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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
25/103

一三二年 六月二一日~

お話の関係で、今回はこの短さになりました。

本当はもう少しアップしようかとも思ったんですが、それだと量があまりにも多くなってしまうので、場面展開なんかも考えて、これくらいにしときました。

どうぞお楽しみください。

・アリオス暦一三二年 六月二一日 カプライザ星系 バルハザール第一一三巡航艦隊



どうやら上手くいっているようだ、と確信を持てるようになったのは、つい数時間前である。目の前の旧式ディスプレイに移っている、赤いアイコンのレイズ星間連合宇宙軍の艦隊は、部隊を二つに分けた。概算で一対二の割合で分けられた部隊の大きいほうが、カリム少将率いる第一一三巡航艦隊へと向かってきており、残りの三分の一は第三番惑星へと向かって進路を変更した。


客観的に見れば、向こう側は戦力分散の愚を犯したと見るべきであろうが、彼にとってはこれは不吉なことこの上なく思えた。なにせ今までの彼の所属するバルハザール宇宙軍の波状攻撃を、敵の指揮官は全て撃退しているからである。そして、レイズのあの艦隊は深刻な被害を受けることなくここまでやってきた。


そもそもの作戦計画自体がひどく怪しいものであったことは認めざる得ないが、それでも二〇〇隻の無人艦隊を屠り、尚且つこちらのなけなしの機動部隊による九州までをも払いのけてここまで来る間に、少将は五〇隻ほどは減らせるかと考えていたのだが、現実を見ればどうだろうか。未だに彼らは一五〇隻と言う威容を誇って、彼らの前に立ちふさがっている。


視線を泳がすと、もうひとつの小さな敵部隊が氷の惑星へと向かっているのが見えるが、第三番惑星には思考に思考を重ねた最高の罠を配置してあるので、そちらは心配ない。今気がかりなのは、こちらに向かっている艦隊のことだけだった。


巡航艦隊は、既に第三番惑星へと向けて第二巡航速度で進んでいるが、その間に割り込み、時間を稼ごうとしているこの大きな艦隊は、規模からして敵の指揮官が陣頭指揮を執っている部隊だろう。


そしてそれは、二つの艦隊を撃破した兵と一戦交えることに他ならない。


だが、と少将は心の中で反論する。不安はない。今まであいつらにぶつけてきたのは、紛争が終わってから訓練し、船に乗り込んだ兵士達だ。あの血で血を洗う紛争を経験していない兵士達の部隊になど、最初から俺は期待していない。それと違い、俺の指揮下にいるのは、その地獄を共に経験してきた精鋭たち。船の性能では劣るとはいえ、戦闘力では互角以上の戦いをしてくれることだろう。


強いて言えば、今まで勝てると思わない部隊を送り込んだのには、ここにきて敵を油断させるという副次的な目的もあったのだが、正直に言えばここまで敵が善戦するとは思わなかった。レイズ星間連合を含め、周辺各国の軍は、軍縮と長い平和、そして不景気で腐敗していると聞いている。それならば、もしかしたら無人艦隊でも十分かと思ったのだが……思わぬ誤算、と言うのもあるものだ。


少将は比較的リラックスした姿勢をとると、やがてやってくる戦闘開始時刻に向けて休憩することにした。





・アリオス暦一三二年 六月二一日 レイズ第三艦隊


目の前まで迫ったバルハザールの第一一三巡航艦隊の光点の群れを見て、万全の戦闘状態の第三艦隊の全員が緊張した面持ちでアステナの指示を待っていた。砲手は汗で滲んだ手を握ったり開いたりしながら、いつでも破壊の嵐を敵軍に叩きつけることのできるように準備している。管制装置をモニターするオペレーターは敵艦隊以外に何か注目すべき減少がレーダーに映っていないかを確認する為に四六時中ディスプレイを見つめ続け、目を皿のようにしていた。


