発し、キッド・ライク号をはじめとする商人やノーマッド達は頭を抱える日々であった。レイズでは、ようやく政府がこれの対策に乗り出し、M二二三宙域をはじめとして、各宙域および星系でパトロールの強化等を行っているため、何とか沈静化の傾向を見せてはいるが、周辺諸国や辺境宙域では相変わらずの状況であった。
今まで通りの、誇り高い独立商人としての仕事をこなしてきたキッド・ライク号の船長、シラ・バドックは、髭を生やした中年の男だ。やや浅黒い肌からは、海辺で漁師を営み続けてきた祖先の遺伝子が色濃く受け継がれており、白髪交じりの髪の毛は長く、後頭部でひとつに纏められていて、引き締まった肉体は俊敏な動きを連想させる。彼は船長としてこの船を長く指揮し、他二十名前後の船員と共に、数百万ガラット分の物資と、その五分の一の料金を支払っている乗客を乗せての航海の最中だった。
最初に危険を察知したのは、コーヒーを飲んで眠気を追い出していた管制官である。数年前からこの船に雇われている彼は、大きな反応に驚いて、自分のお気に入りのマグカップを床に叩きつけてしまった。舌打ちする間に、艦橋の安っぽい清掃システムがアームを伸ばして飛び散った液体と破片を回収していくが、彼女はそれどころではなく、他のクルーが緩慢に視線を向けてくるなかでコンソールを急いで操作した。
「どうした?」
異常を感じ取ったバドックは、なるべく感情を押し殺した声で問うたが、管制官は答えない。彼女は自分の仕事で忙しく、返事をする間もなかったのであるが、やがて蒼白となった顔で船長を振り返ると、力なく首を振った。
「海賊船団です!数は五!」
艦橋に戦慄が走る。ある者は口をあけたまま呆然とし、ある者は暑くもない環境で突然汗を流し始めた。浮き足立ったクルーに対し、バドックは髭を震わせて怒鳴る。
「馬鹿者!早く近くの警備部隊に通報するんだ!」
船長の一喝で多くの者は自意識を取り戻し、船長自身も自分の仕事に取り掛かった。
海賊という奴は、貨客船を狙う場合は大抵が乗客の拉致、貨物の強奪を目的としている。当然といえば当然だが、それは即ち、砲撃戦で一瞬で死ぬのではなく、白兵戦で生身のまま殺される可能性を示唆しているのだ。船長自身は幾度か海賊襲来の経験をしているが、そのどれでも酷い目に逢った。今も、昔の古傷である左足の傷が疼きだしている。今は船の自立防衛システムが海賊の侵入に対して警備部隊がやってくるまでに持ちこたえられることを祈るしかない。
「最大船速!最寄の惑星へ可能な限り早く向かえ!」
惑星に行けば警備部隊と合流しやすくなる。そう考えた末での命令だった。既に周りの比較的身軽な商船は離脱し始めているが、キッド・ライク号は大型貨客船の為に機動力が極端に低い。海賊船の好餌になってしまうのは火を見るよりも明らかな状況だが、バドックは落ち着いて状況を把握するように努めた。何しろ彼は船長なのである。頭たる自分が慌てふためいて事態が好転することはないと解っている為だ。
キッド・ライク号は、自分自身に出来る限りの速度で加速し始め、船体は大きく揺れた。同時にバドックは艦内放送を通じて乗客たちに海賊の襲来を告げ、こちらも必要な対処はするが、彼ら自身でも身を守るように呼びかけた。乗客たちはパニックに陥りそうになったが、バドックが直々に彼らの目の前に出て文句を一手に引き受けた為にそれは防がれ、護身用の小型ブラスターを乗客に配った。これは異例の措置で、配られたほうは唖然としていたが、バドックは自分のブラスターを確認しながら大声で言った。
「いいですか、皆さん。我々乗員は皆さんの生命を守る為に最善を尽くしますが、万が一と言うこともあります。いざというときは、この部屋に閉じこもって応戦してください。なに、ブラスターしかなくても、ここで防御に回れば十分勝てます」
