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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 六月二三日~ ②

ようやくこの戦争における最後の戦闘が終結しました。

これからは少しアレな展開になりますが、よろしくお願いします。

・アリオス暦一三二年 六月二三日 大型巡洋船アクトウェイ カプライザ星系第三番惑星



「これ以上は傷口が広がるだけだ。そうなる前に、一刻でも早く敵艦隊を撃滅する」


それがリガルの決断だった。既に数の少なくなったレイズ第三艦隊の補助として、陣形の片隅で遊弋していたアクトウェイは、味方の船の砲撃に援護されながら前進し、ハレーの隣に浮かんでバルハザール艦隊に猛攻を加えていた。


リガル自身、この決断をするのは容易ではなかった。今まではレイズ軍からの依頼を言う形で、ノーマッドに許される限りの範囲で戦闘に参加していたが、今回は彼ら自身の意思で戦いに参加したのである。それはひとつの国家軍に対して明確な敵対行為を行うことであり、当然、これ以降はバルハザール宙域を航行することはできなくなるだろう。


そして、この決断を促したのは驚いたことにイーライだった。終始戦闘参加には否定的な意見だった彼だが、ここに来て「積極的に戦闘に参加すべきである」と言い張ったのだ。


驚くクルー達に対し、イーライは神妙な面持ちのまま理由を語った。


「簡単です、船長。軍人や民間人など関係ありません。今、目の前で無駄に人が死んでいくのが我慢できないだけです」


それはどれだけ幼稚な理論であっただろうか。本来、人間とは一人で生まれ、一人で死んでいく生き物である。それだけに、イーライの発言は第三者的な意見、つまり、目の前でどんな理由で人が死のうとも、それは彼の責任ではないという真実を否定し、背負う必要のない責任を背負い込もうとしているのである。これはとてつもなく偽善的であり、少年的で夢見がちな意見だったが、それはアクトウェイのクルー全員に共通する想いだったのである。


「一人で背負いこむことはない。乗りかかった船だ、やってやろうぜ」


フィリップが豪語し、アキ以外の面子がおお、と声を上げた。


そういう次第で、アクトウェイはハレーの隣にいるのである。


決意の行動であった。


そして、そのクルー達の思いに答えるように、アクトウェイは奮戦していた。敵の重巡洋艦と戦艦をそれぞれ二隻ずつ葬ると、第一・第二・第三分艦隊がそれぞれの陣形の穴に向けて砲撃を集中していく。


三方向から猛攻を加えられたバルハザール艦隊は、予想以上に持ちこたえた。カリム少将の指揮ぶりと兵士達の善戦が奇妙なバランスで交じり合い、第一一三巡航艦隊は窮鼠と化して、第三艦隊へと猛反撃を開始した。


それは、五〇隻の攻撃ではなかった。ミサイルとレーザーは第一分艦隊へと注がれ、小さな陣形を取った艦隊は真正面から突っ込んでくる。数が少なくなった敵は連携と言う点で類を見ないほど卓越した技術を見せており、一個の集団としてはまったく遅れを見せないほどの戦いぶりであった。


ある駆逐艦は、レーザーの直撃を受けて艦体に大きな穴を開けつつも、最後に全てのミサイルを吐き出してから爆沈した。軽巡洋艦の一隻は、船体が損傷に耐え切れずに崩壊するまで主砲を発砲し続けた。戦艦のひとつは、ほか数隻の船を狙っていたミサイル八発を身を呈して受け止め、原子に還元された。


旗艦ハレーも被弾を免れなかった。至近まで肉薄してきた駆逐艦二隻を、隣でひっきりなしに砲撃をしているアクトウェイとハレーが迎撃し、ハレーはASBSミサイルを一発、左舷側に被弾した。アクトウェイはその余波を受けてよろめき、その隙を突いて新たに軽巡洋艦と重巡洋艦が飛び込んでくる。


これまでか、とアステナが死を悟った時、第一分艦隊に深く食い込んでいた敵艦隊を急追する形でやってきた第二分艦隊と第三分艦隊の増援部隊が、上下からビームを発射してそれらを撃破する。残骸が慣性の法則にしたがって、ハレーの横を通り過ぎていくのを、アステナは”ひやり”としながら見送った。


その時、至近に迫ったその船の外郭に走った大きな亀裂から、乗組員が真空中に吸い出されていくのがモニターに移った。一瞬だったが、その乗組員たちがどういった末路を辿ったのかは確実に目視することができた。


