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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
26/103

一三二年 六月二一日~ ②

お待たせしました、アクトウェイです。

この戦闘だけですが、かなり長いものになっているので、前回に比べて心構えが必要かも………

ともあれ、今回もよろしくお願いいたします。

・アリオス暦一三二年 六月二一日 大型巡洋船アクトウェイ




第一・第三分艦隊がバルハザール巡航艦隊と放火を交えている頃、アクトウェイと第二分艦隊はいよいよ作戦を開始しようとしていた。


敵艦隊の潜伏の可能性が解った今、リオは緊急に会議を開き、当初の作戦をかなり変更した代替案を示し、それをリガルに見せて意見を求めた。その作戦と言うのは、まず、第三番惑星にできる限り敵のレーダーが使用不能になるタイミングでそれとなく近付く。そして惑星の裏側へと自転に合わせてレーダー探知不可領域を航行し、裏側にある敵の脅威へと向けて奇襲を仕掛けるのだ。


そのために、微妙な加速と減速を繰り返して、第二分艦隊は順調に作戦開始予定地点へと到達していた。


次の段階として、第二分艦隊の軽巡洋艦と駆逐艦部隊が、アクトウェイを中心に隊形を組んで離脱、敵の短距離レーダーの圏外ギリギリを惑星に向かって左側に軌道を逸らしながら加速。敵のレーダー使用不可領域に合わせる様にして惑星の裏側へ回り込み、恐らく潜伏しているであろう敵機動部隊への攻撃を敢行するための戦力としては心もとないように思われるが、それほど大きくはない第三番惑星の形からして、大きな脅威となるほどの部隊は隠しておけないだろう、と言うのがセシルの意見だった。第二分艦隊の索敵班も同じ事をいっているらしく、当初は駆逐艦数隻が惑星を中心に大きく回りこんで敵の位置を把握する、と言う案も出ていたが、燃料の無駄であると同時に、どこに敵が潜んでいるかわからない以上、迂闊に部隊を分散するのは危険だと判断されたのである。


そうして今、アクトウェイは肉眼で第三番惑星を見ることができるほど接近していた。周囲には二〇隻以上のレイズ星間連合軽巡洋艦、駆逐艦が浮かんでおり、アクトウェイを中心に整然とした隊形を保っている。いつだって多くの船が浮かんでいる様子を見るのは気分が高揚するのは、ノーマッドとして生きる人間には仕方のないことだろう。リガルはそう自分に言い聞かせて気を落ち着けた。


緊張感みなぎる宙域の仲、アクトウェイの隣に浮かんでいるのは、この別働部隊の指揮官であるライド中佐の操る軽巡洋艦ビンソンだ。


そもそも、何故民間船であるアクトウェイが中心となっているのかと言うと、ビンソンの指揮設備は元々戦隊用に製造されたもので、この数の船とリンクを保つのは少し厳しいだけでなく、アクトウェイのFCSを仲介して対空防衛網や射撃管制能力を向上させる目的もあった。


つまるところ、アクトウェイはこの部隊の”指揮管制コンピューター”となったわけである。ここは、向こうの人々が「リガル船長に指揮権を」といわなかっただけ感謝せねばなるまい。


「リガル船長、よろしいですか」


気付くと、いつの間にかライド中佐の顔がディスプレイにホログラフ表示されていた。長い緊張状態で体力を消耗し、沈みかけていた意識を引き上げて、リガルはなんとか姿勢を直す。


「はい、中佐。何の御用でしょうか?」


その様子に目を丸くしている金髪の男性航宙軍士官を見て、リガルはしまったと思ったが、ライドはそれを察して話を切り出した。


「船長、惑星の防衛設備に何か我々を探知した様子はありますか?」


セシルに目をやると、彼女は首を振った。視線を中佐に移して同じ動作をする。


「今のところありません。ですが、ここまで接近して何も動きが無いとなると、やはり伏兵が居ると考えたほうが良いでしょう。私が惑星上の防衛指揮官ならば既に攻撃を命令している距離ですから」


