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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第一章 「開戦は唐突に」
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一三二年 五月二九日~ 

・一三二年 五月二九日 大型巡洋船アクトウェイ




アクトウェイがドッグに入港してから二時間が経過し、クルー一行は船に戻ってきていた。

艦橋のそれぞれの持ち場についた彼らは、慣れた手つきでコンソールを叩いて出港前の準備をしている。誰もが黙ったまま作業しているので、しばらく艦橋には換気のために回るファンと機械の廃熱音、遠くから地鳴りのように響いてくるパワーコアの音が混ざり合って、独特な雰囲気を醸し出していた。


「アキ」


言いながら、リガルはアキを振り返る。彼女は手持ち無沙汰のように見えるが、今は出港前の管制塔との連絡を受け持ち、同時に巨大なメモリを駆使して出港する為に準備しているアクトウェイの状況をしっかりと監視している。


彼女は一呼吸置いてから答えた。


「全て順調です、艦長。しかし、問題が一つ発生しました」


自分の作業の手を休めずに、イーライが首だけをこちらに向けた。他のクルーも同じような反応を見せたが、器用にコンソールを操れているのはイーライとセシルだけのようで、彼ら二人だけが首を回している。


「一体なにがあったんだ?」


「カプライザ星系方面より、大型の船が何隻かワープしてくると思われる量子反応が検出されました。セシル、わかりますか?」


「ちょっと待って」


セシルが出港準備状態から、アクトウェイの量子センサーをフル稼働させてカプライザ星系方面へとアンテナを向けた。大気圏内からの探索の為に細かいところまではわからないらしかったが、数分の後に彼女は頷いて、データをリガルの座っている船長席のコンソールへと転送した。ホログラフが空中を飛んでリガルのコンソールの上で停止し、勢いよく広がってそれを表示する。


確かに、ワセリー・ジャンプ時の独特な反応によってもたらされるヒッグス粒子が多量に検出されていた。横軸を時間、縦軸をヒッグス粒子の量としたグラフが、リアルタイムで更新され続けて、尖った模様をいくつも描き出している。


セシルはコピーしたグラフをしげしげと眺めた。


「そうねぇ……この数値から見ると、大型艦六〇隻前後って所ね。民間船団じゃ有り得ない数値だわ」


セシルが至って落ち着いた声で言う。声とは裏腹に、その内容は戦闘が発生することが確定したことを告げていたが、彼女はまったく慌てる様子も無い。


「しかし、露骨すぎやしないか?普通だったら、多少の反応は出るとしてもここまで大きな反応は出ないと思うが……」


フィリップがアキのいる中央コンピューターから呼び出したデータをまじまじと見つめながら口を挟む。それに対して、アキは自身の考察を付け加えた。


「バルハザールのものである事は間違いありません。遅れて強襲揚陸部隊を寄越したのでしょうが……」


「ああ。俺たちはこの戦闘が終わるまで依頼を遂行することが出来ない。あの……アステナとかいう現場指揮官の力量次第だな」


高みの見物か、とフィリップが漏らした。


同時に、アクトウェイの元に直ちに離陸して、第三艦隊の後衛につくようにとの指示が入った。その指示は恐らく、戦闘終了後に向こうの星系へとアクトウェイをワープさせる為であり、戦闘に参加させるものではないと見えた。





・アリオス暦一三二年 六月一日 レイズ第三艦隊




ワープしてくる部隊の反応を検知したのは数時間前。アステナは機雷の施設を中断して、艦隊を凹陣形に組み替えた。


ワープアウトしてくる船の数は六〇前後。この艦隊を片付けないうちはアクトウェイは任務を遂行することが出来ないと言ってきたので、艦隊の後方百万キロの地点に遊弋してもらっている。もっとも、アステナも彼らをいきなり戦闘の真っ只中に放り込む気など更々なかったので(例え戦わせても大丈夫だろう事は確信していた)、今回はこちらが待ち伏せする番ということもあり、前回よりは比較的余裕を持った状態で座席に腰を下ろしていた。


