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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
30/103

一三二年 六月二五日~ 

これで第一章が終わるかと思ったんですが、この次で終わることになりそうです。少し長さを見誤りまして………

今回は色々な場面を描いてみました。どうぞよろしく。

・アリオス暦一三二年 六月二五日 カプライザ星系第三番惑星


アクトウェイを第二番惑星の宇宙港に入港させると、リガルはアキを呼び止めて、他の面々を早々に解放してやった。彼らは分けられた大金を握り締めて型どおりの挨拶をリガルに述べると、それぞれのリサーチしてあった目的地へと跳んでいった。リガルは苦笑いしながらそれを見送り、生体端末の女性と二人で宇宙港の入港管理局へと赴いた。


この星系は長らく戦乱の煽りで封鎖されていて、尚且つまだその規制は解かれていないので、民間船の船長であるリガルが来ると、受付オフィスでテレビを見ていた男性はコーヒーを吹き出しそうになった。戦時下でも、緊急の要件で港を使う船が無いとも限らないので、彼らは出勤させられていたのである。男は飛んできて、この星系の封鎖は解かれたのか、貴方は誰なのか、バルハザールはまた侵攻してくるつもりなのだろうか………と、リガルに雨霰と質問を浴びせかけたが、リガルはことの次第を軽く説明するだけに留めた。


「ついては、私は軍から許可を貰ってここまでやってきたんだ。補給を済ませたいので、手続きをお願いしたい」


「ええ、ええ、勿論ですとも」


久々の仕事で笑顔になるこの男性を見て、リガルは思った。このような勤勉な人が社会にいるということは、国家にとってなんと良いことであろうか、と。バルハザール等は、紛争の影響で商売も中々進まない状況だという。その中、このような人がいる国は、ひどく幸せだと思ったのだった。


最高の笑顔で対応を受けたリガルとアキが、手続きを終えて立ち去ろうとした時、受付の男性が呼び止めた。


「なんでしょう?」


礼儀正しくリガルが対応すると、男性は二度ほど、リガルの入力した船体番号と所属、船のデータを眺めてから、小声で言った。


「船長、ご忠告いたしますと、貴方方はいまこの惑星で英雄ヒーローになっています」


英雄ヒーロー?」


リガルの顔に、僅かだが嫌悪感が浮かんだのを、アキは見逃さなかったが、男性は気づかずに続けた。


「はい。先日の戦いの様子は、こちらの施設も捉えていました。そこでリガル船長、貴方はノーマッドでありながらこの星系を解放するのに一役買った人物として、既に有名人となっています」


「なんとまあ」


苦笑いするリガルに、男性は気遣わしげな視線を向けた。アキだけは平然としている。


「それでは、迂闊にこの惑星をうろつくことはできませんね」


リガルはクルー達のことを気の毒に思った。今頃は、群衆に囲まれて苦労している頃かもしれない。


「そういうことです。ですが、船長ならまだ間に合います。ここは中央出口なので、降下してくるアクトウェイを見た人々が殺到しているかもしれませんが、西口から出ればやり過ごせるでしょう。こちらでタクシーを手配しておくので、そちらをご利用ください」


「いいんですか?」


ありがたいことだが、ここまでサービスしてくれる理由はなんなのだろうか。まさか客がリガル一人だからと言うわけでもあるまいに。


男性は笑顔で答えた。


「貴方が英雄だからですよ、船長。良い旅を」


「ありがとう。しっかりと骨を休めることにするよ」


礼を言ってから、リガルはアキと連れ立って西口へと歩き出した。広大な宇宙港を移動するのも一苦労なので、港内を縦横無尽に走って人員を輸送するリニア・モーターカーへと乗り込み、西口へと向かう。


時速六〇〇キロのスピードで走り続けるモーターカーの座席に、二人並んで腰掛けている。どちらも黒い航宙服の男女で、他に人もいないので、見ようによっては逢引をしていると思われなくもないのだが、当人たちはその意識はまったくと言っていいほどなかった。