船長の戦術能力はここで発揮された。乗員達はなけなしの戦闘服(中古)を着込み、小形のライフルを抱えたまま船内の警備室で待機していた。やがて追いついてきた海賊船がキッド・ライク号を砲撃し、機関をやられた大きな貨客船は強行接舷されて、外壁のハッチから続々と海賊の侵入を許す羽目になった。
船長であるバドックも自ら戦闘の最中に身を投じ、警備兵となった乗員と共に懸命に戦った。海賊たちは全員が黒塗りのスペース・スーツに身を包んでおり、雑多な武器を器用に使いこなして乗員を殺していった。三十分後、最終手段として乗員と共に防戦を行う構えを見せた船長達は、大きな乗客スペースに立てこもり、同時に貨物室を厚いハッチで船のシステムにロックさせ、激怒した海賊達を葬り去ることを決意した。これは有効な手段で、人数でいえば互角、ましてや彼らの善戦で人数の減ったならず者達に対抗するのは難しくないことであった。乗客たちは既に覚悟を決め、全員が息を潜めて、目の前の乗客スペースで唯一ロックを解除されている大型ハッチから、海賊達が流れ込んでくるのを待った。
が、そこである報せが船長の下に舞い込んできた。それは管制官から発せられたもので、携帯端末で情報をスクロールしていた彼は、不意にそれを放り投げて歓声を上げた。
「警備部隊が来たぞ!」
乗客室を歓声が満たし、キッド・ライク号はほどなく、急行したパトロール部隊に救出された。乗員の善戦と船長の機転によって、乗客の命はひとつたりとも奪われずに済んだのである。
が、貨物はそうはいかなかった。運搬していた貨物のうちのいくつかが強奪され、決して重くはないものの、無視できない損害を出していた。船長は髭をさすりながら、数隻の海賊船に襲われてこの程度の損害で済んだことを神に感謝した。
無事アルトロレス連邦のいち星系にて事後処理を行っていた船長は、ある事実を知って愕然としたのである。
それは、乗客のうちの幾人かが消えている、と言うものだった。
船長は即座にその情報をアルトロレス連邦軍へと伝え、軍部は捜索を開始することとなったが、パトロール部隊と交戦した海賊船団は全てどこかへと姿を消しており、船長は途方にくれて乗員と目を合わせた。
そんな時に、ひとつの情報が、バドック船長の下に舞い込んできたのである。
・アリオス暦一三二年 八月二日 大型巡洋船アクトウェイ
アルトロレス連邦は、レイズ星間連合とシヴァ共和国を挟んだ、オリオン椀の中心寄りに位置している星間国家である。その実態は一〇個の恒星系からなる小国家なのだが、実は様々な危険宙域やブラックホールの影響で、ここは銀河のジャンクションとも言える国家なのだ。最大の国家バレンティアとはクリシザル共和国を挟んで位置しており、周辺はシヴァ共和国とクリシザルも含めて五つにのぼる国家と接している。多くの星間商人たちにとって、ここアルトロレス連邦は休憩所であり、中継所であり、出発点であり終着点なのだ。連邦自身もこの境遇を最大限に利用するよう務め、星間航路のハブ地点としての様々な娯楽施設や宇宙港、ステーションを建設すると同時に、様々な運送業者やそれの安全を保障する警備部隊などを多数抱える、一大商業国家として成立していた。そのせいか、アルトロレス人は独立不帰な商人たちの誇りが高く、ある経済学者は、
「アルトロレス連邦こそ、銀河の経済を循環させる、人類の”ふくらはぎ”である」
と論評して、当のアルトロレス人たちを抱腹絶倒させたが、その比喩は間違っておらず、この銀河でそれだけでひとつの市場を形成しているバレンティアと比べると、目を見張るほどの活力と経済力を持つ有数の国として周囲に認知されているのである。
しかし、それだけの富を誇っているアルトロレス連邦にどうして他の国が武力侵攻しないのか、という疑問については、バレンティアの銀河連合を通じての後ろ盾があり、この国を占領することは他の国の経済に破滅的な爆発を起こすことと同意なので、迂闊に手を出すことも出来ない状態が出来ているわけである。
