一三二年 六月二二日~
今回はまあ、妥当な長さになっているのではないでしょうか。それでもまだ短いのでしょうが……
また、30000アクセスを突破しましたことを、重ねてお礼申し上げます。
これからも、リガルらアクトウェイを、よろしくお願いします。
・アリオス暦一三二年 六月二二日 正規軍第三艦隊 カプライザ星系
目の前に再び集結した第三艦隊の数は、見るからに減っていた。それを何ともいえない感情で見つめながら、アステナは会議室に集合した艦長たちの映像に向き直る。
どの顔も疲れて見える。それも無理は無かった。ここ数ヶ月間ずっと最前線の只中にいるのだ。文字通り祖国を守る為の盾となる事を誓っている彼らは、全力で故郷を守り続けている。戦争と言う理不尽な出来事の渦中に身を置く彼らには、彼らなりの信条があるのだ。そうでなければ、誰がこんなことを好き好んでやろうとするだろう?
最後の艦長がホログラフ投影で会議室に姿を現したとき、アステナは疲れた身体を立ち上がらせた。
「では始めよう。リオ大佐、まず君の報告から頼む」
アステナの静かな声に、リオが微かに頷いて席を立った。
彼女の美しい金色の短髪は、疲労のせいかくすんだ蜂蜜色になっている。心なしか顔にも新たな皺が刻まれており、アステナと同じかそれ以上の緊張状態にあったことが見て取れた。
「では、報告させていただきます。別働部隊は、先日、予定通りに第三番惑星へと接近、作戦内容の詳細は省きますが、別働部隊の損害は、駆逐艦ブルが爆沈、軽巡洋艦が二隻中破。いずれの二隻も、本日中には修理を完了する予定です。かえって、敵部隊の設置した防衛設備の九七パーセントを破壊、戦闘終息後間もなく、防衛衛星もほとんどを爆破処理し、一二基を機能停止しました。これは爆破処理による破片が地上に及ぼす影響をかんがみてのことです。よって、この第三番惑星周辺の脅威レベルが三以上の物体は、全て破壊、もしくは停止されたことが確認されています」
早口で言い終えると、艦長たちの間で、戦死した駆逐艦ブルの乗組員に対して短い祈りの言葉が囁かれた。予め報告ファイルで簡単な内容だけは知っていたアステナも、しばらく瞳を閉じて、再びこの宇宙に散っていった仲間へと思いを馳せた。
やがて瞳を開いて、アステナは艦長たちを見つめる。
「ありがとう、大佐。では我々の報告といこう。バルトロメオ」
「はっ」
参謀長が立ち上がると、艦長たちの視線が一斉に彼の眼鏡へと注がれる。それを反射するかのように、参謀長の眼鏡が煌き、同時に淡々とした声が会議室内に響いた。
「では、説明させていただく。本隊は先日、別働部隊が戦闘を開始する数時間前に、敵機動艦隊、第一一三巡航艦隊と戦闘状態に入った。こちらも、細かい戦闘行動や作戦内容の説明は省くが、結果的に、駆逐艦三隻、軽巡洋艦二隻が撃沈、他にも、少なくとも十五隻が小破、ないし中波している。大抵の船は、本日か明日中には修復が完了する。他の船、特に軽巡洋艦ベルダ、ライード、駆逐艦ラスは、損傷が大きい為に修復にもう少し時間がかかりそうだ。先程のリオ大佐の報告とあわせると、最低でも二日は待たなければ、今の全戦力を稼動させることは難しいだろう」
バルトロメオの報告が終わると、先程と同じように、艦長たちが死んだ乗組員に対して祈りの言葉を呟いた。
アステナは一頻り艦長たちの反応をうかがっていたが、誰一人として戦意を喪失したものはいないようだった。むしろ、仲間が死んだことを知って、静かな闘気が会議室に充満しているようにも感じられる。
しかし、とアステナは思う。戦意が高いだけではどうにもならない。過去、様々な指揮官が、戦力の不足を精神の高ぶりで補おうとし、ほんの一握りの例外を除いて、ほぼ全員が死んだ。今回も、この戦意の高ぶりに身を任せて戦闘に突入すれば、この艦隊は間違いなく全滅するだろう。敵のあの手強い指揮官が、それで生じる隙を見逃すはずが無い。
つまりは。ここで俺が選択を誤まれば、それは即ち、全滅に繋がると言うことだ。