「そろそろ敵艦隊が出現する時刻です」


きっかり十分前に言って来るバルトロメオは、少し疲れて見えた。アステナは頷き返し、改めて艦隊の配置にずれがないかを確認する。


と、参謀長は胸ポケットから携帯食料を取り出すと、その包装紙をちぎって中身を食べ始めた。あの不味くて口も付けたくない棒を無表情で食べているところを見ると、何か別のところに気が取られて味がわからないのではないか、とアステナは勘付いた。


「参謀長、何か意見はあるか?何かあるのなら今のうちに言ってくれ」


一旦作業を中断して、壮年の参謀長に椅子を回転させる。ハレーの艦橋では、今回は敵の数が少ないということで安心したような空気が流れている。

それが、アステナは気に食わなかった。確かにこの戦いは前回に比べれば犠牲者も少なくて済むだろう。だが、戦いとなる以上誰一人怪我をさせずに帰還させること等不可能だ。

そこまで考え、瞬間的に思考を切り替える。惑星メキシコでレーヌ少将とブルックリン艦長に教わったことを、そして旗艦ハレーの格納庫での兵士達の宇宙葬で自分自身が出した答えを思い出したのだった。


アステナの言葉を聞いたバルトロメオは、少し目を瞬いた。


「そうですね。まず、この部隊は強襲揚陸部隊であることは間違いないと思います。ですが、私にはそうとは思えないとも思うのです」


よく解らない説明に、とにかくアステナは頷いて見せた。


「矛盾しているな。詳しく説明してみてくれ」


「はい。まず、我々はこの星系の敵艦隊を完膚なきまでに叩き潰しました。その間に、あの艦隊からこちらに来る部隊に連絡が行っていたはずです。今はオリオン腕大戦の時よりも、超光速通信技術が発展しているのは周知の事実ですから。なのに、敵は強襲揚陸部隊を派遣してきた。こちらに二〇〇隻の艦隊がいるのを知っていて、待ち伏せされるかもしれないのに、です。それはつまり、二つのことを示唆しています」


そこで一息置いて、バルトロメオはさらに続けた。


「私はこう考えます。敵はそれを知っていて、尚部隊を派遣してきているのか、それとも六〇隻で我々を撃破するだけの自信や実力と兵器があるのか、ということです」


「理に適った指摘だ。実際に奴らがワープアウトしてくるまでは何ともいえないが……出し惜しみをするのも愚行だろう」


ここでアステナは、自分が計画していた最初の砲撃計画を拡大して見せた。


「ええ。必要なら、ワープアウトと同時にミサイル攻撃を敢行するべきかと」


参謀長の提案に、アステナは少しの修正を加えて返した。


「いや、確実にそうすべきだ。万が一があってはならん。これ以降の戦いでの士気に関わる」


「解りました」


バルトロメオが懸念材料を全て吐き出して、元の位置に戻った。この会話で、残り時間は後五分となる。


とにかく、新たな砲撃計画を立てて、各艦に送信しなければならなくなった。忙しくキーボードを叩いて、自分の閃きとアイデアを中央コンピューターに送信し、時間をおかずに帰ってくる修正案にサッと目を通してから承認ボタンを押す。これで、各艦に今回の砲撃の意図が伝わるはずだ。

アステナは通信ボタンを叩いて、回線を開いた。


「第三艦隊へ。こちら司令官。敵艦隊のワープアウトと同時にミサイル攻撃を敢行する。多少の修正を必要とするが、今しがたそちらに送信したデータを参照し、速やかにチェックしてくれ」


言いながら、コンソールを叩いて中央コンピューターに思いつきでミサイル攻撃する際の最適な方法を疑問として投げかけ、やがて返された返答を即座に各艦長へと追加送信した。その数分後に、各艦長から了承のメッセージが届く。


これで、より高度な迎撃態勢が整った訳だ。欲を言えば、機雷の設置も済ませておきたかったのだが、突然の敵のワープを探知した時点から考えれば、この対応速度の速さは特筆に価する。


アステナは満足げな吐息を漏らして、背もたれに体重を預けてリラックスした姿勢をとった。


今の国の軍隊は、どこも平和ボケと言うか、腐敗が進んでいる。そう顕著なものではなく、大きな戦争が百年以上前に起きて、それからはずっと平和だと言う事実を考えれば当然なのかもしれない。