ライドは頷いた。彼も同じことを考えているのは明白であり、既にいつ攻撃を敢行されてもおかしくないという事実が、彼の心身を消耗させていた。額には薄らと汗が滴り、金色の前髪が張り付いていた。


それを見て、リガルは改めて自分がいちノーマッドであることの運のよさを感じていた。こんな場面で全てのことに責任を持つ指揮官の役目など、彼には到底為しえないと思っているからである。


「同感です。いくらなんでも、ここまで来たら何かしらの反応が起こるはずです。目視の索敵でも引っかかっても不思議ではないのに、その気配すらない。はっきり言えば異常です」


「ええ。この後は、作戦通りで?」


「はい。一〇分後に進路を変更して、そのまま加速します。敵にしてみれば、気付くはずのない敵が気付いていたんです。間違いなく混乱するでしょう」


自慢げな顔で話すライドに愛想笑いを返して、リガルは応じた。セシルが何かいいたげな視線を向けてくるのを感じたが、無視する。今この場で言うべきではないからだ。


「では船長、また後で。健闘を祈ります」


「そちらこそ、中佐。御武運を」


映像を消すと、溜息をついて管制長へと目を向ける。セシルは横目でリガルを見た。


「なんでしょう?」


「セシル、言いたいことは解るが、そうやって俺に当たらないでくれ」


「そうですね。でも、軍人があんなにおめでたい人たちばかりとは知りませんでした。どう考えても、今の状況は良く見て五分、余り芳しくはない筈なのに」


「まあまあ。今から戦うのに、辛気臭い顔をしてるだけじゃあ、勝てるもんも勝てないじゃねえか」


フィリップが横槍を入れると、ジュリーが頷いた。


「そうだよ、セシル。男にはね、やらなきゃならない時ってのがあるもんだ」


イーライが小さく笑った。ジュリーが明らかに怒った表情をするが、イーライは笑みを崩さない。


「なんだい、砲雷長」


とうとう彼女が不機嫌な声で言うと、イーライは含み笑いを漏らしながら答えた。


「いや、別に。ジュリーも随分男らしくなったと思ってな」


ジュリーは鼻で笑った。


「ハッ、言うねお坊ちゃん。まあいいや。船長、もうすぐ惑星の裏側が見えるよ」


「了解だ、航海長。総員、第一級戦闘配置。敵部隊の存在が確認された場合、即座に戦闘状態へと移行する可能性がある。あらゆる事態に備えてくれ」


その一声で、クルーは一斉に自分のコンソールへと向かい、フィリップは欠伸を、ジュリーは酒を飲んだ。キャロッサが手元にあるハンバーガーや珈琲を回収して周り、片づけを手早く済ませていつの間にか移動している座席へと座る。その座席は、リガルの左斜め後ろで、アキの座っている座席より左側に少し離れたところにあった。リガルは何故だろうと思ったが、とにかく、今はこの状況に集中することにする。


