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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
21/104

一三二年 六月一日~ ②

やはり戦闘と、その後の話です。

最近は大学も忙しいので、中々アップもできませんでした…すいません………

また、書き溜めていた分を大幅に書き換えた為に、当初のストーリーとはまた異なるものに仕上がりましたので、どうぞおたのしみください。

「さあ、そろそろ行くか」


リガルが言うと、全員の顔が引き締まる。アクトウェイは交戦している第三艦隊とバルハザール艦隊の、ほぼ右翼側に位置していた。横から攻撃を仕掛けるには最適の位置であり、タイミングも、敵艦隊が第三艦隊しか見ていない今しかなかった。


アクトウェイの半球形の艦橋でリガルは船長席の上に立ち上がり、手を振って指示を下した。


「機関始動、左舷九〇度回頭!第二戦闘速度で前進し、バルハザール艦隊の左翼部隊への攻撃を開始する」


「神のご加護を」


そう呟いたのはジュリーだ。彼女に信仰心があったのかと疑問が浮かんだが、今はそれに構っている余裕は無かった。


巨大なアクトウェイの船体に僅かな振動が走り、巨大なパワーコアに再び灯がともる。ややあって減速し、黒く巨大な船体が左に回頭し始める。艦首がバルハザール艦隊の方向へと据えられると、この宙域に居るどの船よりも速い速度で進み始めた。


それは、さながらに槍であった。青いプラズマ反動推進のを引きながら宇宙を駆けるアクトウェイの姿は、銃口から放たれた弾丸に等しい破壊力を持っている。


リガルは艦の状況報告のデータの長い羅列に目をやり、最後の瞬間までチェックをする。


眺めながらリガルは思った。確かにアキの言うとおり、この作戦が失敗するとしたら、それは彼とアキの責任だ。だから、どんな失敗も見逃すわけにはいかなかった。それが船長としいて、放浪者ノーマッドとしての彼のプライドであり、義務だった。


「大丈夫ですよ、船長」


それを見ていたイーライが言う。続いてフィリップ、ジュリー、セシルがリガルを見て、にやりと笑った。まるで「失敗」という二文字を知らない顔を見て、リガルの顔に思わず笑みが零れる。

どうやら俺を信じていないのは、俺だけだったらしい。


「そうだな。アキ、状況!」


アキはこんな時dも淡々と答えた。


「はい、船長。バルハザール艦隊の左翼部隊は、重巡洋艦と駆逐艦を中心とした部隊です。奇妙な編成ですが、これは長い突撃の間に陣形が乱れたせいであると思われます。また、左翼の独立した部隊として推測できるのは二七隻。どれもレイズ星間連合軍の船より劣るものの、性能は先日の海賊船とは比べ物になりません。常時最大火力の維持を強く推奨します」


「船長了解。皆、聞いてくれ。プランは先程話したとおりだ。目的は、レイズ星間連合第三艦隊が体勢を立て直すための時間稼ぎ。ここで彼らが敗れれば、後方には纏まった防衛兵力はない。最後の防波堤だ。失敗するわけにはいかないが……」


今度こそ、リガルは確かに笑って見せた。


「そんなものは無い。生きて帰るぞ」


「「アイアイ・サー!」」


声が響く。それが、リガルに残っていたほんの少しの不安を拭い去った。それに呼応するかのように、アクトウェイはするすると加速していく。数万トンの質量を持つ船とは思えない軌跡を虚空に描きつつ、黒い船は荒れ狂う破壊と暴風の嵐の中に突進した。


「砲撃開始!」


瞬間的に、アクトウェイの船体の各所に配置されている無数の対空レールガンと十数基のミサイルランチャー、同じほどのエネルギービーム砲塔の照準が定められる。

そして、雨のような斉射が始まった。


最初に犠牲になったのは、最左翼に位置していた駆逐艦アーデルである。この船には乗組員が百人ほど乗り込み、艦長は紛争終結後に採用されたばかりの新任少佐だった。彼は目前の第三艦隊に気を取られすぎて周辺警戒を怠り、民間船であるアクトウェイの移動に気づきはしたものの、それを報告したり対策を講じたりすることは無かった。そして、それが彼にとっての最期で最大の失態となったのだ。


