一三二年 六月一五日~
今回でバレンティアも少し関与してきます。読者の皆様方の中には「やはり来たか」と思われる方もいらっしゃると思いますが、そこはそれ、まあ楽しんでくださいw
よろしくお願いします。
・アリオス暦一三二年 六月一五日 バレンティア航宙軍第五機動艦隊司令部
第五機動艦隊司令部オフィスに、銀河連合評議会より送られてきた命令書が届いたのは、昼食を済ませて戻ってきたその時だった。
それなりに忙しい一日の中に確保されている、僅かな自由時間を使って読書をしようとしていた、第五機動艦隊司令官クライス・ハルト中将は、自分のデスクの上に小さく山となっている書類の束を見出して溜息をついた。折角の休憩時間から仕事を押し付けられるのは、いつだって気分のいいものではない。ないのだが、彼の仕事の性質上、これを無視するわけにはいかなかった。バレンティア機動艦隊司令官たるもの、命令を受け取るという事は即ち銀河の安寧と治安に関わってくることが大半であるのだ。
取りあえず自分の座席に着いて書類の最初のページに目をやると、そこには連合評議会議長のマークと、承認済みを示す判子が押されており、さらに赤い長方形の線で囲まれた「機密」の字が目を引いた。今回も重要度の高い作戦であると思われるものを見つめて、今回のたびはどれくらいになるのだろうかと軽く想像してみるが、内容を見てもいないときからそれを推測するのは無理があるというものだった。
頬杖をつきながら一ページ目から目を通して、するすると読み進めていく。
内容は近頃メディアを騒がせている、レイズ=バルハザール戦争に第五機動艦隊が介入して停戦させる、というものだった。作戦内容は司令官の自由裁量が認められており、今回はハルトが銀河連合から全権を任された大使であると同時に、全軍の指揮を執る武官でもあるということだ。その正式な命令が先程採択され、こうして彼の元へと届いたというわけである。
デスクに設置されているコンソールのキーボードを叩き、やがて投影されたホログラフの画面に、ハルトと同い年で同期のライオット少将の顔が映し出される。彼は第五機動艦隊の参謀長も勤めている人物で、頭の回る男だ。同時にハルトとは士官学校時代からの付き合いのある親友でもあり、数々の戦いでも頼れる相談役だ。
完璧な敬礼の後で、彼は無表情で言った。
「何か御用でしょうか、閣下」
回りくどい挨拶も抜きに、ハルトは用件を簡潔に伝えた。
「少将、すぐに幕僚を集めてくれ。新しい任務だ。レイズ=バルハザール戦争の調停に向かう」
ライオットは眉を吊り上げた。
「我々に、ですか?そういうものは、以前進駐していた第七艦隊の下へと命令が下るとばかり……」
「俺もそう思っていたが、第七艦隊は一週間後に予定されている艦隊戦闘演習がある。それなら手の空いている第五艦隊に……と言うことらしい」
不本意だが、と付け加えるハルトを見て、ライオットは目玉をぐるりと回して見せた。
「ああ……成る程。確かに、我々は”暇”ですよね」
思わず、口元に笑みが浮かんでしまう。別に暇と言うことではないのだが、他の人々から見れば我々は暇なのだろう。確かに、食後に読書を楽しむ余裕があるのは、ハルトたち第五艦隊位のものなのかもしれない。それでも毎日十時ごろまで残業をしているのだから、その辺りは大目に見てもらいたかったのだが。
「暇している割にはクタクタだがな。幕僚連中が揃ったらまた知らせてくれ。今の艦隊状況を確認したい。細かい作戦内容についてはその場で話しあおう」
「了解いたしました。では、また後ほどお会いいたしましょう」