ライドの指揮する別働部隊が接近している間に、リオの指揮する戦艦と重巡洋艦の部隊は、デコイを展開しながら惑星の正面に肉薄していた。


丁度その時である。大きな光の柱が惑星上に出現したかと思うと、真っ直ぐに主力部隊へと伸びていき、命中することなく虚空の中へ溶け込んでいった。


「本隊が交戦状態に入りました」


セシルの報告と共に、ホログラフに戦闘中のアイコンが表示された。同時に、多くの防衛兵器、衛星からの攻撃反応も検出され、あっという間にレーダーは反応で一杯になった。


「防衛設備は?」


「衛星は、ほとんどが本隊側にあります。こちらには気付いていないのか、それとも気付いているのに、わざと無視しているのか……」


「その両方だろう」


リガルが言うと、セシルはモニターに眼を戻した。


「船長、後三十秒で裏側の状況が解ります」


続けてセシルが報告すると、リガルは頷いた。コンソールにできるだけ多くの情報を表示して確認しやすくすると、それらを凝視して、その時を待った。


あと二十秒。


十秒。


五秒。


その時が来た瞬間、レーダーに新たな反応が複数表示された。セシルが叫ぶ。


「敵機動部隊確認!重巡洋艦四、軽巡洋艦四、駆逐艦一八。こちらにむけて加速を開始しています」


「ライド中佐のビンソンに、軌道を同調。中佐の命令を待て」


重巡洋艦も居るのか。考え、リガルは暗い気持ちになった。軽巡洋艦に比べて、機甲戦の色が強い重巡洋艦と、正面きって撃ち合わなければならない。さらに、思ったよりも敵はどっしりと構えていた。今までの敵ならば、間違いなくこちらに向けて最大加速を行い、即座に攻撃してきただろう。だが、この部隊は絶妙なタイミングで加速を開始しており、このままでは一分後に敵に側面から攻撃されるのは確実であった。敵は思っていたよりも惑星に近い位置で密集隊形を取っており、それはさながら、別働部隊へと発射された弾丸のような勢いを持っていた。


「艦隊、右舷四〇度回頭。敵部隊と正対する」


ライド中佐の命令が届くと、リガルはジュリーに合図をし、アクトウェイの航海長は滑らかな手つきで巨大な船体を回転させた。アクトウェイとビンソンを中心に、複数の艦艇が敵部隊へと船首を向ける。既に全艦の砲門は開かれており、ミサイルもロックオン体勢に入っていた。その間も、敵部隊は加速を続けて肉薄してくる。それを瞬きを忘れるほど見つめて、リガルはライドの砲撃命令を待った。


この戦いで、この星系の命運は決まるだろう。これに勝利すれば、バルハザールはレイズから駆逐される。負ければ、後ろに控える艦隊の少ないレイズの敗北になる可能性もある、重要な一戦だ。

そう考えると、手に汗が滲んだ。極限まで達した緊張感の中、遂に中佐の命令が宇宙空間を貫いた。


「撃て!」


レイズ星間連合宇宙軍艦に混じって、アクトウェイもその火力を惜しみなく敵部隊に注ぎ込む。敵部隊と別働部隊の間で幾数本ものエネルギービームの応酬が始まると、アクトウェイの正面ディスプレイ一杯に光が溢れた。思わず目を瞑った一瞬で、アキが入光量を調節し、すぐに適度な明るさへと変更される。


「敵部隊、減速」


セシルが言う。敵の部隊は足を止めて戦うつもりのようだ。重巡洋艦を有している敵の指揮官は、その利点を最大限に生かすつもりらしい。軽巡洋艦と駆逐艦しか居ない別働部隊は、いうまでもなく機動戦が得意だ。完全なミスマッチであることに、リガルは思わず舌打ちが漏れたが、そんな事は嘆いていても仕方がない。それよりも、今ここをどう切り抜けるかが問題だ。


敵のエネルギービームが、アクトウェイの左舷側に位置してた軽巡洋艦の防御シールドに命中し、解放されたエネルギーが別働部隊の船を激しく揺さぶる。アクトウェイの全身に散りばめられて姿勢制御すらスターがジュリーの匠の技によって忙しく噴射され、黒い船は少し揺れる艦体から十二本のエネルギービームを敵部隊へと叩きつける。他の船からは散発的なミサイルの応酬も始まって、各艦の射出したデコイで各陣形の外側へとミサイルがそれていき、プラズマの爆発光が居並ぶ船たちを虹色に照らし出した。


そこで、耳を劈く警報音が響き渡る。同時に、アクトウェイのすぐ目の前を大きなエネルギービームが通り過ぎていった。


「敵地上兵器、攻撃を開始」


セシルが叫ぶ。リガルの目の前の敵の探知状況を表すホログラフには、敵艦隊と、惑星地表の一箇所に集中配置されている敵の対宙兵装が浮かび上がった。


「イーライ、レールガンで狙えるか?」


砲雷長は吠えた。


「無理です!大気圏突入の際に蒸発してしまいます!」


「運動エネルギー弾はあるか?」


そうリガルが問うた時、ライド中佐の新たな命令が響いた。


「別働部隊の全艦に告ぐ。運動エネルギー弾を射出可能な船は、全力で惑星の防衛設備を狙え」


程無くして、別働部隊から複数の砲弾が射出される。古来からの射撃武器である運動エネルギー兵器は、今日では惑星の爆撃用として用いられている。巨大な質量を持つ金属製の弾丸を大気圏に突入させるだけで、隕石の落下と同じ膨大な破壊をもたらすことができるのだ。