アクトウェイの瞬間火力は軍用艦で言う重巡洋艦に匹敵する。さらに言えば、長い年月を経て、経験から凄まじい処理能力を持つに至ったアキのFCSとイーライの絶妙な手腕とが相まって、下手をすれば戦艦並みの火力を持っていた。


また、この時点でアクトウェイは陣形内に突入はしていない。加速を始めたのも数分前であるので、今は俯瞰的に見て緩やかな速度で左翼に近付いている段階だ。そこで、砲撃を加えて道を確保したのである。


セシルが叫んだ。


「敵左翼部隊の数隻が回頭を始めました。こちらの迎撃に掛かる様です」


仲間をやられてようやく気がついたのか、左翼部隊の数隻が減速して陣形の中で回頭し始めている。その様は唸りながら近づいてくる狼を連想させるが、リガルは恐れなかった。


何しろ、こっちは”飛んで”いるのだ。狼など敵ではない。


「やらせるな。第三番から九番、ミサイル発射。主砲は全て、回頭を始めて船を狙え」


「了解」


イーライの放ったミサイルは加速状態のアクトウェイから放たれたため、相対速度も加えてかなりの速度で発射された。一撃で駆逐艦沈めうるほどの威力を持ったミサイルを迎撃すべく、敵艦隊の左翼部隊が対空レールガンで迎撃を図ってくる。それらは数も少ないので薄いものだったが、アクトウェイの放ったミサイルの数もたかが知れている。敵軍はそれだけで十分だと思ったのだろう。或いは仲間をやられた怒りでそれどころではないのかもしれない。


が、イーライの組んだ対ミサイル迎撃システムは、アクトウェイのレーダーが捉えて弾丸のデータを超光速で受け取ると、それを元に軌道を修正し、自身にとって最も安全なコースで飛行をする命令をミサイルに伝達する。電波通信でミサイルを誘導していた時代とは違う超光速誘導方式は、ミサイル自身のレーダーに頼るのではなく通信のタイムラグの皆無な超光速通信で誘導が可能という点だ。結果としてより精密なミサイルの誘導が可能となり、七発のミサイル全てが対空防衛網を掻い潜って、不運な駆逐艦二隻と軽巡洋艦一隻に命中した。


眩い火球が二つ、暗い宇宙空間に出現する。その間に位置していた軽巡洋艦は何とか持ちこたえたものの、ミサイルの弾頭に吹き飛ばされて大きく風穴を開けられた艦腹から目に見えるほどの大量の空気と残骸を、まるで血液のように撒き散らしているところを見ると、どうやら戦闘能力は奪えたようである。地獄のような惨状を引き起こしたまま、軽巡洋艦はあらぬ方向へと漂流し始め、そこから救命ポッドがいくつか飛び出してきた。


だが、勿論アクトウェイには回収する余裕は無い。


「敵艦隊、減速」


セシルが言う。どうやら、敵の司令官はアクトウェイが無視できない存在であることにようやく気づいたらしい。左翼の程近い位置にある部隊が反転し、こちらに向かってきた。


アクトウェイは、既にバルハザール艦隊に肉薄している。


「イーライ、最大火力!危険度の高い艦から狙っていけ」


「了解!」


主砲のエネルギービームが、軽快な機動力で真っ先に回頭してきた軽巡洋艦と駆逐艦を狙い始める。青白いビームの槍は駆逐艦の一隻を貫き、その爆発で空いた陣形の穴に、アクトウェイは飛び込んだ。複数の敵艦から対空レールガンとビームが飛んでくるが、ビームは当たることなく、対空レールガンの雨はシールドに当たって蒸発して消えていくだけだ。それが漆黒のアクトウェイの輝きを与え、さながら流星のように陣形を切り裂いていく。