「リガル船長」


窓の外に映る、第二番惑星の繁栄の様子を遠めに眺めながら、アキはいった。リガルは口を閉じたまま間の抜けた返事をする。


「何故、あの係員にヒーローといわれた時、嫌な顔をしたのですか?」


「なに?俺は嫌な顔をしたか?」


「はい、間違いなく」


ふむ、とリガルは少し考えた後、やがて口を開いた。


「実のところな、英雄と讃えられて、俺は少し嬉しい。そういった活劇めいたことが、放浪者の夢だからな。だが、敢えて俺個人の問題として言わせてもらえば、そういった気質とは違った重要な部分で、俺は英雄になんかなりたくない」


驚いた顔で見返すアキ。彼女はその感情を色濃く反映した声で問うた。


「どうしてですか」


問い返されて、今度はリガルが困ってしまった。しばらく思案した後、ようやく自分の感情を纏めた若い船長は、自分の黒い髪の毛を掻きながら吐き出した。


「英雄っていうのはな、アキ。他の人が楽をしたいが為に祭り上げられた、人間にして超人的な能力を持ったと思い込まれた人間がなるモノなんだよ。歴史的観点から見て、何か国家規模の大きな失敗を覆い隠す為に英雄を作り出したことも過去にはあったが、俺の場合はそうじゃないだろ?苦しい戦争の最中、突然表れた黒い船。その船を駆る一人の天才青年船長、リガル………ほらな、どう考えても柄じゃない。そんなものになんてなろうと思ったことは無いし、なりたくもないよ、俺は」


それはリガルの思いを的確に形にした言葉であったに違いないが、アキはまだ納得できないようだった。彼女は彼女で、それはそれでもいいのではないか、と思うのだ。彼女自身は人間ではないが故に細かい部分まではいう事は出来ないが、人間とは楽をしたがる生物で、自分の船長ですらその例外ではないと思っていたのである。


そこで意味のない仮説がアキの中に、混沌とした湖から藻が浮き上がるかのように、そうでない船長は人間ではないのではないかというものが浮かんだが、ひどく現実的でない上にリガルを子供のころから知っているアキはそれをエラーとして処理した。


リニアモーターカーの気持ちの良い揺れに身を任せていると、ようやく二人は西口付近のステーションへと到着した。連れ立ってホームへと降り立ち、誰もいない走路に乗って程近い玄関ホールへと出ると、驚いた顔をした受付の警備員や係員を尻目に、あの男性係員が手配してくれたであろうタクシーが、おおよそ彼らの家業が独立した大昔から変わらない黄色いペイントを光らせて待っていた。運転手はリガルの顔を見ると、一頻り星系解放の礼と感動の言を述べた後、リガルの人気のない道を通って街へと走ってくれという指示に従ってタクシーを走らせた。彼の興味は、リガルではなく白髪にブラウンの瞳を持つ、ただでさえ目立つアキの美貌にいっていたようで、信号で停車するたびに車窓からの景色を眺めているアキにバックミラー越しに視線を投げていた。


一時間に及ぼうかと思われる長い道のりの末に、そろそろ危なくなってきた料金メーターの数字を見やって、リガルはそろそろいいだろうとアキに了承を得てから、都心からやや離れた、郊外と大都市の狭間のような場所に炊くイーを停止させた。


電子マネーで良いかと運転手に尋ねると、彼は被りを振ってカードをリガルに押し返した。


「我々の自由を守ってくださった船長から料金を取るなんてとんでもない。お支払いにならずに結構です」


「そうはいっても、これは普通に払う金額とは訳が違うんだ。払う」


顔に不機嫌な色を出さないように注意しながら、リガルが料金メーターを指しながらいうと、やや差し迫った押し問答の末に運転手はしぶしぶ料金を受け取った。アキはなんでもないような様子でその一部始終を眺めていたが、軽く礼を言って歩道に降り立って黄色い車輌を道の向こうに消えたのを確認してから、彼女は小首を傾げた。


