一三二年 六月二三日~
いよいよ、レイズ=バルハザール戦争も最終局面です。
どうぞお楽しみください。
・アリオス暦一三二年 六月二三日 バルハザール第一一三巡航艦隊
「敵が動き出しました」
その報告を聞いたのは、第三番惑星が奪還された日の翌日であった。余りにも早すぎる敵の動きに、危うく手に持っていたスプーンを取り落とすところだった。参謀連中の話なら、敵が動き出すのは後一日後で、それにあわせて、艦隊はゆっくりと敵を追い込むように惑星に接近しつつあったのだ。それは堅実な動きであり、さりげなく退路であるメキシコ星系へと続くワープポイントへと撤退を妨害できるようにも動いていた。太陽を背にしながら惑星に近付いていた艦隊の背後に、いまや太陽は無い。あるのは、何処までも続く宇宙空間だけだ。
その巡航艦隊は、先程まで停泊している敵艦隊を側面から叩くように進路をとっていたのだが……
「第三番惑星を楯にするように移動しているな」
ゆっくりとだが動き出したレイズ星間連合の艦隊は、先程の戦闘で損傷した船も合わせて、ゆっくりと惑星を軸に回転するように移動し始めている。隊形は、外側に傷付いた船を置いた陣形で、余り適切とは言いがたいものだった。
通常は、敵は陣形の外側から攻撃してくるのだから、外側に元気な船を置いておくのが常套手段だ。陣形とは、戦闘を最も効率よく行う為に考え出された戦闘方法で、その歴史は古代ギリシャまで遡る由緒ある戦闘方法だ。中世の騎馬戦法、第二次大戦のドイツによる弾丸陣形……様々な戦争を経験するたびに、人類はよりすぐれた陣形を生み出し、それを使用してきた。
だというのに、それを全て否定するかのようなレイズ星間連合艦隊の行動は、眼に見えて不思議なものであった。
「参謀長、どう思う?」
こういうときの為に用意していた参謀長は、後ろに並ぶ参謀団の列から一歩踏み出して前にでた。こういうときこそ頼りになる参謀長は、しっかりと状況分析ができているようで、冷静な口調でつらつらと説明し始めた。
「閣下、これはある意味、理に適った行動です。恐らく、彼らは惑星上の防衛部隊を隅々まで駆逐する地上部隊を持っていないのでしょう。事実、こちらのセンサーもそのような兆候は捉えておりません。となれば、敵は時間をかけてやってくる我々と、を無視し、惑星表面からの不意打ちに備えた隊形を取るのは必然といえましょう。彼奴らとしては、遠いところよりも近くにいる脅威を優先したに過ぎないということです」
「我々を重要視していないということか?」
「そうではありません。我々も敵から見れば十分な……いえ、最大の脅威でしょう。ですが、将来の敵に気を取られすぎて、それ以前の敵に殲滅されては元も子もありません。惑星上の部隊からの通信は途絶してしまっていますが、敵が上陸作戦を展開していない以上、こちらが全滅したかどうかを知る方法など無いはずです。ならば、あるかもしれない脅威に対して身構えるのは、当然のことではないでしょうか」
しばらく思案する。恐らく、参謀長のいう事は正しい。俺もそう思う。他の参謀達も軽く頷いているところを見ると、確実に参謀長の言っていることは正しい。
だというのに、何故か胸騒ぎがする。これは只の勘に過ぎないが、今まで何度かこの勘に救われたことがある。決して軽視することはできない。とはいいつつも、今回は条件がそろいすぎている。
ここは信じてもいいか。
「よし、解った。では、我々はどうするべきだと思う?このまま攻撃を続行すべきか?」
「それがいいかと。敵には最早少数の兵力しか残されておりません。我々の砲火の前に屠られるが必定です」
ここまで言われたら、指揮官として決断しないわけにはいかない。バルハザール航宙軍は、長い紛争で疲弊しているとはいえ、政治的な駆け引きで昇進した士官ではなく、実践で名を馳せた者達が指揮官となっているので、ここでやや強硬的な姿勢を見せても批判してくるものはいない。
ある意味、それが彼にとっては誇りだった。他の周辺諸国にとってみれば、バルハザールは内紛で身も心もずたずたになった病人としか思われていないだろうが、彼にとっては違う。例えるなら、軍事教練でヘトヘトになった新兵のようなものだ。血気盛んで誇り高く、強い。それこそがバルハザール航宙軍の強みだ。