また敬礼して、ライオットは僅かな電子音と共に姿を消した。再び目の前に現れた執務室の殺風景な内装が視界を満たす。数年間見慣れた景色だが、やはり見ていると憂鬱になる。角張った部屋の作りはここが大きな機動艦隊司令部であることを嫌がおうにも思い出させるし、その司令官たる自分の責務を常に思い出させてくれる。
しかし、そんな中にも不思議にも愛着と言うものは生まれてくるらしい。先程の命令書を受け取った時の疲れた気分から、落ち着いた気分で再び命令書を眺めて、次いで艦隊情報のファイルを呼び出した。
第五機動艦隊……引いてはバレンティア航宙軍の機動艦隊は、一個艦隊が五〇〇隻近い数を誇る戦闘部隊だ。その中枢は旗艦である戦闘母艦からなり、戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、強襲揚陸艦……ありとあらゆる戦闘艦で構成され、どんな状況の戦闘でも柔軟に対応することは可能となっている。指揮官は伝統的に中将クラスの将官が勤め、八つの機動艦隊の上には統合機動艦隊司令部、統合機動艦隊司令長官が組織のトップに立っている。航宙軍は、他に各星系防衛軍も所属しており、こちらは統合防衛艦隊司令部が統括することになっている。統合防衛軍艦隊は機動艦隊と差別的な目で見られることが多いが、その総数は機動艦隊全軍の半分ほどにもお及ぶ大規模で広範囲な組織であり、実践で勇名を馳せた司令官が統合機動艦隊司令長官を務めるのと対照的に、堅実で優秀、人望の厚い人物が務めることが多い。
統合防衛艦隊司令長官と統合機動艦隊司令長官は同じ大将クラスの将官が当たることになり、その地位も同等とされているが、伝統的に規模も大きく主要な戦闘部隊である機動艦隊の長の統合機動艦隊司令長官のほうが、防衛艦隊司令長官よりも重く扱われがちである。これは無理からぬことであり、軍内部によくある摩擦を生み出す苗床ともなっているが、発足より今現在、それほど重い事態には陥っていない。
機動艦隊は、事細かに分割された各戦隊が大まかに分けられた緩やかな分艦隊制をとっている。艦隊は司令官の命令に即座に対応できるように、どの船にも超光速の量子通信装置が搭載され、巡洋艦と駆逐艦には、それぞれ大型、小型の量子フェイズド・アレイ・レーダーを装備している。
この中で、他の国にはない特異な存在である船が、イージス艦である。大きさは重巡洋艦と同じくらいだが、その装備は断然異なる。莫大な軍事費を運用する国力のあるバレンティアであるからこそ運用可能、といわれるほどの高コスト艦で、重巡洋艦に搭載されているレーダーが玩具に思えるほどの高性能量子フェイズド・アレイ・レーダーを装備、星系の半分以上の領域を完璧な精度で捕捉、最高機密の艦隊防空システムにより、各艦のFCSの中に限定的ながら関与、全てのレールガンと防空ミサイルを制御し、効果的な防御効果を発揮する。
即ち、文字通り艦隊を守る盾の役割を持つ船となるわけだ。その効果は少ない実戦で証明されており、一番近年の例ではバルハザールでの内部紛争において、介入したバレンティア航宙軍第七艦隊の敵ミサイルによる損害はほとんど皆無であったことだ。
と、その時、唐突にコンソールの電子音が響いた。来客を告げるランプが灯り、ハルトは客人の所属を確認してから、思わず立ち上がってドアを開く。
シュッ、という空気の抜ける音と共に、通路から一人の男性将官が入ってくる。気楽な様子で入ってきたその将官は体格のいい老人で、腰を曲げて歩いてはおらず、逆に若々しい足取りで近付いてくる。肩に張り付いている階級章は大将。被った航宙軍ベレー帽の下に覘く白髪はその白さの割に確かな威厳を宿し、眠そうな瞼の下に覘く両眼は、今まで見たこともない、したたかな光を宿している。
気楽な様子とは反対に、部屋の空気がぴんと張り詰め、ハルトは出来る限り完璧な敬礼をした。