「彼は人を運んで料金をもらうのが商売のはずでしょう?何故受け取るのを拒否するのです?」


「さあな。彼にも事情があるんだろう」


リガルは説明する気にもなれないほど不機嫌だったので、それだけの説明で片付けた。もっとも、それは説明と言うにはあまりにもぶっきらぼうなもので、アキの知的好奇心を満たすには程遠いものだった。


「とにもかくにも腹が減った。あそこに喫茶店があるから、あそこで昼食にしよう」


リガルが示したのは、交差点の一角に座を占めるビルの三階に看板を出している店だった。アキはただ首肯し、二人は薄い人通りのとおりを少しだけ歩いて、ビルのエントランスから通じるエレベーターを使って三階へと赴いた。


エレベーターの無機質な空間から出ると、いきなりエントランスが現れて、人気のない喫茶店の閑散とした空気が肌に纏わりついた。人が少ないせいで冷房が効きすぎており、今は春であるもののその気温は冬のようだった。リガルは僅かに身震いし、アキは平然とその事実を観測するにとどめた。


「いらっしゃいませー」


一人の女性ウェイトレスがかけてきて、二人を見晴らしのいい二人がけのボックス席へと案内する。カップルとでも思ったのだろう。店の交差点側に面している壁は全てガラスになっており、そのすぐ手前に位置しているボックス席はとても見晴らしがよかった。方角的に、都心の高層ビルが乱立する様を見ることができ、夜になると人間のエネルギーの消費が視覚的に幾何学的な美しさを醸し出し、カップルらにとっては絶好のデートスポットになるのだろう。


もっとも、今の二人にはわずらわしいだけのものではあったが。


「アキ、何を食べる?」


「そうですね………これにしてみます」


彼女がメニューを開いて指差したのは、どういうわけか普通のアップルパイだ。リガルは少しだけ可笑しくて、アキを見た。


「食事には興味がなかったんじゃないのか?」


そういうと、アキはまんざらでもない様子で答えた。


「以前までは。ですが、キャロッサの食事は驚くほど美味しい。生体端末になると味覚情報も取り込まれますから、別に無意味と言うわけではないのです」


「ふむ、なるほど。それにしても、どうしてアップルパイなんだ?もっと高いものでもいいのに」


いくら食事に脅威を示しているとはいえ、アキにはまだ世俗的観念等ないのだから、リガルの質問は少し奇妙だったのだが、アキはそれには気づかずに淡々とこたえる。


「別に、まだキャロッサに作ってもらっていないメニューがこれだっただけです。駄目でしょうか?」


微かに残念そうな顔を作るアキを、リガルは初めて可愛いと思った。


「構わないさ。では、俺もこれにしよう。コーヒーもつけるか?」


「できれば、このジンジャーエールでお願いします」


「承知しました、お姫様」


リガルはテーブルごとに設置された茶色い注文装置にアップルパイふたつとコーヒー、ジンジャーエールをそれぞれひとつずつ注文すると、程無くしてあのウェイトレスがフォーク等と一緒に皿を運んできて、それらを手際よくテーブルの上に並べると、ちらりと俺を見てから引き下がった。


彼女が店主に英雄の来店を告げるかどうかは知らないが、長居する気もないリガルにとっては杞憂でしかないので、彼女達が店から二人が去った後に「英雄に愛された店、フォーエバー」などという宣伝文句を引っさげても一向に構わなかった。


それよりも、黙々とアップルパイを口に運ぶアキの感想の方が気になって、リガルは気が気でなかった。


「どうだ?」


堪えきれずに聞くと、アキは一旦食事の手を止めてジンジャーエールを手にとって頷いた。


「美味しいです」


その一言だけで、リガルはアキの気持ちが解った。彼女はいつも緻密で、冷静沈着で、それだけに自分の中で戸惑うほどの感情がわきあがると、必然的に言葉が短くなる癖があるのだ。


つまり、彼女にとってこのアップルパイは新鮮な味だということなのだろう。半分独立した人格を有するアキは、一定のペースでアップルパイを平らげると、リガルの食べきっていないパイをちらりと見た。