今回も変わらない。この誇りを胸に槍を飾り立て、目前の敵を打ち倒そうではないか。
「よし。艦隊、進路修正。惑星の重力を使い、スイングバイを用いて強襲する」
船の群れは、一つの氷の惑星へと向かって突進していく。
・アリオス暦一三二年 六月二三日 レイズ星間連合第三艦隊
「罠にかかったようです」
バルトロメオが、索敵班の大尉の座席に前のめりになって画面を覘きながら、大尉の報告をそのままアステナへと伝えた。
第三番惑星の裏側へと回りこんだ第三艦隊には、惑星の向こう側を探知できるほどのセンサーは無かった。なので、いくつかの偵察衛星を注意深く軌道上に仕込んでおき、破壊された敵防衛衛星の残骸の中に潜ませて、惑星の向こう側の状況を把握していた。今、敵艦隊は惑星に向かって右側に回りこむ形でこちらへと向かっていた。丁度、第二分艦隊のアクトウェイが所属していた別働部隊が使った航路とは逆方向にである。アステナの目の前に設置されたコンソールは、第三番惑星軌道上にいる第三艦隊を青いアイコンで、こちらに向かってくるバルハザールの第一一三巡航艦隊が赤いアイコンで表示されている。巡航艦隊からは、同じ赤色の細い予測進路を表す線が滑らかな楕円軌道で惑星を回りこみ、そのまま第三艦隊の展開している陣の外側を掠めるように伸びている。少しずつ隊形を組み替えている艦隊の進路は時折変更され、その度にホログラフの線が表示しなおされたが、どれも同じようなところを通っていた。
今のところ、星系内で戦闘らしきものは発生していない。二つの大規模な艦隊がお互いの息の根を止めるべく接近し続けて、この星系が占領されていることを除けば、至って平穏と言っても差し支えないものだった。だが、クルー達はいつになく緊張して、特に艦橋の一隅で補助のコンソールを並べている兵士達は、必死になってキーボードを叩いている。
アステナたちがとった作戦は、大分賭けの要素が大きいものといえた。兵力で劣っている第三艦隊は、そのままぶつかれば熟練した巡航艦隊に間違いなく苦戦を強いられる。通常の宇宙空間での戦闘では、あまり勝ち目は無い。敵は戻って、短い時間でも物資を補給することができるが、ここまでようやく到着した第三艦隊には弾薬にも限りがある。その状態での戦闘は非常に苦しいものとなり、恐らく敗北するだろう。
それを打開する作戦が既に展開されているが、もう少しだけ時間が必要になる。この調子なら、後一時間は必要だが、敵艦隊の行動を見ると、数分の食い違いで敵艦隊と接触することになりそうだ。その場合、惑星側に集めて移動している元気な戦闘部隊を外延部に移動させねばならず、少しばかり骨が折れそうだった。
偵察衛星からの情報によると、敵艦隊の先ほどの戦闘での損害は余り残っていない。敵の司令官は戦闘が終わって宙域から離脱すると同時に、少しずつ軌道を変更しながら部隊の補修を行ったようだ。それによって、疲労などは微塵も感じさせない、見事な機動でこちらへと接近して来ていた。
「参謀長、敵は元気だ。何故だろう?」
考えながら言ったので、かなりぶっきらぼうな口調になってしまった。少し反省しつつ、ちらりと参謀長をアステナは見やったが、バルトロメオもそれを解っているようで、僅かに微笑して頷いた後、手でモニターを示した。索敵班のクルーが、必死になってキーボードを操作し、衛星が敵にばれないように細かく軌道を慎重に調整している。
「閣下、バルハザールは紛争を経験しています。紛争とは、一国間の中で戦闘が繰り広げられますから、必然的に被害が大きくなりがちです。ですが、その分生き残った兵士達の練度は上がります。軍全体が疲弊しますが、根本的な兵士の強さに関しては、それこそ他の国の軍とは一線を画す物となるでしょう」
「その通りだ」と、アステナ。「だが、この第三艦隊の兵士達も負けてはいない。全員が、今我々が望みうる最高の戦力であり、レイズの希望だ」
兵士達の顔が、僅かだが誇らしげに輝いた。きっと、アステナのこの発言は裏の通信回線で兵士達全員に伝わるだろう。そのために、彼は声を少し張り上げた。
バルトロメオは微笑む。そのままアステナの隣まで来て、前かがみで呟くように言った。
「こういった兵士達の気遣いに関しては、閣下に敵う気がしませんな」