だが、そういい続けて軍縮をした結果がこれだ。悲しい事に、人類は地球と言う母星を飛び出した後でもこんなことを飽きることなく続けている。それがどれだけ哀しく、愚かで、凄惨で血なまぐさい結果しか残していないかは地球で学んだはずだと、アステナは心の中で皮肉った。滅亡の危機に二度三度立たされたくらいでは、人類の目は覚めないのだろうか。


「敵艦隊のワープアウトまで、あと一分」


オペレーターの報告で我に返り、反射的に目前の全天モニターを凝視した。

超高解像度の宇宙空間の映像が、圧倒的な迫力を以ってアステナを包み込んだ。それは、いつしか忘れていた感覚を思い起こさせる。


数秒間、アステナの心は宇宙にあった。


「全艦、敵艦隊のワープアウトを待て。指示があるまで待機」


再び各艦から了承のメッセージが届くと、アステナはただ待った。


やがて、宇宙の漆黒の空間に裂け目が出来たかのような異空間が広がりはじめる。同時に、オペレーターが叫んだ。


「敵艦隊、ワープアウト」


言うと同時に、手元のコンソールでは敵を示す赤いアイコンが表示されている。それらはレイズ第三艦隊の蒼い歓待よりも小さな群れを形成しているが、ひとつひとつの敵艦を示すアイコンは大きかった。


「敵艦隊、ワープアウト。六〇隻」


「全艦、攻撃開始。ミサイル発射」


流星群のごとく、間髪入れずに輝くプラズマの尾を引いたミサイルの群れが真っ直ぐに敵の艦隊へと向かっていく。至近距離のため、アステナは敵艦の判別よりも攻撃を優先したのである。通常ならありえない行為だが、今回は相手が敵軍だと明らかである以上、そういった官僚主義的な手続きは命の危険に直結する。


少しして、敵艦隊からもミサイルが発射された警報が鳴り響く。それと同時に、敵艦隊は主砲とレールガンを使って、巧みにミサイルを撃墜し始めた。


それは、あの自立機動艦隊のような機械的な動きではない。もっと洗練された、人間の戦術だ。それを見ている兵士達は改めて自身の気持ちを引き締め、少し浮き足立っていた心を落ち着かせた。


「各艦に通達。主砲斉射。通常砲撃を開始せよ」


今度は光の柱が宇宙に出現する。無数のそれが敵の防御シールドに衝突して、虹色の輝きを醸し出す。駆逐艦や軽巡洋艦からは細いビームが、重巡洋艦や戦艦からはそれとは見るからに違うエネルギービームが敵艦隊の強襲揚陸艦を引き裂き、爆発光が広がっていく。


そこで、アステナは初めて敵艦隊の情報を見た。


敵の数は六〇。予測は正確に当たっていた。


が、嬉しくない誤算もあった。


敵艦隊の船の全てがバルハザール軍の艦船なのは確かなのだが、紛争中に見られたものとは別の装備が積み込まれているようで、中央コンピュータの計算している戦闘力は、推測でも二割増しという事実だった。


それでも倒せない相手ではない。そう自分に言い聞かせ、アステナは艦隊の動きを見守った。

第一波のミサイル攻撃は、意外にも正確な対空砲火でほとんどが撃墜されていたが、十分すぎるほどの戦果を出していた。


敵の護衛艦隊のうち、三五隻が駆逐艦、十五隻が巡洋艦、十隻が強襲揚陸艦である。その中で、ミサイルは十八隻の駆逐艦と、八隻の巡洋艦を撃沈し、そのほかの船全てに軽度の損傷を負わせていた。どうやら、密集してワープアウトしてきたことでミサイルの爆発で損傷してしまったようだ。今は少し陣形を広げて、敵は攻撃を受けつつもワープアウト地点付近に踏みとどまり、横に広く広がっているレイズ星間連合軍艦隊に対抗するように、残った船を纏めて小さな陣形を作っていた。