「PSA装甲、強度九八パーセント」


フィリップの報告。次いで、またもセシルが叫んだ。


「船長、敵に囲まれています!」


「構わん、突っ切れ!ジュリー、敵とぶつかるなよ」


「ごっつんこ、ってかい、船長?」


アッハッハ、とジュリーは笑う。彼女は巧みにアクトウェイを操り、見事なまでに敵の陣形の隙間を縫うコースで進んでいく。酒が回っているのか知らないが、どういうわけか今日の運転は荒っぽかった。息を呑むような近くを敵の船の残骸や駆逐艦が通り過ぎていく様を見るのは、リガルの肝を冷やした。


「飲酒運転はするなって習わなかったのか!?」


イーライが横目でジュリーを見ながら、忙しくコンソールを叩いて言う。ジュリーは知らん顔をして、そのままアクトウェイを捻る。ドリルが進んでいくように回転しながら、アクトウェイは勢いよく駆逐艦の横数百メートルの位置をすり抜けた。相対速度は時速数万キロだろう。


「うぉお!?」


「女みたいな声を出すんじゃないよ、フィリップ!」


猛スピードで進むアクトウェイに、敵艦隊は明らかに対処できていなかった。たかが一隻といえども、その一隻が強すぎる場合もある。今のように集団の外部にしか注意を向けていなかったせいで、内部に対処できなくなっているのはがいい例だ。だが、闇雲に放たれたビームも何発か命中し、ミサイルも一発命中した。その都度、フィリップの的確なダメージコントロールで被害は最小限に食い止められ、艦に被害が及ぶことはなかった。衝撃で崩された艦のバランスはジュリーがすぐさま立て直し、その時間はイーライが砲撃で稼ぐ。セシルは妨害電波で敵と電子線を繰り広げ、キャロッサは救急箱を抱えて、奥の座席で揺れ続ける船に耐えていた。。


ものの十分間で、アクトウェイは敵艦隊の楕円形となった陣形のほぼ中央部を突破し、右翼側へと突き出た。船が通った戸に残っているのは、残骸か、目標を見失った敵艦だけだ。


そして、リガルは陣形の中から脱出すると同時に、戦況表示を見て第三艦隊の動きを確認する。


アステナとか言う司令官は、本当に優れた指揮官のようだ。あの状態から艦隊を立て直させたこともそうだが、今のアクトウェイが敵の陣形を乱して脱出し、第三艦隊の砲撃から逃れられる位置まできたのを確認して、艦隊に斉射三連を命じていた。


津波のような勢いでバルハザール艦隊に襲い掛かる光の壁が、完全に陣形を乱されて混乱しているバルハザール艦隊へと降り注ぎ、陣形の各所で巨大な爆発が発生した。宇宙空間は光で満たされ、それが収まった頃、セシルが報告する。


「敵艦隊、損害五十六パーセント。残っている艦艇は、戦闘続行可能なものだけで七〇隻前後です。残っている艦も損害を被っている模様」


「よし。これより、我が艦は離脱する。ジュリー、第三巡航速度で惑星メキシコへと向かってくれ。また補給を受けたい」


「あいよ、船長」


「イーライ、対空レールガンの砲門は開いたまま、他のFCSをオフライン。同時に、全兵装のシステムチェック」


「了解」


アクトウェイの全身に設置されている対空レールガン以外の兵装が、全て黒い船体の中に収納されていく。瞬く間に警戒航行状態へと移行したアクトウェイは、そのまま揺るやかな弧を描いて、進路を惑星メキシコへと取った。