アステナは、目の前の広がる宇宙を見た。
「ただ、慣れてるだけだ。それに俺はこの仕事が嫌いだしな。好きと得意は違うって言葉の意味が身に染みてよく解る」
「そうでもありませんよ、閣下」
なるべく怒った顔をしてバルトロメオを睨みつけるアステナだが、参謀長は僅かに微笑んだだけだった。
「やはり、お気づきではありませんでしたか。まあいいでしょう。これも、自分で何とかしていかなければならないことですから」
「君は、いつ俺の父親になったんだ?」
「知りませんか?参謀長にとっては、司令官は出来の悪い息子のようなものなのですよ」
思わずアステナは笑ってしまった。それで、最後の緊張の糸が解けて、リラックスして画面に目をやる。
敵のアイコンは這いずるような鈍重さでこちらへと向かってきていた。
・アリオス暦一三二年 六月二三日 第一一三巡航艦隊
「接敵まで、後五分」
艦橋でオペレーターが叫ぶ頃、巡航艦隊は万全の戦闘体勢のまま慣性航行から機動推進に切り替えた。
前回の戦闘では勝利を収めたものの、他国の星系で悪戯に燃料を消費するのは懸命ではない、と参謀長が指摘したのである。
その指摘はもっともだったので、別に反対する意見も無く艦隊はここまで慣性航行できたわけである。
この時、巡航艦隊司令官は大きな間違いを犯していた。
「艦隊、第一級戦闘配置。砲撃準備」
言いつつ、彼はディスプレイを見て情報をチェックする。だが、致命的なまでのその弱点に気づかないまま、彼は戦いが始まるであろう数分後の未来に備えて楽な姿勢をとった。
レイズ星間連合宇宙軍の艦隊は、此処に来るまでに幾度も激しい戦いを繰り広げてきている。その疲労は蓄積されているはずだ。さらに先程の戦闘で傷を負った敵艦隊が、規模で勝るこちらに対して優位を保てるわけが無い。惑星の陰に隠れたのは、こちらに対する奇襲迎撃をするためだろう。地理的要因の少ない宇宙空間の戦いでは、その規模と戦術が命運を分かつ。
そして、奴らにはその両方が不足しているはずだった。
・アリオス暦一三二年 六月二三日 レイズ星間連合第三艦隊
敵艦隊がようやく作戦予定地域に入ってくると、アステナは冷徹に命令を下した。
「艦隊、全力掃射。撃ちまくれ」
氷に覆われた惑星の地平線から敵艦隊の光の群れが現れると同時に、第三艦隊は斉射を開始した。
内側にかくまわれた損傷した船も攻撃に参加し、元気な船がその周りを護衛するように囲んで、同じ目標に対して攻撃を叩き込んでいる。これを敵の司令官が見たら、こちらは最後の奇襲迎撃作戦に望みを託していると思うだろう。
だが、それがお前たちの失敗だ。アステナは心の中で、顔も見えない相手に呟いた。
敵艦隊も容赦なく撃ち返して来る。レイズ側の陣形は少しずつ乱れ、予定通りの動きになりつつあった。
今回、第三艦隊は演技に徹する必要がある。そうすれば、今回の作戦は成功したも同然だ。
ブルックリンが大声で何か叫ぶと、戦艦ハレーの船体が震えた。至近距離での撃ち合いの為、旗艦であるこの船にも砲火が迫っている。これに対して艦長は交後退することを提案したが、アステナはそれを拒否した。
理由は簡単。司令官は、兵士と同じ目で戦況を把握しなければならないからである。
近くでプラズマ弾頭を搭載したミサイルが数発爆発し、隣の重巡洋艦が巻き込まれて大爆発を起こした。揺さぶられるハレーの艦橋ではクルー達が必死の形相で座席にしがみつき、なんとか堪えている。だが、ハレーは至近距離に迫ったその暴力の嵐を、護衛艦隊との一斉砲撃で一掃すると、また新たに殺到してくる敵の艦隊を目前に捉えた。
敵艦隊は数が多い。先日の戦闘よりもレイズ側の数は多くなっているとはいえ、この戦力差は早々埋まるものではない。熟練し、熟達した敵を相手取るほど難しいことは無いのだ。
無我夢中に振るわれた大鎚より、狙い済ましたナイフの一閃が勝敗を分かつことがあるのだ。戦いとは、どれだけの兵力を、どこに移動させるかの勝負であり、早い話が砲火を交えずとも、適切な場所に適切な規模の部隊さえいれば敵部隊には撤退を強いることも可能である。が、今回の第三艦隊にはそれを実行しうるだけの兵力が無いし、それは用兵学の根本を蔑ろにしているものでもあるのだが、戦いと言うものは常に決まったパターンで展開するとは限らない。誰もが生きるために引き金を引き続ける状況で、計算や予測がどれほど無力なものか、アステナはよくわかっているつもりだった。