「敵艦隊、八十万キロまで接近」


オペレーターが告げる。それは第一・第三分艦隊の射程に、敵艦隊が入り込んだことを示唆していた。


「全艦、砲撃開始」


アステナの落ち着いた命令が、量子通信波に乗って各艦の艦長へと伝わり、絶妙なタイミングで戦いが始まった。一〇〇隻前後の第二・第一分艦隊の連合艦隊と、一五〇隻の巡航艦隊の戦闘にしては、なんとも色気のない、普通の戦いの始まりとなった。


その理由は二つある。一つ、数に劣るレイズ星間連合の艦船の性能が、バルハザールのものより上回っており、それぞれが熟練した兵士であること。技量としては巡航艦隊も負けてはいないが、彼らの経験した戦いは所詮紛争、ゲリラ戦以外の何物でもなかったのである。故に、通常戦闘では間違いなくレイズ側に分があった。


二つ、敵艦隊は数は多いが艦隊機動の面において、その特性ゆえに満足に動けていなかったことだ。バルハザール艦隊のカリム少将は、小部隊ごとの多面作戦が得意な指揮官であり、実際には彼の手腕は十分なものであったのだが、先に論じたとおり兵士達が集団戦闘に慣れていなかったのである。結果として、両者の実力としては特に秀でる部分もなく、戦闘はいきなり膠着状態に陥っていた。


アステナは艦隊を斜面陣形にして、砲撃の厚さを作り、機会があれば予備部隊で敵の側面を攻撃するつもりだったが、それを察知したカリムは艦隊を中央部の主力部隊と、両翼の薄い部隊で隙あらば第三艦隊の両翼から攻め入ろうとしており、迂闊に動けば逆に班包囲、殲滅される恐れがあったのだ。


そして、アステナはこの戦争が始まって以来、最強の敵が目の前にいる事を悟った。


「なかなかいい動きをする。こいつらは強いぞ、参謀長」


バルトロメオは緊張のせいで上がった体温を下げる為に、軍服の襟元を指で広げた。


「そのようですな。今のところは互角の勝負ですが、こちらは数において劣勢です。しかも、敵は遠征軍とはいえ、ここで長い間補給を受けています。こちらの有利はほとんどなくなったと言っていいでしょう」


その時、ハレーの目の前の宙域で、駆逐艦が敵から放たれたミサイルを撃墜し、爆発光が咲き乱れた。光はアステナの横顔を照らしだし、そのこめかみに張り付いている汗が光を反射して煌いた。


確かに、レイズ側の船はバルハザール艦隊と比べてひっきりなしに回避機動を取っており、敵のビームの出力がレイズと同等かそれ以上だったならば、瞬く間に何隻かが爆発していただろう。そうならなかったのは、性能差によるところが大きかった。


「ああ。性能差があるとはいえ、数の不利が全て補えるわけではない。こちらは敵の三分の二ほどしかいないのだからな。だが、ここで勝たなくてはいけない、と言うものでもない」


アステナは参謀長を見た。バルトロメオもその意図に気付いたらしく、しっかりと頷いてみせる。それを確認したアステナは、手元の通信ボタンを叩いた。


「はい、閣下」


バデッサが即座に応答する。


「大佐、艦隊を後退させる。その途中で敵の限界を見極めて、反撃、痛手を負わせてから撤退する。いいか?」


「勿論です、閣下。私も同じ事を考えていました」


少し驚いたが、バデッサの能力はとうに知っている。やや微笑みながら、アステナはちらりと正面の大型ディスプレイに映る戦闘状況を見た。


やや押され始めている。


「頼もしい限りだ。頼むぞ」


「お任せあれ、閣下」


通信が切れてから二分後、アステナは予想以上に早く後退の指示を出した。バルハザール艦隊の攻撃は、彼の予想以上に正確で、苛烈なものであり、今の状況は第三艦隊の防戦一方といったところであった。


しかし、ここにきて数回の戦闘を経験した兵士達は、思いのほか善戦して損傷した船こそあれど、沈没した船は無かった。逆に、バルハザール側は巡洋艦二隻と駆逐艦三隻を犠牲にしている。互角の勝負故に双方の損害率は驚くほど低かった。