「セシル、第三艦隊へとメキシコへの帰還の意思を知らせてくれ」


「了解です、船長」


大仕事を終えたからか、リガルの手には汗がべっとりとついていた。






その頃、第三艦隊は歓喜の雄たけびを上げていた。


アクトウェイが高速で陣形内を横断した為に、バルハザール艦隊は混乱の極みに達しており、さらに第三艦隊の斉射で完全に崩壊していた。


逃げ惑う船を、第三艦隊の船が次々に撃沈していく。復讐の炎に猛り狂った艦砲射撃の雨が、バルハザール艦隊を完全に打ちのめした頃、オペレーターがアステナの隣まで来た。


「閣下、アクトウェイから通信です」


その言葉に、アステナは上機嫌な体を隠し切ることができなかった。


「なんだ?英雄達はなんと言っている?」


オペレーターは笑った。彼らの心に、既にあの黒い船は焼きついている。英雄というものは常々、現場にいる者にとって疫病神にも女神にもなりうる存在だが、アクトウェイは女神であることは間違いない。正に百年前のオリオン腕大戦の時のジェームス・ストラコビッチ以来ではなかろうか。


「これより、アクトウェイはメキシコへと帰還するそうです。補給のために」


「了解した。彼らに、『航海の無事を祈る。後、司令部に顔を出すように。貴艦の優先を祝す』、と」


「承知しました」


オペレーターが去ると、今度はバルトロメオが歩み寄ってきた。眼鏡をかけた、いつもは感情を隠している参謀長は、目に見えるほどの高揚感を視線で訴えてきていた。


「閣下、敵艦隊が機関を停止して降伏しました。レイド大佐と名乗る人物が、残存部隊の代表者として名乗り出ていますが」


大佐?おかしい、とアステナは少し眉を顰めた。。この規模の艦隊を指揮するのは、バルハザール艦隊では中将が一般的のはずで、いくつかの艦隊を統合する大将の役割等が上に続いている。紛争の頃はそうだったが、何か内部組織の変更でもあったのだろうか。


だが、今回の戦闘の規模からして恐らく戦死だろう。彼がそう見当をつけたとき、参謀長が追加した。


「尚、司令官は自決した、とのことです」


その言葉が、アステナの胸中にどう響いたのかは知らない。少なくとも、バルトロメオにはやや意気消沈したように見えたし、ラディスにはアステナがより確かな勝利を実感したものと見て取った。

彼はやや間を置いた後に答えた。


「そうか。第二分艦隊に、バルハザール艦隊を警護しながら惑星メキシコへと向かうように伝えろ。第三分艦隊はここに待機して、機雷を散布。第一分艦隊は第二分艦隊に同行する。バデッサに機雷を撒きすぎないように注意するように伝えてくれ」


「了解いたしました」


通信ボタンを叩くと、即座に第二分艦隊司令官、リオ大佐の精悍な顔が画面に現れた。先の戦闘で疲れたのだろう。やや乱れた髪の毛と乾いた唇が、その疲労を物語っている。彼女の指揮する第二分艦隊は此度の戦いで尋常ならざる粘り強さを見せていた。事実上、第三艦隊の戦線を支えていたのは彼女の分艦隊に他ならない。


「なんでしょう、閣下」


「大佐、君の第二分艦隊にバルハザール艦隊の護衛任務の作戦指令所を送った。必要と有らば砲撃してくれても構わないが、出来る限り……」


リオは、続きを片手で遮った。


「承知しています、閣下。今しがた命令文が届きました。必要な時は、それ相応の処置をします。何かあったときは、連絡を」


「ああ、頼む」


それからの三〇分間で、第三艦隊は手早く準備を整えた。兵士達は疲れ果てていたが、最後の力を振り絞って仕事をやり遂げると、ようやくアステナは彼らに休息を命じた。途端に旗艦ハレーを含む、第三艦隊の各艦ではベッドにもぐらずに眠り込む兵士達が突如として大量出現し、当直の士官達を苦笑いさせた。