再び、何派目かのミサイル攻撃が迫ってきて、第三艦隊は全力で迎撃した。何度目かの爆発光が宇宙空間に咲き乱れて、恒星からかくれて止みに包まれている氷の惑星を、まるで昼間のように照らし出した。
と、その時、旗艦ハレーの周辺にまで、遂に敵艦隊は射程範囲内に捉えようとしていた。明らかに危険なほどの距離に迫った敵のエネルギービームがスクリーンを灼き、ハレーのPSA装甲にも数発の荷電粒子砲が命中する。激震が艦を襲い、中央コンピューターの無機質な声と、オペレーターの怒鳴り声が、船は無事であることを告げた。
「閣下!」
後ろからバルトロメオの鋭い声が響く。
「これ以上は危険です!ハレーが補足されます!」
そんなことは見れば解る。あんなに太いビームが、このディスプレイを白く染め上げているんだから。
「いや、まだだ」
アステナは唇を噛み締めながら、爆発する味方艦を睨みつける。
「まだ堪えろ!」
アステナの叱咤で、押されているレイズが猛反撃を開始した。今までの中でも最高の密度のエネルギービームが敵陣系に深く突き刺さり、僅かに敵の動きを鈍らせた。
今だ。ここしかない。
アステナは反射的に通信ボタンを叩いた。
「艦隊、作戦行動デルタ・ツーを実行せよ」
第三艦隊は、傷付いた船を守りながら球面上の惑星を滑るように後退していく。後退の指揮を執りながら、アステナは祈る思いで先程まで作業員を乗せていた防衛衛星を見つめた。
これは敵が残したモノだ。先程までは自立型の殺人兵器だが、艦隊の技術兵が先程、ハッキングに成功したものでもある。
そして、ここが重要だ。奴らは、この衛星とのリンクが切断されたことに気づいていない。
打ち負かされているように後退を続ける第三艦隊を追いかけて、敵の巡航艦隊が猛烈な勢いで近付いてきた。衛星は大半が停止したままで、数個は壊されている。それを見て、どれも作動しない状態になっていると思っているのだろう。
それらのホログラフ表示されたアイコンがアステナの目の前で重なった時、彼は最後の命令を下した。
「衛星作動。全力排斥行動を実行」
突如として、宇宙空間に地獄が再現された。
ほぼゼロ距離で射撃を開始した衛星たちは、持ちうる武器の全てを放出して手当たり次第に敵艦隊を攻撃し始めた。至近距離にいた駆逐艦と軽巡洋艦は瞬間的に消滅し、重巡洋艦と戦艦は多少持ちこたえたものの、多数のミサイルの斉射で難なく倒れた。
あまりにも強い爆発光のため、ハレーの中央コンピューターが強制的にディスプレイをシャットアウトする。真っ黒になったディスプレイが再び宇宙空間を映し出すと、そこには無数に浮かんでいたはずの大艦隊の成れの果てが映し出されていた。
いくつもの破片。大きな半球状の物体は衛星のものだろう。至近距離での大爆発に巻き込まれてに違いない。見れば、多くの衛星が少なくとも中破しており、満足に活動しているものは一基しかなかった。
「やったぞ」
ラディスが小さいが良く聞こえる声で呟くと、艦橋を歓声が満たした。しかし、爆発的な破壊の波が収まった後に生き残った敵艦隊を見出し、その声は収まった。
「敵艦隊は密集していきます!」
オペレーターの鋭い声が響く。
第一一三巡航艦隊の生き残りは五〇隻ほどだったが、敵の指揮官、旗艦は撃沈することができなかったようだ。指揮系統は尚も健在のようで、打ちのめされた船がよろよろと戦闘隊形を取り戻しつつある。
アステナはそれに危機を感じた。敵の指揮官はやはり只者ではない。あの状態から、冷静に戦況を分析して体勢を整えつつある。しかも、生き残っている敵戦艦の数は無視できない。軽量級の船が爆発で撃沈された今、生き残っているのは必然的に厚い装甲を備えている戦艦・重巡洋艦だ。それらが息を吹き返して反撃してくる前に、敵の反撃の意思をなんとしても挫かなければならない。
敢えて言うならば、ここでの第三艦隊の誤算は、相手が紛争を戦い抜いた精鋭であると認識しているにも関わらず、彼らの粘り強さを過小評価していた点にあった。