恐らく、艦橋の全員がそれを見ていたのだろう。索敵クルーが一人、耐え切れずに吐いた。他の部署でも何人かが嘔吐し、ラディスが怒りも露に、声を震わせた。


「いったい、こんなことに何の意味があるって言うんだ」


それは、およそ軍人らしからぬ発言であったに違いない。凡庸な軍人ならば、間違いなく白い目で彼を見たはずである。

だが、その言葉に対する反応は、拒絶ではなく肯定だった。バルトロメオはただ無言で頷き、ブルックリンは憮然とした表情で戦闘指揮を続行している。


アステナは、いつの間にか止めていた息を吐き出した。彼も胃の中のものを全て吐き出したい衝動に駆られたが、それを何とか飲み下すと、目の前の血みどろの戦場へと目を移した。


これ以上、これを続けることはない。続けたくない。


「敵は、あと何隻残っている?」


アステナの誰に対するとも知れない呟きに、オペレーターが息を整えながら答えた。


「あと一三隻です。あ………」


彼の語尾に重なるように、アステナのコンソールが電子音を奏でた。

ボタンを叩くと、目の前にリオ大佐とバデッサ大佐の顔が映し出される。その二つの顔は、まったく同じ感情を浮かべていた。


「閣下、これ以上は………」


最初に口を開いたのはリオだった。バデッサは同意の印しに、ただ頷くだけだ。


アステナも悪魔ではない。こんなものは戦闘ではなく、殺戮だ。


「降服勧告は?」


アステナが首を捻ってバルトロメオを振り向くと、彼は首を振った。


「先程から放送し続けておりますが………」


その表情は暗かった。アステナは振り切るように視線を二人の分艦隊指揮官へと移す。


「聞いたとおりだ。私もこれ以上の殺戮は好まない。だが」


一旦言葉を切り、アステナは溜息をついた。


敵の船は残り九隻となっている。


「彼らが止まらない限り、こちらもやめるわけにはいかない」


その通信から五分後。


カプライザ星系に駐留していたバルハザール宇宙軍、第一一三巡航艦隊は全滅した。


双方の損害を比較すると、バルハザール宇宙軍、戦闘開始時の兵力、およそ一四〇隻、将兵二万五千、その全てが戦死ないし行方不明。かえって、レイズ星間連合宇宙軍、第三艦隊は戦闘開始時の兵力、艦艇一四二隻、兵力二万二千、損失は艦艇二八隻、将兵四九〇〇。


この「カプライザ星系会戦」の結果として、レイズ星間連合はその国内から、電撃的侵攻によって進入して来たバルハザールの武力を一掃することに成功したのである。


戦争開始から、およそ一ヵ月半のことであった。




・アリオス暦一三二年 六月二五日 大型巡洋船アクトウェイ


「法外だな」


イーライが声を漏らして、久々に穏やかな日々を過ごしているアクトウェイの食堂に集まったクルー達は等しく同意の色を示した。


彼らの囲んでいるテーブルの中央にアキが投影したデータによれば、戦闘終結後の事務処理も粗方片付き始めた今日、アステナ准将よりアクトウェイに対する報酬の話が出てきたのである。その額は流石の彼らも鼻白むものであり、先日のカルーザ・メンフィス中佐から渡された海賊討伐の報酬の、優に十倍は超えていたのである。


それは正当な報酬といえた。確かに、彼らは民間船でありながら今回の二大会戦に参加し、軍艦と舳先を並べて戦ったのである。その活躍は第三艦隊の誰もが知る所となっていたし、彼らの自覚が在ろうがなかろうが、それに対して正当な報酬を与えることを容易く決断させたのだった。


「君達は国家軍隊を相手に戦ったのだ。それに対して報酬も出せないような男ではないよ、私は」


リガルよりも何倍か疲れた様子のアステナがそういうと、リガルはその数字の羅列に連なったゼロの数から、司令官へと顔を向けた。アステナはそのデータを持ってくる為に、わざわざアクトウェイまで赴いてきたのだ。その本当の理由が、キャロッサのもてなしの食事を食べることにあるのではないかと疑っていたリガルだが、この額を見て考えを改めた。


アステナ准将は手元に置かれたハンバーグを平らげると、ナプキンで口元を拭いながら、何もいえないリガルを尻目に話を続ける。


「貰いすぎだと思うかね、船長」


その言葉はどこか重たい響きを孕んでいた。リガルはそれを悟りながらも、無言で頷く。


「ええ。いちノーマッドにしては、こんな報酬を軍から頂いたのは前例の無いことです」


「いうと思ったよ。だがな、船長。君は最後の戦闘で、私のいた旗艦ハレーの左舷側に位置して戦っていたな?」


記憶は間違えようもないほど鮮明だったので、リガルはただ首を縦に振った。アステナは食器を片付けにやって来たキャロッサに会釈して手元に残った皿を手渡すと、入れ替わりに置かれた食後のコーヒーに口をつけてから続けた。