巨大な金属製の弾頭が惑星に近づいていくと、対宙兵装は狂ったように放火を吐き出してそれを迎撃し始める。大出力のビームが弾頭をいくつか消滅させたが、それを潜り抜けたものが地上へと衝突し、こちらへの攻撃の手が緩まった。


「敵対宙兵装、沈黙」


そこまできて、戦闘は膠着状態に陥ってしまった。機動力で放火を避け続ける別働部隊と、その総効力を生かして守りに徹する敵の機動部隊の均衡を崩すはずだった敵の対宙兵装が無力化され、どちらも決定打を欠いたまま虚しく砲撃を交え続ける。


意識を集中して、リガルはどう行動すべきか考えた。理論的に考えて、この砲撃戦の最中を動き回ることは自殺行為だ。今は、何とか周りの別働部隊の船が援護していてくれるから立ち回れているのだ。そこを単独行動に出てしまったら、部隊は崩壊してしまう。


つまるところ。この攻撃を何とかしてしまえばいいわけだ。それを今の状態でどうにかするには、敵の目を逸らす必要がある。何か適度な砲撃目標を示すことができればそれでいいのだが、今の別働部隊にはアクトウェイ以外に十分な装甲を持つ船はいない。


彼はある決断をして、目の前の一段下の位置で舵を操る航海長の背中を見た。これは機関長であるフィリップとジュリーの手腕に頼らねば、成功させることはできない。無論、アキのサポートも不可欠だが、そこはまず心配しなくていいだろう。