その事実は、アステナの背中に寒気を走らせる。今までにも同じように、艦隊の兵士達の命を背負ってきたことは変わりないが、彼は未だにその状況に慣れることができないでいた。
故に、彼がここで慎重になるのは必然的なことだった。それこそが第三艦隊の兵士が彼を司令官と認める由縁であり、彼が優秀な指揮官と目される所為でもあった。他の軍人は、ことこの時代に関して、決断こそが正義と思っている節がある。それは人材的に軍部全体が弱体化している節を連想させる。
「よし、では整理しよう、諸君」
アステナは腕を組んで、肘をテーブルの上につき顎を乗せる。艦長たちは、一転して険しい面持ちで身を乗り出し、或いは姿勢をただした。
「一先ず、我々は勝利した。得がたい勝利だ。敵に対しての牽制になったし、こちらの損害もかろうじて想定内だ。さらに言えば、この星系の一つの惑星は、既に解放したといえるほどの損害を敵に与えることができている。後はメキシコ星系から送られてくる陸軍の増援部隊を待つばかりだが………バデッサ大佐」
「はい」
やや右寄りに位置しているバデッサに眼を向けると、彼は背筋を伸ばした。
「我々がこの星系全体を開放するために撃破するべき敵は?」
「はい、司令官。敵の機動艦隊と、第二番惑星上に展開していると思われる地上部隊です」
「その通り。いいか、皆。今頃、メキシコ星系では、陸軍を再編して輸送艦に乗せているところだ。れー無償賞の手腕にもよるが、彼らが到着するまでにあの機動艦隊だけはなんとしても撃破しておきたい。だが、私の感じた限りでは、今回の相手は今までとはわけが違う。バルハザールの中でも精鋭と呼べる部隊だろう。情報部からの情報でも、先の内戦を戦い抜いた最も古参が多い艦隊だ。それは知っていたものの、戦わなければ解らないこともある」
生唾を飲み下す音が、いくつも聴こえたような気がした。
「故に。いいか、皆。ここが峠だ。これに勝てば、少なくとも我が祖国の中にいる敵軍を一層できる。心して任務に当たってもらいたい。
そこで、だ。全員に聞きたい。何か、いい作戦案を思いついている者はいるか?」
会議室のテーブルに着席している艦長たちを眺め回すが、誰一人として手を上げなかった。無理も無い、俺でさえどうしたらいいか解らないんだ。
敵の規模は、こちらよりも大きい。しかも、こちらの船は何隻かが戦えない状態にある。状況は、明らかに向こうに傾いていた。
「司令官」
顔を上げると、こちらを真っ直ぐに見つめるバデッサと目が合った。
彼は厳かに手を上げると、全員の注目を浴びながら声を絞り出した。
「司令官、よろしいでしょうか」
「勿論だ、大佐」
頷くと、バデッサは立ち上がった。まるで、小学校の発表会で戸惑う子供のようだ。一頻り周りの同僚を眺めると、彼は咳払いをして話し始める。
「ええと、皆さん、これを見てください」
会議室のテーブルの中央に、今の星系の状態を映したホログラフが出現した。中央の恒星と、その周りを公転する三つの惑星がある。第二番惑星と第三番惑星の間には、赤いアイコンで敵機動艦隊が表示されており、第三番惑星の軌道上には、青いアイコンで第三艦隊が表示されている。
「我々は今、第三番惑星衛星軌道上に展開しています。敵艦隊は第二番惑星と第三番惑星の、ほぼ中間地点に位置しており、巡航状態で我が第三艦隊の殲滅に向けて動き出しています。これを正面から迎え撃って迎撃するのは、先程の司令官の説明からわかるとおり、至難の業であるといわざるを得ません。
その理由は二つあります。
ひとつ、敵の兵力が我が軍よりも多く、士気も高いこと。ふたつ、戦場には何も無い広大な宙域が在るだけで、戦闘には数で勝る敵軍に分があることです。この二点から、我々は厳しい状況に立たされています。
ですが、もし仮に、そのどちらか一つを消去することが可能ならば、我が方にも勝利する可能性は十分に出てきます」
「敵の士気など、挫く方法はありませんよ」
リオ大佐が横槍を入れた。同時に、他の艦長たちの中の数人が頷く。