掻い摘んでいえば、戦闘の流れ自体はアステナの予想の範囲内なのだが、その細かい部分、損害や戦闘状況は、ステナの思惑とはまるで異なったものとなっていた。彼の思い描いた戦闘計画は、二つの分艦隊を用いて機動戦を仕掛け、敵の艦隊の動きの乱れを利用した小規模包囲攻撃戦法なのだが、今の戦いはその正反対、正面切っての決戦となってしまっている。こうなると、数で劣る第三艦隊の不利はますます大きくなってしまうのだ。


一発より二発、百発より二百発のミサイルの方が有利なのは、赤子でも解るくらい自明の理論だからである。


「なるほど。本当にこの敵は手強い」


そこで、アステナは自嘲的な笑みを漏らした。


恐らく、敵の指揮官はそれを読んでいたのだろう。だからこそ、敵はこうも必死に攻撃してくるのである。ここまで砲撃の質と量を高めれば、第三艦隊は釘付けにされてしまう。要はレイズ艦隊の機動力を封じる為に、その隙を与えないように砲撃を加えればいいのだ。


加えて、敵には数の有利がある。威力が低いとはいえ、その砲激密度はレイズのそれを超えているのだ。


「だが、そうはいくものか」


目の前の戦闘状況をモデリングしたホログラフを、穴が開くほど睨みつけて、アステナは時を待った。


「駆逐艦アーダス、撃沈!」


オペレーターが叫ぶのを、歯軋りをして耐える。これ以上味方の船が撃たれているのを見ていたら、今すぐにでも攻撃の命令を下してしまう。それほどの苛立ちを感じながら、それでもアステナは待った。後ろでは、バルトロメオが陣形の穴を塞ぐ為に、ひっきりなしに分艦隊の船を移動させている。ラディスはそれを横で手伝いつつ、他の参謀は、ただ緊張した面持ちで戦闘状況を眺めていた。


もう一隻の駆逐艦が爆発したその時、不意に、敵の砲撃の威力が弱まった。同時に、猛追して来ていた敵艦隊の足が緩む。細かい表示では、敵の船の何隻かが陣形を乱し、バルハザール艦隊が明らかに”眩暈”を起こしていた。


行動の限界点に達したのだろう。アステナはそれを歓喜の思いで見つめた。


今だ。即座に、アステナは通信装置に向かって叫ぶ。


「全艦、一斉射撃!ミサイルも撃て!」


第三艦隊から、無数のミサイルとエネルギービームが放出され、壁のようにしてバルハザール艦隊に迫った。敵はこれあると予期していたかのように、戦線の前面に戦艦を立ててこれを凌いだ。といっても、ビームはかなりの高密度で命中してきた為、八隻ほどの戦艦が爆発し、その後ろで防御に徹していた駆逐艦と巡洋艦も被害を受けた。その後、バルハザール艦隊は時間差で襲い掛かってくるミサイルを視認するや否や、戦艦を戦線の向こう側に後退させ、代わりに前に進み出てきた駆逐艦と軽巡洋艦・重巡洋艦が、重巡洋艦を軸とした立体的な戦闘陣形を驚くべき速さで組み立てると、使用できる全ての武器を使ってミサイルの撃ち落しにかかった。


デコイも入り混じり、とてつもない混乱状況になった戦場の各所で撃ち落されたミサイルや、命中したミサイルが爆発する。しかし、バルハザール艦隊の構築した急造の対空防衛網はかなりの効果があり、発射したミサイルの五分の四が撃墜、残りのほとんどが各艦の固定対空レールガンで撃墜された。だが、それでも弾幕を潜り抜けたミサイルは数多く、相当数の爆発がバルハザール艦隊内で巻き起こった。


「よし、バデッサ」


「はっ」


再び、バデッサ大佐の顔が画面に表示される。


「敵は混乱状態だ。お前は右翼に回れ。私は左翼に行く」


「了解です。閣下、御武運を」


「お前もな」


次いで、第一分艦隊への通信回線を開く。


「第一分艦隊、敵艦隊左翼に回りこむ。進路を左舷五〇度に修正し、第二戦闘速度で前進。戦艦は敵側に展開して部隊を守ってくれ」


第三艦隊は、中央部から真っ二つに別れ、二つの小集団となると、それぞれがバルハザール艦隊の両翼へと向かっていく。混乱状態のバルハザール艦隊は、体勢を立て直すのに夢中で、散発的な砲撃しかしてこない。レイズ側も攻撃は加えるものの、思った以上に陣形の維持に手間取り、効率的な射撃が行えないでいた。