「ジュリー」


振り向く彼女に、リガルは視線を合わせた。


「回避機動を取りつつ、微速前進。アクトウェイを戦列の前に出せ」


驚きで、一瞬、ブリッジの全員の息が止まった。アキだけが、目を閉じて「またか」といった表情をする。


「何を言っているんですか!」


最初に声をあげたのはイーライだ。


「前に出たらやられるだけです。敵には重巡洋艦もいるんですよ?」


「解っている。だが、今のままでは断然不利だ」


その時、別働隊の駆逐艦が、一隻爆発した。敵の重巡洋艦の攻撃を受けた一隻の軽巡洋艦がよろめき、部隊の回避機動にあわせられずに離脱していく。


「見ろ。時間がないんだ、皆。倒す為には、アクトウェイが楯になるしかない。敵の砲撃の注意を逸らすことができれば、別働部隊からの総攻撃で押し切れる」


その時、アキが口を開いた。驚いたのはリガルだけではないだろう。


「勝算は多分にあります。リミッターを一部解除すれば、その程度のダメージコントロールは容易いですし、アクトウェイにはそれを行うだけの技術もあります」


イーライは食い下がる。


「それでも、敵はどうするんです?こっちが持ちこたえても、撃ってくる敵を撃破できる保障がないんじゃ……」


フィリップが、歯をむき出して笑った。


「腕の見せ所だ、砲雷長。俺は乗るぜ」


「私も。こういう面白いことがあるから、この船は好きだよ」


痛快な笑い声を上げるジュリー。セシルとキャロッサは、無言でリガルに頷いた。


最後に。アキの瞳を見たリガルは、その中に奇妙な輝きが混じっているのに気が付いた。それを少し見つめた後、思い切って前を向く。


「ああ、もう、解ったよ」


イーライも親指を立てた。リガルは笑う。


「よし。ジュリー、頼む。イーライ、全兵装を最大火力で叩き込め。目標は、敵の軽巡洋艦と駆逐艦。数を減らせば、なんとかなる」


「あいよ」


「了解」


アクトウェイが前に出始めると、即座にライド中佐からの緊急通信が入った。奇妙に落ち着いた気分で回線を開く。


「船長、何をしているんですか!」


明らかな狼狽の色を浮かべて、中佐は画面上に現れた。


「アクトウェイは前に出すぎです!すぐに戦列に戻ってください!」


「中佐、アクトウェイが楯になります。その隙に、敵の駆逐艦と軽巡洋艦を叩いてください」


ライドは、一瞬呆けてから、すぐに思考を再開した。一瞬の間に、様々な可能性が頭の中を駆け巡ったのが、目から解った。


「自ら敵の注意を逸らすと仰りますか?」


「そうです。失礼ながら、今の部隊の船で他にこれを遂行できるものがあるとは思えません、中佐」

ライドは五秒ほど考えてから、重々しい溜息をついた。


「わかりました、船長。貴方のセンスに賭けましょう


「有難うございます、中佐」


ライドは、一瞬だけ笑みを浮かべた。


「それはこちらの台詞です、船長。帰ったら、ありったけの酒を奢りますよ」


通信が途切れて、ジュリーが大きな声で叫んだ。


「さあ、そろそろ行くよ!酒の為ならどこへでも、だ!」


「もう、どうにでもなれ」


イーライの悪態と同時に、アクトウェイのエンジンが甲高い唸りを上げた。


黒い船体が戦列の中から徐々に加速して前に出ると、敵の部隊は驚いたようである。一瞬、動きが鈍り、アクトウェイの攻撃の隙が生まれた。イーライはその一瞬を見逃さず、軽巡洋艦と駆逐艦目掛けてミサイルを発射する。僅かな振動が断続して起こり、アクトウェイのミサイルポッドから射出された誘導弾が追尾を開始すると同時に、その間を縫うようにしてエネルギービームの牽制弾幕を放った。


アクトウェイの放った最大火力は、それまで別働部隊が行っていた断続的な放火に比べて密度では劣ったものの、威力ではこの戦場では最大級のものだった。重巡洋艦クラスの主砲が、見事に駆逐艦二隻を貫き、明るい光が惑星と敵部隊を照らした。それを感知した地上の指揮官が命令を下したらしく、先程の爆撃を生き残った僅かな防衛設備が、射程範囲ギリギリであるにもかかわらずミサイルとエネルギービームを放ってくる。敵部隊の左翼側、アクトウェイから見て右側から伸びたそれは、アクトウェイに命中こそすれど、PSA装甲に弾かれ、大した損害を与えることはできなかった。


接近するミサイルの存在を、アクトウェイの警報が知らせる。


「ミサイル接近」


リガルは即答する。


「デコイ射出!イーライ!」


「解ってます」


対空レールガンの群れが揃って同じ方向を向き、猛烈な弾幕を展開する。その間にも、アクトウェイの艦尾部分に格納されているデコイが続々と射出され、激烈な電波と熱源を発しながら放射状に広がっていく。ミサイルの群れはたちまち誘導性能を失い、アクトウェイに向かってきた数発もあえなく撃墜された。


その間にも、別働部隊がアクトウェイを援護している。軽巡洋艦と駆逐艦はアクトウェイの周囲を飛び回り、さらに数隻の軽巡洋艦と駆逐艦を撃沈した。


「PSA装甲、出力六〇パーセント」


重巡洋艦の主砲が直撃したところで、フィリップが報告する。敵部隊は明らかに劣勢となり、いまや奇襲の利点は完全に失われていた。別働部隊は勢いに乗じてさらにミサイルを放ち、狼狽した敵部隊が、ついに後退を開始する。敵としてはなす術のない撤退といったところだろう。別働部隊の船とアクトウェイの猛攻によって敵艦隊の重巡洋艦はその半数以上が撃沈され、機動部隊の防御力は大幅に減少していた。


反撃してくるのは駆逐艦と軽巡洋艦ばかりである。それらは最後の抵抗とばかりに、なけなしのASBSミサイルを連続発射した。


それが、今回の戦闘で一番の危機となった。


五十発前後のミサイルは、多くの船が入り乱れて放火を交わす大規模戦闘においては大した脅威とならないが、それらは全て、例外なくアクトウェイを狙っていたのである。さらにいえば、その後の援護射撃も窮鼠と化しており、アクトウェイの周囲はエネルギービームで彩られていたのである。