バルハザールの国内紛争は言ってみれば消耗戦・ゲリラ戦………いわゆる泥沼、膠着した戦闘がいつ終わるとも知れないものだった。兵士は極限まで消耗した末に戦死し、新たに補充されるのは若い兵士。社会には若者がいなくなり、疲弊しきった国家体制。その地獄の中を戦い抜いた彼らは、通常の訓練を受けて、適度な実戦を積んだレイズ星間連合宇宙軍兵士とは比べ物にならない死線を潜ってきた猛者たちなのである。バレンティアの第七機動艦隊が派遣されて、紛争が終わる頃には、どの部隊も人員移動率が二百パーセントを超えている状態だった。その中、第一一七巡航艦隊は二〇パーセントだったのである。
知ってか知らずか、危機を悟ったアステナは司令官席から立ち上がった。
「油断するな!バデッサ、リオ!」
即座に二人の映像がアステナの目の前に投影される。いつも座っているアステナが立ち上がっているので、その投影位置も補正がかかってアステナの胸の前辺りになった。
「はい」
「なんでしょうか」
「両翼を伸ばせ。半包囲して凹陣形を敷き、敵の反撃を許すな。バルトロメオ」
すかさず、背後に控えていた眼鏡の参謀長が一歩までに歩み出る。
「敵艦隊に降服勧告を送れ。いいか、全艦砲撃停止。次の指示を待て」
バデッサとリオは息を合わせて、第三艦隊の両翼に位置している自分たちの部隊を細長く配置した。半ば第一分艦隊からスライムのように二つの部隊が離れ離れになったかと思われたが、触手のように伸びた二つの部隊は第一分艦隊から離れる寸前で停止し、敵の少なくなった部隊を囲い込むように移動を終えた。その間にも、バルトロメオが通信の準備を整えていく。
敵艦隊は完全に隊形を整えた。少ないが、それでも元気な戦艦と重巡洋艦を球形状に配置して、砲門を開いたまま停止している。それが異様な雰囲気を持っているので、モニターを通して彼らを見ている砲手は勿論、管制官や機関長の額にまでも汗が滲み出るほどの緊張感が環境を支配した。
バルトロメオの、投降した兵士の身の安全や道徳的な対応を示す降服勧告が発信されると、宇宙そのものが停止したように思えたが、アステナは辛抱強く永遠とも思われた長い時間を待った。
「相手方より通信です」
オペレーターが緊張感みなぎる声を出すと、艦橋の全員が息を飲んで、次の報告を待った。
「いってみろ」
バルトロメオが促すと、彼は沈んだ面持ちで読み上げた。
「はっ。我、敗北の味を知る所、これに勝るものなし。かくなる上は、我が祖国の為にこの身を捧げたもう………」
息を呑むものが幾人かいたのを、アステナは肌で感じ取った。彼自身、このような指揮官の馬鹿げた矜持に兵士が付き合わされることに嫌悪感しか抱いてはいなかったが、敵の司令官がこの返答を寄越した以上、降服の選択肢は事実上なくなったことになる。つまり、この後には気の重い殲滅戦が待っているということであり、アステナの指揮する第三艦隊が少なからず損害を被るということだ。
アステナはその両眼に爆発するような怒りの色を湛えて、彼を見つめて決断を迫る幕僚達を驚かせた。アステナは自分の感情を抑制できる能力を持っていたし、何よりそうするだけの度量と責任を弁えていたからである。第三艦隊の将兵は司令官について落ち着いた印象を持っており、近くで彼を見続けてきた幕僚達なら尚更であった。
「全艦隊へ通達」
朗々としたアステナの声が響いた。通信士官は即座に艦隊放送をオンにして、彼の声をこの宙域にいる、アクトウェイを含んだ味方の艦船へと転送した。
「敵艦隊へ止めを刺す。砲撃開始、手を緩めるなよ」
「撃ち方始め!」
ブルックリン大佐がハレーの砲雷長に命令すると同時に、バルハザール艦隊からもエネルギービームの槍が発射された。
それは、無慈悲な攻撃だった。既に降服を拒否したバルハザール艦隊には全滅の道以外には用意されておらず、アステナがこの無益な戦いを終わらせるためにできることは、一刻でも早く彼らを皆殺しにすることだった。そうしなければ、彼の配下の兵士達が無益な損害を被ることとなる。
それだけは許されなかった。
気づくと、アクトウェイはハレーの隣で砲撃に参加していた。
どうでしたでしょうか。かなり大規模な戦闘を演出してみたつもりですが………
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