「これは、司令長官閣下」
バレンティア機動艦隊統合司令長官と呼ばれた老人は、ポケットに手を突っ込んたまま、軽く答礼した。
この人物こそが、史上最強の軍隊の現代における最高指揮官、ジョン・テイラー大将、その人である。
「気負わなくていい、中将。珈琲はあるかね?」
「ええ、あります。少々お待ちください」
まるで雑貨店の店員みたいなことを言いながら、ハルトは急いで壁に設置されているコーヒーメーカーへと急いだ。二つの紙コップに同じ量の珈琲を注ぎ、注意深くジョンの手に手渡した。彼はその珈琲を一口のみ、ひとつ息を吐き出すと、ぼんやりと部屋の中を眺めた。その間も、ハルトは何を言われるのだろうかと、落ち着かない表情で佇むだけだった。
「中将」
「はい」
来た時と同じくらい唐突にジョンが声を出すと、ハルトは少し驚いた様子で応じた。
「今回の遠征なんじゃが……少し話さねばならんことがあってな」
「と、仰りますと?」
老人は口元に生えた少しの髭を撫でながら、眠そうな瞼を瞬かせた。
「うむ。色々と潜り込ませている情報部の連中から、気になる事を言われてな。どうもバルハザールは出所不明の無人艦隊を運用しておるらしい。尤も、今はアステナ准将に撃破され、宇宙の藻屑となって浮いているらしいが」
隠しきれない驚きの色を浮かべるハルトに向かって、老人は悪戯っぽい笑みをして見せた。どうも、この人は人を驚かすのが趣味らしい。
それは構わず、ハルトは聞き返す。
「無人艦隊、ですって?」
「そうだ。何でも、乗員をまったく必要とすることなく、自立的に機動を行い、インプットされた命令どおりに動くことのできる艦隊らしくてな。わしもにわかには信じ難いが、その様な報告が複数はいっている以上無視するわけにもいくまい」
紙コップに入っている熱い珈琲を難なく飲み干してから、彼は紙コップの底を見つめつつ話を続けた。まさか、ここで話が終わりと言うわけでもあるまい。統合機動艦隊司令長官直々にお出ましになったのだ、立ち話をするためではあるまい。
「それで、つまり?」
「つまり」
ジョンは紙コップを握りつぶして軽く部屋の隅のゴミ箱に放り投げると、しっかりとした目つきでハルトを見つめた。そうなると、自然、ハルトの姿勢も良くなる。
「第五機動艦隊司令、クライス・ハルト中将。君に極秘任務を言い渡す。バルハザールの領宙に侵攻し、彼らが証拠を隠滅する前に、無人艦隊についての情報を入手して欲しい。これは司令長官である私自ら君に依頼するものであり、その重要度は此度の遠征自体より重要である。理解したかね?」
「はっ!謹んで、拝命いたします」
「よろしい。では、君の報告を楽しみにしておるよ。この老人の、冥土の土産を見繕ってきてくれ」
司令長官はそういい残すと、上機嫌な態で部屋を後にした。
「バルハザール領宙への侵攻作戦、か」
ハルトを迎えに来たライオットが、通路を歩きながら声を漏らす。ハルトは頷き、腕を組んでしかめっ面をして見せた。
どうも、先程のジョン司令長官から言い渡された任務に、少なからず戸惑いを感じている自分が居て、それを鬱陶しく思ったのだ。無論、ライオットがそれを察したとは思えないが、そういった裏の事情までも知り尽くしているような雰囲気が彼にはあった。
「そうだ。銀河連合はどうも、俺達機動艦隊だけを働かせるつもりらしい」
その言葉に、ライオットは苦笑しながら答えた。毎度お馴染みの事ながら、機動艦隊はその武力から一個艦隊でも国家を相手取ることが可能である為、複数の艦隊を動かすことで同時に他国家と戦火を交えることが可能なのである。
そして、それこそがバレンティアの発言力の源たる要因でもあるのだ。