「敵ミサイル接近、数、五二!」


「対空レールガン、迎撃開始。主砲も回します!」


「頼む!フィリップ、後部PSA装甲を停止、エネルギーは全て他の部分にまわせ!」


「了解、船長!」


リガルは指示を下すと、硬く座席を握り締めた。


「皆、ここが正念場だ。持ちこたえろ!」


数秒後、対人地雷が爆発したかのように多くの弾丸をレールガンが発射し始めると、敵のミサイルの迎撃回避機能が働いて、それらを避けて動き始めた。


今までに無い優雅な機動は、アクトウェイ側からしてみれば脅威でしかない。レールガンは向かってくる誘導弾をひっきりなしに弾丸を連射して、分厚い弾幕を形成し続ける。


弾丸とミサイルが衝突し、アクトウェイを中心とした範囲に破壊の渦が巻き起こる。プラズマと運動エネルギーが凄まじいエネルギー波を放出し、それに巻き込まれて過度に密集して飛来してきたミサイルは全てが跡形もなく破壊された。


「全弾迎撃成功」


イーライの報告と共に、最後の数隻となった敵艦は皆機関停止して降服信号を出し、戦闘は終結した。

と、ようやく緊張の糸が切れたリガルの体をかなりの疲労が襲うと同時に、ライド中佐からの通信が届いた。


画面を開くと、彼の顔がホログラフに投影される。


「お疲れ様です、船長」


「そちらこそ」


疲れのせいでぶしつけな口調になってしまったが、ライドは気にせずにまくし立てた。


「今後のことなのですが、まずは戦列に戻っていただきたく……」


「承知しています、中佐」


ぴしゃりと、リガルは言った。


「このまま待機していればいいですか?」


「ええ、そうです」


ライドは出鼻をくじかれたようだった。戦闘でアドレナリンがみなぎり、さっきよりも僅かに目がぎらついている。


彼は唇をぺろりと舐めると、やや早口で続けた。


「我々は体勢を整えます。それからのことは、追って知らせますので」


「了解しました。では」


通信している間、あっという間に終わった激しい戦闘の余韻でぼうっとした状態になっているクルーへと目を移す。キャロッサが自分の出番とばかりに立ち上がって、冷えた紅茶を各人に配り始めていた。リガルもそれを受け取り、一息で紙コップの中身を飲み干すと、それを握りつぶしながら言った。


「さあ皆、終わったぞ。あっという間だったが」


「あっという間で良かった」


イーライが感謝の呟きを漏らすと、思わずフィリップが笑い出した。


「おいおい、坊主。小便でも漏らしちまったか?」


いつもなら激しく言い返すイーライだが、今日ばかりはうんざりしたような視線を機関長へと向ける。


「漏らしはしなかったが、そうだな。これから漏らせることを、凄くありがたく思うよ」


苦笑いで返すクルー。リガルには、それがイーライの冗談だとわかっていても半ば本気めいた響きがあって、艦橋で漏らすのだけは勘弁願いたいと思った。


セシルが座席を傾けてリガルを見た。


「船長、敵はどうすると思います?」


リガルは、キャロッサが運んできてくれた新しい紅茶に口をつけながら答えた。


同時に、ホログラフで星系の状態を調べ始める。


「そうだな……おっ、本隊はもう戦闘を終わらせたみたいだ」


ここで話しているのは、第三番惑星の第二分艦隊ではなく、敵本隊と交戦状態にあった第一・第三分艦隊のことだ。


「勝ちましたか?」


「多分。別働隊の撃滅に向かってきた敵本隊を足止めする事はできたみたいだな。だが―――」


新たに暗号通信で送られてきた情報をスクロールしていくにつれて、リガルの表情は険しくなっていった。その様子から、セシルも結果を察したのだろう。


「損害は大きかったのですか?」


沈痛な口調で、セシルは問うた。


「いや、それほどでもない……が、予想よりも多くの船を失った。アステナ准将は、これからの作戦を立て直す必要があるだろうな」


「リオ大佐の部隊はどうなのでしょう?何か、ライド中佐から報告が入ってませんか?」


さらに情報をスクロールして、リガルは別のファイルを開いた。中から出てきたのは、リオ大佐の本隊が送信してきた戦闘データだ。コンソールを再び操作して、それを表示する。ホログラフとして目の前に投影されたデータを眺めた後、空中で掴んでセシルのほうへと投げた。三次元センサーがリガルの腕の動きを感知して、まるで空中で彼に捕まれたかのように見えたそのデータファイルが、艦橋を横切ってセシルの目の前でピタリととまる。