アリオス暦一三二年六月四日。レイズ星間連合軍はバルハザール艦隊の第二波攻撃を撃滅せしめ、改めてカプライザ星系の奪還作戦の準備へと入った。今回の戦いでの両軍の損失は、レイズ星間連合宇宙軍が、当初の一五九隻のうち一一隻、バルハザール宇宙軍が当初の総戦力一八〇隻のうち一五一隻を失い、勝敗はレイズ側に決することとなった。


そして、これは後に「レイズ=バルハザール戦争」と呼ばれる戦争の中で、レイズ星間連合軍とバルハザール宇宙軍が初めて交戦した戦闘でもあった。





・アリオス暦一三二年 六月一四日 大型巡洋船アクトウェイ




最後のチェックを済ませて、リガルは力を抜いて船長席に身をもたれた。深々と彼の体を受け止める椅子の背もたれが軋んだ音も立てずに沈みこみ、なんともいえない眠気が彼の体を支配していく。

あの戦いが終わって二週間弱。第三艦隊とアクトウェイは完璧に準備を済ませて、カプライザ星系方面へのワープポイントに整然と浮かんでいた。


戦闘でそれなりの船を失った第三艦隊は、総勢一四八隻と、以前よりも小規模なものになっている。さらに、今稼動している三つの正規艦隊のうち、第二艦隊は既に他の星系の防衛・奪還に当たっている為、今自由に稼動できるのは第三艦隊と第一艦隊だ。しかも、第一艦隊は編成を済ませてようやく出発した次第であり、その到着を待っていれば、カプライザ星系奪還の機会を逃すことは間違いなかった。さらにいえば、第一艦隊は戦線の崩壊する可能性が高いほうの戦闘に援軍として参加する事になっており、順調に星系の解放を進めている第三艦隊の援軍には現れない可能性が濃厚だった。


そこで、第三艦隊指揮官のアステナ准将は、傘下の艦隊の再編が完了し次第、カプライザ星系のワープを通達していた。その意図は数の劣勢を取り返すための電撃作戦であり、可能な限りの奇襲や待ち伏せといった戦術でこの劣勢を挽回しようとする、アステナ准将の意図が見て取れた。


尋常ではない速度で準備を終えた第三艦隊の雄姿をモニターで眺めながら、リガルはキャロッサの淹れた珈琲を一口飲んだ。


今のところ、戦争はレイズ側が持ち直していると言えた。先日の会戦の報酬として教えられた戦況の推移は、リガルが見る限り第三艦隊の活躍によるところが大きい。第二艦隊は、ラレンツィオ星系のバルハザール艦隊と交戦し、五日の戦闘の末にようやく撃退に成功している。同星系は、レイズ星間連合軍の宇宙軍部隊が続々と終結している最中であり、ワープポイント付近を含め、星系内の防衛施設の再構築に当たっている。その作業が一応でも完成すれば、向こう側の防衛戦闘はかなり楽になるだろう。


また、その情報の開示は、アクトウェイの戦争参加を要請しているともいえた。軍の機密情報を教えるという事は、「知った以上は働いてもらう」と公言しているようなものダル事を、リガルは知っていた。


理論的に考えれば、あれほどの活躍を果たした民間船が、疲弊した艦隊のすぐ横に浮かんでいる時点で、普通以下の指揮官でも喉から手が出るほど欲しい戦力だろう。この艦隊の防空システムの中枢間としての機能も持つアクトウェイは、既に第三艦隊より依頼内容の変更を受け入れていた。


ずばり、カプライザ星系奪還作戦への参加要請である。普通ならありえない依頼だが、今回は例外としてアステナ准将が正式に要請してきたのである。


「これはただの屁理屈と思われたくないが」


彼は祝いの酒の席で、リガルらを招いてしらふのうちに言った。


「君らの戦闘能力に関しては、こちらは本当に度肝を抜かれた。リガル船長の戦術的洞察力や判断力、それを見事にこなして見せるレベルの高いクルー達。君らは私が今まで見てきた船乗りの中でも最高の存在だよ」