「お替り、頼むか?」


「是非」


その時、彼女は製造されて以来、初めて自分の意思で笑って見せたのだった。




・アリオス暦一三二年 六月二七日 カプライザ星系 レイズ第三艦隊


レイズ星間連合宇宙軍第三艦隊司令官たる、アステナ・デュオ准将の元にひとつの報告が舞い込んだのは、まさに青天の霹靂としか言いようがなかった。先のカプライザ星系会戦で傷付いた第三艦隊の部隊再編、戦死した将兵に関する遺族年金、今後の作戦方針を確認する会議、到着したレーム少将の地上部隊が第三番惑星を制圧するのを援護する、日々の雑務………ありとあらゆる仕事を処理するべくデスクで奮闘する彼のオフィスに、バルトロメオが昼食と共にひとりの人物を連れてきたのだが始まりだった。


「情報部のタイラス大佐であります。今回は連合宇宙軍総司令部よりの知らせをお持ちしました」


アステナは事務作業の手を止めて、敬礼している金髪の若手士官を見た。ここ数日の仕事で充血しがちな目を手でマッサージしながら、アステナは彼がここに来た理由を考えてみた。


情報部の少佐わざわざ報告しに来るという事は、それなりの機密情報であるということである。大事なことは常に機密とする正確の軍隊において、通常は重要度の低い機密とそうでないものに分けられ、そうでないものの場合は秘匿通信で済まされる場合が多い。


だが、最高機密に属されるものがある場合、艦隊の中で情報通信を担う部署である情報部のトップにまずは情報が伝達され、そこから艦隊司令官へと渡されるのである。この際、情報部のチーフは内部情報を閲覧する権限を有さないので、直接機密情報が司令官へと伝わるようになっているのだが、タイラス大佐は機密だとは言わなかった。


となると、まったく別の用件だろうか?アステナはいぶかしみながら、かすれた声で言った。


「休め、大佐」


彼は足を肩幅に開いて、バルトロメオと共に並んでデスクの前からアステナを見下ろした。


「それで、一体どんなお知らせだ?戦争が終わりでもしたか?」


「そのとおりです」


アステナの疲れた脳は、非現実的な返答に理解に苦しんだ。たっぷり一分は沈黙した後、アステナは別段驚いた風もなく少佐の目を真正面からみた。


「説明してくれ」


少佐は背筋を伸ばした。


「はっ。先日、銀河連合最高評議会より指令を受けたバレンティア国防宇宙軍、クライス・ハルト中将率いる第五機動艦隊が、バルハザール領宙に治安維持の名目で侵攻、僅か一週間半のうちに電撃的に降服させた、とのことです」


「それで、どうなった」


アステナがそう答えるまでにまた一分ほどの沈黙を必要とした。タイラス大佐は辛抱強く説明した。


「ハルト中将は、首都惑星にてバルハザール元首にレイズ星間連合へと無条件降伏するように促し、その日のうちに元首は敗戦を宣言、こちら側に対し無条件降伏を申し出てきました」


「なるほどな。それで、どうしてそれをここまで持ってきた?それなら艦隊に伝えればいいだろう」


「そうなのですが、まず司令官に報告したほうがいいと思いまして。通信だと傍受される危険があるものですから」


若い艦隊司令官はしばらく考え込み、やがて頷いた。


「解った。俺のタイミングで兵士達に伝えたほうがいいということだな」


「そういうことです。それに、司令官のお考えもあるだろうと思いまして」


「そんなものはないさ。よし、兵士達に伝えてくれ。戦争は終わった、と皆に伝えてくれ」


「承知しました」


「それと」


危うく退出しかけたタイラス大佐は立ち止まった。アステナはデスクから立ち上がると、一面がスクリーンとなって宇宙空間の映像を流している背後の壁に向き直った。


「ご苦労だった。ここまで私に従ってくれて、ありがとうと、皆に」


タイラス大佐は、その言外にアステナが込めた思いを感じとって、半ば部屋から出かけていた身体を室内に引っ込めると、しっかりと敬礼した。


「はっ。間違いなく、お伝えします」


「ありがとう。それと、報告ご苦労だった」


大佐が出て行くと、アステナはバルトロメオに背中を向けたまま感慨に浸った。


一ヵ月半。それで全ての決着がついた。いや、全てではない。彼にはまだ、膨大な戦後処理の仕事が残っている。彼に課せられた全ての仕事を終えたとき、彼は辞表を提出するだろう。それは不確実で理不尽な宇宙の中でも、これだけはとアステナが確定せしめたことだった。