それは同時に、アルトロレス連邦は自国内に他国との摩擦を生みかねないノーマッドには厳しい手段を用いることが多く、それは最近では宇宙港での入港拒否や割高の燃料費と言う形で示している。もっとも、色々といざこざを起こす放浪者達だったが、国家レベルでのいざこざを引き起こす要因とはなりにくいのが宇宙の摂理であり、実際問題として、この不文律が実行された例はあっても、圧倒的に少ない回数に留まっているのである。
そして、今もアルトロレス連邦の首都惑星、カリンザ星系の惑星ベイザの地上にある巨大な第一宇宙港のオフィスで、ごった返している人混みの中で足止めを喰らっている一人の船長が、受付係の男性オフィサーに不平を漏らしているところだった。
「―――第一、銀河連合は全てのノーマッドに平等な対応をするように、各国の入港管制局に通達を出しているじゃないか。だというのに、他の船に比べて燃料費が三割り増しとはどういうことだ」
明らかに不機嫌な、”むすっ”とした表情で言い張る黒い航宙服を着込んだ男性の隣には、同じ黒い航宙服とは対照的なやや短い白髪に、ブラウンの色が混ざった黄色の瞳を持つ美女が佇んでおり、物珍しさに通りすがりながら男達は視線を投げかけたが、船長が一瞥を投げると同時に目を逸らして歩み去った。
再び男が視線をオフィサーに向けると、国家権力と言う鎧を身に纏った中年の彼は、重々しい溜息をつきながら目の前の窓口に設置されているデスクの上をトントンと指で叩いた。
「ですから、わが国としては、貴方のように特定の国家から少なからずの不満を抱かれている御人を容易く招き入れるわけではないのです。こういったものは、ほとんどがテロリストや海賊なんかに適用されるものですが、貴方の場合はそういった不名誉な行為を行っていないと判断しまして、これで済んでいるのです、船長」
「つまり、なんだ。もっと悪い対応の仕方もあるのだから、これくらいで潔く身を引け、といいたいのか」
「そうです。あつかましい言い様になってしまいますがね、私たちアルトロレス人は少なくともそういう方法で自分達の身を守ってきたのです。いってしまえば、貴方は入港自体を拒否される可能性もあったんです。ご満足いただけませんか」
オフィサーがやり取りに辟易しているのは見え透いていたが、男は諦めるつもりはないらしく、少しだけ居住まいを正して咳払いをした。彼はオフィサーが「自分達の身を守ってきた」と口にしたとき、
「そうだろうとも。他国の軍隊の意を駆って、その”体たらく”を守ってきたのだろうさ」
と言い放ってやろうと思ったが、そうした場合は確実に宇宙へと放り出されてしまうことになるので、どうにか思いとどまったのである。
それにしても、燃料費が三割り増しというのは、宇宙で暮らして生計を立てるノーマッドにとっては死活問題に等しい。男には船を当分は維持しうる貯蓄はあったが、このままでは破産してしまうことは明らかなのである。
「確かに、貴方方アルトロレス人が寛大なご処置を私たちにしてくれているのは認めよう。だが、だからといって、この値段は吹っかけすぎじゃないのか?」
せめて二割増しにしてほしい、と強情に頼み込むと、オフィサーは非常に困った目で男を見つめていたが、ひとつ小さく息を吐いてコンソールを操作し、「少しだけ時間をください」と言い残して窓口から消えると、正確に二分が経過した時、疲れた様子で戻ってきた。
「解りました、船長。燃料費を二割増しで、入港を許可します。これでよろしいですか?」
正直、男にとっては物足りない金額になったが、これ以上の譲歩を引き出すのは不可能と悟って首を縦に振るしかなかった。
結局、金を払ってロビーに屯しているクルーたちに追いついたとき、彼らの船長は肩をすくめるしかなかったのである。
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