「いけますね」


いつの間にか真後ろに並んでいる参謀連中の中の、ラディスがぼやく。


アステナは頷こうとしたが、目の前の表示を見て顔色を変えた。


「駆逐艦、アレストが撃沈された」


バルトロメオが、小さく祈りの言葉を呟く。ラディスは視線を暗くし、他の参謀達は溜息をついた。

いつだって、どんな時だって仲間が死ぬのは辛いものだ。これだけは慣れるべきではない、とアステナは心の中に反芻させる。


「これ以上戦闘を長引かせるつもりも無い。敵は少数で、今残っている船は……三〇隻前後」


振り返って、先頭に立つ参謀長を顧た。


「止めを刺そう」


バルトロメオがベレーを一回取って顔を扇いでから、ちらりと戦況表示のモニターを見てから頷いた。


「それがいいでしょう。悪戯に戦闘を長引かせるのは得策ではありません。これ以上い方に損害が出る前に叩くべきです」


「だな。各艦、凹陣形に展開。両翼を伸ばしつつ、砲撃は続けろ」


巨大な第三艦隊が、三つの分艦隊を巧みに機動して少数のバルハザール艦隊を包み込んだ。後ろにワープポイントを控えた敵艦隊は、その巨大な第三艦隊に最後の抵抗を試みているが、アステナが艦長たちに仕込んだ回避プログラムは予想以上の回避率を実現しており、事実上バルハザール艦隊の攻撃で損害を受ける艦は皆無だった。その点、駆逐艦アレストは不運であったと言えるだろう。

じりじりと、最後の一撃を叩き込んでいる第三艦隊。その目の前で、秩序を保ちつつ抵抗しているバルハザール艦隊。巨大な砂の城に向けて、ゴムホースで水をかけているような感じだ。敵艦隊は怒涛のように押し寄せる暴力の波の前に崩れていき、遂にはふらふらと戦線から脱落する船も見られ始めた。

だというのに、アステナは顔を顰めていた。


敵艦隊に、まったくと言っていいほど焦りを感じない。陣形は小さく、今も満身創痍で戦っているというのに、その動きには覇気が感じられないのだ。まるで演習をしているかのような計画性と冷静さがきな臭く、それは胸の中で嫌な予感としてあらわれている。


一瞬、敵がまた無人艦隊を派遣してきたのかという疑問が頭に浮かぶが、即座に却下した。敵が無人艦隊なら、この敵には先日戦った相手とはまるで共通点が無い点からそうでないのは明らかだからだ。船の方も違うことを考えると、それが妥当だろう。


残りは、何か心に余裕をもてる作戦があるのか……。


気付き、敵の艦隊陣形の詳細データを呼び出した。赤い船のアイコンが立体表示され、その陣形を可能な限り忠実に再現する。


「バルトロメオ、来てくれ」


呼ばれた参謀長が、後ろから示されるがままにアステナのコンソールを覗き込む。それを見て、彼は首を傾げた。


「おかしいですな。強襲揚陸艦の位置が、中央ではなく左右に広がっています」


「ああ。どうも、先程まで中央に位置していたこれらの船が、陣形の外側に寄ってきているように思える。どんな軍人でも、こんな護衛対象の船を最前線に送るようなことはしない。まるで素人だが、戦闘自体は素人に出来るようなものではない」


バルトロメオは眼鏡の位置を直した。


「意図的、と言うことですか?」


「それしかないだろう。何が有るか判らないが、艦隊を少し後退させてくれ。何か嫌な予感がする」


最後のアステナの言葉に被せるようにして、けたたましい警報が鳴り響いた。それは聞いたことのないもので、一瞬、艦橋の全員が硬直した。


「どうした?」


オペレーターは忙しくキーボードを叩き、真っ青な顔でアステナのほうを見た。


「敵の強襲揚陸艦から、多数の小型飛翔体が出現。数、およそ四百。戦闘機と思われます」


「なんだと?」


参謀連中が慌しくなる。艦橋は騒然となり、管制官が寄越してきたデータがアステナの目の前に表示される。


画面を埋め尽くすほど大量の赤いアイコンが、敵艦隊から第三艦隊へと群がっていく。小さなそれは確かに戦闘機で、大きな強襲揚陸艦の中に格納庫に満載されていたものと思われた。



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