だから異例なんだ、と彼は付け加えて、ひとつの書類を手渡してきたのだった。


「いよいよ、俺達も戦争屋か」


フィリップが暇つぶしにイーライとババ抜きをしながらぼやく。全てのチェックを終えて休憩の時間となった艦橋は、よく解らない空気に包まれていた。セシルとキャロッサは自分の座席で珈琲を飲み、コンソールの画面に表示された何かの小説を読んでいる。ジュリーはと言えば、船長席の前に位置している座席で居眠りをしていた。少し肌蹴た黒いアクトウェイの航宙服の胸の部分に強調されるようにある胸のふくらみが、ゆっくりと上下に動いて、それでなくても女性率の高いアクトウェイの中で男性陣が対処に困る問題の一つとなっている。アキは、いつもの定位置で何かをチェックしていた。


「まあ、いいじゃないか。この船にはそっちの方が性に合ってるし、ノーマッドで戦争参加をしている奴だっているだろ。特に今の時代は」


イーライがフィリップからカードを一枚引くと、苦々しげに横に置いてある艦内通貨を見た。どうやら、隣にあるあの通貨の山が掛け金らしい。今までに見たことが無いほどの高額からして彼の今回のやる気が見えてくるが、少しかけ過ぎた感は否めない。


「違う違う。俺が言いたいのはそうじゃない」


今度はフィリップが一枚引く。ペアになったハートとスペードの二を、フィリップは捨てた。カードは

空いているコンソールの上をするりと滑り、危うく床に落ちそうになった。


「というと?」


「俺は、別に不満も何もあるわけじゃない。ただ、やっぱ軍人をやってた以上、戦いからは離れられないのか、ってね」


「成る程な。それは俺も考えてたけど、軍隊みたいにそれを仕事にしてやってるわけじゃない。それに、今のご時勢、どこも情勢が不安定だ。ノーマッドの仕事に、それに比例して危険な仕事が入ってくるのは当然だろ」


「そういうもんか」


「そうさ」


そんな他愛の無い会話を聞きながら、リガルは思う。


こういうきわどい会話を、わざわざ船長の前でするのだろうか?普通は俺のいないところでこういった会話がされるもんだと思っていたし、当人の批判を目の前でされるという異常事態にも恐れ入る。


その時、コンソールが鳴った。いつの間にか後ろに立っていたアキが、リガルの横に顔を出す。白い髪が、彼の頬を掠めた。


「船長、第三艦隊より発進の合図が出ました」


それを聞いたフィリップとイーライはカードを片付け始め、セシルとキャロッサはコンソール上の読書ファイルを閉じて姿勢を正した。


「了解だ」


最後に、リガルはメキシコ星系の星図を呼び出し、感慨深げにそれを見つめた。


数個の三次元映像で表示された惑星の群れを指でなぞり、最後に恒星を掴む動作をする。


勿論、手にいれた感触は皆無だった。


「よし」


ジュリーが起きる。ふが、と間の抜けた声を漏らして、眠そうに目を擦る彼女を、フィリップとイーライが苦笑いしながら見ていた。他の面々も暇つぶしから仕事に戻っており、フィリップが機関出力を上げたので、どこか遠くのほうで唸りが上がった。航行のために、アクトウェイのPSA装甲が出力され、エンジンの大部分が青いプラズマの光に包まれる。


これからどんな航海になるのだろうか。不思議と高揚感を憶える自分に戸惑いを感じながら、リガルは思う。


ただ、こことは違う星の景色を見られる。それだけで、リガルには宇宙を旅する意味があるというものだった。


「さあ、行こう」


第三艦隊の光の群れが消え去った後、アクトウェイはこの宙域から、霧のように姿を消した。


メキシコ星系編は以上となり、次回からはカプライザ星系でのお話に移ります。

レイズ侵攻部隊の最後に立ちはだかる敵はどんなものなのか……

ご意見・ご感想も随時受け付けております。誤字脱字に関しては作者が頑張って見直しているので、あしからず………遅々として進みませんが。

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