「当たり前だろ。他の国の艦隊では戦力が足りないし、連合艦隊を編成するのにも金と時間が掛かりすぎる。さらにいえば―――」
「艦隊を動かすだけの国力があるのはバレンティアだけ。解っているよ。少し愚痴を言いたくなっただけだ」
「ならいい。愚痴は、我が司令官の十八番だもんな」
苦笑いして、軍服のポケットに手を突っ込んで通路を歩き、会議室へと続く最後の通路を曲がる。会議室のドアの外には誰も居らず、ハルトは溜息をついた。警備が無用心すぎると思ったのだ。まあ、衛兵がいなくても天井に設置されている侵入者撃退用のレーザーシステムがそれを阻止するのだが。
自動ドアが左に身を避けて、半球形状のドーム型になった、会議室の中央部にある演壇の、むかって右側のドアから歩み入る。
既に左側に見渡せる椅子には、大勢の士官が座っていた。座席は二百以上用意されており、会議を行う際には、適当な兵士が士官達の為のお茶くみなどをすることになっている。さらに演壇の真後ろには高解像度の大型ディスプレイが壁一面に張り巡らされ、必要な時は、演壇に立つ演説者とそれを聞く傍聴席の間に立体映像を投影することもできる。空調設備も完璧で、外に情報が漏れない、対盗聴システムも完備されている。
そんな、見かけによらず金をかけて作られた部屋の演壇まで歩いていく。一段高くなった演壇の上に上ってハルトは中央部に立つと、ライオットはその隣に立ち大声で怒鳴った。
「起立!敬礼!」
百人以上の士官が立ち上がって、一斉に敬礼した。ハルトが答礼し、腕を下ろすと、今度は「休め!」の号令が響き渡る。彼らは手を腰の横にぴたりとつける位置まで下げると、神妙な面持ちで自分たちの司令官を見つめた。
「皆、座ってくれ」
演壇に歩み出てハルトが言うと、ほんの数秒間だけ椅子に座る雑多な音が響いた。前線の地上部隊などで使われる強化プラスチックの椅子の安い音ではなく、しっかりとした強化アルミ合金製の椅子だ。
ようやく室内が静かになって話の出来る状態になると、ハルトはひとつ咳払いをした。
「諸君らに集まってもらったのは他でもない。つい先程、統合機動艦隊司令部より、銀河連合評議会よりの命令が下った。我が艦隊はレイズ=バルハザール戦争に介入、これを平定すべく、バルハザール国内へと武力侵攻を行う」
少なからずのざわめきが広がるが、それもすぐに静まった。ライオットが部屋中に響き渡るようにお菊咳払いをしたからだ。
沈黙を取り戻した士官達に、ハルトは再び語りかける。
「よって、通達する。我が艦隊に所属する、旗艦ラインベルト以下の全戦闘艦艇および非戦闘艦艇は、これより遠征準備に入り、二日後に出立。途中、会議を開いて介入計画を練り、一刻も早い戦争終結を図る。何か質問は?」
いくつかの手が上がった。その中で最も目に付いた一本の腕を見て、彼は頷く。一人の大佐が立ち上がった。
「完全装備で行くのでしょうか?それとも、治安維持のための最低装備で?」
ハルトは即答した。
「いや、完全装備だ。向こう側では何が起こるか解らない。そもそも、紛争から時間も経っていないのに、即座に軍事行動に移れたバルハザールには何かあると見ていいだろう。もしかしたら、大規模な艦隊を擁しているかもしれん。レイズとの戦争で疲弊しているだろうが、備えあれば憂いなし、だ」
頷いて、大佐は座る。ハルトは引き続き、艦隊内部の不安要素をなくすために彼らを眺め回した。
「他は?」
今の大佐の質問で、何本かの手が下がったが、また二本ほど上がった。ハルトは、手前側の一人の女性中佐に向かって頷く。彼女はきびきびとした様子で立ち上がり、質問した。
「閣下、途中の惑星は占領していくのですか?それとも、防衛施設の破壊のみで留め、侵攻をするのみですか?」