セシルはファイルを開くと、驚きで眉を吊り上げた。


「凄いですね。損害は皆無、かえって敵側の損害は甚大……」


「ああ。これだけの痛手を負わせれば、後から遅れてやってくる陸軍の連中でも十分に対処できるだろう。だが、問題は本隊のほうだ。この後合流したとしても、敵の機動部隊は中々手強いから、一筋縄ではいかないだろうな」


そこで、リガルは改めて、アステナの今の地位と責任の重さを悟った。彼は一個艦隊の司令官として戦場にたっているわけではない。最早、この戦争におけるレイズ星間連合の命運さえ握っていると言える。残っている第二艦隊はどうか知らないが、ここで第三艦隊が敗れれば、敵は補給を済ませて再び侵攻を再開できる。第二艦隊だけで、あの手強い機動部隊を撃破できる見込みも五分五分だろう。その全てが、あのアステナと言う司令官の双肩にかかっていると言っても過言では無いのだ。戦略的な部分は戦術的な部分とは別物だが、今回に限ってはその原則も当てはまらないようである。


故に、此処での敗北は許されない。戦争に勝つつもりなら尚更である。さらに言えば、十中八九、バルハザールは降伏しないであろう。停戦協定を結んだとしても再び戦力を蓄えて侵攻してくるのが落ちだ。だとすれば、アステナ司令官のこの第三艦隊か、第一艦隊がバルハザールの領宙に侵攻するしかなくなるだろう。リガルにはその確信があった。


そして、これ以上レイズ星間連合に負担をかけさせない唯一の方法は、只でさえ時間と金の食う戦争状態を、一刻も早く脱すること。即ち、できるだけ早く勝利するしか方法は無いのである。


リガルは、この状況を決して楽観視してはいなかった。寧ろ、この星系で一番悲観的な意見を持っていたと言える。当事者であるアステナ准将たちも、それなりの重圧と責任を感じてはいるものの、彼らプロの軍人は必要以上に自分に重圧を賭ける事はしない。それは自身の失敗のみならず、自分に従ってくれている部下の命をも蔑ろにする可能性があるからである。彼らには、それを避けるための良心も備えていたし、何よりも優秀な軍人であると言う点が、彼らを彼らたらしめている最大の理由でもあったのだ。


「しかしよお、船長。この戦局は如何ともし難いぜ」


フィリップが椅子の上で背伸びをしながら椅子を回転させた。ちらりと、リガルがアクトウェイの船内情報に目をやると、先程まで荒ぶっていたアクトウェイの機関出力はまるで台風の過ぎ去った海のように静かなグラフを描いていた。その手腕に内心舌を巻いたが、顔には出さずに視線を移す。そうしたほうがありがたみが出るだろう。


「いくら俺たちが上手く動こうが、所詮、一隻は一隻だ。戦術的な勝利の積み重ねが戦略的な勝利に繋がることは、まず無いぜ」


手元に置かれている珈琲を手に取りながら、フィリップは目を細めて大型ディスプレイに目を向けた。その言葉の裏に、彼自身の経験が滲み出ている。


「まあ、船長もそれは解ってると思うけどよ」


彼はそう付け加えた。


「うん。だがフィリップ。一隻は確かに一隻だ。だけどな、そこで諦めたら、どうにかなるものもどうにもならないだろ?」


「何か考えがあるのか?」


黒い船の船長は肩をすくめて見せた。


「まさか。今回ばかりはどうしようもないし、自分でも大それたことができるとは思ってない。でも、心構えって言うのは大事だ。弁えることも同じくらい重要だが、できると思わなければできないままだ。そうだろう?」


「ですね。俺も、今回でそれをよく学びました」


イーライがそう締めくくった。




どうだったでしょうか。もう少し長く、じっくり描いてもよかったかと思うのですが………

なにかご意見・ご感想があれば気軽にどうぞ。

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