「船長、君が思っているよりもこの事実は重いぞ。なにせ一国の軍隊を敵に回したのだ。ノーマッドとしては、これはタブーではないのかね?」


リガルは内心、まったく動揺はしていなかった。


決断を悔やむ彼ではなかったのである。それが人の命に関わることなら、尚更だった。


「アステナ司令官、これは私達は承知していることです。あの場で行われたことは、戦闘ではなく殺戮だった。それについて私達はどうこう言うつもりはありません。あの時はそれ以外の選択肢は無かったでしょうから。ですが、その事実は変わらない」


リガルは痛い事実を口にしたが、アステナはそれを平然と受け止めた。彼自身、それについて思うところがなかった訳ではないのである。むしろ正反対で、毎日鏡を見るたびに自分から目を逸らしていることを、リガルは知らない。しかし、例え知っていたとしても同じことを言ったであろう。


「確かに、私は殺戮者だよ、船長」


やや長い沈黙の末、アステナはそう搾り出した。それはリガルに対する回答と言うよりは、自分自身に暗示をかける催眠術者のそれに似ていた。


「私は勝った。その事実はいい。結果として、私はバルハザールの魔の手から故郷たるこの国の無辜の市民を救ったのだからな。だが、その後に残されたものはどうだ。民衆は帰還した私を歓呼の声で迎えるだろう。その結果の下に、どれだけの数の人間の死体があるかも知らずにな」


乾いた笑い声を漏らすアステナに、リガルは戦慄したのを覚えている。それほどまでに、アステナの纏っていた空気は尋常なものではなかったのだ。


「実を言うとな、船長。私はこの戦争が終結したら辞表を提出しようかと思っている」


リガルが驚いた様子を示すと、アステナは愉快そうに若い船長を見つめた。


「何故です?それほど出世なさっているのなら、さらに上を目指すことも………」


「それについては、先程答えたようなものだ。この結果の下にある死体の山を見るたびに、私は思う。今ならまだ戻れる、この道から外れろ、とな。まあ、色々としがらみがある上に、今の時代は職がなくては食っていけんから、この仕事をまだやっているがね。

問題は君のほうだ。私が何か言う資格はないが、今回の戦いの意味と言うものを、君は少し考えるべきだろう」


「准将………」


リガルが何もいえずに佇んでいると、アステナは熱いコーヒーを全て飲み干して立ち上がった。


「まあ、それはそれだ。リガル船長、このたびのレイズ星間連合宇宙軍に対する献身、感謝する。それではな」


彼はそういい残すと、しっかりとした足取りでシャトルへと乗り込んでいったのだった。


フィリップが鼻の先を擦りながら、とにもかくにも手元のコーヒーを啜った。


「船長、こいつをどうする?先日の改良費のローンを払ってもまだあまるぜ」


リガルは憮然とした様子でテーブルの上座に座っていた。その腰の位置は椅子の縁により、ふんぞり返るような姿勢になっているが、それは彼が疲れのあまり楽な姿勢を模索してことだった。彼は眠そうな目をデータから厳つい機関長へと移すと、首を振りながら溜息を漏らす。


「意味、ね」


「なにかいいました?」


「いや、なんでもない。それよりも、この金をどうするか、だな。俺は半分を今後の燃料、弾薬費に充てて、そのほかを使って休暇を過ごそうと思うんだが、どうだろう」


思いもがけない使い道に、クルー達の目にそれぞれの思いが浮かんだ。ジュリー等は舌なめずりをしているあたり、「今日はいくらでも酒が飲める」とでも思っているらしかった。


リガルは姿勢を元に戻すと、紙コップに注がれた茶色い液体に口をつけた。


彼自身、この資金については誰よりも早く知っていたので、使い方については長く考えていたのだ。


「このカプライザ星系の第二番惑星には、意外にもリゾート地が多い。人口もそこそこだし、最近は何かと戦い続きだったからいいかな、と思うんだが」


目だけで全員に問いかけると、彼らは夢見がちな目で頷いた。反対するものは誰もいなかったので、アクトウェイのクルーは一週間の休暇に出かけることにしたのだった。





どうだったでしょうか。もう少し戦闘を引っ張ろうかと思ったのですが、まあこのくらいでよかったかもしれません。

次の話くらいで第一部は完結になることを、ここでお話しておきます。

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