奇妙なことに、この数分間は、戦闘の最中であるにも関わらず平穏な時間が流れた。


が、両分艦隊が位置に付いた時、バルハザール艦隊は艦隊陣形の建て直しを済ませ、そのまま真っ直ぐと後退し始めた。丁度、両翼から挟み撃ちにしようとした第一分艦隊と第三分艦隊が鉢合わせするような状況になると、アステナは息を呑んだ。


「第一分艦隊、全速前進!第三分艦隊の下に潜り込め!」


「閣下?」


驚いた様子のバルトロメオに向かって、アステナは勢いよく振り返る。


「このままでは、無防備なまま、後退した敵艦隊に側面から攻撃を喰らう羽目になる。それに、正面から見方艦隊と衝突するなんてのはごめんだ」


言いつつ、アステナはバデッサへの直通回線を開いた。


「バデッサ、お前達は前進して、第一分艦隊の上方へ行け!このままでは両方ともやられる」


「了解、閣下」


そうして、二つの分艦隊は戦闘中とは思えないほどの急激な加速を開始した。この速度なら申し分ないのだが、一刻も早く離脱したいアステナとしてはこれでも遅く感じられる。その間にも、敵艦隊から分艦隊側面への攻撃は始まっており、落ち着かない様子でアステナは艦隊の状況をチェックした。


とにかく、敵の攻撃の手を少しでも緩めようと側面への攻撃が可能な武器を検索してみるが、発射できるのはミサイル、対空レールガンのみで、各艦には副砲として小型の荷電粒子回転砲塔が装備されているのだが、加速状態で真横の敵を狙うには命中率が低すぎる。それでも、ないよりはマシ、という体で発射を命じた。


その間、敵艦隊はその位置に留まり続けた。こちらに対する攻撃も散発的で、あくまで深追いをせずに、慎重な戦いを心がけているのは明らかだった。


つまり、敵艦隊としては攻撃のタイミングを待っているわけである。アステナは、生唾を飲み下して自分自身の焦る心を落ち着かせた。


両分艦隊は急激な加速を続け、バルハザールが思っていたよりも船の機動性が高いことを証明して見せた。相互に通過した第一・第三分艦隊はそれぞれが反対側へとつきぬけ、ふたつの分艦隊はそれぞれが別方向へと離脱していく。


アステナはタイミングを今に定めた。


「よし、第一・第三分艦隊に通達。第三番惑星軌道上へ向けて進路修正、ポイントM五六へと集結せよ」


「いよいよ離脱しますか」


ラディスがいってくる。バルトロメオは細かい指示で忙しいのだ。


「ああ。これ以上ここで争っても意味はない。我々の目的は、第三番惑星にいるリオたちの為に時間稼ぎをすることだ。ここで彼らを倒すことではない」


再びの突撃を予期していたカリム少将は、突然方向転換して離脱していくレイズ艦隊を見つめ、小さな溜息を漏らした。


「敵も中々やるな。ここで引くとは………」


あれほどダイナミックな戦闘機動を見せられた後であるだけに、アステナの行動は壮年の艦隊指揮官に新鮮な驚きを与えた。そして、自分の艦隊の状況をかんがみて、追撃よりも部隊の再編をすることにしたのだった。


そうして、このカプライザ星系におけるレイズ星間連合宇宙軍とバルハザール宇宙軍の最初の戦闘は幕を閉じたのである。



短い、ううむ、短い………

次回はこれと対照的に長くなると思うので、許してください………

それと、勝手にランキングも9~12位くらい入ってました。あんまり自慢できるあれじゃないですが………

と言うわけで、お手数ですがワンクリック、お願いいたします。

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