ハルトは少し考えてから答えた。本来はここいらの細かい事柄は今後の会議で決定しようと思っていたのだが、ここで彼の考えを披露しても罰は当たるまい。
それに、これに関してはジョン・テイラー統合機動艦隊司令長官閣下からの依頼もある。それを踏まえて、ハルトはなるべくこれが半分決定されたことであることを知らせた。
「必要があれば占領する。バルハザールには、先程も言ったように何かがある。その手がかりになりそうなものや、やむを得ず補給品を調達しなければならないときは、惑星を占領するだろう。だがそれも一時的だ。準備ができたら、すぐにそこを離れる。憲兵を置く必要も無いだろう。我々の主たる任務は彼の地に平穏と安寧を取り戻すことであり、これは連合の意思だ。それを果たすのに必要であれば、そういった危険も冒すことになるだろう」
中佐は先程の大佐と同じように頷き、席に座った。それっきり、手は上がらなくなった。
「よし、これまでだな。各戦隊長は、自分の部隊の準備が整った時点で私に連絡をくれ。何か変更点があれば追って伝える。以上だ」
「起立!敬礼!」
ライオットの声が響き、ハルトは答礼してから会議室を出た。
オフィスには、新たな仕事が山のように待ち受けているはずだった。
・アリオス暦一三二年 六月二〇日 大型巡洋船アクトウェイ
複数のレイズ星間連合宇宙軍艦に囲まれながらアクトウェイは虚空に浮かんでいる。いや、そう見えるが、実際は秒速数千キロの超高速で航行しているのだ。それでも、巨大な宇宙空間を移動するのには遅すぎるくらいで、大きな視点から見れば虫が這いずるよりも遅く動いているようなものなのだ。
リガルは自分の目の前のホログラフが表示している、アクトウェイから離れていくやや大きな艦隊のアイコンを見つめながら、手元に置いてある紙コップの珈琲を一口飲んだ。
結局、アステナ准将は艦隊を二つに分けた。第三分艦隊のバデッサ大佐と、アステナ司令官自身の第一分艦隊が、第二番惑星の敵艦隊へと向けて進路を変更している。残った第二分艦隊とアクトウェイが、近くの氷に覆われた第三番惑星へと向かう為に、速度を維持したまま、大きな弧を描いて旋回している最中だった。
要塞化された第三番惑星については、近付いていくにつれて様々なことが解ってきた。まず、地表には少なくとも一〇〇程のビーム砲台が設置され、その二倍の数のミサイルランチャーが、宇宙空間からやってくる第三分艦隊とアクトウェイを迎え撃つべく小型の量子センサーを向けているらしく、その波長がアクトウェイにも観測できていた。
「結構慌しいわね」
セシルが手元に置かれているホットドッグを手にとって、かじりながら呟いた。右手だけでコンソールを叩いているにも関わらず、彼女の腕前にはいささかの衰えも見られない。感嘆しつつ、珈琲の香りを楽しみながら聞き返す。
「どういうことだ?」
セシルは横目でリガルを見やると、再びコンソールに目を戻して、ボタンを一つ叩いた。
即座にリガルの目の前に、なにやらよく解らない波形のグラフが表示され、それはある一定の周期で飛び上がったり沈み込んだりしており、さらに複雑な数値データが事細かに表示されている。
複雑難解なグラフを解読しようとリガルは無駄な努力をするが、予想通りの徒労に終わった。
「えっと……この著しい反応は何なんだ?」
少なくともグラフは読めるんだぞ、と負け惜しみじみた口調で言われ、セシルは微笑んだ。
「それは、敵の使用しているレーダーから照射されてきた量子波です。アクトウェイから反射して向こうに届いても、向こうの受信装置が航宙艦に搭載されている精密なものでない限り感知することはありません」
「成る程。それで、今何が起こっているんだ?」