「彼らはあの地獄のような内戦を戦い抜いているのです。こと精神力にかんしては、他に類を見ない物を持っているでしょう」
だが、バデッサはめげずに反論した。
「仰るとおりです。その点は私も考えました。私が言いたいのは、敵の戦意の高ぶりはどうしようもないことですが、戦場の設定自体は我々に分があるということです。
ご存知のとおり、我々には後がありません。ここで敗北することは、司令官も仰ったとおり非常に厳しい状況になることを意味します。なので、それを利用するわけです」
「どういう風に?」
今度はバルトロメオだ。こと戦術的なことに関しては稀有な才能を持つ彼ら指揮官たちは、興味深げにバデッサを見ている。
「敵機動部隊は、恐らく敵の全ての兵力の中でも、最後の手段ともいえる部隊であると思われます。本国からの増援があるのなら、敵はもっと多くの艦艇をこの星系に集めたはずです。敵にとっても、此処を破られたら自国へと侵入を許すことを意味し、同時にわが国へと侵攻するために非常に重要な前哨基地を失うことにもなります。敵の機動部隊は、この状況をなんとしても打開しなくてはならないはずです。それは何故か。我々第三艦隊がある限り、敵はもっと奥深くに侵攻することも、本国に撤退することもできないからです。それは、敵にとっては貴重な兵力を玩ぶ事にしか繋がらず、さらに、我々には第二艦隊という増援が期待できます。その点を考慮すれば、敵の選択肢は、犠牲を厭わず無理矢理この星系から脱出するか、それとも我々を排除するか、ということになります。
さらに、第二艦隊の存在も視野に入れれば、必然的に早期に第三艦隊を撃破することが敵にとっての最善の選択肢であり、戦意の高ぶっている敵艦隊は、恐らくこの方法を選択するでしょう。そうなれば、後は戦いたがっている敵軍を何処に導くかなど、容易にできると思います」
説明をそう締めくくり、バデッサは自分の席に腰を下ろした。周りでは、多くの艦長たちが互いに議論を交わしあい、今の戦術について意見を交換している。間違いなく、バデッサの指摘した点は、今の状況で突破口とできる唯一の方法のようにも思えたが、アステナにはひとつ気にかかることがあった。
「大佐、君の意見は非常に有意義だと思う。だが、我々には兵力の兵力は少ない。場所を指定できても、そこに罠を用意できなければ、対等には戦えないだろう。事実、性能差など感じさせないほど、敵は熟練しているんだ」
「いや、案外上手くいきそうですよ」
全員の目が、一人の男へと注がれる。発言したのは、戦艦アルドントの艦長、ベラ大佐だ。短く、クルーカットにした髪形の大柄な男は、顎を抑えて考え込んでいる。
「どういうことだ?大佐」
ベラはしばらく考え込んでから、アステナの顔を見た。歯を見せて笑っている。どうやら、いい案を思いついたらしい。
「司令官、我が艦隊の大幅攻撃力アップ方法、思いつきました」
全員の視線の促されて、ベラは内容を説明した。その作戦を聞いた各人の顔に、驚きと期待の色が見え始める。
「なんともまあ………」
リオは声を漏らして、ベラに手を振った。
「素晴らしいわ。ベラ、よくこれが考え付きましたね」
ベラは照れた様子も無く答えた。
「別になんてことはありませんよ。ただの青天の霹靂です」
「にしても、実に興味深い作戦案だ。こうなれば、使えるものは何でも使うということかな?」
珍しく声に感情を滲ませているのはバルトロメオだ。
「はい、そうです参謀長。私の家では質素倹約が常でしたから、ああいうものが目の前にあると黙ってはいられんのです」
ベラのジョークに、全員が声を上げて笑った。ようやく見えてきた光明が希望の光となるか、絶望の月明かりとなるかはわからないが、アステナはそれを採用する旨を通達する。
「ベラ、君の作戦がうまくいけば、彼らはママのところまで吹っ飛んでいくだろうな」
それが、この会議でのアステナの最後の言葉だった。
読んでくださり有難うございます。
よろしければ、小説家になろう勝手にランキングのタグをワンクリック、お願いいたします。