彼に長く従ってきた参謀長が、一歩前に歩み出た。彼の司令官の背中は、寂しさこそあれど、嬉しさという感情においてはほとんど見られなかった。それが部下である彼にとっては心配であり、悩みの種でもある。


遂に、アステナはこの戦争中、勝利に安心こそすれど、喜びはしなかったのだ。


「閣下………」


なんと声をかけて良いか解らず、バルトロメオはそれだけを口にした。アステナは何の反応も示さずにモニターに映っている、深遠のような宇宙空間を眺めた後、不意に口を開いた。


「ああ、参謀長。俺はこの仕事をし始めて、遂に今日まで辞めたいという気持ちを捨てきれずにやってきた。俺はこの自分の仕事が終わったとき、辞表を提出するつもりだ」


バルトロメオにとってはかなりの衝撃だっただろう。壮年の参謀長は目に見えてたじろぐと、なんとか頭を殴られたかのような錯覚を振り払うように首を振った。


そして、自分の上司を説得しにかかる。


「ご冗談を!閣下はまだ、これからではありませんか。この戦いで、貴方はご昇進なされるでしょう。多大な富と名声も手に入るはずです。なのに、何ゆえ辞表など………」


あまりの告白に絶句する参謀長を振り返ると、アステナは何者も理解することのできない感情を讃えた瞳で見返した。


「そうだな。私はきっと、この戦争でもっとも多くの武勲を立てた士官として、この国に名を馳せることになるだろう。だがな、生憎と俺は仲間の血と汗と涙でできた名誉などには興味も無いし、自分が生活に困らない程度の金があれば十分だ。これで何か恩賞がもらえても、俺はそれを全額遺族年金に寄付し、余生はゆっくりと過ごすことにする」


「しかし………お考えは変わらないのですか?」


なおも食い下がろうとするバルトロメオ。


アステナは丁寧に首を振った。


「変わらない。参謀長、申し訳ないが、こればかりは我を通させてもらう。元々、軍隊に入ったのは半分年金目的な所もあったのさ」


若い准将はそう冗談めかしたが、参謀長は憮然とした表情のまま佇むだけである。


「バルトロメオ、解ってくれ。もうたくさんなんだ」


ありのままの本心を、遂にアステナがぶつけると、参謀長はうなだれた。どうあっても彼の意思を曲げることはできないと悟ったのである。


「解りました。というよりも、そもそも私にそんな権限等ないのですが」


確かにそのとおりである。或いは、アステナという男の魅力がそこにあるのかもしれなかった。彼は例え部下であっても礼節を重んじる。絆と言うものを信じているのだ。だから、今回もいつの間にか辞表を提出して姿を消せばいいのに、そうはしなかった。何より、彼の信条がそうはさせなかったのである。


「ですが、たまには呑みにでも誘ってください。貴方がいなくなると、とても寂しいものですから」


参謀長が歩み出て片手を差し出すと、アステナはそれをしっかりと握り返した。


「勿論だ。ありがとう、バルトロメオ。貴方には、大変世話になった」


自分よりも年長の参謀長へと、アステナは個人として謝辞を述べた。年配の男は、几帳面な眼鏡を僅かに光らせると、薄らと笑みを浮かべた。


「私は何もしてなどおりません。全ては貴方のお力です。そのことをお忘れなきよう………」


彼らはそれで、互いの道へと一歩を歩みだした。


彼らの別れは、それで終わった。それで十分だった。





個人敵には、最後のアステナとバルトロメオの部分が書きたかったのですが、よくわからない仕上げになってしまいました。


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