「まあ、掻い摘んで説明すれば、敵は何故か武器に装備されている小型のレーダーを無理矢理使って、長距離の艦隊の位置を掴もうとしているってことです」
リガルの眉が釣りあがった。セシルの言っていることの矛盾点をどうにか飲み込んで、それを口に出して確認した。
「なあ、”短距離の”レーダーで、どうやって”長距離の”場所に居る敵を感知することができるんだ?」
セシルは肩をすくめた。彼女にもよく解っていないらしい。
「解りません。普通は、どう探知するかわかりますよね?」
リガルは頷いた。
「ああ。長距離用のフェイズド・アレイ・レーダーを設置して、量子センサーを用いて超光速で探知する。そうだろ?」
「ええ。ちなみに言えば、さっきまでは通常の長距離センサーを使って探査してた。でも、今は短距離用を使って探査している」
リガルはあることに思い当たり、少し考え込んだ。やがて顔を上げて、賞賛の色を浮かべてセシルを見た。
「つまり、敵には長距離レーダーを使って探査できる時間が限られている……ということだな」
セシルは、その端正な顔に天使のような笑顔を浮かべた。まるで教え子が期待通りの返答をしてきた教師の様でもある
「そういうことです。どういう理由かは知りませんけど、これで敵の隙を突くことができますね」
「ああ、君のお陰だ。リオ大佐」
即座に第二分艦隊のリオ大佐への通信を繋ぐと、時間を置かずにやや疲れた顔の女性指揮官の顔が映った。リオ大佐とは先日アステナ准将と会ったときに同席していたので、初対面特有の気負いもなく軽く会釈すると、向こうも同じ動作をする。
「ああ、リガル船長。どうかしましたか?」
「大佐、うちの管制官がいい発見をしました。敵のレーダーは、使える時間帯と使えない時間帯があるようです」
リオは、リガルと同じように眉を吊り上げた。敵の意外な弱点が、意外な人間から知らされたのに驚いているのだろう。
「本当ですか?船長」
心なしか、彼女の声は上ずって聞こえた。
「ええ。ですが、確証はありません。より詳細なデータを転送させますので、そちらでも検討してみてください」
「解りました。ありがとうございます、船長。その管制官にも礼を言ってください。では」
笑顔で消えた大佐の映像の残滓を見つめながら、リガルはセシルを見つめ返した。
「驚いた。大佐よりも君のほうが美人だ」
「有難うございます」
にっこりと笑って、セシルはホットドッグを丸かじりした。
イーライが欠伸をする。
「船長、これからどうなりますかね?」
「どうだろうな」
適当な返事で返すと、イーライは苦笑いして座席ごと振り返った。
「そう邪険にしないでくださいよ。あてぐらいは付いてるんでしょう?」
「まあ、正直なところな。今の状態で確実に第三番惑星を制圧するには、方法は一つだろう」
その話に興味を引かれたのか、ジュリーがポケットウィスキーの蓋を開けながら割り込んできた。彼女の機動はただでさえ荒っぽいので飲酒運転は勘弁してもらいたいが、彼女の場合、「しらふでこんなでかいもんを動かしてられるか」というところらしい。
「どういう方法だい?見たところ、あの惑星は見かけ以上に堅固な防衛網を敷いているよ。分艦隊一つじゃあどうにもできないんじゃないかい?」
リガルは指を動かして第三番惑星のホログラフを呼び出す。気付いたら、船長席の後ろでアキとキャロッサがなにやら話しこんでいた。普段はあまり話さない二人組みが話しているという事実に興味を惹かれるリガルだが、取りあえず意識をこの話題に移した。
「確かに、リオ大佐の率いている第二分艦隊は総勢四〇隻ほどの部隊で、お世辞にも大艦隊とはいえない。さらに、敵の惑星地表上にはかなりの数の対宙兵装が確認されており、まず、正面から接近するのは危険だ。地上設置型の対宙兵装は威力が高いし、何より安定した命中率がある。大気の状態にもよるが、今のところは天候が安定しているようだし、気温も宇宙空間の絶対零度に近いものだから予想以上に当ててくるだろう。まず、敵射程圏内での戦闘は自殺行為だ」
リガルはそこまで言うと、セシルが表示してくれたあのグラフを拡大し、ホログラフを掴んで丸めると、それを正面にある、星の海を映している巨大な超高解像度全天ディスプレイにぶつかったホログラフは、広がって同じグラフを大きく表示した。
「だが、今のセシルの情報から察するに、敵のレーダーの使用不可能な時間帯を使って不意打ちをかけることはできる。敵の対宙兵装も常時戦闘体勢をとっている訳ではないから、かなりの速度で近付いて、そのまま地上の装備を破壊する。できれば、エネルギー源の核融合炉なんかを爆撃したら、敵の地上での活動は大幅に制限されるだろうな」
リガルが説明すると、イーライは感嘆の吐息を漏らし、ジュリーは溜息をつき、セシルは両目をぐるりと回した。フィリップに目をやると、彼はいびきを掻いて寝ている。機関に異常がない限りは起きないだろう。
ジュリーが言った。
「なるほどね。でも、敵のレーダーが使えなくなる時期を確実に把握しておかないと、最悪の事態になるよ。そっちのほうはどうなんだい?」
「鋭いな、航海長。そう、問題はそこだ。一歩間違えば、数百門の対宙兵装から無数のビームとミサイルを放たれることになる。まあ、そこを考えるのが仕事ではないしな」
とは言いつつも、リガルには敵のレーダーが使えなくなる理由も粗方見当が付いているのだが、そこまでは言わないでおいた。
そして、一つの奇策が思い浮かんだのだ。それは、早い話がアクトウェイが苦労する作戦なのだが、リガルは頭の隅においておくに留めた。楽をして依頼を達成できるならそれに越したことはない、と、彼は航宙服の襟を緩めて背もたれを倒す。
天井に映る暗闇を見つめながら、地上兵装について考えた。それらは恐らく、宇宙空間に向けられた対艦、対宙兵装であることは確実だろう。だが、先程リガルが言ったとおりの命中精度が実現するだろうか?そこに思い当たり、リガルはイーライを呼んだ。
「イーライ、ちょっと聞きたいんだが」
「なんでしょう、船長?」
「先に君に聞くべきだった。大気圏内から宇宙空間の目標を狙うのは簡単なのか?」
自分の愚かさを恥じ、耳朶が熱くなるのを感じるが、イーライはそこには触れずに答えてくれた。
「そうですね。先程船長が仰ったとおり、惑星の気温が絶対零度に近いなら、地上から宇宙空間へと量子センサーを向けた照準は気温差による屈折を起こさずに飛ぶため、命中精度は高くなります。が、人間が済める程度の気温となると、絶対零度の比べれば、少なくとも百度前後の気温差が生じます。そうなると、後は砲手の手腕次第ですね」
「ふうん。つまり、運がいいか悪いか、ってことか」
「はい。ですが、今回は地上からの砲撃はあまり気にしないでいいかもしれません」
その言葉に、リガルは背もたれを再び起こして、座席をこちらに向けているイーライを見やった。
「どういうことだ?」
「ええと、つまりですね。敵の量子センサーの件から察するに、敵は正確で大規模なレーダー設備は持っていないと推測されます。あるにはあるでしょうが、使える時間帯に限界がある。なら、使えないときに攻撃してしまえば、命中精度なんて当てになりませんよ」
若い砲雷長は、最後にそう締めくくって話を終えた。
終わりです。今回はどうだったでしょうか?退屈な裏場面ばかりで申し訳ないのですが・・・
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